特集 ● 混濁の状況を見る視角
ジャニーズ問題にみる忖度社会の構造と衰退
「告発型」の限界を突破する、のん(能年玲奈)の「開拓者型」への期待
本誌代表編集委員・日本女子大学名誉教授 住沢 博紀
1.ジャニーズ問題では何を論じるべきか ― 忖度社会の強さと弱さ
2.のんの活動地図からわかるエンタメ・テレビ・CM業界の忖度構造
3.「告発型」の復権とその限界 ― メンバーシップ制からジョブ制の時代に
4.忖度構造の破壊は「開拓者型」が突破口に ― のんを例に
1.ジャニーズ問題では何を論じるべきか ― 忖度社会の強さと弱さ
今、メディアを賑わせる「ジャニーズ問題」には、二つの論点がある。一つは、創業者の未成年者や児童への未曽有の規模と長期間に及ぶ性犯罪であり、株式会社ジャニーズ事務所の責任と被害者への救済措置をめぐる問題である。もう一つはこうした30年以上に及ぶ性的虐待を「黙認」してきた、エンターテインメント業界とキーテレビ局や新聞などのマスメディアとの歪な関係、まさに忖度構造を解明することである。ここでは後者の問題を扱う。
問題は多岐にわたるが、この間のジャニーズの記者会見、テレビ各社の自己検証番組、新聞・雑誌、それにYouTubeなどSNSでの議論のなかで、もっとも当事者視点で、しかも論点が整理されているのは、NewsPicksの火曜日放送番組 “THE UPDATE”(古坂大魔王司会)の10月3日に放送された、「ジャニーズ問題に企業はどう向き合うべきか」である。
まずゲスト出席者が内部事情を知る人々であることが重要である。性被害の「当事者の会」には属さず独自に発信を続ける元ジャニーズの橋田康、のん(能年玲奈)とエージェント契約を結び、マネジメントを行うスピーディ社長、福田淳、AERA元編集長浜田敬子、元トヨタ自動車レクサスブランドマネジメント(広告)部長、高田敦史の4氏である。
2004年からAERAの副編集長、その後2014年に編集長になった浜田敬子は、エンタメ業界と雑誌・メディアの関係をもっともよく知る一人である。ただAERAと文藝春秋は、ジャニーズへの出入りが禁止になった雑誌であり、独自取材ができなかったという。結局、ジャーナリズムで必要なのは独自取材の能力であり、現在では文春しかそうした能力はなく、必ず裏付けのある記事が出るという信頼があるからこそ、いろいろな情報が文春に集中するという。またBBCの放送も、文春が資料や記者会見などの場を提供していたという。
要するに、文春のスクープに他のメディアが続く「連鎖」の報道がなければ、そうした告発も「噂」で終わる(これは1999年からジャニー喜多川の性加害を報道した週刊文春の元編集長、木俣正剛も語っている。『創』10月12日発信)。今回はBBCの放送やさらには被害者カウアン・オカモトの日本外国特派員協会での記者会見、8月の国連人権理事会の専門家の記者会見と第3者委員会の報告が決定的であったという。
雑誌社側もSMAPメンバーなどを表紙に載せることができれば、ジャニーズの膨大なフアン組織が買うので着実に多くの部数が売れる。こうしたスターの宣伝と雑誌社の互恵関係も、宣伝を担当したジャニーズ白波瀬傑元副社長の手で巧みに構築されていたという。
ジャニーズ問題における使用者側責任の問題は、CMと大企業の問題でもっと明らかになる。トヨタで20年近く広告部門を担当した高田敦史は、自らのFacebookで「ジャニーズ創業者の性加害の事実を知っていたか」というアンケートを行ったという。噂としては9割近くが知っており、3分の1はかなり詳しい内容まで知っていたという。それが広告業界の関係者と想定すると、性犯罪を知りながらその所属タレントをCMに使うことは、コンプライアンスの観点からあってはならない事だという。
経済同友会の代表幹事でサントリーホールディングの社長、新浪剛史の、「ジャニーズ事務所を使うと、児童虐待を認めることになる」という発言は、ほかの誰の発言よりもテレビ業界に大激震を呼び起こした。また食品のネスレ日本の元社長、高岡浩三の、「ジャニーズ事務所の件は、20年前から業界関係者やメディアから聞いて知っていたので、所属のタレントをCMに起用しなかった。それは企業にとって当然のことである」というFacebookでの発言も大きく報道された。
