特集 ● 黄昏れる日本へ一石

ロシアによるウクライナ侵略戦争、長期化か

プーチンの思惑とロシア世論の動向

成蹊大学名誉教授・本誌編集委員 富田 武

1. 戦争の現況と性格

ロシアによる侵略戦争の現況を判断するのは容易ではない。これまでのところ、ウクライナ軍は昨年8-10月に東部・南部で反攻に成功し、ロシア軍は地上戦では押され気味だが、ウクライナの電力施設、民間設備などに対する大規模なミサイル攻撃により打撃を与えてきたからである。ところが、本格的な冬期到来とともに、両軍の兵員と兵器の損耗が著しいことが判明した。

戦死傷者については正確な数字は不明だが、ウクライナ軍12万、ロシア軍20万とも言われ、現場で指揮する士官クラスの不足が顕著だという。ロシア軍は極東の部隊まで投入し、戦車は1950年代製のものまで倉庫から引き出している。また、ドローン不足をイランから、砲弾類の不足を北朝鮮から購入して補充してきた。但し、高度精密兵器の部品は経済制裁の対象なので、中国から第三国の軍需・民需両用製品を購入している。ウクライナ軍は防空ミサイルや火砲・砲弾をNATO諸国からの供与で補充してきた。

総じて、兵員数では総動員のウクライナと部分動員のロシアでは前者が多いが、兵器は、質的にはNATOからの供給でウクライナの方が勝るものの(従来のハイマース等、但し、ポーランド等から回された戦車、火砲と砲弾は旧ソ連製)、量的にはロシアの方がまだ数倍は多い。

むろん、戦争の帰趨きすうは兵員、兵器の量・質だけで決まるものではない。将兵の士気や練度、作戦の優劣も大きなウエイトを占める。緒戦におけるロシア軍の失敗が示した通りである。政府・軍部関係も重要で、ロシア軍ではプーチン自身やワグネルの介在が作戦に悪影響を与えてきた。

戦争は昨年秋頃から言われてきた「消耗戦」の段階に入り、それだけ長期化する可能性が高くなった。最近、米国機密情報の流出が明るみになり、ウクライナにおける春季攻勢の作戦に関わる情報も含まれていたため、米国とウクライナとの間の信頼関係にヒビが入り、作戦の見直しを迫られ、攻勢は夏になると首相が言い出すようになった。

ここで戦争全体の性格を「ハイブリッド戦争」(通常戦争+電子戦争)と規定することには留保したい。たしかに、 NATOの早期警戒システムと米国人工衛星の役割は大きく、ロシアによる航空優勢を不可能にしており、火器類は携行対戦車ロケット砲(ジャベリン)に至るまで電子誘導であること、両軍とも無人機やドローンを多用するなど、電子戦争の性格を帯びていることは事実である。だからと言って死傷者数が減るわけではなく、「きれいな戦争」とは言えない。

この戦争は、「ハイブリッド戦争」を人口に膾炙かいしゃさせた小泉悠がいち早く指摘したように、従来の戦争の古い兵器も残虐な作戦も復活させ、集約した戦争である。東部2州に見られる塹壕戦は第一次世界大戦を彷彿とさせ、民間施設に対するミサイル攻撃は第二次大戦の「戦略爆撃」の再現と言える。捕虜に対する虐待、民間人の虐殺は、第二次大戦においてドイツ国防軍と親衛隊が行った蛮行の再現である。子供の拉致や住民の強制移住に至っては、人間を奴隷として扱う古代からの戦争の常套手段だった。

さらに問題なのは、米露の「核抑止」の了解のもとに、核戦争には至らない範囲で大規模通常戦争が戦われ、ロシア側は「核兵器使用」の脅迫をたえず行いながら、NATOのウクライナ支援にブレーキをかけ、侵略・占領を既成事実として認めさせようとしていることである。

2. プーチン独裁とロシア社会

よく新聞・テレビでは、プーチン政権の支持率は80%あると紹介し、厳しい言論統制では「本音」は出せないと説明されるが、ロシア反政府派の「ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」紙(以下NGE)世論調査報道をフォローすると、ウクライナの反転攻勢、部分的動員令等の情勢の推移に応じて、変化していることが分かる。

昨年7月の時点では、「戦争を継続すべきだ」は57%、「可能な限り早期に終わらせるべきだ」は30%だった。11月末の調査では「交渉支持」55%、「継戦支持」25%になった。注意すべきは「交渉」と言っても「ロシアが占領地を確保する」という虫の良い理解が多数を占めた点である。本年2月の調査では「和平交渉支持」が50%(反対は40%)の一方、34%が「ウクライナにおける平和的住民の殺害と破壊に道義的な責任を負っている」という回答を支持した。クレムリンが世論調査機関に密かに依頼したもので、結果は公表されなかったが、驚くべき回答と言える。

