特集 ●混迷する時代への視座

立憲民主党再生戦略の考察と提言

党の男女共同代表制の実現と11の衆院比例ブロックに単独優先候補の擁立を

本誌代表編集委員・日本女子大学名誉教授 住沢 博紀

1.歴史を繰り返させるなー田中角栄ロッキード事件からの教訓

21世紀も20年を経過した現在、私たちは人類史の亡霊に脅かされている。世界的なパンデミーの蔓延と、ロシアによるウクライナ戦争である。世紀末の不安ではなく、21世紀のこれからの未来に対する不安である疫病と戦争。これらは人類史的な時間尺、あるいは地球的規模での出来事である。

それに対して、日本独自の「悲劇」が7月8日、参議院選挙投票日の二日前に起きた。旧統一教会への個人的な報復が動機とされる、安倍晋三元首相に対する銃による殺害事件である。安倍晋三元首相の逝去に際しては、「日本の悲劇」としてお悔やみを申し上げる。

アベノミクスも歴代最長の首相としての安倍晋三の業績も、そのプラス面とマイナス面があり、私の視点からはマイナス面が圧倒的に大きいので、政治家・安倍晋三をまったく評価できない。しかし安倍晋三が政界から突如いなくなった現在、彼の日本政治の中での役割を過小評価していたことが思い知らされる。それは政治家・安倍晋三を死後に改めて評価するという意味ではなく、「失われた日本の30年」が積み重ねてきた様々な問題や錯綜した利害関係、支配層の人間的な繋がり、「岩盤支持層」といわれる保守主義者とネオリベラル経営者の共存など、安倍晋三という人格の中で混然一体となり、「安定した日本」を醸し出していたことへの評価である。この意味では彼は「唯一無二の人」であった。

それは逆にいえば、具体的な時代の課題を一つ一つ解決していくことができなかった日本政治の惨状を体現している。また彼が「唯一無二の人」となった最大の要因は、世襲政治家政党となった自民党の中でも、とりわけ岸信介の系譜をひく正統「岩盤保守」の人であったからであり、そのことが今回の悲劇となった旧統一教会との結びつきの遠因ともなった。

現在の日本社会では、しばしば変化は突然、外部からやってくる。政界、産業界、メディア業界など、それぞれの内部集団で利害調整が行われ、情報も公開されないからである。今回の銃撃事件も、山上容疑者の旧統一教会への家族問題からの報復であり、それが安倍晋三元首相に向けられたという事で、「政治テロ」とは言えない。他方でメディアが旧統一教会と政治家の関係、とりわけ安倍派清和会の多くの政治家との結びつきを連日報道することにより、旧統一教会=現在の「世界平和統一家庭連合」の組織実態に国民の多くが関心を持ち、旧統一教会を糾弾したい容疑者の目的が実現されたかに見える。

この意味では、結果として政治テロとなった。しかも旧統一教会と自民党の安倍本人および幾人かの幹部との関係は、当初の想定より根深いことも報道され、参議院選挙大勝の直後に自民党は予想外の危機に直面している。とりわけ下村博文前政調会長が文科相であった2015年、旧統一教会の名称変更を認めたこと、全国霊感商法対策弁護士連絡会による告発と消費者庁の対応問題、さらには旧統一教会票の配分を安倍事務所が担っていたというさまざまな自民党関係者の発言など、究明されるべきテーマは数多くある。

このように見ると、半世紀近く前の、田中角栄のロッキード事件との関連を思い浮かべる。田中―大平コンビによる日中国交回復は、佐藤内閣による沖縄返還に続く戦後の総決算であった。しかしその裏には、政治とカネ、さらには熾烈な派閥闘争があった。保守・革新の対立、自社対立が55年体制の表の顔とすると、カネと派閥抗争は裏の顔であった。立花隆「田中角栄の研究 その金と人脈」(1974年)は、田中首相を退陣に追い込んだが田中派は依然として最大の派閥であり、キングメイカーであった。その後、アメリカ発の「ロッキード事件」が発覚し、田中は受託収賄などで逮捕され被告の身となった。またこの事件には戦後の右翼の大物も絡んでいた。しかし被告の身になった田中も田中派も、自民党や政権への影響力は衰えず影の支配が続き、結局、1990年代の「政治改革の時代」まで日本政治を引きずった。

