特集 ● 混濁の状況を見る視角
“保守”・リベラルの政治家、枝野幸男再始動
枝野幸男さん大いに語る──自民党政治に区切りをつけるための立憲民主党の立ち位置とビジョン
語る人 立憲民主党衆議院議員 枝野 幸男
1.「野党第1党」としての枝野・福山執行部と党運営を振りかえる
2.「2023年枝野ビジョン」は再始動の宣言か?
3.誰もが反対できない公共サービスの拡大・充実を掲げて
4.自民党、立憲民主党、維新の会の3党体制について
5.憲法9条と外交・安全保障の枠組みは堅持
聞き手 本誌代表編集委員 住沢 博紀
1.「野党第1党」としての枝野・福山執行部と党運営を振りかえる
住沢(編集部):枝野さんは、『野党第1党』(現代書館 2023.9)を出された元毎日新聞記者、尾中香尚里さんと、最近、何度か対談されています。尾中さんは、立憲民主党が他の政党と選挙協力することよりも、それぞれの党の地力を強くする方が重要だという持論の方です。そのことを尾中さんと議論されていたのですか。
枝野:私の方が先に言ったと思っていますが、意見は一致しています。私は従来からそう思っています。選挙戦術としての可能な部分での事実上の棲み分け・一本化は重要ですが、それが自己目的化してはいけない。それぞれの政党が独自に努力して力をつけ、その上で戦術的に連携するからこそ効果が大きいのだと思っています。
──代表のとき、2021年総選挙では、共産党との選挙協力が焦点となりました。
枝野:そこに注目が集まったことはやむを得なかったと思いますが、できれば避けたかった。選挙戦術に注目が集まることで、本来伝えなければならないそれぞれの党の主張が伝わりにくい状況になってしまいました。そもそもあの時の合意は、閣外「からの」という言葉で、共産党は連立には入りませんということを明確にしたものです。
──それで連立に入らないけれども、選挙協力あります、と。
枝野:私は、選挙協力や野党共闘という言葉ではなく野党間の「連携」と一貫して言っています。基本的には部分的かつ事実上の棲み分け・一本化です。地域ごとや選挙区ごとの応用は否定しませんが、党対党で一致できるのは棲み分け・一本化までだと言っています。これは一貫しています。それがメディアでは全く伝えられなかった。
──わかりました。それで、枝野さんの政治家歴はすでに30年、長いですね。その中で二つの重要な「政治経験」についてお伺いします。一つは民主党政権の中で、しかも東日本大震災と福島原発事故の渦中での官房長官。もう一つは、2017年の立憲民主党の設立と野党第1党の代表としての経験。その立場から、政治歴30年の中で、何を学んだのか。そこから現在生かせる点が何なのか、とざっくばらんに言ってもらえますか。
枝野:東日本大震災で学んだことは、やはり原発は人間にはコントロールできないということです。
加えて、危機管理はどんなシステムを構築してもそれだけでは機能しない。結局は人の問題だということ。どちらかと言えば私はシステム重視論でした。しかし平時は良くても、危機管理においては、結局人の問題で、どんなシステムを用意していても、その都度最も適切な人に適切な仕事を割り振るしかない。それが東日本大震災の教訓です。
──立憲の代表になってからはどうですか。
枝野:もちろん100点満点ではないし、細かいところではいろいろとありますけれど、大きな意味ではあれで良かった、あるいはやむを得なかったと思っています。
──良かったというのは、枝野・福山体制でやってきたことが、ですね。当時いろいろ批判があったのは、尾中さんとの対談の中で、枝野さん自身が立憲民主党は個人商店だったと表現されていますが、その辺もふくめて問題点はなかったですか。
枝野:良かったというより、必要だったと思っています、ある時期までは。
──いつまでですか。
枝野:それが2021年だったんじゃないかなと思います。21年の選挙を経てそろそろ次のステップに進めるかなと思って、代表を引いたので。
──その前に、国民民主党の大部分と合同していますよね。その時点で、枝野・福山個人商店ではまずかったのではないですか。
