特集 ● 社会の底が抜けるのか

琉球人遺骨返還運動の現在と展望

人間性の回復をめざして

龍谷大学経済学部教授 松島 泰勝

1.奪われた遺骨を取り戻すための訴訟

2017年1月、琉球国を統一した第一尚氏の王族や貴族の遺骨が京都大学に保管されていることを『琉球新報』の連載記事から知った。記事を書いた宮城隆尋記者と面談した上で、同年4月から遺骨返還運動を始めた。しかし京都大学は「個別の問い合わせには一切答えない」と言って私との対話を拒否し、遺骨の「実見」も認めなかった。そのため、2018年12月、「遺骨の元の墓への返還」を求めて京都地裁に京都大学を提訴した。

2023年9月22日、琉球民族遺骨返還請求訴訟の大阪高裁控訴審の判決が出された。原告の訴えは棄却されたが、その判決文には歴史的な文言が記された。「事案の概要 本件は、沖縄地方の先住民族である琉球民族に属する控訴人らが〜」、「昭和初期の沖縄が大日本帝国による植民地支配を受けていたと評価できるとしても〜」

大阪高裁は、判決文の冒頭で琉球民族が先住民族であること、琉球が大日本帝国の植民地支配を受けていたことを事実認定した。これは日本の国家機関としては史上初のことであり、我々の主張が認められたことを意味する。判決文の「付言」では、先住民族の遺骨返還が世界的な潮流であることが具体的に明記され、遺骨が「故郷」に還るべきことが指摘された。

1997年に札幌地方裁判所が出した「二風谷ダム建設差し止め訴訟」の判決文において、アイヌ民族が先住民族であることが、日本の裁判所で初めて事実認定された。その後、アイヌ民族の先住民族としての自己決定権運動が国内外において活発に行われた。琉球は、京都大学による遺骨の違法な盗掘・保管という問題の他にも、米軍基地・自衛隊基地建設、歴史教科書、同化教育など、日米両政府による植民地支配から派生する多くの問題群に直面している。今回の大阪高裁判決は、琉球民族が先住民族として先住権を行使し、遺骨を京都大学から取り戻し、米軍基地や自衛隊基地を廃止し、琉球諸語を復興し、琉球復国(独立)するための法的基盤になったと考える。

6年にわたる裁判により遺骨に関する貴重な情報も明らかになった。京都帝国大学の三宅宗悦講師が沖縄県本部町の渡久地から盗掘した49体の遺骨の保管を京大は認めた。また京大は大阪高裁の進行協議の結果、26体の遺骨の写真を公開した。遺骨の上に数字が記載される等、「我々の先祖の遺骨」が尊厳を持って扱われていないことが明らかになった。

2.判決後の遺骨返還運動

私は、京大生から2023年11月25日の「京大祭」において遺骨返還訴訟に関する講演の依頼を受けた。裁判も終了し、大阪高裁裁判長も、遺骨返還に向けた京大との話し合いを判決文で促していたため、私は、京大生と共に、山極壽一氏(総合地球環境学研究所所長、京都大学前総長)、湊長博氏(京都大学総長)、中務真人氏(日本人類学会会長、京都大学大学院理学研究科教授)に手紙を書き、対話を求めた。私が山極氏に宛てた手紙は次の通りである。

―――「山極壽一様 初めまして。私は琉球の石垣島で生まれ、南大東島、与那国島、沖縄島で育ち、現在、龍谷大学で教員をしている、松島泰勝と申します。私は京都帝国大学助教授であった金関丈夫によって奪われた琉球民族の遺骨が京都大学に保管されていることを知り、2017年4月より同遺骨に関する問い合わせ、京都大学の情報公開請求制度に基づく調査、遺骨の実見申請、遺骨返還要望書の送付などをして来ました。しかし、全ての『対話』を拒否されたため、2018年12月に京都地裁に京都大学を提訴しました。その後、大阪高裁で控訴審が行われ、9月22日、判決が出されました。過去約6年間、京都地裁と大阪高裁の被告席に京都大学の教職員は一回も姿を現しませんでした。原告の亀谷正子さん、玉城毅さん、金城実さんは高齢で、不自由な身体をおして、琉球から関西に来て、ご先祖の遺骨の返還、そして京大関係者との対話を求めて来ました。私たち原告は、尊厳を持った人間として京都大学によって認識されていないと感じ、大変、悲しい思いをしました。

