特集●驕れる者久しからず

トランプ政権の「破滅」が始まった

懸念は「中東」「北朝鮮」での「暴発」

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

「米国の価値」に挑戦

米大統領はオールマイティとトランプ氏は思い込んでいたのだろう。「米国の価値」に挑戦を繰り返して混乱を引き起こし、批判を浴びてきた。それでもトランプ氏はこの現実を受け入れるのではなく、逆に強行突破を図ろうとしてさらなる苦境に追い込まれている。米メディアには、トランプ氏には大統領の資質はない(A・ブレイク、ワシントン・ポスト紙コラムニスト)、不適任(R・マーカス、同紙などに寄稿する女性ジャーナリスト)、トランプ大統領の破滅の始まり(D・W・ドレズナー、タフツ大教授)など、生れて半年を過ぎたばかりのトランプ政権を、はっきりと見捨てる有力ジャーナリストや政治学者の主張が次々に掲載されるようになった。

トランプ氏が大統領選挙で予想を覆す勝利を収めたとき、共和党系穏健派も含めた著名なジャーナリスト、政治学者からトランプ大統領の再選はないし、1期目のうちにも議会の弾劾によって辞任を迫られるだろうとの見方が出た。これは「反トランプ」の希望的予測ではなく、慧眼だった。

トランプ大統領はこれからどこへ行くのか。追い詰められて人気取りの派手な行動に出る可能性が高い。特に懸念されるのが「内憂を外患にそらす」ための外交での冒険。的中してほしくない懸念がある。トランプ氏が持ち前の「癇癪」を起こして中東紛争や北朝鮮核問題で「暴発」する心配だ。

大統領ではなく「国王」

トランプ氏の大統領像が米メディアではどうとらえられているかを知るに格好の報道をいくつか挙げる。最初はトランプ政権の初閣議の模様を報じた報道。初閣議がやっと開かれたのは政権発足から5カ月も経った6月中旬だった。この時もまだ4つの省庁のトップは決まっていなかった。

閣議の冒頭、トランプ大統領は「こんな短い期間にこれほどの数の法律を通し、多くを成し遂げた大統領はいない。F・ルーズベルトは大恐慌対策でわれわれ以上の法案を通したが、これは例外だ」とまず自画自賛。次に各閣僚に順次発言を求めた。ペンス副大統領が「私の生涯最大の特典はこの大統領のもとで副大統領として務めさせてもらっていることだ」と大統領を持ち上げると、あとは閣僚たちの「トランプ礼賛」のオンパレードとなった。

トランプ氏はにこやかに、その1人ひとりにうなずきながらご満悦の態。ただ1人、マティス国防長官が「米軍将兵や国防総省の人たちの代表としてここにいるのは光栄」と述べたときは険しい表情を見せた。

初閣議のこのくだりは日ごろ敵視する記者、カメラの取材に公開された。閣議での「短期間にこれほど多くを成し遂げた」という大統領発言はもちろん「フェイク」。実際は内政も外交も、何をやってもうまくいかない。「ロシアゲート」で司法妨害の追及を受け、政権運用とファミリービジネスの一体化は憲法違反とする訴訟も広がろうとしている。そんな追い詰められた中で「偉大な大統領」ぶりを報道させようとの演出だったのだろう。「ウオッチドッグ」(権力監視)が役目と任じるメディアには逆効果だった。

「自画自賛、次はお追従」(ニューヨーク・タイムズ紙)、「かつてない気味の悪い閣議」(CNNコメンテーター)、「ぞっとするほど驚いた」(NBCテレビ・コメンテーター)など。このほか「閣議が賛美の集いに」「何とも異様」「見苦しい」などの反応がメディアを賑わせた。

ベテラン評論家R・コーエン氏は初閣議の暫く前に「トランプの絶対主義」と題したニューヨーク・タイムズ紙のコラムで「フランス国王ルイ14世は『朕は国家なり』と言ったが、トランプ氏は大統領も同じと考えている。トランプの世界においては自分が判事であり、陪審員であり、執行者だった。それを変える理由はないと思っている。憲法にあるチェック・アンド・バランスが何か知らないのか、あるいは無関心だ」と書いている。コーエン氏は初閣議の様子を見通していたかのようだ。

