特集 ● 内外の政情は”複雑怪奇”

闘うヨーロッパ――合理と非合理の決戦へ

6月実施の欧州議会選挙、その後突然のフランス、イギリス総選挙は
「希望」か?

龍谷大学法学部教授 松尾 秀哉

激動の年

前々号での「希望か、試練か」という自ら掲げた問いを受けて、今号では2024年の欧州議会選挙の結果について検討したい。

しかし、その後突然のフランス選挙における左派の勝利、そしてイギリス選挙における労働党の大勝と政権交代、さらに本稿の射程外ではあるが、アメリカにおけるトランプ元大統領の暗殺未遂事件、バイデン大統領の大統領選撤退と、息つく暇なく大きな出来事が起きている。「選挙イヤー」はどうしても色々なところに目配りをしなくてはいけないとはいえ、2024年夏はかなりあわただしい。能登半島の震災と空港での衝撃的な事故から始まった2024年であったが、年始の不安感がそのまま世界に蔓延しているようにも感じてしまう。

本稿ではこのところ急速に進められているヨーロッパの各選挙結果に対する分析にもとづいて、ヨーロッパの現状を検討してみたい。問うべきは、第一に欧州議会選挙の評価、第二にその後突然行われたフランスとイギリスの議会選挙で、特にイギリスでは労働党がブレア時代に匹敵する大勝利をおさめたが、それらが何を意味するのだろうかという点である。ただし本稿では、特にフランス、イギリスについては十分に分析できていないため感想めいたものに留まる。ここでは欧州議会選挙が意味するところを中心に検討しておきたい。特に2024年の欧州議会選挙における欧州懐疑的立場を採る会派(政党)の進捗をどう評価するのかという点が重要であろう。実際に現時点で論者により今回の結果に対する評価は多様である。まずは欧州議会選挙とは何かという基本に立ち返って考えることとする。

欧州議会選挙とは

まずそもそも欧州議会とは何か。「EU」はよく耳にするが、欧州議会はEUのなかで、他の機関と比べてどう位置づけられるのか。そもそも主要機関でさえ多数あり、EUの構造は複雑である。できる限り簡潔に位置づけしておきたい。

EUの執行機関には、主に各国政府から選出された委員によって構成される「欧州委員会」と「EU理事会」、「欧州理事会」がある。第一に「欧州委員会」は行政機関であり、ざっくりいってしまえば各国政治における内閣、その委員長は首相にあたる。マーストリヒト条約、リスボン条約といった「基本条約」は複雑な手続きを経て定められるが、それに次ぐ二次法はこの委員会が決めることができる。

第二の「EU理事会」は単に「理事会(Council)」と表記されるときも多いが、各国の閣僚の集合体である。かつては「閣僚理事会」と呼ばれており、当初は唯一の立法権限を有していた。分野ごとに分かれ、それぞれの分野を担当する大臣が集まり、現在は後述の欧州議会とともに立法権限を分かつ。国でいえば上院にあたるとたとえられることもある。

最後に「欧州理事会」は「EU首脳会談」と呼ばれることもあり、現在27の加盟国首脳の会合である。リスボン条約以降はEUの最高決定機関として注目されることが多い(例えば平和政策研究所HP 2024年7月10日)。リスボン条約で定められたこの機関の常任議長のポストは当時「EU大統領」と騒がれたが、実際のところ欧州理事会に立法権限はない。しかし欧州理事会はその立法に先立つEUの基本方針と優先順位を定める。リスボン条約で、EUに共通した外交・安全保障政策の強化が進んだことを受けて、この機関の法的位置づけと制度化が進んだ。ポピュリズム研究で著名なカス・ミュッデも、EUの2つの主要な執行機関(executive)として「欧州委員会」と「欧州理事会」を挙げている(Mudde, Cas(2024)”Far Right and the 2024 European Elections, Intereconomics,2024,59(2),61-65)。

さて、そこで「欧州議会」である。重要な点は、ミュッデも記しているように、先の3つの主要機関の「欧州理事会は、すべて(近年は27)の国の政府のリーダーから構成されており、ほとんど欧州議会とは独立している。欧州委員会は、EUの日常的な行政機関であるが、ほとんど欧州議会から独立している。委員会のメンバーは構成国の政府によって選ばれる」(Mudde,61)ので、EU有権者に直接選出、支持されるという点での正統性に欠けるという点である。この点で欧州議会は4億人以上のEU加盟国市民よる直接選挙を通じて、定数720の議員が選ばれる議会である。多くの場合、各国有権者は欧州議会選挙で、各国の従来からある政党(から立候補する候補者)に投票する。この「欧州議会」が、国でいえば下院にあたるとたとえられることもある。ミュッデの表現を借りれば、「EU理事会」のメンバーは各国を代表する。「欧州委員会」はEUを代表する。それらに対して「欧州議会」の構成員は所属する会派のイデオロギーを代表する。

