特集 ● 内外で問われる政治の質
万博開催1年切る 未だ迷走、課題は山積
揺らぐ維新、「第2自民」の道模索も
大阪市立大学元特任准教授 水野 博達
「メン玉」六つのミャクミャク、これって何?
開催予定日は、2025年4月13日。準備期間が1年を切った大阪・関西万国博覧会(以下、「万博」と略す)。そんな中、大阪市庁舎正面の万博キャラクター「ミャクミャク」が何者かによって傷つけられた。この事件は、しかし、さして人々の関心を呼ばなかった。
万博に対する人々の関心は低く、「お祭り機運」は盛り上がっていない。むしろ、マイナスの関心の方が高い。「本当にできるの」「赤字がでたらどうするの」等など。関係者の中でも万博開催に関わって心配と不安が渦巻くばかりだ。やがて上手くいかない責任のなすり合い、いがみ合いの争いが巻き起こることが心配となる。
上手く行っていない現状やその問題点等は、追い追い述べていくが、機運の上がらぬ最大の原因は、やはり、この巨大イベントの万博にふさわしい「目玉」がないことだ。1970年の大阪万博は、「宇宙時代」の到来をイメージさせるアメリカ館の「月の石」の出展や岡本太郎の「太陽の塔」など人々の興味と関心を引きつけるものがあった。今回は、それがない。
344億円を投じる直径675㍍,1周2㌔、高さ12~20㍍の木造建造物の大屋根(リング)を「多様でありながらひとつ」という万博の理念を表す「シンボル」だと言うのだが、ピンとこない。トイレに2億円をかける意義も不明だ。
とにかく、「いのち輝く未来社会のデザイン」という大阪万博のテーマを想起させる「目玉」がないのだ。
青色は、清水を、赤色は、細胞と、2色でデザインされた万博キャラクター「ミャクミャク」。なんとも奇妙な姿の顔と思しき個所に五つ、お尻にも「メン玉」が一つある。六つの大きな「メン玉」は、この万博に「目玉」がないことを逆にハッキリさせるブラックユーモアと見れば、それも面白い。さすが大阪出身の絵本作家・山下浩平のお笑いセンスだ。そういえば、「ミャクミャク」は、筋肉とメン玉だけで、骨はない!そこは、未来へのしっかりした構想(骨組み)のない万博と共通なのだ、と妙に納得してしまう。
そんな、こんなで悪戦苦闘が続く開催準備作業。そこで勃発したのがガス爆発事故だ。
夢洲1区でガス爆発が発生!
3月29日、大阪万博の野外イベント広場の工区でガス爆発!溶接の火花に可燃性のメタンガスが引火し、コンクリート製の床の一部が砕けた。かねてから指摘されていた不適切で危険な万博予定地の実態があらわになったのだ。
夢洲は、もともと大阪湾の軟弱地盤をコンクリートで囲い、ごみなどの廃棄物処分場として利用してきた。投入された廃棄物の上に、土砂を積み上げて万博開催用地に造成したもので、地下から可燃性のガスが発生する危険性が指摘されていた。万博協会は、工事エリアの地下に配管を通す配管ピットにたまったガスの一部が地上に漏れて出て引火したと説明している。
4月18日、大阪教職員組合など3団体が「万博開催中も同様な事故が起こる恐れがある」と、安全が確認できるまで各校への来場意向調査を止めるように求めた。協会は、同月19日に「メタンガスが出てもすぐ燃えたり爆発したりするわけではない。安心して会場に来ていただけるよう、対策をお示ししたい」と、会見で述べている。
どれくらいの可燃ガスが発生するのかといった科学的調査・検証抜きに「メタンガスが出てもすぐ燃えたり爆発したりするわけではない」との言い逃れの説明は、事故を小さくみなし、「火消し」を図るための見解だと言わざるを得ない。
萎む「お祭り機運」 売れない前売り券
今年4月20,21日の朝日新聞全国世論調査では、万博「賛成」47%、「反対」45%と拮抗した。関東では「賛成」42%、「反対」51%で、近畿では「賛成」56%、「反対」40%であった。昨年11月の同全国世論調査では、万博「賛成」は45%、「反対」は46%で、維新の支持者でも「賛成」5割強、「反対」が4割であった。いずれにしても「賛否」の差は縮まってきている。