7月4日はトランプ政権下で初めての独立記念日だった。D・フラム記者(アトランティック誌エディター)は次のように記した(同誌電子版)。

「不可解なことに外国の力を頼りにし、独裁者たちを褒め称え、憲法のもとにある報道の自由をはじめとする自由の諸制度や司法の独立などによって、やりたいことが通らないと(この憲法体制を)公然とバカにする。トルコ、ハンガリー、ウズベキスタン、フィリピンなどの統治者たちと接しているときの方が、先進諸国のリーダーたちと一緒にいるときよりもずっと心地よさそうな大統領を米国は選んだ。米国はなぜ、このような人物に対して脆弱なのか」

フラム記者の経歴を紹介しよう。カナダ生まれ(米市民権取得)で、米国の大学を出て保守系の新聞、雑誌の記者となり、ネオコン思想に共鳴してブッシュ(息子)大統領のスピーチライターになった。同大統領がイラク、イラン、北朝鮮3国を「悪の枢軸」と非難した2002年頭教書は同記者が書いたとされる。ホワイトハウスは1年で辞めて保守系シンクタンクに入り、政権のイラク、アフガニスタン戦争などの強硬路線の批判に転じた。オバマ大統領の2回の選挙では共和党候補に投票した。しかし、オバマ政権の「何でも反対」の共和党への批判を強め、2014年にリベラルなアトランティック誌に移り、昨年の大統領選では初めて民主党のクリントン候補に投票した。

フラム記者のネオコンからリベラルへの遍歴は、冷戦終結後の共和、民主両党の激しい権力争奪闘争の経緯と重なっている。トランプ氏の大統領選の勝利は予想外とされる。だが「反リベラル」から「反オバマ」へと硬直した保守イデオロギーが支配を強め、穏健派がほとんど姿を消した共和党の行き着いた先が「トランプ」だったということができる。

「オバマケア」で醜態さらす

トランプ政策を貫く原則は「オバマの遺産」の否定だから、オバマ氏の最大の遺産と言われる低所得者層向け医療保険制度「オバマケア」にまず矛先が向く。オバマ政権と民主党は2010年、歴代同党政権の悲願だったこの制度を、共和党の強硬な反対で大幅な譲歩を受け入れながらも実現にこぎつけた。社会保障制度は原理的に反対の共和党は直ちに同制度廃止の戦いに取り掛かった。トランプ候補も廃止を掲げた。だが、同制度のお陰で2016年末までに4,500万人と言われた無保険者は半分に減り、2,300 万人が初めて被保険者になった。その中には共和党支持の白人低所得層も多数含まれていた。

トランプ氏はそこで「廃止するが、代わりにもっといい誰でも入れるいい制度を造る」と発言。共和党は困った。「オバマケア」は廃止、浮いた政府拠出金を企業・高額所得者の減税の穴埋めに回すことを目論んでいたからだ。共和党はやむなく多数を占める下院で見直し案をまとめて上院に送った。これが実施されるとどうなるか。議会予算局が試算したところ、被保険の条件を厳格にしたために2,300-400万人が保険を維持できなくなり、8,000億ドルの政府資金が生じることが分かった。「見直し」と言いながら廃止と同じ効果を生む。

上院の議席は52対48と僅差。共和党から反対が3票以上出ると採択はできない。共和党の中には廃止を求める原理主義派のほかに、下院案では低所得層の支持を失うとして反対する少数の穏健派がいる。共和党本部には「オバマケア」存続を強く訴える支持者の声が殺到したといわれる。党首脳部は密室にこもって下院案をいじくり回したすえ、代案つくりを断念、夏休み入りとなった。

トランプ氏は激怒し、「まず廃止、代替案はあとで考えろ」と夏休み返上の号令をかけた。上院議員は大統領の部下ではないとの反発も出たが、継続審議が決まり、先ず下院案を採決した。結果は賛成45、反対55で否決した。共和党から7 人が反対に回った。

