論壇

廃校に抗する高校は何をもたらすか

松山大学教授 市川 虎彦

1.少子化時代の高等学校

先日、地元テレビ局の取材を受けた。上島町にある3つの小学校(弓削小・生名小・岩城小)が1つに統廃合されることに決まったが、どう思うかというものであった。愛媛県上島町は、「平成の大合併」で弓削町・生名村・岩城村・魚島村が新設合併して生まれた町である。この町は、瀬戸内海に浮かぶ離島のみで構成されている。弓削町に属する弓削島と佐島の間には、合併前から橋がかけられていた。合併を契機として、この弓削島・佐島と生名島、岩城島に架橋する機運が醸成された。これが結実し、2011年7月に佐島と生名島を結ぶ生名橋が開通、また2022年3月には生名島と岩城島との間に岩城橋が架かり、弓削・佐島・生名・岩城の4島が橋でつながった。愛媛県ではこれを「ゆめしま海道」と名づけて、自転車愛好家など、観光客の呼び込みを図っている。

小学校は上島町で最も人口の多い旧弓削町の弓削小1つに統合する計画である。現在の児童数自体は、弓削小も岩城小も同規模である。にもかかわらず、統廃合されれば、旧岩城村の小学生たちは、岩城島から最も遠くに離れた弓削島に毎日通うことになってしまう。当然のごとく、岩城地区では反対論が噴出した。合併さえしていなかったらこんなことにならなかっただろうにとの思いを抱く住民も多かったことであろう。また、橋がなければ小学校統廃合という話にはならなかったと思われる。架橋されたことが、かえって仇となっている。

このように、少子化が深刻化する地方の市町村では、小中学校の統廃合が着実に、あるいは強引に進められている。この学校統廃合の波は、県立高校にも押し寄せている。この春(2026年)、愛媛県では、10校の県立高校が統廃合されて、5校に整理された。募集停止になった高校の中には、丹原高校も含まれている。丹原高校といえば、野球では夏の全国高校野球選手権大会に出場経験があり、プロ野球の中日ドラゴンズで活躍し、セ・リーグ最優秀選手賞を受賞したこともある野口茂樹投手の母校である。甲子園出場やプロ野球選手が出たことが何だ、といわれればそれまでである。しかし、そのような高校でも廃校の憂き目をみるのかといった感慨を抱くのは、私ばかりではあるまい。

文化人、知識人、芸術家がいくらでもいる大都市圏と異なり、地方では地域の文化活動に果たす高校教師の役割は大きい。その地域の歴史、地理、生物、地学などの研究を担う教員も多いし、音楽、文学、美術、スポーツの振興にも寄与している。そういう方々の中から一例を挙げれば、『瀬戸内の海賊』(新潮社)や『海賊の日本史』(講談社)等、多数の著書を持つ海賊研究の第一人者である山内譲氏は、愛媛県内で長く高校教師を務め、校長職にまで就いた方である。地域から高校がなくなるということは、こうした教員たちが地域からいなくなってしまうということでもある。

2.愛媛県の高校再編計画

高校が地域で果たす役割は重要だとしても、県としては少子化の中で生じている高校進学者の減少に対して、手を拱いているわけにもいかない。愛媛県では、2020年代に入ると、抜本的な高校再編計画が練られた。2023年3月に愛媛県教育委員会は県立高校の再編案を策定し、「愛媛県立学校振興計画」として発表した。この中で県立高校の「再編整備基準」が示されている。まず高校の適正規模は、「1学年3学級~8学級」とされた。それよりも小規模な高校の中で、「市町や地域から学校の存続のために必要と思われる支援が得られる県立高校等を、1市町につき1校に限り、特別の統廃合基準を適用する「魅力化推進校」に認定できる」とした。この魅力化推進校の募集停止の基準は、「入学生が30人以下の状況が3年続き、その後も増える見込みがない場合」とされた。

愛媛県西部の大洲市内には、大洲高校・大洲農業高校・長浜高校の3校が存在した。ちなみに大洲高校は、青色発光ダイオードの開発でノーベル物理学賞を受賞した中村修二博士の母校である。その大洲高校ですら、現在は定員割れの状態にある。また「振興計画」に則って、大洲高校と大洲農業高校はこの4月に統合されている。

県の「振興計画」で「魅力化推進校」の基準を適用するとされたのが、長浜高校である。長浜高校は、30人以上の新入生確保が高校存続のための至上命題となったのである。

3.唯一無二の長浜高校水族館部

長浜高校がある旧長浜町は、戦前まで肱川の水運を用いた木材の集散地として繁栄した。日本3大木材集散地の1つともいわれるほどであった。戦後になって、木材等の物資の輸送の主流が陸上輸送に変わっていく中で、水運は衰え、木材集散地としての姿はなくなっていく。木材の輸入自由化も、長浜の木材取引の減少の一因となった。