欧州議会は当初諮問的立場しか有していなかったし、議員も加盟国から任命されるというものであったが、1979年から加盟国市民の直接選挙で選出されるようになり、その後先の「首相」にあたる欧州委員会委員長を選出できるようになったり、不信任案を採択することにより欧州委員会を総辞職させる監督権限を有するようになったりした。また、EU市民や法人からEUに対する異議申し立てを受理し審査するEUオンブズマンを任命するのも欧州議会である(Mudde,61)。それゆえその選挙結果が重要な意味を持つようになってきた。以下、欧州議会の意義を考えるために、各国別の議席数を一覧にする(表1)。

表1 2024年欧州議会選挙における各国別議席数
ドイツ  96ギリシア 21フィンランド 15キプロス 6
フランス 81チェコ 21スロヴァキア 15ルクセンブルク 6
イタリア 76スウェーデン 21アイルランド 14マルタ 6
スペイン 61ポルトガル 21クロアチア 12
ポーランド 53ハンガリー 21リトアニア 11
ルーマニア 33オーストリア 20スロヴェニア 9
オランダ 31ブルガリア 17ラトヴィア 9
ベルギー 22デンマーク 15エストニア 7

出典:臼井陽一郎(2024)「2024年欧州議会選挙について:民主主義の発展か、EU政治の停滞か」、日本国際問題研究所『研究レポート』2024年7月24日より筆者作成。

しかし議会では各国別に座るわけではなく、会派別に座る。原則この会派はイデオロギーで分かれており、各国の政党から選ばれた議員がそれぞれのイデオロギーにしたがって集まる。1つの会派は複数の国の議員から成る。今回の選挙前の時点では7つのグループがみられた(表2)。

表2 欧州議会の会派(2024年選挙前)

会派イデオロギー
欧州人民党中道右派(キリスト教民主主義)
社会主義・民主主義進歩同盟中道左派
欧州刷新(旧ALDE)中道リベラル
緑・欧州自由同盟環境
アイデンティティと民主主義極右(欧州懐疑主義)
欧州保守・改革保守(欧州懐疑主義)
欧州統一左派・北欧緑左派同盟左派
無所属――

出典:Mudde, op.cit.をもとに筆者作成。

2024年欧州議会選挙前ではあるが、各会派を議席数の多い順で紹介すると、中道右派の「欧州人民党(European People’s Party EPP)」、中道左派の「社会主義・民主主義進歩同盟(Progressive Alliance of Socialists and Democrats S&D)」、中道リベラルの「欧州刷新(Renew Europe RE)」(以上が親欧州派。「グランド・コアリション」と呼ばれることもある)、「緑・欧州自由同盟(the Group of the Greens/European Free Alliance Greens/EFA)」、極右の「アイデンティティと民主主義(Identity and Democracy ID)」、保守であり極右とみなされることも多い「欧州保守・改革(European Conservatives and Reformists ECR)」、極左と位置付けられることもある「欧州統一左派・北欧緑左派同盟(Confederal Group of the European United Left-Nordic Green Left GUE/NGL)」、そして無所属(非登録 Non-Inscrits NI)であった(イデオロギーの評価はMuddeに従った)。

この議員たちは27か国の別々の選挙で選出された議員の集合体であるという点を強調すれば、これを「欧州の政党」というようなニュアンスをもって考えるべきではないとする「セカンド・オーダー」論は根強い。すなわち、統一されたキャンペーンではなく、ルールも異なる。ある国の選挙結果は他国と全く異なることがありうる。それゆえ欧州議会選挙の結果で「ヨーロッパのトレンド」を論じることは、結局いくつかの主要国の状況を読むということに過ぎないという主張もある。そのため欧州議会選挙は各国の政治状況を反映するに過ぎない「二流」、「セカンド・オーダー」の選挙と位置付けられる議論が出てくる。では、今回の欧州議会選挙の結果を概観し注1、その意義を考察したい。

 

