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総選挙もコロナ次第のドイツ

女性党首ベアボック氏が緑の党首相候補に

在ベルリン 福澤 啓臣

今年は9月に総選挙を控え、その間をぬって6つの州選挙があるので、選挙が大きなテーマになるはずだった。ところがコロナ危機が英国変異株(B.1.1.7)の広がりによって全く収束せず、4月になっても1日の新規感染者数2万人以上と最大の問題になっている。昨年秋から政府は対策の不備を重ね、国民の不満は爆発寸前にまで高まっている。経済・社会と健康被害がまだどこまで拡がるのか、予想がつかない。

このコロナ危機がいつまで長引くかによっては、秋の総選挙の行方も大きく左右されるので、まずドイツにおけるコロナ危機がなぜ簡単に収束しないのか、様々な角度から見てみたい。その後で選挙と政党について述べる。

1.EUとコロナ対策

EUと補完性の原則

ドイツのコロナ危機対策を見てみると、EUとドイツの関係、さらにドイツの連邦制及び分権制度がよくわかるので、先月号に編集委員の住沢さんが述べている補完性の原則(原理)と関連づけながら、紹介する。

法的にみて、まず垂直的な関係の最上位にEU憲章及びEU法がある。次にドイツ連邦共和国の基本法(=憲法)及び連邦法、その下に位置するのが、州憲法及び州法である。次のレベルには大都市および郡(後述)が位置する。そして最下位に地方自治体として市町村がある。全体で5段階に分かれているといえる。

EU法はおよそ三分の一がメンバー国内の法律に受け入れられる。EU憲章は全てのメンバーに有効で、各国の法律より優先される。EU憲章に抵触すると、支給金が削られるなどの罰則が科せられる。 個々のメンバーの国内法や規制がEU法に合致しない場合は、改正するようにEU指令が出される。英国のブレグジットは、このような拘束力を嫌ったともいえる。

EUの連帯主義によるワクチン一括購入

EUではメンバー国が個々にワクチンの買い付けをするのでなく、連帯主義に基づいてEUがまとめて購入した後、ワクチン量をメンバー国に人口割に渡している。

ワクチンの開発には通常5年や10年もかかる。昨春に開発を始めてから半年もしない夏の時点では、どの製薬会社が成功するかは、全く分からなかった。EUの購入委員会は、開発の目処がついてから、27カ国が協議した上で、注文すればいいと考えた。もちろん夏に契約してしまい、開発に失敗すれば、数百億円あるいは数千億円をドブに捨てることになる。

ところが、米国や英国は夏の時点で購入契約にサインしていたのだ。開発者側からすれば、治験段階で注文を受ければ、生産体制を準備し、承認以前から見切り製造に踏み切ることができた。10月になって、バイオンテック/ファイザー社とモデルナ社、さらにアストラゼネカ社のワクチンに成功の目処がついたので、EUはやっと契約に踏み切った。そのため、ワクチンの供給は米国や英国の後に回され、買い付けの失敗だと批判されている。

というのは、ワクチン接種が早ければ早いほど、たくさんの人命が救われるからだ。一ヶ月遅れれば、ドイツだけでも数千人の命に関わることになる。EU全体で見れば、数万人の命、さらに数十万人の重篤な病人を救えたはずなのだ。コロナ対策にドイツだけでも毎日数百億円も使っているのだから、夏の時点で数千億円、あるいは数兆円の契約をしてしまっても全く問題なかった。ワクチンが余ったとしても、他の国にまわしてあげれば、喜ばれただろうと批判されている。EUのフォン・デア・ライエン委員長もワクチン購入のプロセスで間違いがあったことを認めている。

ただし、EUの一括購入自体は批判されていない。ドイツなどの金持ち国が自国優先主義を掲げて、金に糸目をつけず、買い漁ったら、EUの基本理念である連帯主義は踏み躙られ、EUの将来に大きな禍根を残すことになるだろう。

ところが、例えば米国ではワクチンの自国優先主義によって、たくさんのワクチンが輸出されずに倉庫に備蓄されている。米国では、自国で製造されたワクチンが輸出できないように当時トランプ大統領によって規制された。その反対にEUからは多量のワクチンが英国と米国に輸出されている。

EU内では、生産されたワクチン7000万本が英米両国だけではなく、EU外の33カ国に輸出されている。その上、アストラゼネカ社はEUに供給を約束した1500万本の半分にも満たない600万本しか供給しないと言ってきている。EU内でのワクチン供給量の絶対的な不足が問題になるにつれて、EU内で製造されたワクチンはEU内から輸出しないようにすべきだという声が上がり、イタリアはいち早くオーストラリア行きの輸出をストップさせた。

ワクチンの購入以外にも、 EUは連帯主義に基づいて90兆円ものコロナ復興基金を組んである。そのうち47兆円は支援金なので返還義務はない。残りの43兆円 には返還義務がある。問題は、あるメンバー国が返せなくなったら、他の国が肩代わりしなければならないことである。このような連帯責任は初めてなので、北の国々の抵抗があったが、最終的に同意した。

