論壇
「ポジショナリティ」概念から考える沖縄と日本
との権力関係
基地問題をめぐって「分け前なき者」が発する「不和」の政治と責任
沖縄国際大学教授 桃原 一彦
秘密裡に処理される人権蹂躙状態 / 日本人マジョリティの利益と責任 / 「ポジショナリティ」からみる権力関係と齟齬の様態 / 「分け前なき者」が発する「係争」と「不和」の政治 / 植民地主義的差別による日本人と沖縄人との権力関係 / 沖縄社会で積み上げられてきた「県外移設論」 / 「状況の定義のズレ」と「問責―答責関係」 / マジョリティ側が変えること
秘密裡に処理される人権蹂躙状態
2025年が明けた。ここであえて2024年をふり返ってみたいのだが、沖縄の米軍基地をめぐる問題を取り扱ってきた筆者にとっては、やはり陰鬱な気分にさせられる一年間だった。
2024年6月、沖縄県は、半年以上も前(2023年12月)に発生していた米兵による少女誘拐暴行事件について、マスコミの報道を通じて初めて知らされることになる。日本政府と警察機関は、被害者の「プライバシー保護」を理由に沖縄県への連絡を行わなかったと述べ、人権等に配慮したかのような姿勢を示した。しかし、沖縄県内において、米軍人・軍属による事件等は際限なく発生しており、米軍と日本政府の再発防止策が形骸化していることは明らかである注1。つまり、そもそも論として、沖縄人は、日本政府とアメリカ軍による軍事的な圧政と暴力を歴史的に被りつづけており、それにともなう人権蹂躙の状態が放置されてきたといっても過言ではない。差別的な圧政と暴力が継続していくなかで、「保護」の名のもとで事件が秘密裡に処理されるという、沖縄に対する日本政府のひどくいびつな姿勢が露呈された一連の出来事だった。
また、2024年8には、筆者が勤務する沖縄国際大学において、米軍ヘリ墜落「事件」から20年をむかえる節目のセレモニーが行われた注2。当日、沖縄県内のマスメディアを中心に、この一連の出来事に関する特集が組まれ、さまざまな立場や視点から検証が行われた。日米地位協定を根拠として大学および周辺住民の生活や財産のみならず警察権も著しく制限され、秘密裡に「現場」が処理されていったことなど、さまざまな問題点があらためて指摘されていった。とりわけ、同日夕刻に放送された琉球朝日放送の報道番組は、おそらく沖縄人の心奥に澱んでいる暗澹たる記憶を再び呼び起こすものとなったのではないだろうか注3。
「ヘリ墜落」の報を受け、海外出張の日程を切り上げて急遽帰国した稲嶺惠一沖縄県知事(当時)は、小泉純一郎首相(当時)に対して面談を申し入れたが、首相は「夏休み」を理由にその申し入れを拒否した。その一方で、夏休み中の首相は、当時開催中だったアテネオリンピックのメダリストたちと、TVカメラの前で談笑する。それは、「ヘリ墜落」をめぐる一連の問題を矮小化しただけではなく、完全に無視し黙殺するという、官邸側と番記者たちとの狡猾な連携プレイだったといえるだろう(結局、小泉首相が稲嶺知事と面談を行ったのは「ヘリ墜落」から13日後のことだった)。
日本人マジョリティの利益と責任
ところで、以上のように、沖縄に対する差別的・抑圧的な処遇と人権蹂躙という不正義な状態が放置されつづけている問題の責任の所在は、はたして日本政府(ならびに米国政府)だけにあるのだろうか。あるいは、沖縄における米軍人・軍属の事件・事故を矮小化し報じてきた、「本土」の大手マスメディアだけの責任なのだろうか。たとえば、ヘリ墜落「事件」当時、オリンピックにお祭り騒ぎとなり、「読売巨人軍のオーナー辞任」を騒ぎ立てたように、頻発する「沖縄の事件」という面倒なノイズをかき消していった日本人マジョリティの責任は存在しないのだろうか。
世論調査では、2000年代以降、つねに70%以上の日本国民が日米安全保障条約の意義に賛意を示してきた注4。それと併せて、驚異的な高支持率で小泉内閣を支えてきたように、沖縄への抑圧的な政策を行使するような政権与党を歴史的に誕生させつづけてきた。だが、面積が全国の0.6%、そして人口が全国の1%ほどの沖縄県に、米軍専用施設の約70%を押しつけるような不平等な状態は、日米安保の支持者や政権与党の支持者だけで成立してきたわけではない。「無知」「無視」「無関心」という態度はもちろんだが、沖縄に対する差別的・抑圧的な状況を歴史的に継続させ構造化に加担してきた、「日本人」という社会的集団とそこに帰属することで「利益」を得ている個人の責任が問われなければならないはずである。
