特集●驕れる者久しからず

中国産業技術の高度化、遅れる日本

どうしたニッポン!再論

エコノミスト 叶 芳和

中国を訪れると、その大変貌に驚かされる。中国ではイノベーションが進み産業技術の高度化が進行している。ハイテクの塊である航空機分野でも日本より先行している。また、ネット先進国である。賃金、人材の層の厚さでも、中国は大変貌している。日本は世界の軌道から外れているのではないかと心配になってきた。日本の中国論は転換が必要なのではないか。本稿の初出はWebみんかぶマガジン2017年5月22日付拙稿(http://money.minkabu.jp/61410)である(一部加筆)。

1、日系企業の賃金は欧米系の1/3

5月初め、北京で、外資系企業に対する人材派遣企業であるFESCO(北京外企服務有限公司)を訪問した。中国では以前、外国企業は必ずFESCOを通じて現地人を雇用していた。どの日系企業も世話になったところだ。あなた方が派遣している外資企業の賃金はいくらですかと質問した。「課長クラスで、欧米企業は3~4万元(約45~60万円)、日系企業は1万元(約15万円)です」とのこと。欧米系企業の賃金は日系企業の3~4倍も高い。

新卒のワーカーは日系企業5000元、欧米系企業8~9000元とのこと。欧米系企業のほうが約2倍高い。ちなみに、中国国内企業は一般4000元、IT関係は8000元とのこと。日系企業の賃金は中国のローカル企業より低い可能性もある。

日本の企業は、安く雇えていると喜ぶべきであろうか。それとも、良い人材は欧米に取られていて、日本は人材獲得競争に敗れているというべきであろうか。筆者は、日本の地位の低さに愕然とした思いであった。

日系企業の賃金の低さは、賃金体系の違いも背景にあるようだ。欧米の企業は課長職になると給与が急上昇する。中国も同様だ。これに対し、日系企業は緩やかな上昇という事情もある。なお、中国では大卒人材は英語が話せる(つまり、日本語より普及している)。英語の使い手が少ないから、希少価値で、欧米系企業は賃金が高いという訳ではない。

なお、中国では企業間の賃金格差は大きい。例えば、広東省深圳市にある大手通信機器メーカー華為技術有限公司(ファーウェイ社)の事例(清華大学M教授の話)。課長は年収120~150万元(約2000~2500万円)である。日本よりはるかに高い。また、ファーウェイ社の従業員は18万人(うち研究開発6.2万人)であるが、18万人の平均賃金は年収60万元(約1000万円)である。一般の中国企業の3倍だ。従業員持ち株会社であり、利益を従業員に還元していることも高賃金の背景であろう。(注、日本の大企業の平均給与は月39万円、賞与等込み年収593万円。2016年。「賃金構造基本統計調査」)。

2、中国の国産飛行機C919の成功

中国の産業技術の向上を感じる。北京訪問中の5月5日、中国は一つの慶事があった。上海浦東空港で、中国の国産旅客機C919が初の試験飛行を実施し、成功した。C919は標準座席168席の中型旅客機で、米ボーイング737や欧州エアバスA320の競合機である。既に570機の受注があり、半分は米国をはじめとした海外に輸出される予定である。数年以内に年間300機の生産を計画している。ただし、まだ欧米の型式証明は取れていない。なお、小型旅客機ARJ21(90席)は既に実用化され、国内線で商業運用されている(2016年6月運用開始)。

これに対し、日本の国産旅客機は、三菱航空機㈱が国産初のジェット旅客機MRJ(70~90座席の小型機)を開発中だが、欧米の型式証明が取れず設計変更が相次ぎ、初号機の納入が遅れている。MRJの事業化が発表されたのは2008年、当時は13年に初号機を納入する計画だった。しかし、初号機の納入は5回も延期され、いまは20年の予定である。