財政面ではユーロの欧州中央銀行がドラギ前総裁以来ユーロ通貨発行権を行使して、メンバー国が発行した国債を無制限に買い取っているが、本来赤字が許されないEU財政原則に抵触しているのではないかという批判もある。

EUの単一域内市場から生じる問題

EUの単一域内市場は1992年に誕生し、人、モノ、資本及びサービスが自由に移動できるようになった。この市場内における自由競争を妨げる規制はEU指令によって排除される。例えば、ドイツの電力会社は電力市場を寡占していたために、1996年にEUからのエネルギー市場自由化指令により解体が始まった。これにより今日のドイツの再生可能エネルギーの大きな発展があるとも言える。メンバー国の間に関税もないし、商品や労働力の移動を妨げる国境もない。シェンゲン協定によって自由な国境通過が保障されている。

9カ国に囲まれたドイツには、パンデミック以前数十万人が毎日越境して仕事に通って来ていた。さらに自動車などの多くのメーカーが労働力の安い東のメンバー国の工場で部品を製造し、ドイツ内の組み立て工場に運ばれていた。食料などの日常生活品が西から東へ、あるいは南から北へと毎日数万台の貨物トラックが往来していた。

パンデミックになってもこれらを全面的にストップするわけにはいかない。第一波の時のロックダウンでは、国境を全く閉鎖したので、サプライチェーンが機能しなかった上に、老人ホームや病院などへ従業員が来なくなってしまった。だから、現在はフリーパスではないが、国境は開かれている。これらの勤務者はコロナ検査を受けた上で越境できるが、感染者を全て見つけ出すことはできない。このために特に感染状況の悪い国と国境を接している州の感染者数は非常に多く、問題になっている。

このように国々の間にコロナの感染状況に大きなばらつきがあれば、シェンゲン協定による開かれた国境は絵に描いた餅になってしまう。つまりEU全体が集団免疫に達しないと、本来の単一市場には戻れないことになる。

EUは価値観の共同体

EUは価値観の共同体とも言われている。EU基本憲章に謳われている基本権利(人間の尊厳、自由、平等、連帯、市民の権利、法治主義)は全てのメンバー国に有効である。EUはこれらの基本権利を他の国も、特にヨーロッパの国、例えばロシアやベラルーシなどにも求めている。これらの人権侵害に対しては、EU市民、例えばドイツ市民はドイツの憲法裁判所を超えて、EU裁判所まで上告することができる。

EU及びドイツはすでに紹介したようにロシアの反体制運動家のナワリヌイ氏 の殺害未遂、逮捕、有罪判決を批判し、ロシアの責任者への制裁を決めた。さらに3月22日には中国による少数民族ウイグル族への抑圧政策が深刻な人権侵害にあたるとして、米国と一緒に関係者への制裁を決定した。中国はそれに対して、中国の内政に干渉したと反発した。

国連は本来戦争を防ぐ目的で創立されたために、国連憲章では人権は中心テーマになっていない。1948年に国連総会で「世界人権宣言30条」が採択されたが、法的拘束力はない。現在でも人権侵害は内政問題とされ、国連の介入の余地はほとんどない。特に具体的な侵害に対して、批判あるいは干渉することは、安保理事国の常任国である中国やロシア、時には米国の拒否権によってブロックされてしまう。できれば、国連総会で人権保護を国連の中心理念として憲章に取り入れるべきである。

2022年にカタールで開催予定のサッカー・ワールドカップ選考試合が各地で始まっている。ドイツのナショナルチームの選手たちはここ2試合で、「私たちは人権宣言30条に賛成する」という横断幕を試合前に広げ、世界各地における人種差別などの人権侵害に対して抗議した。この人権宣言がますます世界の人々にとって重要になってくると筆者は確信している。

2.ドイツ連邦共和国とコロナ

連邦制とパンデミック対策

ドイツ国内のコロナ・パンデミック対策においても補完性の原則は有効で、4段階に分けられる。最も上位に位置するのが、法的には基本法であり、行政的には連邦政府、それに対応して法的には連邦法がある。行政的に見ると、州政府は所得税、法人税の管轄権を有し、その一部を連邦政府に上納する形になっているので、権限は強い。感染予防法は連邦法だが、具体的な対策は州政府がとるようになっている。

特に重要な学校は、完全閉鎖なのか、オンライン授業をするのかの決定は州政府が行う。州内においては郡(ドイツ語でランドクライスLandkreisと称する一区画人口20万人の行政区画。 英語ではCounties)または都市単位の対策も可能だ。これらの基準になっているのが、インシデンス数(罹患率)である。

この指数は10万人あたりの7日間の新規感染者数だ。毎日RKI(国立ロベルト・コッホ中央研究所)が記者会見を行い、前日のドイツ全体と州のインシデンス数が発表される。さらにインターネット上では401の行政区画(294の郡と107の郡に属さない都市)に区分されて、感染状況が地図上で色分けされている。

