特集 ● トランプの末路
現代日本イデオロギー批判 ―⑪
漂流する世界で進むトランプ化の行方
神は偶像崇拝と自惚れをもっとも戒めていたのではなかったか
神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長 橘川 俊忠
日に日に世界は悪くなる
「日に日に世界は悪くなる/気のせいかそうじゃない」この三月まで放送されていたNHKの朝ドラ『バケバケ』の主題歌二番の歌詞である。毎朝、ドラマを見るような熱心な視聴者ではないが、この主題歌だけはなんとなく耳に残った。いつの間にか気が付けば口ずさんでしまうようになった。
ドラマが始まったのは、第二次トランプ政権が始動して10ヶ月、去年の十月だから、もう世界は相当悪くなっていた。乱発される大統領令、トランプが任命した判事が多数を占める最高裁ですら違法と判決した高率関税、横暴を極めるICE移民・関税執行局による「不法移民」の取り締まり、対外援助・保険衛生・教育文化などにかかわる政府機関の閉鎖・縮小、大学・マスメディアへの干渉・規制強化、環境問題や多様性維持などのための規制の緩和・廃止など共和党保守派的政策から、メキシコ湾やデナリの改称、文化施設の改名など、自己顕示のための思い付きの事業などを含めて、合州国内でも物議をかもす政策を次々と発表・強行してきた。
これらの政策は、関税を除けば基本的には内政にかかわる問題であるが、対外政策の点でも第二次大戦後の世界で積み上げられてきた様々な国際協力関係を根底から覆しかねない政策を打ち出してきた。WHO世界保健機構・UNESCO国連教育科学文化機関・UNHRC国連人権理事会・UNRWA国連パレスチナ難民救済事業機関など国連関連機関からの脱退・資金提供停止を宣言し、地球環境問題の国際取り決めパリ協定をはじめ、環境問題関係の各種国際条約・取り決めからの離脱等、現在までで60以上にのぼる国際機関・条約・協定などから脱退・離脱した。
これだけでも合州国のみならず世界も「日に日に悪くなっている」というに十分だが、朝ドラも終盤にさしかかるころになって、さらに世界の状況は悪化の度を加えることになった。本年一月、合州国軍特殊部隊がベネズエラの首都カラカスの大統領官邸を含む数か所を急襲し、マドゥロ同国大統領夫妻を拘束し、合衆国へ拉致した。この前年には、麻薬密輸阻止のためとしてベネズエラ近海に合州国海軍艦艇を派遣し、ベネズエラの船舶数十隻を一方的に撃沈していたが、かねて反米を鮮明にしていたマドゥロ政権そのものへの攻撃に踏み切ったのである。トランプはマドゥロの後継者としてロドリゲス副大統領を指名し、ベネズエラの石油利権を掌握したと宣言して、襲撃の本当の狙いを明らかにし、古臭いモンロードクトリンを持ち出して、その正当化をはかった。
さらに、二月の末、合州国はイスラエルと共に突如イランを攻撃し、イランの最高指導者ハメネイ師をはじめイラン政府・国軍の複数の要人を殺害したと発表した。イランと合州国が、イランの核開発問題をめぐって交渉中という情報が伝えられていたさなかの一報は、世界を震撼させた。合衆国の言い分は、イランがテロリストの後ろ盾となり、核兵器・ミサイル開発を進め、50年にわたって米国市民を殺害しつづけ、合州国に対して差し迫った脅威となっている。また、民主主義を求めるイラン国民を数千、数万と弾圧・虐殺している。イラン国民を苦難から解放するためにも、反米独裁政権を倒さなければならない、というものであった。
しかし、IAEA国際原子力機関がイランに核武装の差し迫った状況は認められないという見解を示すなど、合州国の言い分への疑問、世界のエネルギー問題に与える影響、合州国と連携するイスラエルのガザ・レバノンでの住民を巻き込んだ苛烈な攻撃への批判もあいまって、合州国内外の批判の声が高まる一方、イラン現政権の抵抗も激しく、湾岸諸国を含めた中東全体の緊張は激化の一途をたどっている。依然として終結への道筋すら見えないウクライナとロシアの戦争と中東全域への戦争拡大の危険性の高まりは、世界を先の見通せない不安定な状況の中にたたきこんでしまったといってもよい。
