特集●歴史の転換点に立つ

若者が生抜くー労働関連法教育の役割(上)

NPO活動10年が教える日本の喫緊の課題です

NPOあったかサポート常務理事 笹尾 達朗

1.あったかサポートとは

2.活動の中心となった「労働関連法教育事業」の推進

3.なぜ「労働関連法教育」という表現を使うのか

4.女性の社労士による「出前授業」の特色

5.定時制高校の統廃合と私学通信制の増加、問われる若者の受援力

6.「自己責任論」から自由になるための労働関連法教育へ

7.ジェンダー視点からの労働関連法教育の推進

(以下次号) 8.「抵抗できる力」は労働関連法教育で可能であろうか/9.問われるべきは若者が社会に繋がるための労働環境にある/10.労働力不足と国の進める「7・5・3現象」対策の効果/11.労働組合の「労働教育」事業と全国社会保険労務士会の役割/12.NPO法人あったかサポートの今後の役割と課題

1.あったかサポートとは

当法人が結成されたのが2005年、そして2006年から労働関連法についての「出前授業」を始めるようになった。その頃は次第に所得格差が拡大し、貧困が顕在化し始めた時代に当たる。いま当法人の構成は、社会保険労務士を主なメンバーとしながら、他に弁護士、司法書士、税理士、キャリアコンサルタントなどの専門士業の他、大学の研究者、メディア関係者、労働組合、中小企業の経営者など様々な職業、立場の勤労市民が集まって成り立っている。

会員は、お互いに協力して自らの専門知識を高め、労働や社会保障についての市民的コモンセンス(良識)づくりとその普及に努めるために集っている。事業としては、①季刊「あったか情報」の発行の他に書籍や冊子の発行、HPの開設、②高校生・大学生や社会人を対象にした労働関連法教育、持続可能な社会保障制度や労働のあり方を考える春秋の研修会、労働判例などを紹介した中小企業者を対象にした人事労務管理セミナーなどを企画・開催、③労使を問わない仕事や生活に関わる様々な相談活動、④市民組織としての専門性や自発性を活かした人と人を結ぶネットワーク活動の四つの課題を柱にして活動を続けてきている。

活動の財源は、独自の事業活動、京都府などからの委託事業、会費収入、寄付金収入で成り立っている。当法人への寄付は、認定NPOとして所得控除や税額控除の対象とされるなどの効果もあって既に正会員がおよそ150名、その他協力会員や賛助会員を含めるとおよそ220名の協力者を得て活動が支えられている。

2.活動の中心となった「労働関連法教育事業」の推進

当法人が活動を開始して11年になるが、その活動の柱は高校生や大学生を対象に教室に出向き、労働問題と労働法制度、社会保険を中心にした社会保障制度についての「出前授業」にあった。契機は、定時制高校の進路指導教諭から次のような質問を受けたことにある。教え子である卒業生が就職したものの、提示された当初の労働条件と実際に働いてみたところでの労働条件の違いに戸惑い、その事を相談されたものの、どのように答えていいものか、という質問を受けたことに始まった。

法律は男女が協力して子育てをしながら働くことを支援しています

今でこそ、厚生労働省が労働基準法15条1項の「労働条件の明示」について使用者に対して、労働契約の締結に当たっては「労働条件通知書」の交付を行うよう指導を強めているものの、当時はアルバイトなど不安定な雇用関係の下では、実際には無きに等しい状態であった。今でも厚労省の調査結果では、高校生、学生アルバイトのうち労働条件通知書を受けたという学生はおよそ60%だという。その時、定時制高校の進路指導の教諭を対象に、「求人票」と「労働条件通知書」との相違、「給与明細書」の見方について解説を試みた。特に社会保険料の内訳が労使折半になっていることを具体的な数字を示し、その仕組みに納得をして頂いた。そんなことを思いだすが、それが端緒となって、次第に京都市立高校や京都府立高校に拡大していった。

ただし近年では、京都府社会保険労務士会が「ワークサポート」という名称で、京都市と京都府に働きかけて、無料で労働基準法や労働・社会保険制度の解説を行うようになってきたため、当会へのオファーは今では主に定時制高校、全日制高校では「人権学習会」、職業高校、他府県の高校、そして大学で行う程度でしかなくなってきている。それでも昨年度、高校生、大学生などを対象に延べ40回行っている。

