特集 ● 続・混迷する時代への視座

失速する世界経済 2022危機は来るか

米景気への信認が崩れドル高が止まれば景気後退?

グローバル総研所長 小林 良暢

世界経済が失速する危機が迫っている。

国際通貨基金(IMF)は、四半期ごとに発表している世界経済の成長率見通しを下方修正し、2023年には2.7%に急減速することを明らかにした。2009年の金融危機や20年のコロナ禍を除けば、2001年以来の低成長に落ち込こんでいる。

主要先進国が揃ってインフレ抑制にむけた政策金利の引上げを実施している中で、IMFが米日・欧州・中国が押しなべて来年度の予測で「失速」と表現するのは、2008年のリーマン危機当初の悲観的な言葉使いと同じである。これを記者発表したゲオルギエバ専務理事は、「来年にかけて世界経済の約3分の1の規模に当たる地域が、少なくとも2四半期連続のマイナス成長に陥る」ことを明らかにした。

こうなると世界の3分の1の国や地域が景気後退に陥るということになるが、その規模たるやリーマン危機の時を上回ることになり、これはもう世界恐慌の淵に立っていると言っていいだろう。第二次世界大戦が終わった次の年に新制小学校に入学した筆者は、爾来77年、世界恐慌にお目にかかったことはない。だが、東京品川・大田の中小企業が多い地域で育った筆者は、どこの工場が夜逃げしたとか、倒産したと聞くと、学校帰りに見に行ったものだ。

失速する先進国経済

2023年の世界経済を展望すると、インフレ抑制への世界的な利上げで、リーマン危機の当初よりも悲観的にみる向きが多い。世界はインフレへの懸念から、焦点は世界経済の落ち込みを警戒する局面に移る。

2022年の世界経済の下方シフトの状況をみると、世界経済の3分の1が景気後退に陥り、その溝は深いとの見方が優勢になりつつある。世界経済は、コロナ不況の底からの回復局面とみても、先進国経済は足許で前年比1.1%ダウンで進行している。

地域別にみると、約40年ぶりのインフレに悩むアメリカは、米連邦準備制度理事会(FRB)が5回連続の利上げを実施して、消費減退などで成長率は1.0%に落ち込んでいる。アメリカは2022年に1.6%の成長を見込んでいたが、0.7%に下方修正し、23年もマイナス1.0%へと景気失速が長引く。

さらに厳しいのがユーロ圏で、22年経済はマスナス0.5%に沈むと見られている。また、ロシア産の天然ガス供給の削減に揺れるドイツは、23年にマイナス成長に転じる見通しだ。先進国全体を比較してみると、相対的にユーロ圏経済の厳しいのが際立っている。

このような先進国経済の失速の背景には、この間の諸国の政策金利の急速な利上げの実施がある。JPモルガン・チェース銀行が経済規模で加重平均して算出した世界の政策金利は3%を超え、リーマン危機が発生した2008年以来の水準になった。

今回の利上げは、そのスピードと広がりが大きい。国際決済銀行(BIS)が公表する世界の主要な38カ国・地域の政策金利の動向や最近の各国中銀の発表を基に、日本経済新聞が集計したところ、9月は利上げが計24回に達した。これまでのピークは2006年6月の18回だ。22年に入ってからの世界各国の利上げの回数は、既に160回にのぼる。これだけ、コロナ禍による消費低迷が先進国経済に及ぼした影響は大きかったのである。

金融政策の国から国への波及(スピルオーバー)がどれほどの相乗効果をもたらすか、事前の検証は難しい。

だが、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は、「米国や世界は今から6~9カ月後にある種の景気後退に追い込まれる可能性がある」と語り、警戒感をあらわにした。今後の大きな問題は、世界的にインフレ圧力が強く、景気刺激のための利下げには簡単に転換できないことにある。

世界の高インフレは長引き、IMFは2024年も4.1%と高い水準になると予想する。インフレ抑制のための利上げが続けば、信用力の低い企業は資金調達が難しくなる。低格付け債の信用不安を起点に、クレジット市場などで混乱が起きかねない。

危機の芽は途上国にもある。「あまりにも多くの低所得国が債務危機に陥るか、それに近い状態にある」、IMFはこう警鐘を鳴らす。米利上げは途上国の通貨安につながり、そのドル建て債務の返済負担が、新興国などに高まっている。

一方、コロナ禍の2020年に、主要国で唯一プラス成長を維持した中国も、22年に3.2%とコロナ禍を除けば過去40年で最も低くなり、23年も4.4%成長に止まり、この30年聞では最低水準に沈むことになる。

欧州インフレの危機

欧州中央銀行(ECB)は10月27日の理事会で、政策金利を0.75%引き上げると決めた。通常の3倍となる大幅利上げは、前回9月から2回連続になる。ウクライナ危機に伴う資源高などの影響で、ユーロ圏の物価上昇率が過去最高の10%近くに高まり、インフレに歯止めがかからない。ECBは景気後退のリスクが差し迫る中、苦渋の決断に動いた。

ECBは、既に7月に0.5%、9月に0.75%利上げしてきた。今回は主要政策金利を2.00%、銀行が中央銀行に預ける際の金利(中銀預金金利)を1.50%に引き上げ、11月2日から適用する。欧州の政策金利は2009年以来13年ぶりの高さとなる。ラガルドECB総裁は会見で「物価を中期目標に戻すため、一段と利上げを進めるつもりだ」と話した。さらに、量的緩和のために買い入れてきた資産を減らす量的引き締め(QT)に向けた基本原則を「12月に決める」とした。

