論壇

ドイツ人の不安(ジャーマン・アングスト)とドイツ・モデルの崩壊?

ヨーロッパはこれから暗くて、寒い混乱の季節に向かう

在ベルリン 福澤 啓臣

1.危機に瀕するドイツ・モデル

ドイツ人は、うまくことが運ばないとすぐ悲観的になり、不安に駆られる国民だと他の国の人々から言われている。対照的なのがイタリア人で、今日うまくいかなくとも明日になれば何とかなると、悲観的にならない。

ドイツは冷戦終了後、東西ドイツの再統一後旧東ドイツ再建のために苦労はしたが、 経済の規模、国民の数でもEUのナンバーワンとして繁栄を享受してきた。リーマン・ショックも乗り切り、気候変動が問題視されるようになると、他の先進工業国に先駆けて電力の再生可能エネルギー化に舵を切った。そして成果を上げてきた。メルケル氏の16年に亘る長期政権後、昨年暮れにショルツ首相の信号政府(SPD, 緑の党、FDP)が誕生し、エコロジー社会改革を旗印に掲げ、気候変動に対処しながら、 豊かな社会を継続させるという野心的な目標を掲げて、船出した。

ところが年が変わると、先行きに暗雲が漂ってきた。プーチン大統領のウクライナ侵略戦争が始まり、ドイツ—経済と社会—のアキレス腱が露呈されたのだ。それは長年安定供給されてきたロシアからの廉価な石炭と石油と天然ガスだった。それによって築かれたのが、強い国際競争力に裏打ちされたドイツ繁栄モデルだったのだ。新政権によって掲げられたグリーン経済転換においても、ロシアの天然ガスには過渡期エネルギーとして中心的な役割が割り当てられていた。これらを見ると、ドイツがロシアと特別な関係、それも地政学的な関係を超えた親密さを保ってきたと疑われるのも不思議ではない。

歴史を振り返ってみると、近代史上両国は持ちつ持たれつの関係を保ってきた。18世紀まで遡れば、開明女帝カタリーナ(ロシア語ではエカチェリーナ2世)はドイツ・プロイセンの出身であった。革命家レーニンもドイツ帝国の支援を受けたし、ロシアの革命家たちは革命意識が高かったドイツの労働者階級による社会主義革命に多大な期待を寄せた。同床異夢だったが、20世紀の巨悪ヒトラーとスターリンは手を組んだ。東西冷戦時代には東ドイツには50万人近いソ連兵が駐屯していた。そして、ロシアからの石油輸送用のドロジバ(友好)パイプライン建設には東独の若者たちも参加している。ソ連崩壊後は、「交易で変易を」というスローガンの下、ロシアからの化石燃料とドイツから投資と技術との交換が進んだ。

そしてドイツの豊かな社会が成立したのだ。それがここにきてウクライナ侵略戦争、ひいてはエネルギー危機によって、このドイツ・モデルが崩壊寸前の憂き目に遭っている。ドイツ人が「ジャーマン・アングスト」に囚われるのも理解できる。

2.エネルギー危機と国民への悪影響

ロシア軍のウクライナ侵略後、エネルギー危機は多様な問題となってドイツ社会と経済を直撃している。ドイツは、ロシアへの経済制裁の一環として、まず世界の市場で確保できる石炭を、今年8月に輸入禁止にした。石油は相変わらず輸入しているが、年内で禁止になる。問題なのは、国民の暖房と産業に絶対必要な天然ガスだ。ガス需要の内訳は工業36%、家庭30%、電力13%、小売・サービス12%と幅広い。

まずはガスの絶対量の確保

まずロシアからの天然ガスは夏から途絶えがちになっていたが、9月末に完全に止められてしまった。そのために、ドイツは世界中の天然液化ガス(LNG)をかき集めている。同時にLNG輸入に必要なターミナルを夏以来突貫工事で建設している。今年一杯で浮体式ターミナルが4基完成する予定だ。

これまでカタール、サウジアラビアなどの人権無視の国々からの輸入はできるだけ避けてきたが、2月以降背に腹は変えられず、シュルツ首相もハーベック経済相も交渉に赴いている。さらにカナダや米国にも足を運び、フラッキング採掘によるシェールガスの輸入について打診している。ドイツ国内ではフラッキングによるガスの採掘は禁止されているので、矛盾しているが。

これからガスが暖房に必要になってくるが、夏まではロシアから、現在は英国、ノルウエー、オランダなどから入ってきているので、貯蔵施設は現在95%以上埋まっている。今年の冬は越せそうだとの見方が強いが、ロシアからのガスは全く供給されない24年の冬はより厳しいとみられている。

