論壇
メディアが変質すると社会も変容する
デジタル“革命”で深刻な新聞・テレビの凋落
ジャーナリスト 西村 秀樹
米国議会襲撃事件に見られるように、民主主義を標榜する国家で民衆の分断が進む。権威主義国家では香港の新聞が廃刊に。ネットの世界でFaceBookは強欲さが暴露され、新しいメディアの功罪が鮮明になった。デジタル“革命”で社会が激変にむかう。
米国議会襲撃事件
これほど驚いた出来事はここ10年なかった。米国連邦議会議事堂への襲撃事件のことだ。民主主義の国で武装した数千人の群衆が議会を襲撃する。暴動の結果、死者も出た。
一年前の2021年1月6日、この日はアメリカにとって特別な日だった。どんな日かというと、4年に一度、現職の大統領から選挙で選ばれた新しい大統領へ権力の移譲が平和裡に行なわれる日。「世界で最も古い民主主義国家」を標榜する米国、その民主主義を象徴する米国連邦議会議事堂で、この日、トランプ政権の副大統領ペンス(もちろん共和党員)がセレモニーを司り、上下両院の合同会議で新しい大統領を正式に決定するアメリカ合衆国のもっとも重要な儀式を控えていた。建国以来200年を超え成熟した国で本来は通過儀礼のはずだった。
一方、同じ時刻、議会外の集会場で一人の男が吠えていた。
「ストップ・ザ・スチール(盗みを止めろ)。選挙結果が盗まれた」。一段高いステージに立って目の前の数千人の群衆を行動に煽りたてていたのが、世界最強の国の大統領ドナルド・トランプ。1月末に新しい大統領が就任するまではトランプが現職。その現職大統領が群衆に連邦議会への抗議活動を煽っていた。
前年11月3日、大統領選挙を決める一連のややこしい間接選挙の投票が終わり、州ごとの「選挙人」の内訳が決まった。バイデン306、トランプ232。敗れたトランプは各州の結果に対し異議を申し立て、裁判に持ち込んだ。しかし、異議申し立てはことごとく各州の裁判所でしりぞけられた。
「ペンシルバニア大通りを行進しよう」
トランプは支持者の群衆にこう叫んだ。ペンシルバニア大通りとは、トランプ支持者数千人が集まった集会場から、米国議会棟へ向かう大通りだ。トランプは群衆に「蹶起」を呼びかけた。
数千人の群衆は一つのまとまったグループではなかったが、その多くはトランプ大統領のキャッチコピー「Make America Great Again(アメリカを取り戻そう)」赤い野球帽をかぶっていた。群衆は議会に到着した。およそ2000人の警察官が警備していたが、群衆は武器を所持していた。警察官は腰がひけていた。武装した群衆は議会の窓ガラスを叩き割り、議事堂内部に侵入し、発砲した。
米国司法省の発表によると、侵入した人数はおよそ800人。死者は警備していた警察官を含め5人(6人説あり)、706人が刑事訴追され(2022年1月集計)、一部はすでに有罪判決を受けた。
私は日本の自宅で、ほとんどリアルタイムでテレビが伝えるトランプ支持者の暴動を見ながら、とっさに一つの出来事が頭に浮かんだ。1917年のロシア十月革命。労働者らボルシェビキが武装蜂起し、ペトログラードの冬宮などを占拠、権力を奪取した出来事。
左翼ラディカリストと、トランプを支持する右翼ラディカリストとは思想が180度異なるとはいえ、自分たちの主張を貫徹するためなら武装し暴力を肯定し、大統領選挙という民主主義のプロセスを潰す試みは、アメリカ史に残る汚点。それほどの大事件だった。
1年後でも、4人に1人がトランプ支持
あれから1年。2022年が明けた1月6日、ジョー・バイデン大統領が米国国民向けに演説をした。20分超の演説の大部分を、トランプおよびトランプに同調する共和党議員、その支持者への糾弾に費やした。
「(トランプは)歴史上初めて、選挙で負けただけでなく、平和的な権力の移行を阻害しようとした」と非難。その上で「(暴動自体が)米国を壊そうとする行為は南北戦争時にも起きなかった」として、民主主義が危機に直面していると危機感を強調した。
