特集 ● トランプの末路
立憲大敗は「野党第一党」病で右にすり寄った結果
平和・脱原発・沖縄・非正規雇用を捉える視座を
前衆議院議員 阿部 知子 さんに聞く
「良心派」として議員スタート
初めて得票が減って落選
立憲民主党の変質と人道外交議連の活動
「平和」を軸にできなかった中道改革連合
再エネ・脱原発・沖縄は原点
EUに学び、アジアの平和の枠組みを
非正規雇用労働者の闘いから労働運動の再生が始まる
――2月の衆院選は、何が起こっているか分からないうちにとんでもない結果になったという感じでした。中道改革連合は、憲法どうする、原発どうするという原則に関わることについて、簡単に主張を切り替えるような発言があった。そこにそれまでの立憲民主党の支持者が戸惑ったというのが実態かなと思います。阿部さんはその結果議員を辞められたわけですが、今どのようにお考えでしょうか。
「良心派」として議員スタート
阿部 知子さん
議員を辞めて、という話ですが、辞めたくて辞めたのではなく落選してしまったのです。実は26年ぶりです、娑婆(普通の社会)に戻ってきたのは。議員になる前、26年小児科医をやっていました。小児科医の時は朝から晩まで忙しく一所懸命やっていて、好きな仕事だからとても恵まれていたと思うものの、その間、チョロチョロ選挙には出ていました。だけど、そんなに本気では出ていない、頼まれるからいいよということでした。
一番最初に出たのは1995年の参院選、「平和・市民」からでした。社会党が小選挙区制を認めたのは間違いだと主張して、田英夫さん、國弘正雄さん、金田誠一さんなどと一緒に、比例区で出馬し落選しました。別にイデオロギーではなくて、良心派というような立場でした。
その時の私のキャッチコピーは「小さな揺るぎなき良心を」。私は元々、いわゆる「左翼」じゃないのです。学生運動はやっていましたが、それも、学生が処分されちゃったりして、とにかく授業がなくて、芝生でクラス討論という具合で、カエルの解剖よりはそれの方が面白そうだから、という感じでした。芝生で輪になって、いろいろ話を聞くわけですが、あまり社会性がない高校生だった私は、いろんなことを聞いて今まで知らぬ世界が見えた。学生の処分という直接的なことから社会を俯瞰する、という具合で、もうとにかく驚きでした。
その前に羽田で山崎さんが死んだ、1967年。まずあれがショックだった。私と同い年の人が、なんで羽田で死んじゃうんだろうと。そこからちょっと人生考え直して、ICU(国際基督教大学)にいたんですが、急にお医者さんになろうと思った。で、そのために東大に行ったら、すぐストライキで授業もないし、芝生で話しているうちに、世の中というか、社会の構造、平和にしても経済にしても、学生である身分にしても、対象化したんだと思います。そのうち大学闘争も敗北して、ずっと考えながら小児科医になった。
特に、障害のあるお子さんたちの医者だったから、嫌でも社会が見えてくる。差別とか、当たり前にどの子も普通の地域の学校へ行けないとか、小児科医でいろいろ活動もしながら、精神医療もこんなんじゃおかしいと思い、真面目にお医者さんをして、26年経ったところで議員になった。そこからずっと議員としての生活しかなかったわけです。
法案が出てきたらどこがおかしいか、チェックする。首を切られたと訴えがくれば対応した。労働者住民医療機関連絡会議(労住医連)があり、私の友達もいたし先輩もいたので、労働者と住民と医療の観点からいろんな質問もした。議員生活を目いっぱいやったと思うんだけど、とにかく趣味と言われるほど国会で質問をし、何かを自分で獲得しようと思って、それが人のためになるんじゃないかと思ってやってきた。
初めて得票が減って落選
地域も、小政党の社民党からスタートしたから、社民党に入れたって死に票だ、選択肢にもならないと言われて、それでもなんとか毎回当選だけはしてきた。自分で政党を作った時も当選できた。だから、今度の落選は、正直自分でびっくりしました。自分で票を積んできたので、何か風に乗ったことは一度もないんです。自分が自分の票を積んで、支持を拡大して、小選挙区で勝てるようになってきていたので。