ガス料金の高騰対策とインフレに苦しむ国民の救済策

次の問題は、高騰しているガス価格である。昨年ロシアからのガスは1 MWh 25ユーロであったが、ヨーロッパのスポット市場では現在300ユーロで売買されている。このような高値のガスをドイツのガス会社は買い入れ、顧客に契約済みの値段で供給しなければならないので、ドイツ最大のガス会社ユニパーは倒産寸前に追い込まれた。ハーベック経済相は、まず賦課金の導入でガス会社を救おうとしたが、国民の負担がさらに増えるので、長い議論の末に結局国有化に踏み切った。

第三の問題は、ドイツ国民の1/3から1/4の中間層の下の層が高騰した暖房費を払えなくなっていることだ。暖房費だけではなく、電力や食料品なども高くなり、インフレ率は9月に10%を超えた。これらの国民層のみを救済するとしたら、例えば税務署の確定申告書による収入額を基準にすれば、可能だが、デジタル後進国のドイツでは、主に紙とファックスを使っているので、時間がかかるのだ。だから、結局手っ取り早いバラマキ政策になってしまう。ドイツ・システムの怠慢だと批判されている。

同様に産業界でもガスを原料に、あるいは燃料に使っている企業—パン屋など—はガス代が払えなくなりつつあり、中小企業の倒産が広がりつつある。倒産数が昨年の9月に比べて34%増えている。

国民が全員で負担するガス賦課金案は取り下げられ、政府が依頼した21名のメンバーによる審議委員会が週末に徹夜で練った案が10月10日に発表された。

まず12月分のガス代と地域暖房費を前払い金として支給する。さらに一般家庭と中小企業については、3月から14カ月間、前年の消費量の80%を1kWh当たり12セント(16.8円)に値下げする。ちなみに現在は23.55セント(33円)なのでほぼ半値になるが、21年の6.22セント(8.7円)にまでは下がらない。産業用ガス需要者に対しては、来年1月から16カ月間、前年度消費量の70%を1kWh当たり7セントに値下げする。

第四の問題は財源だ。第三次救済政策は650億ユーロ(9兆1千億円)で、これまでの2回の救済策を合わせると、エネルギー危機対策費は2000億ユーロ(28兆円)になる。国家予算の半分弱にも達する。このような巨額のお金を調達するには、通常赤字予算を組む。だが、リントナー財務大臣は、この2年間コロナ危機により外してあった憲法上の債務ブレーキ(財政赤字はGDPの0.35%を超えてはならない)を来年には復帰させると断言している。その代わり、借金であることには変わりはないが、特別財産基金を組む。

ちなみにドイツの連邦予算は今年4576億ユーロ(64兆6千億円)である。日本は107兆6千億円である。ドイツ国の借金は23210億ユーロ(324,9兆円)で、 日本国の借金は6年連続で最大を更新して1241兆円にものぼる。対DGP比では、ドイツは72.5%で、日本は256.9%。他の欧米諸国と比べてもドイツは優等生だ。

州政府も自治体も財政的に余裕がないので、連邦政府に財政支援を求め、連邦政府と16名の州首相が一堂に介して10月にMPK(州首相会談)をしたが、妥結案は出なかった。州政府側の不満は募るばかりだ。このMPKは連邦制の大きな特徴で、州首相連合は与党の党派とは関係なく、州の利益を代表し、中央政府と時には対立する。特に財源の分配及び管轄権の分担をめぐっての対立が多い。例えば、学校教育の権限は州政府にあるが、連邦政府が予算を提供すると申し出ても、口出しをするなら、いらないと突っぱねたことがある。現在16州の内8州がSPD首相、同じく6州がCDU /CSU、残りの2州は緑の党と左翼党の首相だ。

EU内でもドイツに対する風当たりが強くなってきている。他のメンバー、特にイタリアやスペインは、金持ちドイツがガス市場でなりふり構わず買い漁り、値段を釣り上げて、他の国を苦しめているのは、ジャーマン・ファースト的な振る舞いだと批判している。そして、新しいエネルギー救済基金の創設を求めているが、ドイツは反対で、それよりも、コロナ復興基金8069億ユーロ(1113兆円)の残りがあるから、それを今回のエネルギー危機に対応させるべきだと反論している。このように連邦政府は、EUと州政府の間に挟まって、利害調整をしなければならない。