日本のテレビ新聞も一年前の事件だが、大きなスペースをさいて報道した。
ではアメリカ国民はこの事件をどう見ているのか。結論から言うと国民は分裂している。キニピアック大学(世論調査に定評がある)の調査によると、「政府に対する攻撃だったと思うか?」との設問に対し、民主党支持者は93%が肯定。一方で、共和党支持者は66%が否定、「4人に一人が自警行為」と議会襲撃を肯定している(時事ニュース)。
米国はいま民主党と共和党の支持者でこれまで以上に分断が進む。内戦の危機さえ語られるという。
議会襲撃の背景に、新しいメディア
では、なぜ「選挙結果が盗まれた」などというべらぼうな過激思想が米国市民(一部とはいえ)の支持を受けるのか。なぜこのようなラディカリズムが米国内で跋扈するのか。
もっというと、国会議員どころか地方議会の議員の経験すらない、一不動産業者のトランプがなぜ大統領選挙に当選したのか。
私が考える答えはメディアの変化だ。新聞やテレビが凋落し、ネットが急速に普及する。これをデジタル革命という。トランプはツイッターという使い勝手のいいメディアを選び、それを効果的に使った。
1995年以来のデジタル革命とトランプなど民主主義社会の鬼っ子の対応の関係を考える。メディアと権力の関係、もっと詳しく言えば、メディアと民主主義の関係を考えるのは現代社会の大きなテーマだが、それを21世紀初頭のメディアの変質を通して考えてみようというのが、この論文の試みだ。
では、1995年がどういう年かというと、ビル・ゲイツのマイクロソフト社が「ウィンドウズ95」を発売した年。1990年代、PCとメールが主たるメディアだった。それが10年後にスマホ(スマートフォン)とSNS(ソーシャル・ネット・サービス)に替わる(ちなみに、アップルがアイフォンを発売したのが2007年)。
やがて、2010年代を迎えた。東日本大震災の3か月後に登場したのが、日本発祥のLINE(ライン)。東日本大震災で被災した現場は停電でテレビは役に立たず、PCも停電でダメ。通信線が壊滅状態で電話やメールが通じず、情報が取れない事態に対処できなかった。(LINEの開発者・舛田淳の証言。NHK・ETV『平成ネット史(仮)後編』2019.1.3放送)こうした事態に対処するために新しい通信ツールLINEが発明されたというのは、メディア業界で有名な話だ。
トランプとツイッター
このようにSNSは人類に貢献する一方で、いじめの道具になるなど功罪ある中で、米国議会襲撃事件ではツイッターとFacebook(フェイスブック)が責任を問われた。
トランプが頻繁に使ったメディアはツイッターという(2006年創業)。鳥のさえずりを意味する「tweet (ツイート)」。いわばピーチク・パーチクということか。このメディアは、英語なら280文字、日本語や中国語(漢字など、全角と言いますが)なら140文字以内の短文投稿。
トランプは、既存のテレビや新聞をフェイク(嘘)だとなじり、定例の記者会見をないがしろにした。2016年1月トランプが大統領に就任した際、トランプ陣営は参加者が前任のオバマを上回ったと発表した。これに対して新聞やテレビなど既存メディアはオバマ就任時の映像をチェック、トランプ陣営の発表が誤り(もっと言えば嘘)だと指摘した。その際のトランプの反論が「オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)」。つまりトランプは真実に対する敬意がハナからなく、自分の都合のいい主張を言い立ててきた。そうした既存メディアを無視し、自らの主張を貫徹する道具がツイッターだった。
既存のメディアは、現場の記者による取材、記事執筆、その記事をデスクが編集、校閲を経て発表に至る。発表されるまで何人ものプロセスや作業が入り、「公正公平、客観報道」など新聞倫理綱領に基づき当該記事を掲載する。事実関係が真実かどうか裏付け作業も重要だ。