その「利益」とは、まさしく、沖縄に米軍基地の圧倒的規模を「恒久的に」負担させ、それにともなうさまざまな人権蹂躙の問題を「自然に」回避しつづけることができるという、まるで自明なもののようになった「既得権益」である。それは、「安保」や「与党」を支持するか否かにかかわりなく、すなわち個人の意志や思想信条とはかかわりなく、結果的に、沖縄を抑圧しつづける日本人マジョリティとして布置されることにより、客観的事実として手に入れてしまう利益である。結果的に、そのような立場に布置されている個人にとっては、よもや、自分自身が差別や抑圧的な政策に加担し利益を得ている「加害者側」だとは思いもよらないだろう。
「ポジショナリティ」からみる権力関係と齟齬の様態
上記のような問題意識をふまえ、社会学を学問的な専門領域とする筆者は、沖縄における米軍基地の過重負担の問題を、社会的な差別構造の産物として取り扱ってきた。とりわけ、近年は「ポジショナリティ」という概念を分析の中心に据え、米軍基地問題をめぐって「日本人/沖縄人」として集団的に布置された人々の社会的な権力関係の様態を捉えるための考察を試みてきた注5。「ポジショナリティ」とは、ある社会的集団や社会的属性に帰属することでもたらされる政治的・権力的な位置性のことであり、それが諸個人間の関係にどのような影響を及ぼし、利害関係の様態となって現れるのかを分析する概念である。また、同概念は、帰属集団の政治的・権力的な位置性にかかわる利害によって個人が負う責任の様態をも明らかにする意味をもっている注6。
筆者も参加する「ポジショナリティ研究会」注7では、同概念は、ある社会的な争点、とりわけ差別や不平等の問題をめぐる争点についての分析概念として位置づけられている。その主な争点とは、ある個人が、差別や不平等の問題にかかわるマジョリティ側(抑圧する側)の社会的集団に放り込まれることで、あるいは放り込まれているがゆえに、自らが「受益圏」として得ている利益や「受苦圏」の人々に対する加害に加担してしまっていることに無自覚であること。また、それゆえに、自らの立ち位置から発せられる言動や態度が、「受苦圏」の人々を直接的に抑圧したり傷つけたりしてしまっている可能性があること。そして、そのような直接的な抑圧行為が、「受益圏」の人々と「受苦圏」の人々との事実の共有や責任の分有において齟齬を生じさせ、差別や不平等の問題の解決を遅らせてしまっていること、などである。
よって、「ポジショナリティ」概念を用いた分析において、まず取り組まなければならないのは、当該問題をめぐって利害が対立する、社会的諸集団のカテゴリーを明示すること。それとともに、その社会的諸集団への帰属がどのような権力関係の様態をともなって、直接的な抑圧や齟齬を生じさせているのか、という事実関係を分析し記述していくことになる。
「分け前なき者」が発する「係争」と「不和」の政治
筆者が「ポジショナリティ」概念にアプローチするに至った経緯は、政治哲学者ジャック・ランシエールの「政治」概念からの着想が契機となっている。ランシエールによると、「政治」とは、平等に関する「分け前」をめぐる「活動」だと述べ、「何についての平等があるのか、ないのか」という争点を明確にし、「誰と誰とのあいだ」、つまり当の争点にかかわる当事者性を浮き彫りにする行為である[Rancière,1995=2005]。このように、不平等の存在とその利害をめぐる当事者間の係争のありよう・あり方を明らかにすること、それ自体が政治であるということになる。ランシエールの「政治」概念の特質は、争点にかかわる「存在」と「当為」を明らかにすることにある。
このような政治の存立条件において、ランシエールが主眼におくのが、「分け前なき者」という主体の名乗りである。それは、対等に扱われることなく、言葉さえ聞き取られることのなかった者たちが「分け前なき者」を表明することであり、「分け前」を分割=共有する者たちに対して言葉を発し、平等を要求し、利害をめぐる当事者として自己と他者を現出させる行為である。こうして、「分け前」の分割=共有者たちが依拠し存続させようとする支配的秩序(ポリス)は、「分け前なき者」の出現によって中断され、亀裂が入り、「係争」の場に変形される。このような変形がなされてはじめて、政治が存立するということになる。この変形がなされないうちは、われわれはポリスのもとで布置されつづけたままであり、「分け前なき者」が発する声や言葉は黙殺されつづける。