ドイツ・モデルの崩壊で経済成長はしばらく望めず

ドイツは先進的な工業国として再生可能エネルギーによる電力を使い、さらに水素を投入し、産業のCO2ゼロ化を達成する計画だった。このドイツ・グリーン・モデルにより、経済成長を持続させ、雇用を確保して、国民の大半に豊かさを提供するのが目標だったのだ。それが現在は、安価なロシア化石燃料の上に築かれた経済成長モデルは破綻し、来年はマイナス成長が予想されている。

エネルギーの高騰に伴ってドイツ産業の国際競争力は弱まり、輸出も停滞する。企業もエネルギーの安い国外に移転し始めているので、雇用も減る。ただ、 労働力不足に悩まされている分野もあるので、不況産業から職業再訓練を受けて、新分野にシフトできるかもしれない。ハーベック経済相は、しばらくの期間ドイツは貧しくなるだろうと言っている。それでも信号内閣は、電力の2030年までの再エネ化80%の目標を諦めていない。最終目標はあくまで気候変動問題の解決に向けてのドイツの国としての貢献である。

EU内の右寄り傾向とドイツのAfDの人気

EU内でさらに右寄り政権がイタリアとスウェーデンに誕生した。社会の不安定期にはポピュリズムが蔓延し、自国優先的な政治が国民にも好まれる。ドイツでは反ECを掲げて13年に設立された右派政党AfD(ドイツのための選択肢)がウクライナ戦争によるエネルギー危機によって国民の不満が増すにつれてジリジリと勢力を伸ばしている。昨年秋の総選挙では、得票率10.3%で前回より2.3%減らしたが、今週のZDFのアンケートでは、15%にも支持率が伸びている。

AfDは内部争いの多い政党で10年前の創立以来、4人も党首がタオルを投げている。昨年の総選挙以来4つの州選挙が行われたが、全て西ドイツの州だったので、まず3州では票を減らしたが、10月に行われたニーダーザクセン州の選挙では、ドイツ国内のエネルギー危機を論拠にウクライナ支援反対を掲げて10.9%と票がほぼ倍増した。党内の権力争いでは、より過激で右寄りの人物及び グループが権力を握り始めているのは不気味だ。アンケート調査によると、AfDの投票者の60%は同党の政治内容に共鳴したというより、他の政党への抗議票として投票しているそうだ。

3.ハイブリッド戦争

直接の戦闘行為ではなく、敵国のデジタル妨害やインフラの妨害工作などはハイブリッド戦争と呼ばれている。加えて、ロシアがウクライナの市民及びインフラを攻撃し、難民として周りの国々を混乱させる戦術もハイブリッド戦争の一環と捉えられている。侵攻以来、ウクライナ人口4400万人の内、 1000万人が自宅を離れた。そのうち600万人がEUに難を逃れている。隣国のポーランドに400万人、ドイツには100万人が避難してきている。男たちは残って戦っているので、女性が64%を占め、18歳以下の年少者は35%になっている。学齢期の子どもたちは20万人に達している。

2015年/16年の難民流入と違うのは、ウクライナからの難民はEU内ではビザなしで入国できるし、国から国への移動も自由だ。ドイツ内で自治体に登録すれば、生活保護が受けられる。宿泊場所、生活費の支給、学校での受け入れなど、難民を具体的に受け入れているのは自治体だが、連邦政府が計上した2800億円では全く足りないと悲鳴をあげている。

7年前のシリアからなどの難民と違って、ウクライナの難民は戦争が終了すれば、帰国する希望を持っている。受け入れ側としても、長期計画を立てにくい状況にある。受け入れ当初は数ヶ月のことだろうと思っていたのが、戦争は長引き、いつ終わるのか分からないのが現況である。難民の方も、受け入れる方も疲れてきている。体育館などの難民センターでの生活から、アパートに移るのは、ドイツでは住宅難なので簡単ではない。学齢期の児童がいる場合、ある程度機能しているウクライナの学校のオンライン授業を続けると同時にドイツの学校にも通わせるのか、迷うだろう。それにはドイツ語も学ばなくてはならない。ロシア軍は簡単に引き上げないだろうし、またウクライナ軍が短期間で勝利するとは思えず、全てに不安定な状況が続いている。

9月末にノルドストリーム1と2(操業に至らず)から四箇所にわたって天然ガスが海面に噴き出た。破壊工作による爆破ではないかとみられている。この事故でパイプラインは操業不可能になった。ということは、ドイツにもガスが流れなくなったのだ。これでドイツはガスの代金を払い込む必要はなくなり、経済制裁が一層強化されることになる。