元トヨタの高田にとって、グローバル企業が人権デューデリジェンス(下請けやサプライチェーンなどでの人権侵害などもふくめてそのリスクを回避、是正する義務)を課せられる現在、企業リスクを避ける意味でも、ネスルの高岡の選択が適切である。現在の企業の広告担当者の多くが、電通など業界に丸投げして、いろいろな不都合な事実があっても知らなかったとして通してきたが、それでは済まされない時代であることを自覚すべきであるという。
スピーディ社長の福田淳は文字通り、当事者の一人といえる。というのも、今回も、大手芸能事務所へのテレビ界の忖度の事例として、元SMAPの3人と、のんの名が、いわば代表的な排除の事例として多くのメディアやSNSでは挙げられているからである。しかしエージェント事務所の社長がそうした内実を話すのは稀であるので、福田の発言は以前から注目されていた。
もう一つは、彼はハリウッドなど海外事情にも通じていて、芸能人とのエージェント契約制度を提唱しているからである。10月2日のジャニーズの2回目の記者会見では、東山紀之社長が、これまでの専属契約ではなく、マネジメント会社を設立し、エージェント契約を結ぶシステムに転換すると表明。これは福田が唱えてきた改革論であったので、福田はこの会見をこれまでの日本の芸能界の終戦記念日と位置づける。
テレビ会社との関連では以下の5点の問題点を指摘する。(1) 人権意識の欠如(セクハラ)(2) 忖度(大手を辞めた俳優を起用しない)(3) 優越的地位の濫用(不当に安価なギャラ)(4) 表現の自由の拡大解釈(総務省はしっかり監督)(5) 制作に関する取引の不透明(第三者による監査)
3人の話をまとめると、ジャーナリズムの忖度に関する自己検証と独自取材能力を含めた自立したジャーナリズムの復権、グローバル企業もSDGs時代にふさわしい使用者責任の自覚とコンプライアンスのない企業との取引停止、そしてタレントの人権や対等の関係をめざした芸能界のエージェンシー制度への転換、ということになる。要するに芸能界も特殊な世界ではなく、普通のビジネス界のルールや雇用・契約関係に転換すること、またジャーナリズムもテレビも、本来の自立した報道や公共性を担保する、欧米のスタンダードな役割をはたすことになる。
しかしジャニーズ問題はもっと闇が深い。芸能界だけをとっても、福田はエージェントモデルへの転換に楽観的であるが、これまでタレントの権利擁護を担ってきたレイ法律事務所の佐藤大和弁護士は、そうした大きな変化には悲観的で、個別事例として交渉することになるだろうといっている。さらにはテレビやCM業界は、日本社会全体をおおう忖度構造の一環を担っている。その改革のためには、忖度構造そのものをまず透明化しなければならない。
2.のんの活動地図からわかるエンタメ・テレビ・CM業界の忖度構造
日本社会の忖度構造を透視化するに際して、芸能界、テレビ・雑誌・新聞などのメディア、広告業界と大企業はその一部でしかないが、重要な領域である。そしてのんの2013年、「あまちゃん」放送から、2023年のこの10年間の活動の軌跡は、この忖度構造、正確にいえば日本社会の権力構造を反転した形で映し出している。
それは影絵のようで、多方面で活動するのんの10年間の軌跡を影絵で表せば、そこは日本のメジャーな企業の忖度構造の及ばない領域(外資系や新興中小企業、SNS、マイナーなエンタメ業界やインディーズ)、あるいは弱い領域(例えばラジオや地方局、地方紙、自治体、非営利団体)、あるいは不十分であれ忖度構造に批判的な有力な人々や会社が存在する領域(文藝春秋、朝日・毎日・東京新聞、映画、デザイン、ファッション、音楽やライブ)などである。
あるいは本来の用法とは逆になるが、のんを、危険を早期に察知する「カナリアの警鐘」に例えることもできる。彼女の行く場所、活動する領域が、忖度構造の弱い、あるいは存在していない場所として確認できるからである。
忖度社会日本は、決して集権的な、一枚岩的な権力関係ではなく、それぞれに分断されていることに特徴がある。業界もそれぞれに分断されており、他の業界には口を出さない。そのため何か事件でも起こらない限り、外部からはこの忖度の権力構造は目に見えない。個人の権利を保護する法治国家の制度、コンプライアンスの意識、批判的なマスメディアが、本来はこうした分断された領域に外部からの光を当てる機関であり制度であるが、日本では多くは建前で終わっている。そこで「カナリアの警鐘」ののんの登場である。