日本の航空機産業の復活を託されて「国策」プロジェクトとして政府の支援を受けているが、なかなか成功しない。相次ぐ初号機の納入延期で威信は揺らいでいる。MRJの低燃費や居住性を評価する声もあるが、一方では、採算制等の観点から事業継続に疑問を呈する見方も出ている(例えば、中村智彦教授、毎日新聞5月12日付、あるいはロイター4月18日配信参照)。

なお、5月9日、親会社の三菱重工業はMRJの機体組み立て従業員の削減方針を発表した。18年4月までに約570人減らす(全体の約2割、配置転換)。量産開始が先に延びているので、人員に余剰感が出ているためと見られている。

いずれにせよ、日本の国産機開発は難航。一方、三菱MRJの競争機種である中国の小型機は既に開発を完了(14年12月)、16年には商業運転を開始し、さらに中型機でも試験飛行に成功した。中国は旅客機開発で日本より先行している。

3、C919の成功が示唆する中国の産業技術高度化

中国の航空機産業の発展の背景には、世界の航空機製造の大きな構造変化があるようだ。航空機製造は、従来はボーイングのような完成機メーカーが設計から部品の調達、最終組み立てまで、一貫して担当していた。しかし、現在では、メガサプライヤーと呼ばれる大手の部品メーカーが、航空機の各ユニットを半完成品の状態まで作り上げ、完成機メーカーは最終組み立てだけを行うというのが主流になっている。完成機メーカーは、メガサプライヤーが提供するユニットを選択するだけという形である(注、この点はThe Capital Tribune Japan編集長大和田崇氏の所説および神谷雅行氏に負う)。

航空機産業も、パソコンやスマホ生産と同じになってきた。コンピュータメーカーの米アップル社は、自らは部品等を製造しない。自らは研究開発とマーケティングに特化し、あとはロゴマークを付けるくらいで、生産はEMS(電子機器受託製造サービス)に任せている。20年以上も昔、1990年代から、そのような「選択と集中」が世界の普通のパターンだ(日本企業を除けば)。航空機のメガサプライヤーはパソコン産業のEMS(注)のような役割を果たしている訳だ。

(注)EMSについては、拙著『走るアジア遅れる日本』日本評論社2001年参照。

◇100万点の部品点数が裾野産業の高度化を引き出す

中国C919の装備品国産化率は50%、日本三菱MRJは30%と言われる。この差は、日本には競争力がある旅客機の装備品メーカーが育っていないからのようだ。

メガサプライヤー(ほとんど欧米企業)は、エンジン、制御系、電装系など、それぞれの得意分野に集中し、コストメリットを提供している。日本がここに新しく参入することは、技術的には可能でも、コスト的には難しいようだ。メガサプライヤー以外の日本企業から部品を調達すると採算が合わない。日の丸ジェットといっても、欧米から多くの部品を調達することになる(大和田崇氏の所説に負う)。

中国は装備品の50%を国内で調達している。競争力ある装備品メーカーが国内に育っていることを意味する。ただし、分野別にみると、機体、主翼、尾翼等は純国産で、サプライヤーは国内企業である。しかし、エンジン、制御システム等の基幹部品は、外国の合作会社の米GE等の名前が書かれている。内外で技術格差があるようだ。しかし、やがてこれも、中国企業への技術ライセンス、合弁などの形態で、国産化されていくとみられている。

旅客機の部品点数は約100万点と言われる。部品点数の多さは、裾野産業の広さを意味する。また、航空機の部品は自動車以上に、安全・精密を要求される。中国で旅客機が量産されていけば、広大な産業分野で製造技術の高度化が進むことになる。C919 の成功は、中国の製造産業の高度化を引き起こすであろう。