枝野:強いリーダーシップに基づかないとガバナンスが効かなかったのですから、やむを得なかったと思います。私はボトムアップの政治と言っていますが、それは有権者との関係です。少なくとも創生期の政党において、政党内における選挙対策などのガバナンスはトップダウンです。選挙は血を流さない戦争ですから、新興勢力の弱い方がトップダウンによる強力なリーダーシップを発揮できなかったら、戦いようがないのです。
──トップダウンシステムはいいとしても、普通どの組織でも、トップダウンを支えるいろんな参謀とか、いますよね。
枝野:参謀というより、大部分は担当に任せていましたよ。たとえば辻元さんに国対を任せて、その後は安住さん。政調は長妻さん、逢坂さん、合流後は泉さん。こうした皆さんに大部分を任せていました。個人商店と言われたのは、執行部全体としての強さがある中で、結党の経緯もあって外からそう見えたのであって、実態そのものが個人商店だったのとは違います。ただその見え方が揶揄されたことは現実なので、そこからはどこかで脱却しなくてはいけなかったという話です。
──枝野さんの政治スタイルがわかりました。それは政治家個人のリアリズムと信念として立派だと思いますが、ただ一つ、昔から言われている自民党に比べて、とりわけ都道府県議会の議員、それから基礎自治体の議会、こうした地域の基盤が弱いと感じますよね。国民民主党と合流した折り、ある程度旧民主党の地方議員たちも入って増えたと思うのですが、その辺の地方の組織化という点ではどうですか。
枝野:地域によって状況に違いがありすぎるというのが最大の問題です。例えば、党員増やしましょうという提起をすれば、元々の地盤がある地域ではある程度対応できるでしょう。だけど、都市部で、特に2017年に初当選した衆議院議員や、2017年から2年ぐらいの間に初当選した地方議員の中には、無党派・市民派的な感覚の強い人が多く、党員を集めるという発想が少ないんです。その違いを無視して強引に進めたらかえって駄目になりますから、それぞれに合ったやり方をしてもらうしかない。これが現実的だと思います。
2.「2023年枝野ビジョン」は再始動の宣言か?
──枝野さんは、尾中さんとのインタビユーで「立憲民主党の代表を辞任して約2年。この間、自分なりに新たな学びがありました。党運営については今の執行部には口を出さない考えでいますが、結党の経緯を考えれば、党の理念やビジョンを発信する役割は、私にもあると思います。そのことへのニーズもあるようですし。」という趣旨の発言をしています。
そこで立憲民主の基本理念として、憲法13条の「個人としての尊重」、さらには25条の「健康で文化的な生活」の保障が掲げられ、「まっとうな政治」、「まっとうな経済」、「まっとうな社会」をめざすと謳われています。
この関連で二つの質問です。確かに現在の立憲民主党は、その存在意義が曖昧になっており、この意味ではこうした理念やビジョンという形で、立憲民主党の政治的ポジションを再度確認する作業は重要かと思います。しかし与党との争点が明確で、具体的な政策を全面に出さずに、こうしたビジョンという訴えは広く国民に響くでしょうか。二つ目は、枝野ビジョンの提起は、代表辞退後2年を経過し、再びリーダーとして始動期に入る印象を持つわけですが、そのように理解してもいいですか。
枝野:こうしたビジョンは繰り返し訴えることが重要なのに、これまで繰り返しが足りなかった。それでは伝わるわけがないことに、今回気づいて始めたわけです。代表のときもやらなかったし、できなかった。特に選挙が近づいた時に逆方向、つまり各論に走ってしまった。背景として、コロナという特殊事情があり、これに短期的にどう対応するかという各論がメインにならざるを得ませんでした。
政党の政策というのは、ビジョンを繰り返し言いながら、そのビジョンと結びつけて各論を語らなければなりません。例えば子育て世代が多いところでは、「公共サービスを充実させて支え合う社会を作ります」というビジョンを示した上で、教育費、例えば国公立大学はただにしますとか、奨学金は借金ではなく給付型にしますとか。あるいは保育士の数を大幅に増やす、そのために賃金をもっと上げるとかという話を加える。それを各論だけで言ってもダメ。その人たちだけにしか響かず、他の世代の人たちから「俺には関係ない話」と思われかねません。常に、公共サービスを充実させて支え合う社会を作るのですというビジョンやコンセプトをきちっと意識して、それを繰り返しながら、それに結びつけて各論を言うべきなのです。今回はこうした思いでビジョンを提起しました。
