コラム/沖縄発
沖縄本の世界――歴史と現状は何を語る
フリー編集者 宮城 一春
沖縄関連書の発行点数とその傾向
毎年行われている沖縄タイムス社の出版文化賞では、年によって差異はあるが、3百点前後の本が計上されている。ただし、これは、県内・県外から出版された沖縄本の点数であると同時に、自費出版や抜け落ちた本、ガイドブックなどもあると考えられる。特に、沖縄では短歌や俳句、詩が盛んで、自費出版で歌集・詩集・句集を発刊されることも多いが、それも流通に乗ることが少なく、発刊点数を把握することができない。以上のことから、出版活動は盛んにおこなわれていることは事実だが、点数まで把握することができないというのが実情である。
また、県内発刊物と本土出版との差別化を図ろうということで、「県産本ネットワーク」という県内の出版人で構成された組織が県産本という名称をつけ、県産本フェアなどを開催し、読者層の掘り出しを行った。この県産本という名称はだいぶ県内外で浸透してきている。しかし、県産本ネットワークは事実上活動を停止している状態にあり、2019年からは、同じ県内の出版人が「沖縄出版協会」を立ち上げ、各種イベントや県外での「おきなわ本フェア」等を開催し、県内にとどまらず、県外での販売に力を入れている。
この「県産本」と「沖縄本」の違いは、県産本が県内での出版のみを視野に入れているが、沖縄本は県外の良質な沖縄関連書までも含めた名称であることを記しておきたい。
沖縄出版界の歴史的な流れ
ここでは戦前のことはわからないので、戦後からを大まかに説明したいと思う。詳しくは、「沖縄出版協会」のホームページに『沖縄出版界の歴史』が掲載されているので、それをご覧いただければと思う。
端的にいえば、敗戦直後は、荒廃した沖縄で、占領下にあり、沖縄住民のアイデンティティを求めた本が多かったということと、沖縄戦とは何だったのかという問いかけの本が出版されたということ。これは敗戦直後だけでなく、今でも続く傾向であるといっていいだろう。ある意味では、兵士としての従軍記録や戦時記録ではなく、住民の戦争体験が主流を占めているということが、沖縄戦関連書の特徴であると思う。その意味では1949年に出版された「鉄の暴風」はその後の沖縄戦関連書の流れを形づくった画期的な本といえるだろう。実際、今でも読まれていて、沖縄戦の意味は何だったのかということが、ひしひしと伝わってくる内容であるように思う。
それから、沖縄の歴史や民俗、自然関係の本が出版されるようになった。出せば売れるという伝説が生まれたのもこの時代。復帰前後だと思う。出版社の経営者の中には、本が当たり、家を建てたとか、本土に別荘を買ったとかとう話が伝わっている。ただし、これはあくまでも伝聞なので本当かどうかは不明である。
ここで復帰前後といったが、沖縄本の特徴の一つに時代の流れや、政治状況に左右されやすいということが挙げられる。復帰前後にしても、沖縄とは何だ、本土に飲み込まれてしまうのではということから、実際の沖縄はどうであるかという欲求が読者から高まり、売れ続けたという実態がある。
また、大型本も当時の特徴。2万円前後の本を、出版社の営業マンが企業や官公庁を回り、営業していた。もちろん高額商品なので、代金引換というようなものではなく、分割払い、金利手数料なしといった具合で、給料日には、別の集金マンが集金して回るということが行われていた。特に、公務員のボーナス時季には書き入れ時で人手が足りないので、それこそ全社員が各職場を回って集金していた。かくいう私も在籍していた版元が大型本を中心にしている所なので、大型本を何冊も編集し、販売すると、営業マンの売上げカードをもとに、給料日には集金に回るという経験もした。
特筆すべきことは1989年に出版された「おきなわキーワードコラムブック」。これまでにない感性と、一般の人が書き手となった本で、沖縄の文化史にも残るというような本である。これまでの、沖縄論ではなく、自分達の生きている現在の沖縄を表現した、それも方言という何気なくつかっているものを主題として編集されたこの本は、ブームをも巻き起こし、現在でも読まれ続けている本である。
この本の特徴は、まず、これまで、読むものであった本というものが、買いて本になるということ。今では読者参加の本が出てきましたが、その先駆となった本といえるでしょう。また、これまで見えなかった編集者や書き手が読者の前に現れ、より身近なものとして感じられたことだと思う。私が思うに、沖縄の出版物は「おきなわキーワードコラムブック」以前と以後に分けられるといっても過言ではないと思っている。
自費出版と商業出版物
私自身としては、沖縄は自費出版文化だと思っている。沖縄の出版物が多いというのは、この自費出版の多さであるといってもいいからだ。また、これだけ出版点数が多いと、読者人口が多いと思われがちだが、そうではなく、逆に少ないといってもいいと思う。では何故多いのか。それは、沖縄戦をはじめとして、特異な人生体験をしてきた人が多く、読むより読ませたいという人が多いからだと思う。
実際、もう高齢になったので、子供や孫に読ませたいからと、自分史を出版した人を何人も知っているし、実際編集も手がけたことがある。また、オジイ、オバアの潜り抜けてきた人生を残さなくてはということで、子や孫が出版することも少なくない。
また、短歌や琉歌といった趣味の世界を本に残そうという人が多いのも事実。ここ沖縄では本は、読むものといった概念ではなく、出版して残すものという考えの人が多い。あの人も出版しているのにといった感覚で、より身近なもの、それが本なのである。