さらに、ドイツ鉄道のデジタル連絡網が10月8日土曜日に遠く離れた二箇所で切断され、半日ほど列車が全く止まってしまった。妨害工作であろうと検察当局は見ている。これまでに左翼グループが妨害工作をしたことがあるが、その場合は直ちに犯行声明を出している。今回の場合、よほどの専門知識を持った犯行に見えるし、犯行声明も全く出ていない。モスクワに通じる証拠は上がっていない。このような妨害工作はこれからますます増えるのであろうか。バルト海や北海では、インターネット通信網や高圧送電網などが剥き出しで海中を走っているのだ。EUでは急遽これらの脆弱なインフラの防護に力を入れるように警戒を呼びかけ、専門家の会議を開いている。

4.プーチンによる核戦争への危惧

ジャーマン・アングストにはもう1点ある。それは、原子力、あるいは放射能に対する不安である。1986年のチェルノブイリ原発事故により放射性物質がドイツまで流れてきて、ドイツの反原発運動が活性化され、市民運動の柱としてドイツの社会と政治に大きな影響を及ぼした。そして、今年いっぱいで脱原発が実現するはずだったが、ウクライナ戦争の余波を受けて、電力不足が危ぶまれている中、三基の操業が来年4月15日まで延長された。フランスや他のEUメンバーが原子力エネルギーを持続可能なエネルギー源として、気候変動対策に取り込む中、ドイツは原発を全て停止させるのだ。放射能に対してより強く不安を感じていると言われる所以である。原子力・放射能に関して計り知れない危険性を孕んでいるウクライナ戦争に対してドイツは複雑な対応をしている。

サポリージャ原発

ウクライナでは、激しい戦闘の真っ只中に位置している欧州最大のサポリージャ原子力発電所がメルトダウンの危機にさらされている。85年から95年にかけて建てられたソ連製の加圧水型原子炉で、6基x 100万KWの定格発電出力を備えている。近くに火力発電所があり、原発に電力を供給している。原発は3月4日にロシア軍に征圧された。ロシア兵は同敷地内からカホフカ湖を挟んで西岸にいるウクライナ軍を攻撃している。

同発電所の原子炉は、格納容器がなかったためメルトダウンで原子炉が吹き飛んだチェルノブイリ原発と違って、3cmの鋼鉄と2mのコンクリートで囲まれている。この格納容器は通常兵器の攻撃によって破壊される恐れはあまりないと言われている。危険なのは、電源が喪失し、冷却ができなくなった場合だ。メルトダウンが起これば、福島のように大被害に至る恐れがある。

さらに怖いのは同原発の敷地に40トンの濃縮済みウランと30トンの放射性廃棄物プルトニウムが保管されていることだ。そこで思い出されるのは、ロシア軍がキーウ(キエフ)攻略に向かい、プルトニウム抽出が可能なチェルノブイリ原発を占領し、撤退時に使用済み燃料棒を持ち去ったことだ。これらの作戦を見ると、ソ連時代に2000発ほどの核弾頭を保有していたウクライナの核保有潜在能力を奪い、あるいは弱めようとするロシア側の一貫した意図が伺われる。もう一つの意図は、ロシアがこれらの放射性物質および廃棄物をダーティ・ボム、いわゆる汚い爆弾として使うかもしれないことだ。通常の火薬の爆発によって拡散させるのだ。

原発の運転はウクライナ人職員により行われていたが、プーチン大統領が10月5日、同原発を管理する国営企業設立を指示した。それに従って、ロシア政府は10日に国有化した。ウクライナ政府はロシアによる国有化に強く反発し、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長も、ロシアの国有化を認めないと発言している。

核戦争への危惧

ショルツ首相はウクライナ国民の必死の祖国防衛に関してドイツを含む西側の民主主義を守ってくれていると感謝し、最大の支援を約束しているが、ウクライナが渇望しているドイツの誇る戦闘用戦車レオパルト2などの武器供与にはなかなか応じようとしない。これらの支援がプーチンの核戦争へのエスカレートの口実にならないようにという思惑が窺える。そして首相自身も核戦争の危険を何度も口にしている。プーチンは追い打ちをかけるように何度も核兵器の投入を仄めかしている。

核兵器には、戦略核兵器と戦術核兵器がある。もしプーチンが投下するとしたら、通常兵器の延長線上での使用を想定した、規模の小さい戦術核兵器であろうと予想されている。戦術核兵器を米国は150発、ロシアは1830発保有している。