二度目の幹事長を務めた2014年くらいから、リーダーとしての意識や覚悟というものに変化はありません。この間に立場・肩書は変化していますが、常にその時点で求められ、なし得ることをやるという意識で、今も一貫して変わりはないですね。
──鳩山政権成立に向かう民主党の時代には、マニフェストとして、多様な政策、各論をまとめて公約にする。こうしたマニフェストはもう作成しないのですか。
枝野:詳細な数字まで入れたマニフェストとは違いますが、争点となる各論を具体的に示していくことは、もちろん重要です。だけど、常にビジョンや理念に戻しながら話をしていく。各論としてビジョンと矛盾する政策を訴えないように。これを徹底しないと、結局どこに向かっているかわからない。
これは今、立憲民主党だけの問題ではありません。あらゆる政党がどこに向かっているかわからなくなっている。自民党ですら、安倍さんが亡くなってどこに向かおうとしているのか迷走しています。どこに向かうのか分からないからみんな不安になり政治不信なのです。。
一方、各論で何か良い主張をしても、必ず自民党が中途半端にパクリます。本当に丸パクリするならまぁ良いんですが。例えば岸田さんは就任時に金融所得課税と言ってきた。でも結局やらなかった。選挙のときだけ我々の言っていたことを打ち出し、争点から消した上でなし崩し的に実行しない。しても形だけ。だから各論だけで勝負するなんてリスキーなことをやってはいけないのです。あくまでも勝負は総論である理念やビジョンの違いであって、その総論を理解してもらうために各論がくっついている。そうでないとしたたかな自民党には勝てない。
──今、子育てや若者支援が大きな関心を呼ぶテーマです。もう一つは、おそらく労働だと思うのです。日本では非正規雇用と最低賃金に張り付く多くのサービス労働が増大しており、この政策課題の当事者となる有権者は非常に多いはずですが、問題点が指摘されるに留まっています。
枝野:雇用・労働問題は最も重要な各論の一つですが、はじめからそこだけに特化するような限定をしちゃいけないと思います。特定分野について強調するのではなく、幅広く包括したビジョンの中で論じていくのが重要です。
最低賃金の話ですが、この問題を自分の問題だと気付いている人は必ずしも多くありません。むしろ中小企業の経営者をはじめとして、最低賃金が上がったら困ると思っている人たちの方が反応します。だから、やらなければならない政策ですが、この政策を強調して選挙の争点にするのは必ずしも得策ではないと思います。
──岸田首相は当初掲げた「金融所得課税の強化」の旗を事実上、降ろしていますが、立憲民主党は金融資産課税を重点政策にしています。枝野さんは、働く者の給与所得が増えれば消費も増え、経済成長が起こる。すると税収も増えるから、増税の議論はする必要がないというようなことを述べていた記憶がありますが、あまりに楽観的ではないですか。
枝野:楽観論ではなくて、細かく言い過ぎないことが正直な姿勢ですということ。というのも、歳入は経済状況で大きく変動します。歳出だって、コロナ禍のような場合には財政状況に目をつぶっても大幅に増やさなければならなりませんし、一般論として景気が悪い時には財政出動せざるを得ません。変動要素が大きいのです。財政規律を無視した放漫財政はしないという原則を明確に示しつつ、税収が増えれば財源は楽になるんですよということは堂々と言っていく。実際に、今年は税収が見込みよりも10兆円規模で増えるでしょう。経済状況でそれくらい変わるものなのです。現状の税収を前提にして財源がどうとかという議論自体が財務省の土俵です。
もちろん税収の自然増だけでは足りない可能性は高いですが、とりあえずは優先度の低いものを振り替えて、例えば5兆円を中低所得者の賃金に回せばほぼ同額の5兆円程度消費が増えるのは確実なんだから、そういうところで増えた税収をもとに、経済状況を見つつ段階的にやっていくという話です。
3.誰もが反対できない公共サービスの拡大・充実を掲げて