今日の視点からは、「ロッキード事件」発覚にはいろいろな陰謀説もあり、アメリカの影もある。そして日米構造協議から始まり、円高やバブルの発生―バブルの崩壊へとつながり、日本は衰退していった。しかし国内では一貫して、「派閥とカネ」の問題が政治改革の中心にあり、冷戦の終結に伴う新しい日本の構想は、政党や永田町の政治家の間では真摯な議論が行われなかった。

今、安倍晋三という実質的に権力の頂点にあった政治家が突然、銃撃死という形で政治の世界から姿を消す事態が生じた。しかし安倍派清和会も「岩盤保守」も、依然として自民党内に大きな影響力を持ち続けるなかで、私たちは80年代から90年代初期までの田中派とその継承者の轍を踏んではならない。

もちろん現在の日本を取り巻く環境は、当時とは比べものにならないくらい厳しく、また派閥政治も小選挙区制と政党助成金制度により様変わりしている。しかしイデオロギー的には「岩盤保守」に立脚し、世襲議員政党と現状維持政党になった自民党には、自らの力では、この突然の「党内権力の断絶」を奇貨として安倍時代からの決別、さらには保守政党の暗部からの決別ができるとは思われない。与党にある政党の真の意味での刷新は、強い野党の挑戦を受ける場合か、野党になった場合に限られることが政治史からの教えである。そこで次に立憲民主党を軸とする野党の現状について論を進めたい。

2.政治改革30年、政権交代政党としての立憲民主党の溶解の危機

1996年の第一次民主党から鳩山民主党政権を経て、立憲民主党の今回の参議院選挙までの26年間を振りかえると、「政権交代政党」という存在根拠が不断に溶解していくプロセスとして把握できる。「政権交代政党」というポジションから、党の基本的理念や基本政策は抽象的(市民が主役、生活が第一など)であり、すべての政策を寄せ集める傾向にあった(政策集としてのマニフェスト)。しかし支持者や有権者は、それぞれの自分の思いに通じる部分や支持する政治家に惹かれ、野党第一党に投票してきた。

「政権交代政党」の中身は、規制緩和や構造改革を進めるネオリベラル派と、社会保障や勤労者の利益を重視する生活者民主主義派に分裂しており、安全保障政策に至っては、その後の有力な議員の自民党への鞍替えが示すように、基本的な合意に欠けていた。さらには国家や官僚組織に対しては、政権をとればどのようにも使えるという、小沢流の道具的な理解に立っていた。

立憲民主党になって、憲法9条問題や脱原発に関してある程度のまとまりを見せたが、民主党の最盛期の2000万票前後(自民党に匹敵するか凌駕する)から、1000万票前後へと半滅する結果になった。しかし野党全体としては、常に自民党・公明党の連立政権を上回っており、野党共闘を組織することこそ「政権交代政党」の課題であるとされ、先ず国民民主党の多数と合同し、昨年の衆議院選挙では、共産党との選挙連携を超える政権構想まで含めて協定し、そして敗北した。政権交代の要の政党という立憲民主党の存在意義は、根本的な再考を迫られた。

今回の参議院選挙の結果も、こうした30年間の長い期間の流れと、さらにはグローバルな政党政治の大きな変容を含めて分析する必要がある。その場合、次の3つの論点が軸となる。

第一の論点は、2012年の安倍自民党が勝利した衆議院選挙から合計8回の衆参選挙において、与野党という視点からは、得票数の大きな変化はないという事である。野党はその都度変化しているが、自民党は1700万票から2000万票の推移であり、公明党と併せても、5000万票(2019年参議院選)から6000万票(2012年総選挙)までの有効投票数の過半数を獲得したことは一度もない。

これはある意味ではすごいことである。与党は衆参議院で3分の2前後の議席を確保しているが、安倍政権時代の首相の「解散権」の濫用による有利な時期での総選挙、さらには総裁選の余波を利用しての岸田政権の総選挙にも拘わらず、大勢には変化なかった。

問題は野党である。今、論点を立憲民主党に限定する。衆議院選挙では、比例区はブロック別であり復活当選もあるので、小選挙区の候補者の得票数と連動する傾向があり、1000万票から1150万票の線である。これが参議院選挙では全国区比例なので、実質的には政党に対する支持票を反映する。立憲民主党は、2019年参議院選では791万7720票、これが今回2022年では677万1945票となり約115万票ほど減らした。さらに今回は、国民民主党の多数と合同した後なので、余計に立憲民主党の敗北が強調された。

