論壇

四国新幹線は本当に必要なのか

将来世代に過大な重荷の投資は慎むべき

松山大学教授 市川 虎彦

1 四国新幹線という計画

四国新幹線は、1973年に基本計画決定された新幹線計画である。大阪を起点にして紀淡海峡を渡り、徳島市、高松市、松山市の各県庁所在地を結んでさらに西に進み、佐田岬半島を通過して豊予海峡を渡海して大分市に至るというものである。現在の予讃線は、愛媛県の西条市まで西進し、そこから今治市に向けて北に進路を変え、海沿いに高縄山系を回り込むようにして松山に至っている。計画では高速化を図るため、この山腹にトンネルを掘削して、西条と松山を直接結ぶことになっている。海を渡り、山を打ち抜き、総額でいくらかかるのかというような壮大な計画である。

この計画とは別に、同年に基本計画決定されたのが四国横断新幹線である。こちらは岡山市から瀬戸大橋を渡り、四国山地にトンネルを穿ち、高知に至るという計画である。そのため、瀬戸大橋は新幹線が通過できる橋梁として完成している。一般には、この四国横断新幹線も含めて、四国新幹線ということの方が多いようである。

2017年に四国新幹線整備促進期成会が結成されており、実現に向けて様々な行動を起こしている。期成会の会長は、例によって四国電力会長である。四国新幹線の実現を目指す経済界、行政関係者も、さすがに海峡トンネルを掘削しては採算が取れないことは理解している。最も実現可能性の高い案としているのが、松山―高松―徳島間および岡山―高知間の2路線のみの建設で、期成会では費用便益比がこの場合1.03と試算している。様々な案の中で、この計画のみ便益の方が上回ることになっている。整備延長302㎞、概算事業費1.57兆円、経済波及効果169億円(年間)との試算結果が公表されている。

もちろん四国新幹線は整備新幹線ではなく、基本計画路線なので、まったく着工の見通しがついていない。にもかかわらず、国の予算で毎年調査費が計上されていた。このことに批判が生じ、今は調査費もつかない状態になっている。新幹線以前に、そもそも四国の鉄道は、どのような状況にあるのだろうか。次にそれをみてみたい。

2 JR四国の現状

本州にあるJR東日本・JR東海・JR西日本は収益を上げ、今や立派な優良企業になっている。一方、三島会社と称されるJR九州・JR北海道・JR四国は、もともと不利な地理的条件の下におかれており、分割民営化の当初から将来を不安視されていた。

表1 四国の県庁所在地間の移動時間と料金

 JR  時間料金(円)バス 時間料金(円)
松山―高知4時間92302時間45分3600
松山―徳島3時間40分82503時間30分4400
松山―高松2時間30分56702時間50分4000
高松―高知2時間10分45802時間10分3400
高松―徳島1時間26401時間25分1600
徳島―高知2時間30分53402時間50分3600

注)JRは特急自由席片道料金と時間

なかでもJR四国は、最も厳しい経営環境に置かれている。というのも、JR九州は福岡周辺、JR北海道は札幌周辺という人口が集中しているドル箱地域があり、そこが収益源となっている。ところがJR四国の場合、そのような収益をあげられる地域がないのである。人口が一極集中しておらず、分散しているというのは地域のあり方として望ましいことではある。しかし、人口の分散は移動手段を自動車優位にさせてしまう。鉄道経営という観点からみると、黒字を生み出してくれる路線が存在しない状態に陥らされてしまう。四国は400万人が分散して居住しているがゆえに、JR四国は全路線で赤字になってしまっている。一方、人口500万人の北海道は札幌市に200万人が集中しているので、この都市圏交通がJR北海道に利益をもたらす構造になっている。

さらに悪いことに四国でも高速道路の整備が進んだ結果、JR四国には都市間交通においても高速バスという手ごわい競争相手が立ちはだかることになった。表1に示したとおり、松山―高知、松山―徳島、高松―高知間はJRが競争力を持たない。松山―高松、高松―徳島、徳島―高知間は時間と料金の兼ね合いで、かろうじて勝負になっている。また本四連絡橋明石―鳴門ルートの開通により、徳島はもとより、高松からの関西方面への長距離移動もバスにかなり乗客を奪われていると思われる。

上岡直見氏の『JRに未来はあるか』(緑風出版)の7ページに、「現時点のJRネットワークと将来予想」という図が掲載されている。この中の「2030年予想」という図は、「現在のJR各社の経営方針のまま推移すれば二〇三〇年頃にJRの路線ネットワークがどうなるかを推定したもの」とされる。このJR路線図をみると、四国には一本も線がないのである。かろうじて瀬戸大橋線だけは残ることになっている。四国本体からはJRが消滅してしまうというのである。とはいえ、さすがにこれから10年余りで四国からJRがなくなりはしないだろう。しかし、厳しい経営環境にあるのはまちがいない。四国新幹線は、このような状況下でJR四国にとっての起死回生策となるのであろうか。