いずれにせよ、このような労働関連法教育事業の草分け的存在として10年を経た。そうした活動を通じて当法人は、多方面にわたる専門家や団体を結集し、労働と社会保障の分野で、相談活動から教育活動、そして就労支援活動へと幅を広げ、今後のNPO活動への可能性を開いたと言えよう。

3.なぜ「労働関連法教育」という表現を使うのか

それでは、当NPO法人がその教育活動名称をあえて「労働関連法教育事業」としているのは、なぜであろうか、考えてみたい。その事業活動の主体は社会保険労務士が担っていることにもよるが、社会保険労務士は弁護士など他の専門士業などが苦手とする労働・社会保険のプロであることにある。しかし何故、殊更にそれを強調するか、について述べてみたい。これまでは、研究者や弁護士によって「労働法教育」、「ワークルール教育」という名称で講義がなされてきたが、主な講義の内容は、労働基準法を中心にした労働法制に限られていた。

労災保険については労基法19条の解雇制限の規定にそって講義されることも多かったとは思われるが、私傷病や妊娠・出産・育児などとの関係で雇用保険、健康保険、年金制度を横断的に解説し、更には求職者支援制度や生活困窮者自立支援制度、生活保護制度を含めたセーフティネットの体系を語ることのできる講義はほとんどなかったのではないか。そうした労働法と社会保障の関係・連携を意識することで、労働者がどのように保護されているのかを概観できる講義はNPO法人に参加する志の高い社会保険労務士にしかできない仕事ではないか、という思いがあったからである(図表参照)。

また非典型(非正規)労働は、不安定な雇用の状態にある労働者だからこそ、万が一の際に労働・社会保険のセーフティネットで救済されなければならない。それにも拘わらず、それが現行法の適用条件に当てはまらないために社会保険から排除されている。適用範囲の拡大は政策的な課題ではあるが、一方で仮に適用を受けながらも当該労働者にその知識がないなどの理由から請求しないケースも多く、セーフティネットとして実態的に機能していないことが、リーマンショックで派遣切りを受けた労働者を通じて顕になった。それに危機感を深めたのは、時の政府だった。

それにも拘わらず非典型(非正規)労働者の社会保険の適用が進まない原因をいくつか指摘しない訳にはゆかない。一つは、社会保険料設定の仕組みが経営者とりわけ中小零細企業にとっては、大きな負担となっていること、二つ目に家庭を持たない非正規の低賃金労働者の中には手取りが減るために同意が得にくいこと、三つ目に被扶養配偶者から除外される「130万円の壁」などから社会保険の適用を望まない家庭もいること、実際のところ比較的片働き世帯の多い大手企業の企業内労組や公務員労組には消極的な意見が多いのではないだろうか。

そうした現実を率直に語ることをよしとし、そこに社会的な意義を見出したからであった。非典型(非正規)を含む働く者全員を対象に年金・医療・介護など社会保険を適用し、もって給付を受ける層を拡大させることでなければ、この国の将来において生活保護の受給者をいたずらに拡大することになりかねない。医療や年金の保険料を負担する層を拡大し同時に誰でもが社会的給付を受ける仕組みが求められている。そうしたメッセージをも伝えている。

4.女性の社労士による「出前授業」の特色

当NPO法人のここ10年間の「労働関連法教育事業」は、実のところ女性社労士が中心になって担われてきた。子育て中の女性社労士の中には家族と触れ合う時間を犠牲にして資料を作成するなど多くの時間を費やし、関わってきた人もいる。労働契約とは何か、それは口頭でも成立するのか、労働基準法の存在と役割、万が一の労災保険や雇用保険の役割、大手チェーン店でのブラック企業などの現実、働く仲間と手をつないで職場を改善することの意義など労働組合の名称を使わずともその役割を単なる講義方式にとどまらず、「寸劇」を取り入れるなどして工夫を凝らした。

とりわけ、定時制高校などでは、始めから外部講師の話を聞く姿勢を持っていない生徒も多い。また講師が質問するとうつむいたまま応えられない生徒も多いため、一方的な講義方式は通用しない。一方で定時制高校の教師の多くは、正社員として就職できることを望んで、熱心に指導されてはいるが現実問題としてそのハードルは高い。非典型(非正社員)であることのハンディキャップは、雇用の不安定や処遇の低さだけではない。働き続けるための職業教育や訓練の機会、先ほど述べた労働・社会保険の適用からの排除にある。