立憲民主党と国民民主党との合計では、約1140万(2019年)、980万(2022年)であり、両党とも全国区では労組系の組織内議員が多く、また日本維新の会、れいわ新撰組、参政党など非自民無党派層の投票も分散するので、この数字が連合傘下の労組系の投票総数であるといってもいい。要するに、2022年7月段階で、立憲民主党のコアな支援票は約700万、連合という枠組みで協力できても1000万票というレベルである。これが出発点となる。こうした数字からは、選挙協力や野党連携などどんなに頑張っても「政権交代政党」という戦略は出てこない。そこで異なるアプローチをとりたい。

衆議院選挙2021参議院選挙2019参議院選挙2022
自民党19,914,88317,712,37318,256,245
公明党7,114,2826,536,3366,181,431
立憲民主党11,492,1157,917,7206,771,945
国民民主党2,593,3753,481,0783,159,625
共産党4,166,0764,483,4113,618,342
社民党1,018,5881,046,0111,258,501
れいわ新選2,215,6482,280,2522,319,156
日本維新の会8,050,8304,907,8447,845,995
NHK党796,788987,8851,253,872
参政党  1,768,385
合計57,465,97850,072,19853,027,260
投票率55.93%48.80%52.05%

出典:総務省ホームページ

そこで第2の論点、21世紀に入ってからの、欧米諸国の政党の変容過程と現在の問題点である。英米の小選挙区二大政党制であろうが、欧州諸国の比例代表多党制であろうが、また保守政党であろうがリベラル政党であろうが、大きな変化に直面している。

アメリカの民主党と共和党、イギリスの労働党と保守党、これらの政党と政党システムは、支持者の何世代にもわたる支持基盤と社会的、地域的なポジションによって決定されてきた。しかし21世紀に入り、保守政党はトランプやジョンソンに代表されるような、ナショナルな要求を掲げキャラの立つ政治家が登場し、伝統的な価値観を持つ支持層との亀裂が生じた。またリベラル・社民政党も、高学歴ホワイトカラー層と伝統的な労働者・左派的な若者世代の分裂で、党の統一性を失ってきた。これにイギリスであれば、スコットランドなど地域政党の定着、左右対立図式を超えるエコロジー政党の台頭なども含め流動化している。

多党制のヨーロッパ諸国でも、20世紀には保守政党と社会主義・社会民主主義政党など、左右の要となる「国民政党」が存在した。しかし保守のネオリベラル、ナショナリズム、中道派への分裂、エコロジーや地域政党の台頭、社会民主主義政党の公務員・EUエリート化とブルーカラー層の離反、左右のポピュリズムの台頭などにより多様化・複雑化した。北欧諸国やオランダは、連立政権の組み合わせが極度に多様化し、政権は不安定になっている。フランスやイタリアでは、20世紀の政党システムはほぼ溶解した。

おそらく例外はドイツで、政党は多様化しつつもそれぞれのポジションは明快で、そのため連立政権をめぐる政権協定も細部にわたって取り決められる。それぞれのポジションとは、伝統的保守(キリスト教社会・民主同盟)、ネオリベラル派(自由主義政党)、エコロジー政党(緑の党)、勤労者の党(社会民主党)、それに左右の体制批判的なポピュリスト政党である。既成システムへのさまざまな不満の集合体である左右のポピュリズム政党を別にして、それ以外の政党は基本政策がそれぞれのアイデンティティを形成している。保守的価値観と家族・自営業重視、市場自由主義とグローバリズムへの信奉、グリーン政策とエコロジーへの価値、労働者の権利擁護と社会的公正を実現する福祉国家などである。

もちろん強い平和運動や国防費・軍需産業拡大に対しては反対運動もある。しかし安全保障や外交・通商政策に関しては、NATOによる集団的自衛権、EUによる統一的な産業・社会・環境・通商政策の追求など、左右のポピュリズム政党を別にすると、政党間では広範な合意がある。

そこで第3の論点として、これを社会・経済体制や自由主義に立つ価値観が似ている日本の政党配置に当てはめるとどうなるか。共産党も昨年の野党共闘から方針を転換し、参議院選挙では安保条約破棄を再度公約としている。この点を別にすると、日本の政党ではドイツのような明確な政党のアイデンティティと基本政策に関して、自民党と3つの大きな野党(立憲民主党、日本維新の会、国民民主党)の違いは明確ではない。安全保障に関しては、2015年の安保法制による、日米安保の集団的自衛権の一部容認に関して深刻な亀裂・対立が生まれ、それが立憲民主党の設立にも影響を与えたが、日米安保体制そのものは、日米地位協定など多くの点で改正すべきことが残るにしても、大枠において承認されている。

