コラム/発信
東京・杉並区政と区議会のいま
杉並区議会議員 奥山 たえこ
住民思いの杉並区長誕生
『映画 ◯月◯日、区長になる女。』というドキュメンタリー(ペヤンヌマキ監督)が、2024年正月封切られ、東京でロングランとなり各地でも上映中。
これは22年6月19日投票(翌日開票)の杉並区長選挙の準備段階からの記録である。現職区長の政治手腕(後述)の前になすすべのない区民は「住民思いの杉並区長をつくる会」をつくり、候補者も決まらない段階からチラシを駅頭で配り続けた。「6月は区長選挙です!」と声かけしながら・・・。
候補に応じた岸本聡子さんはヨーロッパ生活20年から帰国したばかりであった(オランダで国際政策シンクタンクNGO勤務。世界各地の公共サービスの研究に従事。著書『水道、再び公営化!』他)。招いた側の、運動歴の長い長い区内市民運動の女性たちとは、朝の駅頭挨拶など、日本の選挙手法認識とのずれから、途中降りるのではないかというハラハラ場面もあったほどである。
ところが4期目を目指す現職に187票差をつけて当選。しかも翌23年4月の統一地方選では、岸本さんを応援した若い女性たちが続々立候補し、しかも当選。
映画は初議会で区長に質問する場面と「選挙は続くよどこまでも」のテロップで終わる。その後、岸本さんは各地で講演会や執筆活動などで注目を浴びている。首長、自治体議員、市民が政策議論をする場(LIN-Net)も構築している。新人女性議員たちは活発な議会活動をSNSなどで発信している。
今回、ご依頼を受けて、その後の杉並区の様子をお伝えすることになった私は、5期目となる無所属議員である。
区長公約の実現に対する職員と議会の姿勢
22年7月11日新区長の就任日。杉並区役所前には花束を抱えた職員だけでなく、多くの区民やマスコミが岸本新区長の初登庁を歓迎した。しかし7月8日、前区長の最終勤務日に副区長2名のうち一人が辞職していた。この人は都市整備部門を統括する経験豊富な人であり、首長の政策方針を実現するために実務をこなす重要な役目である。議員の経験も行政に関与したこともない岸本さんにとって、この空席は誠に大きな痛手であった。
ところでその週の7月15日には、都市計画マスタープラン(「市町村の都市計画に関する基本的な方針」。「都市マス」と略される)の改正案を決定する都市計画審議会が迫っていた。すでに3年間ほど前区長の下で練られていたものである。しかし岸本さんの公約「さとこビジョン」における「7つの基本姿勢」では、「気候変動」は「最優先の課題」とされている。この案には、それが無い(決定をこの日に敢行しようとした管理職職員の意図が窺えると思う)。そこで岸本さんは当日、区長として、自らわざわざ出席して、「都市マス」の修正を表明し、その決定を延期した。その後修正された「都市マス」をパブリックコメントにかけたところ、通常は数件あればいいくらいの意見が、500件以上届き、その意見は、早々に区のホームページで公表された。「都市マス」は23年3月に決定した。
一方、議会はというと、二元代表制である地方議会には、本来、与党・野党の概念はないのだけれど、それでも、首長に「シンパ(親和的):アンチ(反親和的)」に分かれ、加えてその時々の「派」が加わることが地方議会の常態である。この時はほぼ3対1の比率だった(3は、自民党、公明党、立憲民主党、生活者ネット、保守系無所属など。1は、共産党、無所属など。私奥山はこちら)。岸本さんは当選後就任までの間に、在職議員に個別の面談を申し込んでいる(断った議員もかなりの数いる)。22年9月、当選後初の議会(傍聴者が大勢駆けつけた)での所信表明で「修正が必要な点は、職員や議会と協力して行っていきたい」と述べている。