この「係争」への変形という過程において、特筆すべき点は「不和」の状態である。「不和」とは、「分け前なき者」が発する要求が聞き取られ了解されつつも、他方(「分け前」の分割=共有者)がその要求の対象をまったく見ていないとか、別の対象を見ているとか、あるいは異なる論拠を導こうとするいびつな状態である。それは、コミュニケーションという相互行為に何らかの緊張が生じた状態だといえるだろう。この不協和音のような状態では、往々にして、「分け前」を分割=共有する者が、「分け前なき者」の言葉を「呻き声」のように処理するとか、あるいはその正当な要求を表面的に了解し取り繕おうとする態度があらわになる。だが、ランシエールが説く「政治」(「係争」への変形)において重要な契機となるのが、むしろこの「不和」の状態を開示していくことにある。
なぜなら、それは、分割=共有者がポリスを存続させるために、日々使い回し再生産する言葉や態度や感性的なもののテンプレート、すなわち実践感覚を再認するような了解構造を暴露するからである。よって、この開示行為は、「分け前なき者」という主体を創設するだけでなく、逆に、「分け前」を分割=共有する者という客体を浮き彫りにすることにかかわってくる。この意味において、「不和」の開示は政治的介入であり、「関係なき者」として自明視されてきた存在に関係をたて、「関係ある者」と「関係なき者」を係争の対象として指示する活動である。
植民地主義的差別による日本人と沖縄人との権力関係
以上のようなランシエールの諸概念は、米軍基地をめぐる沖縄と日本との関係を捉えるうえで示唆に富むものであった。沖縄に対する米軍基地の過重負担の問題は、しばしば「沖縄の基地問題」あるいは「沖縄問題」と称され、まなざしの対象と運動の現場は「沖縄」という閉域に押し込まれ局地化していた。また、この閉域に「外部」を設定するさいにも、東アジアの情勢や「有事」を想定した安全保障問題という領域に限られ、せいぜい<沖縄県対日本政府>という行政手続き上の対立やその法廷闘争で表される程度であった。これらの議論の積み上げも重要なのだが、このような言説空間からは、差別と抑圧の歴史的な連続性を、日本人マジョリティの行為の水準で考察する視点が欠落してしまう。つまり、その存在が、「関係なき者」として放置される。
だが、2000年代以降、沖縄の基地問題をめぐる日本人と沖縄人の権力関係を植民地主義的な差別という視点から分析し、日本人の諸行為のありようとその責任のあり方を問う著作物がいつくも著された[野村、2005、2019。野村編著、2007。知念、2010、2013]注8。つまり、「関係なき者」に関係をたてるような政治的介入が、学問領域からの分析と記述行為をともなって開始されたのである。しかし、この問題意識とまなざしは、決して、学問が占有するところから内発的に発生したものではない。ラシンエールが「政治」の存立条件としてあげていたように、「分け前なき者」の言葉と正当な要求が、すでに沖縄社会から発せられていたのである。それが、米軍基地の「県外移設論」である。
沖縄社会で積み上げられてきた「県外移設論」
「県外移設論」は、沖縄人から日本人に対して米軍基地の公平負担および県外移設を要求する思想および社会運動である。その思想的基盤には、沖縄人、日本人のそれぞれの政治的な立場や責任において、沖縄と日本との植民地主義的な権力関係およびそれに基づく差別の構造を脱構築していくことに主眼がおかれている。その思想と運動のあり方は、普天間基地が所在する宜野湾市の女性たち(「カマドゥー小たちの集い」)と、辺野古のキャンプシュワブが所在する名護市の女性たち(「ジャンヌ会」)が、1990年代後半から社会運動の柱として「県外移設」を主張するなかで積み上げていったものである注9。
