コラム/発信

物価急騰! 最低賃金の年度内再改定が必要

東京統一管理職ユニオン執行委員長・本誌編集委員 大野 隆

今年10月から最低賃金が引き上げられた。巷では過去最大幅の増額などと言われているが、絶対額でみるとなお生活するには低すぎる額であることに変わりはない。

順位ランク都道府県前年度最低賃金今年度決定額 実際の引上額目安額目安額比順位ランク都道府県前年度最低賃金今年度決定額実際の引上額目安額目安額比
1A東京都1,0411,072 31310 25C新潟県859890 31301
2A神奈川県1,0401,07131310 26C和歌山県859889 30300
3A大阪府9921,023 3131027C福井県858888 30300
4A埼玉県956987 3131027C山口県857888 31301
5A愛知県955986 3131029C宮城県853883 30300
6A千葉県953984 3131030C香川県848878 30300
7B京都府937968 3131031D福島県828858 30300
8B兵庫県928960 3231132D島根県824857 33303
9B静岡県913944 3131033C徳島県824855 31301
10B三重県902933 3131034D岩手県821854 33303
11B広島県899930 3131034D山形県822855 32302
12B滋賀県896927 3131034D鳥取県821854 33303
13C北海道889920 3130134D大分県822854 32302
14B栃木県882913 3131038D青森県822853 31301
15B茨城県879911 3231138D秋田県822853 31301
16C岐阜県880910 3030038D愛媛県821853 32302
17B富山県877908 3131038D高知県820853 33303
17B長野県877908 3131038D佐賀県821853 32302
19B福岡県870900 3030038D長崎県821853 32302
20B山梨県866898 3231138D熊本県821853 32302
21C奈良県866896 3030038D宮崎県821853 32302
22C群馬県865895 3030038D鹿児島県821853 32302
23C岡山県862892 3030038D沖縄県820853 33303
24C石川県861891 30300

  全国加重平均 前年度最低賃金:930円 今年度決定額:961円 実際の引上額:31円
     全国加重平均引上げ率:3.3%

全国一律の最低賃金制度の早急な実現を

最低賃金の引上げについては、40年以上にわたって各都道府県を4つのランクに分けて、引上げ額に差をつけることが続いてきた(ランクの見直しはごく一部の県について行われたが、全体的にはほとんど動いていない)。結果として地域間格差が拡大し、大きな問題となっている。それに関しては、ここ数年の間に、低すぎるという声がとりわけ地方からあがり、自民党でも全国一律化を目指す「最低賃金一元化推進議員連盟(衛藤征士郎会長)」ができて、活発に動いている。そうした中で、本来5年に一度見直されることになっていたランク制の在り方が、その5年目である今年3月には結論を出さず、1年先延ばしされた。水面下で調整が図られているようである。

掲載している一覧表は、今年10月からの各地の最低賃金を、金額の大きい順に並べたものである。ランクは見ての通り、AからDの4つに分かれているが、現在ではCランクの県がBランクの県を追い抜いていたり、Dランクの県がCランクの県を追い抜いているところもあり、これを見るだけでもランク制が機能していないことが分かる。東京、神奈川、大阪などの都市部が高く、青森、秋田、鹿児島、沖縄などが低い。その差は219円である(東京の1072円に対して853円)。ただ、この差は昨年より1円縮まった。

「目安額」は、東京で議論される中央最低賃金審議会が示したもので、今年8月1日の目安小委員会で、A,Bランク31円、C,Dランク30円と決められたものである。その後各都道府県の最低賃金審議会で議論がされ、「実際の引上額」が決まっている。目安額が都道府県間の格差を広げる数字だったにもかかわらず、結果としては格差が縮まったところに、地域間格差を縮めるべきだという現在の問題がはっきりと現れている。

「目安額比」の欄の数字は、各地の審議会が中央で決められた目安額に対して、いくらの差をつけて最終額を決めたかを示すものである。今年は目安を下回るところはなく、逆に1円から3円上乗せするところが多かった(上乗せしたところは黄色く色づけてある)。このことは地方の危機感を示している。地方では賃金が低く、都会との格差が大きいために、特に若者が都会に出ていき、地方の衰退につながっているという危機感である。219円の差は、一般の月労働時間175時間程度で考えると、月額38,000円余りになる。例えば生活には自動車が必需品となっている地方では、都会との生活費の差がないことを考えると(コンビニは全国一律の値段でものを売っているが、人件費だけ安いのは、どう考えてもおかしい!)、極めて大きな差である。

