論壇
オリンピックにおける排除と統合
あと半年で何を問わなければならないのか
2020「オリンピック災害」おことわり連絡会 宮崎 俊郎
1.オリンピックの排除と統合を問う
2.2020年に向けた超監視社会構築
3.東京オリンピックでなぜテロ対策強化が必要なのか
4.テロ対策は誰に向けられているのか
5.何が進められようとしているのか
6.オリンピックにおける市民統合
7.あと半年で何をするのか
1.オリンピックの排除と統合を問う
本誌に「2020東京オリンピックはおことわり!」を寄稿してからすでに2年が経過した。そこで強調したかったのは、オリンピックというメガイベントは決してニュートラルではなく、その本質を様々な面から問題にしていかなければならないということだった。その後も幾度となく、オリンピック推進派からだけではなく、社会変革を目指す運動からもオリンピックそのものを問題視する姿勢を「問題視」された。「オリンピックそのものに反対すると大衆化しない」と。
これまでオリンピックと天皇制はその本質を問わせない構造において大変似通っていると論じてきたが、昨年の天皇代替わりに反対していく中でますますその思いを強くした。
オリンピックも天皇制も日本国家に対する排除と統合の構造をビルトインとしているシステムという意味からも共通点は多い。
本稿ではオリンピックの持つ国家からの排除(特に監視)機能と国家への統合機能について論じてみたい。最後に開会式まで半年を切ったオリンピックに対する私たちの取り組みを紹介する。
2.2020年に向けた超監視社会構築
2020年というのはもともとターゲットイヤーとして設定されてきた。つまり様々な社会的目標が2020年を終点として設定されたプログラムがスタンダードとなってきた。例えばマイナンバー制度利活用ロードマップにおいては2015年から2020年を着地点としてバラ色のIT社会が構想された。
監視社会化はその端的なものだ。現在の安倍政権は2013年5月の「番号法」を皮切りに同年12月には「特定秘密保護法」、2016年には「盗聴法の適用拡大」そして2017年には「共謀罪法」の新設という戦後どの政権もなしえなかった市民監視立法を成立させた。特に「共謀罪法」は2020年オリンピックのテロ対策として必須だという触れ込みで反対派を抑え込んで強行成立させられた。
この10年は治安立法化の時代として歴史に刻まれるほどの画期だったのだ。その先に展望されたのが改憲だった。なぜ2020年が終点なのか。そこにはオリンピックの持っている2点の効果が利用されている。一つはオリンピックという祝祭は失敗は許されないメガイベントであるということ。つまり「オリンピック成功のため」という大義名分は仮に問題の多い政策であってもその矛盾を等閑に付す効果を持っている。例えば新国立競技場建設のためには、明治公園をつぶし、都営霞ヶ丘アパートに長年住み慣れた住人を追い出すということを平気でやってのけるのである。
もう一つは、オリンピックそのものが社会的矛盾を隠蔽する装置として位置づいていることだ。ほとんどすべてのマスコミはオリンピック協賛企業であり、オリンピック開始以前から報道の割合は極端にオリンピック翼賛報道に偏っていく。2020年に改憲をなんとかぶつけようとした思惑もそこに根拠があるのではないだろうか。
しかも2020年を目標に設定された諸施策は達成され、オリンピック終了後に元に戻されるわけではない。市民監視についてオリンピック「特区」とでも言うべき規制緩和状態を創出することによって普段できない監視強化策がいとも容易く実現可能となり、いったん実現した監視システムはそのまま実体化していくのである。そうした構造が2020体制なのだ。
3.東京オリンピックでなぜテロ対策強化が必要なのか
監視体制強化の大義名分として常に語られるのが、「東京オリンピックにおいてテロを未然に防ぐために」というフレーズである。なぜテロ対策が声高に叫ばれるのか、まずは推進側の論理を見てみよう。
第一は、テロ攻撃の目的と国際イベントとしてのオリンピックの特徴の親和性があげられる。近年のテロ攻撃は行為に対する社会的・国際的な耳目を集めることを目指す傾向にある。オリンピックは世界最大のイベントであり、テロの実施主体にとって目的を達成する最適な場である。
第二は、世界各地から多数の観客が集まることで、非武装の市民へのソフトターゲットテロがより行われやすい場となるということがある。
第三は、2010年代に入り欧米におけるテロの発生が顕著になっていることもよく言われる。2013年:ボストンマラソン爆破テロ、2015年:パリ同時多発テロ、2016年:ブリュッセル同時多発テロ、2017年マンチェスターアリーナ爆破テロなどが起こっている。これらの多くはISILなどの思想を持つものだが、ローンウルフ的テロも増加している。
そして2020東京オリ・パラを見据えたテロ対策推進要綱(2017.12.11 国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部)には以下のようなテロ対策の観点が列挙されている。
①情報収集・集約・分析等の強化②水際対策の強化③ソフトターゲットに対するテロの未然防止④重要施設の警戒及びテロ対処能力の強化⑤官民一体となったテロ対策の推進⑥海外における邦人の安全の確保⑦テロ対策のための国際協力の推進
