特集 ● 混迷の世界をどう視る

時代の転換を読む(上)――少数与党自公政権に売り込み競う維新と国民民主

個人の財布へ給付・還付を求めるポピュリズムの罠/税と社会保障の抜本改革で生涯安心できる社会へ

大阪公立大学人権問題研究センター特別研究員 水野 博達

1) 時代を画した「2024年選挙イヤー」

2024年、内外の「選挙イヤー」を振り返れば、トランプがアメリカの大統領に再選され、「アメリカ・ファースト」によって、戦後世界の政治的・経済的秩序の混乱と破壊が開始されたこと。また、SNS等の情報・通信技術を駆使して、ネット上にデマとペテン、怨念をない交ぜにした「物語」が溢れ、人々の意思形成や感情に大きな影響を与えることになった。人権や事実関係を無視・敵対したネット上の「表現」活動が、法や倫理に基づく規制線を押し倒して、雪崩のようにネット空間を占拠した。この二つは、時代を画する最も注目すべきものであった。

さて、本誌で筆者は、≪維新政治≫を批判的に取り上げてきた。しかし、上記のような歴史の画期となった「2024年選挙イヤー」を踏まえ、大きな政治の動きの中で、≪維新政治≫を捉え直すことが必要であると考えた。

そこで、今回は、以下のようなことを検討し、流動する政治再編の現状を捉え直すことにする。

* トランプの勝利は、何を示しているか?
* 衆院選挙の結果は、何をもたらしたか?

① 「裏金」まみれの自民党は国民に見放された。石破政権は自公の小数与党連立政権となり、自民の随伴者・公明党は、自民との距離を取り、独自性を発揮するようになった。
② 国民民主党の「手取りを増やす」政策提起によって、与党との駆け引きを伴いながら、税のあり方とそれに連動した社会保障制度のあり方について、人々の関心を引き寄せ、大きな議論が起こっている。
③ 盛り上がらない万博、「身を切る改革」は賞味期限切れで維新の衰退が露わになった。
④ ②と③から、財政を巡って表れた「ポピュリズム」の様相について検討することの重要性である。

* 都知事選、兵庫県知事選で「ネット・ポピュリズムが一線を越えた」といわれるが、その内実は?

この流れの中で、石丸新党「再生の道」が立ち上げられたが、その可能性の可否は。

2) トランプの勝利の土台に蓄積した民衆の不満・反発が

今回の大統領選挙でトランプの発言は、「正しい」3%、「おおよそ正しい」8%、「半分正しい」11%、「おおよそ誤り」19%、「誤り」38%、「虚偽」19%、おおよそ誤りから虚偽までを足し合わせると76%となる。実に70%以上が事実と異なる(2024年11月1日現在、「ポリティファクト」のチェックの集計)という。

事実に基づかない、あるいは、意図的な虚偽に満ちたトランプの発言にもかかわらず、なぜ、彼は大統領に選出されたのか。

新聞記事や雑誌の選挙の取材や論評からわかることは、トランプを支持した人々は、彼の発言や演説の内容を正しいものと考えていたわけではない注1。「品位に欠けている」との感想を抱く者も多い。にもかかわらず支持を集めた。

今回の選挙では、アメリカ経済をかつて支えた工業地帯・ラストベルトの「忘れられた人々」である白人労働者だけではなく、農民や黒人、ヒスパニックの労働者からの支持も組織しえた。さらには、人道危機を顧みずガザへの壊滅的攻撃を止めないイスラエルへ軍事支援を続ける民主党政権へ反発は、アラブにルーツを持つ移民からも票を獲得した。

新自由主義のグローバリゼーションは、生産拠点を人件費の安い海外に移転し、金融資本は、極端な貧富の格差を生みだした。また、脱工業化・情報化社会は、労働市場で高学歴者を求めた。高所得世帯の子女が大学・大学院に多く進学するようになった。高い知識・学歴と技術・資格が、社会の高い位置と収入を保証する労働市場の変容だ。だから、「アメリカンドリーム」は、低所得者の男たちからは、手の届かぬ夢となった。

