コラム/深層

なぜ、「週刊文春」だけなのか?

14年間のトップ記事を分析すると・・・

同志社大学大学院教授 小黒 純

タレントの中居正広氏による性加害問題、そして、フジテレビの経営が危機に陥るまでの事態へ。新事実を次々と明らかにして、大きな流れを作ったメディアは週刊文春だった。新聞や他のテレビは“文春砲”が放たれた後しばらくは様子見を決め込むのが、お決まりのパターンと言ってよい。「一部週刊誌の報道によると・・・」と伝えるのがせいぜいだ。

もし、週刊文春の一連の報道がなかったならば、いまなお中居氏は芸能活動を続けていただろう。フジテレビに君臨し続けた日枝久会長や、港浩一社長(いずれも当時)ら経営陣がトップの座から降りることもなかっただろう。こうした事態に至ることを誰が予想できただろうか。

3月31日に公表された第三者委員会の報告においても、週刊文春の報道内容はほとんどが認定された。週刊文春が総力をあげての取材と報道が、その存在感を見せつけた。

圧倒的スクープの背景

ネット時代に入っても、週刊誌への風当たりは強い。「下世話で、品がない」「事実を十分確認しないまま記事にする」「プライバシーに踏み込む」「売れればいいんだろう、“書き得”だ」などなど。とりわけ、大物の政治家やタレントを主要なターゲットにする週刊文春に対する批判は、おびただしい数に上る。

その一方、ジャーナリズムの存在意義とも言える「権力」監視の観点からは、真っ当な評価がなされていないように思える。これまで、週刊文春は過去、どのようなテーマをいかに報じてきたのか。他の大手メディア、とりわけ大手紙の報道とはどう違うのか。こうした報道が社会にどのような影響を与えたのか。そして、最大の謎は、なぜ週刊文春だけが、圧倒的なスクープによって、「権力」監視をなし得るのか、という点だ。統一教会やジャニーズ事務所など、タブーに挑戦し続ける力の源泉はどこにあるのか。

AIが記事を書いているわけではない。優秀な人材をいかにして確保しているのか。現編集長の竹田聖氏は最近のインタビューでこう答えている。「決まった人材育成システムは、正直なところ、ありません。(中略)右も左もわからないまま、先輩について現場を回り、OJTで育てられました。それは今も変わっていません。事件現場に行って「地取り」(現場周辺での聞き込み)をするとか、名簿などを基に電話でローラーをかけるとか、政治家や秘書に会う先輩についていって一緒に話を聞くとか。マニュアルも何もなく、見よう見まねで覚えていく」注1

筆者がかつて所属した毎日新聞と共同通信でも、形だけの記者研修は行われていた。「見よう見まね」のOJTが中心だったことは、週刊文春の現場と変わらない。竹田氏は「大手メディア、特に新聞からうちに来る方がすごく増えた」注2とも語る。敏腕記者が集まってきている以外にも、いくつかの要因が重なっているに違いない。

「右トップ」「左トップ」

その謎に迫りたいと思い、過去の報道を確認することから始めた。筆者は2010年以降に発行された週刊文春(紙媒体)を15年分、約750点を研究室に保管している。「文春砲」と呼ばれる以前から、「あり得ないスクープ」や、エッジの効いたコラムが届くのを楽しみにしていたからだ。

研究のとっかかりとして、毎号、編集部が最も力をいれていると思われる記事に着目することにした。週刊文春の新聞広告や電車の中吊り広告は、レイアウト上、右端と左端に最も大きな記事が置かれている。右端の方を「右トップ」、左端の方を「左トップ」と呼んでいる。典型的なパターンとしては、「右トップには政治や経済や事件などを扱ったニュース」、「左トップ」には芸能関連記事や医療・健康記事などを置く」注3という。

例えば、5月1・8日号の「右トップ」は、フジテレビ問題関連で、見出し(本誌の目次)は「フジVS.堀江貴文&北尾吉孝&村上世彰」、「左トップ」は「永野芽郁が田中圭と二股不倫!」となっている。

元編集長の新谷学氏によると、このうち「右トップ」は、「その号の顔となる記事」「週刊文春らしく、意義があり、おもしろく、かつ部数につながりそうな記事」注4だという。

ところが、「右」も「左」も、記事データベースやネット検索では確認することはできない。そこで毎号の目次を確認し、各トップの記事を抽出することにした。実際の作業としては、次のような手順を踏んだ。①目次をハードコピーする。②OCRで「右」と「左」の見出しを読み取り、テキスト化(電子データ化)する。③一覧できるExcelファイルを作る。実に地味な作業を積み重ね、2010年から2023年末までに発行された全号の計1293件の「右」「左」の見出しデータが完成した。

「権力監視」を続ける構造は?

本格的な内容分析は、メディア研究者の丁偉偉さんの協力を得て、「KHコーダー」という計量テキスト分析(テキストマイニング)のためのソフトウェアを用いて行っている。さまざまなデータが可視化されるが、どの部分が重要なのかは推論する必要があるし、技術的には、必要に応じて人間によるデータの仕分け(コーディング)も必要になる。分析作業は継続中だ。

興味深い結果が次々と得られている。いきなりぶつかったのは、「右トップ」「左トップ」の色分けが鮮明ではないことだった。例えば、「左」に置かれるはずの医療・健康に関する記事が、「右」に来ていたことがあった。「左」の頻出単語は、1位「安倍」、2位「首相」、3位「菅」という結果になった。政治家がらみの記事は本来、「右」に置かれるはずなのだが。

外国名としては「中国」が最多だった。では、「中国」と紐付く単語は何が多いのかを見ていくと、「食品」「猛毒」「尖閣」「反日」「発がん」「工場」「汚染」などとの結びつきが強いことが分かる。中国に対するネガティブなイメージを連想する見出しが多いと類推される。

もちろん、左右トップの見出しを分析しているだけでは、週刊文春という老舗の和菓子屋に入り、店頭に並ぶ新商品のいちご大福を手にした段階といったところだ。確かにチラシ通りのいちご大福だが、どれほど美味しいのかはまだ分からない。職人がどうやって原料を仕入れたのかも分からない。

なぜ、質の高いものを提供し続けられるのか。「見よう見まね」で記者を育てるだけではないはずだ。見出しの分析に加えて、主要な記事本体の内容分析を進める一方、記者や編集者に対する聞き取り調査を駆使しつつ、「権力監視」に燃える週刊文春の構造に迫りたい。

 

(注1) 竹田聖「「壁」でなく「卵」の側に」一般社団法人日本インターネット報道協会の ホームページ

(注2) 同上

(注3) 兼新谷学(2017)「スクープ記事はどのようにつくられるのか」週刊文春編集部『文春砲』KADOKAWA, p27.

(注4) 同上

おぐろ・じゅん

同志社大学大学院教授。同志社大学ジャーナリズム・メディア・アーカイブス研究センター長。上智大学と米オハイオ州立大学で修士課程修了。毎日新聞と共同通信で調査報道に当たる。調査報道とファクトチェックのサイト「InFact」代表理事。

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