しかし、そうした現実を定時制高校の生徒たちは、理屈ではなく感覚で既に感じ取っているため、私たち社労士が外部講師として真正面から教科書的にそれを伝えるだけでは反発されるだけである。「寸劇」のシナリオを作成し、劇団員の指導を受けて演技を身に着けるなど女性社労士による様々に工夫される出前授業の実践は、そうした生徒たちに希望と勇気をもって未来を切り開いてほしいという熱い思いから生まれている。

5.定時制高校の統廃合と私学通信制の増加、問われる若者の受援力

また定時制高校に通う生徒の多くは、まだ10代の若者が多いが、彼ら彼女らを取り巻く環境は、一昔前の定時制高校の現状とは異なる。団塊の世代が10代、20代の頃は、「貧しい家庭の子どもが昼間働き、夜学ぶ」という「夜学」という言葉が一般的な時代であった。その頃は、製造業など第二次産業の成長が見込まれ、就職先も容易に見出せた。15歳で郵便外務員として働きながら定時制高校に通う当時の全逓信労組の組合員は、先輩に仕事を学び、飯も共にした、そんな時代であった。

しかし、今やサービス産業での就労人口が70%を超える時代に、定時制高校の生徒が参加できる職種は限られてきている。子どもの頃いじめを受けた、学校に馴染めなかった、勉強についていけなったなどから自分に自信を持てないままに、唯一の「居場所」としての役割を果たしてきた夜間定時制は次第に統廃合が進んできたため通学時間が長くなり、途中で退学する生徒も多い。その代替えに公立の昼間定時制が存在する。また一方では中高一貫校も実験的に存在する。いま中学生や高校生が一息つける「居場所」は、次第に狭まるばかりだ。

それだけに、逆に急増するのは、「不登校・中退生の進路」として、私立の通信制高校である。中卒の学歴では、将来働く場所や大学などへ進学する条件が確保できないために「高校卒業資格取得」を目指す「フリースクール」が「保護者のための学校選び」として脚光を浴びる。それは、地方に所在する全寮制から都会の街の真ん中に立つビルにも存在する。その募集要項を見ると京都市内のメインストリート烏丸通に面するビルの中にいくつも存在し、その数が増加していることが分かる。

生徒たちとって、本来学校は学ぶ場所ではあるが、同時に友達をつくり、共に支え支えられる関係を築く場所である。それが今見失われつつある。にもかかわらず、今の若者は、他人に対して、「助けて」、「教えて」と言えない、つまり他人から受援する力に乏しいのである。共に学び、遊び、働くなど人と人との関係性を回復し、それをどのように構築するのか、受援力を身に着けることが現下の課題ではないだろうか。そうした視点からの学習支援や就労支援に繋げられる「出前授業」でありたいと思っている。

6.「自己責任論」から自由になるための労働関連法教育へ

定時制高校に限らず公式な数字では顕在化しない高校中退者、保護観察処分を受けた若者、生活保護家庭や母子家庭など経済的に恵まれない生徒、DVなど家庭崩壊の状態にある若者など多様な形でいま若者の社会問題化が拡大、進行している。今やかつてのように若者を「社会的引きこもり」や「ニート」として揶揄し、一括りにできない時代に入っている。一度は就職したものの過酷なノルマと長時間労働、いじめや嫌がらせなど様々な職場環境の悪化で心を病んだ若者を生み出している。しかし、中には若者サポートステーションなどの「居場所」を通して、これまで人間関係を避けたいと思ってきた若者が、次第に他人と関わりたい、仕事をしたい、自らの経験から人のために役立つ仕事をしたい、起業したいなどの様々な思いを持って、立ち直りのチャンスを求めている。

「若者が雇用に躓かないために」と思って始めるようになった当NPO法人の社会保険労務士による労働関連法教育ではあるが、果たして上記のような若者の自己肯定感や自尊心の回復、レジリエンスにどこまで有効なのだろうか、と問われれば、決して十分ではないが、有効なケースもあるのではないかではないか、とも思っている。

