特集 ● 2025年11月・秋

現代日本イデオロギー批判 ―

MAGA的ポピュリズムが蔓延する世界の行方

神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長 橘川 俊忠

「アメリカ第一」トランプ1.0の登場

“Make America Great Again”を掲げて大統領選挙に勝利したトランプは、2017年1月20日大統領就任演説で「今、私たちは未来だけを見据えています。私たちは今日、ここに集まり、新しい決意を発し、すべての街、すべての外国の首都、すべての政権にそれを響かせます。今日、この日から始まります。新しいビジョンがアメリカを収めるでしょう。この日から、アメリカ第一のみになります。アメリカ第一です。」と、国内外に向かって、アメリカ第一主義を宣言した。

このアメリカ第一主義の下、トランプはアメリカ合州国にとって不利益あるいは不都合とみなした国際条約・協定、機関からの離脱・脱退を宣言した。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、パリ協定(気候変動抑制に関する多国間協定)、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)、世界保健機関(WHO)、中距離核戦力全廃条約(INF)、国際連合人権理事会、イラン核合意などからの離脱・脱退である。

しかし、このトランプ1.0の時期のアメリカ第一主義には、まだ自己弁護のにおいがつきまとっていた。「何十年もの間、私たちはアメリカの産業を犠牲にし、外国の産業を豊かにしてきました。他の国々の軍隊を援助してきました。一方で、アメリカの軍隊は疲弊しています。私たちは他の国の国境を守っていますが、自分たちの国境を守るのを拒んでいます。海外に数兆ドルの投資をしましたが、アメリカのインフラは絶望に陥り、腐っています。他の国々を豊かにしましたが、自国の富、力、自信は、地平線のかなたへ消えて行きました。」というアメリカが一方的に損をしてきたという被害者意識じみた理由を根拠にあげていた。

こういうトランプの姿勢を、アメリカの伝統的なモンロー主義への回帰だ、商売人としての損得勘定にもとづくディールを重視しているので、戦争や紛争は避けるはずだ、あるいは人権外交を掲げた干渉主義の弊害はなくなるだけましだ、というような見方もあった。しかし、そういう見方は希望的観測にすぎず、トランプが超大国としての覇権を手離すどころか、その再確立を狙っていることは次第に明らかになってきた。「アメリカ第一」は、同時に「偉大なるアメリカの復活」の実現を究極の目標としており、その理想像は帝国主義華やかなりし時代の「古き良き時代」のアメリカでもあったからである。

パワーアップした破壊者トランプ2.0

敗北の4年を経て再選されたトランプ2.0は、大勝ともいえる選挙結果を意識してか、その就任演説は自信に満ちているように見えた。演説の最後は、こう締めくくられている。「米国は再び尊敬され、称賛されるだろう。あらゆる宗教、信仰、善意の人々からも。われわれは繁栄する。誇りを持つようになる。強くなり、かつてないほどの勝利を手にする。征服されず、脅かされることもない。くじけることなく、失敗することもない。この日から、米国は自由で主権を持つ独立国となる。」と宣言し、さらに「勇敢に立ち上がり、誇りをもって生きていく。大胆な夢を持ち、何物も行く手を阻むことはない。われわれが米国民だからだ。未来はわれわれのものであり、黄金時代は始まったばかりだ。米国に神のご加護を。ありがとう。」と呼びかけた。

まるで、これまでが「自由で主権を持つ独立国」ではなかったかのような口ぶりには違和感があるが、それもこれからは国際社会のどんな取り決めや慣行にも拘束されることなく、やりたいようにやるという一方的宣言であると理解すれば納得がいく。実際、トランプ2.0は、就任直後から国際慣行を無視した大統領令を乱発してきた。たとえば、メキシコ湾の名称をアメリカ湾と改める。それに応じないマスコミには、大統領官邸への取材を制限する。パナマ運河の管理・運営権を取り戻すと宣言するかと思えば、グリーンランドを買収すると一方的に発表するなど、他国の主権を無視するかのような方針を表明した。

さらに、相手かまわず高率関税賦課を宣言する、交渉に応じなければさらに税率を引き上げる、というやり方で世界中に困惑の種をまき散らしている。これは前期のアドバルーン的方針の表明に比べれば、格段に大きな影響を国際社会にもたらす。第二次大戦後、戦争への反省から作り上げられた国際的貿易体制(現在はWTO=世界貿易機関を中心とした体制)を真っ向から否定するやり方であり、トランプ2.0は、WTO上級委員会へのメンバー補充を拒否することによって、その機能マヒに陥らせていることと合わせて、世界経済を不安定化させる大問題である。