別の大阪府・大阪市の調査では、「万博に行きたい人」は、2021年度では51.9%、2022年度では41.2%、2023年度では33.8%で、「行きたくない」が45%であった。年々機運が萎んでいる数値だ。
実際、11月30日から始まった前売り券は、今年4月10日現在、売れたのは約130万枚で、計画の1400万枚の9%という惨状である。運営費を賄うのは、入場料金。入場券販売目標を2300枚と設定しており、その6割にあたる前売り券の目標が、この1400万枚ということを考えると、先行きが危ぶまれる。関西経済連合会の松本正義会長は、「半分の700万枚は企業単位でまとめて買う予定で心配ない」と言っているが、果たしてそれだけ企業が購入するであろうか。また、それ以外の個人に700万枚も売れるであろうか。
とにかく入場料金が、高い。当日券は、大人7500円、中人(12歳~17歳)4200円、小人(満4歳~14歳)1800円で、各種前売り券では、大人で4000円、5000円、6000円、6700円等と設定されている。2005年の愛知万博4600円と比べても高いのだ。
チケットが売れない理由は、そもそも万博の「目玉」がなく、魅力がはっきりしないということに加えて入場料が高いということがある。そして、もう一つ売れない理由には、チケットが「電子チケット」であることだ。
チケット購入から来場・観覧などもスマートホン・PCを通じて入場日時を事前予約させ、情報による人流を管理・統制するシステムとなっている。チケット購入から来場までは、まず、スマートホン・PCを通じて①万博のID登録、②チケット購入、③来場日時の予約、④観覧したい企画の予約、⑤予約日時に会場へ、という五つの段階を踏むことが求められる。情報管理にとって①の「万博のID登録」は、必須。各種チケットは、来場期間がそれぞれ定めらており、③④⑤は、その期間内であれば日時、観覧企画などの予約を変更することができる。だが、電子チケットに慣れない人にとっては、まず、①の段階で戸惑い、③④⑤の手続きに煩雑感を抱くことになる。なぜ、こんな面倒な「電子チッケト」にしたのか。それは、また後で述べることにするが、やはり、煩雑感が付きまとう。
ところで、先に述べた大阪教職員組合などの「安全が確認できるまで各校への来場意向調査を止めるように」との申し入れは、吉村大阪府知事が、府内の小中学校の生徒を万博に招待する方針を立て、各校に来場意向の調査をしていることに関わる申し入れである。不人気な万博の来場者を増やすため公金を使って子供を学校から集団的に動員しようとする維新の政策への批判も出されていた。大阪府としては、1回は、府の予算で、2回目からは、各市町村の判断で、万博招待を検討してほしいと要望していた。このような行政権限を使った「万博動員」への反発・抵抗の意識が、この申し入れの背景にあると見られる。
開催期日にたどり着けるか 課題は山積み
パビリオンの建設など関連工事が大幅に遅れていることについては、本誌36号(2023年11月)でかなり詳しく述べたので、重複は避けるが、準備期間が1年を切った今日でも、11月時点で指摘した工事の遅れは、基本的に変わっておらず、依然深刻である。
4月12日現在、参加国が自前の予算で設計・施工する「タイプA」のパビリオンで着工済みが14施設、未着工が34施設、 「タイプA」断念が8施設である。未着工が34施設の内、建設業者が決まっていない施設が16施設だという。更に詳しく見ると、大阪市に「基本設計」を提出している施設は約40施設で、残りの10施設程が未提出となっている。着工までの必要な大阪市の審査は、3か月余りかかるので、着工は早くても夏以降になるという。しかも、施工を担当してくれる業者を決めるのにも相当の困難が伴う。建設業者は、資材等の高騰と人手不足、しかも、この4月から時間外労働などの労基法の厳格な遵守が求められる中で、タイトな工期で工事完成を強いられる。だから、万博の仕事を受注することを避ける傾向が強いからだ。万博の工事は、掛かるコストと責任に比して価格が見合わないのが現実で、この問題の解決の道筋は、未だはっきりしないのが現状だ。
会場建設以上に難問は、会場へのアクセスだ。万博来場者2,820万人を想定し、ピーク時には一日の来場者22.7万人と試算されている。