しかし、正社員の道を切り拓くことができなかった若者、就職したものの上司や同僚と関わりで、心傷つき病んでしまった若者たちが、再び社会に関わって働いてみたい、家族や社会の役に立ってみたいと思うようになった時、彼らが自立するためには、自己肯定感や自尊心の回復、「貧困・不利・困難に負けない力」つまりレジリエンスが必要だ。それを培うための一つの方法として、労働者として働いた経験から自らの権利を労働基準法などの労働法制に照らして学ぶことで、如何に実際に労働者保護法規が砂上の楼閣となっていることか、を知るだろう。そのことで自己を責めないこと、責める理由はない、との理解が進むことは日々の労働相談を通じて実感することができる。近年のいじめや嫌がらせの背景には、必ず当該職場における長時間労働や達成困難なノルマなど際限のない企業間のサバイバル競争が存在している。極めて高度な知識と接客能力でもない限り、「勝ち組」に残れないのが現実だ。その結果、「要領が悪い」「遅い・鈍い」「覚えが悪い」として仕事への能力がないとされ、人を傷つける言動や暴力によって、散々に罵倒される。そうされれば誰でも自尊心は傷つき、自らに自信を持ちようがない。職場では、人間としての人権が侵害され、人格権が否定される。それを放置したままでは、若者はいたずらに「自己責任論」の罠にはまってしまい立ち直れない。そうした時には、そのような職場の現実こそが異常なのであり、例えば男女雇用均等法や労働契約法、そして民事的にも違法であることをしっかり指摘し、「あなたは決して悪くない」と伝えるべきである。今の若者には当法人の労働関連法教育で受けた知識を役立てることで内面化された「自己責任論」を克服してほしいと願っている。また人間関係で心を病んだのであれば、人は自分の周りの人よって存在が認められ、肯定され、支えられることで「心の健康」を取り戻せる。そうした取り組みを伝えることこそが、私たちの役割ではないだろうか、と思っている。

7.ジェンダー視点からの労働関連法教育の推進

当法人が担う労働関連法教育の講師は、社会保険労務士である。労災・雇用の労働保険、年金・医療・介護の社会保険に関する知識や理解に明るい。しかし、ともすれば現行の労働・社会保険制度を金科玉条のように思い、何ら疑うことなく若者の前で語ることになりかねない。しかし、若者の前でこれらをセーフティネットとして語るときに、いくつかの矛盾を感じることのできる感性やセンサーが求められる。例えば、一つは現行の年金制度にある。配偶者の死亡における遺族年金の支給対象は、ようやく父子家庭にも遺族基礎年金が支給されるようになったとはいえ、夫は外で働き、妻は家庭を守るという性別役割分担を前提に組み立てられているために、世帯単位の年金支給の仕組みになっていて、個人単位にはなっていない。また現行の年金制度は、所得の再分配機能を果たしていないばかりか、逆進的に機能し所得の高い者に有利に働いている。

いま非正規雇用の待遇改善が課題になっているが、例えば景気の後退局面に主婦パートの解雇や低賃金がメディアにおいてもさほど大きな社会的な問題とはされなかった。主婦パートは家計の主たる生計維持者とはみなされてこなかったからである。また男性は未婚者に、女性は既婚者に非典型(非正規)雇用が多いように、婚姻・性別と雇用形態との結びつきが強い。未婚女性の非典型(非正規)雇用が増えている現実に、パートやアルバイト、派遣社員などの働き方は、若年期の一時的な働き方であり、家計補助的な働き方であるとの認識については改められなければならない。

また私たちの労働関連法教育では、労働法制や労働社会保険以外に女性の就業率の伸びや既に1997年で共働き世帯が片働き世帯を追い抜いてしまったことなど、労働経済統計に基づき説明することもある。それは、いずれも将来にわたって女性の経済的自立が求められている社会であることをメッセージとして伝えたいからである。

しかし、当法人ではこれまで各学校で「出前授業」を始める前にアンケートを取ってきたが、高校生や大学生を問わず、ジェンダー規範がいまだ根強いことが分かる。その設問の中には、「家計を支える中心は、やはり男性であるべきだ」という回答と、「正社員の職が見つからないのだとしたら、それは甘えや努力不足が原因だと思う」との回答があるが、両者が重なることが多く、それは6割ほどある。しかも、総じて定時制高校や全日制高校、また大学生においても底辺校こそ、それを是としている回答が多い。そこには、ジェンダー規範と「自己責任論」とを内面化することで、特に男子の若者を苦しめているように感じる。そうした意識から自由になること、それこそが労働関連法教育の役割の一つではないだろうか、とも考えている。

(以下次号に続く)

ささお・たつろう

1951年生まれ。龍谷大学法学部卒。京都中央郵便局にはいり、全逓労組支部の役員として活動。85年にボランティア団体「労災福祉センター」の設立・運営に参加。2001年社会保険労務士登録。05年労働と社会保障の専門家集団「NPO法人あったかサポート」を設立し常務理事に就任。おすすめ図書に『働くときに知っておきたい労働関連法の基礎知識』(2000円)がある。

ホームページ http://attaka-support.org/  E-mail attaka-support@r6.dion.ne.jp

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