岸本さんの公約では「ジェンダー平等」も基本姿勢の一つである。性を理由とする差別等を禁止し、パートナーシップ制度(現行の法律では婚姻関係と認められないカップルに、法的な証明は出来ないけれども、本人たちの届出により区がその事実関係を証するカードを発行する)を定める条例の制定をめざしていた。けれどこの時の議会の構成では、すんなりと可決することは困難であった。そこで条例案を策定する前段階のプランを事前に議会の委員会に示して(珍しい試みである)、議会の意見を聴取した(地方議会では条例案の修正は、国会と異なりほぼない。首長提案議案はほぼ100%可決される)。多くの会派はこのテーマに賛成なのだが、自民党からは明確な反対が表示された。岸本さんは数の力に任せることはせずに、23年2月には、対象から「事実婚」を削除した条例案を提案した。採決では自民党は党議拘束をかけず、賛成・反対・退席と別れた。結果「杉並区性の多様性が尊重される地域社会を実現するための取組の推進に関する条例」は可決された(なお24年3月には、外されていた事実婚を加える陳情が出され、それもまた可決された。ただし、この時の自民党会派は全員退席した)。
岸本さん編成になる初めての2023年度予算案は、前区政をほぼ踏襲したもので、自身の政策は「気候区民会議」の開催費用48万2千円など微調整に留めた。「給食費無償化」も封印している(23年9月の補正予算で実現させた)。予算案は、賛成32、反対13、欠席1で可決された。
議会構成が変わった
23年4月の区議選の結果、シンパ・アンチはほぼ半々か、後者がやや勝るという程度の状況になった(シンパは共産党、立憲、生活者ネット・無所属など。アンチは自民党+無所属、都民ファーストなど。公明党は区長アンチではないが、自民党に同調することが多いのでこちらに分類した)。非常に大きな前進である。
何があったのか⁈
岸本さんは、区議選にあたって「政策合意書」の締結のお伺いを各会派に送った。「政策」とは言っても一般的な当たり障りのないもの(奥山の感想)であった。合意した議員候補者には、岸本さんの写真+「推薦(応援)します。岸本聡子(杉並区長)」のフレーズが提供され、ポスター・チラシ・選挙公報など宣材での使用が認められた。候補者の希望により岸本区長本人が一緒に街頭に立ち、応援演説をするなども行った。その効果や如何⁈
基礎自治体の選挙は、宣材だけの"空中戦"で当選になることは難しい。有権者と実際に会うことが票につながる(奥山の経験則)。けれど、少なくとも奥山自身の高得票当選に効果があったことは確実である(自分の選挙なので分かります)。他の候補者については内実は知り得ないが、女性新人の当選にそれなりの効果があったのではないかと、奥山は考えている。
この時の区議選では現職12名が落選した(通常の倍くらい)。そのうち自民党現職男性が7名という前代未聞の結果となった(新人は立てていない)。選挙は全勝が通例の公明党も1名落としている(練馬区では公明党が次点含む4名が票を連続させて落選している。あり得ない事態である)。他区では2、3名の自民現職落選はあったものの、ここまでの大量落選は例がない。ちなみに21年10月の総選挙では杉並区は自民党代議士が比例復活もかなわずに落選している(当選は立憲新人)。
さて選挙結果が出ると会派結成となる。自民党は前期3つに分裂していたものをまとめ、無所属も加え、11名で自民党・無所属杉並区議団となり第一会派を確保した。共産党、立憲、公明党は各6名と並んだ。5月の臨時会では議長選を行う。自民党会派は当然のように自分たちのメンバーを立てた(立候補ではない。会派推奨者の名前を書いた紙を他会派に回す)。これまでであればそれで決まりだった。ところが開票すると、同じ自民党会派所属ではあるが、前年も議長を務めた女性議員が1票差で当選した。この後自民党会派は休憩の後、結局議場に戻ってこなかった。旧ツイッターで同日「 我々としても事情が掴めずいまだ混乱しております」との談話を発表している(議長になった議員は後日会派を抜けて無所属になった)。これまた前代未聞の結果が示すことは、自民党会派はたとえ第一会派を取ったにしても、議会を自分たちの意のままに回すことはできなくなったという、杉並区の事実である。