(注1)以上、基礎的な内容は、欧州議会ホームページ および坂井一成・八十田博人編著『よくわかるEU政治』、ミネルヴァ、2020年を参考にした。

2024年欧州議会選挙

今回の(フランスの)選挙のきっかけとなった欧州議会選挙は、いくつかの点で新しい選挙であったということも考慮しておきたい。ミュッデが指摘するように、第一にイギリスを欠いた初めての選挙であったこと、さらにコロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻、そしてイスライエルとハマスの紛争という未曽有の危機のあとの選挙であったこと、である(Mudde,62)。それらがどう影響したのか、もしくはしていないのか。臼井陽一郎の分析に依拠して今回の選挙結果をみてみよう。

表3 2024年欧州議会選挙結果(7月23日)

政党名党派選挙前議席獲得議席
EPP親欧州(キリスト教民主主義)177188
S&D親欧州(中道左派)140136
PfE欧州懐疑派(極右)--84
ECR欧州懐疑派(保守)6878
RE親欧州(中道リベラル)10277
Greens/EFA(環境/地方自律)7253
The Left(急進左派)3746
ESN欧州懐疑派(極右)--25
NI非登録5033

  本結果は、2024 European election results, European Parliament に負う。

実は改選前議席がない政党があることに違和感を覚えられた方もおられるかもしれない。欧州議会選挙では、結果が出てから新しい統一会派結成や鞍替えが行われることがある。少し選挙後の動きを補足しておきたい。選挙は2024年6月に行われたが、その後会派をめぐる動きがあった。ハンガリーの政党フィデス(欧州懐疑派)が中心になって欧州議会政党PfE(Patriots for Europe ヨーロッパのための愛国者)を立ち上げ、84議席を確保した。ここにはIDに所属した議員、各国の右派政党が参加し、第三勢力となり、欧州懐疑派のなかでECRも抜く勢力となった。また親ナチ発言によりECRを除名されたドイツの政党AfDがESN(Europe of Sovereign Nations 主権国家のヨーロッパ)を立ち上げ25人の議員を確保した。いずれも欧州議会の政党要件である7か国以上、23議員以上を満たし正式な会派と認められる注2

選挙前は右派・極右勢力が躍進するとみられていたが、親欧州グループは578 議席(55.7%)を確保した。しかし、この数字をどう評価するかが難しいのである。(総議席数がイギリスの離脱で変化したので割合でみると)2019年は59.1%、さらに遡れば2009年には72.4%を確保していたことを考えると、ようやく過半数を確保しているという見方もできる。凋落傾向は明らかである。

他方で欧州懐疑派勢力は2009年に11.7%、2019年は18.0%と影響力を増してきており、今回は選挙後の動きも絡んで187議席(約26%)を占めることになった。この欧州懐疑派の議席率の上昇傾向が、将来的なEUの未来を不安視する声の原因である。

しかし、先に紹介したセカンド・オーダー論に従えば、ECRの躍進はイタリアでの選挙結果に負うだけである。また選挙後の欧州懐疑派(PfE)の動きにより徐々に各国ポピュリズム政党が団結しようとしているようにも映る。換言すれば、皮肉にも懐疑派が欧州議会を重視しているようにも映る。それでも親欧州派が過半数を確保しており、欧州懐疑派も対ウクライナ支援をめぐり一致することが難しいといわれている。よって「欧州懐疑主義政党の伸長はあるが、親欧州政党の大連合を今すぐおびやかすものではない」という微妙な評価になる。

考えなければならないのは、こうなった原因である。臼井の考察によれば「ユーロバロメーターによると、選挙の主要争点は所得・雇用や医療であり、選挙前に右派・極右政治家の刺激的発言で注目されていたマイグレーションではなかった」(臼井 前掲論文)。

すなわち問題は経済、生活コストであった。以下は筆者の考察だが、そうだとすれば前々号でも述べた通り、ロシアのウクライナ侵攻に端を発する、ロシアに依存していた経済の脆さのために各国主要政党が批判され、またその批判が右派・極右に利用されたということができる注3。先に挙げた、ミュッデが指摘する今回の選挙の「危機」のなかでは、圧倒的にロシアのウクライナ侵攻の影響が大きい(長期的には「生活苦」の長期化という点でコロナ禍も軽視できないだろう)。