──政党は選挙に勝たなければならない。政権交代を目指す政党は、国民の多数の支持を得なければならない。そのためには多くの人々に響き賛同を得る政策を、選挙に向けた適切な時期に出さなければならない。その枝野さんの経験と論理は分かります。すると枝野さんが重要な政策として位置付ける、公共サービスを充実させ、コロナ禍ではエッセンシャルワーカーと呼ばれた人々や、社会福祉や公共事業で働く人々の給与の底上げをしていくという事ですが、これも先ほどの選挙に連動するのか、それとも理念やビジョンに関連するのですか。
枝野:ビジョンの具体化そのものですが、同時に選挙に連動する問題です。老後が不安だ、子育てが不安だという当事者は山ほどいるわけで、別に今、介護を必要としている人たちだけじゃない。40代ぐらいだって自分の親の介護の問題など、シビアに感じざるを得ない人が山ほどいる。介護職員が足りないとか保育士が足りないとかで、事故や事件まで起こっているから、それなりに問題が知られている。低賃金もそれなりに知られています。今は直接の当事者でない人たちも、いずれは老後を迎えるし、子育ての話は少子化で大変なのはみんなわかっているので、幅広い層に影響力がある。
ただし、公共サービスを充実させるという話のときに、高齢者と子供だけのことだけを言っても駄目で、例えば、農業も公共サービスですと。食料自給率向上に向けて農業をやることは一種の「新しい公共サービス」。そのための人件費、農家の所得向上に向かう部分の一部に公的資金を用いるのは、公共サービスに対する人件費の投資です。それから公共交通も公共サービス。なくなっては困る人の多い公共サービスなのに、ドライバーが低賃金で集まらなくて、このままでは大変なことになる。保育士とかと比べて直接的に賃金を上げるのは難しいけれど、人件費に回せという限定で補助金を出すことも考えようということです。場面によっていろんなものを使っていく。例えば北海道へ行ったら農業を中心に話します。だからビジョンが重要なのです。応用が利くから。
──それは民間企業も含めてですか。
枝野:民間企業については、中小零細を中心に経営が厳しく、多くの勤労者が、自分の勤め先には大幅な賃上げの余力がないと感じています。
賃上げを勝ち取った大企業ですら物価の上昇に追いついていません。物価の上昇以上に賃金上げられる会社が、どれぐらいありますか。民間企業の賃上げと岸田首相が言っても、何の説得力もありません。賃上げのためには、売り上げが増え企業収益が増えるのが前提で、そのためにはまず消費を増やす方が先でしょうと。ところが消費を増やし売上伸ばすには賃金上がらなきゃいけないんだよね。だとしたら上げられるところから上げましょうということです。
ただ上げるのではなく、公共サービスとしてニーズがあるところ、低賃金で人手不足のところを上げるんだから、公共サービスの充実で賃金が上がった人以外もハッピーになる。賃金の上がった人たちが地域で買物して消費拡大してくれるから、小売り、流通、生産者もハッピー。こういう話に持っていかなくてはなりません。
──公共サービスを、人々の生活に不可欠なサービスとして広く解釈していくときに、一方で公務員の数を減らすべきだという意見がいっぱいあります。
枝野:だから、小さな政府は時代遅れと言っているわけです。今はちゃんと説明すれば理解してもらえます。なおかつ、これを訴えて理解を得られない限り、維新に負けるでしょう。小さな政府は古いんだと言わなければいけないんです。中曽根(康弘)元総理の時代から40年もやっているから、あの時代には適切な政策だったとしても、実際に古いんですよ。
電電公社や郵便局が民営化されて、NTTでは今みんなが便利にスマホを使って情報通信全体が成長しているけれど、郵便局民営化して何かいいことありましたか、と。何でも民営化してきて、残りが少なくなって、水道事業まで事実上民営化しようとしているのですよ、何かいいこと起きますか、と言うわけです。電気なら同じ電線に原発で作った電力と再生可能エネルギーの電力が乗っても、どういう発電の仕方をしたのかで消費者側に選択の意味があるでしょう。でも、こっちの水が美味しいからこっちの水引きますとはいかない。同じ水道管を通したら意味がなくなってしまう。つまり水道で競争は起きないのだから、民営化して何かいいことあるんですか、とちゃんと言う。
そもそも公共サービスの担い手の多くは公務員でありません。また、地方公務員の半分は非正規です。公務員を増やすというよりも、公共サービスの担い手を増やしましょう、そのためにも、まずは非正規の人を正規にしましょうと言っています。