続いて上院共和党のトップ、マコネル院内総務が「オバマケア」の柱である保険加入の義務付けなどの重要な項目を削除して全体を「骨抜き」にする案を提出、これも賛成49、反対51の2票差で否決した。共和党から反対した3人のうち2人はこれまでも党指導部に批判的な穏健派だが、3人目は党の重鎮とされるマケイン氏(外交委員長)。脳腫瘍の治療を受けている病院から駆け付けて劇的な1票を投じた。マコネル氏は50対50になり、ペンス上院議長(副大統領が兼任)のタイブレークで決着を図るつもりだった。

マケイン氏の決意の行動は党指導部および大統領に対する厳しい批判だった。彼らがこれを無視して「オバマケア」のあくまで廃止または「骨抜き」に固執するのか。強行すれば白人低所得層の支持を大きく失うことは明らかである。

「オバマケア」をめぐるドタバタ劇をメディアは醜態をさらしたと報じている。トランプ氏と共和党指導部のリーダーシップに深い傷がつき、共和党のトランプ離れが始まったといわれる。

強硬人事-与党との「亀裂」深まる

トランプ政権が初の閣議を開いたのは6月半ば。4つの省庁の長官は空席のままだった。省庁の長官以下の首脳部で議会の承認を必要とする副長官、次官、次官補レベルのポストは553あるのに、決まったのは1割にも満たない40に過ぎなかった(「現代の理論」デジタル12号参照)。いまだに政権の体はなしていない。トランプ政権に身を投じる人材がほとんどいないという現実なのだ。

トランプ氏はそんなことにはお構いなしのようで、「政権の顔」と言われる大統領報道官スパイサー氏を事実上解任、投資会社創始者で友人のスカラムッチ氏を空席だった広報部長にすえた(7月21日)。トランプ氏はメディアのトランプ批判を抑えられないスパイサー氏に不満。スパイサー氏はトランプ氏から事実を知らされないままメディアの批判にさらされてきたことに不満。そこにメディア対策には全くの素人を上役の部長に持ってこられたことに耐えられなくなって辞任したという。

この人事にトランプ氏の娘イバンカと婿クシュナー上級顧問の両氏が賛成、スパイサー氏と同じく共和党から政権に入ったプリーバス首席補佐官が反対し、政権中枢部の亀裂が露呈された。縁故政権の孤立の図をさらに鮮明にしている。

スカラムッチ氏とは何者? さっそくテレビ・インタビューなどに走り回っているが、ある記者に電話をかけてきて「政権の重要情報を外部に漏らしているのはプリーバス」と決めつけ(フェイク)「彼はどうにもならない精神分裂の偏執症だ」と罵倒したという。トランプ氏そっくりの「ミニ・トランプ」という見方が広がる間もなく、トランプ氏がプリーバス首席補佐官の辞任、後任に軍出身のケリー国土安全保障長官を充てる人事を発表した(同28 日)。

プリーバス氏は選挙戦で共和党主流派がトランプの非難・中傷攻撃を受けて脱落していく中でトランプ支持を貫き、首席補佐官としてホワイトハウスと共和党をつなぐ重要な役割を担っていた。1週間前に辞めさせられたスパイサー報道官も全国委員会の報道部長を務めていて、この2人が相次いで辞めさせられたことで共和党とトランプ氏の間の溝がさらに深まった。 

トランプ氏は相前後してトランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)を軍隊から占め出すという突然の決定をツイッターで明らかにした(同26日)。軍当局は何も知らされていなかった。米軍が性的少数者(LGBT:男女の同性愛者、両性愛者、心・体と性の不一致)を受け入れるについてはクリントン氏ら歴代大統領が頭を痛め、段階的に枠が広げられてきた経緯がある。トランスジェンダーはオバマ政権時代の2016 年、軍当局が医療や性的適合手術を実施することで入隊を認めることになった。

