論壇
「黄色い封筒法」と韓国オプティカルハイテック労組の闘い
日韓の国際連帯の闘いで「食い逃げ企業」を許すな
朝鮮問題研究者 大畑 龍次
この間、筆者は在韓日系企業における争議支援にかかわってきた。この数年で言えば、2次にわたる韓国サンケン労組、韓国ワイパー労組、そして現在争議中の韓国オプティカルハイテック労組の闘いがある。これらの争議にはいくつかの共通点がある。第一に、いずれも韓国政府の外資導入政策、すなわちさまざまな恩恵措置を利用して韓国に進出し、工業団地内に設立されたこと。工場建設用地は韓国側が安い賃料または無料で提供し、減税措置などのさまざまな恩恵に預かる。それらは韓国国民の税金、血税で賄われている。
サンケン電気の場合には、当初はその地区には労働組合の設立さえ許されていなかったため、無権利状態であり、劣悪な労働条件におかれていた。第二に、韓国で得た莫大な利益は韓国内に投資されることなく、ほとんどが日本の本社に還流した。第三に、進出企業が事業転換などを迫られたとき、韓国内の労働者に対する配慮はほとんどされず、廃業や解雇が横行していることだ。いずれも労働組合が労働条件の改善を迫り、それを嫌ったケースが多い。意図的に赤字を作り出し、それを理由にした廃業・解雇となる場合が多かった。
日本国内では労働組合との話合いや雇用継承を選択される場合でも、一切考慮されることはなく、一方的に廃業・解雇される。韓国国民を植民地時代のように見下す姿勢を見ることができ、「韓国は日本の植民地ではない」という叫びを何度も聞いた。
韓国オプティカルハイテック労組の闘い
2022年10月から争議状態となっている韓国オプティカルハイテック労組の闘いの概要について報告したい。まず、闘いの舞台となっている会社・韓国オプィティカルハイテック(株)は2003年11月17日に慶尚北道亀尾市の工業団地に設立された。100%投資の子会社で、社長も日本人だった。亀尾市は大邱市と大田市の間あたりにあり、朴正煕の生まれたところとして有名で保守系の地盤のひとつ。
親会社は日東電工(株)(大阪市、社長:高崎秀雄)で、主にLCD偏向フィルムを生産してLG、サムソン、アップルに納品していた。なお、日東電工は家庭用品の「コロコロ」というゴミ取りフィルムでも知られている。さまざまな恩恵措置を受けて進出したのは、ほかの日系企業と同じ。安い地代や減税措置などだが、つまるところ韓国国民の血税であるのは前述の通りだ。
労働組合は、全国金属労働組合亀尾支部韓国オプティカルハイテック支会(以下、OP支会とする)で、2016年11月25日に設立された。当時の労働者520人のうち90%にあたる470人によって組織された。労働組合が結成された背景は、当時希望退職が相次いで危機感を持ったからだという。2018~2019年に355人が希望退職し、組合員は57人だけになった。2022年には受注が増えたため、新たに100人を採用していた。
ことの発端は、2022年10月4日に火災が発生して工場棟が全焼したことだった。火災原因は管理不十分による漏電だった。再建に十分な保険金が出たことから、組合員は再建を疑わなかったという。しかし、一月後の11月4日に会社清算を発表してSMSで組合員に伝えられた。組合が団交要求するも応じず、12月13日の臨時株主総会で清算を決議し、2024年4月に清算完了する予定と発表している。この間希望退職募集が行われ、131人が退職した。解雇通告が出たのは2023年2月2日で、現在11人の組合員が闘争中。
日東電工は、韓国にこれ以外に3つの子会社を持っている。販売を担当している韓国日東電工(ソウル)、偏向フィルムを生産している韓国日東オプティカル(平沢市)、家庭用フィルムを生産している日東電工ニトムズ韓国(平沢市)がある。韓国オプティカルハイテックの清算にともない、会社は韓国日東オプティカルで代替生産を行い、新規採用も行っている。韓国オプティカルハイテックと韓国日東オプティカルは、生産している製品も同じであり、これまでも人事交流があり、その日本人社長も同じ人物。そこで、労組は偽装廃業だと主張しつつ、韓国日東オプィテカルへの雇用継承を求めている。
