特集 ● 混迷の世界をどう視る

ショルツ政権の崩壊とポピュリズム下の総選挙

債務ブレーキと経済成長と難民をめぐる戦い

在ベルリン 福澤 啓臣

シュタインマイヤー連邦大統領は、ショルツ首相の信任案が議会で否決された後、12月23日に連邦議会を解散した。ドイツでは、首相には議会の解散権がない。そのため、12月16日に議会の信任を自ら問い、筋書き通りに信任が否決された。直ちに、不信任を大統領に告げ、解散を依頼した。大統領はそれを受けて議会を解散し、国会選挙の日を2月23日にと決定した。

Ⅰ ショルツ政権の崩壊を早めたプーチンのウクライナ侵攻

解散に先立つ11月6日にショルツ首相はリントナー財務相(FDP=自由民主党)を解任した。これで信号内閣(SPD赤、緑の党、FDP黄色という政党の色分けからこの略称になった)が崩壊した。解任後直ちに首相は、報道陣に解任の理由を述べた。日頃クールな首相としては、珍しく感情を露わにして、財務相を非難したのが印象的だった。

これを受けて、同相も記者会見をした。だが、この時点でFDPはこの解任を挑発したのは筋書き通りだったという経過がすっぱ抜かれて、非難がリントナー(以下全員敬称略)に集中した。

有力紙の報道によると、FDPの幹部たちは、秋の初めから国民に不人気の信号内閣をいつ、いかに離脱するかの計画を練っていたのだ。この離脱作戦を連合軍の1944年6月のノルマンディー上陸にちなんで「D-Day」と名付けていた。作戦の目的は、政府から自ら離脱するのではなく、追い出させるか、出て行かざるを得ないように仕向けることだった。すると、国民からの同情票が寄せられ、政党にとって生死を決する5%条項を確実にクリアできるのではないかと考えたのだ。世論調査によると、FDPは5%線上を行ったり来たりしている。

ところが、この計画をショルツ首相が知ることになり、6日の晩に先手を打ってリントナー財務省を解任したのだ。他の二人のFDP閣僚メンバーは直ちに辞任した。運輸大臣のヴィッシングは、閣僚として残り、FDPから離党した。

この解任劇の朝に米国の次期大統領がトランプに確定した。ドイツのマスコミはそれを報道すべく特別番組を組んでいた。ところが夜の9時過ぎにショルツ首相がリントナー財務相を更迭したのだ。報道陣は混乱の中で急遽そちらの報道に切り替えた。

この崩壊に至るきっかけは債務ブレーキをめぐる軋轢だった。25年度予算案についての三党の首脳会談―ショルツ首相、ハーベック経済相、リントナー財務相―で、首相が、次年度予算に債務ブレーキの緩和を再度提案したのに対し、財務相は拒否したのだ。20年から23年までの4年間はコロナ禍とプーチンのウクライナ侵攻による緊急事態として緩和されたが、財務相は、25年度予算では債務ブレーキへの復帰に固執した。

重層的な危機的状況の中での信号内閣の政権運営

16年間のメルケル政権の後、戦後初めての試みとして三党による連立政権が2021年12月にスタートした。特にSPDと緑の党に、新自由主義を党の基本方針とするFDPが参加したので、多少の軋轢は当初から予想されたが、「進歩の内閣」と銘打って、まずは勇ましく踏み出した。

ただ、実際には出発時からコロナ禍によって経済的に、また社会的に弱まった病後というハンディがあった。さらに運が悪いことには、2022年2月24日以来プーチンのウクライナ侵攻という危機的状況が重なった。

これらによりドイツのメルケル時代の順調な経済を支えた三本の柱が全て倒れてしまった。一本目は、ロシアからの廉価な化石燃料の安定供給がストップしたことである。二本目は、輸出先として重要な中国の経済が、コロナ禍によりダメージを受け、復活しないままだった。三本目は、「時代の転換」(ショルツ首相の2月27日演説)の到来により、防衛費が一挙に増大した。それまでは米国の巨額の軍事費(核の傘およびNATO)のおかげで節約できていたのだ。それにウクライナ難民救済および経済援助、武器供与による多額の出費(推定5兆円ほど)も加わった。

