特集 ● 内外の政情は”複雑怪奇”

緑の党が失墜、極右AfDが勢力拡大するドイツ

新勢力―「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)」党

在ベルリン 福澤 啓臣

6月6日から9日の間に欧州議会選挙が行われた。有権者は3億7千万人で、全体の投票率は51.8%だった。ドイツは64.8%と高かった。ドイツの有権者は6千5百万人なので、約4千2百万人が投票したことになる。投票権を今回から16歳に下げたので、5百万人が新たに投票した。欧州議会(705議席)はドイツに 96 議席を割り当てている。

1.欧州議会選挙:AfDの勢力拡大と緑の党の失墜

2024年と2019年のEU議会選挙得票率/ 2024年議席数/25歳以下の得票率

 同盟党AfDSPD緑の党BSWFDP左翼党その他
202430.015.913.911.96.25.22.714.2
201928.911.015.820.55.45.512.9
増減+1.1+4.9-1.9-8.6+6.2-0.2-2.8+1.3
議席数2915141265312
25歳下17169116728

(出典:第一公共放送ARD)

 

選挙の結果、第一勢力は、中道右派のキリスト教民主同盟・同社会同盟(CDU/CSU:以下同盟党)の30%で、1.1%伸びたが、議席数は29 と選挙前と変わらなかった。メルツCDU党首の人気もイマイチで、信号内閣の支持率の低迷ぶりからすれば、もっと伸びてもいいはずだが、国民はあまり期待していないようだ。同盟党が政権を担ってもドイツの現在の状況はよくならないという世論調査を示す結果に終わった。

第二勢力にのし上がったのは、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)で15.9%と大きく伸び、6 議席増の15議席を獲得した。AfDは、今年に入ってからの逆風やスキャンダル(『現代の理論』37号で紹介)にも関わらず、票を減らすことはないだろうという予想通りの結果だった。つまり、AfDには固定層、あるいは岩盤支持層が形成されているようだ。

第三勢力は社会民主党(SPD) で、2%減らし、2 議席減の 14 議席に終わった。

緑の党(B90/Gr)は 8.6%も減らし、9 議席減の 12 議席と第四勢力に後退した。緑の党は、大きく票を減らすのではないかと予想されたが、前回の20.5%から11.9%とほぼ半減した。2014年の支持率(10.7%)近くまで落ちてしまった。「高く上ると、落ちる時は深く落ちる」の諺通りになってしまった。

次は新しく登場したBSW党(後述)で、一挙に6議席(6.2%)を獲得した。支持層が重なるので、BSWがAfDの票を喰うのではと予想されたが、大量移動はなく、16万票流れたのみで、期待外れに終わった。

自由民主党(FDP)は5議席(5.2%)と辛うじて5%を超えて―欧州議会には5%条項はない―面目を保った。他の政党は、「その他」として、まとめたが、左翼党と自由投票者党は共に2.7%、Volt党は2.6%でそれぞれ3議席を得た。

若者の支持政党の劇的変化

今回のEU選挙では投票年齢が16歳に下げられた。16歳から24歳までの若者層における政党別支持率を見てみると、目立つのは、緑の党の壊滅的な減少だ。5年前は、気候変動の危機に立ち上がったFFFの若者たちの活動などが追い風になり、34%も獲得したが、一挙に11%と三分の一に減ってしまったのだ。反対にAfDは選挙直前のスキャンダルにもかかわらず11%も増えて16%にも達した。同盟党は5%増えて17%を得た。

若者たちの間でAfDの支持率が大幅に増えた理由として、主要メディアも分析しているように、さまざまな危機による社会不安とAfDのTikTokをはじめとするソーシャルメディアの有効な活用が挙げられるだろう。今日の若者は、新聞もほとんど読まず、情報源としてTikTokなどしか日頃見ていないようだ。AfDがTikTokを積極的に活用していたことは前から指摘されていたが、主要政党は対応しなかった。EU選挙の2ヶ月前にショルツ首相がやっとTikTokにアカウントを開いた。地味な内容でとても若者たちを惹きつけるとは言い難いものだったが、予期に反して現在政治家のフォロワーの数では20万人以上と三番目に多い。トップは二人の女性で、今回詳しく紹介するヴァーゲンクネヒト氏の32万人だ。続くのはAfD共同党首のヴァイデル氏の28万人だ。