憲法改正問題も、自民党が提起する、自衛隊の憲法明記や非常事態事項の明記であれば、内容的にはすでに現実に存在しており、災害救助法やコロナ禍での緊急事態宣言においても私権の一部制限は行われている。要するにそれらは憲法に明記する必要はなく、あえてそれにこだわるのは、次のステップ(例えば明確な集団的自衛権の承認から、戦争のできる国家へという道)を狙っているからであり、その意味でも憲法9条擁護は現在では意味がある。しかし安倍亡き岸田自民党が、そうした不要な憲法改正を強行する理由は見いだせない。万一、そのような事態が生じれば日本政治もこれまでとは異なる展開になるので、ここでは言及しない。

立憲民主党に限れば、立憲主義(国会での議論の重視と法治国家の厳守)と憲法9条維持・平和主義は立党の精神ではあるが、これをさらに展開させないと旧社会党―社民党のように一野党で終わる。脱原発や再生可能なエネルギーへの転換政策は、日本ではないエコロジー政党のポジションを獲得できる。勤労者の政党として、連合の要求を超えるユニバーサルな福祉を掲げれば社会民主主義の領域が空いている。女性への支援も共産党などと競合するが、ここも大きな領域である。地域再生と農業は自民党と競合するが、地方議員出身者にとって大事な領域である。社会的弱者や年金生活者は、公明党、共産党などと競合する。外交・通商領域は与党自民党に比べて圧倒的に弱いが、自民党も中国の台頭とウクライナ戦争で全く新しい時代を迎えているので、ここは政党間で競争しつつも英知を結集することが必要となる。

ここで述べたいくつかの基本政策は、すでに立憲民主党でも公約の一部に記載されている。問題はそれが、リアリティをもって有権者に語られ、説得力を持っているかである。新しいアイデンティの領域とそれを獲得する手法に関しては後に述べる。

3.ガラパゴス化する日本的保守=自民党

今まで立憲民主党を中心に野党を論じてきたが、喫緊の課題はむしろ与党、自民党にある。自民党は50%を少し超える程度の低い投票率の中でも、その半数も確保できていない。単純計算しても、有権者の25%~から20%の投票を得て、議席3分の2の安定政権を、しかも長期的に維持しているわけである。これは公明党という世界でも特殊な政党と連立して、現実的な中道政治を行っていることもあるが、現在の選挙制度に負うことも大きい。

しかし今回の安倍銃撃事件によって、多くのジャーナリストが指摘するように、安倍亡き安倍派優位の自民党が次の3年間続くのであれば、「死せる安倍生ける岸田を走らす」という事になりかねない。ロッキード事件の後の田中派優位の自民党のようなものである。さらにはアベノミクスの失敗の付けを清算することが迫られている。円安が進行し賃上げを伴わないインフレ、とりわけガソリン、燃料費、食料品などの一斉値上げが、岸田政権に大きな負担となる。

21世紀に入り、どの国でも伝統的な保守政党は危機の時代を迎えた。その大きな理由は経済や情報や労働移動のグローバル化である。多くの移民労働者や難民の流入は、保守の支持層を動揺させ、より過激なナショナリズムに向かわせた。また国家による安定した経済秩序政策を重視する伝統的保守も、ネオリベラルの民営化や規制緩和の要求、市場優先の社会像に対して、分裂した対応を迫られ、多くの有権者の信頼を失った。この中には、発展するグローバルな都市生活者と衰退する地方住民、さらには中間層の没落という保守主義の基盤を侵食していく社会分裂が進行している姿が示されている。さらにはジェンダー問題やLGBTなど、伝統的な家族観や男性・女性像の大きな転換を迫られている。

自民党も遅かれ早かれ、先進国のこうした保守主義の危機に直面せざるを得ない。外国人労働力の導入に関して、日本はまだ顕在化していないが現役世代人口減少の中では、いずれ取り組むことになる。とりわけ社会的格差の拡大は、グローバル主義に立つネオリベラルには問題ではないが、左派のリベラル政党と同様に、穏健保守にとっても大きな問題である。岸田内閣でも「新しい資本主義」を唱え、その原因である分配問題と取り組む姿勢を見せている。アベノミクスを支援してきた経済界でも、企業収益や金融緩和だけでは経済成長を実現できず、人への投資や分配問題こそ鍵であることを指摘する経営者が増えている。つまりは早急に、アベノミクスの再検討から方向転換まで含めた決定が政府に要請されている。