では、欧州議会はエネルギーの値上げなどに苦しむ欧州の人びとの生活を戻せない限り――換言すればロシアのウクライナ侵攻を平和裏に解決し、生活を元に戻せない限り――このまま欧州懐疑派に飲み込まれてしまうのだろうか。今回の選挙結果と、選挙後の欧州懐疑派の連合の動きはその予兆なのだろうか。それを検討するためには、おそらくこの欧州議会選挙が引き金となったフランスの国民議会選挙、そしてEUとはもはや直接関係はしないけれど、同時期に早期解散で行われたイギリスの総選挙の結果を考慮しなければ、(EUはともかく)「ヨーロッパ」の底力をみることはできまい。以下、その結果が示すところを、なお不十分であることをご承知いただいたうえで検討したい。

 

(注2) 以上の動きについても臼井氏に助言いただいた。感謝する。

(注3) ただし、こうした生活コストの問題は単に極右や欧州懐疑派を助長したというだけではなく、具体的な政策にも影響したといわれている。たとえば「2050年には、温室効果ガスの排出が実質ゼロとなり、経済成長は資源使用とは切り離され、自然資本が保護・拡充され、市民の健康と福祉が環境関連のリスクや影響から守られる」(駐日欧州連合代表部HP)ことを目的とする「欧州グリーンディール」は、その核となる「脱炭素」政策に対して自動車業界が反発したことなどが欧州懐疑派にレトリックとして用いられ、「グリーンディール」の停滞が懸念されている。

フランス総選挙

この欧州議会選挙でマクロン大統領率いる与党連合はマリーヌ・ルペン率いる国民連合に倍以上の大差で敗北した。反移民、反EUを掲げていた以前と比べて穏健な政策とイメージを打ち出した(「脱悪魔化した」といわれる)ことで国民連合が勝利したとされたが、それを受けてマクロン大統領が下院(定数577)を解散し総選挙に打って出た。当初は「賭け」「kamikaze選挙」などと批判的な報道も目立っていた。

その批判通り6月30日に行われた第1回投票では、移民政策の改革、対移民サービス適応基準の厳格化などを打ち出した国民連合が勢いそのまま得票率でトップをとった。しかしフランスの選挙制度(小選挙区制)では、第1回投票で過半数を取れないと、上位2候補と、登録有権者数の12・5%を上回った候補で決選投票(第2回投票)を行う。今回の選挙は、この決選投票に進んだ選挙区が(前回は8選挙区であったのに対して)501選挙区に激増した。この決選投票でマクロンの与党連合と国民連合、そして左派連合である「新人民戦線」が競い合うこととなった。

7月7日の決選投票に向けてマクロンは「反国民連合」包囲網を作り、票の分散を防ごうとして先の第3位の候補者に辞退を促すなど、一見危うくも映る動きをした。しかしその結果、第1回選挙でトップに立ち過半数の議席獲得を目指した国民連合は前回の89議席から143議席と議席数を大幅に伸ばしたものの、当初の予想300議席を大幅に下回った。最大勢力になったのは「新人民戦線」で183議席を確保した。マクロンの与党連合は245議席から165議席と議席数を激減させたが、第2勢力に踏みとどまった。その後の政権交渉は大きな問題であるが、ルペンの国民連合が過半数をとるということはなかったのである(以上の結果はJETRO「フランス下院選、左派連合が最大勢力に、極右は失速」、『ビジネス通信』、2024年7月9日)。

これは決選投票という制度の結果であろう。ヨーロッパ政治に詳しい東野篤子が記すように、「1回目の投票結果で国民戦線・国民連合の台頭が可視化されるが、2回目の投票ではその傾向が抑制される、という現象自体はこれまでのフランスの選挙で繰り返し見られてきたこと」、すなわち「1回目の投票は感情や空気が支配しがち、2回目の投票では理性が支配しがち」な傾向がフランスの選挙にはある(東野篤子「実はさほど「大きな驚き」でもなく、「右傾化」とも「左傾化」とも簡単にはいえないが、おそらく禍根を残すことになったフランス議会選挙について」、note, 2024年7月8日、2024年7月25日)。決選投票によって、今回の国民連合の第一党は阻止されたのである。フランスの民主主義を伝統的に守ってきた政治制度が食い止めたといっていい。これは国民戦線(現国民連合)が台頭してきたときからの傾向である。ド・ゴールが復活させたフランスの伝統的な小選挙区2回投票制度がマクロンを救っている。

もちろん第一回投票で第一位であった国民連合の勢いを過小評価しているわけではない。国民連合の躍進は争点に依存するものではなく、苦労して育ちここまで努力してきた党首バルデラに対する支持によるという評価もある(朝日新聞、2024年7月25日)。見方次第では「脱悪魔化」とみなされている証拠であるともいえる。今後、政権交渉など課題はある。決して安堵してはならない。この点を強調して不安視する論調は多いが、伝統的民主主義を知る「理性」による極右の食い止めがなされた、と筆者は今回のフランスの選挙結果をみたい。