また、ブッシュ政権の9.11以後の単独行動主義を引き継いだ対外軍事作戦や反アメリカ的政権への軍事力を背景とした威嚇など世界に新たな危機を生み出している。イスラエルと連携したイラン核施設への攻撃はもっとも大規模なものであったが、ヴェネズエラ船舶への麻薬密貿易摘発を名目とした海上ミサイル攻撃、ブラジルやアルゼンチンへの選挙干渉など、他国の主権を侵害する行動はエスカレートする一方に見える。こうしたアメリカ合州国の行動は、国際社会の批判を無視した、ロシアのプーチンやイスラエルのネタニヤフら独裁者の侵略行為を助長することにつながっている。

国連批判と無視される人間としての権利

以上のように、トランプ2.0は、大統領就任以来一年にも満たない間に、第二次大戦後の国際社会のルール、慣行を無視し、自国の利益のみを基準とした行動を拡大し続けてきた。そうしたトランプ2.0の行動は、9月23日国連総会における国連批判演説で頂点に達した感がある。

彼は、その演説の中で、まず、自分の功績として「わずか7か月の期間で、私は7つの終わらない戦争を終結させ」たことをあげ、「どの大統領も首相も、そしてその点において他のどの国も、それに近いことをしたことはありません。そして私はそれをわずか7か月で成し遂げました。これまでに起こったことはありません。このようなことは今まで一度もありませんでした」と自画自賛する。その上で、「国連がこれらのことをすべきだったのに、私がしなければならなかったのは残念でした」と国連批判に移行した。「私は7つの戦争を終結させ、これらすべての国々の指導者と対処しましたが、協定の最終化を支援するという国連からの電話を一度も受けませんでした。国連から得たものは、途中で止まったエスカレーターだけでした」「そして動作しないプロンプター。これらが国連から得た2つのものです」と、演説の当日、トランプ夫妻が乗ったエスカレーターが突然停止し、演説原稿が見えるはずのプロンプターが故障したということに言及し、国連の「機能不全」をあてこすった。

さらにトランプ2.0の国連批判は続く。「国連は解決すべき問題を解決していないだけではなく、あまりにも頻繫に、実際に我々が解決すべき新たな問題を作りだしている」と。そしてその問題とは、「制御されない移民の危機」であるという。もちろん「移民の危機」とは、移民が陥っている危機ではなく、移民が引き起こしているであろう「我々の国境を踏みにじり、我々の主権を侵害し、止めどない犯罪を引き起こし、我々の社会保障を枯渇させる」危機であるという。

あきらかに証拠も立証もなく、誇張された、一方的な移民排斥の議論にはあきれるほかないが、その議論は国連への非難へと収斂されてゆく。「国連は西側諸国とその国境への攻撃に資金を提供しています。2024年、国連は推定62万4000人の移民がアメリカ合衆国に向かう旅を支援するため、3億7200万ドルの現金援助を予算計上しました。」「国連はまた、我々の南部国境に侵入しようとする不法外国人に食料、住居、交通手段、そしてデビットカードを提供しました」という具合である。

ここには、移民・不法外国人を侵略者、犯罪者とよび、排除すべき存在とする視点しかない。移民・難民を生み出し、「不法」侵入・滞在状態に置かれざるをえなくしている事情・歴史的背景などに対する洞察はまったくみられない。合法的入国者に対しても厳しい監視下に置き、当局の恣意的な判断によって在留資格の剥奪・強制退去が強行される。外国人には人権は存在しないかのような扱いが常態化している。さらに、トランプ2.0は、「我々はアメリカがアメリカ国民のものであることを再確認し、すべての国に対し、自国の市民を守るために独自の立場を取ることを奨励します」と、移民排斥政策の採用を世界中に広めようとすらしている。

かつてアメリカ合州国大統領は、4つの自由の概念を提起し、すべての人間にとって最も基本的な権利は、国境を超えて保障されるべきことを提唱し、それを基礎として国連は世界人権宣言を高らかに宣言した。その合州国大統領の職を継ぐものが、国連総会という全世界の国々に向かって演説する場で、人権の無視と、排外主義政策の採用を奨励しているのである。

国連批判・移民排斥の背後にあるもの

トランプ2.0が、ここまで国連を批判し、その精神的基盤をなす世界人権宣言を否定し、移民排斥を主張するのは何故か。それらの言説の背後にどんな背景があるのか。気まぐれな思い付きと大言壮語に満ちた、トランプ2.0の言動の中からそれらの疑問の答えを探るのは相当困難ではあるが、一応検討しておこう。