──はっきりと具体的に、これだけ出しますとは言わないのですか。
枝野:そこで細かい数字に踏み込んだら向こうの思うツボです。自民党だって、防衛費を増やし40兆円使うのに、どう使うか具体的なことは何も言わないんですよ。これに対抗しなければならないんです。こちらも大きな目標は掲げても、具体的には、増やせるところから順次増やしていきますと言えば良いのです。
例えば、非正規の人の中には正規になりたくないという人もいるでしょう。人を増やしましょうと言ってもすぐに集まるかどうかわからない。これから中長期的に、例えば介護の仕事はどんどん賃金上がって、安定した職場になるんだなと思ってくれるところまでいかないと、簡単には増えない。タイムラグが生じます。賃金を上げるのだって、全体の経済状況や物価上昇を踏まえて段階的です。だから、はじめから今いくら突っ込みますなどとは言えないし、言ったらかえって不誠実です。非正規を順次正規化していきます、正規と非正規を合わせた数も必要なだけ、ちゃんと確保しますと言う。これでいいと思う。できるとこから順次やっていく。だからビジョンが重要なのです。
4.自民党、立憲民主党、維新の会の3党体制について
──次のテーマです。これまでは自民党と立憲民主党を軸に、与野党の争点をやってきたのですが、今、日本維新の会は第3の政治勢力として、全国化を目指しています。野党第1党の立憲民主党も、国会対策でもいろいろ課題も生まれていますが、次の総選挙の結果次第では、これまでとは異なる政党間の構図が生まれてくるのでしょうか。例えば日本維新の会が、もし次の総選挙で野党第1党になった場合は、立憲民主党のイメージはどうなりますか。
枝野:野党第2党にならないように頑張るしかないですけど、なっても頑張るとしか言いようがありません。維新って、ポピュリズムに特化しているだけで自民党と大差ありませんので、万が一維新が野党第1党になったら、自民党が食われると思います。そうなったら、うちと維新で自民党を草刈場にするという絵を目指して頑張る。ますます理念とかビジョンというところを明確にしてちゃんと生き残る。
穏健なリベラル、保守リベラルはうちしかないので、ここは絶対に一定層の支持があり、必ず生き続けます。消えてなくなることはない。しぶとく生きていくと思います。自民と維新は、差別化できなくなるからです。
──そうすると危惧されるのはイタリア的状況ですね。北部同盟が示すように冷戦終結後の90年代に最初にできて、イタリアの戦後の政党システムが崩壊した過渡期の現象と思いましたが、その後も安定した地域政党として、連立与党を構成しています。
枝野:少なくとも大阪では、維新も既成政党として根を生やしていて、当分は一定の勢力を確保し続けるでしょうし、そもそも維新的ポピュリズムに期待する国民が一定比率で存在することも否定できません。それが嫌だからといって、私たちが維新や自民とくっつくということは、吸収されて、穏健なリベラル、保守リベラルを代表する政党がなくなるということです。私たちの立ち位置は、自民とも維新とも違うんだから、我々として頑張るしかありません。穏健なリベラル勢力は、日本では間違いなく潜在的なマジョリティーですから、そこを代弁する政党は必ず必要です。
──維新の会の場合、大阪というコアな地域を持つことが強みです。吉村大阪府知事は党の広告塔として広く使われています。自民党も結局は都道府県の議員を中心とする地域組織の強さです。70年代までの革新自治体の話はもはや歴史としても、旧社会党も、神奈川県の長洲知事とか北海道の横路知事とか、行政の担当能力を示す党のイメージや看板を持っていました。立憲民主党は議員政党という事ですが、泉代表の発信力が弱い現在、地域発の立憲民主党は考えられないですか。
枝野:今でも地方議員の皆さんが頑張っている地域や、関係の深い首長が存在感を示している地域はあるし、そこでは国政政党としての立憲民主党への期待も相対的に大きいと思います。