日本の日東電工本社は交渉することも拒否
OP支会は2023年1月から労働協約に基づいて団交を要求しながら、焼け残った組合事務所と会社前に籠城テントを設置して闘いを進めている。その一方、2月14日に慶北地労委に不当労働行為と不当解雇救済申請を行った。地労委は4月14日に救済申請を却下。引き続く中央労働委に再審申し立てをするも、8月4日に再審棄却を行った。したがって、今後は行政裁判で決着をつけることになるだろう。
また、3月4日に亀尾市長に面談し、協力要請をしたところ、市長は日東本社に書面を送ってくれた。ちなみに市長は保守系の「国民の力」に属している。本社から返信があったが、「大韓民国の法律にのっとり清算手続きを進めており、今後も法律にしたがって清算業務を行う予定」、「韓国日東OPTICAL(株)はKOHTECH[訳者注:韓国オプィティカルハイテック]とは全く別の法人であり、独立した事業を運営しております。したがってKOHTECHの通常解雇した従業員とは雇用関係がなく、労使交渉を行う予定もございません」、「清算人並びに代理人などを対象に、何度も不法行為を行っていて、彼ら不法行為者に対する謝罪の要求や再発防止のための対応を予定」などと回答した。これがいわば日東電工の基本的な姿勢である。
会社は2023年8月になると、3回にわたり強制撤去しようとし、組合員が負傷する事態も。さらに、損害賠償のため10人の組合員の賃貸保証金と自宅に仮差押攻撃をかけた。損害額を4000万ウォンとして各組合員に4000万ウォンの仮差押えを行い、その金額は総額4億ウォン(4000万円)。大邱地裁金泉支院は9月1日、債権仮差押を認めている。韓国の労働運動では、会社側が労組の正当な組合活動に対して損害賠償や債権仮差押をかけるケースが常態化しているが、また新たな事例となってしまった。
9月にも撤去業者が押し入り、組合事務所の断水・断電に踏み切った。労組員と駆けつけた地域の労組員の力で強制撤去は阻止されているものの、労働委員会も裁判所も会社の主張を認めている状況だ。労働組合は9月15日に清算人・本社宛に損賠取消と面談要請している。
なお韓国ワイパーの闘いで公権力=警察を導入したことが社会的な批判を巻き起こしたことから、社会的には公権力の行使は難しい状況となっている。そもそも撤去工事には計画書に対する亀尾市の許可が必要だが、まだ下りていないし、労組事務所の使用は労働協約で明記された権利だ。裁判での確定判決が出るまで労組事務所を死守して闘う覚悟だ。昨年末には亀尾市の許可が下りそうだと情報があり、亀尾市庁前での集会が行われ、1月8日の未明からパク・チョンへ氏とソ・ヒョンスク氏の二人の女性組合員が建屋の屋上での高空籠城に突入した。問題が解決されるまで決して降りてこないという決意を明らかにした。亀尾市も不測の事態を防ぐために日東電工本社に雇用継承がベストの選択と働きかけたが、本社は頑なな態度に終始しているという。
韓国オプティカルハイテック労組は、ユザーのLGディスプレー、亀尾市長、日本大使館などに要請・抗議行動を展開する一方、日本への遠征闘争を二度にわたって行った。第一次遠征闘争は10月9~13日、日東電工本社のある大阪への要請・抗議行動を行い、第二次遠征闘争は12月2~6日、首都圏を舞台に行われた。第二次遠征団はチェ支会長と3人の女性組合員で、2日に東京全労協大会での支援要請、翌3日に支援する仲間との懇談会、4~6日には品川駅港南口と日東電工東京本社への要請・抗議行動、そして9労組への支援要請行動を行った。東京では昨年10月26日に「韓国オプティカルハイテック労組を支援する会(準備会)」を組織し、今年1月25日に結成集会を行った。
OP支会は訴える。まず、労働協約によれば、会社清算など重大な経営上の問題は、まず労働組合との話合いを持たれなくてはならない。一方的な清算決定は労働協約に反しているし、団交要請に応じないのは不当労働行為である。韓国日東オプティカルが代替生産していることからみて、会社清算と解雇は組合活動を嫌った偽装倒産にほかならない。かつ、一方的な強制撤去の動き、労働組合事務所の断水・断電処置もまた到底認められない。会社はこの18年間に6兆ウォン余の利益を日東電工本社に還流させた。利益を本社に吸い上げ、問題が起これば逃げ出す、いわゆる「食い逃げ企業」の典型的なやり方だ。
