特集 ● 黄昏れる日本へ一石

「盗まれた選挙」はうそ──FOXニュースが「虚偽報道」継続を認める

有力パートナー離脱でトランプ氏苦境、裁判「和解決着」で隠されたものは

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

実質的敗訴

2020年大統領選挙で投開票集計機の不正操作によって選挙結果が盗まれたとするトランプ前大統領の主張を広められて、名誉を傷つけられ多大の損害を被ったと集計機メーカー「ドミニオン・ボーティング・サービス」が大手テレビニュース局FOXニュースを訴えた裁判が和解で決着した。双方がトランプ氏の主張を「明白な虚偽」と認め合ったうえで、FOXが7億8750万㌦(約1055億円)という米国の名誉棄損裁判史上最高の賠償金を支払う。「虚偽報道」の謝罪をFOXニュースで流すことは免除された。

この「和解」はトランプ支持の世論形成に大きな役割を担ってきた有力パートナーの実質的敗訴であり、2024年大統領選挙で政権奪還を狙うトランプ氏をじわじわと追い詰めることは間違いないだろう。

人気司会者解雇

FOXニュースは和解発表から6日後の24日、トランプ支持層の人気番組司会者T・カールソン氏を理由を示さないまま解雇した。28日付ニューヨーク・タイムズ紙国際版は同社の有力者から得た情報として、解雇の理由はトランプ支持派の武装デモの国会乱入事件をカールソン氏がバイデン政権の陰謀とするなど、そのトランプ支持が昂じており、裁判での同氏の証言がFOXニュースに重大な打撃を与える恐れがあると判断したからで、急遽「和解」に逃げ込んだと報じた。

隠されたものは?

トランプ氏が米国政治に乗り込んで以来、米国の「分断」はさらに深まり、拡大の道をたどったとされている。保守派ジャーナリズムを掲げるFOXニュースが「自白」した「虚偽報道」はそこにどうかかわってきたのか。裁判の場でそれがどう裁かれるのか。これが注目点だった。米の主要メディアはFOXが「和解―裁判回避」で隠したいと思ったことこそ、知りたいことだったと残念がっている。

ドミニオン社は名誉棄損でFOXだけではなく、トランプ氏側近の法律顧問およびトランプ氏を担ぐニューズマックス、ワン・アメリカン・ネット、極右・白人至上主義・陰謀論系の小規模テレビ局を同じように訴えている。ドミニオン社と並んで2020年選挙で投開票集計機を供給したスマーティクス社も同じように、FOXニュースやトランプ政権高官らを提訴している。賠償金請求額は何とドミニオン社それの1.7倍の27億ドル。

FOXの和解がモデルになって、後に続くこれらの名誉棄損裁判が同様の和解を選ぶ可能性がある。FOXが隠したものは何か、引き続き追及していく必要がある。

「FOX社内文書」大量に流失

FOXニュースとの裁判(デラウエア州最高裁)でE・デービス判事は審理準備のため双方から主張を提出させ、これを基に論点を絞ったうえで4月18日審理開始と決めていた。米メディアによると、デービス判事は論点整理のなかで集計機操作による「不正投票」はなかったことは「はっきりしている」と認定して論点から排除した。FOXは根拠はなくても大統領(当時)が「不正投票」と主張していることは報道する価値があり、その報道は「報道の自由」の保護を受けるとすると主張したが、これも論点から外された。これでFOXは勝訴の期待をほとんど失ったという。

FOXはもう一つ大きな弱みを突き付けられていた。ドミニオン社はFOXオーナーのマードック氏以下の経営首脳やニュース部門のトップ、番組プロデューサー、ホストや記者たちがトランプ氏の「盗まれた選挙」の主張をどう受け取り、どう報じたかについてメールや通話記録など膨大な内部資料を独自に入手して裁判所に提出した。ワシントン・ポスト紙電子版などによると、判事はこれらの資料を関係者に公開、FOX側に衝撃を与えた。