『長浜町誌』には、「国鉄開通、道路開発が皮肉にも町の繁栄を奪い、加えて外材、新建材の普及、鋼船時代の到来、肱川の砂利採取の禁止などで、産業は衰退の一途をたどった。昭和三〇年六ヵ町村合併による新長浜町の建設も振興発展のきめ手とはならず、一五年にして人口は三分二に減少した」(同上書,P.551)と記されるような状態となった。その後も人口減少に歯止めはかからず、1960年には1万8千人台だった人口は、1990年代後半には1万人を切ってしまう。そうした中、2005年1月、肱川流域の大洲市・長浜町・肱川町・河辺村が新設合併し、新大洲市が誕生した。合併後も人口減少は続き、長浜地区の人口は、2020年には6千人を切っている。60年間で、3分の1以下にまで人口が減少したことになる。この人口動向は、長浜高校に影響を及ぼさざるを得なかった。

長浜高校は、1940年に長浜家政女学校として設立された。1948年の学制改革によって、愛媛県立長浜高等学校となる。1979年の時点で、入学定員は180名、1学年4学級の編成であった。しかし、1985年度の全校生徒数は368名で、収容定員をかなり下回っていた。10年後の1995年度には生徒数256名となり、収容定員を200名近く下回ることになった。翌1996年からは入学定員が120名に引き下げられ、1学年3学級の編成となった。さらに2000年には入学定員を80名まで減員し、1学年2学級となった。それでも2003年の全校生徒数は207名で定員割れの状態が続いていた。

この長浜高校には水族館部という、おそらく日本で唯一と思われる部活動が存在する。生物の教諭が、1999年に理科室にあった水槽2つから始めた部である。現在は、繁殖班・イベント班・研究班・デザイン班に分かれて活動している。部活動が始まった当初、文化祭のイベントの1つとして、高校の教室に水槽を置いて水族館として公開したところ、見学に来た人たちから好評を得ることができた。そこで、毎月第3土曜日に、長高水族館として一般に公開されるようになって、現在に至っている。水族館の運営は、生徒主体で行われている。公開日当日は、水槽の前に生徒たちが待機していて、見学者に対して魚やその他の生物について、その特徴や生態を説明してくれる。また、研究成果の報告や魚や亀を用いた出し物も演じられている。

独特な部活動なので、設立以来、県内のマスコミに取り上げられる機会が、徐々に増えていった。また、タレントのさかなクンが来訪することもあったし、秋篠宮夫妻の視察先にも選ばれている。であるから、愛媛県民ならば、実際に水族館を見たことがなくても、そのような特徴的な部活が存在するということを知っている人は多いと思われる。

画期的なのは、2014年に魚のクマノミがイソギンチャクに刺されない理由を研究した論文を、水族館部の生徒が発表し、「日本学生科学賞」の高校の部で、最高賞にあたる内閣総理大臣賞を受賞したことである。翌年にはアメリカで開催された「インテル国際学生科学技術フェア」の動物科学部門で入賞を果たした。

にもかかわらず、長浜高校への入学者は減少の一途を辿ってしまう。1つには、大洲市・喜多郡地域の児童・生徒数の減少がある。また、これはどこの県でもそうだと思われるけれども、高等学校の偏差値序列というのは一朝一夕には変わらない。長浜高校の受験偏差値は残念ながら高くなく、水族館部の活動が始まる前は、「東の大島(高校)、西の長浜(高校)」と、高校教育界で言いならわされるような教育困難校であったという。地元の長浜の中学生すら、なかなか進学先に選んでくれないような状況があったと聞いた。いくら在校生が赫赫たる成果を挙げても、またマスコミで報道されても、いったん形成された偏差値序列を突き崩すのは容易ではないのである。

長浜高校の入学者数は、定員60名に対して2020年度が37名であり、ついに2021年度には募集停止の基準となる30名を割り込んで28名となってしまった。正念場となった2022年度に 57名が入学し、一気に危機を脱することとなった。

4.「地域みらい留学」の効果

長浜高校の入学者増加に大きな役割を果たしたのが、「地域みらい留学」という高校進学のための事業である。「地域みらい留学」は、一般財団法人の「地域・教育魅力化プラットフォーム」が運営する事業で、全国の公立高校の中で入学者を全国公募する高校を、地方進学を希望する中学生とその保護者に紹介する役割を担っている。