大阪湾に浮かぶ夢洲へのアクセスは基本的には、①コスモスクエア駅から万博会場駅(夢洲駅)まで延伸する大阪メトロ中央線、②JR桜島駅から会場へのシャトルバス、③淀川左岸を通るターミナルからのシャトルバスの3ルートである。
大阪メトロ中央線で12万4000人、10主要駅からの「駅シャトルバス」で2万6070人、尼崎市と堺市の自家用車の駐車場から「パークアイランドシャトルバス」で3万6000人、中長距離直行バスで6000人、空港(伊丹と関空)からの「空港直行バス」で2800人を計画。自家用車は、混雑回避のため直接会場へのアクセスは禁止し、「パークアイランド」でシャトルバスに乗り換えが求められる。(この他団体バス、タクシー、船、自転車なども想定されている)
海上の人工島の万博会場へ至るルートの実体は、実は2本。大阪メトロも通る港区からの「夢咲トンネル」と此花区から人工島・舞洲に渡り、「夢舞大橋」経由で夢洲にアクセスするルートである。この2本の通路に人と車が殺到する。混雑、混乱しない訳がない。しかも、万博開催中、会場の隣の敷地でIR・カジノの建設工事も始まり、工事用車両とシャトルバスが、「夢咲トンネル」と「夢舞大橋」経由で行き来する。
先に述べた万博入場チケットは、「電子チケット」である。この「電子システム」を使って、入場日時を事前予約させ、会場の入場時間や駐車場の利用予約等を調整・コントロールして混雑を緩和する「需要平準化策」を図る。また、鉄道の運行本数やシャトルバスの路線増や増便で「供給拡大策」という一方の策と組み合わせて円滑な会場への移動と退場を実現して混雑・混乱を解決することが計画されている。チケット購入が面倒な「電子チケット」は、実は、万博関連の人と車の流れを管理・統制する要のツールなのだ。
こうした対策にもかかわらず、大阪メトロ中央線の運行本数をピーク時に、16本から24本に増やしても予想混雑率は140%に跳ね上がる。また、会場最寄りの阪神高速道路「湾岸舞洲出口」周辺の車の渋滞は避けられそうにない。さらに言えば、入場時刻を予約・指定し、駐車場利用を予約制にして実現するという混雑緩和策は、鉄道・バスの運行が人為的ミスや地震・台風・大雨などの自然災害や事故、あるいは、通信・情報システムの不具合が発生すれば、各所で管理機能が破綻し、収拾のつかない混乱が起こる。大量の情報収集で予測され、計算されたはずの人流の規制や統制が無効となるのだ。この結果は、万博関連の移動手段の混乱にとどまらず、阪神間の道路と交通網に混乱をもたらすことになる。
要約すれば、万博の最大の≪ボトルネック≫は、海上の人工島へのアクセス・ルートが2本しか設定できていないことだ。だから、万博開催中、時差通勤・通学や迂回出勤、さらには、テレワークなどで万博の混雑期を3割から7割減らすことも検討し、この秋に試行実験をするとしている。通勤・通学で大きな影響を受ける大阪・近畿圏の住民から「万博の旗振り役」の維新の会や大阪府市行政へ怒りや抗議の声が湧き上がりかねない。
果たしてできるか 安心・安全な万博運営
さらに解決の見通しが立たないのは、万博の安全で円滑な運営に不可欠な労働力の不足の問題がある。
その一つが、建設労働者の不足だけでなく、万博関連の車を運転する労働者不足だ。「時給2000円、経験不問」を謳う広告が市バスにも吊るされている。短めの勤務時間は示されているが、どんな車両の運転なのかは、表示されていない。とりあえず足りないから募集広告を出しておこうという焦りが感じられる。
実際、万博のシャトルバスの運行に不可欠な運転手が全く足りないのだ。JR桜島駅から会場までのシャトルバスの運転手だけでも100人程足りないという。このルートだけでもこれだけの不足だ。10路線あるシャトルバスの運転手をどれだけ確保しないといけないか、その数値を万博協会は示していない。協会は昨年11月、全国から運転手の公募を始めた。来年1月に運転手と契約するという。全国旅行業者から貸し切りバス業者に運転手を募ってもらい、シャトルバス運行事業者に斡旋して、出向という形で運転手を確保する計画だという。