それにメルケル政権時の繁栄が仇になっている。財政規律を重んじるあまり、順次するべきだった国内インフラへの投資を怠ってきたのだ。それと、プーチンの大ロシア帝国主義を見抜けなかった上に、米国やポーランドなどの警告を無視し、ロシアからの化石燃料に頼り切っていたのである。

信号内閣の成果としては、最低賃金の9.36から12ユーロ(1ユーロ=160円で換算すると1920円)への引き上げ、ウクライナ侵攻によるロシアからの化石燃料のストップにもかかわらず、22年と23年の冬に暖房も電力も確保されたことだ。次に評判の悪かった長期失業者や低所得者救済制度のハルツ4を廃止して、新たに市民金制度(財政負担も6兆円弱と大きい。)を導入した。月額を12%引き上げるなどして、改善されたが、その結果低賃金勤労者の収入額との差がわずかとなり、勤労意欲を削ぐ、と野党は批判している。さらに野党は、550万人の受給者のうち、260万人(47.3%)と外国人が半数を占めていることも批判している。それもウクライナ人が72万人、シリア人が52万人、アフガニスタン人が20万人と難民が多いのだ。

失政としては、グリーン経済への転換が実現しなかったことだ。それには上述したように、三党連立という足かせがあり、財政的な裏付けがなくなったために、実現できなかったのだとの言い訳が成り立つ。

もし、プーチンのウクライナ侵攻が起きていなかったら、信号内閣は当初の目標であったグリーン経済への転換をかなり達成できていたのではないか、と筆者は見ている。

野党のCDU/CSU(キリスト教民主同盟/社会同盟)やBSW(ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟)、さらにAfD(ドイツのための選択肢)は、経済パフォーマンスの悪化(2023年は-0.3%、24年は-0.1%とマイナス成長)はハーベック経済相の責任で、戦後最低の経済大臣とこき下ろしているが、大臣一人のできる範囲は限られている。筆者は、CDUが政権を担当していたとしても、結果はあまり変わらなかっただろう、と見ている。国民の多くもそのように見ているのではないか。それは、信号内閣の不人気ぶり―昨年は支持率18%―からすれば、CDUの支持率は本来もっと上がっていいはずだ、と政治評論家のコメントにも顕れている。

債務ブレーキが投げかける波紋

2024年の11月6日の信号内閣は、結局財政上の問題―例の「債務ブレーキ」を外すかどうかに集約される―により崩壊した。ちなみに許される債務額はGDPの0.35%である。ドイツの24年GDPは700兆円強なので、3兆円弱が許容内。同年の国家予算は約76兆円である。

債務ブレーキは、上述したようにコロナ禍の際に2020年から23年にかけて4年間緊急事態として、緩和された。ところが、23年秋に信号内閣は、コロナ禍で認められた債務枠の中で、支出されなかった10兆円弱を24年度予算の穴埋めに転用しようとした。だが、憲法裁判所により転用は違憲とされてしまった。それ以来信号内閣は、財源を求めてノックアウト寸前のボクサーのようにフラフラになっていた。

「債務ブレーキ」は、財政赤字を重ねては、次の世代に借金を残すことになるので、世代間の公平さが保てないという理由で、2009年に大連立政権(CDU/CSUとSPD)により導入され、基本法にも明記された。その背景には、まず2008年の世界金融危機がある。銀行と経済救済のために多額の債務―約72兆円と当時の国家予算を大きく超えた―を受け入れたので、その反省もあり、債務ブレーキの導入に至った。さらに歴史を遡れば、ワイマール時代にハイパーインフレ―喫茶店で一杯5千マルクのコーヒーが飲み終わる頃には8千マルクになっていた―を経験している。それ以来ドイツには財政規律を遵守するという伝統が生まれた。メルケル政権下では、2010年代に「黒字ゼロ(=赤字ゼロ)」という模範的な均衡財政が続いた。ここまで良かったが、裏では問題が積み重ねられていったのだ。本来評価されるべき財政規律の遵守が、かえって経済の生産性の伸びを鈍化させ、構造的な不況として現在及び次世代に残されてしまったのだ。

メルケル時代には順次必要であったインフラ、鉄道、教育、社会のデジタル化などへの公共投資が疎かになってしまっていた。その結果、社会と経済に必要な改革がなされず、今になって様々な分野で綻びが出始めている。貧弱なインフラは、昨年夏に起きたドレスデン市内の橋の突然落下に象徴される。幸い夜中だったので人的被害はなかった。数年前にイタリアの高速道路が崩れ落ちた時に、ドイツではあり得ないと、ドイツ人は得意げに笑っていたが、同じことが起きたのだ。