こうした悪化する一方の世界の状況をもたらした要因は、第二次世界大戦後80年をへて、戦後に形成された多様な国際的枠組みが、戦後の経済社会政治の地球規模の大きな変化に対応しきれていないことにあることはまちがいない。戦後の枠組みもその時その時の状況に合わせた一時しのぎの部分も少なからずあったことも事実であろう。特に、20世紀末の冷戦の終結の時期に、環境問題、成長の限界、コロニアリズムの清算、ジェンダー・人種などによる差別問題、大量に生み出されつづける難民、多様・複雑化する社会、広がる格差・貧困など実に多様な問題が指摘されていたにもかかわらず、世界とくに先進国とされる国々において、「世界史の終わり」「文明の衝突」のような論調がもてはやされ、自由主義や資本主義の「勝利」であるかのような雰囲気が充満するなかで、そうした問題は置き忘れられていった。
しかし、問題に蓋をしても、問題はその陰で深刻さを増し、突然テロ攻撃のような形で間歇的に爆発する。閉塞感・不安感が増幅され、既存のシステムへの反感を掻き立てるポピュリズムが蔓延するようになる。世界の中心を自認するアメリカ合州国で誕生したトランプ政権は、そうした混沌とした世界情勢を背景として登場した。アナクロニスティックな幻想を掻き立て、富・権力・名誉などへの欲望をむき出しにした合衆国大統領トランプは、まさに時代を象徴する存在として世界の混乱に拍車をかけ続けているのである。
それにしても、あれほど分かりやすく、横暴を極める人物が、どうして人口3億5千万の世界一の経済的繁栄と文化・学術の水準の高さを誇る大国の大統領になれたのか、そしてその地位を維持できているのか、現代の不思議というべきであろう。その不思議の秘密を解き明かせば、現代世界の構造を認識する糸口をつかむことができるかもしれない。以下、その糸口をつかむべく努力してみよう。
支持率35%の意味
トランプ再選は、選挙人数では圧倒的であったが、有権者の得票率でみると49.8%で過半数にも達していなかった。2025年1月の大統領就任直後の世論調査でも支持率は50%を少し超える程度で、一年後にはなんとか40%台を維持していたものの、2026年の4月末には35%前後まで下がり続けてきた。特に、イランとの戦争が泥沼化しそうになってからは低下傾向は著しく、一部の報道では合州国議会の中間選挙をひかえてトランプ政権の「あせり」も指摘されるようになってきた。
この支持率低下には、トランプ政権が自ら招いた結果と思われる要因があった。”America First”や”Make America Great Again”というトランプのキャッチフレーズは、合州国が「世界の警察」としての役割から退き、内政に集中する姿勢をしめすものと受け止められていた。ベネズエラに対する軍事力行使は、合州国内の深刻な麻薬問題への対応という面もあり、また伝統的なモンロー主義の枠内におさまるという――合州国の独善的論理であるという批判があるにしても――、国内的には大きな反発を招く危険はなかった。
しかし、イランへの軍事力行使は、自らが掲げたキャッチフレーズに反すると批判される恐れがあった。まして、トランプの予想に反して、長期化・泥沼化も予測される事態になり、その国際法を無視した強引な手法は、ヨーロッパを中心とした同盟国からも非難されるに至って、風向きは変わった。さらに、イランによるホルムズ海峡をコントロールする戦術が、世界的石油需給バランスに大きな影響を与えて、エネルギー不足による経済の混乱に苦しむ国々の離反、合州国内の物価上昇・インフレを招きかねないなどの要因が重なり、支持率の低下に拍車をかけることになった。
さらに、苦境に陥りそうになればなるほど激しさを増す「政敵」への攻撃、罵詈雑言としか言いようのない下品な表現・言葉の乱発。また、自らをキリストに擬したり、神に選ばれた存在だと自惚れるなど、とどまるところを知らない自己顕示の言動。具体的に書き上げるのは、反吐がでそうになるのでやめておくが、対立していた人物や反対運動の参加者が亡くなっても、悔やみの言葉どころか、平然と罵倒を繰り返す。支持者の中からすら眉を顰めるほどの不品行の数々にしては、支持率の下がり方は小さすぎる。