労働法第二条・第三条改正問題
現在、韓国労働運動のイシューとして浮上しているのが、労働組合および労働関係調整法(労働組合法)の第二条・第三条改正問題。
改正案を見てみよう。第一に、第二条(定義)にある「使用者」を「雇用契約の締結の当事者ではないが、労働者の労働条件を実質的かつ具体的に管理し、決定する立場にある者は、その限度において使用者と見なす」とした。それは大法院(最高裁)判例にある「労働者を実質的に支配する原告は、使用者のような性質を有する可能性がある」を反映させたもので、正式な雇用契約を結んでいないことを理由に、団体交渉など労働組合法上の義務を免れることを防ぐことだ。前述した親会社や元請けを引っ張り出すことができ、「本当の社長出てこい」のスローガンを実現できる。
第二に、第二条第五項の「労働争議」については、「労働条件の決定に関する」事項を、「労働条件に関する」に拡大したことだ。改正の目的は、労働協約違反などの労働条件違反(権利紛争)を労働紛争の範囲に含め、これを議題として労働委員会による事前の調停・紛争対応を可能にするものであり、労使間のさまざまな紛争が団体交渉や紛争を通じて独立して解決される道を開くものだ。
第三に、第三条(損害賠償請求の制限)で、現行第三条の「使用者は、この法律による団体交渉または労働争議によって損害を被った場合、労働組合または労働者に対し、その賠償を請求することはできない」に第二項と第三項が追加された。第二項は「裁判所は、団体交渉、労働争議その他の労働組合活動で生じた損害賠償責任を認める場合には、損害賠償義務者ごとに、その帰属原因および寄与の程度に応じて、個別に賠償責任の範囲を定めなくてはならない」というもの。第三項は「『身元保証法』第六条にもかかわらず、連帯保証人は、団体交渉、労働争議その他の労働組合活動によって生じた損害を賠償する責任を負わない」とした。
これまでは労働組合のストライキなどが不当な場合、関係する全ての組合員が連帯して損害賠償責任を負うケースがあった。総損失額が100億ウォンで組合員が10人なら、組合員一人は総損失額の1/10とはならず、組合員全員が100億ウォン請求される。これは不真正連帯債務法理というが、金属労組法律院のタク・ソノ弁護士は「政府や資本が違法ストによる莫大な被害を負ったとき、頼もしい論理的支援軍となっていた」と指摘する。資本はこれを悪用して組合破壊の手段にしてきたし、負担に耐え切れずに命をたつ「労働者烈士」を生み出してきた。
この法案は2023年11月9日に韓国国会本会議で野党単独で可決されたものの、与党や経済界が「悪法だ」と声を上げたため尹錫悦大統領は同年12月1日、再議要求権(拒否権)を発動してしまった。そのため憲法上再可決させるには、在籍議員の過半数の出席のもとで出席議員の3分の2以上の賛成が必要となった。
いまなぜ「黄色い封筒法」なのか
労働法二・三条改正問題は、通称「黄色い封筒法」と呼ばれている。2013年に金属労組双龍自動車労組は119人の解雇にストライキで闘った。翌年、警察が提起した損害賠償訴訟の一審で14億1000万ウォンが請求された。それを支援する「黄色い封筒キャンペーン」が始まった。黄色い封筒は韓国の給料袋であり、そこにカンパを入れて支援するキャンペーンだ。なお、この闘いの過程で30人からの組合員と家族が命を絶ったものの、2020までに全員が復職し、2023年には基本的に解決した。ここから「黄色い封筒法」と呼ばれるようになった。
類似の事例が韓国労働運動で繰り返されてきた。
・2003年、斗山重工業の損害賠償訴訟でぺ・ダルホさんが自死した。
・2003年、韓進重工業の損害賠償訴訟でキム・ジュイク支会長が自死した。
・2009年、双龍自動車でのストライキで、警察が労組と労組員に損害賠償訴訟を起こした。
・2012年、韓進重工業の損害賠償訴訟で労働者チェ・ガンソさんが自死した。
・2016年、半導体企業KECの労働者は3年間にわたって賃金30億ウォンを差し押さえられた。