デジタル化の遅れによって、行政機関の生産性が低く、許認可に多くの時間が取られている。国際競争の激化により、このような緩慢な行政スピードは企業の投資意欲に悪影響を及ぼし、投資は国外に足をむける。ここ4年間でドイツ企業の国外投資額は50兆円にも達している。

ドイツの株価指数DAX(銘柄数は40社)は、国内経済の不調にもかかわらず、2024年に2万点を達成し、20%近くも上昇した。これらの企業は売り上げの80%を国外で上げているからだ。

ドイツは、G7の国々の中で政府財務残高がGDP比60%強、(日本240%、イタリアは200%、米国やフランスは150%、英国130%)と段違いに少ない。ということは、ドイツの財政基盤はしっかりしているので、財政出動が十分できる。なおEUの財政規律ルールでは、各年GDPの3%までとして、超えるとペナルティーがある。政府財務残高は60%以内に抑えるとしてあるが、あまり守られていない。

Ⅱ ドイツ産業の空洞化

VWの凋落とドイツ自動車産業の衰退

ドイツ産業の空洞化が問題になっているが、それを象徴するかのように、ドイツ産業の雄ともいえるフォルクス・ワーゲン社(以下VW)が経営の危機に瀕している。

VW社の歴史を辿ると、1937年に「国民車(フォルクス・ワーゲン)」を作るようにとのヒトラーの指示によりスタートした。ポルシェ博士(有名なスポーツカー企業の創業者)が43年に空冷四気筒エンジンの車を考え出し、戦後カブトムシ(ビートル)として発展させた。そして世界を席巻した。ドイツの戦後の経済繁栄を象徴していたともいえる。世界で65年間にわたって、2152万台作られ、世界一の生産台数(二番目は1500万台のフォードT型車)を誇っている。その後VW社はカブトムシの後継車としてゴルフを開発し、これも国民車といわれるぐらいよく売れた。

VWだけでなく、メルセデス・ベンツ、BMWなどドイツの高級車は世界中で高い評価と販売数を誇った。90年代に中国に進出したドイツ車は一時マーケットシェアが25%を超えていた。特にVWは中国で大きな成功を収めた。だが、2010年代に入り、長く続いた内燃機関時代の黄昏が近づいていた。中国はその時代の前触れを感じていたが、成功の美酒を味わっていたドイツの自動車業界は気づかなかった。それどころか、地球温暖化の原因であるCO2の削減を、得意の内燃機関、それもドイツの発明であるディーゼル・エンジンの改良によって、乗り切れると過信していた。

しかし皮肉なことに、CO2を少量しか排出しないという評判のVWの内燃機関に感動し、それを証明しようとした米国の環境団体ICCTの試験走行が破綻につながった。このVW車に搭載されたディーゼル・エンジンには、ソフトウエアに不正操作が施されていた。試験走行時には排出を抑えているが、通常走行になると、CO2は全く除去されないまま、環境に排出されてしまうという悪質なものだった。まるで工業化の初期には見られたような原始的な詐欺行為である。ドイツ産業史で最大と言われる産業犯罪といえる。

このエンジンは、世界中で1100万台もの車に組み込まれていた。ヨーロッパだけでも850万台が、ドイツでは240万台がリコールされている。

これまで経営陣の数人が鉄格子の中に入れられた上に、罰金、顧客への賠償金などで、延べ5兆円を超える額が支払われている。ドイツでの裁判はまだ終了していない。当時社長を務めたヴィンターコルンを始めとして、多数の経営陣は、「技術者たちが勝手に考え出したことで、自分たちは指示したこともないし、預かり知らなかった」と未だもって無罪を主張している。