一方、SNS企業が提供するのはユーザーのコンテンツが自由に行き交う場・ツール。SNS企業はコンテンツを校閲するのが苦手。憎悪を煽るコンテンツを作成する主体が一番悪いには違いない。しかし、トランプは自分の考えを人びとに伝えるための使い勝手のいいメディアとしてツイッターを重用した。
米国議会襲撃事件発生の二日後の1月8日、ツイッター社はトランプのアカンウントを永久停止(つまりトランプの使用を禁止)と発表した。ロイター通信によれば、トランプのフォローア数は8800万を数えた。トランプが投稿した短文は8800万人が視聴できた勘定になるわけで、既存メディアによる数々の厳しいファクトチェックをくぐり抜けて、トランプは自分の考えを思うように世間に伝えることができた。それだけツイッターという新しいメディアは、トランプによる嘘とか、過激思想を世間に伝える手伝いをしていたわけで、なぜもっと早くトランプの使用を禁止しなかったのか。米国修正憲法1条には言論の自由が謳われ、言論規制のハードルが高いという事情はあるにせよ、ツイッターは嘘の拡散に手を貸していたわけで、その罪は重い。
強欲メディアは憎悪を垂れ流し
米国でSNSの社会的責任を追及されているのが、世界最大のSNS企業のフェイスブックだ。
Facebook(フェイスブック、以下FB)は、GAFAM(ガーファムと発音する)、つまりグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフトと列挙される米国I T産業のビッグ・ファイブの一つ。FBは議会襲撃事件の翌日、トランプのアカウントを停止した。
では、なぜFBの罪がツイッター社以上に重大で罪は重いのか。それはFBが功罪のうち罪の部分について気づいていながら、対策を意図的に怠っていた「不作為」だからだ。
ニューヨーク・タイムズ(以下、NYT)がFBについて伝えた内容は、以下の通りだ(2021年10月9日)。
「ユーザーをつなぎ止めるためFBがどれだけ憎悪に満ちたコンテンツ(=内容)を積極的に表示させているか、といったことを示す研究が存在したにもかかわらず、そうした不都合な研究をFBは意図的に隠していた」という。
米国上院の議員は、FBが社会の安全よりも自らの利益を優先させ、自らの不都合な研究成果を世間に意図的に企業活動を「かつての巨大なタバコ不正と同じ構図」と断罪している。
ご存じのように、タバコの発がん性をめぐっては、喫煙者に肺がんや脳卒中など循環器系に疾患をもたらすだけでなく、受動喫煙といって自らはタバコを吸わなくとも喫煙者の周辺の人びとにも同様の疾患をもたらす危険性があるとの研究結果をタバコ会社は長い間過小に評価してきた。タバコをめぐる裁判では、1950年代から90年代まで「自己責任」という理由でタバコ会社が勝訴する判決が続いた。しかし、1990年代、内部告発によってタバコ会社が健康被害や依存症について熟知しながら、そうした研究を意図的に隠蔽し販売を継続した。こうした内部告発の結果、米国では、肺がんで夫を亡くした妻がタバコ会社を訴えた裁判で、陪審団が懲罰的な賠償として2兆円の支払い命令の判決を出すなど、会社の利益よりも社会の安全を優先させる結果となった。
なんだかSNSによる社会の損失論議とタバコをめぐる自己責任論は似ている。
FBは何を垂れ流したのか
ではFBは何を垂れ流していたのか。
米CNN(24時間のニュース専門チャンネル)によると、FBはエチオピアやミャンマーで「文字通り民族間の抗争を煽っている」という(映画『ホテル・ルワンダ』は、1994年ルワンダ国営ラジオ局が「ゴキブリは殺せ」と連日放送し、フツ族過激派がツチ族120万人を虐殺した事実に基づいた映画だ。メディアが憎悪を煽ると恐ろしい結果をもたらす)。