4、中国産業技術についての見方の刷新を

中国の産業技術論については、モジュール型イノベーションの視点が必要というのが筆者の持論である。しかし、90年代から2000年代の初め、日本では「摺り合わせ」技術論が一世を風靡していた(藤本隆宏東大教授の提唱)。自動車は部品点数が多く、性能を上げるには部品間の組み合わせを最適にする職人技的な調整技術が重要という考えである。この「摺り合わせ」技術論の立場に立つと、日本はもの造りが得意で、国際競争力は強いということになる。逆に、中国の産業は低賃金依存だけであって、技術力を要する製品では国際競争力をもたないという帰結になる。

エレクトロニクスの世界では、1990年代から、モジュール型イノベーションが進行し始めていた。筆者はこれを見て、当時から、中国の時代の到来を予測した(注)。部品(モジュール)を作るのは高度な技術が必要だ。しかし、それを組み合わせるのは熟練技術を要しない。極論すれば、プラモデルを組み立てるようなものである。したがって、摺り合わせ技術に劣る中国でも、モジュール化した部品を輸入して上手に組み立てればよい。自動車部品もエレクトロニクス化が進み、モジュール型イノベーションが進むとみた。多くの産業のモジュール型イノベーションが進行すれば、賃金の安い中国は輸出競争力が強まると考えたのである。

(注)拙編著『産業空洞化はどこまで進むのか-中国の挑戦・日本の課題-』日本評論社2003年参照。

中国は「世界の工場」に発展した。結局は、各産業分野でモジュール型イノベーションが進行したからである。中国の技術水準が上がったというより、世界のイノベーションの方向が中国に有利に働いたというべきか。摺り合わせ技術では日本のほうが上であろう。しかし、世界はモジュール型技術の方向に動いたのである。

パソコン、自動車、さらに航空機の分野にも、モジュール型イノベーションが波及してきたのである。摺り合わせ技術から組み合わせ型へという、世界のモジュール型イノベーションが中国を有利にしている。中国の産業技術を評価する場合、この点を考える必要がある。日本は技術革新に乗り遅れているのである。

もう一つのポイントは、賃金上昇だ。中国は2005年頃に「ルイス転換点」を通過したという見方が有力だ。労働市場は賃金上昇が激しい。それを背景に、ロボット化も進行中だ。ロボット化に伴い、製品の品質も向上する。高い賃金と低い技術の組み合わせは、この世にない。「安かろう、悪かろう」が従来の中国製品であったが、いま、そこからの脱却が始まっている。

また、自動車、航空機など、部品点数が多く、高度技術かつ裾野の広い産業の発達の効果が期待できる。中国は、自動車生産で世界一になった。さらに部品点数の多い航空機も量産化の時代が近い。中国はこれらの先端産業に引っ張られて、製造技術の高度化が進んでいくであろう。

5、バーリンフォー(80后)世代

注目したいのは、産業革新の担い手だ。旅客機C919の開発を担ったのは2008年設立の若い企業だ(注、中国商用飛機公司〈商飛〉。商飛は国の資本に加え、軍用機の開発を手掛ける中国航空工業集団などが共同出資している)。構造設計担当エンジニアは開発完了時点で33歳、全従業員9600人の75%は1980年代以降生まれと言われる。「バーリンフォー」(80后)世代だ。中国の新人類と言われる1980年代生まれが中国航空機産業を担っている。

80后は、大学の教育の質が劇的によくなったといわれる。また、社会に出るのは2000年代になってからであり、中国の高度経済成長期だ。日本でも、高度成長期、工場建設に従事することが技術者を育てたといわれるが、中国も同じだ。市場の高成長が80后にチャンスを与え、市場が人材を育てた。中国はこの80后世代が2億人もいる。人材の層は厚い。

もう一つ重要なことは、「坂の上の雲」を目指して育ったことから来る精神構造だ。日本人は明治維新から高度成長期1980年代まで100年余、「坂の上の雲」(司馬遼太郎)を目指してきた。そういう時代の雰囲気の中で、進取の精神、気宇壮大な人材も生まれた。しかし、バブル崩壊後のゼロ成長時代に育った世代は、同じ日本人であってもかなり違うようだ。これに対し中国は、「坂の上の雲」を目指す社会で育った80后が社会の中核を担いつつある。しかも、2億人もいる。中国を理解するにあたって、この点を忘れてはいけない。

