特集 ● 社会の底が抜けるのか

「債務ブレーキ」が引き起こしたドイツの混乱

危機的状況が続いても健全財政主義を選ぶドイツ国民

在ベルリン 福澤 啓臣

年末から年明けにかけて首都ベルリンを始めとしていくつかの都市で数百台、あるいは数千台の農業用トラクターに乗った農民たちの壮観な抗議行動(27万軒の農家を擁するドイツ農民連盟BVDが組織している)で大きな交通混乱が生じている。彼らは、ショルツ政権が決めた農家向けディーゼル補助金の廃止に抗議しているのだ。11月15日に憲法裁判所が政府の財政政策を違憲としたので、同政権は、これらの補助金を含むさまざまな優遇政策を廃止している。

憲法裁判所の「債務ブレーキ」違憲判決

この背景には、「債務ブレーキ」というドイツ独特の国家財政上の縛り—基本法115条で国家予算の債務枠はGDPの0.35%以内と制限している。緊急事態には停止できる—がある。メルケル政権—ショルツ氏は当時の財務大臣—は2021年にコロナ・パンデミックを緊急事態として、債務枠(国債発行権)を広げた。ところが、この出費が思ったより少なく債務枠が残っていたので、ショルツ政権は22年と23年に気候・転換基金KTF(気候変動対策としての脱炭素化経済への転換に要する予算600億ユーロ。1ユーロ150円で換算すると9兆円)に転用した。それを野党のCDU(キリスト教民主同盟)/CSU(キリスト教社会同盟)が憲法裁判所に訴えたのだ。すると同裁判所は、違う目的のための債務枠転用は違憲である上に、出費は該当年に限るという判決を下した。

このトリッキーな債務枠転用のアイディアは、首相自身が考え出したのではないかと疑われている。同時に司法専門家の間では、違憲判決は十分考えられたはずだったと、違憲判決後の政府の混乱ぶりを厳しく批判する声が上がっている。

リントナー財務大臣は、仕方なくそれまで拒否していた2023年の債務ブレーキの停止を認め、補正予算を組んだ。24年の予算にも債務ブレーキを外す可能性もあったが、同大臣はガンとして同意しなかった。そのため、24年の予算案に170億ユーロ(2.55兆円)の不足が生じたのだ。

農家の負担増と激しい抗議

この額を補填するために削減された優遇措置の一つが、農業用—林業も含まれる—ディーゼル補助金(1リットル当たり21.48セント=32円。農家全体では9億ユーロ=1350億円)と1992年以来免除されてきた農業用車両税である。これが発表されるやいなや、直ちに農民たちは大規模な抗議活動を開始した。アウトバーンや政権の中枢都市ベルリン、さらに多くの都市で農民たちのトラクターデモが波状攻撃のように続いていたのだ。大規模の渋滞が起きているが、国民の多数は農民たちの抗議を支持している。

政府は、車両税の導入を撤回し、さらに補助金の減額を26年まで三年に分ける妥協案を出してきたが、ディーゼル補助金の廃止そのものは撤回しないと表明している。農民たちは、それが撤回されるまでと言って、1月15日もベルリンのブランデンブルク門前で大集会を開き、6000台のトラクターやトラックに乗って2万5千人が集まり、抗議した。その日に農業連盟BVDの代表者と政府首脳は直接話し合ったが、物別れに終わった。

政府は、24年度の予算案の穴を埋めるべくE V車の購買、家屋の断熱工事、ヒートポンプ設置への補助金などの優遇措置を直ちに打ち切った。政府は多くの国民に犠牲を強いているので、農家の皆さんも理解してほしいと訴えている。

ここ数年国民の環境意識が高まるにつれて、農家は生物多様性危機の元凶としての除草剤グリホサート散布の制限、さらに生物虐待と批判が集まっている豚や鶏の大規模飼育の改革などを強いられてきている。そして今回のディーゼル補助金の廃止で我慢の限界に達したと憤っている。政府はこの決定に際して農民に事前の了解を求めるなどの措置は全く取らなかった。エズデミール農業大臣(緑の党)さえも事前に知らされていなかったそうだ。

農民たちのトラクターに加えて貨物自動車もデモに参加している。昨年12月1日から貨物自動車に二酸化炭素税が導入され、炭素1トン当たりに200ユーロ(3万円)課せられるようになったので、一緒に抗議している。飲食店経営者も1月1日から消費税が7%から19%に、つまりコロナ前に戻されるので抗議に加わっている。エネルギーの高騰や人手不足で経営が苦しい飲食店業界は、倒産が増えると警告している。このように信号内閣の緊縮財政に不満を抱く国民層はますます増えている。

