特集 ● トランプの末路

「核兵器は持たせない」の2・3重基準
 ―― トランプの「イラン症候群」

「警告無視」ーホルムズ海峡の「悪夢」現実に

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

トランプ、ネタニヤフ両氏の抜き打ちイラン侵攻。4週間程度の短期作戦のはずが識者やメディアが繰り返し警告した通りの「ドロ沼」にはまり込んだ。「ホルムズ海峡の悪夢」が現実となり、石油危機進行・大不況の影におびえる国際社会の非難に追い込まれてようやく、双方とも薄氷の停戦を持ちこたえながら仲介役パキスタンを通して戦闘停止への提案の出し合いが続いている。イランの想定外のしぶとい抵抗に慌てて、イラン文明を消滅させると常軌を失った脅しまで振りかざしたトランプ氏。目標をイランの核兵器保有阻止に絞ったうえ、かつてない気の長さを見せている。

トランプ氏は14日からは先送りされていた中国訪問、習近平氏とのトップ会談が控えている。イラン侵攻の「大失策」をどう繕い、北京へ向かうのだろうか。

「イラン核」とトランプの大義

イランに核兵器は持たせない―新しい核保有国を増やさないというのは世界にとって望ましいことだ。だが、トランプ氏はイスラエルが強力な核武装の陸海空3軍を持っていることには知らぬふりをしているし、米国をはじめとする国際的な圧力をかわして核武装を着々と進めている北朝鮮の金正恩総書記を優れた指導者と評価して友好関係を築いている。

ニューヨーク国連本部ではいま、核拡散防止条約(NPT、191カ国・地域加盟)の履行状況確認のための再検討会議が開かれており、イスラエルや北朝鮮の核武装にどう対応するかが重要な議題になっている。トランプ氏のイランの核保有阻止は、この会議が追求している核兵器拡散防止・核なき世界とはまったく無縁である。

第2次世界大戦終結の3年後に始まり、間もなく80年となるパレスチナ紛争。繰り返された流血の争いでは、米国および西欧諸国などが支援する独立国イスラル側が常に優位で、長年の植民地支配から順次独立してきたイスラム諸国の支持を得たパレスチナ住民側はいつも弱者だった。イランはそのパレスチナ側の後ろ盾である。

イランはイスラム諸国の雄とはいえ、その武力も富も、国際的影響力も、イスラエル側の後ろ盾米国および西欧諸国とは比較にはならなかった。「力による平和」の世界でイランが核を欲しがってもおかしくはない。だが、イランの核保有を許さないというのはイスラエル側の大義になった。

積み重ねられた怨念

そのイランと米国の間では、第2次世界大戦後の新しい歴史が始まるとともに、深い怨念がからみ合う出来事が次々に起こっていく。圧縮してそれを列記する。

▽王国復活;紀元前からの王朝の歴史を持つイランは20世紀初頭の一時的な英保護国を経て1941年パーレビ王朝復活(国名はペルシャからイランに)。
▽米国陣営入り;2次大戦後の1950年米国と軍事協定。
▽石油国有化;同51年モザデク首相が政権を握って石油国有化、英国と断交。
▽米CIA支援の国王クーデター;同53年米中央情報局(CIA)支援の国王クーデターで王政に。米国支援の下パーレビ国王の強権で近代化・イスラム化を目指す白色革命を推進。
▽イスラム革命;イランのイスラム教徒の多数を占めるシーア派(全イスラム教徒の10~15%、他に同派多数の国はイラクとバーレン)が同派の聖地コムで1978年1月大規模な反政府暴動。10 月には全土に広がってパーレビ国王が国外脱出、パリに亡命。シーア派指導者ホメイニ師が帰国してイスラム共和国を宣言(イスラム教徒の多数はスンニ派が占めている)。
▽米大使館占拠・人質奪取;パーレビ国王は1979年、病気治療のためとして米国に移った。ホメイニ支持の学生グループが「亡命受け入れ」と反発して、テヘランの米大使館を占拠、外交官ら大使館員50人余りを人質にしてパーレビ国王の身柄引き渡しを要求。
▽人質救出作戦挫折;カーター米政権は話し合い解決の方針を堅持したが、1980年11月初めの大統領選挙投票日が迫るにつれて苦悩。同年4月特殊部隊による人質救出作戦に踏み切ったが、イラン砂漠の砂嵐に巻き込まれて失敗。
▽人質解放;大統領選挙で現職カーターが共和党レーガン候補に大敗、444日目の人質解放。