ただ、今回は、その自分の票が初めて減った。目減りは少ないんですが、5千から6千票減った。他の選挙区では2万とか3万票減らしているから比べれば少ないとは言え、自分の票が減ったことがすごくショックでした。これだけ一所懸命、もうとにかくやれることは全部やった、他人から見れば分からないかもしれないけれど、私は主観人間だからいろいろやったという中で、でも、落ちちゃったと。
そこで普通の生活に帰ってみて、今のこの政治状況とか社会状況を鑑みるに、平和を巡る環境も大きく変わったと、そういう外界の地殻変動に昨年の参議院選挙からキャッチアップしていなかったんだということが、改めて今度の落選でよく分かった。だから今、落選したというよりは、去年の参議院選挙で参政党や同様の勢力が出てきて、それ自体も驚きだったし、引き続いて高市旋風ですから、今までの政治の軸足を変えなくてはならないとは思ったんです。
立憲民主党の変質と人道外交議連の活動
一方で、立憲民主党が、国民民主党と一緒になった頃から――参議院選挙を遡ること1年とか2年前になるでしょう――国民民主党に合わせるかのように変質していって、2017年に立ち上げた立憲民主党から変わっていった。大きな政党にならないと政権交代を担えないという「野党第一党プレッシャー」とも言うべき気分に囚われて、国民民主党と一緒にやろうとか、今度もそれに近く公明党とやろうとなった。その都度、実は角を丸めて中ほどに寄りましょう、どんどんどんどん寄りましょうとなっていった。正直言えば、私はそれを嫌って国会では著しく勝手なことをして、それが人道外交議連(正式名称:人権外交を超党派で考える議員連盟)でした。
党のことよりも超党派で、日本が本当にやるべきことは何なのか、国家像はどうなのか、そういうことに注力しようとした。立憲自身の変質に対して、自分はそれを是としないから。では立憲をもう一度引き戻せるかと言ったらそれもなく、違う軸を立てて私は私で勝手にやるわよというのが人道外交議連で、それはそれで、私としては時代と向き合う対応をしていたと思います。
まとめると、立憲民主党の変質から「なんとか野党第一党を取ろう。そのために公明党と一緒になろう。主張は譲ったとしても」という考えがマックスになったのが中道改革連合だと思うんです。でも、与党である公明党と野党である立憲民主党の合同では、野党としてエッジを立てることはできなくなるわけですよね。普通、議会制民主主義では、野党がそれなりにエッジを立てて――例えば55年体制だって、社会党はそれなりのエッジを立てていました――それを与党が飲み込んでいくというプロセスのはずです。これが、保守二大政党であるかのように与党にすり寄って、エッジもなくなる。その極めつきが中道改革連合だったと思います。
それでもなぜ私も含めて中道に行ったかと言うと、「平和のための結集」とあったからです。高市政権は無茶苦茶だから、例えば対中国関係で言えば公明党は一定のポジションにいるわけなので、それをある意味唯一の私自身の判断基準として合流をしようと思ったわけです。逆に言うと、実際には「中道」「どちらにも偏らない」という思想ではなく、「大きくなって抱き込まなければ」という「野党第一党ジレンマ」の発想で流れていきました。私自身は、その中に価値を見出すとしたら、その「平和」の具体的な中身は「日中戦わず」だと思ったので、それで中道改革連合に合流することを決めました。
「平和」を軸にできなかった中道改革連合
が、実際に衆議院選挙を振り返ってみると、その平和のための結集ということはほとんど中道改革連合からは聞こえてこなかった。まず、2015年の安保法制は合憲だった、次に原発はリプレイスする、極めつきは、辺野古は政権が変わっても変えられない。こんな3つのために新党を作るんじゃないだろうよと思い、その政策変更に強く不満を持ち、それを押し返そうといろいろ画策はしました。でも結局、公明党はすごく大きくてしっかりしている。遠慮がちな立憲民主が、原発リプレイスについては、再稼働は安全性の認められたものに限るというところへなんとか引き戻すとかはしましたが、一番の肝である平和への結集は聞こえてこなかったと思いますね。
私はもし「平和」を強調して負けていたならまだ違うと思います。一番の問題は、与党と野党を足して2で割ったようなのが中道だという感覚でしか受け止められず、曖昧で与党にすり寄った主張で、何をする政党か分からないと思われたことでしょう。
