論壇

ドイツはプーチンのウクライナ侵略戦争による

新時代の混乱を乗り切れるか

在ベルリン 福澤 啓臣

プーチンのウクライナ侵略戦争によって世界は新しい時代に突入した。冷戦終了による「平和の配当」時代は過ぎ去ってしまった。民主主義を共通価値観とする西側諸国はロシアに対して経済制裁を課し、ウクライナを経済援助や武器供与によって支援している。プーチン・ロシアが明確に国連の規範とする国際公法に違反しているにもかかわらず、世界は一丸となって対ロシア制裁に参加していない。

特にドイツは化石燃料をロシアに大きく依存していたので、安全保障の抜本的な対応に迫られている上に、経済危機、社会不安に襲われている。そのためショルツ政権は旧時代の政策の根本的な見直しに追われている。

1. 帝国主義的な侵略戦争VS民主主義&地球の危機

6月26日からG7サミットが南ドイツのエルマウ城でショルツ首相の議長の下で開かれ、7カ国及びEUの首脳が参加した。ロシアのプーチン大統領は前回同様招かれなかった。この首脳会議はロシアのウクライナ侵略戦争を意識して、民主主義と法治主義を共通の価値観とする先進工業国の首脳部の集まりと称していたが、何か釈然としない首脳会議であった。まず7カ国の合わせた人口は世界人口の10%であり、経済力から見ても32%にしかすぎない。G7の 国々は世界ではマイノリティーなのである。

その点を意識してか二日目には南アフリカ、インドネシア、セネガルの大統領を招き、西側のロシア制裁に参加するように持ちかけたが、同意は得られなかった。新興国のリーダー達は西側の身勝手さを十分弁えているからと見える。イラク戦争の米国の欺瞞に満ちた理由づけ(「カーブボール」)を知っているが故に、今回のロシアの帝国主義的なウクライナ侵攻に対しても西側の呼びかけに明確な態度を取ろうとしないのだろう。それと、コロナ・ワクチンの製造、配布に関しても西側諸国の身勝手さを知らされてきている。西側工業国が約束したグリーン気候(脱化石燃料)基金—毎年14兆円—への払い込みも大きく滞っている。

7名のリーダーのうち6名が白人で、一人だけ岸田首相が混じっているのが、新興国の首脳にはアパルトヘイト時代の名誉白人のように感じられたとしても不思議ではない。

29日には舞台をスペインのマドリッドに移し、NATO首脳会議が開かれ、メンバーでない日本の岸田首相も参加した。そこでも強調されたのは、民主主義であり、国際法遵守であった。ロシアだけでなく、覇権主義的な言動を強める中国を意識していた。

30年前の1992年6月に東西冷戦収束後、初めて地球上のグローバルな問題について協議し合うために、170カ国から4万人がブラジルのリオに集まった。これも平和の配当であった。テーマは、飢餓、貧困、教育不足、女性の権利、環境破壊、生物の多様性、気候変動などであった。特に地球上の資源の過剰消費についての警鐘が激しく鳴らされた。

それまで東西冷戦に規定されていた時代が終焉し、西側の民主主義的な価値観が普遍的な価値観だと主張された。さらに、これでやっと国連が正常に機能するだろうと期待された。同時にグローバル化によって新しいサプライチェーンが構築され、中国、バングラデシュなどの国々からの安い生産物が何億人もの人々に豊かさをもたらした。もちろん世界的なグローバル企業は巨大な額の利益を手にした。

リオで懸念された21世紀の課題としての、空気、水、土地、森などの過剰利用は30年後の今日大幅に悪化している。今年のオーバーシュート・デー(人間が消費する生物資源の量が、地球が1年間に再生できる生物資源の量を越える日のこと)は7月28日に到達している。1990年代は10月だった。ドイツではすでに5月4日に達している。日本は5月6日とほぼ変わらない。

資源の過剰消費に加えて気候変動が旱魃地帯を拡大させている。さまざまな地域で食糧危機をもたらし、現在4700万人が飢餓死の瀬戸際にいる。ロシアのウクライナ侵略戦争もその危機に拍車をかけている。

世界の人口は1972年には55億人だったが、現在は80億人に膨れ上がっている。2050年には、100億人に達すると予想されている。我々の惑星「地球」はこのわがままな人類の生存をいつまで支えられるのだろうか。