イギリス選挙

フランスが第一回投票結果で動揺する7月4日に下院(定数650)選挙が行われた。イギリスは周知のとおりブレグジットをめぐって保守党政権が混乱した。離脱交渉をめぐってリーダーシップの弱さを露呈したメイ首相のもと、2017年の総選挙では単独過半数を失い、他の小政党と協力することでようやく政権を維持できた。2019年選挙ではジョンソン首相で大勝したが、まもなくコロナ禍に入り、不祥事で支持率が低下してジョンソンは2022年7月に辞任した。次のトラスはイギリス史上最短の在任期間45日で辞任する。特にジョンソンからトラス、そしてスナク政権に至る経過は、個人的にはオイルショック時の「不満の冬」に次ぐ、戦後イギリス政治の混乱を思わざるを得なかった。

スナクはウクライナ支援の強化、プラス成長、インフレ率の安定を実現し、景気後退からの脱却を背景に予定よりも早い解散総選挙を発表した。保守党の支持率が低迷するなかで、早期に選挙に打って出たといわれている。それがこの時期に重なった。しかし結果は、労働党が211議席増の411議席を獲得するというブレア時代以来の400議席越えでの大勝利であった。

この大勝は、むしろ「保守党の大敗」と表現すべきで、保守党は251議席を失い121議席となった。14年にわたる保守党政権、特にブレグジット以降失態の続いた保守党への批判が渦巻いていた結果だとされる。現時点では筆者もそれに同意したい。

留意すべきは得票率である。労働党の得票率は33.7%(2019年と比べて1.6ポイント増)、保守党は23.7%(20ポイント減)と、議席数ほどの差はついていない。これはしばしばいわれる、得票数一位の候補者だけが当選する小選挙区制度の結果である。ここでもやはり従来からイギリス民主主義を守ってきた政治制度によって、この時期に行われた選挙で労働党が大勝した。

もちろん懸念材料はある。しばしば指摘されるのが、かつてイギリス独立党を率いてブレグジットを実現させたといってもいいファラージ率いる新政党「リフォームUK」が、「反保守党」を掲げて14.3%(12.3ポイント増)を得た結果、5議席を獲得したことだ。この「実績ある」新しい右派勢力の勢いを、新しい労働党政権は抑え込むことができるだろうか。

新しいスターマー首相は堅実で、ブレアのような派手さはない。またこの間労働党は、党内の反ユダヤ主義発言などをめぐる混乱で、コービン元党首を党員資格停止とし、NHS(国民保険サービス)の予約診療の増加(そのための非定住者など税優遇者の取り締まり)、違法移民の密航を手配する犯罪組織の取り締まり強化、初めて自宅を購入しようとする人への優遇などを公約として掲げて勝利した。有識者は、ブレア時代に似た、右寄りの公約で中間層を捕まえに行ったと評価する。

筆者はブレア時代の労働党政権を高く評価しているわけではない。むしろ労働党が作り上げた伝統的な福祉国家を自ら壊したとみなしている。ブレアのような派手さはないけれど、同じように右によっていると評価されているスターマー新政権は、何を保守党の対抗軸とするのだろうか。まだ十分にはみえないというのが正直な本音だ。

しかしながら、14年続いた保守党の新自由主義政権は自ら壊れ、新しい4年間が到来したことは確かなことである。多くの有権者は新自由主義路線の保守党に飽き、それとは異なる政権に期待しているといえないだろうか(以上のイギリスの情報は、BBC「【イギリス総選挙2024】 労働党が単独過半数、14年ぶり政権交代 保守党は現職閣僚や元首相ら落選」、7月6日、2024年7月25日)。

考察――ヨーロッパは極右とリベラルの戦いの場に

本稿では2024年の欧州議会選挙の結果における欧州懐疑派の伸長に注目しながら、その後突然行われたフランスと、現在EUには加盟していないがイギリスの総選挙の結果を概観してきた。特に後者2つについては、まだ「概観」ともいえない「感想」めいたものしか記せないのは筆者の力量不足である。ご了承いただきたい。