優遇措置廃止か炭素税の大幅な引き上げか

優遇措置廃止の代わりに炭素税の大幅な引き上げによって、収入を増やす案もあったが、24年には炭素一トン当たり30ユーロ(4500円)から45ユーロ(6750円)と多少引き上げられただけに終わった。これによりガソリンはリッター当たり6円45銭、ディーゼルは7円値上がりした。25年には50ユーロ(7500円)、26年には65ユーロ(9750円)が見込まれている。炭素税は、国民全体に課せられる。負担が相対的に大きい貧困家庭には炭素税の収入から補助金として還元すると政府は言っていたが、今のところその手続きは取られていない。ちなみに日本の炭素税は23年に289円である。

政府は二酸化炭素を排出する化石燃料への補助金—「環境社会市場フォーラム」によると総額は10兆円にも上る—は、順次打ち切ると言っている。それらは汎用ディーゼル1.2兆円、通勤用車燃料7500億円、航空用燃料7500億円などの不特定多数を対象とする補助金であるが、これらは手をつけられないで、真っ先に農民たちが槍玉に上がったのである。あるジャーナリストは、「よりによって鼻から戦闘的な農民を相手にするなんて、政府もまずい選択をしたものだ」と言っている。

野党のCDU/CSUは優遇措置の廃止よりも、今年からの市民金引き上げ(12%引き上げで月額に8万5千円になる。住居費と暖房費は据え置き)に反対して、これらの減額を求めている。市民金の額が多すぎて、収入が少ない就労者の労働意欲を削ぐと理由づけている—最低賃金(時間12.41ユーロ=1862円)の額が低すぎるから労働意欲が湧かないという反論もある—。そして、ショルツ首相がその線で譲歩するなら、「債務ブレーキ」の改正にも応じる用意があると仄めかせている。この昨年SPD(ドイツ社会民主党)と緑の党が率先して決められた市民金引き上げに対するCDU/CSUの撤回要求だが、その裏を見ると、AfD(ドイツのための選択肢)とあまり変わらないCDU/CSUの外国人排斥、自国優先主義の傾向が見て取れる。

この市民金の受給者は550万人だが、そのうち120万人がウクライナからの難民、さらに130万人が他の地域からの難民なのだ。そして、彼らはドイツの国籍を有していないので、もちろん選挙権を行使できない。確かに総額387億ユーロ(5兆8千億円)は、少ない額ではないし、優遇措置廃止の対象になった国民にすれば、なぜ自分たちが犠牲になり、彼らは優遇されるのだと考えて、AfDなどの自国優先主義政党に投票する誘惑にかられるかもしれない。

11月以来政府に大きな混乱を引き起こし、難産だった信号内閣の2024年度予算案が1月18日に連邦議会をやっと通過した。総額4768億ユーロ(71兆5千2百億円)で、債務額は390億ユーロ(5兆8千億円)である。23年のGDPは4兆1200億ユーロ(618兆円)であるから、0.9%になる。厳密に言えば、債務ブレーキの0.35%を超えているが、不況下の現在では許させる範囲内だ。

「債務ブレーキ」成立の経緯

ドイツのこれからの経済及び政治に大きな影響を与えるかも知れない「債務ブレーキ」が基本法に取り入れられたのは2009年である。実施されたのは2011年以降。2008年に世界の銀行界を襲ったリーマン・ブラザース危機がドイツにも達すると、メルケル大連立政権(CDU/CSUとSPD)は巨額の特別基金4800億ユーロ(72兆円)—当時の国家予算2900億ユーロの1.5倍以上—を設置した。そして多額の銀行助成金を投入して銀行の信用危機を回避した。翌年に同政権は、今の世代が多額の債務を積み重ね、後の世代に借金を返済させるのは、世代間の負担均衡の観点から見て不公平であるとして、国家及び州政府の債務枠の上限をGDPの0.35%に定めた。その債務枠は、「自然災害や例外的な緊急事態が発生し、国家の財政状況に重大な影響を及ぼす場合」は外せると規定されている。この0.35%は厳密ではなく、不景気などの場合は、積極財政のために多少超えても構わない。

その後ドイツは経済が順調に発展し、財政規律を重んじる政策は確実に定着していった。2014年から2019年までの6年間は、いわゆる「黒字ゼロ」、つまり支出額と税収額が平衡している国家均衡財政(プライマリー・バランス)が続き、メルケル政権は大いに気を吐いたものだ。収入の枠内で支出するという健全財政主義は、一般家計にも通じ、分かりやすいので、多くのドイツ国民に受け入れられている。