しかし、近畿圏だけでなく、バスの運転手不足は全国的状況なので、この全国から運転手をかき集める「作戦」が成功する見込みがある訳ではない。実際、運転手を万博に出向させたバス業者の欠員分の損失補償はどうするのか、実施に際して会社への補償や地方から出向してくる運転手への旅費や滞在費用を含めた待遇に関する詰めは、大丈夫なのか。ここでも解決すべき課題が多い。
また、運転手不足を補うため、舞洲の場外駐車場と会場を結ぶ3.8㌔の公道と会場内の外周4.8㌔の二つのルートを「レベル4」(特定条件下で完全自動運転)の自動運転バスを走らせることも計画している。準備期間が短い中で、自動運転車両を用意し、実際に、二つのルートで試験運転を繰り返して安全運行を確認する作業が必要である。会場内の外周路は、まだ整備されておらず、また、これから万博工事車両が頻繁に行き交う舞洲から会場への公道で実証実験が十全に実施できるかなど、現実的に考えれば、この計画には疑問符が付く。
二つ目は、万博の工事現場や会場内外の車の誘導、イベント会場の安全管理などを担う警備員の不足である。「3K」のイメージを持たれるが、建設工事現場などでは、警備員の配置は法的に決められている。この仕事は、ただ路傍に「立っているだけ」では、役に立たないのだ。人や車の誘導に関わる業務には、「交通誘導警備業務」の資格制度があり、専門的な知識・訓練と経験が求められる。
警備業界は20年以上前から慢性的な人手不足が続いており、今年2月時点での有効求人倍率は、全業種の1.20倍に対して6.73倍である。足りない警備員の争奪戦が普段から都市部では激しい。その上に、万博での急激な人材の需要が高まることになる。
さて、この人手不足の解決策はあるのか。運営予算の内にある警備費は、国が支出することを約束しているが、人手不足は金だけでは解決できない。警備業界が、建設業界等と連携して万博期間中は、近畿一円の工事やイベントを輪番で計画的に中止や休業、期間短縮等を行って、警備員を万博に廻す『臨戦態勢』でも取らないと解決できないのではないか。それもできないとすれば、全国から警備警察を大動員するか、はたまた、自衛隊に応援を求めるのか。さてはて、どうするのであろうか?
見えない司令塔、陰で膨らむ公金支出
再選から1年となった吉村大阪府知事は、朝日新聞のインタビューに応じ「大阪府・市の万博負担費用は約1,300億円だが、経済波及効果は、約1.6兆円と非常に大きい」と経済成長への期待を述べている。
実際、万博開催に関わる費用はどうなっているのか。これまで発表されてきた数値をまとめて見る。
〇会場建設費:最大2350億円 (国、大阪府市、財界で、それぞれ3分の1ずつ負担)
国庫負担:783億円、大阪府市:783億円、財界:783億円
〇国庫負担:1647億円 (内訳)建設費国庫負担分:783億円(上記の負担再録)
日本館建設費:最大360億円
途上国出展支援費:240億円
警備費(会場内の安全確保):199億円
全国的な機運醸成費:38億円+ɑ
誘致などの費用 :27億円
〇万博に直接関連するインフラ整備費:8390億円 (国費負担を一部含む)
(内訳) 下水道整備や地下鉄延伸などの会場周辺整備費:810億円
道路整備や関空の機能強化等アクセス向上費用:7580億円
〇人件費などの運営費:1160億円(これは、入場料やキャラクター販売などで賄う)
◎この他、直接万博の開催経費ではないとして万博費用から外されている予算額は以下の通り。
*南海トラフ巨大地震対策など「安全性向上」費用:2.5兆円
*自動車道整備などを含む「広域的交通インフラ整備」費用:5.9兆円
*「空飛ぶクルマ」などの万博の「アクションプラン」に登録された各省庁施策費:3.4兆円
大阪市議会は、万博にかかる大阪市民の負担は一人当たり約2万7千円になると説明した。会場建設費の府市負担が783億円、大阪パビリオン建設費約118億円、機運醸成費約39億円などで総額約1325億となる。それで、市の負担分は748億円となり、人口約277万人で割ると一人当たり約2万7千円になるという。なお、この額には、府民や国民の負担分を加えていないと補足された。大阪市民は、同時に府民であり、また国民でもあるので、約2万7千円の上に、その負担分が上乗せされることになる。