しかし、維新のようなことを目指しても違うと思います。維新が可能なのは、大阪で既にかつての自民党的勢力を抱え込み、議会の多数派を握れているからです。だから一種独裁的なポピュリズムが可能だし、政党の党首と首長を兼ねるという禁じ手も可能になっています。ところが、こちらサイドで首長になった人は、まともで優秀である人ほど政党色を出せないんです。当然です。自民党や場合によっては維新まで巻き込んで議会対策をしなければ、まともに首長としての責任を果たせないわけですから。首長を作って、その人の実績とか人気でいこうというのは、今の日本の政治システムでは、大阪の維新という特殊な例外だけで他では無理なのです。全国の地方議会で、自民党や大阪の維新のような多数勢力を目指して地道に仲間を増やしていくしかありませんが、国政の方がそれを待っていることはできません。
もう一つ、議院内閣制というのは、良くも悪くも議会における人間関係で出来上がっている社会です。そのため、首長になって国会を離れていると、永田町の中で影響力が持てなくなります。戻ってきて回復するのに最低5年くらいかかりますよ。よそから人を持ってきても、結局人間関係も力関係もわかっていないからガバナンスができない。30年見てきて、良い悪いは別として、このことははっきりしていると思います。
──今できることで、私がデジタル版『現代の理論』で前から提案している、立憲の男女共同代表制はどうですか。
枝野:女性幹部を積極的に登用することは必要ですが、そこまでの奇策はやらない。なぜなら、民主党の時代から我々はガバナンスが問われているんです。名前だけ、肩書きだけの女性代表を作るとなったら、つまり外向けのポピュリズムで、実権与えないけど名前だけ作るなんて最悪。絶対やっちゃいけない。一方でガバナンス考えたら、人事は適性と組み合わせとかを十分考えないと機能せずに失敗します。例えば男女でどういう組み合わせなら上手くいくのか相当限定されるし、その場合の幹事長の役割や適任者はどうなのかなど、具体的な運用を考えると現実的ではありません。人事はそういうものですから、外から人気のある人を持ってきたり、人気取りを優先されたりすれば良いってもんじゃない。。
──私はドイツ社民党の政治研究をしていまして、数年前、社民党が得票率の低下とリーダーをめぐる問題で混乱期を迎えた折り、それこそ「奇策」として男女ペアでの共同党首制を採用しました。その成果の判断は難しいですが、党員には支持されました。男女共同代表制は社民党に限らず、右翼政党でもエコロジー政党や左派政党でも行われています。日本では無理ですか。
枝野:奇策に走るのでなく、その時点、その時点で、ガバナンスのことも考えて代表に最もふさわしい人が性別にかかわらず代表になる。実際にかつての民進党では蓮舫さんが「単独の」代表に選ばれています。
大事なことは、代表などの党幹部を担いうる人材が大勢育つことです。岸田内閣の改造で、自民党が女性の副大臣・政務官ゼロとなって批判されたのは、女性議員が決定的に少ないからです。それが根本的な問題です。女性議員を、しかも選挙に強い女性議員を増やさなくてはいけない。選挙に弱い議員では幹部が務まりません。選挙に強いことが党内でリーダーシップを発揮する前提条件ですし、実際に幹部になると自分の選挙がおろそかになります。また、議院内閣制の下では、いい悪いは別として一定のキャリアを重ねて経験を積まないとガバナンスできません。キャリアを重ねて選挙に強い女性議員をたくさん作るしかないです。そうなれば女性代表が次々と生まれます。幸い、わが党の若手議員の中には、近い将来そうなってくれそうな女性議員が大勢います。
──もう一つの提案は、それぞれの比例ブロックに単独候補として、環境、地域再生、子育て支援などの専門家を擁立することです。立憲民主党が現在ではリクルートが難しい優良な人材を確保できれば、比例区票もそれなりに伸びて、選挙区候補とウイン・ウインの関係になると思うのですが。
枝野:残念ながらそのやり方では比例区の票が増えません。個人の名前で比例の立憲民主党票を大きく稼いでくれる人はいないのです。比例当選者を一人増やしてくれるくらいの票を新たに集めてくれそうな人でないと、重複立候補する小選挙区の立候補者が、自分の救われる枠を一つ取られるわけです。モチベーションが下がり、下手をすると離党者が続出します。しかも、参議院の比例ならまだ個人名を書けるけれど、衆議院の比例は政党名しか書けません。ある人を議員にさせたいからと、政党名で「立憲民主党」と書いてくれるような人がたくさん出る候補者が、どこにいますか。相当の著名人でないと無理です。1人分以上の比例票かき集めてくれる人がいたら、それはやります。そういう人で選挙に出てくれる人を探してきましたが、そんな人は簡単には見つかりません。
