コラム/ある視角
奈良教育大学附属小学校への不当介入
政治家・教育行政・産経新聞の三悪攻撃を許すな
本誌編集委員 黒田 貴史
とても興味深い本を2冊読んだ。ひとつは『みんなのねがいでつくる学校』(以下、『ねがい』、奈良教育大学附属小学校編、クリエイツかもがわ、2021)という本で、奈良教育大学附属小学校の教育実践が、教科教育、教科外教育、特別支援教育を軸にまとめられている。もうひとつは『子どもを主人公にした奈良教育大学附属小学校の豊かな教育』(以下、『豊かな』、菊池省三・原田善造著、喜楽研、2024)でこちらはおもに教科ごとに奈良教育大附属小学校の教育内容を紹介している。
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多くの国立大学附属校は、点数を競う入試が行われる学校が多く、とくに「地方」では国立大附属にはいることがステータスのひとつになっている地域もあると聞く。ところが『ねがい』を読むと、奈良教育大附属校は一般入試を実施せず、生徒は抽選で選抜されているという。教育学部の実験校としての役割を期待するのであれば、地方エリートの養成などは論外であり、抽選方式で多様な子どもを集めることが肝要であることは明らかだ。
『ねがい』全体を通して興味深いことは、この学校の教師集団が子どもの沈黙に深くよりそっていることだ。たとえば教科外活動の体育大会の学年種目を決めるにあたって、5年生が「リレー」と「大縄」の2種目が候補にあがる。話し合いでは圧倒的にリレーが優勢で、大縄についてはほとんど意見がでない。けっきょく多数決にもちこまれるが、ほとんど同数で数票の差でリレーに決まってしまう。
「この結果に納得できないと怒る子どもたち。『大縄の意見がほとんど出なかったのに、なんでこんな結果なん』『リレーに反対なんやったら、その理由を言ってほしかった』『もし大縄になってたら、なんで大縄かわからないままするってことやん』多数決できめることが当たり前だった子どもたち。多かったら何でもいいのか。葛藤がうまれていました。それ以降、この子どもたちは多数決は使わなくなりました。話し合いで意見や反論を出し尽くした上で決定することをめざすようになっていったのです」
また、学習に困難を抱えている子どものための通級指導教室(学習室)が設けられている。「感覚過敏や、対人関係の築きにくさなど様々な背景から、学級集団での授業に参加しにくい子どもたちが教室外の場所で過ごす……そうした子どもたちの学習を保障」するためにつくられている。
ある年、学習室に通っていたたっちゃんは「観察して気づいたことを書くことや、感想、絵など、自由に表現することは苦手。自信がもてないから拒絶しているのだとわかりました」。そこで「つかうことばを選択肢にしたり、書き出しを示したり、会話でやりとりしたことを書かせたり。自分で一から文章をつくることに抵抗があるたっちゃんが安心して書けるような条件をつく」った(以上、『ねがい』から)。
教室で豚や鳥の解体をして食べるというユニークな実践で有名だった小学校教師・鳥山敏子さんから直接聞いた話を忘れることはできない。豚の解体の授業の後で、子どもに感想文を書かせた。怖かったとか、驚いたとかという感想をすぐに書いた子どもたちがいる一方で、最後まで感想文を出さなかった子どももいたという。鳥山さんは感想文を書けない子どもたちにとくに注目することはなかった。しかし、そのなかの一人が授業が終わって、しかも長い時間を隔ててすでに成人に達した後に長い手紙を送ってきたという。授業の直後はショックが大きすぎてそれを整理しきず、感想文が書けなかったからだという。
つまり、子どもの沈黙は、なにも考えていない、感じていないことをものがたっているとはかぎらず、整理しきれない思考や感情を抱えていることもあり、教師はそうした子どもへの十分な配慮が必要だろう。それがどれだけできるかが、教師としての力量ともいえるのではないか。
教科学習ではどのようなことを教えているのか。『豊かな』から一部を紹介しよう。
社会科ではつぎのようなことを学んでいる。給食のカレーを再現することからはじまって材料のひとつであるジャガイモの生産地を探す。奈良県の特産品のひとつである奈良漬けをとりあげて生産者の姿をたどる。サツマイモ栽培がなぜ江戸時代に普及したか、それによって食文化にどのような変化があったか。
国語では新美南吉の『ごんぎつね』を12時間かけて読んでいく。場面設定や主人公やごんぎつねの感情をていねいに読みすすんでいる。数学では、面積の授業がおもに紹介されているが、面積とはなにかにはじまって(石けん膜と針金で手作りした教具を使って囲まれていないと面積にはならないことを確認する)、ひぐまの足跡の面積を測定する、あるいは整数×小数で面積を計算できることへとつなげていく(整数×小数という計算があることを理解する)。