CNNはFBが人身売買に悪用されていることを知りながら問題を解決できていないと報じた。米アップルはFBがこの問題を解決しないと自社のアプリ販売「アップストア」から削除すると警告し、FBは問題コンテンツの削除を急いだが未解決だとも報じた。
FBが垂れ流した内容を報じた英米の報道機関の見出しは以下の通り(東洋経済オンライン、2021年10月9日付け)。
米A P通信「インドでのヘイトスピーチや誤情報の対策に偏り」
英紙フィナンシャル・タイムズ「アラビア語の方言など英語以外の言語はヘイトスピーチの検知機能が不十分」
米紙ニューヨーク・タイムズ「米議会選挙事件の動きを知っていながら対策に遅れ」
ここまではFBが憎悪や嘘情報流通に対して対策が後手に回ったという「不作為」の事例だが、一方でこんな報道もあった。
米紙ワシントン・ポスト「ザッカーバーグCEO(経営最高責任者)がベトナム共産党の要請に応じて反対派の投稿を制限すると判断」
私は中国を毎年、日本のジャーナリスト10人ほどといっしょに訪問する(コロナ禍でここ2年休止)が、中国ではグーグルが使えない。だから、gmail が使えず困る経験をしている。デジタルメディアは首根っ子を締めると、容易にコントロールできることを身をもって知っている。その一方で、ミャンマー国境に近い南部の貴州省を訪問した際、グーグルの巨大なデータセンターを見学して、米国の巨大I T産業と権威主義国家の呉越同舟ぶりを目の当たりにした経験がある。
何が言いたいかというと、FBはインドやアラビア語圏での憎悪表現や嘘情報の拡散に対策が不十分な一方で、権威主義国家とは自己の利益を増すためならその国家が求める施策をほどこす。FBはベトナムで米国の建国精神の基本精神である「表現の自由」を守ることより、権威国家との協調を優先した。
FBが社会の安全と自らの利益とどちらを優先したか、その強欲体質が明らかになった。
内部告発でFBの強欲体質が判明
では、どうしてこのようなFBの強欲体質が明らかになったのか。
一人の幹部職員による内部告発がきっかけだった。フランシス・ボーゲンという。彼女はFBの誤情報拡散防止チームの一員という幹部社員、2年間その要職を務めた。が、FBが最重要視していた2020年11月の米国大統領選の投票日ののち、12月FBが誤情報拡散防止チームを解散したことを契機に、彼女はFB退職を決意した。彼女は、退職までの半年間、FBの数万ページ分におよぶ内部文書を持ち出した。
この時期、彼女が最初に相談したのは「ホイッスルブロアー・エイド(警鐘を鳴らす人=内部告発者を助ける)」という非営利団体。企業などの法律違反を暴こうとする人たちの代理人を務める組織だ(ここまでの原稿で「内部告発」という俗なマスコミ用語を使ってきたが、日本の法律では「公益通報」という立派な名称があるので、これからは公益通報と書く。2004年、公益通報者保護法施行)。
夏が過ぎ、ボーゲンは、FBへの攻撃を開始した。米国の経済新聞ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に情報を提供、9月13日からWSJは11本の記事を掲載した。10月3日、古参のテレビ局CBSの番組『60ミニッツ』に出演した。この番組は、日本のTBS系『JNN報道特集』がお手本にした硬派の報道番組。
その二日後(10月5日)彼女は米国議会でFBの対策の遅れを3時間にわたって証言した。FBが社名を2021年10月Meta(メタ)と改名し、イメージチェンジを図った。それほどFBのイメージは傷ついた。
彼女はさらに英国議会で証言したほか、英米の主要メディアに持ち出した内部文書を提供、日本では毎日新聞が社説を掲載した(2021年11月19日付け)。朝日新聞にも内部文書は提供され、特集記事が記載された(2022年1月19日付け)