さらに今回の選挙の特徴として、弱小政党が―5%条項がないので―合計すると28%と多くの票を得たことだ。特にVolt(名称はEU内で簡単に通じるようにという意味でつけた)という政党が7%も得た。Voltは最も積極的にEU改革を求めている。まずEU全体を連邦制にして、国々は連邦(州のような)メンバーになる。そしてハンガリーのオルバーン首相などが多用して、多くの政策をブロックしてきた全会一致制は廃止する。2035年までに全エネルギーを再エネ化するなどで、これまでの緑の党のプログラムをより積極的に進めた改革案を掲げている。Voltは全年齢の得票では2.6%を得ている。選挙後緑の党と連携すると発表しているので、両党合わせると、15%ほどになる。

緑の党の失墜

なぜ5年前のEU議会選挙で大躍進した緑の党が、大きく失墜し、AfDが逆に躍進したのかは、単一の因果関係では説明できない、と多くの政治評論家は述べている。大方の意見―筆者も含めて―では、将来への不安が決め手になったのではないかという点で一致している。この5年間で、コロナ危機による社会的な停滞、経済不振、学校封鎖、続いてプーチンによるウクライナ侵攻が始まる。すると長い間経済的な成功をもたらしてきたジャーマン・モデル(ロシアからの廉価な化石燃料の安定供給)が崩壊し、エネルギー危機、インフレ、経済の停滞、信号政府の不手際と将来の明るい展望につながる要素はほとんどなかった。

特にこの3年間の信号政権は赤・緑・黄の三党間の不協和音ばかりが目立ち、国民に見える実績は少なかった。昨年の建物暖房法でのハーベック経済大臣(緑の党)の失政も影響しているだろう。それと緑の党は高い道徳的規範を掲げ、市民の日常生活に改革を求めているのが、国民の一部には、上から目線の政治と受け取られている。さらに同党の党員の教育レベル、収入は政党の中で最も高いので、エスタブリッシュメント層を代表する党と見られ、ポピュリズム支持層から反感を受けやすい。

スキャンダルが起きてもAfDへの支持は減らない

今年初めにポツダムの高級ホテルで超極右のグループとAfDの幹部たちが会合し、政権獲得後の政策として、移民系のドイツ人らを強制的に移住させる計画などが話された、とあるメディアが報道した。それをきっかけにドイツ全国で右翼反対のデモが起こった。時には数万人、全国で数10万人を超えるほどの反極右の大きなうねりになり、一時は世論調査で22パーセントもあったAfD支持率が18%ほどに下がった。

さらに欧州議会選挙直前になり、筆頭候補のマクシミリアン・クラーがロシアや中国からお金を受け取っていたと報道された。加えて彼の事務所の中国人職員がスパイの容疑で逮捕された。追い打ちをかけるように、あるインタビューで、「ナチス親衛隊全員が犯罪者とは言えない」と問題発言をした。憲法擁護庁による疑惑極右政党の判定やこれらのスキャンダルにも関わらず、選挙ではAfDへの支持率は減るどころか、逆に増えているのだ。

そのため自信をつけたAfDの党首たちは、特に政党として第二勢力になってからは、SPDや緑の党やFDPからの批判に対し、「我々の方が国民の信頼は厚い」と胸を張って言い返している場面がよく見られる。

2.民主主義を守る憲法擁護庁や司法

ドイツ社会の民主主義と安全を守る機関として連邦憲法擁護庁(以後BfV:職員=4400人)がある。連邦憲法擁護庁が6月18日に2023年の年次報告をした。ナンシー・フェーザー内務大臣(SPD)とトーマス・ハルデンバング長官が記者会見を行い、400ページもの報告書を提出した。

それによれば、ドイツでは民主主義体制を脅かす活動がますます増えている。それらは、ロシアからのサイバー攻撃とスパイ活動から始まって、イスラム教徒、極左および極右グループの活動だ。極右勢力は4万600人で、1万4500人が暴力派と言える。2022年はそれぞれ3万8800人と1万4000人だった。極左勢力として見なされているのは、3万7000人で、この内1万1200人が暴力を辞さない勢力だ。イスラム勢力として見なされているのは、2万7200人だ。現時点では極右からの脅威が最も大きいと結論づけている。