ドイツの産業に占める自動車業界の割合は比べ物にならないほど大きい。傘下の関連産業を含めると、78万人の人員を抱えている。 EV車への転換もうまくいかず、過剰な生産能力の縮小(VWの稼働率は、工場によって50%を切っているともいわれている。採算ラインは80%)と積年の高コスト体質を改善すべく、昨年夏にVWの経営陣は背に腹は変えられず、2030年までに現在の12万人から3万5千人の人員整理、二か所の工場閉鎖計画を発表した。それに対し、金属労連(産業別組合)―ドイツは、企業別組合はないので、このような場合には産業別組合の代表が交渉に当たる―は徹底的に戦うとして、ストをした。その間金属労連は経営陣と数回にわたって、延べ80時間もの長期交渉を経て、何とか工場閉鎖―他の作業所として存続―と人員整理案―解雇はしない―を引っ込めさせた。その代わり2027年まで賃上げを断念した。

ドイツの自動車業界は電気自動車への転換に出遅れているが、決定的なのは電気自動車の中心技術と言える蓄電池の開発で、中国、韓国、日本に大きく遅れを取っていることだ。加えて国もEV車の充電網を計画通りに張り巡らしていない。とにかく車の内需が振るわないし、魅力的なEV車が生まれていない。

まだ回復のチャンスはあると見ている専門家もいる。確かにドイツの車メーカにはこれまでの蓄積してきた財力、技術力がある上に、優秀な人員を抱えているので、経営陣が決定的なミスを犯さなければ、復活の可能性もあるだろう。

世界ランキングが示すドイツの経済力の低下

ドイツの経済力が低下し、産業空洞化が起きている、といわれている。スイスの国際経営開発研究所IMDによる世界競争力ランキング(2024年)において、ドイツは24位だった。10年前は、6位だったから、大きく後退していることがわかる。他のG7諸国の順位は、米国12位、カナダ19位、ドイツ24位、英国28位、フランス31位、日本38位、イタリア42位である。

世界デジタル競争力ランキングは、スイスの同研究所が毎年発表しているが、そこでもドイツは順位を落としている。2014年には6位だったが、24年には23位と大きく後退している。4位に米国がつけている。日本は31位だ。

両方の競争力ランキングでは独日両国は、はかばかしくないが、一つだけ日本やドイツを高く評価しているランキングがある。ハーバード大学の経済複雑性指標(ECI)ランキングによると、日本は1位、ドイツは4位となっている。ECIが高いほど、その国が高付加価値産業を有し、産業の多様化が進み、世界市場での独占度が高いことを示している。この産業基礎力は、日本やドイツの製造業の強さを示すとともに、将来の経済成長への回帰の可能性も示唆しているともいえる。

まもなく誕生するドイツの新政権は2029年までの4年間に産業空洞化を克服し、再び成長路線に復帰させることができるのか、あるいは日本のように「失われた10年」に陥ってしまうのか、ドイツは現在重大な岐路に立っている。

Ⅲ 2月23日の総選挙に向けて

民主派国民にとってショックだった旧東独三州の選挙結果

昨年9月に行われた旧東独三州(テューリンゲン州とザクセン州とブランデンブルク州)の選挙が、2月23日の総選挙にどこまで影響するか分からないが、AfDの進展ぶりを見ると、楽観的にはなれない。

ドイツの多くの国民にとってこの三州の選挙結果はショックだった。春以来民主勢力の力を合わせた国民戦線的なAfD(極右ポピュリズム政党)反対のうねりがあり、同党への支持率が多少は減るかと期待されたが、全く空振りに終わった。それどころか、同党の得票率が10%近くも増えたのだ。さらに左のポピュリズム政党といわれている新規政党BSWも得票率が一挙に二桁に達した。

州ごとの結果を詳しくみてみよう。

CDUSPD緑の党AfDFDPBSW左翼党その他
チューリンゲン州
9月1日
得票率(%)23.66.13.232.815.813.15.4
議席数236321512
ザクセン州
9月1日
得票率(%)31.97.35.130.611.84.58.7
議席数4110740156FW=1
ブランデンブルク州
9月22日
得票率(%)12.130.74.229.413.44.0
議席数12323014

 出典:各州の選挙委員会

選挙は、若者及び中年層におけるAfD党の圧勝と対照的に、60歳以上の高齢者の支持によって、SPDとCDUはなんとか第一党あるいは第二党の座を守ることができた。特に三州に共通する25歳以下の年齢層におけるAfDの圧倒的勝利を見ると、将来が不安になってしまう。

三州の年齢別得票率を見ると、三州とも全くといっていいほど同じパターンを示している。パターンは三つの年齢層に分けられる。

① 16歳、あるいは18歳から40歳代までの年齢層でAfDは軒並み第一党を誇っている。ということは、AfDは、現在の40歳(統一当時5歳)ぐらいまで、つまり統一後のドイツ社会しか知らない世代の間で断然強いのだ。