ウクライナの政治経済界の腐敗

6月22日にウクライナはEU加盟候補国として認められたが、ショルツ首相は、正式のメンバーになれるかどうかは、同国が最終的にどこまで民主主義的な法治国家として国内改革を進められるかにかかっていると述べた。

7月5日にスイスのルガノでEU首脳部を含めて40カ国が集まり、ウクライナ再建会議が開かれた。そこで523 億ドル(73兆円)が再建費用として決められた。戦闘がいつ終了するか、全くわからないが、一応24年から再建が始まる。その際の前提になるのが、ウクライナの政治経済界の腐敗をなくすことだとフォンデアラインEU委員長とショルツ首相は強調した。

ある国の腐敗の度合いを示すTransparency International(国際透明性)というNGOが発表している国々の国際透明度ランキングがある。ウクライナは122位で、ロシアは136位と大きな差はない。一位はデンマーク、2位はフィンランドだ。ちなみにドイツは10位で、日本は18位だ。米国は27位に位置している

ショルツ首相が2月27日にZeitenwende(「時代の転換点」)と宣言し、14兆円もの特別防衛予算を組んだ上に、年間防衛予算を2%以上に引き上げると表明した。さらに紛争地帯への武器輸出禁止を改め、ウクライナへの武器供与も発表した。

しかし、ドイツからの武器供与はスムーズには進んでいない。直接の理由は供与すべき武器と弾薬が余りないからだ。平和ボケと批判されてもいるが、部品が足りなくて多くの兵器が使い物にならないし、備蓄弾薬は2、3日間で打ち尽くしてしまうと国防軍の退役将軍が語っている。14兆円の特別予算の20%は弾薬製造に支出されると発表されている。

確かに90年以降の平和の時代に戦争を長期間続けられるほどの弾薬を備蓄することが賢明でないのは明らかだ。ドイツには国境を接する仮想敵国はいない。国防軍が戦闘行為に巻き込まれているのは、海外だけである。昨年9月に撤退したが、まずアフガニスタン、さらにアフリカのマリ、海上ではソマリアの沖合の海賊取締りぐらいだ。

ウクライナへの武器の支給でドイツはまず5000個のヘルメットを送り、ウクライナの人々を失望させ、嘲笑された。だが、それ以外の武器弾薬には全く余裕がなかったらしい。その後も、他のNATOメンバーにお願いして、後で埋め合わせをするからと代わりに支給してもらっているほどだ。

ウクライナが希望する武器のドイツからの供与がなかなか進まないので、ショルツ首相は内外から批判されている。だが、昨年の12月8日の首相就任の際に、基本法(憲法)で定められた「自身の力を国民の幸福にささげる」と宣誓した。ドイツ国民の幸福は、何があっても直接戦争に巻き込まれないことだと理解できるし、さらに核攻撃のリスクが伴う介入を避けているのだと首相を擁護する声も聞こえる。それでも7月に入り自走榴弾砲などの重火器の供与にまで踏み切った。

2.化石燃料の安易なロシア依存の付け

ウクライナへの侵略戦争が始まって以来、ドイツでは戦闘状況、 市民の甚大な被害、避難民の状況、支援体制などが報道されているが、ここ1ヶ月はロシアの化石燃料へのドイツの依存度(戦争勃発以降ガスは55%から35%に、石炭は55%から8%に、石油は30%から12%に下がった )とガスの供給停止によるドイツの経済及び社会の甚大な被害について白熱した議論が続いている。特にガスは代替供給元が簡単に見つからないので、ドイツにとって大きなプレッシャーになっている。7月半ば以来パイプラインNS1(ノルトストリーム1)は保守点検作業のために止まっていたが、21日に部分的に再開された。作業終了後ガスの供給が再開するかどうかで、ドイツは戦々恐々としていたが、プーチンはドイツからのガス代金が喉から手が出るほど欲しいので、再開に踏み切ったようだ。ただ供給量は保守作業前より大幅に減っている。

この過度な依存度に対して、CDUとSPDは罪のなすり合いをしている。メルケルCDU政権は16年間続いたが、SPDは11年間(2006-2009と2013-2021)大連立政権を組んで同政権を支えてきた。その前のシュレーダーSPD政権の7年間も加えれば、18年間もの間ロシアとの化石燃料政策に率先して携わってきたと言える。