実際、35%前後という数字が、どんなことがあっても揺るがない固い岩盤支持層を示す数字だとすると、その政治的力は依然として軽視はできない。35%は有権者中の支持者の割合で、そのすべてが選挙で投票するかどうかは分からないが、その支持の固さが、いかなる批判にも聞く耳を持たないカルト宗教の信者のようなもので、確実に投票所に足を運ぶと仮定すると、投票率が70%を超えない限り過半数の得票率になる。ようするに支持の強度を高めれば、35%でも選挙に勝つことは十分可能なのである。実際、合州国の大統領選挙の投票率は65%前後というのが現実なので、35という数字は、それほど慌てなければならない数字ではなく、むしろ内部固めの内向きの活動に注力すればよいと考えてもおかしくはない。
場合によると、トランプへの支持は、トランプ個人への攻撃が激しくなればなるほど強度が上がるかもしれない。トランプの失点を攻撃することが、かえって支持を強めることになってしまうとすれば、トランプ批判は失点追及よりも、より本質的なところに批判の刃を向けなければならないことになる。その本質的なところがどこにあるのか、その考察にはトランプ支持層を含めたトランプ政治の構造を解明するという厄介な作業が求められる。トランプの言動は、あまりにもあけすけで、隙だらけで、批判の材料に満ち溢れているように見えるが、それが案外批判の論点を隠すための目くらましになっているかもしれないのである。
トランプ政治の底流にある”American Way of Thinking”
それにしても、トランプ支持層の強さの秘密はどこにあるのだろうか。トランプの言動を観察する限り、彼に体系的理論や思想があるようにはとても見えない。本人は、宗教的カリスマと見られるようにふるまっているつもりかもしれないが、カリスマというよりトリックスター的なにおいの方が強そうである。選挙集会などでの支持者の応援ぶりを見ると、アイドルに熱狂するファンのような感じに近い。トランプと支持者を結び付けているものは、理屈ではない「共感」とでも言うべきものと思われてならない。
合州国で暮らしたいこともなく、合州国人に友人や知り合いが多数いるわけでもないのに、断定的なことは言えないが、本を読み、映画・テレビを見、音楽を聴いて得た知識の限りでいえば、多くの合州国人が共有していると想像される模範的人間像がある。その構成要素は、建国の父の世代のベンジャミン・フランクリンや初代大統領ジョージ・ワシントン、奴隷解放を実現したエイブラハム・リンカーン、小説の世界では、ホレイショ・アルジャが描く少年ディック、映画ではジョン・ウェイン演ずる西部劇の英雄、テレビドラマでは「大草原の小さな家」一家の人々、などから抽出された特性を重ねて合わせたようなものらしい。一人一人のエピソードや特性を分析・紹介する余裕はないが、特性が徳性に高められて強調されたものを列記すれば、正直・勤勉・率直、努力・合理性・たくましさ・行動力などということになろうか。
意外と思われるかもしれないが、こう徳性を並べてみると、合州国で好まれる徳性の多くがトランプにも認められるのである。正直や合理性には疑問符が付せられそうだが、これも見方によればトランプにも認められることになりそうなのだ。確かにトランプは真実を述べていないとは言えるが、自分の考えを、批判を恐れず、率直かつ正直に吐露しているとは言えそうだし、取引によって自己の利益の最大化を図るのも合理的な選択だといえなくもない。インテリあるいはウォークつまり意識高い系の「小賢しい」理屈よりは、はるかにましだと考えるものがいてもおかしくはない。