知的労働の階層は、社会を底辺で支える労働階級、下層の階層の生活にとは別の世界に住み、下層階層の生活と労働には無関心で、尊敬の念を抱かない。こうして、人種や多様な属性を超えて、労働者階級は、知的階層から蔑まれ、侮辱されていると感じてきた。だから、ニューヨークやワシントンのエリートに対する憎悪の念が組織され、政治や経済が「ディープステイト」(闇の国家)が支配しているという「陰謀論」も、あり得る物語として受け止められることになる。民主党とリベラル派が進めてきた「ⅮEI」(多様性、公平性、包摂性)は、知的労働ではない仕事に従事する下層の人々、とりわけ男性労働者からは、自分たちを辱める戯言だと嫌悪される。日々人権と尊厳を踏みにじられている彼らにとって、リベラルや進歩派が推奨する科学や真実なるものにも敵意を抱く。

アメリカ社会は、新自由主義による労働市場の変貌や経済格差を拡大し、自分たちの労働と生活が蔑まされているという怨嗟の意識を蓄積して来た。トランプが組織したのは、こうした新自由主義が生み出した階級・階層分断の恨み節なのである。

さらにまた、アメリカ・ファーストは、世界の覇権を維持するための軍事的・経済的なコストに対する人々の不満を組織する。「物価高で生活が苦しいのに、なぜ、ウクライナやイスラエルへ莫大な援助を続けるのか」という不満だ。アメリカの利益にならない国際貢献からは、手を引くというトランプの考え方は、多くのアメリカ人に受け入られることになる。

アメリカ・ファーストは、世界の覇権国家である地位からアメリカは降り、自国利益を優先する軍事・経済、外交政策をとることだ。それが、アメリカの国益と国力を引き上げることに結びつくかどうかは、未知数である。関税障壁を高めることは、国内の産業復興に結びつくよりも国内物価上昇を招き、人々の生活を苦しくする。また、世界の自由貿易体制が崩れ、国際関係に各所で混乱と対立を引き起こすことになりかねない。

トランプの再選は、こうして1980年代から世界を覆った新自由主義的グローバリズムに対するアメリカ社会の中に広く深く蓄積されてきた反発と憤りの結果であった。

再選されたトランプは、人々の反発と憤りを自らの政治支配の力に転化して、第2次世界戦争後に築いてきた世界秩序を破壊しながら、「再びアメリカを偉大にする」と叫んでいる。しかし、世界とアメリカの秩序の破壊の先に、新しい確かなアメリカと世界が約束されているわけではない。トランプの実像は、ただただ、人々の不安と危機感の上に虚勢を張って君臨する「トリックスター」なのである。

落ち着いて考えて見れば、新自由主義・グローバリズムは、戦後資本主義の行き詰まりを突破しようとして現れた剝き出しの「万人の万人による競争」を組織する強欲な資本主義の「再生」であった。資本と人が自由に国境を越えて移動し、世界の自然資源と労働力(人的資源)を奪いつくす野蛮で侵略的な資本主義あり、社会の「公共空間」「言論空間」を貨幣価値に換算できる市場化・民営化によって歪め、人々の協働の営みを衰退させた。金融資本とIT技術を結び付け、金融市場は、ますます実体経済から乖離してバブルをくり返し破裂させた。

今、トランプは、「常識の革命」だと言っている。言うまでもなく彼は、新自由主義を超える世界を構想する改革者でも革命家でもない。彼が言う「常識」とは、戦後世界が築いてきた人権や民主主義などの価値観であり、これを解体すると言っているにすぎない。だから、トランプを支持した人々の中に蓄積された新自由主義やグローバリズムに対する反発や憤りが、問題の解決によって、解消に向うことはない。反発や憤りは、異なった事象・対象に向けて振り向ける虚偽に満ちた煽動が活発に展開されることが予測される。

だから、人々の願い、希望、要求は、トランプの下では、実現されず、その代わりに、様々な新たな「敵」が発見され、捏造されて、社会的な混乱の中で、熱狂が空回りして組織されることになるであろう。

世界は、トランプが巻き起こす「騒動」とどう向き合うのかが、問われることになった。

3) 見放される自民党、行き詰まる自公政権

朝日新聞は、1月20日朝刊で、1月18,19日の世論調査の結果を報道した。順序を少し変えて整理して示すことにする。(丸カッコ内の数字は昨年12月14,15日の調査結果)

石破内閣を支持するは、33%(36%)  支持しないは、51%(43%)

今後の政権のあり方については、
  自民党を中心とした政権が34%  自民党以外の政党による政権が51%

仮に今、参議院選挙の投票をするとしたら、比例区ではどの党の候補者に投票するか。(一択)
  自民25% 立憲15% 維新8% 国民15% 公明6% れいわ6% 共産3% 参政1%
  保守1% 民社2% その他の政党2%  答えない、わからない16%