加えて、私自身は公明党という政党とはお付き合いがあったけれども、創価学会という宗教組織については知っているようで知らなかったと思うのですが、いまだ社会的には忌避感が強かったですね。悪しざまにいう人も多く、根深い差別的態度が広がっていると私は思いました。それくらいですから、日本の中でこの創価学会という新興宗教の置かれた位置とか、その権力との関係とか、生活に関連した部分を全く理解しない野田さんや安住さんや馬淵さんが、「1+1=2」みたいにやっちゃったんです。
それでも、新しい時代の平和の軸は何かと言えば、やはり善隣外交で対中国政策です。日本にとっての平和を考えると、太平洋戦争の歴史から見ても、みんなアメリカに負けたと思っているけれど、実は中国とアジアに負けているわけで、もう一度過去をしっかり見据えて信頼の未来を作るしかないと思います。アジア主義は、石橋湛山の時代から言われてきましたが、今この新しい地殻変動の時代にそこを打ち出すことが歴史的使命だと思います。
それは立憲民主党もできていなかった。民主党系の政党は、外交・安全保障はみな日米同盟堅持、日米同盟に立脚する、です。私は社民党だったから、そんなの野党じゃないと思いながら民主系にいました。別に日米同盟粉砕とかは言いませんが、やはり戦後の日本の占領とその後の米軍の駐留、その反面で平和憲法があったわけで、対米従属からどう脱却するかが全くないまま戦後80年が続いた。それが今、トランプのアメリカは「俺らはもうアメリカ大陸しか知らない、アジアは勝手にしろ」です。これは大きな地殻変動です。
再エネ・脱原発・沖縄は原点
――松下和夫さんが、アメリカ・イスラエルのイラン攻撃から、石油依存をやめることが地球環境問題の解決にも世界平和にもつながると言っています。
私が改めて松下和夫さんの意見(松下さんは本誌への寄稿者。(私の視点)世界的エネルギー危機 地産地消、今こそ再エネを 松下和夫:朝日新聞など)を見て、この間のホルムズ海峡をめぐる議論に関して気が付いたのは、ペトロダラー、オイルマネーの中身といえば、アメリカが石油をハンドルしながら作ってきた世界秩序で、もうそれは終わるし、未来がないということです。石油依存は所詮石油強奪で、資源獲得競争になる。しかもそのオイルマネーが世界を席巻している。アメリカのイラン攻撃にはそれが象徴的に出た。
そういう時に、中国は、再エネとか情報とかロボットとか、やはり戦略的には一歩先を行っている。ただその中国が単独で覇権主義では困るので、日本は少しアメリカから距離を置きながら、この中国をアジアの中に取り込み、一緒にやっていくつなぎ役になれれば、世界はもっと平和になるだろうと思うのです。
この間、選挙で落ちた後にイラン情勢などを冷静に見ると、石油・エネルギーに問題があったことがよく分かった。そうなると石油はダメだけど原発でいいかというと、原発も危険だということが嫌というほど分かった。イランの核施設を狙ったらそれで終わりますよね。

だから、やはり立憲は脱原発を言い続けなければいけなかったし、存立危機事態に自衛隊を使うのは合憲であるなどととってつけたことを言うべきではなかった。存立危機事態なるものが、今までは日米の関係でしか考えていないけれど、今は世界が戦争になっている。日本はずっとアメリカについていく身だったけれども、世界情勢はそれを遥かに上回ったところにきています。イラン攻撃で日本はアメリカについていけるかと言えば、とても無理です。石油だって大変になる。だから、今は大きな転換点。それ故に、立憲民主党が2017年に掲げていた脱原発、新安保法制反対、辺野古新基地反対の新たな現在的意味を、本当は語っていかなければいけなかったわけです。それが参議院選挙あるいは国民民主との合流で、むしろ反対側に進んでいった。
でも、私も含めてその違う視座というのが分かってきたのは、このイラン攻撃を如実に見たときに、原発にも違う光が当たるし、憲法9条をどのように守るかということも考えねばならない、となったからでしょう。まず国際法をしっかり守るべきだし、9条に止まらない安全保障の考え方を打ち出さなければならなかった。