昨年11月24日のZDF(第二公共放送)の世論調査によると、61%が現在の「債務ブレーキ」を保持、35%が改正を求めている。4%が分からないと答えている。党別にみると、改正を求めているのは、緑の党の支持者の間では67%、左翼党が58%、SPDが55%、FDP(自由民主党)では31%、CDU/CSUでは20%、AfDでは14%と明確に政治カラーで分けられる。経済界や組合は改正に賛成している。

「債務ブレーキ」はグリーン経済転換に足枷になってしまうのか

この「債務ブレーキ」が導入された当時は、コロナ危機もプーチンによるウクライナ侵略戦争もなかった。さらに気候変動による長期の危機的状況とそれに対処する社会・経済の脱炭素化に必要なグリーン経済への転換—それには長期の投資が必要になる—も想定になかった。果たしてこれからの10年あるいは15年の間脱炭素化社会への転換に向けて、「債務ブレーキ」は転換の足枷になるのか、経済の健全化に寄与するのか、社会経済実験としても大いに興味をそそられるテーマである。

財務大臣のリントナー氏は新市場主義を唱えるFDP党首で、政権発足当時から財政規律を守り、「債務ブレーキ」を厳密に適用すると宣言していた。FDPの主な政治家も、経済の投資は民間企業による投資が9割で、国の投資は1割に過ぎないから、市場に任せるべきだと主張している。

それに対して、現在のように経済停滞(23年は成長率マイナス0.3%、24年も予想ではマイナス0.3%)が続く状況では、需要喚起のためにも積極財政—財政収支の赤字拡大—でまず国が将来の方向を示すべきだと、多くの経済学者および緑の党は反論している。そして、現在国が積極財政に踏み切らないと、ドイツの企業は投資に条件の良い、米国や中国、あるいはエネルギー価格の安い東欧諸国に向かうだろうとも。22年には外国企業のドイツへの投資は105億ユーロ(1.5兆円)と極端に減少した反面、ドイツ企業は国外に1355億ユーロ(20兆円)も投資している。この内70%はヨーロッパ内である。 グローバル化の現在、資本の足は早いし、国境に縛られない。

メルケル政権への批判と鉄道問題

2009年に「債務ブレーキ」を導入して以来、メルケル政権は長くプライマリー・バランスを保ってきたが、そのためにかえって様々な投資を怠ってきたと批判の声が最近高まっている。確かに鉄道、インフラ、学校などの施設が老朽し、行政も含めた社会のデジタル化も遅れている。特に鉄道への投資不足は一目瞭然である。

具体的に見てみよう。ドイツの運輸省(FDPのヴィッシング大臣)の管轄である交通の脱炭素化は遅々として進まない。これまで長年車優先社会であったからである。ドイツの自動車産業は、精巧で複雑な内燃機関の技術の上に作り上げられた高級車ベンツ、BMW, VWなどが基幹産業としてここ半世紀以上ドイツの経済—雇用も含め—を牽引してきた。それなりのロビー活動の結果、社会も彼らの望むような車社会に築き上げられていった。世界で唯一無料の上に速度制限のないアウトバーン網、都市内の廉価な路上駐車スペース、我が物顔に走る車に挟まれた自転車などがそれを象徴している。

「ブッパータール気候・環境・エネルギー研究所」によると、この30年間に自動車交通には2800億ユーロ(42兆円)、鉄道には1320億ユーロ(20兆円弱)投資されてきた。鉄道網は15%短縮されたが、アウトバーンは18%(2000km)も延長された。いかに車が優先されてきたかがわかる。

このようにドイツの鉄道の問題は、長年自動車用インフラに投資され、鉄道は継子扱いだったので、線路や施設が老朽化していることだ。ドイツでは新幹線(ICE)の遅れなど毎度のことで、数分程度の遅延で目的地に到着すると、かえって話題になるほどである。ドイツでは新幹線も普通列車も貨物列車も同じ線路上を走っている。一箇所遅れると、それが全体に波及するので、定刻運転はとても困難だ。

ドイツの鉄道網にとって大きな転換点をもたらすはずの「ドイツ・タクト」と呼ばれる画期的なプロジェクトがある。全国の中都市を1時間間隔で、大都市間は30分間隔の定刻運転で結ぼうというのだ。2030年までに実現させるはずであったが、財政的な裏付けがないので、2070年—46年後—に延期された。その投資額は100兆円と見積もられている。新たな線路網を敷設するには巨大な投資が必要だ。現在のような債務ブレーキが有効な間は無理であろう。