4.テロ対策は誰に向けられているのか
2000年以降、欧米ではいわゆるホワイトターゲットテロといわれる市民がたくさん集まる場所におけるテロが起こったが、オリンピックそのものをターゲットにしたテロはほとんど皆無だった。
ではテロ対策は誰に向けられているのか。テロ対策を大義名分としてターゲットにされているのは私たち=市民だ。私は基本的にテロを社会変革の手段とすることに反対である。しかしテロ対策が私たちに向けられている以上、基本的にあらゆるテロ対策に反対せざるを得ない構造に私たちは置かれている。もし本当に機能するテロ対策が存在していたとすれば、それは差別・排除のない平等な社会を構築することではないのか。小手先のテロ対策は単なる大義名分にしかすぎず、広範な市民を「テロ予備軍」に規定して管理・監視していくことにつながるのだ。
さて、次にテロ対策を大義名分としていかなる監視強化策が進行しようとしているのかを見てみよう。
5.何が進められようとしているのか
では東京オリンピックを前にして具体的にいかなる監視・管理強化が進められようとしているのだろうか。
まず情報収集体制そのものの転換が図られている。それは個別情報収集からすべての情報収集体制へという転換だ。
監視体制強化の最も大きな変化は、収集できる情報はすべて網羅的に収集するという姿勢の変化であろう。自国市民のメールや携帯をすべてアメリカNSAが無断で収集していたことをスノーデンが暴露したことは象徴的だ。膨大な収集データから必要なデータを検索できる技術的向上がその体制を支えている。
具体的な監視技術としては監視カメラと顔認証に注目すべきだ。
JR東日本が約1200駅のホームや改札で監視カメラを約22,000台に増設し24時間監視、非常時には警察に伝送する。2019年2月24日の天皇在位30年式典においては参列者へ顔認証が適用された。東京オリンピックでは大会関係者30万人の会場入場時の本人確認にNECの顔認証システムを採用する。これはオリンピック史上初めてだ。
また混雑が予想される一部競技会場周辺には、NECが開発した「群衆行動検知・解析」システムを導入する。これは各会場と最寄り駅を結ぶ道のうち、特に混雑が予想される一部の会場周辺での利用が想定されている。現場のカメラ映像をもとに密集度を表示するヒートマップを使って異常な混雑をリアルタイムで可視化できる。雑踏事故回避が目的だというが、異常な行動を起こすテロなどへの監視ツールだともいえる。
大阪市の地下鉄は、大阪万博が行われる2025年を目指して全駅で顔認証システムを導入することを発表した。事前に顔と口座データを登録することによって、パスモのようなカード等の媒体を一切所持していなくてもいわゆる「顔パス」によって地下鉄に乗降して料金は登録口座から引き落とされるという仕組みだ。若者を中心にその便利さのゆえに受容されていく危険性の高いシステムではないだろうか。
しかし、これは究極の人間の移動データ管理システムである。私たちはGPS捜査の違法性を追及しているが、GPS装置の装着なしに監視カメラの死角をなくす配置によって精密な移動データを取られてしまうのである。
アメリカのサンフランシスコ市議会は昨年5月に公共機関による顔認証システムの導入を禁止する条例案を可決した。生体認証による個人情報管理がいかに歯止めのきかないものなのかを理解した賢明な判断である。
東京オリンピックはこの技術の草刈り場と位置付けられており、そういう意味からも注意深くその拡散・拡大・高度利用に対して異議を申し立てていかなければなるまい。
最後に私たちのようにオリンピックに対して真正面から反対を表明する人たちには様々な弾圧がかけられるだろう。2月18日には私たち「オリンピックおことわリンク」のメンバーに対して家宅捜索が強行された。世界のオリンピック反対運動とも連携をとってきた中心人物に対してである。家宅捜索の名目は「免状不実記載」。パソコンや資料が押収された。さらに最近の特徴としては髪の毛や歯ブラシなどDNA情報を収集する傾向にある。究極の個人情報収集による市民監視はすでに始まっているのだ。
いまだ圧倒的少数派である私たちに対してこうした弾圧が開始されている。やはり反オリンピックの大衆化を恐れての弾圧だが、こうした陰湿なやり口に対しては公然と立ち向かってその事実を暴露し、さらなる運動の拡大を求めていきたい。
6.オリンピックにおける市民統合
市民に対する監視管理強化の徹底化を図るとともに、「国民統合」をも狙っているのが東京オリンピックだ。オリンピックに反対する市民に対しては徹底的な排除を行い、それ以外の大多数の無関心派をいかにしてオリンピックに統合・動員していくのかが最大の課題なのだ。市民統合のツールとしては以下の3点について見てみたい。
その1 ボランティアという名の動員