5.憲法9条と外交・安全保障の枠組みは堅持
──最後に外交安全保障についてお聞きします。枝野のビジョンでは、立憲主義の基盤として憲法13条、憲法25条が引用されますが、今、ウクライナ戦争で戦後の世界秩序が大きな転換期にあるとき、9条の問題についてはどうですか。以前は枝野さんも改憲論者の一人であったと記憶しているのですが。
枝野:私は、以前に文藝春秋に書いたように、今より良くなるなら、つまり、自衛権発動の要件を明文でより明確に限定するなら、9条も変えた方が良いと思っています。しかし、今、9条を焦点にしたり、外交・安全保障を積極的に争点化したりすることが良いとは思いません。9条が良い方向に代わるような政治状況じゃないからです。良い方向に変えようとして9条を争点化しても、結果的に悪い方向に変わることを後押しすることになりかねないので、慎重にすべきです。
外交・安全保障はその都度変わるものです。アメリカが、もしまたトランプ大統領になったら大きく変わる。もしプーチンが失脚したら変わるでしょう。実際に日韓関係は、韓国の大統領が変わって常識的な大統領になったので劇的に変わったじゃないですか。外交は、向こうが変なことやっていることにはきちんとおかしいと言う。相手が常識的、友好的ならそれを活かしてウイン・ウインの関係を強化する。相手があるために受身にならざるを得ない側面の大きな問題です。だから、他国の状況と無関係に、あるいは他国の状況が変化する可能性を無視して、野党の段階でこちらからこういう外交をやりますと言っても、リアリティを持って受け止めてくれない。相手国などの状況が変化したときに対応できない。ですから基本的にはできるだけ争点化しないことです。
──それは鳩山内閣のときに、日米関係重視に縛られた外交政策をすこし相対化しようとして失敗した経験からですか。
枝野:鳩山内閣の教訓で確信が強まりましたが、私は元々そういう立場です。外交は相手のある関係ですから、状況判断と、相手国との折衝こそが重要で、そのための材料や手段に限りがある野党が、国民へのアピールを意識しすぎて、この分野で無理に差別化しようとすることは適切でないと思います。
──一方で21世紀に入って世界が大きく変動しており、ウクライナ戦争の勃発によって、戦後の国連憲章の精神が常任理事国ロシアによって破られ、空洞化が指摘されています。また米中覇権競争の激化により、西側諸国は「個人の自由と尊厳を擁護する価値の同盟」として、G7を位置付けていますが、日本がG7の一員である根拠は明確ではありません。憲法9条が日本の敗戦と国連憲章の歴史的な意義を継承しているとすれば、これも日本のグローバル世界へのアピールになるのではないでしょうか。
枝野:現時点で私たちがそれを言って、どの程度のアピールになるのか疑問です。その上、国民にリアリティを感じてもらうことが難しいので、選挙でのアピールにもなりません。そうした考え方は、理念の延長線上、あるいは、理念を支える哲学として、自分たちでしっかりと認識していれば良いじゃないですか。
例えば核禁条約にオブザーバー参加すべきだと言っています。日本の中にそういう声も相当程度ありますし、唯一の戦争被爆国の中にそうした意見があるということは国際的に意味があると思うけれど、それを声高に叫ぶ必要はない。核禁条約の問題が取り上げられたときにはオブザーバー参加すべきだと言っているし、代表質問でも言ったがことある。けれど、それを何か、例えば今回のビジョンみたいなところで大々的に言ったって、リアリティは感じてくれないし、僕は違うと思います。
──G7の中で日本が参加している根拠ってどこにありますか。
枝野:歴史的な行きがかりだと思います。それ以外の何物でもない。今さら外せない、ということだと思います。
──価値観同盟とかそういうものに対しては、全然その実体がない、言う必要もないという、そういう事ですか。
枝野:例えばアメリカだって、今は我々と価値観をかなり共有していると思いますが、トランプになったら違ってくるわけです。トランプ大統領の4年間はかなりズレていたと思います。相手のあることですから、あまり固定的に言いすぎるべきではないんです。