しかし、経済相または外相として長年この政策に関与していたジグマール・ガブリエル氏(SPD)は、「これらの出発点は、2002年のEUの電力を含むエネルギー市場の自由化指示による」と弁明している。その指示を受けて、エネルギー(化石燃料)調達は企業に任され、できるだけ安定した、かつ安いエネルギーの輸入元を優先してきた。そして、国は市場にできるだけ介入しない方針をとってきた。その結果ロシアの化石燃料への依存度が高まっても問題にされなかった。ちなみにドイツにおいて電力の再生可能エネルギーへの転換も、EUの自由化指示が出発点だった。

その上、国内の巨大なガス貯蔵施設をロシア企業ガスプロムが買い取っても、グローバル化の一端と見なされた。言い訳をすれば、ソ連邦時代から化石燃料の供給は石油もガスもパイプラインが敷設された暁には、10日間の保守作業期間を除いて355日、24時間滞りなく流れてきていたのだ。日本がタンカーによって地球を半周して、荒波を越えて化石燃料を運んでくるのとは大違いだ。その上価格も安いときたら、ロシアの化石燃料に頼るのは、市場の大原則に則っている。

ガスの代替調達先としては、米国やカタールからのLNGが検討されている。受け入れにはLNGターミナルが必要だ。オランダやフランス、ベルギーなどの海に面したEUのメンバー国にはそれぞれ数基のLNGターミナルが稼働しているが、ドイツには一基もない。この事実からしてもいかにドイツがロシアのガスに頼り切っていたかがわかる。未来永劫にロシアからガスは安定供給されると信じて疑わなかったのだ。

LNGのターミナル建設には4年ほどかかるが、フローティング・ターミナルは来年初頭までに4基完成すると経済省が発表している。さらに12台のターミナルの建設を計画している。これらは4年後に完成予定だが、ターミナルは15年から20年も長期間使用しなければ採算がとれない。だが、ドイツ政府は2030年までに電力の80%再エネ化を謳っているので、長期間計画は矛盾している。

経済省は、LNGターミナルはグリーン水素のターミナルとしても使えるから、問題ないと弁明している。だが、反論もある。まずLNGは零下162度に冷やされるが、水素は零下253度に冷やさなければならない。それには技術的に新しい冷却装置が必要だし、その上、水素はLNGよりも量子が細かく、LNG用のパイプラインでは漏れてしまうと言うのだ。

現在ドイツは不意の露ガス供給停止に備えてガスの備蓄に全力で取り組んでいる。現在の備蓄率は60%以上で、10月には80%、11月には100%にする計画だ。すると来冬は—温暖な冬ならば—何とか越せる。

ガスは2000mの地下に貯蔵されている。それには、岩塩を溶かして取り出したあとの洞窟にガスを貯蔵する洞窟貯蔵とたくさんの細かい穴が空いている岩盤にガスを閉じ込める多穴岩貯蔵がある。ヨーロッパ最大の貯蔵施設はガスプロム社のアストラ(多穴岩)で、ドイツ全体の25%を占めている。200万軒に2か月間供給できる容量を誇っている。ところが、この貯蔵施設は昨夏来ほとんど空(0.56%)になっていることが判明した。プーチンはすでにその時点で侵略を決めていたのではないかと憶測されている。今年の3月31日に同企業は政府の管理に移された。

7月22日に政府はさらにドイツ最大のエネルギー大手ユニパー(売上高:23兆円)への救済措置として1.2兆円の資金投入を決めた。同社は主に露ガスを輸入し、顧客に配給しているが、ガスの輸入量が減ったので、スポット市場で高いガスを購入している。しかし、顧客とは契約額での配給が義務付けられているので、大幅な赤字に陥ってしまったのだ。

今年一杯で現在稼働中の原発3基のスイッチが切られると、ドイツは予定通り脱原発を達成する。しかし、プーチンの侵略戦争以来、原発の稼働期間の延長を野党CDUが主張している。FDPも検討すべきだと言っているので、信号政府の中で不協和音を醸している。SPDと緑の党は来年以降のウラン燃料がないし、注文しても間に合わないと主張し、反対しているが、原発延長派は、現在のウラン燃料は来年も半年燃やせるから、今から注文すれば、来年の半ばには間に合うと反論している。3基の原発を操業しているE-ON社とRWE社のCEOは二人とも政府の意向に沿って、操業延長は考えていないと発表している。だが、この議論はまだ決着がついていない。