報道によると、軍現役兵士に約2,500 人、予備役に約1,500 人のトランスジェンダーがいる。トランプ氏は軍の運用面で混乱を生じ、医療コストの負担が大きいことを理由に挙げた。だが、トランスジェンダーの軍勤務は英国、オーストラリアなどの同盟国の多くでも普通のことになっているし、医療費も特別な負担にはなっていないとされる。軍当局はツイッターだけでは動きようがないと具体的指示待ち。民主党や人権団体は直ちに反対を声明、共和党のマケイン上院軍事委員長らも批判している。

突然の「締め出し」は人気低迷の中でLGBTに反対の多いキリスト教福音派などの白人保守派へのアピールと、「反オバマ」のひとつ。だが、大きな誤算となりそうだ。

「ロシアゲート」捜査潰し図る

トランプ氏は共和党議員の中でいち早くトランプ候補を支持して司法長官のポストをもらったセッションズ氏を追い落とそうとして、議会共和党との関係をさらに悪化させている。セッションズ氏は「ロシアゲート」の捜査の対象にされていることから、同事件の捜査にはタッチしないと声明している。利益相反を避けるのは当然だ。ところがトランプ氏は最近のニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで、捜査に関わらないなら司法長官に任命することはなかったと発言した。これは司法長官としてトランプ氏自身や陣営の要人たちに対する捜査を長官権限で抑えることを期待して任命したことを意味している。

トランプ氏はその後もセッションズ氏攻撃を続けている。セッションズ氏は南部アラバマ州選出のウルトラ保守派上院議員だった。議会生活20年の古顔で、トランプ氏の執拗なセッションズ攻撃に議会共和党からは強い反発が起こっている。セッションズ氏はいつでも辞めると言っているが、トランプ氏の解任強行を待っていると見られる。

トランプ氏は就任後すぐにコミー連邦捜査局(FBI)長官を再三呼び出して、自分が「ロシアゲート」の捜査対象になっているのか尋ね、自分に対する「忠誠」を求めた。コミー長官が拒否すると解任した。FBI長官の任期は特別に10年とされている。大統領の長くて2期8年の任期を超えている。大統領が権力を乱用してFBI捜査に介入することは許さないという民主主義の「チェック・オブ・バランス」である。コミー長官の解任も、セッションズ長官への不満も、トランプ氏が民主主義の基本ルールに全く無知であることを示している。あるいは知ったうえで、平然と無視しようとしているのかもしれない。

トランプ氏は「ロシアゲート」捜査に対抗して著名な弁護士を何人も雇い入れている。彼らは事件の捜査に当たるモラー特別検察官とそのスタッフの捜査官らが民主党や反トランプ勢力とのつながりがないかの身辺調査を進めているという。何か探し出して捜査の公平性を傷付け、「捜査潰し」を狙っているのだ。トランプ氏はまた弁護士に大統領の恩赦権について詳しく問い合わせたうえで、ツイッターに「大統領が完全な恩赦権を持っていることは誰もが同意している」と投稿した。自分や家族が罪を問われた場合、大統領特権を発動すると誇示したのだろう。大統領が自分を恩赦するとは前代未聞。トランプ氏が「ロシアゲート」が議会の弾劾につながることをいかに恐れているかを示している。

米国大統領は、在職中は議会の弾劾裁判で有罪とされる以外は、犯罪行為の訴追を免責されると一般的に理解されている。クリントン大統領が女性問題に絡んで弾劾されたが、無罪判決を受けた。この事件の捜査にあたったK・スター特別検察官のチームが大統領免責は憲法上保障されているわけではなく、訴追は可能という判断を下していた。ニューヨーク・タイムズ紙が情報の自由法に基づいて国立公文書館から入手した文書に基づいて報道した(7月24日)。トランプ氏には気になる報道だ。