トランプは、若き日に出会った辣腕弁護士の三つの教えを忠実に守っているといわれているが、その三つのおしえとは何か。第一に「攻撃して、攻撃して、攻撃しろ」、第二に「何も認めるな。全てを否認しろ」、第三に「勝ったと言い張れ」の三つだという。これも、交通事故にあっても、絶対に「ごめんなさい」というな、その一言ですべての責任を負わされることになる、ということが常識とされる社会にあっては反感よりも同感をよぶことになりそうである(もっとも「ごめんなさい(対不起)」というなという忠告は中国でも聞いたから、合州国だけではなさそうであるが)。これも、たくましさ=強さの表現として受け入れられているのであろう。
こういう感覚的レベルの「共感」は、理屈を超える部分があるだけ根強く残るし、理論や思想のレベルにも無意識的に影響を及ぼす。合州国の多くの人々が理想化し、誇りに思っているらしいAmerican Way of Lifeという表現に倣って言えば、体系や理論の無意識部分に押し込められながら、それをひそかに規定している感覚や思考様式をAmerican Way of Thinkingと呼びたいが、そのレベルから現在のアメリカ合州国に広がっているイデオロギーを分析することによって、トランプ化した、あるいはトランプマジックによって眠りこまされた合州国が覚醒するヒントを探ってみたい。といっても、アメリカ史やアメリカ思想史の専門家ではない者では、ラフなスケッチを描く程度のことしかできないが。
アメリカは自分自身を理解できるのか?
これは、先ごろ亡くなったアメリカ史の研究者西崎文子が新たに訳しなおしたルイ・ハーツの『アメリカにおけるリベラルな伝統』(岩波文庫)の帯に書かれていた文句である。この本は、60年近い前に翻訳・出版され、筆者も学生時代に読んだものであったが、やたらペダンチックでむずかしかったという記憶しか残っていなかった。トランプが登場し、アメリカ合州国はどうなってしまうのかを考え始めたところに新訳が出るというので読み直したところ、翻訳や解説・注が適切であるせいかはるかに読みやすく、合衆国の理解が進んだように感じられた。以下、ハーツによりながら、現代合州国の思想状況を読み解くヒントを探してみよう。
合州国は、建国の当初から神話化された歴史の刻印を帯びていた。イギリス帝国の弾圧を逃れ、信仰の自由のために理想の土地を求めて北米大陸に渡ったメイフラワー号の乗船者がイギリスの植民地を建設したことが、建国の前史とされたが、この時点ですでに神話化が始まっていた。すなわち、この話には、旧約聖書のエジプト脱出になぞらえる神話的潤色が施されていると同時に、それが、現在に至るまで合州国の政治にまとわり続ける宗教的性格の根源にもなっている。たとえば、アメリカは特別に神の恩寵に浴しており、世界に神の摂理を実現する使命を与えられていると主張する人物が国防長官に任命され、対イラン戦争の指揮を任されるというような事態が起こってしまう。
さらに、自立した自由な個人の自由な意志による契約によって国家(あるいは政府)が作られたという、イギリスの啓蒙思想家ジョン・ロックが体系化した思想は、国家による干渉・規制の徹底的な排除を要求するリバタリアンという極端な自由主義、さらには人間性や自然の破壊も辞さない完全な自由を理想とするものたちを生み出し、際限のない利潤追求の富の亡者をも誕生させた。また、憲法上の権利としての銃器の所持を、自立した個人の存立の権利として永遠化する論理の基礎を提供してもいる。
また、自己の労働をつぎ込んで生産力を高めた土地に対する権利を財産権の根拠とするロック的論理は、原住の人々を排除し、開拓という行為による排他的所有の拡大を支える論理へと転換させられ、労働・勤労と所有を緊密に結合させる独特の財産権の論理を形成した。
西部開拓はこうした論理によって、アメリカ原住民族から生活の根拠となっていた土地と自然を奪い取りながら推し進められることになった。この論理の残響は、現在でもトランプのグリーンランド領有への野望やベネズエラの石油資源、あるいはパナマ運河の領有権の主張の中に響いている。