トランプ氏は自分の政策や言動に対する反対や批判、非難に対して必ず報復する人物とされているが、「イランの核」に対して厳しい対応をしている背後にはこの米大使館占拠人質事件への報復があることを隠していない。しかし、イラン側にもモザデク政権潰しの国王クーデター支援、パーレビ強権体制支援など、米国に対する怨念があることを知っているのかいないかをうかがわせる発言は知られていない。

イランの平和利用と「オバマ合意」

核拡散防止条約は1970年発効、米ロ中英仏の5カ国の核保有の現実を容認、その他の国の保有は認めない不平等条約。事実上核を持ったインド、パキスタン、イスラエルは非加盟、北朝鮮は1996年に脱退、いったん復帰して2003年にまた脱退した。条約は核兵器保有を5カ国に限っているが、全ての加盟国に奪われることのない原子力平和利用(電力や医療など)の権利があると規定している。

しかし、ウラン濃縮の濃度が20%を超えるとあとは核爆弾に必要な90%に一気につながるので、平和利用のウラン濃縮は国際原子力機関(IAEA)が必要な支援をしながら軍事利用への防止の役割を果たしている。イラン政府は当初からNPT加盟国。2002年イラン中部ナタンズなどでイラン政府がIAEAに申告せずに核施設を建設していると反体制派が暴露、イランの核兵器開発疑惑が浮上した。イランはいったん作業を停止したが2006年再開。2009年までに2カ所にウラン濃縮施設を建設して濃縮度を20%まで上げた。米国や欧州諸国はイランに対して経済制裁を発動した。、

イランでは1989年ホメイニ師が死去、後継の保守派ハメネイ師の下で保守派、穏健派、改革派などの政権を担う大統領ポスト争いが続く中で2013年、穏健外交を掲げたロウハニ大統領の政権が登場した。オバマ米大統領を中心に英仏独、中露の6カ国とロウハニ政権との核交渉が始まった。難交渉の末に2015年イランの濃縮度を平和利用の範囲内の3.67%に制限、IAEAの合意履行を確認する査察を受け入れるとする合意に到達した。見返りに経済制裁は解除された。

中東政策急転換―「反オバマ」の手始め

イスラエル、サウジアラビアなどイランと対立する中東諸国はこの合意および制裁解除に、イランが核武装を断念して忠実に合意を実行する保証がない、弾道ミサイル規制もないと反対した。サウジアラビアにはイスラム教聖地メッカがあり、主流派スンニ派の本家的存在。一方のイランは反主流シーア派の本拠地。2017年トランプ氏は大統領(1期目)になるとすぐ、イスラエル、サウジアラビアと組んで中東政策の急転換に取り掛かった。歴史的と評価された核合意の実効性は認めないと宣言、翌2018年に離脱して、イランにウラン濃縮停止など核開発放棄を要求し、経済制裁も復活させた。

トランプ氏はイスラエルのネタニヤフ首相をワシントン招いて、パレスチナ紛争の解決には「2国家共存」にこだわらないと伝えるとともに、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3宗教の聖地エルサレムをイスラエルの首都と認め、米大使館をテルアビブから移転させるなど、中東におけるイスラエルへの支持拡大に努めた。

こうしたトランプ政権の政策転換に対抗して、イランはウラン濃縮度の引き上げ、新型遠心分離機の導入、IAEAの査察拒否などの対抗措置をとった。再び核開発を目指すという意思表示である。