石破首相の経済政策に期待できるか。
  期待できる20%    期待できない69%

石破首相は自民党の派閥の裏金問題の実態解明を進めるべきだと思うか。
  進めるべきだ70% その必要はない22%

昨年東京都知事選に立候補した石丸伸二さんが地域政党「再生の道」を立ち上げた。この政党に期待するか。
  期待する 36%    期待しない 50%

政治に関するSNSや動画サイトの情報を重視していているか。
  重視している33%   重視していない61%

昨年秋の総選挙で小数与党となった自公政権は、野党の協力がなければ法案も予算も国会を通過させられず、石破内閣は頓挫する。しかも、この世論調査の①②④⑤の結果は、石破内閣だけでなく、自民党自体が国民から見放されていることを示しており、事態は深刻だ。

石破内閣は、野党の協力を得て、この難局を乗り切るため、少なくとも国民民主党か維新の会のどちらかと「部分連合」を組むことで、政権の維持を考えている。(この問題は,次の節で述べることにする)しかし、「裏金」真相解明と公職選挙法改正の課題が政局を揺さぶり続ける中で、一筋縄ではいかない。

自民党内の旧安倍派や保守強硬派から、「裏金」真相解明や政治資金パーティの禁止、企業・団体の政治献金の廃止に対しては強い抵抗が起こる。また、他方、自民一強支配の崩壊により、公明党が自民党と距離をとり、公職選挙法改正の課題でも他の野党と共同で議案提出なども検討したり、核兵器禁止条約締約国会議へオブザーバー参加を求めたりするなど独自性を強め、自民党を揺さぶりにかかっている。これと同じ構造が、「選択的夫婦別姓」問題でも、野党と協議しながら、公明党の法案を提出することもあるという。

公明党・斎藤代表は、「わが党として譲れない問題で対立すれば、連立離脱もあり得る」とまで、朝日新聞のインタビューで答えている。(1月29日,朝刊)

さて、前節で述べたアメリカのトランプ政権の発足により、対外政策において、日米同盟の再定義が課題となり、アジア・太平洋の安全保障や関税を含めた通商・貿易、為替・金融等の経済関係でアメリカの圧力が強まることは、必至である。だが、現状では、石破政権は、はっきりした対抗策を持てていない。アメリカ一辺倒の対外政策をとっていきた結果、国際関係に関して与野党だけでなく、日本の言論・調査・研究機関なども、確たる見通しを持っていない。トランプの大波をかぶって、自公政権が沈没の危機に陥る恐れがある。

4) 売り込む維新と国・民の小競り合い 両者を天秤にかける自公

国民民主党は、昨秋の衆議院選挙の公約に「手取りを増やす経済政策」を掲げ、議席を大幅に伸ばした。いわゆる「課税の壁」である「基礎控除」を引き上げる所得税減税や、実質賃金がプラスになるまで消費税減税と社会保障の保険料の軽減などを訴えた。この政策要求には、ガソリン税の引き下げも含まれていたが、「103万円の壁」を「178万円に引き上げる」との要求が若者や非正規の女性労働者から支持を獲得したと言う。

2024年度補正予算を国会で通過させるために、石破自公内閣は、国民民主の求めに応じ、与党・自公との3党協議の場を設定した。与党との間に「基礎控除を103万円から178万円への引き上げを目指す」との合意文書を交わして補正予算案に賛成した。

しかし、178万円へ基礎控除を引き上げると、地方税も含めておおよそ7~8兆円の財源確保が必要になる試算を財務省や総務省などが示した。その後、2025年度の与党税制改革大綱には、「123万円」という額が書き込まれたのである。

「178万円への引き上げを目指す」という合意文は、何でも反対ではなく、「参加型の政治姿勢」で自らの存立意義をアピールしようとする小政党と政権維持を目指す小数与のかけ引きの実情を実にうまく表したものである。だから、国・民党内でも「与党に喰い逃げされるのでは」との囁きも生まれた。

他方、維新の会は、国民民主に手柄を独り占めされることに危機感を抱き、補正予算採決直前に、「高校授業料無償化」等教育無償化で、与党との協議の枠組を用意させ、補正予算の賛成に回った。