3 新幹線誘致への温度差

前出の四国新幹線整備促進期成会が結成されたことでわかるように、近年になって四国では新幹線実現を要望する声が聞かれるようになっている。首都圏在住の人々の眼からみれば、財政悪化が深刻化し、消費税増税が迫る中、人口が400万人弱しかいない地域に何兆円もかけて新幹線を整備するというのは、ありえない話に思えるであろう。地元の論理は異なる。2016年3月に北海道新幹線が開業したため、主要4島の中で四国のみが新幹線が走らない地域となっている。このままでは、四国だけが取り残されていく。だから四国にも新幹線を、という道筋なのである。また、整備新幹線5線の完工が見通せる状況になってきて、次は基本計画路線の着工へ、という期待感が高まってきたということもあるようだ。

四国がますます寂れていくという危機感と次は四国の番だという期待感が、四国の行政や経済界を動かして、新幹線誘致運動が始まっている。最近、役所や駅構内で四国新幹線実現を求めるポスター類を目にするようになった。道後温泉のホテル経営者は「安価にできる単線でいいんだ」と述べ、新幹線の必要性を強調していた。高速運行する新幹線に、単線という発想があることを、この時始めて知った。

しかし、一般市民は新幹線誘致に懐疑的であり、冷めているようにみえる。財政状況、地元負担、人口規模などを考えれば、実現困難なことは多くの人が承知している。「あるにこしたことはないが…」程度の反応を示す人がふつうである。

行政・経済界においても、必ずしも思惑が一致しているわけではないようだ。徳島県では、四国内を走行する新幹線よりも、関西と鳴門を直接結ぶ鉄道路線への要望の方がずっと大きいという。

いずれにせよ、ルートすら未定で、これから調査し、設計、土地買収、建設と進めていくとすると、今、着工が決まったとしても完成するのは20年先、30年先である。その時、四国はもちろんのこと、日本全体がかなりの人口減少にみまわれているはずである。苦心して作った数字であることが透けて見える費用便益比1.03などという数値は、意味をなさなくなる。

4 それでも求められる公共事業

これから将来世代の重荷になるような過大な投資は慎むべきではなかろうか。現にある社会資本の更新すら、ままならなくなる時代がやってこようとしているのである。また現在でも、国の補助金がつくからと建てたはいいけれど、赤字経営を強いられている施設は山のようにある。香川県の高松市の東側にさぬき市という人口約5万人の市がある。平成の大合併で長尾町・津田町・大川町・寒川町・志度町の5町が新設合併して成立した市である。なんとも贅沢なことに、ツインバルながお・クアタラソ津田・ゆーとぴあみろく・春日温泉・カメリア温泉と5つの公営温浴施設がある。合併前に各町が競って建設したためである。採算性を無視して近隣との類似施設をつくり、その挙句に赤字経営である。そして、今後も維持管理費が発生し続ける。

まだ記憶に新しい2018年7月の西日本豪雨では、愛媛県の肱川が氾濫し、西予市と大洲市に甚大な被害がもたらされ、今なお復旧作業が続いている。この時、肱川上流にある野村ダムの放流が、西予市野村に水害を引き起こしたことが問題視されている。この肱川の支流に、山鳥坂ダムという総事業費約3000億円といわれる大規模ダム建設計画が進行中なのである。

山鳥坂ダムは、本来はここで貯めた水を松山市などの中予地方に送水管で送り、水道用水や工業用水として用いるという利水を第1の目的とした多目的ダムであった。しかし、水質悪化や漁業への悪影響を懸念する肱川下流域の住民や漁民の強い反対で、計画は全く進まなかった。2000年8月には、当時の与党3党による公共事業見直しの中で、山鳥坂ダムも中止勧告を受けるに至ったのである。これを強い働きかけによって事業継続へと導いたのが、加戸守行前知事である。加計学園問題で、「安倍首相に一点の曇りもない」と国会で証言していた人物である。

事業継続を受け、2001年5月、国土交通省から山鳥坂ダム・中予分水事業の見直し案が提示された。それは、中予への分水量を削減し、さらに中予の建設費負担を重くするという、流域市町村に配慮したものであった。一方の松山市側は、この見直し案の受け入れ拒否を表明する。理由は、建設費負担の増加と分水量削減による給水原価の上昇が住民の理解を得られないということであった。これによって、山鳥坂ダム建設の最大の理由がなくなってしまった。ところが、目的を多目的から治水に変更して、ダム建設計画が継続されたのである。マニフェストにダム建設の凍結を掲げた民主党政権時に一旦停止されるも、自民党政権下で関連工事が着工されてしまっている。

ダム建設反対の住民運動団体は、従来から肱川の治水ならば、堤防の整備や河川の掘削の方が、ダムより安価に、高い効果を見込めると主張してきた。今回の野村ダムの放流による水害は、想定以上の雨量が降ればダムは洪水調節機能を失い、かえって水害被害を大きくさせることを証明してしまった。

公共事業は、多くの業者や関係者を潤すのであろう。一度始まると、止らない。本来の目的がなくなってさえも。そして、効果が薄い事業に巨額の費用が注ぎ込まれる。しかし人口減少の時代を迎え、大規模ダム建設や新幹線整備に資金や資源を投じる余裕はないといえよう。地方の側も、整備要求ばかりでなく、ときに禁欲も必要な時代がやってきたのではないだろうか。

いちかわ・とらひこ

1962年信州生まれ。一橋大学大学院社会学研究科を経て松山大学へ。現在人文学部教授。地域社会学、政治社会学専攻。主要著書に『保守優位県の都市政治』(晃洋書房)など。

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