3.物価高と労働争議と労働力不足

2022年に入り、コロナ危機がやっと沈静し、景気が上向きになると思いきや、2月24日にロシア軍がウクライナ侵攻した。化石燃料市場が不安定化し、食品も含めた物価高が始まった。それに伴って、経済活動も落ち込み始めた。さらに8%以上になったインフレが中間層から下の国民を苦しめている。経済成長率も年頭は4%と予想されたが、現在の予想では1.5%と下振れしている。

ロシアからの化石燃料に頼っていたEUを直撃する物価高に対して、EZB(欧州中央銀行)は公定歩合をやっと引き上げ始めたが、7月21日現在0.50%とまだ低い水準だ。同銀行の役割は、インフレ抑制なのだが、利上げをすると、多額の国債を発行しているイタリアなどの南のメンバーに高い利子の返済という形で跳ね返ってくるので、バランスを取るのが難しい。従って各国がそれぞれインフレに対応している。

ドイツ政府はまず6月1日をもって通勤・ボーナスという形で、勤労者に一時金4万2千円を一括支給した。しかし、年金生活者や学生は対象にならなかったので、批判されている。さらにガソリンの税率を6月から8月まで半分にまで下げたので、スタンドのガソリンは40円ほど安くなった。この対策もばら撒き政策と批判されている。大型のSUV車を乗り回す国民層には本来必要ない救済策だからだ。それに対して6月から発行の公共輸送機関—新幹線を除く—に乗り放題の一ヶ月9ユーロチケット(1260円)は国民に好評だ。9月以降のこれらの継続はまだ未定。

現在のガス料金の高騰によって暖房費(100平米で年間14万円)は昨年に比べて倍になっている。ロシアからのガス輸入がさらに減るか、全く途絶えれば、ガス料金は3倍にも4倍にも跳ね上がるだろう。ドイツ国民の半分は賃貸住宅に住んでいるが、都市部ではその比率が高まる。暖房費は通常一年ごとに精算され、翌年に請求される。つまり、来年にならないと値上がり高が具体的に分からないのだ。政府は物価高に直撃されている国民に向けて、きめ細かい救済策を打ち出すと表明している。

それを強調するためか、ショルツ首相が、「You’ll Never Walk Alone (人生ひとりではない)」と引用して、先週国民を励ました。感情的なアッピールが足りないと批判されている首相としては飛び切りのパフォーマンスと言える。これは英国の名門リヴァプールFC(監督:ドイツ人のユルゲン・クロップ)の愛唱歌としてつとに有名だ。

賃上げと待遇改善のための労働争議

医療及び介護従事者は 2年間のパンデミックで疲れ切っている。エッセンシャルワーカーと持ち上げられて、政治家たちが約束した改善に期待したが、目覚ましい賃上げも待遇改善も実現しなかった。そのため新しい労働力の流入がほとんどないどころか辞める同業従事者が増えている。昨年の10月にはベルリンの大学病院の勤務者は1200人の人員増加を要求し、1ヶ月のストライキをした。その 結果700名の新規雇用という回答で妥結した。NRW州の6つの大学病院では、人員増加による勤務体制の改善を求め3ヶ月間もストを続け、7月20日にやっと妥結した。

医療と介護を含めたサービス関連企業の産業別組合ヴェルディ(Verdi組合員190万人)は、現金輸送者(1万1千人)の賃金引き上げ—現在の時給16.19ユーロ(2267円)から20.60ユーロ(2884円)—を要求し、ヘッセン州やベルリンで組合員にストライキを指示した。そのため 先週まで銀行やATMでは現金が下ろせなかった。

ヴェルディ傘下の港湾労働者が賃上げを求めて7月14日からストに入っている。このストによりサプライチェーンがさらに混乱するだろう。

金属産業労組(IG Metall組合員220万人)が8%のベースアップを要求すると発表した。このようにコロナ禍で抑えられていた賃上げや待遇改善を要求する労働争議が頻発している。

ドイツの失業率は5.4%だが、人手不足は深刻だ。特に医療・介護関係や建築、さらに肉体労働関連の分野における労働力不足はコロナ以降ますます顕著になっている。再エネ関係における太陽光パネル設置業、あるいは建物のエネルギー省力化(断熱材の取り付け)、デジタル化や自動化が導入しづらい業界や作業において労働力が著しく不足している。高等救育へのシフトが進み、ブルーカラーの仕事を嫌う若者世代が増えているのも一因だ。

