特集 ● どこへ行く“労働者保護”

超低額の最低賃金が貧困を生んでいる

誰でも1日8時間の労働で生活できる社会をめざそう

東京統一管理職ユニオン執行委員長・本誌編集委員 大野 隆

私は本誌前号で、年度内の最低賃金再改定を求める主張を述べた。私の所属する全国一般労働組合全国協議会は、全国各地で地方労働局に再改定を求める申入れを行ない、その回数は延べ25回になる。その他の労働団体なども同様の取組みを行なっており、すべての申入れを合わせると、全国で延べ50回を越えていると報告されている。

1.最低賃金年度内再改定を拒む理由はない

ただ、多くの地方労働局の回答は「本省に上申する」に留まり、地方最低賃金審議会が動き出す気配はない。それでも現場に近い地方の担当官は「大変ですね」「物価高騰には対応しなくては」などと、それなりに共感を示すことも多かったという。

私自身は、私たち全国一般労働組合全国協議会を始めとする労組で構成する「最低賃金大幅引き上げキャンペーン委員会」の厚労省本省に対する申入れに参加した。対応した官僚は表情を変えることなく、「物価のみならずあらゆる指標を注視している」と言うのみで、現状に対する見方や方向性は一切語らなかった。もちろん、困っている労働者に対する共感・同情などはみじんも示さなかった。厚労省の役人がこれでは、政府の動きが変わることはないだろうと悲観するばかりだったが、上層の役人には新自由主義的発想がしみ込んでいるのかとも思われた。

ただ、明らかに地方の雰囲気は本省とは異なるように思われる。前述のように地方労働局申入れの時の担当官が「そうですよね」と共感を示すこともあり、少なくとも門前払い的対応はなかったという。また、NHKのローカルニュース(WEB版)では、新潟、山口を始め、いくつかの地域でこの「再改定申入れ」が放映されており(インターネットで見ることができる)、そこでは、最低賃金を年度内にさらに上げろという申入れだと、はっきり伝えられている。このように、地方の「空気」こそが、最低賃金引上げのために重要なのだと実感する。

2.全国一律最低賃金制の確立を

地方との関係で言えば、全国一律制の確立も重要な課題だ。

一例をあげると、最低賃金ランク制で最低のⅮランクとされている岩手県では、全国一般全国協議会・共生ユニオンいわてなどが今年1月23日に、前記再改定の要請とは別に、次のようなことを申し入れた。少し長いが引用しておく。地方の実情を確認するとともに、理不尽な格差が大きな問題であることが理解されるであろう。現在中央最低賃金審議会では「目安全員協議会」でこのランク制の見直しが議論されており、少しでも全国一律制に近づけるためにも、目を通していただきたい。

東北地方の現在の地域最低賃金額は、Dランク岩手県854円、秋田県853円、青森県853円、山形県854円、福島県858円、Cランク宮城県が883円です。Aランクの東京都が1072円ですから、1ケ月の法定労働時間である173.8時間働くとすると岩手県において、東京との間に月に37,888円差がつきます。最低賃金の地域間格差の拡大が地方の人口減少・衰退を促進する要因のひとつであることは明らかなため、近年、多くの地方議会において全国一律を求める意見がでています。岩手県で2020年3月県議会において、全国一律最低賃金制度の確立等、地域間格差を縮小させるための施策を求める請願が採択されています。

地方では自動車は生活必需品であり、その自動車保有費用を考慮に入れると全国どこでも最低生計費は大きく変わることはありません。全国一律最低賃金制度は、若年労働者の都会への流出を防ぎ、地方の疲弊を阻止する役割を果たすことができます。221円まで広がった地域間格差を解消するには、全国一律制度確立に踏み出すことが求められます。

昨年来の急激な物価高が労働者の生活を圧迫しており、最賃の再引き上げが求められている事態でもあります。

Ⅾランク県である岩手県の貴労働局が地域間格差を解消するため、できる限り尽力されるよう申し入れます。

3.貧困撲滅のためにも最低賃金大幅アップを

一方、物価が急騰している現在、社会の実態は悲惨である。緊急の対処が必要だ。そのカギこそ最低賃金の引上げだ。

全国一般労働組合全国協議会・わたらせユニオンの報告によれば、毎年行なわれている「年末炊出し」は、昨年末の場合これまでと大きく様子が違ったという。例年のように、米、野菜、カップ麺等を100人分用意して先着順に渡したが、昨年は60人分しかはけず余りが出たのに、今年は11時の開始予定に対して1時間前から人が並び始め、開始間もなくに100人分がなくなり、追加準備をしたとのこと。食べるものに困るという、究極の貧困状態が現実に起こっているのだ。