毎日新聞は次のように指摘する。
「有害な投稿に対処するルールにも不明瞭な点がある。通常なら削除される場合でも、フォロアーが多い著名人なら表示される可能性があると、FBの第三者委員会が懸念を示している。利用者保護よりも利益や成長を優先する企業体質を改めることが先決だ」。
つまり、トランプの投稿が嘘八百、憎悪を煽り立てる不適切な投稿であっても、フォロアー数が多いと広告収入に結びつくので、こうした不適切な言説を長い間放置した結果が米国連邦議会議事堂の襲撃事件の萌芽になったのではないか、と多くの人は疑っている。
日本でもSNSによる誹謗中傷で自死
現職大統領による議会議事堂への襲撃事件とは違うが、日本でもSNSをめぐるトラブルが起きている。2020年5月、フジテレビの番組『テラスハウス』に出演していた女子プロレスラー木村花が自宅で死亡しているのを訪ねてきた母親が発見した。警察などは手書きの遺書などから自死と判断したが、木村花に対して視聴者からSNSを使って誹謗中傷が数多く来ていたことが判明。テレビ局による「過剰な演出」をめぐっては、BPO(放送をめぐる第三者機関。放送人権委員会)がフジテレビに対して「放送倫理上の問題があった」という見解を発表した。
この木村花事件は、SNSによる誹謗中傷に対する刑事事件へ発展した。SNSによる誹謗中傷を調べた警察と検察は、「侮辱罪」で大阪府と福井県の男性二人を略式起訴、二人は裁判所で科料9000円の略式命令を受け、捜査は終わった。
これをきっかけに、法務省は刑法「侮辱罪」の厳罰化(懲役刑の導入)を計画、すでに法制審議会など手続きは終了し、現在開会中の通常国会に提出されれば、刑法が変わる危険性が高い。何が差別か。何が侮辱にあたるのか、差別禁止法、国内人権機関の設置が遅々として進まない中で、本質的な問題が議論されない。
私が所属する日本ペンクラブでは、SNSによる誹謗中傷が無法地帯のような実態であり被害が甚大であることを憂慮する一方で、刑法の名誉毀損罪とならぶ侮辱罪の厳罰化という政府方針に対してどう対処するのか、いま議論が続いている。
2019年の参議院選挙の際、候補者の応援に札幌を訪れた自民党総裁安倍晋三に対してヤジを飛ばした男性と女性を、北海道警察が身体拘束の末、現場から排除する事件が起きた。安倍内閣、菅内閣と、自らに批判的な人びとに対する強権的な姿勢が目立つ。
日本では、侮辱罪への懲役刑の導入など言論を規制する刑法の厳罰化に対し、世間から権力への警戒感は決した高いとは言えない。
凋落する新聞・テレビ
いいも悪いもデジタル革命の主役たち(1995年以降のパソコンとメール、2010年代のスマホとSNS)がめざましい影響力を発揮する一方で、オールド・メディアの産業構造、とりわけ新聞雑誌のその凋落ぶりがひどい。
国土の広いアメリカでは、全国紙は経済紙のウォール・ストリート・ジャーナルとUSトゥディだけ。しかし国際報道など人びとの関心事に応えるメディアとしてニュース週刊誌『タイム』『ニューズウィーク』が存在した。しかし、『ニューズウィーク』は2012年末で印刷物の発行を中止。地方新聞が次々と廃刊し、その結果、地方議会で現職議員の再選率が高まったとか、ロサンゼルス近郊の都市で市長たち幹部職員の年収が6千万円とべらぼうになったのに、地域住民の気づきが遅れたなど、新聞がなくなると権力監視が弱ったという研究報告がなされた(毎日新聞記者・大治朋子著『アメリカ・メディア・ウォーズ』講談社現代新書)。
ワシントン・ポスト社は、2013年アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスに買収された。