公約の遵守と人事―今後の展望
前区長は、既存の児童館やゆうゆう館(高齢者専用施設)を廃止して「コミュニティふらっと」に統合する施設再編計画を作り進めてきた。住民がいかに反対しようとも実行してきた。だから区長候補の対向馬を立てて挑戦したのである。
その政策はまず住民が作り、岸本候補が決まった後、協議して「さとこビジョン」に練り上げた。
施設に関するものでは、「児童館の廃止~を徹底検証し見直す」、「ゆうゆう館の廃止をストップし」、「区立施設の統廃合や駅前再開発、大規模道路拡幅計画など、住民の合意が得られないものはいったん停止し、見直す」がある。しかし、岸本区長になってから、前区長時代の廃止方針が白紙になった訳ではない。結果的に岸本区長名で、施設の廃止議案が提出されたものもある(いずれも可決。区民の反対署名も起こったが、議会の委員会では審査せず放置された)。それらは全て前区長の時代に計画されたものである。実現までは2、3年かかるから、岸本区長を責めるのは気の毒と言うことも出来るだろう。だが反対する住民は白紙化を期待して投票した人たちも多い。選挙で岸本さんを支えた共産党は「施設の存続を」求める要請書を区長に提出している。区長は何もしていない訳ではなくて、廃止しても次の施設に機能は継承するもの、既存計画を休止するもの、と振り分けたものを発表している。
杉並第一小学校の移転・建て替えを伴う「阿佐ヶ谷駅北東地区まちづくり」(前区長時代の計画)には、根強い反対運動がある。しかし24年1月に区長は、現行案で進めるとビデオメッセージで表明した(この計画を見直すとは、もともと表明していない)。なお、建設に関連する費用を含む2024年度予算は、共産党、立憲も賛成して3月に可決した(27対20)。
区民からは「岸本さんにがっかり」との声もチラホラ聞こえるものの、非難する声は聞こえてこない。このコラムでは否定的な側面をクローズアップしたが、区長が代わって多くの面で区政が改善されている。たとえば施設廃止案について、以前なら「説明会」は区の方針を伝えるだけで何の変更もされなかった。岸本区政になって区長や職員が出席し、テーマごとに区民の声を聴き、質問に答える機会が格段に増えた。しかも議事録が作成され早いうちに公開される。情報公開請求をわざわざしなくても情報を提供する体制が出来つつある。
なお、もう一人の副区長は、22年9月20日、決算特別委員会が始まる前のタイミングで辞職を表明、後任は同日付で選任され議会の同意を得て就任した。この人は実は現職の議会事務局長であり、議会から奪ったというウルトラ人事である。この後副区長はずっと1人が続いたものの、24年3月18日にもう一人が選任され就任した。こちらの人は、60歳前の総務部長であった。副区長2名を元職員で固めたことは、議会に「選任反対」の理由を与えないための懸命な策だと思う(外部から公募した結果、議会に否決され欠員となっている自治体がある)。公務員の定年は65歳であるからそれまで勤めることが出来る。ところが岸本さんの残り任期は2年少し。もし岸本さんが落選したら、副区長は辞職することになるかもしれないので大きな決断をしたことになる。
さて、区長は、就任2年を迎える今年7月に公約の達成状況を報告すると議会で表明している。岸本体制は着々と固められつつある。
おくやま・たえこ(妙子)
1957年別府市生まれ。実家は八百屋で看板娘。東京都立大学法学部卒業。金融会社、派遣社員、出版社勤務。2003年杉並区議に初当選(無所属)。 23年5月から5期目、単身高齢者の貧困問題に取組む。趣味は焼き鳥屋で読書。
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