米メディアによると、彼らのほとんどは「選挙を盗まれた」とするトランプ氏らの主張を「バカバカしい話」「頭がおかしいのではないか」などと信用せず、ごく少数がそうした「陰謀」の可能性は捨てきれないと受け取っただけだった。それでも「根拠なき主張」をニュースとして流し続けた。その最大の理由は競争相手のニューズマックス、ワン・アメリカン・ネットがどんどん報道しているので、手をこまねいていると視聴者を奪われるという心配だったという(「Watchdog21」3月8日拙稿参照)。

「トランプ離れ」のチャンス

FOXニュースはこうして以後2年半にわたって、トランプ氏の「不正選挙」の主張を「うそ」と知りつつ継続的に報道してきた。ジャーナリズム倫理を逸脱したこの「虚偽報道」がトランプ支持世論の形成の後押しをしてきたことは明らかである。

その報道の在り方から決別してトランプ氏の主張を公に虚偽と受け入れた以上、同テレビはおのずとトランプ支持勢力から離脱するほかないはずである。しかし、FOXニュースはトランプ氏の虚偽主張を事実と多くの視聴者に信じさせ、FOXニュースに多額の収益をもたらした人気司会者を解雇しただけで、引き続きニュース報道を続けるのか、何も明らかにしていない。

ドミニオン社がFOXを追い詰めた大量の社内文書を如何にして入手したのか。内部告発との推測もできる。なぞは残したままにしても、マードック氏はさすがにトランプ氏の「虚偽の世界」にこのまま引きずられることに危険を感じるようになっていて、そこから抜け出すチャンスにこの裁判を使ったのではないかとの見方ができる。

「極右依存」強める

昨年11月の中間選挙で勝敗のカギを握る6〜7の激戦州にトランプ氏が強引に擁立した保守強硬派者候補が次々に民主党候補に敗れ、圧勝の予測を裏切る敗北となった。共和党にとっては2018年中間選挙(トランプ政権下の議会選挙)、同2020年大統領選挙に続いて3回連続の敗北であり、トランプ氏の責任追及や2024年大統領選挙もトランプ氏では勝てないという声が上がった。マードック氏の傘下にあるFOXニュース、経済専門紙ウォールストリート・ジャーナル、大衆紙ニューヨーク・ポスト3社がそろってトランプ批判の報道に踏み切った。背後にマードック氏の意向があったことは想像に難くない(『Watchdog21』2022年11月8日拙稿)。

しかし「責任追及」に強く反発したトランプ氏は、共和党内の強硬保守派MAGA(トランプ氏の基本スローガン「米国を再び偉大な国に」をあらわす)や極右・白人至上主義および陰謀論を信奉する組織につながる勢力の支持を固め直した。中間選挙で僅差ながら多数を奪回した下院も、議長選挙で少数の極右トランプ派が不人気のマッカーシー院内総務を「人質」にとって議長に推し込む代償に主導権を握った。トランプ氏は共和党のさらなる極右依存によって苦境乗り切りを図ってきた(『現代の理論』33号拙稿および『Watchdog21』3月8日拙稿参照)。

「FOXの影響力」

2020年大統領選挙でトランプ氏は「不正投票」の声を上げるとともに、各州の共和党組織を動員して再集計を要求したり、訴訟を起こしたりした。しかし、60 件を超えた訴訟はそろって証拠なしで却下、各種捜査機関の捜査でもすべて証拠なし(司法長官声明)。それでもトランプ氏は「不正選挙」の主張は取り下げず、FOXニュースなど保守および右派メディアがこれを後押しする報道を続けてきた。

各種世論調査によると、共和党支持者の7〜8割、民主党支持者や無党派層でも2〜3 割が「不正投票」があったと信じている。トランプ支持者はまずトランプ氏の発言を信じ、FOXニュースと少数の極右メディア以外の一般の新聞、テレビ、ラジオ報道にはあまり接しない。トランプ氏の固い支持層には、FOXニュースが「虚偽報道」を自ら認めたことによる動揺は起きてもわずかと思われる。