今一番問題になるのは沖縄で、中道改革連合は公明党が辺野古移設を認めているので、立憲民主党は再検証と言っているけれども、中道はここをどのように切り抜けるかが目前の私の宿題です。それで、今度玉城デニー知事を神奈川に呼んで皆さんとお話を聞きます(別掲ポスター)。沖縄を沖縄だけの問題に留めたら、新たな米軍再編に対して負けしかないんです、いつも。琉球処分以来、沖縄をみな見ないように、見せないように、切り離されてきたわけですから。でも、ベトナム反戦の時には、沖縄から米軍戦闘機がなぜ飛び立つんだとか、私たちの視野に入ってきて懸命に反対していたわけです。今、まだみんなにはそれが見えていません。
今後、立憲民主党という政党をもう1回新立憲民主のようにするのか、あるいは新党で、今言った国際法を重要視する平和外交とか、環境と安全保障の関係から原発はダメともう1回強く言い、辺野古はアメリカだっていらないと言っているんだから違う道をとれというような、従来の立憲の主張をさらにもう1歩前に進められる活動ができるかどうか、それをどこでやるか、考えています。正直言って中道改革連合は野党としての役割を果しておらず、立憲もまだはっきりみえません。
今現在、私が立憲に戻る希望を出したとしても、総支部長云々はありませんし、一党員として戻ることは認めるというスタンスです。だから、戻ってやるか、また日本未来の党の時のように新党を作るか、いろいろ考えます。ただ、日本未来の党は、亀井静香さんと小沢一郎さんがいて、お二人の援助で候補者を全国に立てて戦ったんです。今そこまでやれる自民党系の大物もいなくなっています。難しい中で、立憲民主のエンパワーかリニューアルか、その試みを一度やるかどうかというところで、結論はまだ出ていません。
EUに学び、アジアの平和の枠組みを
今の立ち位置では、やはりイラン戦争で分かったものが大きい。あとキューバですね。キューバは1959年の革命以降、米国の圧力にも屈せず国を維持してきましたが、この数か月石油を止められた全島停電、透析や手術までできなくなる、医療がが成り立たないほどの窮状にあります。そこで、4月29日にはキューバが誇る世界的なミュージシャン、アレキサンダー ラボルデ & プロス ハバノスを呼んで、キューバチャリティーコンサートを藤沢で開きます。
こうしたことを見ていて、いかに世界が石油で回っているか実感します。トランプも分かりやすいから、ベネズエラで大統領を捕らえるのも石油が欲しいからだし、イランだって石油、思い起こせばイラクだって石油。今、石油の値上がりでトランプの息子が儲けているらしいけれど、やはり石油を巡る世界的な覇権をハンドルしたいとアメリカが思っているのが象徴的です。
昨日中国の公使と会いました。パキスタンがアメリカとイランの間で調停しているけれど、その後には中国がいるわけ。中国が前面に出るというよりパキスタンとの協定に則る。やはり中国は戦略的な国です。キューバにこの間再エネ支援をしていたのも中国です。
これからは絶対に石油も危ないし、原発も危ない。松下さんが言うように、再エネに行くしかないんです。でも、抵抗勢力は電力網をがっちり握っています。私は原発ゼロの会などで2011年から抗ってきたけれども、やはり再エネが、世界経済にも世界の安全保障にも、これからの世界の循環型経済にも絶対に中心になるべきだということにまた確信を持ちました。でも議席はありません。
――本誌編集委員でもある住沢博紀さんがインタビューした、ヨーロッパ議会議員でもあるドイツ社会民主党(SPD)のガイアーさんが、阿部さんにも会うと言っていたようですが。
昨日会いました。ヨーロッパはNATOという集団安全保障の枠組みを持っていて、トランプから自前でやれと言われて、じゃあやろうじゃないかとなっていますが、その代わり、自分たちで軍事力も強めなくてはならない。私は、フランス・マクロンが核弾頭を増やそうとしているが、それについてドイツはどう思うかと、ガイアーさんに聞きました。そうしたら、ガイアーさんは面白いことに、フランスの核兵器はドイツに向いている、ロシアを攻めるとなるとドイツに影響を与えないわけにはいかないと言っていました。だから、マクロンはああ言っているけれども、そのフランスの核の下にドイツが、というようなことは成り立たないと彼は言っていました。さらに、エネルギー政策こそが世界の経済、平和、安全保障を作ると私は思っているがガイアーさんはどうかと聞いたら、Completely agree with you ! 完全にあなたと一緒です、と返ってきました。