長崎大学核廃絶研究センターによれば、世界各国の保有核弾頭数は、ロシア6260発(1600発が配備中)、米国5550発(1800)、中国350発(0)、フランス290発(280)、英国225発(120)、パキスタン165発(0)、インド160発(0)、イスラエル90発(0)、北朝鮮40発(0)となっている。

ロシアは、核兵器の使用に関して2020年に基本方針を改めたが、二つのケースを想定している。まず核兵器による攻撃を受けた場合。次はロシアが通常兵器による攻撃を受け、国としての存在を脅かされた場合だ。ロシアが9月30日に編入したウクライナの占領地域をウクライナ軍が取り戻したとしても、ロシア国家の存在が脅かされたとは到底言えないが、プーチンがそう解釈するかどうかはわからない。

2月24日のロシア軍によるウクライナ侵攻は、専門家の間でもあり得ないという意見で一致していた。何も得るところがないからだ。それでも、これらの予想を全く裏切って、プーチンは無謀な侵略を命令したのだ。だから、軍事専門家やロシア通の政治家の予想を裏切って、プーチンは益のない核兵器投下を命じるかもしれない。ロシアをさらに孤立させるのみであってもだ。

だがもし、プーチンがウクライナに核爆弾を投下したとしても、ウクライナ政府と国民は降伏しないだろう。それどころか、さらに勇気を奮って、戦うだろう。現在ウクライナ政府は投下に備えて、市民にヨード剤や防護服を配布する一方、防空壕や地下鉄に水や食料を備蓄している。

核戦争の可能性は限りなくゼロに近いが、ゼロではない。起こった場合の被害状況についてのモデル研究があるので、見てみよう。米国のラトガーズ州立大学(ちなみに同大学は幕末から明治中期までに300名以上の日本人留学生が学んだ所以がある)のリリ・シャとアラン・ロボックの研究による。

核爆弾の爆発後、大気圏中にゴミとちりが舞い上がり、被害が出る。特に食料品の収穫が10年間制限される。それによって起こる食糧危機と飢餓による死亡者の数をモデル計算した。

まず地域的な核戦争(例えばインドとパキスタン)が起きると、1万5千トンの爆発力の原爆100発が爆発する。すると5百万トンのゴミが大気圏中に舞い上がる。まず2700万人が爆発によって死亡し、さらに2億55百万人が死亡する。

次は第三次世界大戦が起こり、全面的な核戦争が勃発した場合だ。

10万トンの爆発力の原爆4400発が爆発する。すると世界中で50億人が死亡する。すなわち現在の人類の半分以上が死亡することになる。この被害規模にはまだ放射線による死者は含まれていない。

バイデン大統領も口にしたようなアルマゲドン—阿鼻叫喚の地獄—が出現するだろう。20世紀にはヒトラーという独裁者がヨーロッパを中心に地獄を生み出したが、その反省もあって、75年間はベトナムなどの植民地の解放戦争を除いて一応平和の時代が続いた。ところが、21世紀に入って、20世紀で卒業したと思われた帝国主義的な侵略戦争が蘇ったのだ。さらに悪いことには、この21世紀の独裁者は、一挙に人類を破滅させることが可能な核兵器のボタンを握っている。

5.ウクライナ復興会議

ウクライナ復興会議が10月25日ショルツ首相とゼレンスキー大統領の主催でベルリンで開かれた。EU委員長のフォンデアライン氏も参加した。まだ戦闘が続いているが、両国の政治及び経済界の代表が参加し、戦後のウクライナの社会経済復興について意見を交換した。破壊されたインフラなどの復興に必要な経費は7500億ユーロ(112兆円)と見積もられているが、その内5500億ユーロ(77兆円)は西側で凍結されているロシア資産が当てられることになるだろう。残りは世界の国からの資金援助による。

ウクライナの侵略戦争とエネルギー危機の真っ最中にあるヨーロッパはこれから暗くて、寒い混乱の季節に向かう。この週末にドイツは、夏時間から冬時間に切り替えられ、午後の4時過ぎには暗くなる。誰でもが憂鬱になる時期だ。コロナ・ウイルスも絶えていない。ドイツの政府も国民も、今年の冬が特に寒くならないように、民衆に親しまれている天気の神様ペトルスに頼むしかないようだ。皮肉だが、地球温暖化によって今冬もここ数年同様暖冬になるとの長期予報が出ている。しかし、犠牲になられた家族、同胞、友人、知人を悼みながら、戦うウクライナの人々にとっては、電力や暖房などのインフラも破壊され、いっそう厳しい冬になるだろう。
(ベルリンにて 2022年10月25日 記)

 

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonara Nukes Berlin のメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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