編集委員会から
編集後記(第37号・2024年冬号)
“社会の底が抜ける”を実感する時代が到来か──民主主義から暗黒の中世への回帰か
▶本号の特集のタイトルは、いささか情緒的ではあるが「社会の底が抜けるのか」とさせてもらった。本号の各筆者の論考を読んでいるとその思いが心の底をよぎっているではないかと感じる。多くの読者各位もそうでないだろうか。
世界―日本に目をやればウクライナに見られる公然たる侵略戦争がまかり通り、ガザに見られるイスラエルとパレスチナの“戦争”、もうテレビ報道をみるのも嫌になる。どう考えてもイスラエルによる大量虐殺・民族浄化(ジェノサイド)だ。もとよりジェノサイドは他地域でも発生。統計すら困難な第一次、第二次世界大戦の膨大な人の死によって、地球上に資本主義志向であれ社会主義志向であれ、“人の命の大切さと民主主義”を規範とすることが曲がりなりにも価値とされてきた(後発の独裁国は別)。その二極の代表がアメリカでありソ連・ロシアであった。そのロシアが今や侵略の張本人となって居直り、アメリカはそのダブルスタンダードが国内外で指弾されている。そして日本では正月の能登大地震、文字通り社会の底が抜けた。人間の無力・儚さを見せつける天変地異。死者数が6千人とも2万人とも言われる首都直下型大地震や32万人と想定される南海トラフ巨大地震が我が身に到来するのでは、とリアルに感じさせる昨今である。
▶本誌に定期的に登場頂いている金子勝慶応大名誉教授は、政治危機と災害と事故で始まった年明け、現在は50年周期で起こるカタストロフの渦中にあると喝破。それも「民主主義から暗黒の中世への回帰か――今は第五の節目。世界の政治、経済が50年ぶりにカタストロフになりつつある。二つの戦争、新型コロナの蔓延の中、米国の一極支配がますます後退し、米国内の分断がかつてなく深刻化している。西側民主主義もメルケル後は保守リベラルが凋落、右派が猛烈に台頭してきた。ロシア、中国が接近、トランプが蘇ってくる。地球上で民主主義という制度の価値が失われていくという怖い時代だ」と。(詳しくは『サンデー毎日』2月4日号、倉重篤郎のニュース最前線参照)。
▶それにしても“ユダヤとは何か”を想わざるを得ない。ナチスによるホロコーストはあまりにも残虐であり深い同情を感じる。その反省から今もドイツはイスラエル支持の態度を崩さない。しかし戦後のユダヤ人・イスラエルの歩みは大きな疑問符が付く。アメリカにおいてもユダヤ勢力は国内の政治・経済・対外政策に大きな影響を与えており、今秋の大統領選にも影響を与えることは必死である。
また世界で指摘されるのは、社会に浸透するポピュリズム・極右勢力の伸長である。ドイツやオランダにみられる現象は危機感をもって語られているが他人事ではない。目を日本に転じても、「裏金問題」が象徴する自民党政治の疲弊と破綻は明らかである。しかし自民党は逃げ切りに必死で、果たしてどうなるか・・・。野党の出番であるが野党共闘はうまく行っていない。そもそも意見が異なるから別の政党なのだ。だから統一戦線(共闘)の鉄則は、“課題の一致・批判の自由・行動の統一”だ。この歴史的言葉を知らない政治家やマスコミ人があまりにも多く、野党の分裂を煽る酷い主張が多い。そしてその自民党の別動隊・尖兵が日本維新の会だ。思うに維新の会は自民党よりも危険な要素がある。本誌でもその実像をこれからも暴き批判を続けていくが、立憲が中心となった野党共闘も極めて重要だ。“課題の一致・批判の自由・行動の統一、だと声を大きくしたい。そしてやはり我われ一票を持つ有権者が問われている自覚が大切だ、他人ごとではない、総選挙も近い、自覚をもって行動しよう。