第1点は、中央―地方の関係である。もちろん地方にも忖度社会はあるが、対中央との関係ではそれは相対的に弱い。のんの場合は、「あまちゃん」とのつながりから、のんとレプロとの契約が終了し、株式会社nonの社長として独立した直後、2016年8月に岩手県達増知事は、のんを支援する「プロジェクトN」を発動させた。経済的にも、JA岩手や岩手銀行のCMの提供を受けたことは、発足時のnon事務所には大きな助けであっただろうし、岩手県内はもちろん、東京のキー局でもこれらのいくつかのCMも期間限定で放映されている。
第2点は、テレビ部門でも報道や教養部門とエンタメやドラマ制作部門では異なることである。「あまちゃん」以後ものんは、約20分のテレビドラマで主演を演じただけで、現在に至るまでNHKも民放もテレビドラマ出演は一本もない。だだしNHKはドキュメントや教養番組にはのんを登場させている。つまり忖度はドラマ制作部門に限られる。また岩手など東北局、大阪、広島、香川など地方局でものんは登場している。
注目すべきは2023年8月25日、NHK総合「かんさい熱視線」で、最近ののんの俳優やアーティストとしての活動を特集した番組が、関西限定で放送されたことである。こののん特集を関西限定にする必然性は全くない。ここからテレビ界の忖度は、最近では東京キー局に限定されていることがわかる。
第3点は、CM業界と大企業の関係である。広告代理店では、電通が5兆2565億円(2020年)、博報堂が8,950億円(2022年)、最近、デジタル空間で発展するサイバーエージェントが7,105億円(2022年)と群を抜いている。前記のスピーディ社長の福田淳は、のんに対するCMは延べ55社、そのうち28社が継続中で2年先まで仕事が入るが、電通や博報堂からほぼないと述べる(2023年9月30日J-CAST)。
つまりテレビのCMでは、のんへの大企業からの提供はほとんどなく、業界の4~5番手や地域の特色ある企業、外資系、それに新聞(朝日・神戸・毎日新聞)・雑誌などに限定される。いいかえれば、日本のテレビCMの忖度構造は、電通・博報堂と大企業の関係に端的に表れているという事であり、日本の企業や官庁の電通依存体制、あるいは丸投げ体制が、最近のオリンピック招致やコロナ禍のさまざまな事業においても明らかになっている。
第4点は、多くの指摘がなされているが、インターネットの新しいメディアでは、こうした忖度構造が機能していないということである。のんは、独立後初めてAmazonのショートドラマに出演し、その後2020年には第7世代のお笑い芸人との「カラフルー笑いの力で世界77億再生」で女神を務める。
特筆すべきはLINEとの関係だろう。オリジナルドラマ「ミライさん」(2018年)の主演だけではなく、独立後、当時のLINEは会社幹部がのんを応援し、大手としてLine モバイルのテレビCMにのんを起用し、評判になり賞も獲得した。この時にはLINEにいくつかの妨害工作があり、現在、LINEヤフー株式会社の取締役を務める舛田淳は、私が進めたとSNSで名乗り出ている。
またYouTubeの役割も大きかった。おそらく2017年ごろから、YouTubeはのんに、ある地域に滞在してそこから得るインスピレーションで、脚本、監督、主演とキャスティング、撮影と衣装、それに編集まですべて一人でやるという実験を持ち掛けた。もちろん支援するスタッフと諸費用をYouTubeで負担するという大掛かりなプロジェクトで、これは『おちをつけなんせ』(2019年)として公開され、また制作過程を描いた『のんたれ』はシリーズ配信され、現在では多くの言語の字幕を付けて配信されている。
注目すべきは、2021年9月から大阪の読売テレビで、「越境放送テレビ」として企画され、YouTubeとテレビ局を越境する放送が開始された。その後もテレビ局が支援するYouTubeとして「のんやろがチャンネル」というタイトルで継続している。またNetflixが「ポケモンコンシェルジェ」として2023年末から世界に放映するシリーズに、のんは主役の声として登場する。このように、インターネット空間の新しいメディアは、旧来のテレビを中心としたメディアから排除されても活動を継続できる基盤となっている。