異次元の世界を行く日本の債務額

日本はドイツの数倍にも及ぶ多額の債務をしてまで、経済成長を目指している。日本の債務拡大は1993年から始まった。それ以来、プライマリー・バランスが黒字化することはなかった。最大値は2006年の53兆円。直近では20年の49兆円である。18年には13兆円まで減少する。21年は38兆円。23年には国家予算の22%が債務の返済に充てられている。ドイツは6%だが、リントナー財務大臣は多すぎると言っている。

ドイツのGDPに対する累積債務率は2022年で71%、フランスは96%、米国は125%、日本は257%と異次元の世界である。累積債務額は日本が1276兆円(2023年)であるのに対し、ドイツは289兆円(2019年)である。

ドイツの財務大臣のみではなく、経済学者、さらに財政問題に関心のあるドイツ人の目には、日本の国家財政の有り様は想像を絶するだけでなく、完全な破綻国家に見えるだろう。

ドイツは債務ブレーキを、日本は債務アクセルを踏み続ける

日本とドイツは全く異なる方法で経済成長を達成し、豊かな社会を継続させようとしている。日本は債務幅を大きく広げ、つまり債務アクセルを踏み続けている。片やドイツは債務ブレーキを踏み、健全な財政基盤があって、経済成長が可能だとする考えが国民の多数によって支持されている。果たしてこれからの10年、20年でどちらの財政方針がより社会・経済の発展に寄与するかだ。

あるいはもう一つの選択肢、つまりFridays for Futureや左翼党、さらに何人かの経済理論家がいうように、債務ブレーキを効かせたまま経済成長を断念して、炭素中立の循環型社会に移行するのが、ドイツ国民にとって最善なのかもしれない。

市民社会とAfD

10月から11月には首都ベルリンではイスラエル連帯、パレスティナ連帯と入れ替わりデモが続いた。現在ドイツには9万5千人のユダヤ人(ナチス政権前は56万人)が住んでいる。イスラム教徒は550万人と圧倒的に多い。それもあって政府はユダヤ人に、公衆の中でキッパー(ユダヤ教の男性がかぶる帽子)をかぶったり、ヘブライ語を話したりしないようにと注意している。

12月に入ると農民たちのトラクターが市内を走り回り、交通麻痺を引き起こした。それが1月15日まで続いた。農民連盟はこれからも抗議を続けると言っている。昨年より何度かストをしている機関士組合GDL(組合員数は4万人)が、週35時間勤務を要求して、新たに1月10日から12日まで全国ストを敢行したので、さらに交通が混乱した。GDLは1月24日から6日間の長期ストに突入した。

1月10日以降コロナ前のFFFの大きなデモを彷彿とさせる大規模デモがベルリンだけでなく、全国で続いている。経緯は、11月にポツダム市内の高級ホテルで、AfDの連邦議会議員と極右のアイデンティタリアン運動の主要メンバー及び経営者が秘密の会合を持ち、権力奪取後ドイツから移民系の国民を数百万人も強制的に国外に移住させる計画を練っていたことがスクープされたのだ。この会合は、重要性は比べようもないほど小さいが、ナチスがユダヤ人の大量殺戮を決めたヴァンゼー会議(1942年)を思わせるし、場所も近い。

連日のようにAfD及び極右に対する反対デモが、ケルン8万人、ベルリン10万人、ポツダム1万人—ショルツ首相とベアボック外相も住民として参加—、ハンブルク8万人、ミュンヘン10万人と、所によっては主催者の届け出を超える多人数で行われている。市民社会がAfDや極右に対してはっきりと拒否の態度を示しているのだ。そして、AfDの禁止を求める声も高まっている。すでに三つの州では憲法擁護局が、AfDは極右政党であると発表している。だが、政党禁止は、時間がかかる上に、市民の政治的な行動、あるいは選挙によってAfDに勝たなければいけないという声もある。

AfDは特別な党活動をしなくとも支持票—現在22%—が増えている。同党に関する否定的な報道は支持票を減らすどころか、増やす効果があるようだ。市民社会はこれまでAfDへの有効な対抗手段を見つけられないでいる。今年控えているEU議会選挙と旧東独の三つの州選挙、さらに米国の大統領選挙を見つめる市民社会の目は不安に満ちている。(ベルリンにて 2024年1月30日)

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonaraNukesBerlinのメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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