▶社会の底が抜ける、で思う。働くこと・労働は人間の生存と社会成り立ちの根本だ。その人間の労働をめぐって、本号で現役の労働組合委員長でもある本誌編集委員の大野隆が「労働基準法」など労働保護法の改悪・解体が進行していると危機感を持ち訴える。労働者保護の最低の保護立法ある「労働基準法」の解体は、まさに“社会の底が抜ける”そのものだ。こんなのがまかり通れば、“ブラック企業”など死語となってしまうのではないか。(矢代 俊三)
▶自民党派閥の裏金づくりの当事者たちの顔ぶれをみると、学校行政に口出ししてきた議員たちも多いことがわかる。なかには文部科学大臣経験者などもいる。この連中がつねづね口にしていたことの一つが道徳教育の重視ではなかったか。道徳教育を根本的に受け直す必要があるのは、本人たちだろう。
またも、産経新聞が奈良教育大学付属校で独自教材を使っていたのは、校長の決定権よりも職員会議が優先されていたという教育たたきをしている。沖縄報道などでたちの悪い虚偽報道を行っているような報道機関が教育に手をつけるのもやめてほしいものだ。教育についてあれこれ口出しする政治家、メディアは信用ならないと疑う必要があるだろう。(黒田 貴史)
▶元日の能登地震と2日の羽田事故が続いて、世の中の底が抜けたと感じた人も多いのではないか。それに自民党の裏金問題が追い打ちをかけている。私は富山県・魚津の零細漁師の孫なので、能登は魚津の対岸だという地理感覚を何となく持っている。実際能登の言葉が富山東部とよく似ていることは知っていたが、震災のニュース映像で能登の人たちの言葉を聞くと、本当に身近の災害だと、心に刺さる。政府の初動の遅れがようやく指摘されつつあるが、私はそもそも「初動」もなかったのだと思う。「道路の寸断」が諸悪の根源のように言われるが、なぜ海から上陸することに積極的ではなかったのだろうか。自衛隊がホバークラフトで重機を陸揚げする映像を見て、なぜそれを広げないのかと、悔しく思った。昔の能登は「陸の孤島」だったが、船の往来は盛んで、北前船も寄っていたのだ。富山と言葉が近いのは海上の行き来の結果に違いない。
▶問題の背景に、地方の自立した社会を壊してきた政治の罪があるのだと感じる。「平成の大合併」などはその最たるものだが、能登でも七尾市の水道が100キロ以上離れた手取川から引かれていると知って驚いた。元々は七尾でも地元の水を使っていたが、県の水道広域化が進み、能登まで長い配水管が整備されたようだ。広域化がコストを削減するとのことだが、コストだけが重要とは思われない。水やエネルギーは何があっても確保できることこそが生きるための社会の基礎なのだと思う。自立した地域社会が壊れていくことの意味は大きい。
▶働く人を支える基礎が労働基準法である。それが破壊されようとしている。これも、現場の労働者の暮らす社会を知らない、知ろうとしない政治の中で起こっている。こちらの背景には、格差と分断の社会がある。昨年の中央最低賃金審議会で配布されたJILPTの調査報告では、パート・アルバイトの賃金決定の考慮要素の最大は地域別最低賃金の56%である。別の調査では、時給の上昇は10月に発生するという人が3割で、圧倒的に多い。世の中の賃金は最低賃金(法)が決めるという、低賃金労働者の世界が広がっているということだ。その中で労働基準法が解体されると何が起こるか。政府の審議会・研究会のメンバーには、労働者の生活実態を真面目に調べてほしいと思う。これ以上社会を壊してはならない。(大野 隆)
季刊『現代の理論』[vol.37]2024年冬号
(デジタル37号―通刊66号<第3次『現代の理論』2004年10月創刊>)
2024年2月7日(水)発行
編集人/代表編集委員 住沢博紀/千本秀樹
発行人/現代の理論編集委員会
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