この時期は、トランプが共和党内の泡沫候補からあれよあれよという間に、共和党の大統領候補になり、さらには事前の予想に反して民主党のヒラリー・クリントンを破って、ホワイトハウスの主人になった時期と重なる。トランプの「フェイク」に対抗するため、NYTもワシントン・ポストもデジタル版の普及に尽力し、NYTはデジタル版の読者300万とまで言われている。
日本の新聞や出版の世界も、周回遅れながら、傾向は同じだ。講談社が月刊誌『現代』を休刊したのが2008年末。総合雑誌というジャンルは、『文藝春秋』と『世界』(岩波書店)だけになった。
新聞の発行部数をオープンになっている数字を調べて見ると、ABC協会(業界の調査機関)のニュースが見つかった(8月2日付け)。
2021年3月期決算に基づいた協会加盟社(一般紙)の総発行部数は2966万7千部。対前年比7.9%ダウン。全国紙を減少率が高い順に並べると、毎日新聞(14.3%)、日経新聞(11.7%)、産経新聞(10.3%)、朝日新聞(9.2%)、読売新聞(8.0%)と続く。一年前に比べ233万7千部減少。毎年毎年、毎日新聞一社分が消えていく勘定だ。この割合で行くと、あと10年も経たないうちに、今のような新聞が産業として成り立たなくなる。新聞社や放送局のいくつかは不動産業(ビルのテナント貸し)で本業の赤字を賄っているのが実情だ。
日本を代表する全国紙・朝日新聞は2021年3月期決算を発表(2021年5月)。「11期ぶりの赤字、売り上げは3000億円を割り込み、営業損益段階で70億円の赤字、繰延税金資産を取り崩し441億円の赤字」と発表した。
デジタル“革命”で民主主義が揺らぐ
テレビの世界もデジタルで大きく揺らぐ。産業構造を見てみると、インターネット広告がそれまで長く媒体別でトップだったテレビメディアのそれを2019年上回った(電通『日本の広告費』2021)。テレビ広告費が1兆6559億円・対前年89%で下降傾向、インターネット広告は2兆2290億円・対前年比106%で右肩上がり。はっきり勢いが違う。
そんな折、毎日放送(本社大阪)が元日の番組で、日本維新の会3人(創業者橋下徹、大阪市長松井一郎、大阪府知事吉村洋文)とお笑いタレント出演の2時間番組を放送。社長が「政治的公正」の観点から社内調査を命じたと、新聞記事になった(朝日新聞、2022年1月27日メディア欄)。
日本では戦前の厳しい言論弾圧の反省に立って、戦後新たに日本国憲法を制定、21条「表現の自由」が謳われた。いまは新聞法がない反面、放送法がある。放送は国民共有の財産である電波を使用するため、テレビ・ラジオには放送法4条2項「政治的に公平であること」という編集倫理規定が定められている。今度の毎日放送のケースで識者が「視聴率を取ろうとして倫理的な問題の検討が甘くなったのでは」とのコメントを掲載し原因を分析している。私も同じ感想をもった。インターネットに広告収入を奪われ「オワコン(=終わったコンテンツ)」と揶揄されるテレビ局、それも報道局と違って視聴率にシビアな制作局のスタッフにこうした視聴率欲しさのスケベ根性がなかったら幸いだ。貧すれば鈍すという負の下降線には陥ってほしくない。
アメリカでは、FCC(連邦通信委員会。放送通信事業の規制監督を行う独立機関。日本では政府機関=総務省が担うが、欧米のほとんどの国では政府から距離を置いた独立機関が担う)がCNN誕生の際(1980年)、公平原則を撤廃した。その結果、どうなったかというと、FOXテレビなどトランプ支持者と親和性の高い保守系メディアと、新聞ならNYT、ワシントン・ポスト、テレビならCNNなどリベラルメディアとの二極に分断された。
デジタルメディアには放送法のような公平原則がない。「便所の落書き」と汚い言葉で表現される言論空間だが、木村花事件のように他人への些細なことを口実にした誹謗中傷、在日コリアン、被差別部落などへのヘイトスピーチ、薬物売買、性犯罪、人身売買などの人類の「闇」が満ちている反面、LGBTQなど性的少数者など社会の片隅にひっそり生きている被抑圧された人びとが連帯するツールでもある。
