コラム/発信

参院選2016に思う・・・

解放新聞社編集部 熊谷 愛

18歳以上の有権者による初の国政選挙となった参議院選挙が終わった。公示直後のマスコミによる選挙予想どおり、改憲勢力が3分の2議席を占めるという最悪の結果になった。期日前投票は全有権者の約15%、投票者全体では約28%、過去最高だった3年前の参院選の数値を更新した。それにもかかわらず、最終投票率は54.70%で、過去4番目に低いという。安倍政権がもくろんだとおり、改憲は争点にならなかったのか。有権者はアベノミクスを支持したのか。「民意」は一体どこにあるのか。私には全く理解できない選挙結果だ。

参院選公示後もテレビは舛添都知事の不祥事に関わる報道ばかり垂れ流し、安倍首相の拒否により選挙期間中の党首テレビ討論も実現しなかった(今回、参院選関連の報道は2013年の参院選に比べ、3割減だったという)。選挙戦が始まってからの街頭演説で安倍首相は改憲論を完全に封印、争点は「アベノミクスを続けるか否か」、それどころか、「気をつけよう、甘い言葉と民進党」などと誹謗中傷をくりかえした。投票日当日、5大紙の朝刊に、安倍首相の写真入りで「今日は、日本を前へ進める日。」との自民党の大きな広告が掲載され、ネット上でYouTube画面を開くと、安倍首相を前面に出した自民党の動画広告「この道を。力強く、前へ」が自動再生される形になっていた。こんな広告は違法なのではないか、と疑問を呈する声がネット上であがっていた。

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32選挙区の全一人区で野党共闘が実現し、4党首による街頭演説は各地で盛り上がりを見せていた。東京選挙区では山本太郎参議院議員の応援のもと三宅洋平候補が「選挙フェス」と称する音楽ライブ的街頭演説を毎日のように繰り広げ、大勢のミュージシャンや文化人が応援に駆けつけるなか、若者を中心に何千人もの観衆を集めていた。その盛り上がりと熱気をネット上ではツイッターやブログが伝え、拡散していたが、大手マスコミはほとんど無視しつづけていた。終盤になって6位争いに食い込んでいるとの報道も出てきたが、ふたを開けると9位落選だった。

選挙戦の現場で野党候補の街頭演説に集まる市民の熱気と、現実の開票結果との落差は何なのか。有権者は、自民党のマスコミ支配と選挙CMのイメージ・物量作戦に押し切られてしまったのだろうか。

高知新聞記者が7月2~4日に高知市内で、「改憲への<3分の2>議席」という言葉の意味について100人に聞いたところ、「全く知らない」人が83%、「知っている」人は17%という結果が出た。参議院で改憲勢力が3分の2をとってしまえば、改憲発議ができてしまうことを知らない人が8割を超える、という恐るべき結果が高知市内に限ったことだとは、とても思えない。このような状態で多くの有権者が1票を投じたのだろうか。

参院選後の7月11日、もしくは11~12日にかけて新聞各社が行った世論調査を比較してみる。「改憲勢力3分の2」について、北海道新聞社が行った全道世論調査の結果では、「よかった」は19%にとどまり、「よくなかった」が40%、「どちらともいえない」が41%と、否定的評価が圧倒的だった。京都新聞社が京都府・滋賀県の街頭で行った緊急アンケートの結果によれば、「よかった」は22%にとどまった。朝日新聞社が実施した電話による全国世論調査では、「多すぎる」が40%、「ちょうどよい」は34%、「少なすぎる」は4%で、否定的評価と肯定的評価が拮抗しているともいえる。読売新聞社の世論調査によると、「よかった」という肯定的評価が48%で、「よくなかった」の否定的評価41%を7ポイントも上回った。各社のサンプル数や質問内容、調査方法の差にもよるのだろうが、これだけ大きな差が生じたのでは、逆に世論調査そのものの信頼性・信憑性に疑問符がつくのではないだろうか。

7月11~12日、北海道新聞社が行った全道世論調査の結果では、自民党勝利の理由は「民進党や野党が政権の受け皿になっていないから」が75%に達し、「安定政権だから」は16%、「安倍晋三首相の政策が支持されたから」はわずか3%だった。同日、朝日新聞社が実施した電話による全国世論調査では、与党の議席が過半数を大きく上回った理由として、「安倍首相の政策が評価されたから」15%に対し、「野党に魅力がなかったから」が71%に上った。それにもかかわらず、今後、安倍首相が進める政策について、「期待の方が大きい」37%を「不安の方が大きい」48%が上回った。消去法で選んだにしても、たとえ回答者自身は自民党を選んでいないのだとしても、「不安の方が大きい」政党に投票するとは一体どういうことなのだろうか。

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判で押したようにくり返される「野党に魅力がない」という台詞。しかし、今回の参院選の争点は、そんなところにはなかったはずだ。「改憲勢力の3分の2議席を阻止する」という一点で野党も共闘してきた。括弧付きかもしれないが、それでも日本国憲法によって守られてきた「平和」「人権」「民主主義」が戦後最大の危機にさらされているのだ、とさまざまな人が警告を発した。私の所属する解放新聞社でも、参院選に向けて連日のように「争点は、すでに破綻しているアベノミクスではない。争点から隠している改憲を許さないため、改憲勢力による3分の2議席を何としても阻止しよう」と訴えつづけてきた。

選挙戦の最中に、マスコミ各社が世論調査をもとに選挙予想をするのが当たり前になっている。そして、事前の予想どおりの結果になるのも、ここ数年、当然のようになっている。今回も、調査時点で有権者の4割以上は投票先を決めていないため情勢が大きく変わる可能性があると言い訳しながら、予想が外れることはなかった。4割を超える投票先未定層を無視できる選挙予想とは何なのだ。7月24日に大手マスコミ各社が発表した参院選情勢調査結果は、右にならえといわんばかりに、自民党が勝利し、改憲勢力が3分の2議席をうかがう、といった内容だった。読売と日経は、いずれも固定電話による5万943人対象、2万7640人の回答(回答率54.3%)の同じ日経リサーチの調査結果を使い回している疑い、わずか有権者の0.027%の回答で選挙戦の結果を予測している事実、産経に至っては、裏付けとなる数字も示さずに予想記事を捏造している実態について、調査報道サイト「HUNTER」―記者クラブとは一線を画すネット上のニュースサイト―が、6月24日、27日、30日、7月4日、5日、7日付の記事(http://hunter-investigate.jp/news/social.html)で明らかにしている。このような予想を選挙戦の序盤に出すことは、改憲勢力を阻止したいと考える有権者の気力を奪うのに、さぞかし貢献したことだろう。マスコミの事前予想どおりの結果に、納得いかなくとも「そういうものか」と言葉を飲み込む。世論調査ならぬ「世論操作」という言葉が一層説得力をもった参議院選挙だった。

安倍政権にコントロールされている大手マスコミの前に、わが解放新聞社のような弱小メディアは実に無力である。しかし、いつまでも無力感に囚われているわけにはいかない。こういう時代だからこそ、99%の側の、さらに被差別の立場からの情報発信を続けていかなければという思いを新たにしている。

くまがい・ちか

1966年、大阪生まれ、大阪府内在住。2015年6月まで部落解放・人権研究所に勤務し、単行本・紀要・月刊誌等の編集、販売・発送等の業務を経験する。2015年6月から現職。

*部落解放同盟中央機関紙『解放新聞』は週刊(第5週を除く)月曜発行。1部8頁で定価90円、年間購読料は送料別で1部4320円。お問い合わせ・情報提供などは、TEL:06-6581-8516/FAX:06-6581-8517まで。

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