連邦憲法擁護庁の任務は、民主主義を脅かす人物や団体を監視する機関として情報、特に事実情報、個人情報、文書情報を収集し、分析することである。監視の第一段階では、一般に公開されている新聞などで得られた情報を基にして、ある人物やグループが民主主義に反する発言や行動をとっているかを調べる。

第二段階では民主主義を脅かす疑惑が強くなると、疑惑人物・団体と判定され、具体的に監視する。その判定は告知される。

第三段階では確定と判定される。すると禁止される可能性が高くなる。

この第二、第三段階と判定されると、BfVには電話の盗聴、郵便の中身の取調べ、尾行などが許される。団体の場合は捜査員を潜入させることができる。この場合は、BfVの捜査員が直接潜入するよりは、団体内のメンバーを金銭的な恩恵などによって、情報提供者にさせるケースが多い。ただ監視対象者との接触が密なので、コントロールが難しい。その上、裁判になった時に、彼らは供述を免責されるから、取り調べに支障をきたすなど問題がある。

前号で紹介したように、ドイツはホロコーストを忘れないように記憶文化の保持と育成に力を注いでいるが、その反面、ナチスに関するシンボル、文言の復活及び普及を厳しく取り締まっている。そのため、特定の民族主義的表現やシンボルは憲法違反とされ、禁止されている。それらには、主にナチズム、差別主義的イデオロギー、または民族憎悪に関連する用語、シンボル、組織などがある。

禁止事項には:

1. ナチスのシンボルおよびプロパガンダ

ハーケンクロイツ(鉤十字)
鉤十字付きの鷲(第三帝国で広く使用されたシンボル)
ヒトラー式敬礼(手を斜め上に伸ばして敬礼する)
スローガンと標語:「ハイル・ヒトラー(ヒトラー万歳)」などの言葉。

2. 禁止された組織とそのシンボル

国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)、突撃隊(SA)、親衛隊(SS)、ヒトラー・ユーゲントなどの組織。
ネオナチ:ナチズムのイデオロギーに基づく現代の極右グループ。

3. 民族憎悪を助長する発言

人種差別的および反ユダヤ人的発言。特定の人口集団に対する憎悪や暴力を助長する言葉や文章。ホロコーストを否定、軽視、または賞賛すること。

4. 民族主義的、または人種差別的なイデオロギー

「民族共同体」や「民族体」といった、差別的文脈で使用される民族的に均質な社会を提唱する用語。

ドイツの国歌も民族的差別的フレーズが含まれるとされて、容赦ない。ドイツでは19世紀以来ハイドン作曲、フォン・ファラースレーベン作詞の「ドイツの歌」が、長年―第三帝国でも―国歌として歌われてきた。ドイツ連邦国では1952年以来「世界に冠たるドイツ」などの基本法の精神と合わない歌詞が含まれる一番と二番を歌わないで、三番のみを歌うようになっている。ナチス時代には二番と三番は歌われなかった。

このように歴史的な文脈が重要だ。普通なら全く問題のないスローガンに「Alles für Deutschland」がある。「全てをドイツのために」という意味だ。だが、政治的な集会などで、これを言うと、「全てをドイツに(捧げる)」となり、ナチスのスローガンになる。ナチスの突撃隊SA(SSの前身)が、集会で声高く叫び、ヒトラー・ドイツに忠誠を誓った歴史があるからだ。彼らの短剣にも刻まれていた。

これをチューリンゲン州AfD党首のビョルン・ホッケ―彼は裁判所お墨付きのファシストだ―が集会で発言し、訴えられた。裁判では彼は知らなかったと弁明したが、ギムナジウムの歴史の教師であったホッケが知らなかったことはあり得ない、と裁判官が判断し、有罪(1万3000ユーロの罰金=195万円)になっている。さらにホッケは、昨年他の集会で、このフレーズの最初の言葉「Alles」だけを言って、集会の参加者に残りを言わせたので、再度有罪(260万円の罰金)になっている。両件ともホッケは上告している。

最近ブレーメンの男性がデモの最中に左手を上に伸ばして、例の「ヒトラー敬礼」をした。裁判になり、本人は左手なので、問題ないだろうと無罪を主張したが、裁判官は右だろうと左だろうと、憲法に違反するシンボルを示したとして、約10万円の罰金刑を言い渡した。男性は上告したが、破棄された。