これらの選挙の結果として、確かに極右の伸長は全般的な傾向といっていい。しかし、欧州議会選挙結果のあと、紆余曲折を経てフランス、イギリスとも左派が右派・極右を押さえた結果となった。筆者は、これを、欧州議会選挙がきっかけとなって、その反動として「ヨーロッパを護る」という考えが各国選挙に反映されたと読みたい。異論はあるだろうが、やはりまだ欧州議会選挙は「セカンド・オーダー」の域を十分に脱しえず、ある意味「お試し」になった。それを受けて「本番」の国政選挙においてフランスでは第一回投票では圧倒的に優勢といわれていた国民連合が3位に沈んだ。イギリスではリフォームUKの議席獲得が注目されるけれども、まだ5議席である。いずれも各国の伝統的な民主的制度によって護られたのである。

ただし、根本的な原因であろうロシアのウクライナ侵攻が平和裏に解決されるか、何らかの形でヨーロッパの経済基盤が立て直されない限り、欧州懐疑派は伸長する原動力を保ち続ける。かつて筆者は、欧州で台頭するポピュリズムを支えるのは、新自由主義的な競争に疲れた人びとの「非合理」的な行動であると論じたことがある(『現代の理論デジタル』15号)。

その際「せめぎあう合理と非合理」と題したことは、先の東野の論考における「理性と感情」にあたる。生活コストの上昇に伴う生活苦が人びとを「非合理」な行動に向かわせる。それが極右の支持基盤となる。しかし、それで危機感を抱いた人びとは「ならぬ」と「合理」的もしくは「理性」的な――伝統的なヨーロッパの民主主義を護る――行動に向かった。欧州議会選挙の「非合理」な結果に気づいた人びとが「合理」的な行動を採り、「合理」的な選択をしたと読みたい。つまり今回の欧州議会選挙の意義は、ヨーロッパが極右に支配されるという危機感を高めたことによって、ヨーロッパの人びとのなかの「合理」性、伝統的なヨーロッパの民主主義を目覚めさせたことにあるのではないか。前々号でも紹介したベルギーの自由党元党首が力強く宣言したヨーロッパの民主主義の矜持――理性的な「対話」と「合意」――は終わることはない。

特にイギリスにおいて「労働党の大勝」という形で「合理」的な判断が顕在化したことには期待したい。先には懸念をいくつも挙げたが、戦後のイギリスは、評価はどうあれ、福祉国家、新自由主義、第三の道……とヨーロッパの公共政策の歴史の「顔」であり続けた。そのイギリスで保守党が大敗したことは、長きにわたって人びとを消耗させてきた新自由主義の無限の競争時代に陰りがみえてきたといえないだろうか。もしそういえるなら、人びとはこの5年間で理性を取り戻すはずだ。スターマー新政権が下手を打たない限り。

ロシアの脅威が去らない限り、少なくとも次の選挙まで5年ほど、ヨーロッパでは「合理」と「非合理」の闘いが続くだろう。前々号でこの欧州議会選挙の結果でヨーロッパが直面するのは「試練か、希望か」と問題提起した。まだ十分に回答できないものの、今号ではひとまず「待っていたのは『闘い』だ」が「そこに希望をみいだしたい」と答えたい。そしてそのカギを握るのは、実はスターマー政権が何をするかである。

最後にミュッデの結論は記しておくに値する。ミュッデが先の論考を執筆した時点でアメリカのバイデン大統領が大統領選挙を撤退することは報じられていなかったけれども、ミュッデは結論で今後のヨーロッパを左右するのは、実はアメリカ、しかもトランプだと記している。NATO嫌いのトランプが再選すれば、ヨーロッパの情勢に影響することは必須である。欧州議会だけをみて論じるのではなく、ヨーロッパだけではなく、世界が連動して動く、決選の年である。

 

追記 本稿は拙稿(2024)「試練か、それとも希望か 重要な2024年欧州議会選挙を待つヨーロッパの動向」、『現代の理論デジタル』37号 への応答として書かれた。筆者の問題意識についてはこれを参照いただければ幸いである。もう少し詳細な分析や議論は、後日記すこととしたい。

 

*本稿は、科学研究費補助金(基盤(C))「ベルギーの多層的な政治空間における同時並行的な連立交渉の過程と帰結」(研究代表者 松尾秀哉)の成果の一部である。

まつお・ひでや

1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、東邦ガス(株)、(株)東海メディカルプロダクツ勤務を経て、2007年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。聖学院大学政治経済学部准教授、北海学園大学法学部教授を経て2018年4月より龍谷大学法学部教授。専門は比較政治、西欧政治史。著書に『ヨーロッパ現代史 』(ちくま新書)、『物語 ベルギーの歴史』(中公新書)など。

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