また、このような思想と運動の始原となる、まなざしや感性は、沖縄社会のなかに一定程度存在するものと思われる。2019年に「ポジショナリティ研究会」が実施した定量調査では、「日本には沖縄に対する差別がある」と回答する者の割合が、沖縄県内で62.7%に達し、沖縄県外に比べて39.3ポイントも上回った。また、沖縄への米軍基地の集中を「差別」として捉える者の割合も、沖縄県内で60.0%に達し、前記同様21.3ポイント高い。さらに、沖縄の基地問題の責任の所在が「本土」の有権者にあるとする者の割合は、沖縄県内で40.0%となり、前記同様15ポイント上回った注10。このように、沖縄社会に「分け前なき者」という主体が立ち現れる手前でも、「分け前」を分割=共有する「日本人」を客体化するようなまなざしや感性が、沖縄社会にはつねに、すでに存在するものと思われる。
そして、このような認識や問題意識が根づく沖縄社会から、すなわち「分け前なき者」という主体が現れつづける社会から、前記の「県外移設論」が言葉で発せられ、日本人に向かって問いかけてきた。筆者は、直近の共著書において、沖縄の米軍基地をめぐる日本人と沖縄人の権力関係を分析する重要な事象として、「県外移設論」に言及した。なぜなら、それは、日本人と沖縄人という社会的集団間にある「問題の定義づけをめぐる対立関係」(「状況の定義のズレ」)を明らかにするからである[脇田、2001。桃原、2024]。
「状況の定義のズレ」と「問責―答責関係」
「状況の定義のズレ」は、社会的諸集団がおかれてきた政治的位置性の違いに基づいて構造化されており、発せられる声/発せられない声、聞き取られる声/聞き取られない声、そして共有される事実/共有されない事実というかたちで経験され、当該問題をめぐる認識やコミュニケーションの齟齬を規定する。たとえば、先ほどの定量調査の結果のように、日本人が基地問題を、自らもかかわる「差別」の問題として認識しないならば、自らの当事者性(その政治的な権力性と責任)を不問にしてしまうだろう。それは、日本人が自らの「善意」や「正しさ」の尺度で、「あるべき沖縄」「あるべき反基地運動」というモデルを、沖縄人に押しつけるような事態を生じさせる可能性がある。その結果、日本人と沖縄人とのあいだに深刻な齟齬を生じさせ、沖縄社会がつねに観察対象とされたり、受苦の声をあげるように何度も要求されたりすることになりかねない。結局のところ、それはコミュニケーションの水準で権力関係を隠蔽してしまうような政治を作動させてしまうだろう。
だが、「県外移設論」は、そのような隠蔽の政治性を暴露する。なぜなら、それは、沖縄人からの問責とそれに対する日本人からの理由応答という「問責―答責関係」(応答責任)を、コミュニケーション実践の基調としているからである[大門、2012。桃原、2024]。「県外移設論」は、リベラルな日本人が好むような「正義」や「連帯」の先取り的な実現とか、沖縄人の被害の立証を求めるものではない。それは、被害者が加害の責任を問うという意味での「不正義の感覚」に基づいており、「問責―答責関係」というかたちで加害者との緊張状態を維持し、コミュニケーションの実践において権力関係や隠蔽の政治性をあらわにする。すなわち、「県外移設論」は、日本が沖縄に移設し歴史的に押しつけてきた米軍基地を、「日本で引き取れ」と要求することで、「日本人」という主体を指示し、沖縄人との権力関係を露現させ、係争の場へと変形する。もちろん、その議論は、「問責―答責」の緊張状態を、日本人という社会的集団に押し広げ、当事者性を発動させることであり、さらにその政治的立場に位置し利益を得ている主体が内面的な葛藤や主体間の葛藤を引き取ることでもある注11。
マジョリティ側が変えること
最後にもう一度、2024年のある事象をふりかえっておきたいと思う。2024年4月から9月にかけてNHKで放送された連続ドラマ『虎に翼』が話題になった。この作品は、日本初の女性弁護士をモチーフに描いた物語だが、ミソジニーの問題をはじめ、LGBTQ、在日コリアン、障がい者など、現在にも通底するさまざまな差別や不平等の問題が随所に盛り込まれていた。同作品において、脚本家の吉田恵里香が強く意識したのは、日常において無意識に発せられる言葉による呪縛だった注12。たとえば、自らの偏見や権力に無自覚なマジョリティが「善意」のつもりで発した言葉が、マイノリティの言葉を奪ってしまうシーンも描かれている。そして、吉田は次のようにいう。