また、技能実習生を雇用している地方では、「実習生が都会へ逃げ出すのを防ぐために最賃を上げろ」という経営者もいるという。逃げ出さざるを得ないほどの低労働条件が問題で、本来最低賃金で雇っているというその低賃金を経営者として改めるべきなのに、とんでもない言である。この問題の解決は外国人労働者の人権問題にまで及ぶ。

いずれにしても、黄色の枠を見てもらうと分かるように、低ランクの県がこの問題の重要性を捉えて努力したということでもあろう。それほど問題は深刻だということだ。

特に公益委員には低い地方の額を上げようという意識があったらしく、茨城県では、知事が事前に経営者団体を説得し、その結果非常にスピーディーに引上げが決まったと聞いている。そうした観点から表を見ていただきたい。

しかし、使用者側の抵抗が非常に強く、結果としてこの程度になったとも言われる。使用者側が、水準が高すぎると言って押し切ったということのようだ。全国平均1000円をめざすという政府の戦略対話合意の年限は過ぎている。地方でも賃金が低くては人が来ないと言って一所懸命引き上げているわけだから、格差是正をしっかり考えるべきである。前述の茨城のように、自治体の首長も地域に人を呼び込むには低すぎる、格差是正を、という話をかなり出しており、格差是正の流れは強く意識されている。今こそ全国一律の最低賃金制度実現のチャンスである。

物価急騰対策として年度内最低賃金再改定を

私たちが最低賃金を問題にするのは、単に制度として整備するためではない。私は何度か本誌で述べてきているが(30号『インフレ襲来、貧困・経済格差を放置するな』など)、非正規労働者などの低賃金が最低賃金に張りついているという現状があるからである。つまり、労働者の賃金額の分布で見ると、一番働いている労働者が多いのが最低賃金の額なのだ。時給で見て最低賃金から+100円の範囲で働く労働者が全体の3割に及ぶという現実がある。最低賃金は私たちの生活に直結するレベルになっている。

そういう観点から現状を見ると、アベノミクス失敗による円安から、物価の上昇が既に引上げ額の割合(上記一覧表末尾にある3.3%)を越えており、実質賃金が下がるという現実があるので、直ちに(年度内に)再改定(さらなる引上げ)を実現する必要がある。

私たちはすでに再改定を厚生労働省や各地の労働局に申し入れているが、「状況を注視している」と言うのみで、政権に忖度する様子が明らかだ。以下には、最低賃金大幅引き上げキャンペーン委員会(<連絡団体> 下町ユニオン、全国一般労働組合全国協議会など)の主張を引用しつつ、述べていく。

最低賃金法第12条は「厚生労働大臣又は都道府県労働局長は、地域別最低賃金について、地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して必要があると認めるときは、・・・・その改正又は廃止の決定をしなければならない」と定めている。私たちは、この物価急騰の中で2022年8月から10月の物価上昇率を勘案し、厚生労働大臣が、年内に最低賃金法第12条に基づき中央最低賃金審議会に諮問し「答申」を受け、地域別最低賃金引き上げの再改正を促すよう要請し続けている。

今年8月1日に上記目安額を決めた中央最低賃金審議会の公益委員の見解(同2日)では、随所に急激な「消費者物価の上昇(高騰)が、充分に勘案されていない」可能性を指摘している。また、労働者の生計費が、今年4月の時点でとりわけ「基礎的支出項目」といった必需品的な支出項目で4%を超えている点を指摘し、「最低賃金に近い賃金水準の労働者の購買力を維持する観点から、消費者物価の上昇も勘案し3%を一定程度上回る水準を考慮する必要がある」とも述べている。「引き上げ額の目安は3.3%を基準として検討することが適当である」と答申した。

さらに公益委員見解は、「今後、公益委員見解の取りまとめに当たって前提とした消費者物価等の経済情勢に関する状況認識に大きな変化が生じたときは、必要に応じて対応を検討することが適当である」としている。その公益委員見解を取りまとめるに当たって参照したデータをみると、「消費者物価指数の推移」に関しては本年4月までで、また、「消費者物価指数の基礎的支出項目指数の推移」などは、かろうじて本年6月までのデータを参照したに過ぎず、これでは8月以降の物価上昇に耐えうるデータとして、到底不充分と言わざるを得ない。