体験から理論へ、具体から抽象へ、子どもの思考によりそいながら、それを助けて伸ばしていく授業が展開されていることがよくわかる。それは子どもが自ら学ぶ主体性を育てると同時に学びの仲間とともに成長する対話を重んじる姿勢といえるだろう。
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2冊を読むと、こうした取り組みを特別な教師が一人で実践しているわけではなく、教師集団がつねに議論や研究を積みあげながらすべての子どもの教育を受ける権利を保障しようというねらいをもって実践されていることがわかる。
特別に優秀な子どもだけに教育予算を集中的に投下して、残りはいざというときに従順にいうことをきく人間にしておけばいいというのが現在進行形の教育のなかの新自由主義だといえるだろう。国立大学改革のかけ声ひとつで大学予算の重点配分によって日本の大学教育(高等教育)は壊滅的な打撃を受けている。教育のなかにも新自由主義が跋扈するなかで、この奈良教育大附属の教師集団は希有な存在だといえるだろう。
そんな奈良教育大附属小学校も新年度にはいって新入生を迎えて新しい実践がはじまるにちがいない。そう考えたいが、それは、過去形になってしまいそうだ。ここで紹介したような教育を思わしくないと考える人たち(政治家や教育行政関係者)の狙いうちを受けたようだ。
文科省の教育指導要領が定めた習字(毛筆)の時間をとっていないとか、各学年で音楽で教えるようになっている「君が代」を6年生だけにしか教えていないとか、ほとんどいいがかりのような理由によって追及を受けた。しかもそれらの指摘を受けて本体である奈良教育大学が「奈良教育大学附属小学校における教育課程実施等の事案に係る報告書」(以下、報告書、2024年1月9日)をだして、附属小学校の指導を不適切だとした。
報告書では、まえがきに「令和5年5月26日、奈良教育大学附属小学校において、教育課程の実施等に関し法令違反を含む不適切な事案がある旨、奈良教育委員会から本学学長に連絡があった」と記されており、行政からの介入であることがわかる。
こうした動きを受けて登場するのは産経新聞だ。
「国立大学法人・奈良教育大付属小(奈良市)で16日、教育法令を無視した不適切な指導の実態が明らかになった。校長の権限が機能せず、一部の教員が実権をにぎる閉鎖的な環境が問題の根底にあったとみられる。先進的な授業研究を担い、全国の学校の模範となる役割が期待される国立校の不祥事は、開かれた教育現場の必要性を物語っている」(産経新聞、2024年1月16日)
教科学習の記録から考えると、各教科では教科書だけに頼らずに独自教材を使っていることはよくわかる。しかし、本来教師の仕事のひとつは教材研究を通じて独自の教材を編成して授業に応用することではないのか。見方を変えれば、独自教材もつくれない教師は力量不足ともいえるだろう。
報告書や産経新聞の記事から考えられる結論は、校長よりも教員集団が実権を握っていて、学習指導要領にもとづかない異常な教育がおこなわれており、今後それを是正していくということだろう。事実、その後の推移を見ていると、ほぼその枠組みから事後処理がなされようとしている。3月28日付で校長ら8人が他校へ出向される処分(ただし校長は栄転のようだ)を受けたという。さらには残りの教員全体の入れ替えという案も出ているといわれる。
かつて東京では、七尾養護学校の性教育に対して一部の右翼政治家と産経新聞が不当な介入をおこなって教員集団を破壊した。自身の性について正しく理解するためにつくられた教育・教材をまるでアダルトショップのようだと言いがかりをつけるように不当に介入した事例を思い出す。性器をつけた人形から着衣をはがせばむき出しになることは当たり前だ。むき出しの性器をみせるためにつくられた人形ではないものをむりやりはがすことで見せつけるほうがよほどポルノではないか。
今回も同じような構図で行政と産経新聞が主導して主体性を重んじ、対話をすすめる教育への不当介入がおこなわれた。
「停滞を躍動へ。日本立て直しの国家ビジョン 教育再生 国民が夢と希望を持てるメッセージを、子供達の将来のための教育改革を」。これは裏金事件で党員資格停止の処分を受けた元文部科学大臣で自民党の下村博文衆議院議員のポスターの惹句だ。いい加減にしてほしい。政治家や行政、悪質なマスコミが不当に介入すればするほど教育はダメになる。
くろだ・たかし
1962年千葉県生まれ。立教大学卒業。明石書店編集部長を経て、現在、出版・編集コンサルタント。この間、『歩く・知る・対話する琉球学』(松島泰勝ほか、明石書店)、『智の涙 獄窓から生まれた思想』(矢島一夫、彩流社)、『「韓国からの通信」の時代』(池明観、影書房)、『トラ学のすすめ』(関啓子、三冬社)、『ピアノ、その左手の響き』(智内威雄、太郎次郎社エディタス)などを編集。本誌編集委員。
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