何かのマジョリティに入っている以上、必ず誰かを傷つけたり、誰かが持っていない特権とかの上にあぐらをかいているっていうことが絶対あるし、私も意識していないものがいっぱいあるだろうから、それを忘れちゃいけないというか。自分が普通で誰からも搾取してなくて、誰も傷つけていない人間だから何も言わないみたいなのはありえないっていうか。だから、やっぱり当事者の人が苦しい思いをしないために、自分に関係ないじゃなくて、いろんなマジョリティ側が変えること。自分に関係ないって思わないことが、世の中を変えることだと信じています。
このような問題意識をもつ吉田は、ドラマの世界を通して、社会に対するさまざまな疑問符を主人公の口から投げかけさせる。そして、それらの疑問は、支配的な秩序に対して「不和」を生じさせる。そのさいに主人公にとらせたスタンスは、都合のいいように解釈されないようストレートな言葉で疑問を投げかけること、それでも、他者を否定せずに対話によって発問と応答を繰り返すことだった。
このように「分け前なき者」から発せられる問いに対して、「分け前」を分割=共有する者が応答していくこと。利益を分割=共有するマジョリティ側が、自らの権力的な位置がもたらす搾取の構造に気づくこと。そして、この問題を解決していくために、自らがとりうる責任を思案していくこと。このような「臨床の知」をめぐる作業が、沖縄人との「問責―答責関係」において、日本人にも求められる。この対話的な関係への招待は、つねに、すでに沖縄人から投げかけられている。
<脚注>
(注1) そして、本稿執筆中のたった今、「30代の米海兵隊員、面識ない20代女性に不同意性交致傷疑い 沖縄県警が書類送検」という見出しで、事件が報じられた。沖縄タイムス社、「沖縄タイムス・プラス」、2025年1月8日(https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1503613)。ちなみに、2024年に沖縄県警が摘発した、米軍構成員による刑法犯は73件80人にのぼり、過去20年間で最多となった(沖縄タイムス社、「沖縄タイムス」、2025年1月16日)。
(注2) 沖縄国際大学米軍ヘリ墜落「事件」とは、2004年8月13日、米軍海兵隊・普天間基地所属のCH-53D大型輸送ヘリが同大学の本館(1号館)ビルに激突・墜落・炎上したことと、それに対する日本政府の一連の対応を指す。ここであえて「事件」と記すのは、それがたんなる一過性のアクシデントではないからである。すなわち、それは、日本政府による沖縄駐留米軍への特権的地位の付与と沖縄に対する犠牲の強要という歴史的現在において継続する犯罪的な行為だからである。
(注3) 琉球朝日放送、「CATCHY第2部」、2024年8月13日18時15分放送。
(注4) 内閣府、2023年3月掲載、「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」(2022年11月調査、https://survey.gov-online.go.jp/r04/r04-bouei/)。なお、2022年の調査結果では、日米安保の意義を支持する割合が89.7%に達している。
(注5) とくに、[桃原、2024:114-138]を参照されたい。また、「ポジショナリティ」概念を用いる前段となった問題意識については、[桃原、2016:70-93]を参照されたい。
(注6) 「ポジショナリティ」概念の定義やその理論的系譜および同概念を社会的な係争の分析において使用する意義については、[池田、2023。2024]を参照されたい。
(注7) 「ポジショナリティ研究会」とは、大妻女子大学の池田緑を代表者として13名で構成されており、日本学術振興会科学研究費助成事業・基盤研究(B)「経験的概念としての「ポジショナリティ」の発展的研究」というテーマのもとで共同研究を進めている。それぞれが扱う研究テーマは、日本と沖縄との関係のみならず、ジェンダーや多文化社会など多岐にわたっている。
(注8) これらの作品群は、筆者がランシエールから着想を得るための大前提となっているだけではなく、今日、われわれが基地問題をめぐる日本人と沖縄人の権力関係を「ポジショナリティ」の視点から分析するための重要な契機となっている。
(注9) その思想的・運動論的な系譜については、[知念、2014。高橋、2015、2021]を参照されたい。