バイエルン州では、これらの犯罪に対して刑罰を重くしている。「ヒトラー敬礼」をした場合、罰金はこれまで1ヶ月分の給料額だったが、2ヶ月分にしている。あるいは70日間の拘留だ。

極右グループの武装政府転覆事件に関するマンモス裁判が5月に始まった。昨年暮れに「帝国市民」などによる「愛国者連盟」が政府の武装転覆を企てた疑いで27名が逮捕された。彼らは「テロ組織の結成」の罪で起訴された。その中心人物ロイス王子らの大規模裁判が始まったのだ。元裁判官でAfDの元連邦議員のビルギット・マルザック=ヴィンケマンもその一人だ。人数が多いので、フランクフルト、シュトゥットガルト、ミュンヘンの三箇所で行われている。規模も規模だが、期間も相当長いマラソン裁判になると見られている。

3.難民の国外退去(強制帰国)の困難さ

世論調査によると、政府や与党への不満として、「難民問題に真剣に取り組んでいない」が大きな比重を占めている。たしかに国外退去数も首相が約束したほど大幅に増えていない。数字を見てみよう。昨年ドイツは1万6430人を国外退去にした。難民の亡命申請者は33万4100人であった。これでは増えるばかりだ。

2015年のメルケル首相の大量難民受け入れ以来、AfDには追い風が吹き続けている。難民受け入れ反対を叫べば、AfDへの支持票は増えるのだ。元AfD幹部のラース・ヘルマン氏が最近TVのインタビューで「メルケル首相の大量難民受け入れがなかったら、AfDは存在価値のない小政党で終わっていただろう」と述べている。振り返ってみると、日頃クールなメルケル首相が感情を込めて、「私たちにはできる」と国民に訴えた一言で、100万人もの難民を、人道的見地からだと言っても、それもほとんど準備なしで、短期間によく受け入れたものだと思う。

EU選挙1週間前の5月31日にマンハイム市で起きたアフガニスタン人による警官殺しはAfDにとって強烈な追い風になったに違いない。この容疑者は街中のマーケットで人々に斬りつけ、駆けつけた警官を刺し殺したのだ。この事件はドイツ社会に衝撃を与えた。そして、難民受け入れに反対する国民の一部にますます強い反対感情を引き起こし、彼らを国外に退去させられないショルツ政権へ不満を募らせた。特に緑の党は憲法が保障する基本的人権をきちんと守ろうとするので、攻撃の的になっている。

容疑者は、10年前にアフガニスタンから15歳の時にドイツに難民として入国してきた。ドイツ人と結婚し、すでに二児の父親である。犯行前までは警察などの目には全く触れず―警戒網に引っかからず―に、ある意味でドイツ社会に適応したケースとして見られていた。ということは、最近短期間にテロリストへの変貌を遂げたようだ。このような場合、警察は手の打ちようがないと自己弁護している。同時にこのケースは複雑な問題を投げかけている。

40万人以上のアフガニスタン人がこの10年間で難民として入って来ている。2年前にドイツ軍が米軍と共にアフガニスタンから撤退して以来、ドイツは3万4千百人を受け入れている。彼らの多くはドイツ軍の通訳や運転手をしていたので、タリバン政権から裏切り者として扱われるリスクが高い。さらに女性開放などの運動に参加していた女性たちも、危険に晒されているので、人道的見地から受け入れられている。

亡命希望者(難民)はドイツに入国すると、亡命申請をする。審査の結果、出身国によって大きな違いがあるが、平均すると50%は拒否される。これらの拒否された亡命申請者は現在90万人滞在している。彼らにはさらに上告するなどの法的手段がある。それが尽くされて、最終的に国外退去が決まる。亡命が認められている場合でも、滞在中に犯罪を犯した場合は国外退去になる。これらの退去確定者が現在14万2300人滞在している。彼らは本来なら速やかにドイツから国外退去になるはずだが、それが簡単にできないのだ。

まず出身国が内乱や独裁政権下などで身柄の安全が保障されない場合、国外退去させられない。次に当人の出身国が受け入れを認めない場合も退去させられない。国交のないアフガニスタンなどにももちろん戻せない。国との交渉は外務省と内務省の管轄になる。