 1952年から日本政府は海外(硫黄島、琉球を含む)で戦没者の遺骨収集を始め、千鳥ヶ淵戦没者墓苑に「無名戦没者の遺骨」を納め、皇族も参列する拝礼式、秋季慰霊祭等が挙行されています。私もグアムやパラオ共和国にある、日本国の総領事館や大使館で働いていた時、戦没者の遺骨調査をし、ペリリュー島にある『西太平洋戦没者の碑』で慰霊祭をした経験があります。

 先祖の遺骨返還運動を実施している組織である『ニライ・カナイぬ会』の共同代表である、ガマフヤー(沖縄戦没者遺骨をガマから探す人)である具志堅隆松さんは40年以上、沖縄戦の戦没者の遺骨収集活動を行い、遺族に返還してきました。「故郷」に還りたいという戦没者の声なき声、遺族の願いを受けて、遺骨の収集・返還活動を続けてきたと話されています。摩文仁が丘にある『平和の礎』が象徴しているように、沖縄戦での最大の犠牲者である琉球民族は、非業の死を遂げた人やその家族の気持ちにも強く共感する心を持っていると言えます。京都大学が保管している琉球民族の遺骨のマブイ(魂)も『故郷』に還りたいと90年以上願っていると思います。日本政府や戦没者の遺族と同じく、琉球民族もまた、ご先祖の遺骨を墓にお戻しし、祭祀を行う権利をもっているのであり、京大はそれをも奪うことはできないはずです。

 遺骨返還は、人として生きるための重要な活動です。京大の総長をはじめとする教職員、学生の親族や友達の遺骨が墓から奪われたら、どれほど怒り、悲しむでしょうか。琉球民族の遺骨盗掘問題を『自分事』として考えて、我々の先祖の遺骨を還して欲しいのです。どうしても研究したいのならば、私たちと対話して、同意を得るというのが、研究機関としての当然の手続きではないでしょうか。人類学者による『人骨研究』も人間の身体や権利に深く関わっています。医療分野に限らず、インフォームドコンセントを踏まえないでも研究ができるとする時代は終わりました。琉球民族の『人として生きるための権利』は、日本国憲法第13条(幸福追求権)でも保証されています。

 大阪高裁の判決文には次のような言葉が書かれています。

 『遺骨は語らない――。遺骨を持ち出しても、遺骨は何も語らない。しかし、遺骨は、単なるモノではない。遺骨は、ふるさとで静かに眠る権利があると信じる。持ち出された先住民の遺骨は、ふるさとに帰すべきである。日本人類学会から提出された、将来にわたり保存継承され研究に供されることを要望する書面に重きを置くことが相当とは思われない。本件遺骨の所有権に基づく引渡請求等が理由がないことは前記のとおりであり、訴訟における解決には限界がある。今後、本件遺骨を所持している京都大学、祖先の百按司墓に安置して祀りたいと願っている控訴人亀谷及び控訴人玉城のほか、沖縄県教育委員会、今帰仁村教育委員会らで話合いを進め、沖縄県立埋蔵文化財センターへの移管を含め、適切な解決への道を探ることが望まれる。まもなく百按司墓からの遺骨持出しから100年を迎える。今この時期に、関係者が話合い、解決へ向かうことを願っている。』

 11月25日午後(京大祭の際)に、一人の人として私と、琉球民族の歴史や文化、そして私たちの先祖や先人のご遺骨の今後のあり方について「対話」をしませんか。またその際、山極様は駒込武さんとの対談の中で私のことを『問題のある人物』であると批判しました(2019年10月1日『京都大学新聞』)が、その理由についてもお聞かせください。公的空間でこのような言辞が投げかけられたことは私の人生において初めてのことでしたので、大変戸惑い、心を痛めています。山極様は新聞、テレビなどで、ご自身のゴリラ研究に基づき『対話』の重要性を強調されています。直接、私と対面してご自身の意見や気持ちをお伝えください。

 