こうしたエンタメ業界の忖度構造の支配をかいくぐる領域を挙げていけば数多くあるので、以下では重要な領域のみ上げていく。
先ず映画業界は、東宝と松竹がメジャーとして存在しており、これとテレビ番組を通した宣伝により興行的にも成功するシステムになっている。のんの場合は、事務所独立以後、日活や東映ビデオの出演はあっても、東宝、松竹は皆無である。同様に映画館もこうしたメジャーが支配しており、様々なジャンルの映画にとってミニシアターが重要な存在である。のんの主演するいくつかの映画は、テアトル新宿の系列で支援を受けている。
さらに重要なのは音楽業界である。近年、CDなどの売り上げよりはライブが重要なミュージシャンの活動舞台となっており、のんも2017年から音楽レーベル「KAIWA(RE)CORD」を発足させ、アルバムやバンド活動を積極的に行っている。この領域で注目したいのは、音楽業界はメジャーとインディーズの境界が曖昧で、それだけ忖度支配の構造は弱く、また「大御所」と呼ばれるミュージシャンたちも、より自由に活動しているのんを個人的に応援している。のんを音楽の世界に引き入れたのは、YMOの高橋幸宏であり、同じく坂本龍一も復興支援プロジェクト「東北オーケストラ」に、吉永小百合とともに朗読する場をのんに提供した。さらに「あまちゃん」以来の付き合いとなる大友良英は、こうした排除の構造を憤り、早い時期からさまざまなライブにのんを招き、共に音楽活動をしている。その他、矢野顕子、仲井戸”CHABO”麗市など、忌野清志郎とのつながりで、いくつかのロックフェスにも招待されている。
絵画・デザインやファッションの領域は、これも忖度構造の弱い領域である。ファッションやコスメ関係は海外企業が多いこともあり、ここでは普通にモデルとして、あるいはアーティストとして個展を開くこともできる。この領域では、PARCOがさまざまな機会と場所を提供している。
最後に触れるのは、政府機関や公益組織との関係である。のんは、厚労省の最低賃金のポスター、警視庁のテロ防止ポスターやサイバーテロ対策(情報漏洩)のショート映像作品、110番イメージキャラクター、環境省の推進する省エネ家電推進大使、復興庁の共創力で進む東北プロジェクトの応援キャラクター、それにSDGsPeople第一号の選出など数多い。
これはnon事務所の側で多くの公的な場に出るための方針とも解釈できるし、業界からは、国民的な著名度のわりに出演料が安いからとか、大手CMで排除されているので企業の色がついていないので政府機関としては好都合とかいろいろ言われている。エージェントを務める株式会社スピーディには、顧問として暴対法に尽力した元警察庁長官、安藤隆春が2019年から就任しており、こうした「人脈」も関係しているかもしれない。
のんの場合も、人脈あるいは企業などとのつながりがまったくないわけではなく、福田にしても、ジェンコ代表で「天間荘の3姉妹」をのん主演でプロデュースした真木太郎にしても、映像総合会社、東北新社の出身であり、また日大芸術学部出身者が多い。偶然かもしれないがこれも興味がそそられる。
3.「告発型」の復権とその限界 ― メンバーシップ制からジョブ制の時代に
忖度社会の権力構造の特色は、その匿名性、関与者(あるいは組織)の広がりが漠然としていること、情報の曖昧性にある。逆にいえば、神話の話ではないが、特定の名前、当事者の名前がわかればその「魔力」=忖度社会の権力は霧散する。
旧統一教会の問題を例にとろう。霊感商法や被害者の会など、確かに特定の事件、被害者の集団が存在するが、それだけでは告発は不十分であり、時間の経過とともにメディアの取り扱いも消えていった。だが安倍元首相襲撃事件で、安倍晋三という政治家、自民党の幾人かの政治家、韓国の本部の総裁、韓鶴子の言説、襲撃事件の加害者である二世信者の苦悩という、具体的な名を持った人々がつながった時、その権力の魔術は消滅した。同じことは、ビッグモーターの元副社長、兼重宏一の名前と、損保ジャパンに一時在籍したという具体的な繋がりが、この業界一位の企業と損保ジャパンの忖度構造を明らかにした。