・2018年、CJ大韓通運が宅配労組に15億ウォンの損害賠償訴訟。
・2021年、現代製鉄が労組と組合員641人に246億ウォンの損害賠償訴訟。
・2022年、大宇造船とハイト眞露はそれぞれ下請けと特殊雇用労組に470億ウォンと27億ウォンの損害賠償訴訟を行った。
「黄色い封筒」キャンペーンを担っている市民団体「手をつないで(손잡고)」によると、1989年~2022年5月までに、197件の損害賠償・仮差押え事件が起こり、3,160億ウォンが請求されたという。そのうち94.9%が労働者個人を標的とし、彼らの生活を破壊し、数十人の「労働者烈士」を生み出した。こうした生活破壊と労働組合弾圧に抗し、ここ10年にわたって「黄色い封筒法」の闘いは続けられてきた。なお、可決された「黄色い封筒法」は労組法二・三条改正運動本部が提起してきた「元祖・黄色い封筒法」とは多少違いがあるものの、10年の闘いの成果として考えられている。
「黄色い封筒法」の社会的関心が高まり、資本による損害賠償・仮差押え攻撃は減っていたにもかかわらず、新たに韓国オプティカルハイテック労組の闘いは「黄色い封筒法」運動の現在進行形の事案として注目されており、民主労総挙げての闘いとなっている。
韓国オプティカルハイテック労組の闘いは、外資企業特有の問題も孕んでいる。韓国では「漢江の奇跡」を実現した朴正煕時代から、外資導入を行ってきた。それは「外国人投資促進法(外国人投資法)」という法律によってなされてきたが、投資する企業に好都合な恩恵措置がセットだったし、前述の通り当初は労働組合の設立さえできなかった。利益は本国に還流させ、不都合なときは逃げ出す。
韓国では「食い逃げ企業」という。「食い逃げ」の韓国語は「먹튀」という新造語で、「먹다 (食べる)+튀다(逃げる)」からできた名詞だ。以前は韓国から中国など他の国に行ってしまう「渡り鳥企業」が多かったが、最近は韓国でのビジネスをしながら、不都合なところを切り捨てるケースが多い。このところ、こうした外資系企業の廃業・解雇事案が多発していることから、事前に廃業を申告させ、雇用安定に支障を招いた外資を制限すべきという「食い逃げ防止法」が提起されている。
慶北大学のナ・ウォンジュン教授は、「新自由主義的な柔軟化が労働者を企業内組織内での契約条件によって差別(非正規職)したり、他企業の所属に分離(下請け)したり、所属のない独立事業社(特殊雇用職)に放り出すなど、企業内で成立している工程が分離しながら元・下請けの垂直的な供給体系が形成された」と指摘する。したがって、本国の親会社は、それは韓国のことだと責任逃れをし、非正規職や下請けにある労働者は、親会社どころか元請け会社との交渉もできない。そのため「食い逃げ防止法」だけでは不十分で、前述した労働法二・三条や商法の改正とセットで提起されなくてはならない。
また、経済協力開発機構(OECD)の多国籍ガイドラインには、「集団解雇を伴う事業場廃業の場合には、労働者代表、該当政府当局と協力して副作用を最大限和らげるよう」にすることが明記されているが、ほとんど守られていない。このところ、企業は社会的コンプライアンス、すなわち法令遵守や社会的良識やルールに沿った企業活動が求められている。そのため多くの場合は「会社理念」だとか「人権宣言」を掲げている会社が多いが、守られた試しがない。この法案は共に民主党や正義党の議員が発議しているが、常任委員会の敷居を越えられず、本会議の審議には至っていない。このように韓国オプティカルハイテック労組の闘いは韓国労働運動の重要な闘いとなっているし、日韓の国際連帯こそ求められている。
おおはた・りゅうじ
1952年北海道釧路生まれ。弘前大人文学科、釜山大日語日文大学院卒業。日本語教師として韓国、中国に13年半の居住経験あり。朝鮮半島問題、中国問題でのレポート多数。共訳書として『鉄条網に咲いたツルバラ』(同時代社)、『オーマイニュースの朝鮮』(太田出版)、『朝鮮の虐殺』(太田出版)。ブログ「ドラゴン・レポート(http://benidoragon.blog.fc2.com)」主宰。
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