そこで、万博に行ってもいかなくても、赤ん坊から年寄りまで大阪市民一人当たりの負担分額約2万7千円+大阪府と国の負担分の上乗せ額が高いか安いかという議論の前に、大きな問題が忘れられている。
◎の*印で示した「直接万博の開催経費ではない」として万博費用から外されているこの桁違いの予算額に注目したい。まさに、東日本震災復興に群がったのと同じように、万博開催にかこつけた経産省や国土交通省などの省庁とそれに連なる大企業・利益団体による国家予算の分捕り合戦がここでもなされているのだ。万博の経済効果約1.6兆円と吉村は言うが、はるかに多額な国家予算が万博事業の陰で消費されようとしていることを忘れてはならない。
さて、先のインタビューで吉村は、「財政態勢を強化するため、万博協会に最高財務責任者を置き、専門家からなる監視委員会を立ち上げた」と述べ、これ以上の予算の上ぶれは抑えることができると主張した。
予算の上ぶれを抑える努力は当然として、問題は、協会の体制が「寄り合い世帯」で各部署間の情報共有や連携が不足している。事業推進の「司令塔」が存在しないことの結果である。工事の大幅な遅れと前節で述べた山積みしている諸課題を解決していく執行体制が、今でも確立されていないように見える。
本誌39号でも述べたが、昨年8月末に、岸田首相は、官邸に関係閣僚を集め、大阪府知事や万博会長戸倉経団連会長らを前に、自分か先頭に立って問題の解決に乗り出すと宣言した。政府が一体となって協会の支援に乗り出すため、財務省や経産省のベテラン幹部を協会に送り込み、態勢強化を図ることにした。吉村知事が言う最高財務責任者とは、この時派遣された財務省のベテラン幹部のことである。
しかし、「先頭に立つ」と宣言した首相は、それ以降、一度も万博の関係会議に参加していない。首相の「先頭に立つ」という言葉は、自分が責任をとらねばならない事案にぶつかると口癖のように飛び出す。発言に実行力が伴わず、実に軽いのだ。だから、万博協会は、相変わらず「司令塔」不在のままで、誰もが責任を取ることをしていないようにも見える。この4月に、協会の職員を大阪府市の職員や民間企業などから出向で160人を入れた。それは、あたかも軟弱地盤に追加の土砂を投げ込んだようなもので、協会の体制改善になるのか疑問だ。
もはや時代のトレンドになれない万博
今日に繋がる国際博覧会の始まりは、1798年、フランス革命の時期にパリで開催された。その後、幾つかの国で国際博覧会条約が結ばれて、1851年に第1回国際博覧会がロンドンで開かれた。初期の万博としては、クリスタル・パレス(水晶宮)が造られたロンドン(第1回)やエッフェル塔が建設された1889年のパリ万国博覧会(第4回)が有名である。産業革命と帝国主義の時代に始まった万博の実態は、国威や植民地支配を誇示する場となり規模を拡大したが、植民地の喪失や時代の変動に合わせて、その姿を変えてきた。
万博の研究家・平野暁臣などによれば、新しい技術や商品を展示していた19世紀の万博が初期の万博で、その後2度の世界大戦をはさんだ低迷期を経て、高度経済成長の絶頂期に開かれた1970年大阪万博がピークとなった第2期、その後万博は失速し、現在は、第3期で、新たに万博のあり方が問われる時期にあるという。また、歴史学者の佐野真由子は、約170年に及ぶ万博の歴史を6つの期に分け、その総体を「世界を把握する方法」と位置付けている。
戦後のフォーディズムによる経済成長が停滞した後、世界を席巻した「新自由主義・グローバリゼーション」が、新型コロナのパンデミックとも重なり、産業革命以降の近代が孕む諸矛盾を地球規模で露見させ始めている。正に今、歴史の大きな転換期である。このような中で、万博が佐野のいうように「世界を把握する方法」であるとしても、その「世界の見せ方、提示の仕方」の「解」を探ることは、そうそうたやすいことではない。