ジャニー喜多川の場合は最初から固有名詞であったが、文春の告発も最高裁判決にもかかわらずメディアでは波及しなかった。しかしここでも、カウアン・オカモトの外国人記者クラブでの記者会見、それ以外にも多くの実名での被害者の告発が続き、テレビ局の忖度構造の自己検証への道が開かれた。
このように、日本の忖度社会も強大な構造を持つように見えるが、実名告発により、噂としてではなく事実関係として結びついたりしたときには、その魔力を喪失する。警察・検察が関与する事件となれば決定的である。しかしそれは個々の事例に対してであり、社会や業界の忖度構造そのものを廃絶、あるいはより透明性の高い制度に変えるわけではない。ここに告発型の限界がある。
今回のジャニーズ問題以前に、ジャニーズの優越的地位の乱用に関して、2019年8月27日、公正取引委員会は芸能人の契約に関し、独禁法上で問題となる行為をまとめた。その中には、独立・移籍した芸能人の活動を前の事務所が妨害したり、一方的に著しく低い報酬で取引を強要したりなどのケースが示された。この前後、吉本興業の契約書のない雇用関係の問題や、ジャニーズ事務所を離れた元SMAPの3人にテレビ出演がなくなったなどの問題がメディアで取り上げられていた。
こうして公正取引委員会が本格的に芸能界の有力芸能事務所の優越的地位の乱用に関してメスを入れるのでは、という期待が持ち上がった。しかし実際は、ジャニーズに対する注意に留まった。それでもある程度は効果があり、元SMAPの3人はNHKなどのドラマ番組などにも出演するようになった。しかしあくまで元SMAPの3人の個別事例などに留まり、2023年8月のジャニーズ問題まで大きな変化はなかった。
この日本社会の忖度構造の強さは何に由来するのだろうか。ここでは中根千枝『タテ社会の人間関係』(講談社現代新書 1967)から、濱口桂一郎『ジョッブ型雇用社会とは何か:正社員体制の矛盾と転機』(岩波新書 2021)まで、日本の半世紀をカバーする著作をもとに整理したい。
文化人類学者、中根千枝の著作は、日本社会の特質を分析した古典であるが、日本とインド社会の比較を基にしている。日本の特色とは、会社や一定の地域などの場を優先する社会で、その中では会社や地域社会の宥和や仲間意識が強くなる。他方で多様な資格や学歴を有する人々の集団であれば、このムラ社会を維持するためには、年功序列という秩序が形成される。
中根のアプローチでは資格制はインドが典型というが、カースト制が強く残っていたインドと比較するより、21世紀の現代では、欧米型の資格社会を論じた方が適切であろう。労働法制学者、濱口桂一郎では、「たて社会」は「メンバーシップ制雇用」と置き換えられる。特定の職種の資格やキャリア(入職=ジョブ型雇用)よりは、入社=会社の正規メンバーとなることが就職の中身であり、終身雇用、年功序列、専業主婦モデルの家族手当支給など、日本型雇用慣行が行われる。そこでは会社や組織内での同調、融和、コミュニケーション能力が問われ、忖度構造の基盤を形成する。この構造は会社を越え、業界などにも拡大され、まさにエンタメ業界の「業界=ムラの掟破りは追放する」という論理となる。
しかし過去50年間、とりわけ「失われた30年」の間に、日本社会も緩やかではあるが変容しつつある。それは新しいものが生まれるというよりは、非正規雇用の増大により正規のメンバーシップになれない人々が多数となり、また終身雇用が労働力の適切な社会的配置の妨げとなり、さらには大卒女性のほぼ全員が就職希望の時代には、そうした人的資源の活用においても日本企業や経済成長の負の遺産になりつつある現実を突きつけられているからである。
今回の「ジャニーズ問題」から派生する、日本の芸能事務所の所属からエージェント方式への転換論や、エンタメ業界の忖度構造も、突き詰めればこのムラ社会=メンバーシップ制にすべての根源がある。テレビ局社員も終身雇用のサラリーマンのために、告発できなかったというわけである。タレント業界も、個人の意思や才能に応じて自由に選択できる、ジョブ制に(雇用ではないが)に転換すべき時代に来ているのである。