安倍政権時代からの世論調査によっても、自民党支持の最大の理由は、大きな変化を求めず現状を維持したいという安定志向に由来していた。しかしその安定した社会が社会的格差の拡大、首都圏と地域の分裂という事態に直面している。

日銀の異次元の金融緩和政策と史上空前の赤字財政支出により課題を先送りしてきた自民党政権が、こうした危機の処方箋を持っているとは考えられない。しかし問題なのは、野党もまた同じ程度に問題解決の政策を提示できていないことである。与党の政策が行き詰まったとき、それを抜本的に転換することができることが本来の政権交代の意味であった。しかし野党が溶解しつつある現在、どこから出発すればいいのだろうか。

4.立憲民主党の再生戦略:党のアイデンティティに立脚する基本政策と専門家を比例ブロックに単独優先候補として擁立

私は昨年の総選挙の後、『現代の理論』第28号(2021年秋号)において、「男女共同代表制で立憲民主党の再生を」と訴えた。その後、代表選出投票を経て、泉建太代表・西村智奈美幹事長という若い世代の新執行部が発足した。男女共同代表制はできなかったが、参議院選挙候補者擁立に際して女性を50%にするなど、新しい試みも実行された。そうであれば、男女共同代表制を導入できなかったことが悔やまれるが、そうした限界もふくめて7月参議院選挙は残念な結果となった。

野党第一党・政権交代政党という立憲民主党の大前提が幻影となりつつあり、党全体が方向性を喪失しつつある現在、党のアイデンティティの再構築を基本政策と併せて作り上げることが必要であり、そのためには、ここで第2弾として「党のアイデンティティに立脚する基本政策と、10人の専門家を衆議院比例ブロックに単独優先候補として擁立」することを提言したい。

総選挙はまだ当分先の話しだが、基本政策の再構築と並行して公募・審査方式で10人のプロフェッショナルな政治家をリクルートできれば、党の刷新と新しいイメージを有権者の前に示すことができるだろう。単独優先枠で当選は確実なので、2期程度を保障すれば有力な人材を集めることもできる。小選挙区と重複立候補する議員にとっては、ブロックでの議席が一つ減るわけだが、これによって党全体のイメージが明確になり、比例区での獲得投票が増えれば1議席程度は相殺される。すべてにウィン・ウインの関係ができる。

前に述べたように、立憲主義、憲法9条擁護、まともな政治をめざす、そして連合の支援を受けるだけでは、700万から1000万票の万年野党に留まることは必至である。しかし同時にここは立憲民主党の原点でもある。そこから出発して、党の明確なアイデンティティを構築する基本政策とは何であるのだろうか。

コロナ禍とプーチンのウクライナ侵略を目の前に見る現在、多くの人々にとって、生命と生活の安全・安心、それに一国の安全保障だろう。そして一国や地域の安全保障をめぐっては、地政学的・軍事的な意味での安全保障を最優先課題とするのか、それとも異なる安全保障戦略を提起するのか大きな分かれ目となる。どちらにしても日米安保が前提となるが、前者の場合は9条改正・集団的自衛権の強化という道を進むこととなり、後者の場合は、地域の安全保障を多様な形で進めるが、日本としては専守防衛の原点に留まることになる。

ウクライナ戦争で、今ロシア制裁や武器の供与を行うEU諸国に、ロシアはガス・石油の供給制限・停止という対抗措置に出ている。また原発施設も戦争の中では最大のリスク要因となっている。ここから導き出される教訓は次のように明確である。

(1)原発は最大のリスク要因であるので脱原発を早急にすすめること

(2)エネルギーの可能な限りの自立を目指す、つまり化石燃料のない日本では、再生可能なエネルギーへの転換、そのためのインフラ投資を最大限に行う

(3)食糧自給も日本はOECD諸国の中では低く、食糧自給を高めることは地域再生や農水業の再構築につながるので、ここでも投資誘導や制度改革を併せて重点的に行うことが挙げられる。この意味での一国での安全保障の基盤を整えて初めて、地域の安全保障の構築に積極的に寄与できることになる。