ところが、冒頭の節で指摘したように、大阪万博には「目玉」がない。今日求められている「解」への探求などはないまま、維新の政治によって計画された。しかも、それは大阪の経済成長の起爆剤としてIR・カジノを誘致するために、万博という国家的イベントをセットに計画されたのである。だから、万博の後に残すレガシーは何か、などは考えないで、とにかく開催すること自体が目標となった。
出ているレガシー案を見よう。その一つは、大屋根(リング)を会場に残す案。それに加えて、いくつかの建物も残すという。
夢洲の地下は軟弱地盤。その上に産廃やごみが投入された上に土砂を盛っているだけなので、不均等な地盤沈下が起こる。1周2㌔、高さ12~20㍍の木造建造物の大屋根は、いたるところで不均等沈下にあい、傾いたり、倒れたりする。他の建物も同じだ。だから、結局、大屋根を分割・解体して他所で利用する案などを民間に広く募ることになる。
次に、「空飛ぶクルマ」は万博の「目玉」で、レガシーだという案はどうなったか。
4月21日、フジ系テレビで橋下徹に「メッセージでごまかしはよくないと思うんですよ。有人ドローン、人乗りドローンと言わないと、『空飛ぶクルマ』というと、『(車がないから)走れないじゃん。こんなん嘘やんか』と絶対に言われる」と突っ込まれて、吉村は苦笑しながら「技術的には、これはドローンです」と認めた、という。こうして、この「目玉」は,空(クウ)に飛び、レガシーとはならない。
この案と似たレガシーが、自動運転のバス・車両を富田林市や千早赤阪村などの南河内地域で、撤退した金剛バスの路線に走らせる案。これも、実際には、安全に運行させる道路の条件整備(道路を遮る樹木、人や自転車との接触を避ける)にかかる経費や自動運転の管理体制などに係る費用をどうするか、検討すべき課題は多い。さらには、万博で需要が高まるタクシーに対する不足を大阪府内で「ライドシェア」制度の早期導入を国の関係機関に求める、などの構想も持ち上がっている。
また、万博終了後の用地の利用である。昨年、会場跡地北側(夢洲第2期)の市場調査を実施したが、サーキット場や野外ライブ会場、ホテル・商業施設、住宅などの提案が寄せられたという。これらの民間提案は、第2期のマスタープランとして、万博閉会後の2026年度に改めて事業を募集するとしている。
このように、レガシーとして残すもの、残るものは何か、それらは、開催準備をしながら考えればよい。まず、事業をトップが決断し、決める。維新の『決められる政治』だ。そして、これぞと思うものをかき集め、目を引くメッセージをぶち上げる。やりながら、世間の反応を見ながら、その先は考えたらよい。必要なら修正すればいい、これが「維新政治」なのだ。
マスコミを動員した維新政治の特徴は、世間の注目を集めることが大切なのだ。この特性は、コロナ感染対策でも炸裂した。ウガイ薬・イソジンが感染症予防に効くらしいと小耳に挟んだ吉村知事は、記者会でこれを発表した。大阪市長になった松井は、医療や福祉の現場で感染防御服が足りない情報を掴むと、その代用に雨合羽の寄付を大々的に呼びかけた。結果は、イソジンが薬局から消え、イソジンの株が一時急騰。ビニール製の雨合羽が大量に市役所に集まり、倉庫を別途用意し、処分に労力と金がかかった。このドタバタ劇でのレガシーは、「イソジンの吉村」、「アマガッパの松井」という名誉ある「あだ名」をいただいたことであった。
さて、万博の歴史からみて1970年の大阪万博は、高度経済成長期における最後の成功例であった。この事業を強力に推進した一人・堺屋太一は、この夢を忘れることができなかったのであろう。「夢よ、もう一度」と、茶髪の弁護士・橋下徹を大阪府知事に担ぎ出し、夢を実現しようとした。本誌33号で「イベント資本主義」について述べておいたが、巨大イベントにより需要を掘り起こし、経済成長の循環を作りだす夢だ。それはまた、都市の品格を高め、世界の中にオオサカを輝かせる文化的・経済的戦略でもあった。堺屋は上手く、橋下と松井などの維新の会と関西財界を乗せて、夢の再現を狙った。しかし、堺屋は、その夢を確認することなく、2019年2月8日に世を去った。そして乗せられた橋下も松井も政治の舞台から身を引いた。この責任は、誰が、どう引き受けるのであろうか?
維新の生きる道は「第2自民党」か?
