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『資本主義の方程式―経済停滞と格差拡大の謎を解く』小野善康著/中公新書/2022年1月/902円)

目からうろこの経済学、低成長下の策を解明

IT専門学校講師 蒲生 猛

『資本主義の方程式―経済停滞と格差拡大の謎を解く』(小野善康著/中公新書/2022.1/902円)

過去10年の日本資本主義の経済システムは、政府や日銀の予想に反して、デフレを脱却できず、消費もGDPも回復するに至っておらず、サプライサイドに立った生産性向上による経済成長を未だに実現できずにいる。それに反して、貨幣の供給量や株価や国債残高は、異様に膨れ上がっている。

そうした危機的な閉塞状況にあって、その根本的原因を解明したのが、小野善康氏による『資本主義の方程式』である。資本主義経済の特徴を把握するために、これまでに様々な数学モデルが提案されてきた。複雑高度な数理経済モデルが次々と発表される中で、同書は極めて簡潔明瞭でシンプルな1つの方程式により、「資本主義経済の特徴や変遷を描き出していく」ことに成功しており、まずこの点が特筆に値する。

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「人々は、貯蓄の総便益が総コストを上回れば貯蓄を増やし、下回れば消費を増やす。その結果、貯蓄の総便益と総コストが一致するように、消費と貯蓄を決める」とし、この等式を基本方程式としている。

そして著者は、1980年代までの「成長経済」と、1990年代以降を「成熟経済」として歴史的に区分し、この段階に至るとモノが行き渡って居るため、消費が伸びず資産選好になりやすく、総需要は伸びることはないと規定する。

日本の「失われた30年」の主要な要因を「総需要の不足」に求めるこの理論は極めて説得力があり、この間の異次元緩和の金融財政政策の根本的誤りを明確に指摘している。

こうしたデマンドサイドに立った方程式による成熟経済の説明は、従来のサプライサイドに立ったビジョンなき経済成長モデルによる説明の限界を明らかにしたという意味でも画期的だったと言える。それでは、どうすれば「新しい資本主義経済システム」を構築できるのだろうか。

著者は「第6章 政策提言」において「生産能力拡大でなく総需要増大の視点から、経済政策を再構築することが不可欠」と主張する。

具体的には、環境・観光・医療・介護・保育・教育などの公的事業においても、私的消費として「新たな需要が創出される可能性」を追求できると指摘する。

今後は「失われた30年」の打開策として、著者の言うように、供給サイドの生産性向上よりも、「新たな需要の創出」という観点に優先度を持たせた方が新しい展望が開けるのかもしれない。

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「失われた30年」第2の打開策は、教育システムの変革である。

著者は「理系偏重、文系不要論がいかに時代遅れであるか」と的確に指摘されており、これを深掘りすると、学問の専門化細分化による〝タコツボ化″がもたらす知の劣化が確実に進行していることに行きつく。

今、求められているのは、著者も述べているように、供給サイドに立ったプロセスイノベーションではなく、新たな需要をもたらす創造的破壊である。

そして近未来には、複眼的視野を持ちうるリベラルアーツを習得し、文理融合によるグローバルな視野を持った開かれた知識創造の若い担い手の育成が重要となる。

未来を展望する上で必要とされているのは、この2つの打開策を踏まえ、サプライサイドに立ったグランドデザインなき成長論に過度に傾斜することではなく、総需要増大の視点に立った知識創造のための資本主義の方程式を構築することではないだろうか。

その方程式を基礎にすることで、消費者視点に立った経済のソフト化・デジタル化が推進され、併せて東京一極集中から、職住接近による新たなライフスタイルを基盤とした地方分権化が推進されていく。 

さらには、人間とAI(人工知能)の協業によるデマンドサイドに立った新しい経済システムが形成されることになる。

現時点では、アメリカや中国にプロダクトアウトの面で先行されているAI分野も、産業構造大転換の方向性を見据え、人間主導の多様なAI利用形態を組織的に促進し、新たな需要の創出につなげていければ、ビジネス利用面において競争優位の道が開かれていく。

同書を、こうした複数の展望から捉え返すと、新たな社会変革の地平を切り拓く基礎理論となりうる可能性を秘めていることが浮き彫りにされてくる。

がもう・たけし

1952年生まれ。IT企業勤務、拓殖大学客員講師を経て、IT専門学校講師となり、アジア各国の留学生にIT・AIを教えている。

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