──やらないけど日本の方針はこういう方針ですよという原則はありますよね。
枝野:実は、大きな方針や原則という意味では、岸田さんでさえも私たちとあまり違っていないんですよ。そういう意味では先ほど言った内政でビジョンを大事にすべきこととは逆かもしれません。
岸田さんは原則を変えないで実体を変えているからおかしいわけで。岸田さんの言っている原則は日米安保基軸、日米同盟主軸だし、専守防衛と言い続けているし、平和主義を堅持するとのポーズまで示していて、その限りでは私たちと変わらない。中国に対してはアメリカとともに警戒心を持ってあたる。この点でも変わらない。私たちがこのレベルで自民党と違うとすれば、75年前の歴史について謙虚に当たるという部分くらいです。ただし、この問題は外交とも強く関係しますが、むしろ本質は内政問題だと思います。
第二次安倍政権以降、岸田政権までの問題は、原則を言葉の上では変更せずに、実態が原則と大きくズレていっていること。このズレを厳しく追及することこそが重要です。原則についての違いはありませんと、もっと強く言って良い。内政問題とは逆に、この分野では、原理原則とのズレを具体的に指摘しながら、状況に応じて具体論で違いを示す方が伝わりやすいのです。自民党はまったく平和主義でないし、専守防衛の範囲を超えようとしている。しかし、こういったことを抽象的に言ってもなかなか伝わりにくい。むしろ具体的な、例えば自衛隊の装備などを取り上げて専守防衛の原則に反するおそれが高いことを指摘したり、あるいは平和構築のための具体的な国際枠組みの構想を提起したりという方が、問題点と姿勢の違いが明確になるのではないでしょうか。
──新聞に掲載された尾中さんとのインタビユーでは、「令和の鈴木貫太郎になりたい」という言葉が印象的でした。ポツダム宣言を受諾し、陸軍の反対を押し切って戦争を終結させた総理大臣ですが、どのような願いがあるのでしょうか。
枝野:今もあのときとは違った意味で「日本崩壊」のイメージがあるからです。戦争をやめることができなければ、一億玉砕になっていたかもしれず、鈴木貫太郎に救われたわけです。ポツダム宣言受諾まで時間がかかったという批判もありますが、大混乱を起こさずに戦争を終結させるという事は一番難しかったはずです。失敗を認めて軍部支配と戦争の時代に区切りをつける。そして戦後の新しい日本への道を拓いた。この意味で鈴木貫太郎の業績は大きいと思います。
今の日本は、バブル崩壊以降の政治的、経済的、社会的転換に失敗し、経済的、社会的に崩壊しかねない状況で、1945年に似ています。戦後復興・高度成長という成功体験にすがって現状維持で崩壊に向かうのでなく、転換に失敗した平成の政治をリセットして「支え合い」の時代に転換することこそ、現在の日本で政治家が問われていることです。この区切りをつけることが私の仕事であると思っています。
──“保守”でリベラルな政治家を自認し、「失われた30年」の日本に区切りをつける政治家、また立憲民主党の重鎮・枝野幸男の実像が理解できたような気がします。多くを語って頂きました。ありがとうございます。
えだの・ゆきお
1964年宇都宮市生まれの59歳。東北大学卒業後弁護士。日本新党の候補者公募に合格し1993年衆議院議員初当選。現在、埼玉5区選出の当選10回。新党さきがけで菅直人厚生大臣とともに薬害エイズ問題の追及と解決に取り組む。民主党結党に参画し、金融国会で金融再生法を成立させ政策新人類と呼ばれる。民主党幹事長や経済産業大臣等を務め、内閣官房長官として東日本大震災の危機管理にあたる。2017年立憲民主党を結党し2021年まで代表。
特集/混濁の状況を見る視角
- “保守”・リベラルの政治家、枝野幸男再始動立憲民主党衆議院議員・枝野 幸男
- 紛争75年、原点に返って永続和平求めよ国際問題ジャーナリスト・金子 敦郎
- 「失われた30年」の魔術的効果を検証する神奈川大学名誉教授・本誌前編集委員長・橘川 俊忠
- ジャニーズ問題にみる忖度社会の構造と衰退本誌代表編集委員・住沢 博紀
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