ところで、レガシー(遺産)は、プラス面だけでない。マイナスもあり得る。東京オリンピックでは、電通を中心とした広告代理店が関係する贈収賄事件が、最大のマイナスのレガシーとなった。国際的信用をなくし、札幌冬季オリンピックの開催は無残にも消滅した。皮肉な見方をすれば、国家的なイベント事業に対して、国民が厳しい目を向けるようになったのは、素敵なレガシーを残してくれたとも言いえるが・・・。
さて、維新にとって、今、心配な事がいくつか浮上している。
最大の心配事は、万博が開催に上手く漕ぎつけられるかだが、それは、また「赤字が出たらどうする」である。
前売りチケットの販売状態も思わしくない。万博関連の人件費を含めた運営費は、チケット売り上げで賄うことになっている。チケットの売り上げ不振は、即、万博の赤字に繋がる。だから、大阪府・市と関西財界では、赤字が出たらどうするのかと、後ろ向きの議論が内部で囁かれている。大阪府・市も関西財界も異口同音に赤字の負担はしないと言ってきた。ところが、あるテレビの座談会で、吉村は、万博の言い出しっぺの橋下に「赤字は大阪府が負担すれば良い。府の財政基金を取り崩せば賄える。儲けが出れば、大阪府がもらえばいいのだから」と言われ、慌てて「そんなことは考えにない」と返している。維新政治の『圏内』でも責任のなすり合いが始まっているのだろうか。
次に心配なのは、夢洲開発の本命・IRカジノだ。万博とIRカジノをめぐる動きを冷静に見つめる動きが関西財界内部でも燻っていそうだ。
京阪電鉄の加藤好文会長は、昨年末のインタビューで、京阪電車・中の島駅から、夢洲駅に繋がる大阪メトロ九条駅までの約2㌔を延伸する計画について、「23年度中に結論は難しい状況」と述べた。その理由の一つに、材料費や人件費の高騰を上げたが、IR・カジノの契約について、業者側に2026年9月まで無賠償の「解除権」があることだと、本音を明かしている。
日本資本・オリックスと組んだカジノ業者は、大阪府・市に地盤整備の責任の確認と事業開始時期を遅らせるだけではなく、無賠償「解除権」を締結させた。カジノ事業者は、用地の沈下や地下からのガス噴出、夢洲へのアクセスの条件などの整備状況、さらには、コロナ後のIRカジノ事業の世界的趨勢を見て事業の最終判断をするという選択権を握っているのだ。事業からの撤退、あるいは、開始時期のさらなる延期や事業規模の縮小などがあり得る。
近年、新型コロナ感染症の流行もあり、賭博の業態は変化している。大谷選手の元通訳水原一平の巨額違法賭博事件で世間を騒がせたが、スマホやパソコンからオンラインで直接賭け事ができる時代となった。大きな賭博場を設置する必要のない「オンライン賭博」により、カジノに人々を向かわせる特別な魅力が求められるようになった。風光明媚でもない、ごみの島・夢洲の上に建つIRカジノでは、多くの海外の観光客を呼び寄せることはできない。日本人にとっても何度も通いたくなる場所とはならないであろう。
指定されたカジノ業者が、今握っている「契約解除権」の本質は、巨大な資金を投入して「大博打場」をつくることが時代の流れに合っているか否かを見極める時間的「猶予権」なのだ。
博打で損をする人から巻き上げた金を大阪府市の財政に繰り入れて、大阪経済の成長を夢見る「維新政治」は、それがもたらす短期的・長期的マイナス面(例えば、カジノであればギャンブル依存症)は、眼中にない。彼らの成長戦略は、「我がなき後に、洪水よ来たれ」という未来に責任を持たない拝金主義・刹那主義なのである。
万博・IRカジノの迷走をよそに、新しい事業へと維新の発信が続く。3月に、吉村は、大阪観光局の溝端会長の発案を受けて、突然「大阪に世界最高峰のモーターレース・F1を誘致したい」と打ち上げた。また、大阪城東部地区を開発拠点にする計画も公表している。大阪メトロの森ノ宮新駅,大阪公立大学の新キャンパスを起爆材にするという。これで、万博・カジノ(ベイエリア)、阿倍野(南)、梅北開発(北)に続き、東西南北の経済発展の軸ができると豪語している。