1月21日に東京で行なわれた「女性による女性のための相談会」に参加したメンバーによると、こちらも予定数を越える人が訪れたそうだ。まずはおにぎりなどの食べ物と温かい飲み物でリラックスするところから始めるのだが、皆その食事から入っていて、食べることに困っている人が増えている印象だったそうだ。外見からはそうした状況は全くわからない人がほとんどで、深刻な状況を実感したと聞いた。会場の近辺にチラシをポスティングしたが、そのチラシをもってきた人もいたそうだ。

1月30日付けの朝日新聞に「暮らしの安全網に『穴』 生活保護手前の人へ、乏しい『公助』」との記事が載っている。「コロナ禍に物価高騰が追い打ちをかけ、低所得層の暮らしの危機は深刻化している」「生活保護制度や住民税非課税世帯への支援はあるが、対象から外れる層は厳しい」「安全網の『穴』をふさぐため、食料支援や家賃補助などについて公助の拡充が必要だ」と冒頭にある。

続いて「2022年の大みそかの午後。東京・新宿の都庁の足元に、食品配布を待つ長い列ができた。毎週土曜日に配る自立生活サポートセンター・もやいによれば、この日並んだのは644人。支援を始めた20年4月の6倍を超す水準だという。女性や子ども連れも並んでいる」と、現場の報告がなされている。添付されていたグラフは、現状を分かりやすく伝えているので、ここに引用させていただく。(図1)

図1 低所得層の暮らしの危機の現状

  (出所)『朝日新聞』1月30日紙面

このグラフなどからわかるのは、炊出しや無料食料配布に集まる人が急増しており、小口貸付の利用も多いが、一方で生活保護受給者は増えていないこと、統計的に世帯所得が減っているのが明らかなことなどである。要するに、生活保護は受けない(受けたくない)あるいは受けられないが、生活保護受給資格のボーダーラインにいる人が増えており、深刻だということだ。

記者は「公助」が必要だと主張するが、ここにこそ最低賃金の引上げの必要性が見えるではないか。最低賃金制度があり、それをまともに運用すれば、つまり人間らしい最低限の生活を賄える額に最低賃金を引上げれば、こうした貧困は克服できる。ここでの「公助」を最低賃金問題として論じてほしいと、強く思った。

逆に言えば、メディアを含めて社会の「上層」の人たちは、「低賃金」状態を想像することはできないのかもしれない。あるいは、賃金引上げがそこまで重要だと実感していないのだろう。それほどまでに社会の格差と分断は強まっているということでもある。

おそらく、こうした食料支援などを受ける人たちは、皆必死に働いている。それでも時給が安く最低賃金ギリギリの額だったり、働く時間が十分に確保できなかったりして、結局食べていくのもやっとなのだ。そもそも生活保護は働いていては受給できないという。問題は逆だろう。働いて暮らせるように援助することこそが「公助」ではないのか。まともに働いても食えない社会を建て直すには、最低賃金引上げこそが最良・最大の解決策であり、問題のポイントだ。

それも、政権や大企業が言うように経済を回すために必要なのではない。日々食べていくために、生きるために必要なのだ。最低賃金引上げを繰り返し主張したい。

4.超低額最賃が非正規労働者の貧困の原因だ

本誌30号でも神奈川の最低賃金を示したが、昨年10月からの最低賃金改定のための議論に使われた厚労省の資料から、神奈川県の最新の賃金分布を示したい(図2)。2020年度の低所得層の賃金実態のグラフである。最低賃金近傍の労働者の賃金分布を示す。図を変形しているので見づらいが、厚生労働省のホームページから取り出したものである。

実際の人数を比較するために縦軸(労働者数)の目盛りを同じ大きさに合わせて、3つのグラフの高さ(=短時間労働者や一般労働者の数)が見た目で比較でき、グラフ上で確認できるようにした。時給10円刻みで該当する労働者数を棒グラフにしているので、棒の高さがその賃金額の労働者の数を表し、従って黒い部分の面積が労働者の数を表していることになる。労働者全体と非正規労働者のグラフの上端は8万人、正規(一般)労働者の上端は1万6千人である。

図2 神奈川県の正規・非正規労働者の時給の比較

前回も強調したが、ともかく低賃金労働者の賃金が最低賃金に張りついていることがよくわかる。最低賃金で働く労働者数が最も多く、右へ行くに従って(賃金が10円刻みで増えるに応じて)減っていく。一般的なものの分布とは明らかに異なり、最低賃金で働く労働者が最大の数になっているのである。

しかも、短時間労働者のグラフの形と全労働者のそれが極めて似かよっているところから、この最低賃金に張り付いたうちの大部分は間違いなく非正規労働者である。非正規労働者が最低賃金ギリギリの低賃金で働いているという現実も示されているのである。