さらに、3月の別の調査では「特別軍事作戦」(ウクライナ侵攻の公式表現)支持59%、不支持10%、「回答し難い/できない」が31%だった。支持のうち「確信的支持」は38%、「表向き支持」21%だった。前者も「予算を軍事優先にする」「反戦を公言する者は刑事告発する」という補助的選択肢を加えると22%に低下し、「回答し難い/できない」31%は補助的選択肢を加えると20%が「不支持」に転じたのである。世論調査側も工夫を凝らしているが、国民に「戦争疲れ」「アパシー」が広がりつつあることが分かる。

むろん、NGE編集長K.マルトゥイノフの言うように(4月8日)、現実は複雑で「戦争に賛成か反対か」の単純な図式には収まらない。昨年あるロシア・メディアが行った方法的にも優れた非公開調査によれば、賛成と反対の間の回答も多かった。11%の市民は、テレビ第1(国営)チャンネルも、ドシチ(雨)」局も、ブロガーも何も信じない、自分の頭で考え、生活を知っているから嘘と見抜けるのである。ロシア経済を支えている中年の生活能力ある人々に多い。他方、向こうみずな戦争追随者も一様ではない。一部は既知の世界を守ってくれるプーチン保守派を信ずるが、「偉大なロシア」に役立たないものを一掃しようとする過激論者もいる。

2月22日の年次大統領教書でプーチンが、昨年9月の部分的動員と同時に実施した監視付き住民投票によって併合した新4州に、様々なさまざまな「社会的支援」(インフラ整備等)を約束し、また動員兵士に対する給与・年金(戦死者遺族に対する)支給を確約したのも、国民の支持を欠いては戦争も遂行できず、ましてや来年出馬予定の大統領選挙で大勝できないと判断したからに他ならない。

3月30日の国営放送インタヴューで、プーチンは初めて経済制裁がロシア経済に与えるマイナスを認めた。5月9日「大祖国戦争勝利記念」の「赤の広場」におけるイベントが4月中旬に中止と決定されたのは、侵攻1年の日にクレムリンを攻撃する計画が「流出文書」に含まれ、直前に「延期された」(またあり得る)ことを知ったからである(「ワシントン・ポスト」4月24日)。

その5月9日までにバフムート陥落、東部2州完全制圧を実現できれば、国民をとりあえず納得させ、ウクライナに対して停戦を提議するかもしれない(むろん、既占領地はロシア領という高飛車な要求を変えずに、交渉を拒否しているのはウクライナだという印象作りのため)。

3.国際社会と日本の対応

そのプーチン大統領に3月18日、国際刑事裁判所が逮捕状を発した。ウクライナの子供たちのロシアへの拉致が国際人道法に反するとのかどで、「子供の人権擁護」担当のM.リボワ=ベローワと共に、である。たしかに、同裁判所は被疑者を、ローマ協定を批准していない国(ロシア、中国、米国など)で逮捕できないし、ユーゴスラヴィア国際法廷の被告ミロシェヴィチ元大統領も逮捕されないうちに死亡してしまった。しかし、国連安全保障理事会常任理事国の大統領に逮捕状が出されたことの国際的影響は大きいし、彼はローマ協定を批准した欧州諸国等を訪問できない外交的制約を受けた点も見逃せない。

その数日後ロシアを公式訪問した習近平・中国国家主席と、プーチンは非公式・公式の長時間にわたる会談を行った。公式声明は、中国が平和的解決のために行った提案(抽象的)を高く評価するとロシアが持ち上げたものの、経済協力の強化など型通りの内容でしかない(非公式会談ではプーチンが習に軍事援助を申し出たに相違ない)。中国は「他国の武力による主権侵害は許されない」という立場である以上、習はプーチンの申し出を言葉巧みにかわしたと思われる。案の定、フ・ツンEU駐在中国大使が「ニューヨーク・タイムズ」紙に、中国はロシアによる侵攻と占領地の併合を認めていないと語った。「一帯一路」構想で経済関係を強化したいEUに対するリップ・サービスの面も否定できないが、マクロン仏大統領が「対米自立外交」の立場から中国を公式訪問して和平仲介を申し出たことからも、無視できない発言である。

4月23日にフィンランドがNATO加盟を果たしたことにも注目すべきである。第二次大戦期の対ソ戦争敗北の苦い経験から冷戦期は中立を維持し、1975年の全欧安保協力会議のホスト国になった国が、である。フィンランドは、ウクライナに対するロシアの侵略に自国の歴史を重ね、「次にやられるのは自分達だ」と考え、中立政策を放棄してNATO加盟を申請し、認められた。