合意文書もなく、口約束で賛成に回った維新の前原共同代表などの執行部に対して、党内からは「わが党の賛成は、それほど軽いのか」との声も上がったと言われている。

国民民主の議員の多くは、補正予算の採決について「うちはちゃんと合意文書を取って補正に賛成した。立憲は、政策の一部(予備費から1千億円を能登半島の被災地復旧・復興に充てる修正予算案を可決させたが、補正予算全体は、複数年度にわたる事業に支出できる「基金」が削減されなかったと反対)を実現し、維新は、何も取っていないのに賛成し、自民にすり寄っている」と自讃・自任して落ち着きを取り戻したようである。だが、維新への対抗心は、少なくない。

「参加型政治姿勢」で自らの存立意義を国政上に刻みつけ、有権者のより多くの支持を勝ち得たいと願う国民民主党と維新の会のツバ競り合いは、政権維持には、野党の協力が絶対に外せない小数与党政権の下で、今後より激しくなるであろう。

さて、年が改まり、1月24日に通常国会が開催され、新年度予算審議が始まる。石破内閣は、国民民主と維新の両方を天秤にかけながら、立憲民主の協力をえて、新年度予算の成立を目指すことになる。

維新の高校授業料無償化の財源は、6000億円程度の新規財源をあてがえば十分実現可能という。ならば、「無償化やります」ということになるのかと言えば、政権側は、狡い。授業料無償化については、石破首相は、「各地方自治体には、それぞれ異なった既存の援助や政策があり、これらを踏まえた制度設計が要るので、慎重な検討が求められる」と答弁している。

他方、178万円へ「基礎控除」を引き上げるとなると、手当すべき財源は、7~8兆円となる。税の基礎控除であるから、恒久的な財源の確保が要る。積み残っている予備費や基金から捻りだせば簡単に賄える額ではない。財源をどうするか。国民民主は、「それは政権与党が考えることだ」と言うばかりである。こんな国民民主に対しても、自公から離反しないように、「150万円程度なら、税収入増で賄えるのではないか」との観測気球を非公式に上げて、繋ぎとめに努めている。

5) ポピュリズム――減税と社会保障費の軽減要求の罠

非正規で働くパートの若者や女性の支持を集めたと言われる国民民主党の「手取りを増やす経済政策」を検討してみよう。

この政策は、税金や社会保障料を減らして、個人の手取りを増やそう、というものだ。一時的にではあれ、手取りが増えて生活が楽になり、消費生活が豊かになれば、うれしいと誰もが思うだろう。賃金はさして上がらず、物価高騰により、実質賃金が下がり続けてきた。だから、この政党の政策を支持したくもなる。これですべてが丸く収まればいいのだが、実はそうはいかない。

結論を先に述べれば、この政策は、現在時点の個人の生活圏からだけ見れば、ハッピーなものだ。しかし、この社会を成り立たせている社会的関係から切断され、「孤立」させられた人間の利己的な欲望を組織するポピュリズム政策で、罠が仕掛けられているのだ。

「手取りを増やす」減税は、一人ひとりが払う税金を減らすこと。それは、国・地方自治体全体の税収が減ることだ。また、社会保険料の軽減は、保険財源を減らし、社会保障の施策が縮小する結果をもたらす。

医療や介護、年金など、日本の社会保険は、それぞれの社会保険の被保険者の保険料からだけではなく、税金が組み込まれている。例えば、介護保険では、国と地方の税から合計50%の支出を受けて成り立っている。国の一般会計支出の3分の1以上が、社会保障関連予算で、この予算は、各種社会保険制度を支えるとともに、生活保護や保育・子育て、教育、公衆衛生などの社会保障関連の費用に充てられる。少子・高齢化が進む中で社会保障だけなく、災害対策、中山間部の過疎化対策、老朽化する道路・交通インフラの整備など公共事業費も今後増大させる必要がある。だから、この「手取りを増やす」政策が、そのまま現実化されれば、社会保障政策だけでなく、国・地方の各種政策の実施が予算不足で困難になる。

ところで、政策には、何らかの考え方が裏打ちされており、階級的な利害が隠されていたりする。

178万円へ「基礎控除」を引き上げるためには、その減税分7~8兆円をどう捻出するかという点につて、国民民主党は、「政権与党が考えることだ」とダンマリを決め込んでいる。

税収の不足分を埋めるためには、他に配分する予定の予算を削って生み出す、所得税以外の課税を増やす(増税)、国債を発行する、などの予算の組み替えを考える必要がある。そこで、この間巨額の予算を積み上げて来た防衛関連予算や、経済・産業振興、新技術開発などを支援する予算がある。国民民主党は、「ここを削れ」とは言わない、言いえない。