海外からの労働力受け入れに門戸を開くこともしているが、アフリカや中近東からの経済難民にはまだ狭められている。移民政策の方針を根本的に変更すべきだが、肌の色の違いに対して差別し、忌み嫌う感覚はドイツ人にも潜在的に存在している。それと、外国の資格証明を厳密に検査し、ドイツの基準に合致しないと受け入れないなどのドイツ特有の官僚主義的な障壁が残っている。

中近東などからドイツにたどり着いたが、亡命が認められず、暫定滞在許容者として不安定な滞在を強いられている(経済)難民が20万人以上いる。せっかくドイツの学校を卒業したのに、送り返されるケースが後を絶たない。

信号連立内閣は7月6日に、13万5千人の暫定滞在許容者に長期の安定した滞在許可を与える閣議決定をした。5年以上ドイツに滞在し、民主主義の原則に違反しなかった場合が条件になっている。FDPはさらに一歩踏み込んで、毎年40万人の移民を受け入れる用意があると表明している。

最近の「平等福祉協会」の発表によると、ドイツ国民の1380万人(国民の16%)が貧困層に属し、コロナ危機前に比べて60万人増えている。国民収入の中央値の60%以下の収入で生活しなければならない場合、貧困だとされる。地域的に見ると、ブレーメン市で市民の28%、ベルリン市で19.6%が貧困に陥っている。最も豊かなのはバイエルン州で、12.6%である。

パンデミックやインフレは、一応社会全体に影響を及ぼしているように見えるが、実際は収入高や富の蓄積度によって大きく異なる。貧困層にとって致命的になる場合も少なくない。ところが政府による救済策総額290億ユーロ(4兆円)のうち、低所得者層向けは20億ユーロ(2800億円)に過ぎなかった。政府の救済では到底足りないので、市民社会の互助組織に頼ることになる。

その一つに食品無料配布組織「ターフェル」(公益社団法人:Tafel=Table=フードバンク)がある。1993年に最初ベルリンで始まり、スーパーなどから食料品を引き取って、市民に無料で配布するのだ。全国に広まり、ドイツ全体で21年現在956の市町村で活動している。

年間26万5千トンの食料品を配布しているが、ゴミとして廃棄処分されている1800万トンに比べればほんの一部に過ぎない。ターフェルで食料品を受け取る人々は、年金生活者、失業者、大家族、難民などで、年間収入額を証明する書類を提示すると、ターフェルの受取人証明書が発行される。それを見せて食料品を受け取る。ターフェルの恩恵にあずかる人の数は165万人で、週に3.4kgの食品を受け取っている。6万人の人々がボランティアとして食料品の収集と配布に携わっている。ターフェルの拠点に使われる場所や事務所、コンピューター、専従の人件費、運送などにはトラックが必要なので、これらは企業や個人の寄付によって賄っている。

ターフェルの活動が貧困層を助けるのはいいことだが、本来なら国家が貧困をなくすように社会構造を変えるべきであって、ターフェルの活動のために問題が隠蔽されていると批判する声もある。

今年に入りザールラント州とシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州とNRW州で州選挙が行われ、まずSPDが、残りの2州では与党のCDUが勝利した。躍進が目立ったのは、連邦政府の閣僚(ハーベック経済相とベアボック外相)の活躍と人気を反映してか、緑の党であった。特に州人口最大のNRW州では一挙に得票率が5年前に対して18.2%と3倍近くに伸びた。それに対して信号連立内閣の第3党のFDPは連邦政府の閣僚(主にリントナー蔵相)の不人気を反映してか、大きく伸び悩み、NRW州では票が半減し、5%条項を突破できるかどうかのスレスレ(5.9%)であった。

7月21日にNS1のガスの供給が再開され、政府と国民はとりあえず胸を撫で下ろした。しかし、いつプーチンの気が変わって、ガスのパイプラインの元栓が閉じられるか分からないので、省ガス、代替供給元探し、再生エネルギー化の促進、産業界と社会の安定化政策にと追われている。

コロナ危機の方も現在一日平均の感染者9万人、死者は90人と夏としては高止まりしている。温度が下がるとコロナの感染力が強まるので、化石燃料供給危機と相まって厳しい冬になるかもしれない。鬼の居ぬ間の命の洗濯ではないが、ドイツは夏休みの真っ最中で、2年ぶりのバカンスを楽しんでいる。(ベルリンにて 2022年7月25日)

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonara Nukes Berlin のメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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