 以上のような『対話』を通じて、問題解決の糸口が見つかり、和解への道が開かれると信じています。琉球民族遺骨返還請求訴訟を、京都大学と琉球民族との対立の歴史として終わらせたくないと願っています。2017年4月以降、私は琉球民族のご先祖の遺骨について質問しただけなのに、『個別の問い合わせには答えない』と言われるなど、門前払いをされ続けています。これ以上、われわれを無視しないで下さい。差別しないで下さい。

 山極様との『対話』を切に希望します。お忙しいとは思いますが、ご検討の程どうぞよろしくお願いします。」―――

 

京大総務課や中務氏から学生に対して出席できないとする返事がきたが、山極氏からは学生や私にも返信がなかった。私が京大に対して遺骨返還運動を始め、京都地裁に提訴した時の総長が山極氏である。

訴訟の過程で、京大は遺骨保管のための法的根拠を示さず、遺族や関係者から同意を得て研究を行うという研究倫理を無視して遺骨を隠匿していることが明らかになった。2023年7月8日から10日まで琉球において米国人類学会(会員数は約1万2千人で、世界最大の人類学会)の「遺骨の倫理的取り扱いに関する委員会」が聞き取り調査、百按司墓での現場検証を行った。現在、同委員会は世界中で遺骨返還に関する現地調査を実施しており、2024年5月に公表される予定の最終報告書は、学会の研究倫理指針、米政府の法制化にも影響力を与えるという。沖縄県庁での記者会見において、同委員会のマイケル・ブレイキー共同委員長(ウィリアム・アンド・メアリー大学教授)は、「『北海道や沖縄で非常に多くの不満を聞いた』と振り返り、研究者が先住民に謝罪や遺骨の返還をしていないことについて、『日本の人類学者は非常に低い倫理規範で研究をしてきたのではないか』と批判した。米国カリフォルニア大学バークレー校・人類学部長のサブリナ・アガルワル委員も『日本政府や研究機関が先祖の遺骨や文化的遺産が返還されていない状況を作り出しているのは恥ずべきことだ』と指摘した」(『琉球新報』2023年7月12日)

日本人類学会は、今回の米国人類学会による同学会に対するインタビュー調査を拒絶した。同学会は、1903年に大阪天王寺で開催された学術人類館の企画、運営にも大きく関与していた。学術人類館では琉球民族、朝鮮民族、アイヌ民族、台湾原住民族らの生きた人間が見世物にされ、研究の対象にされた。同学会は「学術人類館事件」に対して総括や謝罪を未だに行わず、2019年には、同学会会長名の「要望書」を通じて琉球民族の遺骨研究の継続を京都大学に求めた。

今年、米国人類学会による研究倫理に関する報告書が公開される。研究倫理指針に基づかない琉球人遺骨に関する研究論文の掲載を認めてくれるジャーナル(学会誌)は、世界のどこを探してもないだろう。つまり京大は研究できない琉球人の遺骨を隠匿し、琉球人の先祖と子孫との関係性を切断し続けるという人種差別を実践する、世界でも稀な「人種差別大学」であると言える。このような「学知の帝国主義」の問題を今後も追求し、京都から琉球に遺骨を返還させたい。

3.琉球内外での遺骨返還運動

金関丈夫は台北帝国大学医学部教授就任に伴い、盗掘した琉球人遺骨を台湾に持ち込んだ。私は2017年から台湾にある中華琉球研究学会、高金素梅・台湾立法院委員を通じて、国立台湾大学に対しても琉球人遺骨返還運動を行なった。2019年3月に63体の遺骨が沖縄県教育委員会に「研究資料」として移管されることになった。私たちは遺骨の墓への返還を求めて沖縄県教育委員会と交渉を行い、遺骨に関する情報の公開を求めたが拒否されたため、住民監査請求をした上で、情報公開請求訴訟を那覇地裁に提起した。「琉球民族遺骨情報公開請求訴訟」の判決が、2023年9月28日に出され、那覇地裁は沖縄県教育委員会に対して、63体分の頭蓋骨に直接墨書された盗掘場所名という情報の公開を命じた。同判決を受けて、沖縄県教育委員会は、遺骨が盗掘された場所にある市町村の教育委員会に遺骨を移管することを決定した。