なぜか。同党の最大の支持団体は、連合である。連合加盟の有力労組は、三菱をはじめ大独占資本傘下の企業の従業員で組織されている。防衛予算や産業振興予算を削ることは、自分たちの勤め先の企業の利害に反する。だから、「ここを削れ」とは言いえない。また、企業が恩恵を受けている数々の特例的な優遇税施策を改める、株や社債などの金融商品が生みだす「不労所得」への課税増、富裕階層への累進課税率のアップ等についても、言い出しかねる。酒税やたばこ税のアップも広く国民の反発を招くから言わない。政権に協力して欲しければ、与党の方で考えるのが筋だ、という態度だ。

繰り返すが、基礎控除の引き上げは、恒久的な税源確保が求められる。毎年、7~8兆円の穴埋めを国債発行に頼れば、後年度の国債償還の負担は、莫大な額になる。考えられる穴埋め策について、この党は、自公に「汚れ役」を押し付け、人々からの支持だけを得ようとしているのだ。

冷静に考えて見れば税金や社会保険料を減らして得をするのは、資本と高額所得者だ。基礎控除を引き上げて減税をし、社会保険料を減らすと、低所得者は、さして負担軽減にはならず、逆に、年金の支給額が減ったり、医療・介護などの社会サービスを受けられなくなったり、差し引きトータルでは、不利益となる。この「178万円」という施策は、年収900万円以上の所得者が受ける恩恵が大きくなるとの試算もある。

戦後資本主義国家は、税と社会保障制度を通じて、高所得者から低所得者へ富・財の再配分を行い、以て貧困と格差をなくし、人々の生活を安定させる政策をとってきた。今日では、再配分は、現役世代から次世代へ財(貨幣価値の財だけではなく、水や空気、土地や生物、気象などの自然環境などを含む)を移転・継承する世代間の再分配も重視されなければならない。

一部の社会集団、とりわけ高所得者が多くの恩恵を受けさせるのではなく、また、現役世代だけの幸せを優先するのではなく、次世代のことを考えた持続可能な社会を普段に創り続けられる税制と社会保障制度でなければならない。

なぜ、国民民主は、税金や社会保障の費用を値切って、個人の財布の中身を増やそうとするのか?なぜ、資本に立ち向かって賃金を、労働条件を引き上げる闘いを呼びかけ、その先頭に立とうとしないのか?

国民民主のこの政策は、まさに、現在から未来を開く展望を持たず、人々の連帯・協働を生み出さない受動的で刹那的なポピュリズム政策なのである。

6) 予備費・事業「基金」が政府の裏金的埋蔵金に

では、政府与党の財政政策はどうなっているのか。岸田前政権は、「異次元の子育て支援策」への大幅な予算出動と2022年に、23年~27年度の防衛費を1.5倍、43兆円にする方針を打ち出した。防衛予算は、国の総生産額の2%を超えることにもなり、「増税メガネ」と揶揄されることになった。 

これらの財源を 正面から増税で賄うと言えず、従来からもあった「増税なき財源作り」の手法で、必要財源を確保する手に打って出た。「異次元の子育て支援策」の費用捻出のため、国民が強制加入させられている健康保険の会計から引き出す、また、未使用になっていた予備費や「基金」をかき集め、「増税なき税源の確保」をするとした。本来、余った予備費や「基金」は、すべて国庫に戻すことが求められるのに、過剰に積み上げておいた予備費や「基金」から引き出して、「歳出改革」によって生み出したなどと、言いくるめようとしている。

防衛予算は、さらに露骨である。「防衛財源確保法(17兆円)」は、

1.防衛力強化資金  4.5兆円
 外為特会3.1兆円、財政投融資0.6兆円、コロナ対策0,4兆円、大手町プレイス売却収入0.4兆円
2.決算剰余金    3.5兆円
3.歳出改革     3兆円
4.建設国債     1.5兆円 となっている。

また、「防衛装備移転円滑化基金」は、2023年、24年で800億円を積み上げて来たが、設立2年で15億円しか使われていない。にもかかわらず、2025年も400億円を「基金」に積み増しするという。さらに、防衛費は、消耗品であるのに、施設整備(2,454億円)と艦船建設(1,888億円)を建設国債発行で賄うことにもなっている。

金子勝によれば 予備費を意図的に高く積み上げて余らせ、そこから「『決算剰余金』を捻りだし、同じく基金も余らせてそれを削って『歳出改革』と称して防衛費を捻出する手法である」注2。「それは、赤字国債のマネーロンダリングと言ってよく」、この手法は「国家による『裏金』と呼ぶにふさわしい」と批判する。

