論壇
『考察ウイグル――公開資料・リーク文書等から探る新疆の真実』を上梓して
中国現代史研究者 柴田 哲雄
『考察ウイグル』について
新疆ウイグル自治区でウイグル族などムスリム少数民族に対して、「ジェノサイド」と見なされるほどの深刻な迫害が行なわれていると、国際社会が非難の声を上げてから、かれこれ数年が経つ。日本政府も珍しく非難の声に唱和してきた。2022年2月に開催された北京冬季五輪に、岸田文雄首相(当時)が政府代表団の派遣を見送った際に、新疆での深刻な迫害などを念頭に置いて、「基本的人権の尊重など普遍的価値は、中国においても保障されることが重要だ」と強調したのは、記憶に新しいだろう。
翻って、中国政府は、ウイグル族などへの深刻な迫害に対して、否認の態度を終始貫いてきた。また専門家を含む一部の日本人の間でも、深刻な迫害という事実に対して、いまだに疑念が燻っている。筆者はこうした疑念に正面から応えるために、今年の八月末に『考察ウイグル―公開資料・リーク文書等から探る新疆の真実』(時事通信社)を上梓した。拙著は新疆での深刻な迫害を多面的に検証した本邦初の学術書だと言える。
拙著の構成について触れておこう。序章/第1章 ウイグル族・ウイグル問題とは何か―回族やチワン族との比較から/第2章 中国当局の現場スタッフの観点から描く大量拘束の実態/第3章 「職業技能教育訓練センター」への収容理由に関する問題/第4章 漢族男性との強制的な婚姻、及び同化の行方/第5章 新疆ウイグル自治区内外における強制労働の疑惑/第6章 既婚女性に対する不妊手術の強制の有無に関する検証/第7章 労働教養所とは何か/第8章 労働教養所と「職業技能教育訓練センター」の比較/終章―ウイグル族をめぐる視座と認識、となっている。
第1章では、ウイグル族・ウイグル問題とは何かということについて、ウイグル族と同じく民族自治区を擁する回族やチワン族との比較を通して、通史的に概観している。第2章から第6章までは、ウイグル族などへの深刻な迫害を構成する次の括弧内の①~⑤の事案の一部、もしくは全体に即して、それぞれ論じている(①AIをはじめとする先端技術、及び人海戦術による厳格な監視、②「職業技能教育訓練センター」への大量収容、③固有の言語や文化、及びイスラーム信仰の破壊を通した漢族への強制的な同化、④強制労働、⑤既婚女性への強制的な不妊手術)。また第8章では、「職業技能教育訓練センター」について、同センターとの間で共通点が多いと指摘される収容施設、すなわち2013年に廃止された労働教養所と比較しながら論じている(第7章は第8章の補論という位置付けだ)。終章では、日本社会がウイグル族などへの深刻な迫害にどのように向き合うべきかについて検討している。詳細に関しては拙著をご覧いただきたい。
疑念が燻る要因
それにしても、確信犯的な親中派はともかくとして、なぜそれ以外の一部の日本人の間でも、新疆での深刻な迫害という事実に対して、いまだに疑念が燻っているのだろうか。そもそも日頃、新聞やニュースをチェックすることなく、来日した中国人観光客の様子を観察したり、華流ドラマを視聴したりしているだけでは、とても中国で深刻な迫害が起こっているとは想像し難いにちがいない。中国人観光客は、一見すると日本人と変わらぬような生活感覚を有し、華流の現代ドラマは、韓流の現代ドラマや一昔前の日本のトレンディードラマを彷彿とさせるからだ。
こうした状況をどのように考えるべきだろうか。筆者は中国の「新一国二制度」によって説明できると考えている(無論のこと「新一国二制度」は筆者による命名だ)。従来の一国二制度の「二制度」とは、社会主義体制下にある中国と、資本主義体制下にある香港を指していた。しかし周知のように、近年香港では弾圧によって中国化が進み、従来の「二制度」は事実上形骸化するに至った。これに対して、「新一国二制度」の「二制度」とは、権威主義体制下の中国人=漢族主体の中国本土と、全体主義体制下のウイグル族など主体の新疆を指している。
差し当たって、権威主義体制を定義しておくと、特定の指導者(習近平)ないし集団(中国共産党)が抑圧的な支配を行なっているものの、非常時(例えばコロナ禍)を除いて、個々人(中国人)の私生活にまで干渉したり統制を加えたりしない体制と言えようか。要するに、個々の中国人は平時には、抑圧的な支配に抗わず、習近平思想の学習といったノルマを果たしている限りにおいて、相対的に自由な私生活を保障されているのである。それ故、中国人の生活感覚は、今なお「お上」に従順な日本人と変わらないような印象を与え、政治性を排除した華流の現代ドラマは、同様のドラマに馴染んできた日本人の心も鷲掴みにするのである(華流の現代ドラマに習近平はおろか、中国共産党の影さえ出てこないのは、ハリウッド映画が米国のソフト・パワーになってきたことに倣って、中国当局が華流ドラマを中国のソフト・パワーに育てようと目論んでいるからだろう)。
一方、全体主義体制とは、特定の指導者(習近平)ないし集団(中国共産党)が抑圧的な支配を行なっているだけでなく、平時・非常時を問わず、個々人(ウイグル族など)の私生活にまで干渉したり統制を加えたりする体制と定義できるだろう。要するに、個々のウイグル族などは、抑圧的な支配に抗おうと抗うまいと、また習近平思想の学習といったノルマを果たそうと果たすまいと、相対的に自由な私生活など望むべくもないだけでなく、下手すると深刻な迫害さえ被りかねないのである。専門家を含めて日本人はややもすれば、権威主義体制下の中国本土の状況に基づいて、全体主義体制下の新疆の状況を推し量りがちだ。確信犯的な親中派以外の一部の日本人の間でも、深刻な迫害に対して、いまだに疑念が燻っているのも、そうしたことが一因となっていると言ってよいだろう。
かつて構造改革論の論陣を張った本誌は、「スターリン批判を背景に、前衛党の絶対性・無謬性に対する反省」に立った知識人によって創刊・復刊されてきた。中国が社会主義から国家資本主義に移行して久しいが、中国共産党という「前衛党の絶対性・無謬性」の神話だけはいまだに形を変えて根強く残っている。中国共産党が、事実上の強制労働を通して、ウイグル族などを「過激思想の影響と伝統的観念の束縛」から解放したと臆面もなく主張していることからも、それは明らかだろう。筆者がほかならぬ本誌に拙著執筆後の所感を寄稿した所以である。
しばた・てつお
中国現代史研究者。1969年、名古屋市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(人間・環境学)。故郷の大学で一般教養科目の教鞭を執りながら、研究書を執筆している。主著に、『協力・抵抗・沈黙―汪精衛南京政府のイデオロギーに対する比較史的アプローチ』(成文堂、2009年)、『中国民主化・民族運動の現在―海外諸団体の動向』(集広舎、2011年)。『習近平の政治思想形成』(彩流社、2016年)。『フクシマ・抵抗者たちの近現代史―平田良衛・岩本忠夫・半谷清寿・鈴木安蔵』(彩流社、2018年)。『汪兆銘と胡耀邦―民主化を求めた中国指導者の悲劇』(彩流社、2019年)。『諜報・謀略の中国現代史―国家安全省の指導者にみる権力闘争』(朝日選書、2021年)。
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