しかし、維新政治の未来像は揺れている。前回の統一選挙で大勝したにもかかわらず、その直後から露わとなった維新議員の不祥事が連続的に発覚。そして、万博事業の迷走が彼らの勢いをそいでいる。
焦る吉村は、万博協会の副会長である立場をわきまえず、テレビで万博批判を続けるコメンテータを名指し、「彼は万博にはいれない」と発言。言論弾圧と批判にされて釈明と撤回に追い込まれた。
さて、自民党は、今回の衆議院補選で、「裏金」問題で追い込まれ、事実上の3連敗となった。自民党の不戦敗となった長崎(3区)と東京15区の選挙区で、維新は立憲民主党と議席を争った。全国維新の会・馬場代表は、「立憲をたたきつぶす必要がある」「立憲には投票しないで」等と演説でぶちあげてきた。自らを「保守勢力」であることを公言し、自民党支持・保守層から票を得る選挙戦を展開した。しかし、結果は、立憲に大敗した。
維新の会結成から14年。今回の補選結果により「野党第1党」を目指すという目標は、いったん遠のいた感がある。維新幹部は、吉村や横山(大阪市長)ら若手2代目へと移っている。品格のない発言を繰り返す馬場代表を横に置いてみれば、橋下が見せたような「既得権益層」へ噛みつく激しい言動は、現指導部には見られない。2代目政治家の個性がそうさせているわけではない。維新は、何を目指しているのかが選挙民からは、はっきりしなくなっている。つまり、「民意」を掴む力が萎えているのだ。
関西圏では、彼らは関西経済会など「既得権益」を持つ勢力とも深く関係を持ち、万博やその他の開発政策を進めてきた。もはや維新は、大阪では既得権益の側にいる。橋下・松井の時代では、人々の公務員や中央政府の既得権への憤りが溜まっていた。しかし、面白いことに、維新の主張・政策の柱の「身を切る改革」―議員歳費・議員定数の削減、公務員賃金の減額・抑制など―が、ある程度実現されたことによって、政策の賞味期限切れとなり、鮮明さが失われている。さらに、子育て世代に支持を獲得してきた「子ども政策」は、遅巻きながら岸田自民党政権が「異次元の子育て支援」を打ち出すことによって、維新の「売り」が奪われてもいる。
「金権政治」の自民党が危機に喘いでいるとき、維新の会は、従来の自民・保守勢力にすり寄って、党勢を拡大しようとした。思い起こせば、維新の大阪での初期の勢力拡大は、自民党系の地方議員が維新へ鞍替えしたことによっていた。その成功体験から「第2自民党でもいい」と馬場代表が言っているのかもしれない。
しかし、現実の政治関係から言えば、「野党第1党」を目指すことは、立憲民主党が打倒の対象になり、「第2自民党」とは、憲法改正や軍備増強に二の足を踏んでいる公明党にかわる位置を維新が獲得するという道である。すでに、次期総選挙に向けて、堺市や東大阪市など首長が維新である地方議会で、公明党が、維新提案の予算案などに反対する動きも顕著になっている。
「野党第1党」を目指すということと「第2自民党」への道は、同じではない。だから、「維新政治」の今後には、地方政党から積み上げてきた維新の会の政治と国政政党として「全国維新の会」との間に、対立・矛盾や亀裂が起こりうる可能性が孕んでいる。
いずれにしても、世界史的な時代の大転換の下で、進行する自民党支配の危機と連動した政党再編の時代が始まったことは確かだ。その全体像の検討を今後の宿題としたい。
みずの・ひろみち
名古屋市出身。関西学院大学文学部退学。労組書記、団体職員、フリーランスのルポライター、部落解放同盟矢田支部書記などを経験。その後、社会福祉法人の設立にかかわり、特別養護老人ホームの施設長など福祉事業に従事。また、大阪市立大学大学院創造都市研究科を1期生として修了。2009年4月同大学院特任准教授。2019年3月退職。大阪の小規模福祉施設や中国南京市の高齢者福祉事業との連携・交流事業を推進。また、2012年に「橋下現象」研究会を仲間と立ち上げた。著書に『介護保険と階層化・格差化する高齢者─人は生きてきたようにしか死ねないのか』(明石書店)。
特集/内外で問われる政治の質
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