異次元の子育て支援策と防衛予算の膨張は、与党政権の財政運営の性格の端に示している。予算が国会できちんと論議され、予算の内容と使い方の透明性が確保され、財政規律が守られることが求められるのに、ほとんど議論・審査の対象にならない「予備費」や「基金」、あるいは、国債発行によって、財政を膨張させている。 こうした手法による財政規模の拡大は、国債の大量発行に裏打ちされており、まさに借金に依存した政府の裏金作りであり、各省庁の埋蔵金の積み増しである。

こうしたプライマリーバランスを顧みない財政規律の形骸化に対して、財務省は、折に触れて警告を発している。また、財政膨張に歯止めをかける取り組みも行っている。社会保障費の抑制には最も力を入れ、各保険事業の細部にわたってまで検討し、サービス支給のあり方や人員態勢に口ばしを入れ、IT器機などを利用した「生産性向上」と被保険者の負担増を強く求めるなど圧力をかけ続けている。しかし、財界や各種圧力団の要求に応え、財政規模を拡大させる自公政権は、防衛力増強やAI関連事業の振興などを「聖域」として、財務省の抵抗・規制を無効にしている。国民多数の生命と安全、生活の安定を確保する社会保障予算への規制圧力は強めているが、他方で、多額の政治資金を集めて献金する財界や圧力団体の要求には、財政膨張の歯止めがかからない。なんと、政治資金の裏金化を図る自民党政治は、国の財政でも「裏金」づくりの悪弊を産んでいたのである。

7) 財政ポピュリズムの意味と実態

経済的・政治的な力を持つ者達は、国政を左右し自らの利益を維持・拡大しようとする。それを前節では、財政の構造と与党政治のあり方との関係で見て来た。実際、政権政党から遠い存在である圧倒的多数の住民は、政治の枠外に置かれている。この10数年間、新型コロナ感染症の流行もあり、賃金は上がらず、食料品や居住費など生活のベースとなるものの価格が高騰し、生活が苦しくなるばかり。未来が見えない閉塞感が広がっていた。

こうした中で、自民党に随伴してきた公明党は、党の依拠基盤である低所得者や高齢者の生活苦を緩和する施策を自民に飲ませてきた。消費税の切り上げに際しては、「軽減税率」をもとめ、また、コロナ流行時には、コロナ対策給付金を、そして、物価高に対して物価高騰対策給付金や子育て世帯を支援する給付金等を求め、実現してきた。これらの施策は、「平和の党」の党是と矛盾する自民党の安保政策の転換や防衛予算増の方針を容認することと引き換えに実現したのだ。この公明党の政治選択は、最大の支持基盤・創価学会構成員達の個人的現世利益を「党是」(党の理念)よりも優先したものであった。

今日、自民党以外、公明党を含めた政党の政策要求には、「財政ポピュリズム」の傾向が見られる。今日の「ポピュリズム」の特徴を見よう。

政治権力から距離のある多数の住民が、日々の生活の中で抱く不満を、政党などが幾つかの政策に押し上げて、反体制的な政治力に転化させる政治のあり方である。支配政党だけではなく、経済的・社会的に高い地位に在る者たち、知識人、ジャーナリスト、文化人、マスコミなどは、支配勢力に随伴する者たちを「既得権者」として排除・敵対する。また、自分たちより楽をしている既得権者の既得権・利益を取りあげろ!という怨嗟の信条や、反知識・反科学・反文化的な心情によって、仲間との一体感を形成する。欧米では、外国人労働者がいなければ経済・社会が成り立たないのに、ポピィリスト達によって移民や難民への反感と差別・排除の主張・活動が組織されることは、この代表例である。

日本でも新型コロナ感染症の流行以降、富裕層以外の多数の住民の生活苦を緩和させる要求が、時を置かず立ち上がり、施策として実施されることが多くなった。その多くは、体系だった施策というより、実施期間も短く、一時的な給付型、あるいは、還付型の施策であることが多い。

これらを踏まえ、ここでは「財政ポピュリズム」とは、さしあたり、社会や政治のあり方を問うよりも、個人の身近な生活要求を採り上げ、支持を獲得しようとする政治である。端的に言えば、個人の財布へ国や地方自治体から給付や還付を受けることを求める私的利益優先の財政に関わる政治主張と要求を指すものとする。