② この年齢層に続く40代から60歳までは、AfDと既成主要政党を同程度支持している。旧東独社会をあまり知らずに、統一後の短期間の解放を喜んだが、その後の苦しい時代を十分味わってきた世代だ。

③ 60歳以上の世代は、主要政党のCDUやSPDに多く投票している。彼らは、旧東独社会を成人(統一時すでに25歳以上)として十分に経験し、壁の崩壊を解放として喜び、再統一後の苦難の道を歩んできた。つまり、旧東独社会も統一後の社会も十分経験している世代だ。

旧東独の州で極右政党AfDの支持率が高いのは、旧東独における監視社会を経験したから、政府やメインストリームの政党を嫌うのだ、という監視社会トラウマ説が通説になっている。だが、この年齢別得票率を見ると、合理的な解釈ではない。旧東独社会で育った年齢層が主要政党に投票し、まったく監視社会を経験していない年齢層がAfDを圧倒的に支持しているのだ。

ではなぜ、若者層がこぞってAfDに票を投じたのかだが、社会に将来への不安が漂っているときにポピュリズム的な政党に傾きやすい、という一般的な答えが妥当なようだ。それと、この5年間で時代精神(ツァイト・ガイスト)が気候変動危機から経済と社会に漂う将来への不安に移り、ポピュリズム培養の土壌になっている。ポピュリズムの時代精神―自国優先主義、反グローバル、外部悪者説、反多様化、反リベラル、反エスタブリッシュメントなど―が世界中に猛威を振るっている。それと、AfDは保守的な価値観、例えば家族を尊重し、自由な多文化社会―それにはLGBTも含まれる―には否定的だ。

政権は成立したが、議会運営は茨の道

テューリンゲン州では、CDUのフォークトがBSWとSPDと連立を組み、州首相に選ばれた。だが、議席数44は野党と同数という少数政権のため、左翼党と話し合いをして、非公式の支持を得た上で、州首相に就任した。CDUには左翼党とは連立しないという党決定があるので、このような変則的な政権成立になった。

ザクセン州でもCDU(41)とSPD(10)による51議席の少数政権だ。だが野党はAfD(40)、BSW(15)、緑の党(7)など合わせて69議席と、圧倒的に多数だ。そのためCDUのクレッチマー首相は、前期に続いて政権を担うが、今期は「協調型少数政権」を目指すと宣言している。具体的には法案を議会提出前に発表し、野党から賛成票を集め、法定化する、という画期的な議会運営をする。

ブランデンブルク州では、SPD(32)とBSW(14)の連立政権が成立した。46議席で野党のAfD(30)とCDU(12)の42議席を超えている。SPDのヴォイトケが前期に続いて州首相に就任した。

このように二州では、少数政権で、スムーズな政権運営は非常に困難であろう。また新規政党BSWが連立政権に参加したが、どこまで妥協に応じるかなど未経験なので、三州の議会運営は荒海の航海になるだろう。

2月23日の総選挙

今回の総選挙では、ドイツ連邦議会の630議席を巡って争われる。23年の選挙法改正で100議席減っている。

選挙の中心テーマは、経済の立て直しと社会の安全、つまり難民問題になるだろう。各党の選挙公約を簡単にまとめみよう。

党名選挙公約
CDU/CSU所得税率の引き下げ、連帯税の廃止、債務ブレーキの維持、市民金の廃止と基礎保障金導入、難民規制強化、ウクライナ支援の強化
AfD所得税の引き下げ、連帯税と相続税と固定資産税と炭素税の廃止、EUからの離脱、難民の大量国外退去、ウクライナ支援の停止、ロシアとの友好関係およびロシアからのガス輸入復活
SPD95%の納税者への減税、連帯税維持、債務ブレーキの改正、15ユーロへの最低賃金引き上げ、ウクライナ支援の継続
緑の党所得税の最高税率の45%から48%への引き上げ、連帯税維持、富裕税の復活、債務ブレーキの改正、ウクライナ支援の継続、インフラ強化への大規模投資
FDP一人1000ユーロの減税、連帯税廃止、債務ブレーキの維持、市民金の改正、個人株式年金の導入
BSW高額所得者への課税強化、債務ブレーキの改正、ウクライナ支援の停止、ロシアとの友好関係復活
左翼党高額所得者への増税、基礎食品の消費税廃止、ウクライナ和平に向けた外交推進、軍事費増額反対

