コラム/発信
“児童虐待”―現場の職員としての願い
保育士 林 栄理子
児童虐待。いまや、ポスターやニュースで頻繁に目にする言葉。子どもたちを守ろうと必死に通告をするよう投げ掛けた言葉。しかし、この言葉で世の子育てをしている親たちがどれだけ苦しんでいるのだろうかと考えることがある。
児童虐待への二つの対応
子どもが泣けば通報されるのではないか。子育てをする上でいろんな方との関わりや、家事などができていないといけないのではないかと自分を責めたり、自分の気持ち、時間を失くしても必死に頑張らなければならないと思わせてしまっているのではないか。そんなメッセージが伝わるポスターやニュースではなく、もっと子育てが楽しくなるような、助けを求めていいのよ、というような投げかけが、ポスターやニュースでメッセージとして伝わる方法はないのかと考えることがあります。
子どもを守るのはとても大事なことであり、周りが意識して通告をする義務を持つことは大事なことです。しかし同時に、家族が安心して家事や子育てからのプレッシャーを感じることなく生活できることへ目を向けた、周りのサポートが受けられることも、子どもを守る、家族を守る、ということになるのではないかと考えています。
私はいま、児童福祉施設の保育士として、子どもたちの養育にあたっていますが、少し前までは、施設内でも地域支援にあたる業務をしていました。児童相談所が行う行政処分(*)ではなく、親の任意で子どもと少し離れてリフレッシュをとってもらうことを目的としており、必要に応じて利用できる子どものショートステイ事業(*)に関わりました。
※児童相談所が行う行政処分
親のもとで生活を送ることが子どもにとって不利益な状況である際に、児童相談所長の決定により、一時的に保護をすることや、長期的に預かる措置を行う(児童福祉法33条)。
面会や通信の制限があるため、親は子どもと自由に会うことができないことになる。
したがって、家庭の状況が安定し、その家庭に子どもが帰って生活しても安心となるまで親と子どもは別々の生活になる
※子どもショートステイ
親の仕事、看護、出産、疾病、育児疲れ等で一時的に養育が困難となった場合に利用ができる、子育て支援事業の一環。親が市町村の窓口で手続きを行い、必要な期間、ショートステイを実施している施設等で子どもが生活をします。
ただし、市町村によって実施していない所もある。親の負担する額は、市町村が定めており、一回で利用できる期間や、年間利用できる定められた日数も市町村によって異なっている。
昨今、児童虐待防止の流れが強まり、児童相談所が行う一時保護ではなく、まずは子どものショートステイを利用し、親と子どもを一定期間離れさせてみることで、親子の関係の変化を見、行政や施設職員と接しながらアドバイスを受けていくことで、家庭での養育に繋がるような支援体制が整ってきています。
しかし、子どもを親から離してみることで、虐待?と思われるような疑わしい傷やあざがある場合や、子どもからの話で真偽不明なまま、かなり問題を感じるケースや、また迎えにくる約束の日時に来なかった等のこともありました。その際には、児童相談所への通告を行い、児童相談所の決定により動く旨を必ず事前に親へ伝えます。
子どもと一緒に生活することを支援する制度であるため、子どもに不利益なことがあることがわかった場合には、児童相談所と話をし、子どもにとって、そして家族として問題と向き合って欲しいことを願いながら受け入れを行っていました。
もちろん、一時の休息を得て子育てをしている家族や、行政や施設職員と繋がり、子育てのアドバイスを求めている家族とも接してきました。しかし悲しいことに、支援を受けて家族が安定していても、利用できる日数は年間で決まっています。限度まで使ってしまい、それ以上、利用したいという場合や、親と子どもを離す必要がある場合、児童相談所が扱う行政処分を活用しないと支援できないという場合もあり、本来、支援があるなかで保ってきた家族に対して、支援が行き渡らない悔しい思いをしたことも多々ありました。
児童福祉施設は現在、大舎制から小舎制が主流となり、一人部屋や一人で入れるお風呂など、住宅街の一角に、施設として運営しているところが多く見られるようになりました。しかし、子どもは、親からいきなり離され、新しい生活環境、新しい学校生活、新しい友だち関係を送ることに関しては大舎制の時から変わっていません。
親や家族の意識の実態
子どもはもちろん、親も児童相談所がどんな役割をするのか、児童福祉施設がどんな所なのか、などの正確な情報がなく、噂話や報道、ドラマで垣間見ることくらいです。ここに関わる家族は「特別な家族」という意識がまだ根強くあり、周りの知識不足からくる子どもに対してのいじめや差別があるのも事実です。
