コラム/経済先読み

米国発「世界同時株安」の衝撃

グローバル総研所長 小林 良暢

世界の株式相場に衝撃が走った。10月10日のニューヨーク株式市場で、ダウ工業株30種平均が前日比で800ドル安と、2月上旬以来の大幅下落となった。これを受けた翌11日の東京市場も915円安の大幅反落、これが上海を始めとするアジア市場に波及して、欧州も株安が連鎖する世界同時株安となった。

10月というのは、過去にも大きな金融危機が起こることが多く、2008年のリーマンショック、1987年のブラックマンデーも10月だった。このことから、NY株下落の衝撃が世界同時株安に繋がったとみられる。

世界株安連鎖の原因は、米長期金利の上昇や米中貿易摩擦に対する懸念が強まったことと解説されているが、より根の深いものがあると考えた方がいい。

IT株の世界全面安

今回の世界同時株安で下げが目立ったのは大手IT(情報技術)など、この間割高感があった銘柄だ。米ダウ平均は10月3日に過去最高値を付けたが、この絶頂期に比してアマゾン・ドット・コムの株価は8%強下げ、グーグルを傘下に持つアルファベットは7%強下落した。

日本株は、10月2日~11日の間に27年ぶりの最高値をつけていた半導体や電子部品などのハイテク関連銘柄が日本株の下げを主導した。半導体ウエハの世界シェアNO1の信越化学工業や半導体製造装置大手のキーエンスなどのハイテク銘柄が10%超下落した。また、アップル関連のTDKは13.8%の続落、半導体製造装置向け精密機器を手掛けるマルマエは東証2部上場ながら人気銘柄だったが、21.5%の大幅安、産業ロボットの世界3強のファナック・安川電機も14%下げた。

中国では、アリババ集団とゲームアプリとITの騰訊控股(テンセント)も9%前後下落した。

今回の株安には、事前に「過熱感」のある銘柄に売りが先行したという側面があるが、半導体サイクルというより中期的な趨勢の中でのバブル循環の終わりの始りと見た方がいいようだ。

「VIXショック」

次に株安を増幅する要因となったのが、「VIX指数」の上昇だ。

VIX指数とは「ボラティリティ・インデックス(volatility index)」の略称で、アメリカの主要株価3指数の値動きを元に予想変動率を算出している指数である。

「ボラティリティ(Volatility)」は、直訳すると「落ち着きがないこと」「移り気」という意味で、金融用語として使われる場合は、一般的には投資商品価格の「値動きの荒さ」を示し、そのVIX指数は投資家の恐怖心理を示すパラメータとして使われる。通常、VIX指数の数値が高いほど投資家が相場の先行きに不透明さを感じていると考えられ、別名「恐怖指数」とも言われている。

とりわけ今回のように、相場が暴落すると予想されるときには、ボラティリティが極端に高くなり、損失を抱えた投資家が恐怖を覚える時期に差しかかっていると判断する。世界の半導体・ハイテク株の下落は、ボラティリティ仮説を適用したVIXショックと説明した方が分かりやすい典型的な事例である。これからすると、この傾向は未だ始りだと考えた方がいいだろう。

「機械売り」が下落の7割

これに関連して注目すべきは、VIX指数が「オプション取引」を基に算出され、その取引に広く利用されていることである。オプションとは、株や通貨、債券の売買で、一定の期間内または一定の期日に、あらかじめ定めた価格で売買する取引で、しかも現在はコンピューターが事前に組み込んだ条件の下で自動的に売り・買いの注文を出す。あらかじめ設定した価格や条件とは、よく言えば将来への期待、じっさいは競馬の予想と同じなので、市場の値動きが荒くなり、しかもVIX指数の動きが想定されるような局面では、この傾向が加速されることになる。

今年の2月の世界同時株安が「VIXショック」と呼ばれたのと同じように、今回も同じ構図で、機械的な株売りの注文が世界各地で殺到し、下げ幅を増幅した。アメリカ発の2日間における世界の合計約1400ドルの下落のうち6~7割程度は機械的な売りによるものだというのが、市場関係者の見立てである。 

アジア株暴落

その暴落をとりわけ深めたのがアジア株の全面安だ。

アジア各地の代表的な株価指数の終値は10日に比べて、中国では上海総合指数が5%超の下落を記録して一時約4年ぶりの安値となった。なかでも、鴻海精密工業の子会社であるFITが9.99%安、通信機器の中興通訊(ZTE)は9.97%安、さらに家電大手のTCL集団や鉄道車両の中国中車なども貿易戦争リスクの中で下げを増幅した。

この中国株の全面安は、直ちにアジア各地にも波及し、韓国が約4.4%、香港が約3.5%、台湾が約6.3%、ベトナムが約4.8%、シンガポールが約2.6%と下落した。これは、他のアジア市場にも軒並み波及してアジア全面暴落となって、2015年の「チャイナショック」後の安値を下回り、約4年ぶりの安値をつけた。

世界の成長センターであるアジア全面暴落は、さらに欧州市場にも波及、世界をぐるっと一周して、12日のニューヨーク市場は2回目の下落に見舞われ、すわ世界危機の再来かという事態になっている。

トランプ、「FRBは狂った」

これを見ていたトランプ米大統領は、「米連邦準備理事会(FRB)は狂ってしまった。引き締めすぎだ」と述べて、FRBによる利上げを批判した。これは、なんとも当事者能力に欠けた評論家的なコメントで、11月に迫る米中間選挙を控えて、FRBに責任を押しつけて有権者の投票に影響が出ることに神経質になっている姿勢がありありだった。