1時間近い長広舌の最後にあたり、トランプ2.0は、自らの弁舌に酔ったかのように、次のように呼びかけた。すなわち「我々一人一人は、勇敢に我々に道を示した我々自身の英雄と建国者の行為と神話、勝利、遺産を受け継いでいる。我々の祖先は、誇りと汗と血と人生と死をもって守った祖国のためにすべてを捧げた。今、彼らが築いた国家を守る正義の任務は我々一人一人にある。だから共に、我々の民と市民に対する神聖な義務を支持しよう。彼らの国境を守り、安全を確保し、文化、宝物、伝統を保持し、彼らの貴重な夢と大切な自由のために戦い、戦おう。そして友情と本当に美しいビジョンの中で。」と。

ここでは長くなるので引用しないが、このナショナリスト的情緒を刺激するだけの言葉は演説の最後の5分間ほどを埋め尽くしている。勇気、強さ、精神、祖先、指導者、伝説、将軍、巨人、英雄、巨匠、兵士、戦士、愛国者、王国、帝国、チャンピオンそして国家アイデンティティ。国家主義者・愛国主義者が使う常套句のオンパレード。トランプ2.0がどれほどの愛国者であるかはよく分かった。では、愛国者トランプ2.0が呼びかける「戦い」とは、どんな敵に対しての「戦い」なのか。演説で、批判と攻撃の対象となっているのは、国連と移民である。

そうだとすれば、これは奇妙なことになる。国連総会の場で、国連加盟国全体に対して、国連と戦えと呼びかけていることになるからである。しかし、それを奇妙と感じている節はみじんも見られない。それは、演説が加盟国への訴えではなく、国内の支持者・MAGA信奉者に向けた演説だからであろう。また、国連の組織そのものというより、世界人権宣言のような普遍的人権思想の理念が、グレートたらんとする国家を制約する足かせとして機能することへの攻撃であるからかもしれない。

今、グレートたらんとする国家の足かせとなろうとしているのは、環境問題・地球温暖化問題と巨大情報産業の情報管理問題に対して、国際的取り組みを強化する動きである。巨大情報産業を有し、エネルギー産業・製造業の復活をはかる国家にとって、こうした国際的取り組み・規制ほど邪魔なものはない。

移民を諸悪の根源のように仕立て上げ、移民に対して寛容な普遍主義的主張を古き良き伝統を破壊するエリート主義的リベラルの主張として排撃するMAGAポピュリズムは、リバタリアン的立場から一切の公的制約を嫌うIT長者とトランプを結節点として結びつき、一つの体制として力を持つに至った。本来、利害が相反するはずの2つの勢力が手をつないでいる図はなんとも不気味ではないか。

最近、インターネットで伝えられるところによれば、マイクロソフトの創業者で世界有数の富豪ビル・ゲイツが、「気候変動は重要だが、人類滅亡につながることはない」、「温暖化より貧困対策を」、「温室効果ガス排出量や気温変化よりも、生活の向上に焦点を当てるべきだ」とする主張をブラジルで開幕する予定の国連気候変動枠組条約第30回締約国会議に参加する各国首脳にたいする提言を自分のブログで発表したという。そして、それを受けて、トランプ2.0は、自身のSNSで「気候変動のデマとの戦いに勝った」「ゲイツ氏はついに、この問題に対して完全に間違っていたことを認めた。そうするには勇気が必要だったろうが、私たちは感謝している」と投稿した。

この原稿を書いている今、テレビでCNNが、またアメリカ合州国麻薬密輸船と思しき船を撃沈したというニュースが流された。死者は3人、これで合州国の攻撃による死者は70人になるという。裁判にかけることもなく、他国の領域に踏み込み、いきなり撃沈するという行為は、国際法に違反する行為であろう。法の支配の原則を強調していた安倍元総理を思い出した。安倍ならトランプにブレーキをかけることができたであろうか。関税の脅しに屈し、トランプ2.0に媚びをうる各国首脳はその数を増しているようなニュースも流された。MAGA的ポピュリズムが蔓延る世界は、無法な暴力が支配する世界になってしまうのであろうか。ニューヨーク市長選挙やニュージャージー州、バージニア州の知事選挙で示されたトランプ批判勢力が、MAGA的ポピュリズムの暴走を阻止する力になるかどうか、注視したいところであるが。

きつかわ・としただ

1945年北京生まれ。東京大学法学部卒業。現代の理論編集部を経て神奈川大学教授、日本常民文化研究所長などを歴任。現在名誉教授。本誌前編集委員長。著作に、『近代批判の思想』(論争社)、『芦東山日記』(平凡社)、『歴史解読の視座』(御茶ノ水書房、共著)、『柳田国男における国家の問題』(神奈川法学)、『終わりなき戦後を問う』(明石書店)、『丸山真男「日本政治思想史研究」を読む』(日本評論社)など。

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