現在の経済停滞は、景気循環によるものではなく、構造的なものである。だから、単にCDU/CSUが掲げている減税などの従来の景気対策では、ドイツ経済は成長することはないだろう、と多くの経済専門家は批判している。日本の経団連に相当するドイツ産業連盟(BDI)は、2030年までにインフラなどに230兆円の投資が必要だと述べている。

「難民総悪者説」の波に乗るポピュリズム政党

ポピュリストの使うレトリックは決まって、悪いものは外から入ってくる、という「悪者外部説」だ。だから、外国人、特に移民や難民などが悪者扱いにされる。間が悪いことには、ドイツでは選挙前にたまたま難民や移民系の人々によるテロや犯罪が起きて、ポピュリズム政党の宣伝やデマに使われてしまう。

秋の選挙前には、ゾーリンゲンでシリアからの難民によって警官を含む三人が刺殺された。今回は12月にサウジアラビアからの亡命者がマグデブルクのクリスマス・マーケットで6人も車で轢き殺した。二人ともドイツ社会に溶け込んでいたと見なされるケースなので、AfDが主張するように、「難民総悪者説」及び難民大量国外退去案が受け入れられやすい。

今年は難民にとって大きな変化が訪れるかもしれない。まずトランプによってウクライナで停戦が実現すると、ドイツから難民(現在120万人以上)が帰国できる。逆に、米国のウクライナ支援が大きく削減され、ロシア軍の占領地域が広がると、難民がさらにドイツに押し寄せて来るシナリオもあり得る。

現在100万人ものシリア人難民がドイツに滞在している。アサド政権崩壊でシリアに訪れた平和が定着した場合、大量に帰国する可能性がある。シリア人難民の多く(33万人)は現在暫定的な滞在しか認められていない。その権利が消滅し、帰国させられる可能性があるのだ。

最後に1月10日にまとめられた世論調査(第二公共放送)による政党別の支持率(%)を見てみよう。

CDU/CSU30
AfD21
緑の党15
SPD14
FDP4
BSW4
左翼党4

現状からすると、CDUのメルツが首相になるだろう。メルツ(69歳)は17歳でCDUに入った。法学部を卒業し、経済分野の弁護士として働いた。二度CDUの党首に挑戦したが、負けてしまい、一時政界を去った。そして世界最大の投資会社ブラック・ロックの監査役をしていたが、8年前にCDUに戻った。三度目の正直で3年前にCDUの党首に選ばれた。そして長らくの夢―ドイツ首相就任―が叶いそうなのだ。経済に強いといわれているが、時々感情的になり、ポカ発言をするのが欠点。それと、大臣などの行政経験がないのもマイナス点だ。SPDのショルツはその点を盛んに攻撃している。

4人の首相候補の人気投票では、同じ世論調査によると、メルツとハーベックが27%で並び、ショルツは14%で、バイデルの15%より低い

机上の空論だが、FDP、BSW、左翼党のうち二党が5%を超えると、組閣はとても複雑になる。そして、緑の党がSPDより多く得票すると、さらに困難になる。下手すると、また三党の連立政権の可能性もある。

ポピュリズムの中で孤立する民主主義

民主主義への信頼がドイツだけでなく、世界中で揺らいでいる。今回のトランプ再選で明確になったように、EUはポピュリズムの中で自由民主主義の最後の砦になってしまった。だがそのEUでさえも、ハンガリーのオルバン、イタリアのメロニー、オランダと続き、隣国オーストリアでも極右政権が誕生しそうなのだ。

昨年9月に行われたオーストリアの選挙で、AfDよりさらに右寄りといわれるオーストリア自由党が29.2%を得票し、第1党になった。党首のキクルによる組閣が実現しそうなのだ。

次期ドイツ首相は、ポピュリズム及び専制君主的な統治形態が世界中で蔓延する中で、ドイツだけではなく、EUを中心にした自由民主主義の旗手としてリーダーシップを発揮できる人に就任してもらいたいものだ。

(2025年1月15日 ベルリンにて)

 

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonaraNukesBerlinのメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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