この2巡目の世界同時全面安に打つ手なしのトランプの前に、盟友“SHINZO”が助け船を出した。NY続落を受けた12日の東京市場は、寄りつきは下落で始まったが、直後に上げに転じて、結局日経平均株価の終値は前日比103円高と反転、これで世界の株安連鎖に歯止めをかけ、1日ちょっとで収めた。

これは、今年2月のトランプの「アメリカ第一」発言をきっかけにしたVIX指数上昇の中での世界同時株安、また8月の「トルコショック」など、今年に入って何回か見てきた光景で、今回も同じパターンであった。

GPIFの出動

そこで今回、日本が打った手は、市場関係者の間でひそかにささやかれているのが、「GPIFがいつもの通り動いただけ」という話だ。何をやったのか。

GPIFとは、年金積立金管理運用独立行政法人の英訳Government Pension Investment Fund の略である。厚生労働省所管の法人で、日本の公的年金のうち厚生年金と国民年金の積立金の管理・運用を行っている世界有数の機関投資ファンドだ。もともと、公的年金の積立金運用は大蔵省資金運用部に預託していたが、橋本行革で年金資金運用基金へ改組、さらにGPIFが設立されて年金積立金の管理・運用業務を引き継いだ。 現在、理事長は元農林中央金庫専務理事 髙橋則広、その上から執行部を管理する経営委員会の委員長は平野英治(元日本銀行理事)、理事には古賀伸明前連合会長が名を連ねる。その基金総額は132兆751億円、年金運用基金は2位のノルウェー政府年金基金の2倍以上と、このことから世界最大の機関投資家と呼ばれる。

GPIFの運用は、投資信託によるローリスク・ローリターンが基本で、株についてはリスクを抑えながら期待収益率を上げるスタイルで、 現行のポートフォリオは、国内債券、国内株式、外国株式である。手法は、株安に伴って買いに出て、上がれば売って利ざやを稼ぐもので、結果的にGPIFが市場の安定装置としての機能を果たすことになる。

今回も所管の厚生労働省よりもずっと上の官邸筋からの意向に沿って、GPIFが「ご指示の通り、適切に取り計らいました」ということだ。これで世界のヘッジファンドや機関投資家などの市場を納得させるのには、安倍内閣、日本経済への信任があるからだ。 私がこんな話をすると、日本はそんなに強いのかと言われる。

だが、ちょっと考えてもらいたい。世界の大国と言われる国の中で、製造と金融の二つが強い国はアメリカと日本しかない。イギリスは金融はあるが、製造がない。ドイツは製造は強いが、金融が弱い。中国は製造が強いところもいくらかあるがイマイチ、金融はからきしダメだ。だから世界経済危機が起こると、アメリカは世界のためにIMFと各国中央銀行の協調融資の話をまとめはするが、実際にいざ金を出す段になると、まず日本に「お前出しとけ」ということになる。

それで、97年のアジア通貨危機の時には韓国のサムソンなどの財閥系銀行に対して、当時の富士銀行がロンドンのシティーの口座を使った緊急融資で救ったし、2008年のリーマン危機では三菱UFJ銀行が米モルガンスタンレーに救済融資をして、世界金融恐慌に広がるのを防ぐ役割を演じてきたのである。

中国発「世界金融危機」の足音

ニューヨーク株の急落から1週間、世界の株式市場はひとまず平穏を取り戻している。16日の米国株式市場は投機筋の買い戻しが入って547ドル高と大幅に反発、世界の株式市場は勢いを取り戻した。

これで一安心かと思いきや、ひとつだけ株価が戻らない市場がある。中国だ。代表的な株価指数である上海総合指数は18日、前日比2.9%安と、ほぼ4年ぶりの安値になったままである。また、18日の人民元も対ドルレートは1ドル=6.94元台まで下がり、2008年以来10年ぶりの安値圏に接近している。

現地の市場関係者の間には、「外国人の売りがどうにも止まらない」との声がしきりで、このまま進むと株も通貨も歴史的な節目を巡る攻防に移るとの見方が強い。

以上が10月19日までの報道で、だからこのコラムの賞味期限はこの週末までで、週明け以降は私のまったくの「予想」である。

中国の株と通貨の下落が続き、一方では例えばFRBの利上げ継続でドル高が進行していくとすると、既に、対ドルで過去最安値を付けているインドルピーや韓国ウォン、さらにはタイバーツ、インドネシアルピアなどのアジア通貨では、それを見込んだ下落が始まっている。かかるマネーの流出が招くリスクは、アジアに限らず全世界に新興国に拡散することになり、これが世界経済の先行きへの不透明感を強めている。

ニューヨーク発の世界同時株安は、GPIFの出動で止められたが、中国発の世界金融危機となると、また日本の銀行の出番となろう。だが、日本のメガバンクにはかつてのような力はもうないだろう。

こばやし・よしのぶ

1945年北京生まれ。東京大学法学部卒業。現代の理論編集部を経て神奈川大学教授、日本常民文化研究所長などを歴任。現在名誉教授。本誌前編集委員長。著作に、『近代批判の思想』(論争社)、『芦東山日記』(平凡社)、『歴史解読の視座』(御茶ノ水房、共著)、『柳田国男における国家の問題』(神奈川法学)、『終わりなき戦後を問う』(明石書店)、『丸山真男「日本政治思想史研究」を読む』(日本評論社)など。

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