こうした経緯を見れば、直ちに最低賃金再改定に取り組むことは絶対的に必要であり、条件も十分に整っていると言うべきである。

再改定-大幅引上げは世界の常識

フランスでは、毎年1月の最低賃金の改定と別に物価スライド制が導入されており、最低賃金改定時から物価が2%上がると、最低賃金は自動改定される仕組みになっている。これにより2021年10月には物価スライドにより最低賃金は2.6%引き上げられ、さらに、2022年1月の定例の改定では0.9%引き上げ、2022年5月には再び物価スライドで2.2%引き上げられた。

ドイツは、最低賃金を2021年7月に1.1%引き上げ、2022年1月には2.3%引き上げ、2022年7月には6.4%引き上げた。さらにEUの推奨値である賃金中央値の60%の最低賃金を達成するため、2022年10月には14.6%引き上げて12ユーロとすることが閣議決定されている。

以上のように、やればできるということだろう。これまで実施したことのない年度途中の「再改定諮問」にはハードルがあるだろうが、最低賃金近傍で働く労働者(全労働者の3割)は蓄えもなく、物価高騰の中で、食費にも事欠くような厳しい冬を迎えようとしている。フードバンクでは需要が多くて備蓄が底をついていると言う。物価高騰の中、低所得者層の生活を守ることは重要な政策課題だ。

中小零細企業への直接助成も必要だ

こうした最低賃金の引上げ要求に対して、使用者側が主張するのが「中小企業の支払能力がない」だ。実際最低賃金法第3条(最低賃金の原則)は「最低賃金は、労働者の生計費、類似の労働者の賃金及び通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない」と定めており、これがそうした主張の根拠とされる。確かにこの条文は改正されるべきではあるが、 それには時間がかかる。だからといって、 何もできないわけではない。今すぐできることはある。中小企業に直接財政支援をすればよいのだ。

実際に韓国では 2018年1月に、決定した最低賃金引上げ率と直近5年間の平均引上げ率の差額を補填する形で「雇用安定資金事業」を始め、直接中小企業を支援している。また社会保険料の減免措置を講じて中小企業を助けている(中小商工業研究153号 中澤秀一論文)。こうしたことは日本でも簡単にできることではないか。大企業の下請けいじめ・不公正取引をやめさせることも重要だろう。

以上のとおり、中小企業の支払い能力不足を理由として最低賃金の引上げを拒む理由はない。政治のちょっとした決断で多くの低賃金労働者が救われる。そのことは改めて強調したい。

岸田「新しい資本主義」こそが問題

最低賃金問題だけではない。岸田内閣の「新しい資本主義」は、「株で稼げ」つまり博打で資産形成をしろという乱暴なやり方ばかりではない。さまざまに労働法制を改悪しようとしてもいる。

この間確認されているだけでも、解雇の金銭解決法案は、ほとんどすぐにも出てきそうである。また、今年3月には「多様な形態による正社員に関する研究会報告書」が出され、地域限定正社員や「ジョブ型雇用」が推奨されている(厚労省はそれらに関するモデル就業規則も作っている)。一方で労働契約法18条による無期転換労働者について、その労働条件が低いまま据え置かれることに関しては、何の改善もされていない。

「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」が内閣府から出され、フリーランス新法が準備されている。 フリーランスの保護も謳われているが、本質的には「フリーランス」を労働者保護から外す、すなわち労働者を労働者として扱わない労働法制を目指しているようだ。

総じて岸田の「総合経済対策」は、労働移動を前面に出している。労働者の生活安定とはほど遠い。結局は、仲介する人材ビジネス、すなわち「竹中平蔵」を助けることが狙いであり、雇用をどんどん不安定にする政策である。

また一時は後景に退いたかのように言われていた裁量労働制の拡大も、使用者側の強い意向に押されて、具体化しつつある。

このように、いつの間にか岸田政権は労働法制の改悪に踏み出している。最低賃金を始めとする労働条件の最低水準を守ること、それに加えて、このような 労働法制の改悪を許さないことは、当面の重要課題となってきている。

おおの・たかし

1947年富山県生まれ。東京大学法学部卒。1973年から当時の総評全国一般東京地方本部の組合活動に携わる。総評解散により全労協全国一般東京労働組合結成に参画、現在全国一般労働組合全国協議会副委員長。一方1993年に東京管理職ユニオンを結成、その後管理職ユニオンを離れていたが、2014年11月から現職。本誌編集委員。

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