トランプ氏は初の黒人大統領オバマ氏に対して、米国生まれではないことをごまかして大統領になったと、当時ホストを務めていたテレビのリアリティ番組で虚偽キャンペーンを続けた。大統領になるとオバマ政権8年間の施策の廃棄あるいは見直しに力を注いでいる。トランプ氏の「イラン症候群」(シンドローム)はここから始まった。イラン核合意の無効化に始まる中東政策転換は自己中心あるいは自己顕示先行のトランプ政治の手始めだった。

大失敗「オバマ合意」破棄のツケ

イランとの核開発規制の合意をトランプ氏が廃棄した時、この合意造りに加わった関係者は「戦争につながる」と嘆息した。現状はまさにその通りになっている。IAEAの専門家は、イランがその後の8年間で直ぐにも軍事利用につながるとされる濃縮度20%の高濃縮ウランの蓄積が12トンに達して、山岳地帯の堅牢な地下施設に貯蔵していると確認しているという。イランはこれを軍事用に転用して1~2年で核爆弾を手にすることができるとされる。オバマ合意が認めたウラン濃縮度3.67%の規制とIAEA専門家の査察はこうした事態を許さないためのものだった。

ネタニヤフ氏はパレスチナ自治区ガザの反イスラエル武装組織ハマスの居住地区で「ジェノサイド」(民族抹殺)と非難される徹底的な殲滅作戦と並行して、昨2025年6月に12日におよぶイラン攻撃を行い、トランプ氏も一部の作戦に加わった。この作戦の目的はイランが貯蔵する高濃度濃縮ウランの関連施設の破壊だったとされる。トランプ氏は大成功を収めたと発表していた。

しかし、今度の対イラン戦争の主目的が同じこの貯蔵高濃縮ウランとすると、昨年の作戦は実は失敗だったことになる。トランプ氏は貯蔵施設を探し出して米国に運び出そうとしている。しかし、オバマ合意では、順次貯まる濃縮ウランはロシアに搬出されることになっていたという。トランプ氏が勝手に米国に運び出すことが許されるのだろうか。

トランプ氏の「オバマ合意」の事実上の破棄は「オバマ憎し」先行で、この合意がなくなったらどうなるか不勉強のままの愚行だったのではないだろうか。もちろんトランプ氏はこの大失策を認めていない。だが、イランの核保有は絶対に許さないとしているのはその裏返しで、「自分を万能とみている」(ワイルズ首席補佐官)トランプ氏は大失策が歴史に残らないよう、何が何でもイラン核保有阻止を自分の手柄にしようとしていると思える。トランプ氏の「イラン症候群」(シンドローム)症状のひとつである。

イラン侵攻も大誤算

国際的な環境や相手の「力量」の読み間違い、目的の設定とそのための準備不足の結果、世界中に石油危機を引き起こしたイラン侵攻作戦はトランプ、ネタニヤフ両者の大失策に終わる可能性大だ。4月8日に始まった2週間の停戦を、期限をつけないまま延長して何とか維持してきた。戦闘はペルシャ湾の封鎖合戦に移り、しばしば武力衝突を引き起こしながらも、その都度「停戦は維持」で取り繕っている(最近では5月7日)。どちらも全面戦闘の逆戻りはできないところに追い込まれているからだ。

これまで軍事的成果と言えば、イスラム国家イランのハメネイ師ら最高指導部をまとめて殺害した斬首作戦ぐらいだが、これはネタニヤフのイスラエル特有の手法。何でも超能力を自負するトランプ式独裁国家では最高指導部を亡きものすれば戦争に勝てると思ったのだろうが、そうはならなかった。

イランと戦争すれば多くの米国の軍事基地やAI関連施設を受け入れている湾岸諸国にたちまち飛び火することは誰でも予見できた。イランの報復攻撃で湾岸諸国はこれによって大きな損害を被った。その一つ、アラブ首長国連邦(UAE)がOPEC(石油輸出国機構)を脱退した。その背後にはUAEとサウジアラビアの確執があると報道されている。