昨年末(2021年11月)の総選挙の結果を各社世論調査で分析すると、若者とりわけ20歳代の自民党支持が高まっている。若者たちは、新聞を読まずテレビも見ないどころか、所有すらしない。そこに新しいメディア、ネット言論が若者たちへ影響力を増している。「自己責任論」「排外主義」といった既存の思想が若者たちを虜にしているのではないか。ネットの世界は多様性があるように見えて、案外、保守的な考えが維持されがちなことをトランプ現象や大阪の維新政治が象徴しているように思える。
最近、テレビで、朝日新聞をスマホで読むCMをご覧になっただろうか。また、朝日新聞は紙の定期購読のほか500円プラスすると、パソコンやスマホで記事を読むことができるサービスを一所懸命にPRしている。
これはひとえに、デジタル革命に新聞社が対応しようという試みなのだ。成功するかどうか、未来はわからないが、しかし進むべき選択肢はデジタルに対応する他生き残る道はない。これがオールド・メディア新聞業界の行く末ではないのか。
「変わらずに生きているためには、自分が変わらなければならない」。イタリアの映画監督ビスコンティの名作映画『山猫』のセリフを日本の政治家小沢一郎が好んで引用したと言われるセリフなのだが、全くその通りだ。
新聞が新聞というジャーナリズム機関であり続けるためには、伝送手段は紙からスマホというデジタル道具に変わらざるを得ないのではないか。ではコンテンツというか、誰が新聞記事を書くのか。そこが一番の問題だ。
デジタル“革命”が社会を変えるか
いま現在進行形でメディアが音を立てて変っていく。21世紀、デジタル革命が進む。新聞は好むと好まざるとに関わらず凋落していく。紙で新聞が発行されなくなるのは時間の問題かもしれない。あるいはデジタル新聞に変容するかもしれない。しかし、ジャーナリズムの重要性は不変だ。
伝送手段はデジタルになる。新聞・雑誌は紙からスマホになる傾向が強まるであろう。
電気通信の世界では、今、ラジオの鉄塔問題が業界で悩みの種になっている。かつては周辺に池のある湿地に立地していたAM(中波ラジオ)の鉄塔だが、1950年代創業から70年、更新にあたって巨額の費用を必要する立て替えは現在の広告収入が減少したAMラジオ局にとって費用負担が耐えられない。一方で、東南海トラフ地震など大きな被害が予想される自然災害にAMラジオが重要な公共放送だったことは、東日本大震災で証明されている。
こうした公共性と運営にあたっての巨額の費用分担の落とし所が、ラジオのデジタル化だ。私はNHKラジオをスマホで聴く(NHKは「らじるらじる」というアプリで提供)民間放送はradikoというアプリで聴ける。つまりアナログ電波は鉄塔の更新が必要だが、それをデジタル化(スマホのアプリ)が解決するなら、それでいいじゃないかというのが、中波ラジオ局の経営者や監督官庁の総務省の役人の考えることだ。英国政府はBBCの受信料制度廃止を示唆する発言をした(2022年1月17日)。
テレビもデジタル化が進行している。NHKはNHKプラス、民間放送は「TVer(ティーバ)」というネットで同時配信や一週間に限っての後からの視聴が可能になった。
さらに重要になるジャーナリストという職業
今年の正月休み、ジャック・アタリ著『メディアの未来』を読んだ。私には珍しくきちんとノートを取りながら読んだ。文字やメディアの歴史を人類史を貫通して眺めるという大いなる試みで、とても興味深い。ソ連邦が解体すると事前に予言したフランスの知性は、この本で次のようにメディアの過去・現在・未来を俯瞰する。
・私的な連絡手段は、マスコミュニケーションの手段になる。郵便物は新聞、電話はラジオ、写真はテレビ、電子メッセージはインターネットになった。
・情報の生成や配信の手段は商業活動になり、印刷物はSNSになった。