「地域みらい留学」は、そもそもは入学者減少から存続の危機に揺れていた島根県隠岐諸島の隠岐島前高校の取り組みに端を発している。この高校で、生徒が集まるように高校自体の魅力を高めようと、2007年から隠岐島前高校魅力化プロジェクトを開始した。その過程で全国から生徒を募集する「島留学」が発案され、2010年から実行に移された(注1)。この事業が軌道にのり、生徒が県外から隠岐島前高校にやってくるようになり、生徒数の増加につながった。この生徒の全国募集と「魅力化事業」は、島根県の過疎地域の他の県立高校に拡大していく。これらの活動に取り組んだ人々を中心に「地域・教育魅力化プラットフォーム」が設立されたのが、2017年のことであった。全国の過疎化・少子化に悩む地域の高校に対象を広げたのである。

長浜高校も、この「地域みらい留学」に登録し、全国から入学希望者を募ったところ、水族館部の活動に魅かれて、県外から志望する生徒が急増したのであった。今では、北は北海道から南は沖縄まで、全国27都道府県から生徒たちが集まってきているという。県外から進学してきた生徒の多くは、水族館部に所属して活動している。部員は、100名を超えるまでに膨れ上がっている。こうなった直接のきっかけは、「地域みらい留学」である。しかし、それも20年以上の水族館部の活動があってこそだといえる。これが、瀬戸際で実を結んだのだと言えよう。

水族館部は創設以来、長浜高校の校舎の中で活動し、校舎で長高水族館は開設されてきた。しかし、長高水族館は、2024年4月をもって隣接する長浜保健センター跡に移転し、専用の空間を得て、さらに発展を遂げている。長浜高校には、生徒寮がないため、町内の空き家などを改修して県外からの生徒を受け入れている。しかし、あまりにも県外生が多くなったため、許容量にいっぱいになってきつつあるのが目下の問題なのだそうである。

5.高校生による地域の活性化と1つの懸念

高校生であるから、卒業すると多くの生徒は町を出ていくことになる。しかし、長浜高校では、8月に開催される学校行事に、わざわざ遠方から駆けつける卒業生も多いという。こうした地域や高校の応援団のような人ができるのは、ありがたい話だと言える。

地域の住民も、高校生が増えて、地域に活気が出てきたと好意的に受け止めている人が多いように思う。客観的なデータを1つ示してみたい。松山大学の私のゼミで、2025年に大洲市の有権者を対象に郵送調査を行った(注2)。その調査の中で、「あなたは、県立長浜高校の水族館部が地域活性化に貢献していると思いますか」という質問を行った。表1は、旧市町村別にみた回答結果である。旧肱川町と旧河辺村は回答者が少ないので統合した。見てのとおり、地元の長浜地区の住民からの評価は高く、距離的に離れている旧大洲市や旧肱川町でも、否定的な評価は限られている。

表1 旧市町村×水族館部が地域活性化に貢献しているか
おおいにそう思うそう思うややそう思うそう思わない%の基数
長浜町38.938.914.8 7.454
大洲市17.939.829.812.5369
肱川・河辺26.736.723.313.354
合計21.039.527.611.9453

                               χ2=15.597 df=6 P<0.05

  注)「あまりそう思わない」「全くそう思わない」は、「そう思わない」に統合した。

愛媛県内では、長浜高校を含めて12の高校が全国募集を行っている。その中には、ゲームクリエーションコースを設置し、定員を40名から80名に倍増させた松山南高校砥部分校がある。砥部分校は、定員を増やして、かつ定員充足を果たしている。発想の勝利であろうか。また、寮を新設する町もある。高校存続に向けて、さまざまな努力がなされている。

1つ懸念されることは、こうした高校存続の努力が、過剰な高校生獲得競争に陥らないかということである。パンフレットを見ると、入学支度金の補助、帰省費用の補助、寮費・下宿代の補助など、すでに各種の優遇措置が高校別に並んでいる。かつての地方創生戦略では、高額の移住支援金などを掲げる自治体が現われ、限られた人口を奪い合う自治体間の移住者獲得競争に変質していってしまったとの指摘がある。高校を舞台に、そのようなことが起こらないことを願うばかりである。

 

(注1): 隠岐島前高校の魅力化プロジェクトについては、山内道雄・岩本悠・田中輝美,2015,『未来を変えた島の学校』岩波書店を、島根県の高校魅力化・活性化事業については、樋田大二郎・樋田有一郎,2018,『人口減少と高校魅力化プロジェクト』を参照のこと。

(注2): 調査対象者は、大洲市の選挙人名簿より無作為抽出された1120名。調査は、2025年9月27日~10月15日に郵送にて行われた。調査票の有効回収数470票(回収率42.0%)であった。

いちかわ・とらひこ

1962年信州生まれ。一橋大学大学院社会学研究科を経て松山大学へ。現在人文学部教授。地域社会学、政治社会学専攻。主要著書に『保守優位県の都市政治』(晃洋書房)、共編著『大学的愛媛ガイド』(昭和堂)など。

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