組織委の募集する大会ボランティアは8万人、東京都が募集する都市ボランティアは3万人、合計11万人が酷暑の中をタダ働きさせられる。そのうえ、最近では時給1600円程度のお手伝いの募集、さらには中高生は学校を通してボランティア募集、小学生にはアスリートの付き添いを中心に3000人の募集がかかった。ボランティアではないが、東京都職員には1600人規模の各局からの応援要請が昨年12月に出された。1人当たり20日程度だが、自分の現場を離れての応援となり、ボランティア的要素大だ。さらに東京都の生徒児童は競技観戦割り当ても来ているが、さすがに酷暑の観戦に断る小学校も出てきている。
今回の東京オリンピックボランティアには2つの特徴がある。
一つはこれまでの他国のオリンピックと異なり、ほぼ無償のボランティア(一応後から1日1000円のカードが支給されることになったが交通費・宿泊費は支給されない)として酷暑の中を酷使されることがあげられる。従来のオリンピックは有償ボランティアが主流だった。無償にこだわるのは、「やりがい搾取」と呼ばれる献身性によるオリンピックへの一体感・高揚感を自然と体得させる効果を持つことがその狙いなのだろう。まさに動員の論理だ。この無償ボランティア方式が成功すれば今後のメガイベントのモデルにしたいのだろう。しかし、一方でJOCや協賛企業などは大儲けするにもかかわらず、無償でボランティアを酷使するというのはとんでもない方式であり、必要な支援にはきちんとした報酬を支払う労働者として雇用すべきである。
もう一つは、いくつものボランティアが子供を中心に様々なところから振り出されているということがある。中高生には各地区の教育委員会を通して、各校5名という応募方式でボランティア募集がなされ、小学生には学校あてにアスリートの付き添いという名目で3000名もの募集がかけられている。聖火の沿道応援にも小学生動員が想定されるが、いまだはっきりしていない。つまり、様々なフェーズで様々な手法で募集がなされ、全体でどのくらいのボランティアが募集されているのかわからない構造となっている。
その2 全国を駆け巡る聖火リレー
福島Jビレッジを2020年3月26日に出発し、全都道府県を駆け、7月24日の開会式に新国立競技場に点火される。過去の外国における聖火リレーでは反対派から聖火を消火されたりしているので本番ではかなりの警備体制が予想される。併せて沿道における小学生等の旗振り動員も行われそうだ。
東日本大震災被災3県と複数種目を実施する4県(埼玉・神奈川・千葉・静岡)は3日、東京都は開催都市として15日、その他の39道府県は2日聖火リレーは行われる。64年東京五輪では沖縄を出発点として4ルートに分かれてリレーされたが、今回は「一筆書き」方式。1人あたり200m、2分走る。終了時にイベントが行われ次の自治体には車で聖火が搬送される。
そもそも出発点は1936年ナチ五輪。その経路は侵略に後利用されたと言われている。全都道府県を走ることでオリンピックを開催都市イベントにさせず、国家的行事とする意味が隠されている。ナショナリズムの可視化を効果的に演出できるイベントとして聖火リレーは位置付いている。
その3 他国に類例を見ないオリパラ教育
東京都の学校で行われているオリパラ教育は「ボランティアマインド」「障害者理解」「スポーツ志向」「日本人としての自覚と誇り」「豊かな国際感覚」の5つの資質を育成すると謳っている。年間35時間の授業やオリンピアンの出前授業など、オリンピックの嫌な子供たちを疎外する強制性をもつ。
競技観戦も教育課程として位置づけられ、授業としてカウントする自治体も出てきた。休むと欠席扱いとなる。ほとんど日本でしか見られないこうしたオリパラ教育は国家主義的傾向の大変強いものとなってきている。
オリンピックの負の側面について「オリンピック学習読本」は全く記載もなく、子供のころから疑問なくオリンピックを無前提に礼賛する土壌を育成するのには抜群の効果を持つだろう。ただし、東京の学校によってもかなり温度差があるようだ。
7.あと半年で何をするのか
さてオリンピック本番まで半年を切った。これからオリンピック礼賛報道も一層強まり、ますますオリンピック反対と言いづらい雰囲気が醸成されていくだろう。そんな中だからこそより幅広い方々と連携しながら開かれた反対運動を目指したい。
まずは3月26日のJビレッジからの聖火リレー反対行動。復興五輪の嘘臭さを広く訴えたい。次には5月23日~24日におことわりフォーラムとカウンターデモ。
そして直前の7月18日から閉会式の8月9日まで練馬のギャラリー古藤をインフォメーションセンターとして日本各地だけでなく世界に情報発信する拠点とする。7月18日にはその記念シンポを行う。開会式が行われる7月24日にもカウンターアクションを計画している。
より多くの人たちとより幅広い観点から反オリンピックのうねりを作り出すことを目指していきたい。
みやざき・としお
2020オリンピック災害おことわり連絡会(おことわリンク)のメンバー。おことわりンクは2020年東京オリンピック開催に反対する様々な人々を緩やかにネットワークする。
連絡先・URL・メールアドレスなどは以下の通り。なお絶大なるカンパを!
千代田区神田淡路町1-21-7 静和ビル1階A スペース御茶ノ水 ATTAC首都圏気付
info@2020okotowa.link
fb.com/1378883338802691
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