「民主主義と人権」抜きの演説

トランプ氏が苦境脱出を賭けるとすれば外交面での「手柄」つくりだろう。トランプ氏が6月のハンブルグG20(20カ国・地域首脳会議)出席の前に東欧ポーランドを訪問し、首都ワルシャで行った演説が注目されている。ポーランドは民族主義的な右派政権がメディアを弾圧し、司法の独立を制約するなどの強権政治を進めている。政府はEU(欧州連合)からの警告にも知らんふりだ。隣国ハンガリーの右派政権とともに中東・アフリカからの難民受け入れに強く反対し、EUのリーダー、西欧のドイツ、フランスなどをてこずらせている。トランプ氏が心地よさを感じるに違いない国だ。

トランプ氏は第2次世界大戦の末期、ワルシャワ市民がソ連占領軍にたいして蜂起した記念碑の前で演説した。内容はポーランドの独立と自由への戦いの歴史と最近の情勢がごっちゃ混ぜに出たり入ったりして要点がつかみにくいが、「西」はわれわれの文明を転覆させ、破壊しようとしている勢力、過激なイスラム・テロリズム」あるいは「世界に過激主義とテロリズムを広げているイデオロギー」にたいして(文明)を守りぬく熱意と勇気をもっているのか、これが現在の時代の基本的な問題であるという部分がある。

J・ファロー記者(アトランティック誌エディター)は演説を次のように批判した。 

「米国の大統領が外国訪問の機会に行う演説は米国という国家とその理念を広く訴えるものなのに、トランプ氏の演説はこの米国大統領の任務から全く外れたショッキングなものだ」

「文明とは単に人種・民族、宗教の違いだけ、「西」という言葉も地理的な概念だけ、米国のアイデンティティについても同様に、全ての言葉の意味をわい小化して、キリスト教世界とイスラム世界の戦いという単純な構図を描いていて、対立・戦争を煽っている」

英エコノミスト誌も演説はポーランドのポピュリストが書いたのではないか(実際のスピーチライターはバノン首席戦略官兼上級顧問とされる)と思うような内容で、米国外交の基本理念である民主主義や人権擁護という言葉は出てこなかったとコメントを載せた。

英ケンブリッジ大のS・ワートハイム教授はニューヨーク・タイズム紙「意見欄」に「『トランプ・ドクトリン』の誕生」と題した論評を寄せ、こう批判した。「トランプ氏は『米国第一』外交を唱えているが、フィリピンのドウテルテ大統領型の世界の警察官となってロシアをパートナーに、ポーランドをはじめとする東欧や中東、アジアの強権国家をつなぐ軍事同盟を率いる野心を抱いている」

トランプ氏はオバマ氏の「弱腰外交」が米国の国際的影響力を失わせたと批判してきた。オバマ外交に対置するのは「強腰外交」となる。トランプ氏が演説を自讃する背後には、ワートハイム教授が指摘するように「強権国家同盟」構想があるとみて不思議ではない。米国の外交・安全保障政策がどうなるのかについて欧州は米国自身より敏感のようだ。

「トランプの戦争」始まる

オバマ氏が中東で「弱腰」を貫いたのには十分な理由があった。中東で続いている戦乱ほど複雑な紛争は歴史上、稀有ではないかと思う。国家領域を超えてモザイク状に分布するイスラム教スンニ、シーア両派の宗派対立に、アラブ・スンニ派の大国サウジアラビア、。とシーア派を率いる非アラブの大国イランの地域覇権争いが覆い被さる。そこに「イスラム国」(IS)その他のイスラム過激派勢力、シリア・アサド政権軍と反アサド各派、イラン義勇軍、国を持たない最大の少数派民族と言われるクルド民族民兵部隊、隣接するイスラム大国トルコ、ユダヤ人国家のイスラエル、そして超大国の米露・・・。

各勢力の利害は縦、横、斜めに複雑に絡み合っている。味方かと思えば敵にもなる。敵かと思ったら別の敵にたいしては味方。敵と味方をはっきりとは決められないのだ。「イスラム国」(IS)の掃討戦が最終局面に入り、この戦争に限って終結したとしても、シリアの「分解」をめぐる新たな抗争の始まりでしかないだろう。