多くの住民は、生活の先行きが見えない。現状の政治や社会に対する不信・不満をそれぞれの政党が、この人々の不満を適当な政策・要求に結びつけ、自らの政党の存在意義をアピールする形をとる。その特徴は、各政党の理念や政治展望を全面に押し出して訴えるのではなく、すぐ実現できそうな要求を前面に掲げて支持を仰ぐというものである。だから、民衆の蓄積された生活不安が生み出す意識の岩盤に、「ワンイシュー」的な私的利益の要求を押し立てて斬りこみ、政治的支持を組織するスタイルが流行する。こうした政治の傾向は、政治の季節が終わり、新自由主義が世界を席巻し始めた1990年代以降、「政治の個人化」と言われるように、私的なことが重視されて来た結果でもある。

さて、「財政ポピュリズム」と言っても一律ではない。

すでに見た公明党は、自公連立政権の一角を占めているが、自民党との力の差は歴然としている。だから、「党是」を封印して、国政全体の方向性と運営では、自民に随伴するしかない。しかし、自民も公明の連立での協力がなければ、選挙や国会運営で支障がでる。だから、彼らの依拠基盤の階層の生活苦を緩和する施策には、自民も同意する。つまり、「党是」を政治過程で有権者に問うことよりも、「個人の身近な生活要求」を採り上げ、支持を維持し、獲得しようとするのである。

国民民主党の「手取りを増やす」の政策については、5)の節で、詳しく検討した。それは、高所得者が大きく恩恵を受けるが、一番「課税の壁」(「基礎控除」)の撤廃、あるいは、その水準の大幅な引き上げを望んでいる所得階層にとって、社会保険の給付を含めてトータルに見たとき、恩恵はほとんどないかマイナスであることを確認してきた。178万円へ「基礎控除」を引き上げるために、毎年7~8兆円の不足分を恒久的に国債で穴埋めを行っても、現代貨幣理論(MMT)から言えば、何の心配もいらないと言いえるか疑問である。だから、国民民主は、財源確保について、ダンマリを決め込んでいるのだ。

実質賃金が下がり続けてきて、生活が苦しくなっている階層の人々は、この政策を支持したくもなる。だが、実際は、短期的には個人の財布の中身が一時的に増えるが、生涯で得られる利益・恩恵より、損失の方が大きい施策である。これは、「財政ポピュリズム」というより、ペテン的施策であると言えよう。

れいわ新撰組は、消費税は貧乏人にも、金持ちにも、消費には一律に税をかける「逆累進性」が高い税制だから、廃止するか税率をグンと下げるべきだ、と主張する。足りない分の税収は、高額所得層への課税強化、金融取引などによる所得への課税や相続税へも大幅な税をかける。つまり、富裕層への課税強化を行うこと。なお足りなければ、国債を発行すればよい、という。消費税が廃止・軽減されれば庶民の生活も楽になり、消費の拡大で、景気も良くなるというものだ。

消費税は、社会保障の大きな財源だ。これがなくなり、かつ社会保険料の大幅な軽減がされれば、国民の医療・介護、年金、生活保護、子育て・教育などの国民のセイフティ・ネットが崩れてしまう。これに対して、れいわは、国債を発行すれば財源は確保できる、と主張する。

れいわの「基本政策」に書かれているのは、文字通り、生の「現代貨幣理論」(MMT)である。注3近代国家は、徴税権だけでなく、通貨発行権を持っているので、政府は財政赤字を気にしなくてもいい。国債を発行してお金を社会に廻せば、不況も克服でき、失業もなくせる。貨幣流通量が過剰でインフレにならないように、通貨発行と徴税を上手くコントロールすれば、問題はない、というものである。

この理論には、多くの落とし穴がある。

まず問題は、経済の国際的関係である。今日経済は,一国内で完結しない。人も物も金も、情報も国境を越えて移動し、相互に関係し合う。「通貨発行と徴税を上手くコントロールすれば」という仮定は、国際化した市場の中で、上手くいく保障はされない。直近の事例・経験でいえば、黒田日銀総裁のもと「異次元の緩和」だ。市場に大量のお金を流したが、過剰なお金は、大企業の内部留保や株価や地価を押し上げただけで、賃金も上がらず、新規事業や技術開発、生産の拡大もほとんど起こらなかった。おまけに、日米の金利差で円安が生じ、物価が高騰する結果を招いた。