ショートステイを利用する家族からの言葉で、
「わたしが利用していいのですか?」
「利用できる資格はない」
「子育てを休むってどうしたらいいの?」
「子どもを預けたら、親や、まわりに何て思われるかが怖い」
「妻が疲れているけれど、自分はなにもできない」等。
精神的なバランスを崩してしまうほどの重圧を社会から感じとり、苦しくなっている家族が多いことを実感します。親が四六時中、子どもと一緒にいることが、子どもの幸せだと一体誰が決めて、誰が親に強いることをしたのでしょう。
利用後は、
「こんないい制度を知らなかった!」
「仕事にいくのに留守番させてたから、落ち着かなかったけど、落ち着いて仕事ができましたし、気持ちに余裕もあって少し寄り道しちゃいました!」
「こどもが成長したように感じる」
「よく眠れました」等。
利用前よりも子どもに対しての歩みよりが自然になされる人や、親自身が気づかないけれど、顔色や雰囲気までも変わる人もいます。
リフレッシュした親の様子を見て、子ども自身も安心し、親がいなかった間に出来たことや、行った場所、楽しいゲームのことを親に伝え「また来たい」と、親に伝えている姿を見ると、子どもも安心して過ごせたこと、親も子どもの目を見て、耳を傾けている姿から、子どもを交えて生活をする力があるんだなと、受けとることもあります。
親の判断でショートステイを利用し、子どもの安全を確保した上で親が自分の時間を持つことが許される社会、シングルの親であっても仕事、家事、子育てだけではなく、色んな人と関わる機会、二人親でも、どちらかの負担が大きかったり、子育てを主に行ってきたひとの病気等で初めて子育てに参加する人へのアドバイスや気付きを大切にすること。
たまに夫婦だけの時間を持つことの大切さ、子どもを育てることが負担ではなく、子どもがいても親も、一人の人としての尊厳が保てる社会環境が作られ、子どもだけの利益を保つだけでなく、親自身の利益を保つことで、互いの生活が豊かになることが虐待防止には必要なことだと感じています。
現場の職員として願うこと
2020年4月には、しつけであっても暴力や暴力を伴うことを禁止する法律(体罰禁止法)が施行されました。世界のなかでは59番目に成立しています。これまで、法律で体罰を禁止してきた国でも40年かけてやっと体罰を伴わない育て方が定着してきていると言われています。日本はまだ法律として定まったばかりで、これまで、体罰が容認されてきた歴史があるため、いますぐに禁止法が効力を発揮できるとは言い難いです。
私たちの身近に体罰が存在することを認め、リスクの高い特別な家族が虐待を起こすことではなく、どの家族でも行われる可能性があること、をまず意識することが大切です。その上でどのような関わりが子育て世代の家族に対してできるのかを、行政だけではなく、日々生活を行っている地域の方々と手を取り合い、地域で子どもを育てていく機能を生み出す意識を育てられればと思います。
さらにまた、福祉関係の行政機関だけでなく、子どもや家族が関わる、教育機関や障害児のための機関、医療関係機関などが「当たり前」に支援体制がとれる社会の取り組みが必要です。その中で子どもに不利益な関わりが生じた際に、初めて児童相談所における行政処分の決定や、関係機関の見直し等が必要になると思います。
ただ、その際、同時に、虐待の報道が流れる時には、児童相談所や行政の落ち度を真っ先にあげつらったり、非難したりすることや、家族に対しての監視や、引き離しを助長させる取り上げ方ではなく、違った価値観や、環境の中で、子育てを行っているという意識を持ち、価値観の違いからの非難は行わず、何が起きているのか、何が必要なのか、と想像して、子育てしている世代に寄り添って見守る意識をもつ必要があります。
私たち一人一人がその意識を持てたとき、地域、社会の中で子育てをしていっていいんだ!と思う家族が一つでも増えてくることを、虐待や、育児放棄された子どもと日々接している中で感じています。そしてまた、同じことが繰り返されないように、自分を大切に、色んなことにチャレンジできる気持ちを持って、社会の中で育って欲しいと願っています。
はやし・えりこ
1980年生まれ。保育士、幼稚園教諭免許を取得後、福祉系大学に編入。児童相談所の児童福祉司、児童福祉施設等で相談業務、養育業務に就き、現在は、関東近郊の乳児院で保育士として養育業務にて勤務。シングルマザーにて、中学生、小学生の二児の母親。
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