法的手段が尽くされ、出身国政府が同意して、退去の日が決まると、本人に1ヶ月前に伝えられる。その日が来ると、州政府からの指示に従って地元の外人警察が本人の住居に行って、飛行場に連行する。本人を飛行機に乗せて、出身国まで連れて行くのは、連邦警察の管轄(国境警備)になる。だがその前に、本人が姿をくらましてしまう場合もある。そのようなことを防ぐために、退去の日を伝えないで不意打ちをするとか、これらの人々を事前にどこかに留めておくなどの案もあるが、まだ法制化されていない。

このように連邦政府(外務省と内務省)、州政府(裁判所、外人警察)、さらに連邦政府(連邦警察)と複雑な連携プレーが必要になる。

様々な法律上、それに人道上の困難があるかもしれないが、このような国外退去確定者及び犯罪者は、なんとしてでもドイツから追放すべきだという国民の感情も無視できない。強行意見としては、パキスタンとアフガニスタンの国境まで連れて行って、アフガニスタンに追いやればいいなどがある。あるいは、第三国と協定を結び、そこに難民センターを作り、収容してもらうなどの案があるが、即効薬ではない。

ちなみにAfDは党の綱領で、移民を実質的に受け入れていない日本の移民政策をモデルとしてわざわざ取り上げ、高く評価している。

4.ドイツ政治の台風の目になるか:BSW党

拙稿ですでに触れている新党「ザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟=理性と公正のために(以下BSW)」は、最初の選挙の欧州議会選挙で一挙に6%も得票し、幸先良いスタートを切った。特に旧東独州での得票率は10%と高かった。この勢いが続くと、今年9月の旧東独三州の州選挙と、さらに来年の連邦議会選挙で台風の目になりそうだ。

昨年10月23日にヴァ―ゲンクネヒト氏(以下SW)は左翼党(Die Linke)からの離党を宣告した上で、今年1月に新党BSWを創立した。

SW氏はこれまで、2007年に結党された左翼党の創立メンバーの一人で、一時は同党の院内総務などの要職に就いていた。加えてジャーナリストとしても活躍している。党の方針に一致しない独自の意見を主張することも多々あった。特に昨年は難民問題やウクライナ戦争などの点で党と意見が衝突したので、いつ左翼党と袂を分かち、独自の政党を創立するだろうか、と噂が飛び交っていた。

左翼党は、2005年に当時のシュレーダーSPD首相の新自由主義的な改革路線に不満を持つSPDの左派に、旧東独の独裁政党だった「ドイツ社会主義統一党」(SED)の後継政党「左翼党ー社会民主党」が加わり、結成された。同年の連邦議会選挙では、8%を獲得し、第四政党になる。2007年にはSPD左派の重鎮ラ・フォンテーヌ財務大臣(ヴァーゲンクネヒト氏と2014年に結婚)が加わった。

左翼党からの離党には10人の連邦議員が行動を共にした。BSWの共同党首のモハメッド・アリ氏もその一人である。このように二人の女性が党首を務めている。残された左翼党は、議員の数が28名に減ってしまい、議会において党派(フラクション)としての資格(37名の議員が必要)を失ってしまった。

BSW党の特色は、社会の富の格差を生み出す資本主義を激しく批判し、格差解消のために税制改革及び社会福祉の強化を求めている点だ。外交面ではロシアと友好的な関係を復活するように求めている。この点ではAfDの外交方針と変わらない。具体的にはロシアへの経済制裁に反対し、ドイツはロシアからガスなどの化石燃料を以前のように輸入すべきだと主張している。ドイツを含めたNATOのウクライナ軍事支援はウクライナ戦争を長引かせ、犠牲者を増やすばかりだと主張し、ウクライナへの武器供与をやめるように訴えている。すると、戦争は終わり、ウクライナもロシアも貴重な人命の犠牲も止められると主張している。言外にウクライナはロシア軍に占領されてしまっても仕方がないと言いたいようだ。それとショルツ首相の「時代の転換」宣言以来の防衛強化に反対している。多額の防衛予算は社会の弱者のために使うべきだと要求している。

BSWのプーチンよりの姿勢は、今年の6月にウクライナ大統領がドイツ連邦議会でスピーチをした時に、同党の議員がこぞって席を離れたことにも示されている。同時に発表されたコミュニケでは、ゼレンスキー大統領が和平交渉を拒否しているので、プーチンに核戦争への道を歩ませていると述べている。このような発言は、「西側のNATO拡大がプーチンにウクライナ侵攻に踏み切らせたのだ」との彼女の主張の延長線上にある。