だが、「盗まれた選挙」を信じてきた共和党支持者のなかの穏健派、民主党支持者や無党派には、トランプ支持の旗を振ってきた大手ニュース局がその「過ち」を「自白」したことは「内部告発」に似た影響があるように思える。その影響もそんなに大きなものである必要はない。

2016年大統領選のトランプ当選は一般投票ではクリントン民主党候補に300万票近い差をつけられたものの、米国独特の大統領選挙人制度によって5〜8の激戦州で多数を制したことによる例外的勝利だった。2020年選挙ではバイデン現大統領が一般投票では700万票と大きく差を広げ、激戦州の多数も制したもののそこでの票差はわずかだった。2024年大統領選も激戦州のわずかな票差が勝敗を分けるという状況は変わらないだろう。トランプ氏にとってFOXニュースが「盗まれた選挙」の虚構をさらけ出し、「世論扇動」から手を引くことが大きな痛手になるのは明らかである。

「視聴率の成功」

米国のメディアは民主党政権優位の1950年代半ばから始まった公民権運動、続くベトナム戦争反対運動を支持することでリベラル傾斜を深めた。その中で鮮烈な映像報道が世論に大きな衝撃を与え、1970年代にはケーブルテレビ局向けの24時間ニュース局CNNが登場、ABC、NBC、CBSの3大ネットのテレビ報道と競い合った。70年代が進むと、この動乱の時代に危機感を抱く保守派の巻き返しが勢いを得て、米国では1980 年大統領選挙で共和党保守タカ派のレーガン政権が登場した。米国は保守(共和党)対リベラル(民主党)の「対立」そして「分断」の時代へ入った。

オーストラリアで保守派メディアを率いて成功「メディア王」と呼ばれたR・マードック氏はまずサッチャー政権の英国に進出、続いてレーガンの米国に足を延ばして第4のテレビネットワークFOX社を買収、1996年CNN に対抗する形で同じケーブルテレビ向けの24時間テレビニュース、FOXニュースを開局した。

リベラルテレビニュースが複数競い合っている中で、FOXニュースは湾岸戦争の「愛国報道」で一気に視聴者を獲得して以来、テレビニュースの最高視聴率で誇ってきた。今のトランプ氏にはFOXニュースに代わる強力な支持メディアを見つけることは難しいだろう。

「FOXニュースの悲劇」

FOXニュースは「リベラル・メディア支配に対抗する」という目標は達成したと言っていいだろう。だが、ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストの中では最も保守寄りと見えるB・スティーブンソン記者は「FOX ニュースの悲劇」という見出しの論評記事でこうコメントしている(以下要旨、27日付国際版から)。

▽FOX には米国が本当に必要とされていた中道右寄り、知的な真の保守主義のメディアになるチャンスがあった。

▽それはリベラルも共有している多くの基本的価値―表現や良心の自由、民主主義と法の支配、移民受け入れの大切さ、侵略的な独裁者から民主主義を守る国際的な責任、自由な貿易によってより豊かな国になっていること、愛国心は自分の国を愛するだけでなく批判する国も愛する、という立場に立つメディアだ。

▽そうしたメディアはこれからますます必要になる。マードック氏はそれをしなかった。しかし、それは彼に出来ないことではなかった。

 

(注)カールソン解雇と相前後してFOXニュースのライバル、CNNニュースでもトップ司会者D・レモン氏が解任された。レモン氏はトランプ氏に対する遠慮ない非難で人気を集めてきたが、次期大統領選への立候補を表明している共和党のN・ヘイリー氏(元トランプ政権国連大使)について番組の中で「残念ながら彼女は全盛期にはない」「女性の全盛期は20〜30代、せいぜい40代までだ」と発言、女性差別と厳しい非難を浴びていた。たまたまとはいえ、ケーブルテレビ・ニュースの保守派とリベラル派を象徴する両氏が同時期に同じような事情で降板に追い込まれたことは、過激化したケーブルテレビ局のニュース競争の在り方に転機をもたらす可能性がある。

                           (4月29日 記)

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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