ウクライナ戦争は米国が「死の商人」の儲けのために仕掛けたのだという議論があるが、ロシアに侵略、支配された旧東欧諸国としては止むを得ない選択に他ならない。「止むを得ない」というのは、国連が憲章51条に定める安全保障を提供できず、本来は「一時的な」集団的自衛の手段にすぎないNATOやワルシャワ条約機構が固定化し、冷戦後に両者とも同時解体すべきチャンスを失ったからである。米国が「民主主義」のリーダーを自称するなら、従来の旧東欧諸国、今回のフィンランド、ついでスウェーデンのNATO加盟は、自国にとってもたんなる「軍事同盟拡大」以上の意義を持つ。

4. 戦争をめぐる立場と今後の展望

この戦争をめぐる日本国内の議論はすでに何度か紹介し、コメントした。再整理すると、

①ウクライナ支持:日本はこの機会に抜本的に軍備を強化せよ、「武器輸出三原則」をさらに緩和し、ウクライナに武器援助をせよ。

②ロシア支持:この戦争は米国が仕掛けたもので、ロシアが応戦するのは当然である。

③どちらも支持せず:一刻も早く停戦を、戦争の他地域への拡大と核戦争を懸念する。

④ウクライナ支持:侵略国ロシアの撤兵が大前提、ウクライナの抗戦は自衛戦争、支援は人道支援、復興支援に限る。

このうち①は最も警戒すべき危険な議論で、元自衛隊幹部などは声高に主張するが、政府御用知識人はソフトに表現するので注意する必要がある。②は鈴木宗男らが唱え、元左翼の一部も「アメリカ帝国主義=主敵」論を抜けられないが、社会的には少数に過ぎない。

③は、論壇で著名な知識人、学者に多い。和田春樹氏らがG7首脳に提出した「仲介依頼」がそれで、兵器支援をしていない日本も含めてロシアに経済制裁を加えているのだから提出先として無意味である。しかも、G7共同声明ではまず「ロシア軍撤退」を掲げているのに、「無条件停戦」では相手にもされない。

私が和田代表の「憂慮する歴史家の会」をどういう経緯で離れ、「ウクライナ戦争・日本情報センター」を立ち上げたかは、すでに書いたので簡潔に述べるに留める。

第一に、4月末の「会」の公開オンライン・シンポジウムで、和田氏がロシアの侵攻を認めながら「この戦争はアメリカの戦争だ」と断じ、別のメンバーが「ブチャ事件はフェイクだ」とロシアの主張を繰り返した点に「一緒にはやれない」と判断した。

第二に、彼らが戦況と国際的動向をまともに分析せず、米国知識人等の一部の発言を根拠に議論している点、戦況が変化しようと「即時停戦」を念仏のように繰り返す点に、学者として呆れたこと、

第三に、やることと言えば、仲介を期待する中国、インド、また国連事務総長に対するアピールの作成に終始して、個人としてできること(支援カンパ、在日ウクライナ避難民支援等)さえも多くがしない点に、市民運動に携わってきた者として失望したこと。

こうして「ウクライナ戦争・日本情報センター(JICUW)」を伊東孝之氏(ポーランド・東欧史)らと7月初めに立ち上げ、個人としては8月19日の「毎日新聞」に「公正な講和を」(ウクライナの領土回復支持、ロシアの賠償と戦犯裁判等)を執筆した。

以来11ヵ月、 JICUWのフェイスブックには、伊東氏が「ウクライナ・プラウダ」「ガゼータ・ヴィボルチャ」(ポーランド紙)、富田が先述のNGEとMeduza(共にリガに本拠を置くロシア反政府メディア)を中心に、戦況や国際関係、両国政府・社会の動向を部分訳し、解説を付して掲載してきた(すでに500本超)。メンバー(政治問題ゆえ全面オープンにはしていない)は520名に達し、150-250名が常時閲覧している。上記③グループ・メンバーとの論争にも、画面を提供している。

とみた・たけし

1945年生まれ。東京大学法学部卒。1988年成蹊大学法学部助教授。教授、法学部長などを経て2014年名誉教授。シベリア抑留研究会代表世話人。本誌編集委員。著書に、『スターリニズムの統治構造』(岩波書店)、『シベリア抑留者たちの戦後』(人文書院)、『シベリア抑留―スターリン独裁下、「収容所群島」の実像」(中公新書―2017年度アジア・太平洋賞特別賞)、『日ソ戦争1945年8月』(みすず書房)、『ものがたり戦後史 「歴史総合」入門講義』(ちくま新書)、『抑留を生きる力―シベリア捕虜の内面世界』(朝日選書)、『日ソ戦争 南樺太・千島の攻防―領土問題の根源を考える』(みすず書房)など。

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