ザーラ・ヴァーゲンクネヒト氏は、頻繁にテレビの政治トーク番組に登場し、激しい資本主義批判、特にドイツ社会における貧富の差の拡大を鋭く批判している。主要政党の政治を真っ向から攻撃するので、目立つ存在である。だが、その端麗な容姿と一分の隙もない着こなしとは、なんとなく一致しないと感じているのは、筆者ばかりではないだろう。敵も多いが支持者も多い。特に旧東独では人気がある。自分の政党に自分名を付けたのも、ある意味で彼女の自意識を表していると言える。

SW氏は、ユニークな経歴を持った政治家だ。生まれは旧東独で、父親はイラン人の留学生で、母親はドイツ人。父親はイランに戻って以来、行方が知れない。成績の優秀な生徒として学校では早くから目立った存在であった。共産主義者として自覚するのも早かったようだ。大学までの人生をライプチッヒで送り、大学の卒論には「若きマルクス論」を執筆し、90年代に西ドイツの有名出版社から出ている。博士論文も同じ出版社から出ている。

ヴァーゲンクネヒト氏は1989年の壁の崩壊を反革命だと批判したこともある。東ドイツ(ドイツ人民共和国)が国家として消滅し、監視社会が崩壊し、自由社会が到来したことを、ほとんどの東の人々は諸手を挙げて歓迎した。だが、社会主義社会の消滅を受け入れたくない人々もいた。壁の崩壊直前にSEDに入党した20歳のSWもその一人であった。彼女は「自由の到来は歓迎するが、旧東独の比較的平等な社会で生きてきた同胞がいきなり弱肉強食の資本主義社会に投げ込まれた」として批判している。

5.旧東独三州の選挙予想と決定権を握るであろうBSW

9月には、旧東独三州で州議会選挙が行われるが、7月半ばの複数の世論調査の平均値を「ドイツ・ネットワーク編集社」が発表したので、見てみよう。

 CDUSPD緑の党AfDFDPBSW左翼党その他
チューリンゲン州22742922014
ザクセン州2977301539
ブランデンブルク州19197253136FW=5

チューリンゲン州(現在左翼党のラメロー州首相がSPDと緑の党の三党で少数内閣を組んでいる)では、CDUとSPDが合わせて29%で、やっとAfDと肩を並べられる。左翼党の14%が加われば43%になるが、これでも少数内閣だ。だが、CDUが左翼党とは連立は組まないと前から断言しているので、成立し難い。だが、BSWと連立すれば、左翼党抜きで三党の安定連立政権が組める。その場合、BSWが決定権を握ることになる。

ザクセン州(CDUのクレッチマー州首相がSPDと緑の党と連立)では、現在の三党連合は、過半数におぼつかない。だから、ザクセン州でもBSW次第になる。

ブランデンブルク州(SPDのヴォイトケ州首相にCDUと緑の党が連立)は、緑の党が5%を越えれば、かろうじてAfDとBSWを抑えられるが、それには左翼党と自由選挙人党(FW)が反対しない限りという条件が付く。

現在ドイツの議会は夏休みに入り、8月いっぱいは開かれないので、政治的には大きな動きはないだろう。つまり、現在の支持率に大きな変動はないと見られる。特にチューリンゲン州とザクセン州では、夏休み明け直後の9月1日に投票されるので変化はないだろう。ブランデンブルク州の投票日は9月22日だ。

現在ドイツは夏休みシーズンの真っ最中だ。学校は州別に6月20日から9月9日の間に次々と6週間の夏休みに入る。全国で一斉に休暇に入ると、アウトバーンや飛行場や宿泊地のホテルなどが混み合うので、ずらしてあるのだ。学校だけでなく、職場もグッと人が少なくなる。ドイツ人の年間休暇数は30日で、そのうち平均旅行日は12日間になる。夏になると世界中でバカンスを楽しんでいた。コロナ危機で旅行できなかったが、昨年からまた旅行に出るようになった。しかし、FFFや緑の党が市民にCO2フットプリントを意識するように訴えていた効果があったようで、ドイツ国内での休暇や自宅での休養が多くなっている。(ベルリンにて 2024年7月21日)

 

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonaraNukesBerlinのメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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