特集 ● どこへ行く“労働者保護”
23春闘を持続的賃上げへの「転換点」に
5%満額獲得が日本「万年割安」脱却のカギ
グローバル総研所長 小林 良暢
岸田首相は、年初の1月5日、東京都内で開かれた経団連など経済3団体の新年祝賀会に出席し、物価上昇を超える賃上げを経済界に求めた。さらに連合の新年交歓会に出席した岸田首相は、連合の賃上げ要求に触れて、「政府としても取り組みを後押ししたい」と述べた。これに対して連合の芳野会長は、「最低賃金の見直しや非正規雇用者の処遇改善など、全体の底上げをすることが先決である」としつつ、23年春闘に向けて、今年はターニングポイントの年だとして、「実質賃金を上げ、経済を回していくことが今まで以上に大切だ」と強調した。
一方、ニトリホールディングスの白井俊之社長は、経済団体での挨拶で2023年の春季労使交渉について、基本給を一律で底上げするベースアップと定期昇給(定昇)を合わせた賃上げ率について「最低でも4%を確保したい」と述べた。このベアが実施されれば、20年連続となる。
賃上げに「前向き」な企業トップ?
経団連、経済同友会、日本商工会議所の経済3団体トップは、新年5日に東京都内で恒例の年頭の記者会見を開いた。この席上、春闘への対応について、経団連の十倉雅和会長は「一時的な賃上げでいいという議論もあるが、それではいけない。ベースアップを中心に、物価高に負けない賃上げをぜひお願いしたい」と述べ、「構造的な賃上げ」を実現するよう呼び掛けた。
また、同友会の桜田謙悟代表幹事も、「平均値で達成できるかと言えば、簡単ではない」と指摘、業種、企業ごとに業績のばらつきがある中でも、「出せる企業ではそれ以上の回答を考えている社長もいる」として、賃上げで平均値を示すことに疑問を呈した。
さらに、今年の世界経済の見通しについては、経済界からは欧米のインフレの行方や中国経済の動向をリスク要因に挙げ、「世界経済は想定以上に悪い」(桜田氏)との見方も出た。ただ、日本経済については、「ようやくウィズコロナが実現しつつある」(十倉氏)、「全般的に経済活動は回復に向かっている」との見方を述べた。
持続的賃上げへの「転換点」
これに対して連合の芳野友子会長は、春闘での賃上げについて、23春闘は「今年がターニングポイント(転換点)の年。実質賃金を上げ、経済を回していくことが今まで以上に大切だ」と、持続的賃上げを強調した。連合は今春闘の闘争方針で、基本給を底上げするベースアップを含め5%程度の賃上げを決定した。
2023年春闘に向けて連合が正式決定した要求は、基本給を一律に引き上げるベースアップ要求を3%程度とし、定期昇給分の2%を含めて5%程度の賃上げを図るという内容である。連合のこの間の賃上げ目標は、7年連続で4%程度だったが、今年は急激な物価上昇を踏まえて、5%に引き上げた。
電機連合、ベア7000円以上要求
連合構成組織では、電機連合が2023年春闘で、基本給を底上げするベースアップ(ベア)の統一要求額を月額7000円以上とするとし、物価高を踏まえ2022年から2倍超に増額した。電機連合が掲げるベア7000円以上は、25年ぶりの高水準だ。
25年ぶりと言えば98春闘以来だ。この年の春闘で鉄鋼労連が隔年協約として、「横並びが崩壊」したために、「パターンセッターなきリード役不在」と言われ、以降は前年実績割れ要求が5連続となった、その転機となった春闘である。
それから四半世紀、23春闘で電機連合が、ベースアップ(ベア)を含む統一要求額を「月額7000円以上」と機関決定する方向だという。世界インフレの襲来で、生活必需品の値上げラッシュなど消費者物価が高騰していることを加味し、25年ぶりの高い水準の要求を掲げる。
電機連合など産業別労組が加盟する金属労協は、昨年12月、要求基準を「月額6000円以上」とする方針を決定しており、これを上回る。電機連合は、これまで9年連続で賃上げを獲得しているが、今春闘は歴史的な物価高を踏まえ、前年掲げた「月額3000円以上」の2倍を超える要求で、大幅な賃上げを迫る。日立製作所・松下電産などの中央闘争委員会12単組を中心に1月26日に開催する中央委員会で統一要求を決定し、統一闘争で23春闘に挑む。
JCはベア6000円以上
自動車や電機など主要な産業別労働組合でつくる金属労協は、2023年の春季労使交渉で、賃金を一律に引き上げるベースアップ(ベア)を月額6000円以上とする要求方針案を発表している。22年の水準(同3000円以上)の2倍で、2015年以来8年ぶりに高い水準となる。物価上昇で家計負担は重くなっており、要求引き上げが必要と判断したとする。
この要求はJC協議委員会を開いて正式決定するが、ベア要求は10年連続となる。委員会に先立ち記者会見した金子晃浩JC議長は、「働く者の安心・安定を担保することが、例年にないポイントだ」と述べた。
金属労協は自動車総連、電機連合、基幹労連、ものづくり産業労働組合(JAM)、全電線の5つの産別労組で構成し、組合員数は200万人を超える。
23年春季交渉では、JAMが既にベアで月額9000円、定期昇給(定昇)を含めると計同1万3500円以上の賃上げを求める方針案を発表している。今後、各労組が金属労協の要求方針も参考に方針を決めることになる。
金子JC議長は、ベアの伸び率について「厳密には集計をしていない」と述べるにとどめた。
「万年割安」返上なるか日本産業
令和5年最初の取引となる東証「大発会」は、世界的なインフレや金融引き締め、景気懸念に翻弄され、日経平均株価は4年ぶりに下落して今年最初の取引を終えた。これで果たして日本経済は、「万年割安」の汚名を返上できるだろうか。
いくらか期待の兆しと言えば、ひとつはコロナ禍からの経済回復期待とIMFが下方修正した23年の日本の実質GDPが1.6%増と下げ幅が小さかったこと、いまひとつは円安の一服くらいのようだ。バッドニュースは、日銀が事実上の金融引き締めを決めたことで、昨年12月下旬にトヨタ自動車など輸出関連銘柄が軒並み株価を下げ、さらに年初来安値をつけたことである。
万年割安感が漂う日本産業が、海外マネーを呼び込むためには何が必要だろうか。大きな可能性が見込めるのは、23春闘での5%満額回答だ。
昨年暮れに大幅賃上げを表明したニトリの白井俊之社長が、前述のように、23年春季交渉についてベースアップと定昇を合わせて「最低でも4%を確保したい」と発言した。ニトリのベア実施は20年連続となる。また、キヤノンも20年ぶりのベアを実施すると伝わって株価が一時急上昇した。春闘を控えて株式市場では賃上げは買いだ。
日本経済の構造的な人手不足のなかで、優秀な人材確保を通じて中長期的な成長力を高めるとの期待もあり、春闘を通じて日本経済の構造改革を進めることが、日本の「万年割安」からの脱却のカギとなる。
こばやし・よしのぶ
1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』(中央大学出版部)など多数。
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