現在「ジャニーズ問題」に関して、新聞・テレビ局が行っている自己検証は、本来「告発型」であるべきメディアが機能していなかったという反省から出ている。確かに被害者の救済、個別事件の解明と責任者・組織の追及は、ジャニーズ問題でも、元統一教会問題でも、ビッグモーター問題でも重要である。
かつては戦後民主主義の基盤をなした、総評・社会党や若者の反乱など体制批判派が存在し、論壇や大学の批判的知識人と批判的メディアの発信は影響力を持っていた。しかしこうした「告発型」のパワーが衰退した1990年代には、宮台真司は、何か特別なものはなく、創造的な個人もおらず、日常生活を生きろと唱え、「失われた30年」を予言した。こうした状況では、「告発型」が復活しても、忖度構造は緩やかな衰退を続けるだけで、日本社会が閉塞状況から脱却できるわけではない。
一つの新しい兆候がある。日経新聞は10月15日付けの記事で「ホワイト企業が増える、しかし半年で転職、働き方改革の罠」という見出しで、いわゆる「ゆるブラック」企業について報じている。2013年には「ブラック企業」が流行語大賞の一つに選ばれたが、それから10年、新卒世代では、働き方改革で残業や労働条件は改善されたが、職場環境が「ゆるく」、短期間で自分のキャリアの向上が実感できないので転職するという若者が増えているという。この記事を引き継いで、10月27日の「羽鳥慎一モーニングショー」でも、「ゆるブラック」企業をテーマとした。
おそらくいくつかのエリート校の大卒・院卒の話しだろうが、それなりの数の若者世代が、終身雇用制度の古い大企業体質に見切りをつけて、「ジョブ型雇用」に変わりつつあるという事だろう。このような形で忖度社会の基盤が崩れつつあるが、それをさらに進めるためには、モデルとなる何人かの「創造的な、時代の人物」が必要である。宮台真司の90年代半ばと異なり、時代は新しい創造的な人物を求めている。
4.忖度構造の破壊は「開拓者型」が突破口に ― のんを例に
ここで再びのん(能年玲奈)に登場してもらおう。のんは以下の3つの作品で、エンタメ業界の「運命の子」となっている。またのんのこの10年の活動の軌跡は告発型の対極でもある。レプロに本名を奪われたことも、2015年から東京キーテレビ局から干されていることも、のんは一切、この問題で直接には発言しなかった。当初は発信の場は個人のブログでしかなかったが、ここでも元気な日常と写真を掲げ、大変な状況を想像させる言葉は一切書かなかった。しかし彼女のエンタメ界周縁での活動そのものが、芸能界への強烈な批判となった。
のんが「運命の子」といえるのは以下の3つの作品が、日本社会の大きな出来事と関連しているからである。
第一は、もちろん東日本大震災と東北地方の復興をテーマとした、朝ドラ『あまちゃん』である。NHKもレプロとの契約問題以後、当初はあまちゃん関連番組でも、主役の能年玲奈の名も写真も掲げなかった。またのんも自らのプロフィールに「あまちゃん」を書かなかった。にもかかわらず、のん(能年玲奈)がこの作品の主役であること、そしてこの作品の成功の立役者でもあることは、数多くの朝ドラ愛好者には自明であった。
第2に、2016年秋に公開された『この世界の片隅に』(片渕須直監督)では、原爆投下によって壊滅した広島の、それ以前と以後の人々の逞しい生活を描くことにより、現在と戦争の時代がつながっていることを視聴者は実感し感銘した。ジブリの『火垂るの墓』と並び、このアニメは8月15日前後のテレビ放映で欠かせない作品となり、NHKも「あちこちのすずさん」というテーマで、戦時下の人々の生活や体験を掘り起こし、のんもこの番組には、朗読する人として参加した。
第3に、のんが脚本、監督、編集を行った『Ribbon』は、コロナ禍のもとでの卒業作品の発表の機会を失った美大生の、苦悩と希望の物語である。映画に詳しい人々はこの作品を「未熟」と論じたが、新人監督に送られる新藤兼人賞の10人の最終ノミネートに入れられている。また上海国際映画祭、トロント日本映画祭などでも上映され、のんは日本外国特派員協会の記者会見に招待され、この作品について自らの思いを語っている。海外では作品の質もさることながら、若い世代の女優が、コロナ禍で苦しむ同世代の若者の苦悩と希望を映画作品としただけでも、高く評価されている。