・コミュニケーションの道具は、政治には権力、所有者には利益、利用者には娯楽をもたらす。
・国の思想、文化、経済、政治の形態は、国民に対する情報発信のあり方に多大な影響をおよぼす」
などなど。ジャック・アタリはこうも言う。「2050年、2100年、ジャーナリストという職業はこれまで以上に重要になる」と。
私は、FBの強欲メディアを公益通報したフランシス・ボーゲンについて記述を進めていると、拝金主義に対するカウンターの考え方として、人びとの健全な批判精神というか、ジャーナリスト精神が草の根に根強く存在するんだと痛感する。
米国ペンタゴン・ペーパーズ事件のダニエル・エルズバーク(米国の対ベトナム政策をNYTやワシントン・ポスト紙へ公益通報した)、日本の沖縄密約事件の西山太吉(毎日新聞政治部記者)、スノーデン事件(アメリカ国家安全保障局がインターネット通信の監視システムを利用して国内外の情報を監視した事実を暴露)などなど、数々の公益通報事件を思い出した。
それだけに留まらず、調査報道も活発に行われている。
世界中の報道関係者のつくる組織(ICIJ。国際調査報道ジャーナリスト連合)が、現状の「闇」を暴き出した。世界の富裕層が利用しているタックス・ヘイブンに対して、世界中のジャーナリストが膨大な内部文書を任務分担して読み解いた結果、富裕層の退廃を暴き出したパナマ文書事件(2016年)やパラダイス文書事件(2017年)。
調査報道をするジャーナリストがこの世にいて、よかったと心から思う。その反面、そうした熟練のニュース職人たちが長時間、手間暇惜しまず真実を追求する人件費、旅費交通費をいったい誰が負担するのか。
公正、中立なジャーナリズム活動には、それなりに費用が必要だ。そうした公共性を保証するメディアをどう持続し活動するのか。デジタルメディアが進行する一方で、FBのように強欲メディアにならず、公共性の高いメディアをどうやってつくるのか。
500年前、活版印刷の発明が出版物や新聞を普及させ、そのメディアの変化が啓蒙思想や宗教革命を生み出した。100年前の電気通信(ラジオ)の発明がヒトラーを生み出し、デジタル革命がトランプを生み出したように、鬼っこばかりではないメディアが今、私たちに求められている。決して罪ばかりではない。功も大きいはずだ。
私たちの社会は、私たちのメディアは、いまデジタル革命のまっただ中。活版印刷を発明した者が宗教革命を予想できなかったのと同様、社会はどう変わるのか。
新聞が紙で発行されることは少なくなり、情報の伝達手段がスマホなどモバイル機器に変わる可能性が高い。しかし、例えばコロナ感染症の事例を持ち出すまでもなく、権力を監視したり世の中の動きを知る経済情報などを取得するためならお金を払う人がいるのも事実だ。徹底した取材、裏取りや複数の記事のチェック機能、より多くの調査報道、優れた分析、物語性のある読み物、そんなジャーナリズム機関としての新聞やメディア機関がそうそう簡単になくなるとは思えない。
いま私たちは百年単位のメディアの激変期を生きている。(文中敬称略)
にしむら・ひでき
1951年名古屋生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日放送に入社し放送記者、主にニュースや報道番組を制作。近畿大学人権問題研究所客員教授、同志社大学と立命館大学で嘱託講師を勤めた。元日本ペンクラブ理事。
著作に『北朝鮮抑留〜第十八富士山丸事件の真相』(岩波現代文庫、2004)、『大阪で闘った朝鮮戦争〜吹田枚方事件の青春群像』(岩波書店、2004)、『朝鮮戦争に「参戦」した日本』(三一書房、2019.6。韓国で翻訳出版、2020)、共編著作『テレビ・ドキュメンタリーの真髄』(藤原書店、2021)ほか。
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