(注10) これらの結果を含む定量データの詳細は、[桃原、2022]を参照されたい。とくに同調査で興味深いのは、多くの質問項目において、沖縄県以外の回答が「どちらともいえない」という態度保留を強く示したことである。このような態度も「関係なき者」として回避する一つの処世術といえるかもしれないが、結果的に、それはポリスの存続に寄与するものとなるだろう。
(注11) これらの意味において、日本人による「基地引き取り運動」が全国的に広がりを見せていることはきわめて興味深い事象である。「基地引き取り論」は、日本人が沖縄からの「県外移設」の要求に応答し、沖縄の基地問題を日本人、日本社会の責任として引き取り、実際に沖縄県外において米軍基地を引き取るためのアクションを起こす思想および社会運動である。大阪、福岡、上五島(長崎)、新潟、首都圏(東京・神奈川)、山形、兵庫、埼玉、札幌、秋田、福島という順で運動体が設立され、全国連絡会のネットワークも設けている。
(注12) 日本放送協会、「クローズアップ現代―『虎に翼』が描く“生きづらさ”の招待 脚本家・吉田恵里香」2024年12月30日10時16分(再放送)。
<参考文献等>
知念ウシ、2010、『ウシがゆくー植民地主義を探検し、私をさがす旅』、沖縄タイムス社。
2013、『シランフーナー(知らんふり)の暴力――知念ウシ政治発言集』、未來社。
2014、「女性たちの行動を16年後に考える」『未来』6月号。
大門信也、2012、「不正義の感覚に基づく問責―答責関係関係の形成―規範概念としての社会の構想」、舩橋晴俊・壽福眞美編『規範理論の探究と公共圏の可能性』、法政大学出版局。
池田緑、2023、『ポジショナリティー射程と社会学的系譜』、勁草書房。
2024、「社会におけるポジショナリティの諸問題」、「ポジショナリティの構造と現れ」、池田緑編著、『日本社会とポジショナリティー沖縄と日本との関係、多文化社会化、ジェンダーの領域からみえるもの』、明石書店。
野村浩也、2005、『無意識の植民地主義―日本人の米軍基地と沖縄人』、御茶の水書房。
2019、『増補改訂版 無意識の植民地主義―日本人の米軍基地と沖縄人』、松籟社。
野村浩也編著、2007、『植民者へーポストコロニアリズムという挑発』、松籟社。
Rancière, Jacques, 1995, La Mesentente. Politique et Philosophie, Galilee、松葉祥一ほか訳、2005、 『不和あるいは了解なき了解――政治の哲学は可能か』、インスクリプト。
高橋哲哉、2015、『沖縄の米軍基地―「県外移設」を考える』、集英社。
2021、『日米安保と沖縄基地論争―<犠牲のシステム>を問う』、朝日新聞出版。
桃原一彦、2016、「沖縄の「不和」を横領する支配の構図―「県外移設論批判」をめぐって」『解放社会学 研究』29号:70-93頁、日本解放社会学会
2022、「基地問題をめぐる沖縄と日本との関係に関する量的調査からの予備的考察」『「経験的概念としての「ポジショナリティ」の実証的研究」研究報告書(日本学術振興会科学研究費助成事業報告書)』、ポジショナリティ研究会。
2024、「ポジショナリティ分析で何が分かるのか―「沖縄の基地問題」をめぐる「受益圏/受苦圏」概念を手がかりとして」、池田緑編著、『日本社会とポジショナリティー沖縄と日本との関係、多文化社会化、ジェンダーの領域からみえるもの』、明石書店。
脇田健一、2001、「地域環境をめぐる“状況定義のズレ”と“社会的コンテクストー滋賀県における石けん運 動をもとに」、舩橋晴俊編『講座 環境社会学 第2巻 加害・被害と解決過程』、有斐閣。
とうばる・かずひこ
1968年沖縄生まれ。東洋大学大学院社会学研究科博士後期課程満期退学。現在、沖縄国際大学総合文化学部教授(社会学)。共著に、『日本社会とポジショナリティ』(明石書店、2024年)、など。
論壇
- 「ポジショナリティ」概念から考える沖縄と日本との権力関係沖縄国際大学教授・桃原 一彦
- 琉球の脱植民地化と徳田球一(上)龍谷大学経済学部教授・松島 泰勝
- 地域国際機構という存在富山大学学術研究部教育学系講師・五十嵐 美華
- 皇国史観に汚染された教科書もどき元河合塾講師・川本 和彦
- ちんどん屋を書いた文学者たちフリーランスちんどん屋・ライター・大場 ひろみ
- 『韓国1964年 創価学会の話』をめぐって本誌編集委員・黒田 貴史