SPDについては、これは日本も同じですが、極右のAfDが伸びていて、結局労働者の不満の受皿にはなれていない。アメリカの民主党もなれていないし、もちろん日本の連合は正社員の正社員による正社員のための組合と言われているくらいですから、同じでしょう。非正規雇用の労働者の不満は大きくても、参政党などに行く。AfdにSPDが食われているというところについては、やはり同じように危機感は持っているようでした。特に旧東ドイツ地域がそうでしょう。排外主義で、移民がいるから俺らがいい目見られない、となる。トランプも同じです。日本の移民・外国人労働者はまだそんなにいないけれども、その傾向は強い。それは世界の風潮です。
一昨日にイギリス労働党のシンクタンクのインタビューを受けました。テーマはブルーカラーの復権をどう図るかでした。どこも労働運動をどう復権するかということがテーマなんですよね。その労働党のリサーチの主張は、もっと労働者の代表が議会に選ばれるべきだということでした。それを見ると、日本は労働者代表の議員比率が高いと彼の調査では出ている。でも、なぜかというと、参議院議員は連合の産別・業界団体から出るから比率は高くなるようでした。向こうの上院(貴族院)は労働者の代表が候補者になれるような道はすごく少ないと。知識人、お医者さんとか弁護士とか、ちょっとお金のある人とか、シンクタンクの人となって、昔からのブルーカラーはなれないというのが彼の問題意識で、ではどうすればいいか、考えました。
考えると、日本でも経済分析にしろ外交問題にしろ、勉強の方法がない。昔、社民党とか社会党が強かった時代は、そうは言っても、私も含めて随分勉強させてもらったのだと思います。でも、今は大組合でもそれが難しい。一方で非正規雇用問題がずっとずっと広がっても、その問題にはほとんど誰も真面目に取り組まない。私は、自分の学生運動時代の経験で、医療の先輩が携わっていた前述の労住医連から在日外国人の指紋押捺問題とかアスベスト問題とかを教えてもらったから、国会に行ってもそういうテーマで踏ん張れたけれども、私以外にそれをやる人は本当にいなかった。労働運動もダメ、国会議員もダメ。でも、ダメダメばかり言っていても仕方がない。あの右派が台頭しますから。
本当は、これは労働運動の課題なのだと思います。すごく象徴的だと思ったのですが、連合の芳野さんがかつて衆議院選挙の応援に来てくれて、組合の賃上げなどは自分たちがやるから、非正規雇用問題は政治がやってくれ、という演説をしたんです。確かに自分たちが非正規問題をやれていない認識を持っているだけ真当だけど、でもそこをやらないと労働運動だって強くならないのだと、私は思いました。
非正規雇用労働者の闘いから労働運動の再生が始まる
大椿ゆうこさんが社民党の党首選に出た時に、彼女は「労働運動の再生」を言っていて、私は彼女の言うような政党に社民党がなれたら、それは数は多くなくても、時代の本質をつくと思います。でも残念ながらまだまだそうはなりません。世界中がこれだけ右派に席巻されて危うくなっているのに、根本の構造的なところに労働運動が答えられない。
私の職分で言うと、今、医療、介護、福祉の労働者は950万人と多いんです。2000年には約470万人だった。2000年から2025年までの間、2倍に増えています。ところが、賃金の方は、他は少しでも上がっているけれど、この医療、介護、福祉のところの賃金はむしろ下がっています。950万人は働く人の14%です。それだけの労働者がますます低賃金にされて、これを変えられない。介護保険にしても医療保険にしても、公定価格だから国が労働者の条件を改善できると、私はずっと思っているので、経済再生のためにもこの分野の待遇改善こそまず第一と言ってきましたが、そういう労働問題を取り上げる議員はもういない。