沖縄県教育委員会は、「運天」と墨書された21体分の頭蓋骨を今帰仁村教育委員会に移管した。2023年12月4日、原告団、弁護団、支援者が今帰仁村立歴史文化センターの玉城靖館長と面談した。遺骨の再風葬という私達の希望を受けて、玉城館長も問題解決のための「落とし所」を検討し、今後の話し合いを約束してくれた。面談後、皆で遺骨の保管室に移動し、遺骨箱を開けてもらい、直接、遺骨を拝見し、手を合わせた。

2023年11月14日、ニライ・カナイぬ会の仲村涼子共同代表らが、沖縄県議会に対して県教育委員会が保管する琉球人遺骨の元の墓への返還を求める陳情書を提出した。それを受けて翌12月、瀬長美佐雄県議が県議会文教厚生委員会において本件に関する質問を行なった。今、ニライ・カナイぬ会として沖縄県教育委員会文化課長との面談を求めている。訴訟も終わり、遺骨に関する研究状況、研究倫理、遺骨返還に関する県としての取り組みなどについて話し合いたい。

裁判の判決が出て1ヶ月経った10月21日、22日に、北京大学で行われた「第4届 琉球沖縄前沿学術国際検討会」において、私は「琉球民族の遺骨返還運動から明らかになった歴史文化の源流」と題する報告を行なった。その中で、京大研究者による中国人遺骨盗掘問題について論じた。清野謙次・京都帝国大学医学部教授が自らの弟子を使い、また自分自身で収集した約1400体の人骨は「清野コレクション」と呼ばれている。同リストには次のように、中国人の遺骨も含まれている。

「元満洲国金州城外、小北山(遼時代古墳人骨)3例 第192号〜第193号
元満洲国海城附近(現代支那人骨)1例 第785号
元関東州貔子窩管内碧流河会(周末時代人骨)4例第786号―第788号、第795号
元関東州旅順管内方家屯・牧羊城(漢時代古墳人骨)10例、第813号―第822号
元関東州旅順管内尹家屯(漢時代古墳人骨)18例、第885号―第902号
元関東州営城子(積み石塚)1例、第910号
元満洲国熱河省磚墓 1例、第910号
元満洲国熱河省赤峰郊外、紅山後古墳 48例 第1332号―第1379号
元満洲国撫順地方現代支那人骨 37例 (第917号―第953号)
内蒙古多倫淖爾(喇嘛廟)数例 第848号
支那張家口・元宝山洞窟 数例 第848号
支那宣化県下花園繹北方台地(甕棺)1例 第875号
支那新疆省吐魯蕃カラホジヤ(高昌人骨及ウイグル人骨)2例 第840号、第841号」
  (清野謙次『古代人骨の研究に基づく日本人種論』岩波書店、1949年、122頁)

偽満州国、日露戦争後に日本の租借地となった関東州は、日本帝国によって中国から奪われた土地であった。京大研究者は植民地における不平等な人間関係を利用して中国人の遺骨を奪い、現在も京大に保管されている。京大研究者は、植民地支配のための人文学上の知識や情報を求める日本軍と協力し、軍人に守られながら、また研究者自らが軍人になって中国各地から遺骨、「文化財」を盗掘し、「731部隊」のメンバーとして人体実験という戦争犯罪を犯した。これらの盗掘した遺骨や「文化財」は今も京大が保管している。多くの中国人が殺害された「731部隊」事件に対して京大は大学法人として総括・謝罪・賠償を行なっていない。

以上のような内容をテーマとした私の論文、「京都大学と日本帝国主義(1)〜(5)」が、今年春から台湾のジャーナルである、『遠望』(オンライン兼紙媒体)に掲載される予定である。日本帝国主義の被害者は琉球人だけでなく、中国人もそうであり、京大に対して中国人の遺骨や「文化財」の返還を求めても当然である。

また今年春、私の本、『琉球独立への道―植民地主義に抗う琉球ナショナリズム』(法律文化社)、『琉球独立宣言―実現可能な五つの方法』(講談社)が、中国社会科学院系の出版社である、社会科学文献出版から翻訳出版される。琉球復国(独立)に関する議論を通じて、民族の自己決定権の発動としての遺骨返還も訴えたい。