この「誰もしていないこと」をやることの意味、オリジナリティを追求することの意義は、忖度社会日本では常に過小評価されてきた。この意味ではのんは、新しいことへの「開拓者」モデルといえる。上記3作品以外にも、好きなことをひたすら追求して、「男か女かはどっちでもいい」というジェンダーレスな『さかなの子』(沖田修一監督)、綿矢りさ原作、大久明子監督の、こじらせアラサー未婚女性を描いた『私をくい止めて』、さらにはSDGsPeople第一号など、映画は海外でも上映され続け、グローバルな課題と結びつく活動を行っている。
またラジオ番組、J-WAVE、TOPPAN INNOVATION WORLD ERAの第3日曜日のキャスターとなっており、各界のイノベーションを目指す人々をゲストに招き、イノベーションの種と突破できた契機を質問している。
のんを「開拓者型」モデルと呼ぶのは、『キネマ旬報2020年12月下旬号』で、「拓く人、のん」という特集で、2016年からのんの活動史を描いているからである。「告発型」と比較した私の「開拓者型」とは以下の特徴がある。
(1) 告発しない、既存のパワー関係を追及せず、異なる空間を求める
(2) 興味ある事、好きなことを極め、この意味では個性や唯一無二性がある
個人(あるいはグループ)。ここでは権力・共同体・業界・経済的な利益とは異なる、別の価値観が生まれている
(3) 多様な支援者が周囲に集まる。その場合にアウトサイダーだけではなく、忖度社会の内部にいる著名人も加わる(自らの世界を持つ人々)
(4) 中央に対する地方、新興企業、グローバル企業など、これまでの忖度社会の権力構造の枠外(あるいは少数派)からの支援もある
(5)その結果、意図しなくても、これまでとは異なる創造的、改革的な仕組みに結びつく道を拓く。つまりシステム変容の一歩
ジョブ型雇用を求める若い世代も、意図せずして、日本の忖度社会の変容を担っている。しかしさらに一歩踏み込んで言葉を発してみてはどうだろう。のんは音楽は自由で、音楽であれば自分のメッセージをぶつけられるといっている。
のんは30歳の誕生日を控えてこの6月28日、アルバム Pursue(追求)を出し、その中に収録された「荒野に立つ」は、のんの開拓者としての覚悟と祈りが込められている。独立後の苦難の時期を初めて他者であるシンガーソングライターのヒグチアイに打ち明け、作詞・作曲を依頼した作品である。
「荒野に立つ」
・・・・あの日私はこの手で火をつけた
荒野に立つ私は一人
遠くに昇る陽を見ていた
どうかどうか
気付いて 気付いて 気付いてほしい
荒野に立つ私は今も
雨が降るのを待っている
どうか芽吹いた命のかけらたちが
この地で繁ってくれますように
壊さなければ壊された 笑わなければ笑われた・・・
(2023年10月28日 記)
すみざわ・ひろき
1948年生まれ。京都大学法学部卒業後、フランクフルト大学で博士号取得。日本女子大学教授を経て名誉教授。本誌代表編集委員。専攻は社会民主主義論、地域政党論、生活公共論。主な著作に『グローバル化と政治のイノベーション』(編著、ミネルヴァ書房、2003)、『組合―その力を地域社会の資源へ』(編著、イマジン出版 2013年)など。
特集/混濁の状況を見る視角
- “保守”・リベラルの政治家、枝野幸男再始動立憲民主党衆議院議員・枝野 幸男
- 紛争75年、原点に返って永続和平求めよ国際問題ジャーナリスト・金子 敦郎
- 「失われた30年」の魔術的効果を検証する神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長・橘川 俊忠
- ジャニーズ問題にみる忖度社会の構造と衰退本誌代表編集委員・住沢 博紀
- <ジャニーズ帝国>にすがったマスメディア同志社大学大学院教授・小黒 純
- 気候の危機と対策の緊急性京都大学名誉教授・松下 和夫
- いよいよ怪しくなった維新の“成長戦略”大阪市立大学元特任准教授・水野 博達
- 近日追加発信韓国・尹錫悦(ユン・ソンニョル)政府の1年―その2立教大学兼任講師・李昤京(リ・リョンギョン)
- 病める連合への“最後”の提言労働運動アナリスト・早川 行雄
- リーマン危機後15年の日本経済グローバル総研所長・小林 良暢
- 遺骨は故郷の琉球に帰せジャーナリスト・西村 秀樹
- 福田村事件はなぜ起こったのか本誌代表編集委員・千本 秀樹