しかし、湾岸諸国はそろって米国と緊密な関係を持つことで安全が保障されると思ってきたのに、事前に一言の連絡もないままイラン侵攻を強行され、重大な損害を受けているのになんの「挨拶」もないことに憤懣を抱いているといわれる。なかでも米国と最も深い経済的つながりを持っていて、トランプ氏の1年前の湾岸3国歴訪で最高額のインフラ整備・相互投資などで合意したUAEの怒りはそれだけ大きいという。米国との親密な関係を築いてきた中東アラブ諸国のリーダー、サウジアラビアも対米関係の見直しを始めたと伝えられている。

イランの核武装阻止をはさんだ対立がどんな落着に至るかは予測しがたいが、イラン侵攻はトランプ氏にとって大失敗に終りそうな状況になっている。米国の各種世論調査によると、トランプ氏への支持率はさらに低下を続けていて、トランプ支持の傾向の強い調査を加えた平均値で辛くも40%すれすれ。調査結果を個別にみると30%台後半の37%と過去最低値も出てきた。トランプ氏は世論調査全部がでっち上げだと叫んでいる。

中間選挙、正常な実施できるのか?

米国では11月3日に中間選挙が行われる。連邦レベルの上下両院議会改選と各州の知事および州議議会議員、州政府の行政・司法主要ポストなどが改選される。しかし、イラン侵攻がどんな結末になるのか、米中首脳会談から何が出てくるのか。それを受けて中間選挙まで5カ月半。何が起こるか。中間選挙がこれまで通りに実施できるのかー誰も的確に見通すことはできないというのが今の米国の実情だ。

共和党支持の穏健保守派を代表する著名評論家D・ブルックス氏はニューヨーク・タイムス紙意見欄(26・1・24/25)への寄稿で、トランプという精神分裂症の1人の人物に世界が引き回されていると論じて注目された(『現代の理論』44号拙稿)。ブルックス氏はトランプ氏の症状は進行中で、その影響は広がっていくと指摘している。トランプ氏の異常な言動を批判したローマ法皇に食ってかかるような反撃を加えたり、自分がキリストになったかのようなAI画像や、自分はもう「ナイスガイはやめた」と軍装に自動小銃を構えた自分の姿をSNS に流したり、ブルック氏の予測通りのとおりの事態が起こっている。

トランプ氏は中間選挙は絶対に負けられないと、共和党の先頭に立って選挙戦の指揮にあたっている。政府諸機関の建物はもちろん、公私を問わず目につきやすい建物や更には紙幣やパスポートにまで自分の写真を張り付けさせたリ、個人崇拝を推し進めるだけでなく、州に任せられてれてきた連邦レベルの選挙実施の権限を大統領(自分)に集中させようとしたが、これは司法当局(裁判所)に憲法違反とやめさせられた。

だが、共和党が優位を握る州(過半数いくつか超える)では、民主党支持の多い黒人やヒスパニック(中南米系移民)の投票率引き下げを狙うあの手この手の投票妨害が進められている。州や市町村の選挙管理当局への事前登録が済んでいた投票権確認に加えて、市民権証明書や出生証明など普通の移民は持っていないし取得に手間ひまのかかる書類を要求する。民主党の強い選挙区を分割して民主党票を分散させる(ゲリマンダーと呼ばれ、民主党も優位の州でやっている)、期日前投票日の短縮、郵便投票の制限、投票時間の案縮など。

こうした投票妨害がどこまで効果があるのか一概には言えないだろうが、民主主義を退廃させることは間違いない。

「敗北」は受入れない

トランプ氏は2020年選挙で民主党バイデン候補に敗れたが、バイデン陣営の不正によって自分の当選が盗まれたと全く根拠を示すないまま主張し続けて、共和党にはこれを受入れることを忠誠の「踏み絵」にした。米民主党の一部は、トランプ氏の言動を通して選挙で負けてもそれを受け入れるような人物ではないと見通していた。次に迫っている中間選挙は大統領選挙ではないが、共和党が上下両議会の双方、ないしどちらかで民主党に敗れても、トランプ氏は間違いなくその敗北を認めないとの見方が強い。これがトランプの米国である。(5月9日記)

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

特集/トランプの末路

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