6、中国はネット先進国

産業技術の向上は、製造業分野だけではない。最近、日本の関係者に衝撃が走っているのは、メタンハイドレート開発である(注、メタンハイドレートは「燃える水」とも言われ天然ガスの主成分であり、海底に存在する。日本近海の埋蔵量は日本で消費される天然ガスの96年分以上と推計されている)。中国国土資源部は6月2日、海底メタンハイドレートの試験採掘が22日連続で行われており、安定して採掘が行われていると発表した。この安定採取は(本当だとすれば)日本のレベルを超えたと言えよう。

日本でも海底メタンハイドレートの試験採掘が実施されているが、砂の混入などのトラブルで採掘には成功していない。日本と比べて中国のメタンハイドレートの方が泥質粉砂型地層での採掘であるため難易度が高いものの、中国は安定採掘に成功したと伝えられている。切り札的資源開発で中国に先を越されたことで、日本では衝撃が走っている。

科学技術面の投資の凄さにも目を見張るものがある。例えば、世界最大の電波望遠鏡。貴州省に昨年完成した電波望遠鏡は口径500メートルで、これまで世界最大だったプエルトリコのアレシボ天文台(口径300m、1963年)の2倍の視野角がある。遠く離れた惑星から届く電波も探知できるといわれる凄い技術だ。しかし、日本での報道は非常に限定的で素直に受け止めていない。目をつぶってばかりである。

中国で注目すべき近年の最大の動きは、「ネット社会」への移行であろう。スマホを利用した電子決済、シェアリング自転車、ライドシェア(タクシー相乗り)、等々、有名な話題だ。現金を持ち歩く必要はなくなった(泥棒が減ったという話もある)。この点では、日本はもはや大きく水を空けられている。日本では国土交通省は本年度にスマホアプリを使ったタクシー相乗り実験を行うと言っている。

日本のネット社会移行の立ち遅れは誰の目にも明らかである。中国では、スマホは不可欠の生活インフラになっている(便利になったと前向きに捉えるべきであろうか、問題を感じる人もいよう)。

EV(電気自動車)への移行も中国は進んでいる。日本の立ち遅れが目立つ。日本全体が「ガラパゴス化」する事態を心配する見方もある。じつは、これら(日本の立ち遅れ)を説明する「一般理論」がある。しかし、今日の本稿ではそこまでは触れない。

* 

日本は、GDPが数倍も大きくなった巨大経済の国というだけではなく、技術的にも高度化していく国が、自国の隣に誕生していくことを考えておく必要がある。日本の政治、経済、外交の進路を考える際の不可欠な視点であろう。それなくば、日本は世界の中で落ちこぼれていく。中国に対する見方、日本の中国論は転換が必要なのではないか。「嫌中」「反中」だけでは、虚勢を張っても、世界の孤児になりかねない。

*本稿の表題を「再論」としたのは、筆者は早くから繰り返し警鐘を鳴らしてきたからである。そのリストの一部は本稿初出論文の末尾参照。

かのう・よしかず

1943年奄美大島生まれ。エコノミスト。一橋大学大学院博士課程修了。(財)国民経済研究協会理事長、会長を経て、拓殖大学教授、帝京平成大学教授。日本経済大学大学院教授を歴任。「ミャンマー研究会」主催。主な著書に『赤い資本主義・中国』(東洋経済新報社、1993年)、『実験国家・中国』(同、1997年)、『走るアジア遅れる日本』(日本評論社、2001年)、『産業空洞化はどこまで進むのか』(同、2003年)、『新世代の農業挑戦』(全国農業会議所、2014年)ほか。

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