ニライ・カナイぬ会は、次のように米国や日本の他の研究機関に対して琉球人遺骨、厨子甕等の返還運動を行なっている。1854年に琉米修好条約を締結した米海軍のマシュー・ペリー提督一行は2体分の琉球人遺骨を持ち出したが、現在、同遺骨はペンシルベニア大学考古学人類学博物館で「モートン・コレクション」の一部として保管されている。サムエル・ジョージ・モートンは、世界中から1000体以上の頭蓋骨を収集し、頭蓋骨の大きさによって、人間の優劣を決定した人種差別主義者として批判されている。さらに同博物館は、1950年代初頭に米軍人により琉球から盗掘された4つの厨子甕、石製トートーメー等も保管している。それらの遺骨や厨子甕等の琉球への帰還運動を、在ハワイの琉球人と協力しながら進めている。

大阪にある国立民族学博物館(民博)は、琉球の「厨子甕」(全て蓋付き)11件、「骨壷」3件を保管している。また民博の「標本資料目録データベース」において琉球民族を「日本人」として分類するという「民族差別」問題を犯している。「日本復帰」(1972年)前後において「日本人」による琉球の土地や経済の収奪と、「研究者による墓荒らし」問題が同時並行的に発生した。民博も同時期にコレクターから厨子甕等を購入した。

2023年7月27日、私は民博の収蔵庫に入り、琉球の厨子甕、骨壺17件全てを「熟覧」し、その写真や動画の撮影をした。私は琉球のビンシー(祭祀箱:米、泡盛、ヒラウコー、ウチカビが収納されている)を持参し、厨子甕、骨壺の琉球の墓への帰還を願ってウートートー(合掌して拝むこと)した。同年8月、ニライ・カナイぬ会は、民博館長に対して「国立民族学博物館所蔵の厨子甕、骨壺の返還を求める要請文」を送付し、厨子甕等の返還と、琉球人を「琉球民族」として「分類」するよう求めた。

その後、私は同館の関係者から、館内にワーキングチームを作り、所蔵標本の返還に関するガイドラインを作成すると聞いた。同年10月、民博から「要請文」に対する「回答文」が届いた。その内容は、厨子甕等の元の所有者を探し出し、その了解をえた上で標本を継続的に保管する、そして「琉球民族の分類」問題に関しては今後とも検討するというものであった。納得できる回答内容ではないため、現在、民博との「建設的な対話」を行なっている。欧米諸国では大学や博物館から旧植民地や先住民族への遺骨や「文化財」の返還が進んでいるが、日本においてはその検討が始まったばかりである。

1879年、琉球国は日本国により侵略・併合され、国が奪われた。そして植民地支配を正当化するために遺骨が奪われた。日本政府の皇民化・同化教育、研究者による日琉同祖論の「学術的正当化」にも関わらず、現在、琉球先住民族による自己決定権運動が大きく台頭するようになった。琉球民族が存在する限り、琉球人遺骨の奪還運動はこれからも続く。アジア太平洋地域には日本帝国主義の被害者が多くおり、被害者間の連帯を強め、広げながら遺骨を元の墓に戻し、先祖と子孫の関係性を結び直すことで、「人間性」を回復したい。

まつしま・やすかつ

1963年琉球石垣島生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程満期単位取得、博士 (経済学)早稲田大学。1997年から2000年まで在ハガッニャ(グアム)日本国総領事館、在パラオ日本国大使館に専門調査員として勤務。東海大学海洋学部助教授を経て、2009年~現在、龍谷大学経済学部教授。ニライ・カナイぬ会共同代表、琉球民族遺骨返還請求訴訟原告団長。著書に、『沖縄島嶼経済史』『琉球の「自治」』(ともに藤原書店)、『ミクロネシア』(早稲田大学出版部)、『琉球独立への道』(法律文化社)、『琉球独立宣言』(講談社)、『琉球独立論』(バジリコ)、『帝国の島』(明石書店)、『琉球 奪われた骨』(岩波書店)、『学知の帝国主義』(明石書店)など。編著に、『島嶼沖縄の内発的発展』(藤原書店)、『大学による盗骨』『京大よ、還せ』(ともに耕文社)、『談論風発 琉球独立を考える』『歩く・知る・対話する琉球学』(ともに明石書店)など。

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