この複雑怪奇ともいえる中東紛争の背景には古い歴史があるが、現在の事態に限れば、引き金を引いたのは「9・11テロ」を受けた米ブッシュ(息子)政権が2003年に始めたアフガニスタンとイラクでの戦争だった。その泥沼からいまだに抜け出せない米国には「戦争疲れ」が拡がっている。オバマ氏は米軍を「イスラム国」(IS)掃討作戦の情報・兵站支援と限定的空爆に参加するだけにとどめ、サウジ対イラン、あるいはスンニ派対シーア派の覇権争いのどちらにもはっきりとは加担しない立場を取った。

トランプ氏は一転、積極介入に乗り出した。シリアでアサド政権軍が化学兵器を使用したとして、同兵器貯蔵施設とみられる空軍基地に巡航ミサイル59発を撃ち込んだ。アフガニスタンでは過激派「イスラム国」(IS)系組織の拠点の地下施設に非核爆弾では最大のGBU34(MOAB)を大型機から投下した。どちらも軍事的には必要のない爆撃とされ、「オバマ弱腰外交」は終わったというデモンストレーションだったとみられる。

トランプ氏はまた、オバマ大統領が最終判断を手離さなかったアフガニスタンとシリアでの軍事作戦実施の権限を現地司令官に委譲、米空軍の出撃数が増えてきた。シリアとイラクでの「イスラム国」掃討戦が最終段階を迎えて、ロシア軍の無差別的に加えて米軍の爆撃作戦が増え、戦争に巻き込まれる市民の犠牲も急速に増えてきた。

トランプ氏の5月サウジアラビア訪問で、同国に批判的だったオバマ時代は過去のものになり、両国の強い結びつきが鮮明に浮かび上がった。サウジ政府が米国の「雇用創出」のため2000億ドルを投資、3000億ドルの米国製武器を購入するという合計5000億ドルの巨額な契約を結ぶことが明らかにされた。ティラーソン国務長官や共和党幹部は何も知らないトランプ独走だった。

サルマン国王は6月、息子のムハンマド・サルマン副皇太子・国防相(31)を皇太子に昇格させる勅令を発表した。サルマン国王ファミリーの内政、外交にわたる強権支配態勢が一段と固められた。王族内の権力闘争でもある。詳細に触れる紙数はないが、サウジや湾岸の産油国はトランプ・ファミリーと強いビジネス関係をもっている。

中東のさらなる爆発を防ごうとオバマ氏が全力を挙げたのがイラン核開発の進行を押さえ込むためのイラン核合意(2015年7月最終合意)だった。中東ではイスラエルが核兵器を保有している。2003年イランが核開発に取り掛かった疑惑が浮上、その成功は中東核戦争の危機に直結する。イスラエルやサウジアラビアなどは話し合いでイランに核を放棄させることはできないと軍事力行使を主張,米国がやらないなら自分たちがやると執拗に迫ったが、オバマ氏は揺るがなかった。

国際原子力機関(IAEA)はイランが核合意を順守していると確認している。だがトランプ政権は「合意の精神」に違反していると無理やりの口実で7月、イランの兵器製造に関係する団体や個人に対する追加経済制裁を発動した。サウジやイスラエルは核合意には抜け穴があると強硬姿勢を変えていない。追加制裁はサウジ側についたというアリバイだったのだろう。トランプ氏は核合意には英、仏、ロシア、ドイツ、中国も参加していることを忘れてはならない。サウジ派対イラン派の直接的な衝突が起これば中東全域が溶解する。イラン核合意はぎりぎり、それを防ぐ国際的な砦なのだ。

「平和協定交渉」へ移行を

ワシントンに新政権ができるとテストに出るのは北朝鮮の常。今度はやり過ぎとも思える。だが、数年おきに同じことを繰り返してきたのだから、北朝鮮の核ミサイルが米国本土に到達可能な「脅威の新段階」に達したとしても当然である。トランプ氏はここでもオバマ政権の「戦略的忍耐」を罵倒してきた。だが、いくらなんでも軍事力による解決はないことは分かっていると思いたい。

