コラム/深層
「国章毀損罪」はなにをもたらすか
本誌編集委員・出版コンサルタント 黒田 貴史
先日の衆議院選挙での自民党の大勝を受けて「国旗損壊罪」の制定がとりざたされている。もしも法律ができるとすれば、「日の丸」だけではなく、「君が代」も損壊を許さないということになるだろう。報道では「国旗毀損罪」が先行しているが、「国章毀損罪」の方向にすすむのではないだろうか。
「日の丸」や「君が代」のパロディはこれまでにもいろいろなものが作られてきている。「国章毀損罪」が制定されれば、そうした表現活動に対しても規制が進む可能性があり、憲法が定める表現の自由が脅かされるのではないか。
戦後の日本を代表する作曲家の一人、林光さんのピアノ協奏曲仕立ての交響曲第2番は、世界各地の人びとの歌を多様に縫いあわせた壮大なタペストリーだった。そのなかで「昔の悪い歌」という形で「君が代」が引用され、パロディにされていた。林さんは音楽が人びとを一つの方向にまとめ上げていこうとした戦前の表現活動に対する批判から創作活動をはじめた作曲家だった。交響曲第2番の「君が代」の個所は、林さんが音楽的にも、精神的にも深く影響を受けたと思われるバルトークの初期の作品である交響詩コシュートに先例がある。マジャールの英雄コシュートをたたえる曲のなかで、当時ハンガリーを支配していたオーストリアの国歌(つまりはハイドンの皇帝讃歌)がさまざまに変形されていく。初演のときにオーストリア出身の管楽器奏者が演奏を拒否したとも伝えられている。同じように「昔の悪い歌」である「君が代」もさまざまに変形されていく。「国章毀損罪」によってこういう音楽表現も許されなくなるのだろうか。
憲法が保障する「表現の自由」とのかねあいでいきなり表現を禁じることはないかもしれないが、こうした表現活動をこころよく思わない右派グループによる妨害活動は加速されるのではないか。たとえば、作曲はされても妨害活動によって演奏ができないというような事態が考えられる。これまでも、2019年のあいちトリエンナーレの「表現の不自由展」に対する妨害活動や、南京事件や慰安婦問題などをテーマにした映画がたびたび右派による妨害で上映できなくなるという事態があったが、そうした事例がもっと広がるだろう。
東京都教育委員会が発出した悪名高い「10・23通達」(2003年)がある。この通達では都立学校での入学式・卒業式や周年行事などのときに、「国旗」を舞台正面に掲げること、「国歌」を斉唱することを義務化するもので、この通達以後、都立校の教職員には管理職(校長)から業務命令として国旗掲揚、国歌斉唱が義務づけられている。そして国歌斉唱の拒否、不起立などは、業務命令に対する教職員の態度という形で権力者に対する服従の指標にされてしまった。しかし、それでも表現の自由は完全に否定されることはなかった。「10・23通達」のあとに私が編集した「君が代」斉唱時に不起立をした教職員の声を集めた『良心的「日の丸・君が代」拒否』(2004年)や強制拒否のための予防訴訟の東京地裁による勝利判決を記録した 『強制で、歌声はあがらない』(2007年)のような本をつくることはできた。しかし、「国章毀損罪」が制定されてしまうとこうした本も作りにくくなるかもしれない。
先ほどの音楽や映画の例にならえば、本を編集・出版することはできるが、流通・販売に対する妨害や抗議活動などによって、事実上販売ができなく(できにくく)なるという事態が考えられる。
作っても売れない本は、出版社から敬遠されることは目にみえている。仮に「国章毀損罪」が、「表現の自由」には抵触しないていどの条文でまとめられても、表現活動に対する右派の妨害や活動に餌をあたえることにはなるだろう。右派の高市支持層へのアピールというのは、そうしたことを指しているのではないだろうか。
くろだ・たかし
1962年千葉県生まれ。立教大学卒業。明石書店編集部長を経て、現在、出版・編集コンサルタント。この間、『歩く・知る・対話する琉球学』(松島泰勝ほか、明石書店)、『智の涙 獄窓から生まれた思想』(矢島一夫、彩流社)、『「韓国からの通信」の時代』(池明観、影書房)、『トラ学のすすめ』(関啓子、三冬社)、『ピアノ、その左手の響き』(智内威雄、太郎次郎社エディタス)などを編集。著書『編集の思考 本で伝えた在日、琉球、戦争の記憶』(彩流社、2024年)。本誌編集委員。
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