そして、前年(上記30号のグラフを参照されたい)と比べると、非正規労働者が2万人ほど減っているように見受けられる。つまりコロナ禍で雇用を切られた不安定な雇用が、やはり非正規労働者だったこともわかるのである。

以上をまとめると、低賃金問題や雇用の不安定さは非正規労働者に伴う問題だと断言できる。多少乱暴に言えば、最低賃金引上げ要求は非正規労働者の生活改善要求と同じなのである。

労働組合運動としては、この非正規の賃金を上げる(グラフの縦の棒を右へ寄せる)ことに取り組み、結果として最低賃金を引上げることができる。また、政治も動かして最低賃金額の引上げ(誰でも1500円)が進めば、グラフの縦棒全体が右へ動くので、結果として非正規労働者の賃上げにつながることになるだろう。

5.国際的にみても日本の最賃はダントツに低い

国際的にみると、日本の最低賃金は極めて低い。そればかりか、この間の物価高騰に対して、引上げ方がとんでもなく鈍い。

以下に示す一覧表をご覧いただきたい。これは、インターネット上に最新の最低賃金データを掲載されている「大野威研究室」の「労働関係データ」から引用させていただいた(図3 現在適用されている最低賃金を太字にして、円換算を付した)。

図3 最低賃金の国際比較

フランスでは1月に最低賃金が改訂されるが、改訂から物価上昇が2%を越えると、次の1月を待たずに即座に最低賃金を引き上げる仕組みがあるという。また、カナダは各州によって最低賃金額が異なり、表にある連邦で決められた最低賃金は連邦規制下にある業種だけで適用されるが、各州の平均額はその水準である。

末尾に日本の最低賃金の推移が示されているが、その低さが際立っている。韓国が1000円ちょっとになっているほかは、ほとんどの国が1500円を越えている。しかも、各国とも改訂時の上げ幅が大きい。ドイツなどはこの1年間に3回も最低賃金を引き上げている。

日本の最低賃金は世界的に見ても低額で、労働者の生活を支えられるものではないことが明らかだ。その最低賃金に引きずられて、非正規労働者の賃金が低く抑えられている実情を見ると、もはや日本政治は人の命をないがしろにしているとも言えよう。

次は、アメリカの最低賃金である。以下の資料(図4)は、インターネットで見つけたジェトロの資料で、この1月からの各州の最低賃金を示している。

図4 アメリカの最低賃金引上げの動向

従来、アメリカでは最低賃金が低く、格差の激しい側面がそこに現れていると言われてきた。しかし具体的に見ると、この1年の引上げ幅は大きく、10%を越えている州もある。額でも15ドルを越えている州もあり、平均でも13~14ドルというところだろう。1ドル130円で計算すれば、14ドルは1820円になる。ほとんど日本の2倍だ。為替の変動も考えなくてはならないとしても、日本の最低賃金が低すぎること、そして引上げのペースが遅すぎることは明らかである。

6.貧困線以下に最低賃金を決める制度は役に立たない

国際比較の最後に、所得の中央値に対して最低賃金がどの程度の水準にあるかを見ておきたい。なかなかデータが拾えなかったのだが、以下の表は、東洋経済オンラインにおける、デービッド・アトキンソン氏の論考から引用させていただいた(図5)。データは2020年のもののようだが、それより新しいものを探せなかった。アトキンソン氏については、特に労働組合関係者の間ではさまざまな評価・意見があることを承知しているものではあるが、上記の主張には聞くべきものがある。

所得の中央値とは、すべての人を所得額の順に並べた時の、ちょうど真ん中にいる人の所得額である。100人いれば真ん中の50番目ということだ。ちなみに「相対的貧困率」とは、この所得の中央値の半分以下の所得の人たちの全体に対する割合を言う。

図5 所得の中央値に対する最低賃金の割合

そもそも図を見て明らかなように、日本の最低賃金は所得の中央値に対する割合でも随分と低い。日本の最低賃金が中央値の半分以下だということは、つまりは貧困者と数えられるレベルよりも低いところに最低賃金が設定されているということを示している。働いても貧困から抜けられないということが、日本の最低賃金制度下では容認されているわけである。

おおの・たかし

1947年富山県生まれ。東京大学法学部卒。1973年から当時の総評全国一般東京地方本部の組合活動に携わる。総評解散により全労協全国一般東京労働組合結成に参画、現在全国一般労働組合全国協議会副委員長。一方1993年に東京管理職ユニオンを結成、その後管理職ユニオンを離れていたが、2014年11月から現職。本誌編集委員。

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