最近の状況(ヤマト出版社との競合)
前述したように、ヤマト出版社がこれまでとは違い、沖縄に在住しているライターやデザイナーなどを使って出版するようになり、また、県内の書店だけでなく、本土の書店でも販売をするようになっている。売れているという現実もあり、これからも企画は多いようだが、逆に売れなくなったら、出版が停滞するという可能性もあり、安閑とはしていられない。
こういう時期だからこそ、県内版元の編集者も情報を張り巡らし、ヤマトの出版、編集者ではできない本作りを目指さないといけないと思う。ただ、本土の編集者は私も付き合いがあるが、優秀な人が多いうえに、原稿料なども県内よりはずっといいのである。簡単にどこがいい、悪いとはいえないので、これに関しては、これからの出版を見たいと思う。ただ、これまで小さいと思っていた県内市場も意外と多いのに気づいたので、これからはターゲットをしぼった本作りをしていく必要があると思う。
しかし沖縄本の題材は無尽蔵。しっかりと編集を行っていけば、県内外を問わず、売れる本を出版していくのは可能であると考えている。そのためには流通をしっかりと確立していくことが課題となっているのは間違いのないことである。
流通から見た沖縄出版界の特徴(版元販売ルート、書店、宣伝媒体)
県内の出版は、版元の営業が直接納品、チェックしていることがほとんど。経済的に脆弱なので、大手流通を通すことができないからだと思うが、県内の棚構成はこれら出版社の営業で成り立っているといっても過言ではない。もちろんそれを支える読者の存在もある。
書店にしても、郊外型の書店が一時期沖縄本を少なくする傾向にあったが、最近では必ずしも、郊外型書店がそうというわけではなく、担当者の姿勢で決まることが多い。しかし、沖縄本が売れるということもあり、売れ筋の本は常時在庫としておいておくというところが多い。また、インターネットでの販売も含め、書店自体が待ちの姿勢ではなく、積極的に売ろうという意志が見えてきた。
また、宣伝効果としては新聞2社の存在は忘れてはいけない。お互いに沖縄本の紹介には力を入れているし、相手の本も紹介している。版元も出版するとすぐに持っていくし、新聞の書評にのると、読者からの問い合わせも多い。これからも琉球新報と沖縄タイムスには、沖縄本のコーナーの更なる充実を願っている。
他に、OCNという有線テレビも週に一回本の紹介をしている。その意味では、沖縄本を含め、沖縄本にはマスコミも注目しているといってもいいだろうし、買う、買わないは別にして、視聴者の関心も高いようだ。ただ、番組を見たよという人はいても、私の紹介した本だから買ったよという人がいないのは残念であるが。
自費出版
前述したように、読みたい人より、書きたい人が多いというのが特徴。ただし、書きたいからといって文章がうまいわけではなく、出版社や印刷所の編集者がアドバイスをしながら編集していくことが多いようだ。
ただ、全員が自費出版を望むわけではなく、出版社から出したいが、断られて、結局自費出版に落ち着くということも少なくない。経験した話だが、そちらから本を出してくれという依頼があって断ると、他社に行く人もいて、こういうときは、あの人から電話があったという編集者同士の話になることも多い。
沖縄の出版界の将来像(市場、企画物、定価、著者等)
市場としては、県内はもちろんだが、県外へも販売を広げていかなくてはならない。インターネットという媒体を活かし、それを利用しての販売形態も多くなってきた。最近はアマゾンで扱っていますかという問い合わせも多いが、残念なことに県内の版元はアマゾンに出品している点数は少ない。思ったより販売実績が上がっらなかったということも影響しているが、これからは、そのような販売の媒体をどのように活用していくか、またSNS等を活用した販売戦略を練っていくことも大切だと考えている。
これだけ、経済地盤が脆弱な沖縄、読者層もそう多くはない沖縄で、これだけの版元、出版物が刊行され、自立している直接の理由はよくわからないというのが結論。
あえていえば、小さい経営基盤だからこそやっていけるのではないでしょうか。
沖縄で何故これだけの本が出版されているかというと、沖縄という地域の持つ特異性、歴史的にも地理的にも、が他県に比べて大きく、またそれを意識している著者や版元、読者がいるということ。あるベテラン編集者の言葉を引用「とにかく画一化された本土とちがって、テーマになる素材がいっぱいある。歴史・民俗・戦争・亜熱帯の自然や動植物・星や神社・台風・安保、そして自分史。なにをとってもここの特殊な事情と背景があり、テーマに困らない」
いろいろ書いてみたが、共通していることは、県内の出版人は口では厳しいとかいうが、好きだからこそ、出版の世界にいるということ。ある先輩編集者がいった。
「イラランミーニイッチョーン(泥濘に足を突っ込んでしまった」という言葉が象徴しているように思う。
みやぎ・かずはる
1961年沖縄県那覇市生まれ。フリー編集者、ライター、沖縄本書評家。幾つかの沖縄県内の出版社、印刷会社出版部勤務を経て現在に至る。沖縄関連のコラム・書評・論説などを新聞・書籍で発表している。琉球新報1999年より現在まで12月の「年末回顧 出版編」の執筆を担当。1994年より、沖縄発の本を広く社会へ紹介、販売、認知させるべく日々活動している。
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