トランプ氏は4月に習近平国家主席を自分が経営するフロリダ州の豪華リゾート「マララーゴ」に招いての首脳会談で「首脳同士の好ましい関係」ができたと得意げだった。その後、米中関係は通商問題で中国が歩み寄って大きく前進、トランプ氏も「為替操作国」非難は引っ込めた。強硬姿勢を崩さない北朝鮮には強い影響力を持つ中国に圧力をもっと強めてもらう。習主席はやってくれるだろう。

この「中国頼み」の効き目はちっとも表れない。業を煮やして習主席に直接催促。返ってきたのは「中国は米国の下働きはしない」「そもそも北朝鮮は米国の問題」だった。両国の関係は一気に冷え込んだ。

北朝鮮核問題には中東問題ほど変数は多くないが、南北2つの朝鮮、取り囲む日本、中国、ロシア、それと米国の利害が複雑に絡み合っている。経済制裁といっても何をどこまでやるかは各国それぞれの事情がある。

中国は北朝鮮に大きな影響力を持っているが、圧力をかけすぎて北朝鮮が崩壊に瀕する事態に追い込めば、大量の難民がなだれ込んでくるだろう。さらに韓国主導で南北が統一されれば米国の強い影響力の下に置かれることは間違いない。これは中国の悪夢だ。こんな事情を北朝鮮は良く知っている。

米国は最初の危機(1993年)以来、軍事力行使は(北だけでなく韓国、さらに日本に)耐え難い犠牲・破壊を伴うので選択肢から排除してきた。北朝鮮はこれも承知の上だ。「対話と圧力」を20年余続けたが、北朝鮮に核計画放棄を受け入れさせることはできなかった。

朝鮮戦争は1953年に米国と北朝鮮、中国の3者の間で、韓国が不参加のまま休戦協定が合意されただけで、その後64年間も戦争状態が継続されてきた。冷戦が終ると、北朝鮮はソ連(ロシア)と中国という共産主義イデオロギーで保障された後ろ盾を失い、孤立した。米国との戦争状態は続いている。米国が攻めてくるかもしれない。国家存続のためには米国の攻撃を抑止できる核兵器を持つ。これは狂気とは言えない合理的な判断である。北朝鮮(金王朝)指導者のこの決意と科学技術力を米国も世界も過少評価した。

「対話と圧力」が失敗したのだから、原点に立ち戻って、韓国を加えた4者による戦争状態を終わらせるための平和条約交渉からやりなおすしかない。これは北朝鮮の主張で、最近は中国も支持を表明している。北朝鮮の不法な核開発に屈するのかという反対がでるだろう。だが、米国もブッシュ政権2期目に、ライス国務長官が密かに休戦協定の平和協定への転換を柱にした一括解決を探ったことがあった。これは強硬派ネオコンに察知されて潰され、「核放棄が先決」の硬直路線が取って代わって現在に至った。

しかし、北朝鮮の核・ミサイルが米国にたいする直接脅威になってきたことから、オバマ政権末期には平和協定交渉に切り換える道も探っていたことが明らかになっている。最近では有力ジャーナリストのひとり、F・ザカリアがワシントン・ポスト紙電子版でこれを主張、タブー視された時代は終わった。

平和協定交渉へ転換してもすぐに成果が見込めるとは思えないが、北の核の脅威が野放しで進行する事態には一定のブレーキをかけことにはなるはずだ。この交渉では北朝鮮と韓国の相互不可侵、米中による朝鮮半島の安全保障、北朝鮮の核開発の凍結などを基礎にして、長期的には北朝鮮と韓国の連邦化、朝鮮半島の非核化などを広く話合うことになるだろう。これらは相互にからみあっている。北朝鮮が扱いにくいタフ・ネゴシエイターであることは嫌というほど知らされた。難交渉になることは間違いないが、「対話」の場はこれしかないという現実を受け入れるしかないだろう。

もしトランプ氏が本気で外交上の「手柄」を望むならば、チャンスはここにある。

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事を歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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