本国イギリスでは、ジョン・ロック的啓蒙主義はウイッグ史観へと展開していったが、そのウィッグ史観も合州国的変容を重ねながら、現在、加速主義と呼ばれる科学技術の発達を礼賛する極端かつ単純極まりない「進歩」信仰へとつながってきた。ウィッグ史観とは、イギリスの産業資本家・企業家が中心となった党派が信奉する歴史観で、文明とその進歩を人類の進むべき道として提起し、その必然性を主張する文明史観・進歩史観ともよばれた。その文明や進歩の具体的内容は、科学技術や生産・流通手段の発達を中心としていた。そして、その党派の人々は、文明の発達が人間に自由と豊かさをもたらすと信じてやまなかった。
この党派は、土地所有に基礎を置く保守的トーリー党と対立し、自らを改革派・民主派・進歩派と位置付けることが多かったが、必ずしも全人類の自由・平等を目指すものではなかった。進んだものが遅れたものを引っ張っていくという論理が、進んだ西欧、遅れたアジア・アフリカという上下関係と結びつけられたとき、植民地主義・帝国主義の論理に転換する危険性をもはらむものでもあった。それは、啓蒙専制君主制を必ずしも排除するものではなく、抽象化された文明につながるものであれば、専制主義を許容することもありえたのである。
現在、加速主義は合州国シリコンバレーのテクノリバタリアンと呼ばれるIT関連の起業家たちに浸透しているといわれているが、そこにも民主主義を非効率・規制導入の故に否定的にとらえ、優秀な決断力のある少数のリーダーに決定権をゆだねた方がよいという発想と結びつきつつあるのではといわれている。そういう発想の提供者として「暗黒啓蒙」を自称する「思想家」も登場している。
勝ち負けをはっきりさせ、ディスカッションではなくディベートを重んじる社会では、何事も極端化する傾向が強い。ヨーロッパで数百年もかけて成長してきた啓蒙主義が、最初から啓蒙の理想を実現する使命と能力を備えていると自認する社会で、切り取られ、ゆがめられ、極端化され、ディベート社会に放り込まれたとき、何がおきるのか。今は、正直と勤勉を旨とするプロテスタントの倫理、自由を最高の価値とするリバタリアン、科学の進歩に絶対的信頼を置く加速主義、賢明なリーダーにすべてを委ねよと主張する暗黒啓蒙、これらの多様な思想潮流のセットがトランプの周辺で渦をまいている。いずれ、分裂し、対立し、渦は消えてしまうかもしれないが、その時には、世界は存続の限界を超えてしまっているのではないか、という恐れが消えない。
トランプが交代しても、極端化する合衆国のWay of Thinkingは簡単には変わらない。トランプはベネズエラ襲撃の様子をフロリダ別荘に閣僚たちを集めて実況で見ていたという。そして、翌日早く自国軍隊特殊部隊の「活躍」を称賛した。トランプが宿敵と目するオバマも、ビンラディン襲撃殺害の様子をホワイトハウスの一室で閣僚とともに実況でみて、特殊部隊の成功を祝福した。なぜ、対極に立つ二人が同じような行動をとるのか。そのことを、当人たちはどう考えているのか。ひょっとして、そのことに無自覚だとすると、トランプが退場しても合州国はたいして変わらないかもしれない。
それはともかく、このトランプ周辺の思想潮流セットは、世界の国々で性格の違いや表現の違いを含みながら浸透を続けている。日本もその点では、けして例外ではいられない。トランプに追随し、トランプと肩を並べてサムアップする首相の下、日本が目指す「普通の国」とはどんな国のことなのか、まさかトランプの国の小型版ではないことを願うばかりである。
きつかわ・としただ
1945年北京生まれ。東京大学法学部卒業。現代の理論編集部を経て神奈川大学教授、日本常民文化研究所長などを歴任。現在名誉教授。本誌前編集委員長。著作に、『近代批判の思想』(論争社)、『芦東山日記』(平凡社)、『歴史解読の視座』(御茶ノ水書房、共著)、『柳田国男における国家の問題』(神奈川法学)、『終わりなき戦後を問う』(明石書店)、『丸山真男「日本政治思想史研究」を読む』(日本評論社)など。
特集/トランプの末路
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