QTとは、金融用語で、「加速する(量的引締めをする)」こと。コロナ禍以降では、FRBが「金融引締め」として行なうQTは、2022年6月から始めている。その際、FRBは資産縮小幅を、当初3カ月は緩やかな幅で減額し、9月以降はそれを倍増させる、2段階型のプロセスをとると発表している。すなわち、この9月から資産縮小ペースを加速することになっている。これにより、金融市場では金利が上昇したり、株価が下落するのではないか、世界の市場で懸念する声も上がっていた。

しかしながら、欧州の金融市場では、財政に不安を抱えるイタリアなどは長期金利が4%台半ばまで上昇しており、ドイツとの金利差は昨年末の1.3%程度から2.2%程度に広がり、欧州内でまた裂き状態になっている。こうした中でのQT実施については、債務危機の再来をどう防ぐかが焦点となっていた。

正念場のイタリア・メローニ首相

メローニイタリア首相は、ローマで生まれ、母子家庭に育ち、ムッソリーニを受け継ぐネオナチ政党「イタリア社会運動(MSI)」の運動で頭角を現した右派政治家だが、就任早々に財政難が続くイタリアで政権公約に掲げた「ばらまき」型の政策の実行は、既に政府債務残高がGDP比で150%に達し、また10年物国債の利回りは4.5%を超える中で、これらの経済財政策をどう舵取りするかが懸念されている。それで財政支出の拡大に突き進めば、債権市場では国債利回りが上昇し、財政悪化を伴わずに新政策を展開するには財政余力はない有様で、就任早々に正念場を迎えている。

とりわけ経済政策では、インフレと景気後退が同時に進む「スタグフレーション」のリスクも高まっており、EU失速の焦点になっている。

ECBは23年のユーロ圏の実質成長率を0.9%と見込むが、ウクライナ危機の長期化で資源高が進むリスクシナリオでは、マイナス0.9%の予測もでている。

企業の景況感を映す購買担当者景気指数(PMI)は好不況の分かれ目である50を10月まで4カ月連続で下回った。それでもECBでは、インフレを抑えなければ景気後退はかえって深刻になるとの声が上がっていた。

ECBは銀行に低金利で資金を貸し出す支援策(TLTRO)の見直しも決めた。利上げによる金利の上昇が融資条件に適切に反映されるようにし、引締め効果がそがれないようにする。

利上げの連鎖は世界で広がる。JPモルガン・チェース銀行によると、世界の政策金利の平均は3%を超えた。FRBも11月初めに4会合連続の0.75%の利上げに踏み切る見込み。一方で、カナダは利上げ幅を前回より縮小した。インフレの強さと景気の利上げ耐性をどうみるか。中銀の判断が問われる局面に入った。

優等生ドイツも

2023年は、欧州の優等生ドイツもマイナス成長への転落が懸念されている。そのリスク要因は、企業減産と債務不安である。

ECBの利上げで、ユーロ圏経済の先行き懸念が広がる中で、ウクライナ危機のあおりを受けて資源高によるインフレが止まらず、欧州の優等生ドイツでも、企業が減産に動き始めたほか、南欧での債務不安もくすぶり始めている。

ユーロ圏19カ国のうち半分以上の国で、消費者物価指数で伸びが加速しているが、ドイツでもインフレ率が2桁に届こうとしており、値上げの裾野も広がっている。

ユーロ圏の生産者物価指数は8月に43%上昇し、過去最高を更新した。企業が価格転嫁修正を進めれば、その分だけ物価は上がる。ロンドンに本拠を置く国際金融グループ・バークレイズは、23年のユーロ圏の成長率をマイナスになると予想し、一方、ドイツ商工会議所が今夏公表した調査では、3500社のうち16%の企業が減産あるいは事業の一部停止が必要と判断していることが分かった。欧州化学最大手、独BASFのブルーダーミュラー会長は「製造業の国際競争力が危機にさらされている」と警告する。

市場ではECBが利上げ幅を次第に縮小し、23年春までに利上げを終えるとしているが、先行き懸念は否定しづらい。

世界経済の失速の要因

こうした世界経済の失速の要因としては、この間の先進各国の急速な利上げがある。前述のとおり、JPモルガン・チェース銀行が経済規模で加重平均して算出した世界の政策金利は既に3%を超え、その結果、経済はさらに下振れするリスクが高まる。IMFは2023年の世界成長率が2%を割り込む確率を25%程度とみている。懸念材料の一つが、ドル高にともなう世界的な金融引締めの連鎖だ。ブラジルやポーランドなどは利上げを停止して、これらの国は既に警戒領域に入っているが、輸入品の値上がりによる物価高が続けば、コロナ後の世界経済を牽引してきた主要国が景気後退に陥る可能性が高まっている。

市場に漂う米トリプル安懸念 

政府・は10月9日、24年ぶりに円買い・ドル売り介入を迫られた。理由は春以降の円安・ドル高傾向に歯止めがかからないことだという。

だか、一方では米国内でドル高警戒論があると、市場は警戒している。事の始まりは、8月末米国の保養地ジャクソンホールの経済シンポジウムで、パウエルFRB議長が、「インフレ抑制まで利上げを続ける」姿勢を強調したことだ。米長期金利の上昇(債券相場の下落)が加速、日米間の金利差拡大を材料にした円安・ドル高が一気に進んだが、上向きつつあった米株式相場に急ブレーキがかかり、ダウ工業株30種平均は9月末に約2年ぶりに2万9000ドルを一時割り込んだ。背景には、米株安・債券安でもドル高が止まらないことへの違和感があるようだ。

市場の経験則からすると、「円安・ドル高は、米景気への信認が保たれている場合に限られる」との条件付きだ。米景気の後退懸念が強く意識されるにつれ、ドル買いを続けることが難しくなる。これが世界景気「失速」の転換点になろう。

こばやし・よしのぶ

1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』(中央大学出版部)など多数。

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