こうなったら、最低賃金に張り付いている低賃金で働いている人たちのことを真面目にやる政党とか労働運動を、オーソドックスに作っていく以外にないかもしれません。平和の問題も実にオーソドックスなのですよ。国際連合が戦後の世界で発足して、国際ルールを作って、国際法とか人道法を守りましょうとやってきたけれど、最近それも壊れています。
私は多分ヨーロッパの方が健全だろうと思っているのは、EU指令などで、労働者をEUという枠で守っていこうとしている。日本にはそれがないわけです。でも、これからアジアでは日本がダントツの国ではなくなっていく中で、アジア全体で労働の諸条件を変えていくべきでしょう。アジアにおけるEU指令的なものを作ること、それが必要だと思います。
実は産業医になりたくて、研修を受けたいんですが、受けようにもその抽選に当たらない。要するに今言ったような問題意識で労働現場をもう一度しっかり見たい。50人の事業場でも産業医を置かなくてはいけなくなっているから、そういうところで見てみたいという好奇心があります。あと高齢社会問題。この国の少子高齢化はもう大きな問題だから、自分は議席を失って学ぶ時間を与えてもらったので、あちこちの現場を「家政婦が見た」的に見てこようかなと思っています。
息苦しくて、子供も大人も、ああ生きていられないと思う人が増えている。だから、先に「娑婆に戻った」という言い方をしましたが、今までの26年、私は国会議員として一所懸命やってきたけれども、また時間が与えられたので、今という時代をもう一度見てみようと思います。
私は、医者というキャリアがある。それは恵まれていて、もちろん生活の糧になるというのもあるけれど、医療者である故に見せてもらえるものというのがあるんです。そのいただいたアドバンテージを使いたい。それは学生運動から始まって、患者をただ治して社会に送り返すだけでいいのか、その社会はどうなっているか見ろと難しいことを言われて、そんなこと言われてもと思ったけれども、まさにまたあの時代、1968年に戻るという感じがしています。
今後選挙をどうするか、まったく分かりません。でも中道改革連合などは、社会が全然見えないから右へ右へと行くわけでしょう。そっちじゃないよと言いたいけれど、今は受け止められようがないかもしれません。でも、私はピエロのようになるかもしれないのですが、昔から何を言っても別に誰にも遠慮しなくていい立場だから、そういう立場にある私がやるしかないかな、と思っています。
あべ・ともこ
1948年東京生まれ。国際基督教大学から東京大学医学部卒。小児科医。湘南鎌倉総合病院小児科部長、千葉徳洲会病院院長などを経て、2000年社会民主党から衆議院議員に初当選。長く社民党政審会長を務める。その後、日本未来の党、みどりの風などを経て、立憲民主党へ。連続9期衆議院議員を務めるが、26年2月の総選挙で落選。2003年「あべともこ こどもクリニック」を藤沢市に開設。著書に『思春期外来診察室』(学陽書房)、『眠れない夜はお母さんそばにいて』(ゆみる出版)、『赤ちゃんを産む場所がない!?』(ジャパンマシニスト社)、『子育て@みんなの政治』(同)、『いのちを紡ぐ 平和をつなぐ』(ゆみる出版)など多数。
特集/トランプの末路
- EUと欧州議会・ホルムズ海峡危機・ドイツ政治・グローバル進歩連合の結集本誌代表編集委員・住沢 博紀
- 立憲大敗は「野党第一党」病で右にすり寄った結果前衆議院議員・阿部 知子
- 漂流する世界で進むトランプ化の行方神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長・橘川 俊忠
- 「核兵器は持たせない」の2・3重基準 ―― トランプの「イラン症候群」国際問題ジャーナリスト・金子 敦郎
- 大澤は言う、リベラルが高市を選んだ⁈大阪公立大学人権問題研究センター特別研究員・水野 博達
- デモクラシーと人間の自由労働運動アナリスト・早川 行雄
- 反人権的国家犯罪の再発防止のために(1)韓国・聖公会大学研究教授・李昤京
- 構造主義的視点からみた西欧のポピュリズムとその後――(2)龍谷大学法学部教授・松尾 秀哉
- 選択的夫婦別姓(氏)でよいのか、廃止すべきは戸籍制度では本誌代表編集委員・千本 秀樹
- 昭和のプリズム-西村真琴と手塚治虫とその時代ジャーナリスト・池田 知隆