またコロナ禍は日本の人々が安全・安心な生活を送るためには、多くの制度的な脆弱点を抱えていることを明らかにした。

(4)医療資源の個別医院・病院への偏在、公共医療サービスの削減から充実への転換

(5)サービス業を中心とするエッセンシャルワーカーの労働条件の改善、給与水準の改革:産業構造転換支援給付を伴う最低賃金1500円に

(6)コロナ禍による少子化の加速:仕事と育児の両立のための、すべての育児期の親への給付型育児休業制度、働き方改革とホームワークの充実のための施策

(7)社会的格差拡大の一つの要因は教育格差にあり、次世代支援のための給付型奨学金の特別基金の設置

(8)コロナ禍では日本の行政のデジタル化の遅れ、標準化の欠如が示された。これを業界との協働に留めず、デジタル社会、デジタル産業の育成を見据えた総合計画として実施

コロナ禍では医療、公衆衛生、経済の多くの専門家がメディアに登場し解説・提言した。その中の多くは業界人であったり、政府との調整役に徹したり、閉ざされた審議会の中での発言で満足している「専門家」であった。他方で、本当に現場で苦労し、現場を越えた課題や制度設計を提言できる「専門家」も少なからずいた。私たちは「ダメな専門家」と「有能な専門家」を区別できる能力を、本能的に身に付けたように思える。

もとより(1)から(8)のテーマは、科学的なエビデンスに基づいた政策だけではなく、理念や何を優先するかという価値観にも関連するので、客観的な正しさだけでは議論できない面もある。その意味では専門家といえども人々への「説得力」を持つことが大事となる。これは政治家の資質でもある。 

いま仮に、立憲民主党のブロック比例区の当選者数と地域との関連を考慮するなら、北海道には食糧自立の専門家を、東北には再生エネルギーの転換政策、北関東には公共医療サービスの再構築、南関東にはすべての人に給付付き育児休業制度、東京には次世代支援基金、北陸・信越には地域の脱原発の総合政策、東海にはデジタル改革、近畿はサービス業の構造改革と最低賃金1500円、中国・四国は一つにして、ここでは触れなかったが、大災害に備える防災・強靭化政策、そして九州は地熱発電を含めるエネルギー転換政策となる。

もうひとつ大事なことは、国としての施策と地域からのボトムアップの政治とのあり方である。民主党の時代から立憲民主党まで、リベラル派政党として「市民が主役」の政治、「生活が第一」、「誰も排除しない政治」、包摂する社会など、国民や市民活動目線で政治を考えてきた。しかし現実問題として、政府によるマクロな制度設計や財政的措置と、市民や生活者のためのきめ細かい政治には断絶がある。このことを無視すると、厚労省の地域包括ケアサービスのように、すべてを円滑にまとめた作文に過ぎなくなる。

また自民党や日本維新の会の強さは、地方議員組織の強さ、草の根保守、地域政党といった地域との強固な結びつきにある。立憲民主党も地方組織の強化や地方議員の拡大を何度も課題としつつも、遅々として進まない。立憲民主党も「草の根改革派」を養成する必要がある。ここでも逆転の発想が必要である。

ヤングケアラーの問題、空き家住宅問題、地域包括ケアの実践、保育所保障など、市民活動やNPO組織も数多くあるが、立憲民主党がプロフェッショナルな自治体議員として、こうした政策課題に通暁した人物をリクルートする、あるいは党としての資源を重点投入して育成するなどができれば、「草の根改革派」のネットワーク形成が可能となる。当初は数少ない運動や事例であっても、それは党の地域でのイメージ作りに役立つ。日本維新の会は、吉村知事など大阪の自治体経営のイメージ(現実の成果ではなくメディア像)に負っている。こうしたイメージに対抗して、リアルな成果を少しずつでもメディアで拡散できれば、党としての地域づくりの端緒となる。

かつては革新自治体など、野党のイメージや統治能力は、しばしば自治体行政や拠点地域で発揮された。21世紀の現在では、地域で実績を積み上げるカリスマ的な自治体議員のネットワークづくりが大事であり、それをSNSなどで拡散させ立憲民主党の基本政策と連携させることが大事である。市民活動や地域組織への依存ではなく、自治体議会と政党がもつ政治資源を、生活に密着した課題にプロフェッショナルとして投入する能力が問われている。

すみざわ・ひろき

1948年生まれ。京都大学法学部卒業後、フランクフルト大学で博士号取得。日本女子大学教授を経て名誉教授。本誌代表編集委員。専攻は社会民主主義論、地域政党論、生活公共論。主な著作に『グローバル化と政治のイノベーション』(編著、ミネルヴァ書房、2003)、『組合―その力を地域社会の資源へ』(編著、イマジン出版 2013年)など。

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