国債の大量発行で、円の価値が暴落するという可能性も「現代貨幣理論」によれば、自国通貨で国債が発行されていれば、それはない。国の徴税権と通貨発行権の調整で回避できるという。この理論にも問題がある。今日コンピュータを使った金融工学の発達によって、CTA(商品投資顧問業者)等が、瞬時に大量の株、先物商品、通貨などの売買を仕掛ける。金融商品等の売買の変化率(トレンド)の高いもので利益を得るため、通貨でも株価でも先物でも、瞬時に価格の高騰と暴落が引き起こされる。本来の経済法則とは関係のないところで取引が展開されるので、「暴落は起こりえない」というのは、根拠に乏しい主張である。

「現代貨幣理論」の決定的弱点は、「ザイム真理教」と批判される財務省とは異次限の貨幣・通貨に対する「物神崇拝」だ。「お金を回せば、社会は廻る」という考え方は、人間の生きた労働の問題が脇に置いておかれていることだ。

お金を廻せば、工場は動き、社会生活を支えるエッセンシャルワーカー:医師、看護師、セラピストなどの医療労働者、介護労働者、教師、清掃労働者、消防士、警察官などなどーは、仕事をしてくれるのか。多種・多様な労働の分業と協働によって初めて社会は廻る。お金が廻しているのではない。生きた人間の労働である。しかも貨幣交換の市場の外に、手つかずにある自然や人間の生命活動が広がっている。

多種・多様な労働は、金を廻せば、すぐ動き出すわけではない。それぞれの労働を担う労働力は、それぞれの地域の環境や歴史と文化を土台に根付いており、また、時間をかけて育てられる。少子・高齢化で労働力不足が深刻になっている今日の状況を、この理論で解決できるとは考えられない。

れいわの政策の現実的・実践的提案は、人々の生活の不安と貧富の格差をなくしたいということであろう。貧困層を苦しめる消費税はなくす。社会保険料は低所得者の生活を圧迫しているので、大幅な軽減措置を取る。足りない税収分は、国の借金である国債を発行して賄う、といものである。それは、多数の国民が国の借金に依存するということで、多数の国民にとって究極の「ユートピア」構想なのだ。(「デストピア」かも知れない!)

それはまた、「金を廻せば、社会は廻る」という経済理論は、現実の社会の諸関係を通貨の流通・交換関係として見ることになり、貨幣・通貨をすべて支配する神の位置に押し上げることになる。

れいわの基本政策に基づく実践的な財政政策は、実現不可能な究極の「財政ポピュリズム」である。(以下は こちら )

 

 

(注1) アメリカ大統領選挙に関わる注目される記事、論票の幾つかを列記する。

●雑誌「地平」1月号~緊急特集―アメリカ選挙と民主主義~

 内田聖子(論考)、立岩陽一郎(ルポ)、三牧聖子(論考)、猿田佐世(論考)

●雑誌「中央公論」2月号~特集―地政学 2025年の世界 ~

 「トランプ再選の世界史的意味」 フランシス・フクヤマ

●朝日新聞

 *コラムニストの眼・「見廃られた民主党 怒る労働者へ尊厳の再配分を」 ニコラス・クリストフ(11月9日NYタイムズ電子版抄訳)

 *インタビュー「米リベラル 失速のわけ」 渡辺将人(1月8日)

 *インタビュー「米国の二つの『カースト』」 マーク・リラ (1月9日)

 *時時刻刻(記事)『偽情報対策 揺り戻しー保守派から「検閲」批判』 メタが路線転換」(1月9日)

(注2)『裏金国家―日本を覆う『2015年体制』の呪縛』 金子勝(朝日新書、2024年9月)

(注3)れいわ新撰組の「基本政策」は、以下のような「現代貨幣理論」を支持し、財務省を厳しく批判する著者達の主張に影響されていると思われる。参考文献として紹介する。・

『ザイム真理教の大罪』 森永卓郎(宝島社、2024年3月)

『財務省亡国論』 高橋洋一(あさ出版、2024年12月)

みずの・ひろみち

名古屋市出身。関西学院大学文学部退学。労組書記、団体職員、フリーランスのルポライター、部落解放同盟矢田支部書記などを経験。その後、社会福祉法人の設立にかかわり、特別養護老人ホームの施設長など福祉事業に従事。また、大阪市立大学大学院創造都市研究科を1期生として修了。2009年4月同大学院特任准教授。2019年3月退職。大阪の小規模福祉施設や中国南京市の高齢者福祉事業との連携・交流事業を推進。また、2012年に「橋下現象」研究会を仲間と立ち上げた。著書に『介護保険と階層化・格差化する高齢者─人は生きてきたようにしか死ねないのか』(明石書店)。

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