25人-50人は黄色、50人-100人はオレンジ、100人-250人は赤、250人-500人は深紅、500人以上はピンクで、4月初め現在黄色は十本の指にも満たない。ほとんどが赤か深紅である。ちなみにドイツ全体のインシデンス数は4月20日現在165.3人で、日本は22.1人 である。

インシデンス数が35人以下では、マスク(より効果的な PPF2マスク)着用と最低距離保持以外はほとんど規制されない。学校は授業ができるし、保育園も開ける。飲食店も外なら営業できる。但しコンサートや大人数のパーティー、フェスティバルなどは禁止である。50人以下でも規制は強くない。

インシデンス数が100人を超えると、保健所による感染者追跡が不可能になるので、赤信号が灯り、非常ブレーキがかけられる。すると、薬局と食料品店以外は休業になる。さらに州によっては、夜の9時から朝の5時まで外出禁止になる。違反すると、1万8千円の罰金が科せられる。路上でのマスク着用も義務になる。

連邦政府にもいくつかの不手際があった。まずデジタル化の遅れである。特に多くの学校においては十分なデジタル施設がなく、オンライン授業ができない問題が解決されていない。

デジタル化の遅れは、迅速性が求められている感染経路追跡で、紙と鉛筆、さらにファックスに頼っている保健所(州の管轄)の旧態依然たる仕事ぶりにも現れている。昨年の夏以来批判されているが、コンピュータの基本ソフトが連邦制の壁もあり、統一されてないので、全国的な集計が素早くできない。コロナ危機が1年も経ているのに、感染源の85%は特定できないとRKIは発表している。そのため、きめ細かい対策が取れず、五ヶ月に及ぶロックダウンになってしまっている。

次に連邦政府が50億円もかけて開発を主導したインターネットの追跡アプリは、2000万回以上のダウンロードがありながら、あまり効果がないと批判されている。最大の欠点は保健所に接続されていないことだ。そのため感染者と接触ありと判明しても効果的な対策が講じられない。

迅速抗原テストが頼みの綱

子どもたちの間に感染が広がっている。10歳以下の子どもたちのインシデンス数が145人にも達してしまった。無症状が多いが、感染源として他の人にうつすことに関しては、大人と変わりはない。学校や保育所では他の子どもたちと数時間過ごす訳だから、無視できない感染源である。その予防のために期待されたのが迅速抗原テストである。

このテストの検査結果は15分ぐらいで出る。その信頼性は60%以上と高くないが、日常的な目安としては十分だとのことだ。陽性ならば、さらにPCR検査を受ける。学校や保育園などで週2回受ければ、感染経路の追跡に役に立ち、感染が防げる。このテストで陰性ならば、証明書がもらえ、インシデンス数が低い地区では一般商店や飲食店に入れるようになる。

3月初めにタイミングよくシュパーン保健相が、このテストを国民が無料で受けられるようにすると高々と発表した。だが、テスト・キットの生産量が確保できず、メルケル首相が取り下げるという失態を見せた。国民は長期のロックダウンでフラストレーションが溜まっているので、これらの失敗は、政権の支持率の低下となって跳ね返ってきている。

不動産の価格が高騰し、株価もコロナ危機以前の13000代から15000代と高止まりしている。欧州中央銀行がユーロを大量に発行しているからだ。株式市場と不動産である意味でのインフレーションを起こしているわけだ。実体経済と貨幣経済はますます乖離し、その比率は世界的に見て1対4となっていると言われている。株や不動産を持っている金持ちはますます豊かになり、職がない人々などはますます貧乏になっている。

今回のコロナ危機で最も重要な職種として再認識され、昨年春には、拍手を持って讃えられた介護士や看護師には、過酷な労働時間や低い賃金(税込で月給27万円から32万円)の改善はほとんど見られなかった。ドイツでは140万人が従事しているが、昨年だけでも一万人ほどが離職した。待遇も悪く、将来性もない職種ということで、若い後継者が少ない。徴兵制があった10年前までは、これらの職場では徴兵忌避の若者の代替サービスがあり、毎年15万人もの若者たちが低い手当のみで従事していたが、今はそれもない。

ワクチン接種状況とワクチン・パス

ワクチンの買い付けの不手際によって供給不足だが、4月20日現在ドイツでは約1700万人(20.2%)が第一回のワクチン接種を受け、560万人(6.7%)が2回目を受けた。これまでワクチン・センターでのみ接種されたが、先々週から開業医の所でも受けられるようになり、4月8日に1日の接種者が60万人を超えた。4月いっぱいで、2000万人 が1回目の接種を受けられるそうだ。

バイオンテック/ファイザー社とモデルナ社とアストラゼネカ社のワクチンが提供されている。アストラゼネカ社のワクチンは中年の女性の間で副反応を起こし、すでに脳梗塞で10人以上亡くなったので、接種を一時停止したりしている。そのため市民の間に同ワクチンへの信頼が揺らいだのを見て、シュタインマイヤー大統領も含めて政治家が積極的に同ワクチンの接種を受けている。80歳以上からワクチン接種が始まり、現在60歳から70歳層が受けている。そのため死亡は高齢者が減り、50歳までの年齢層に増えている。

ドイツでは昨年秋から政府のコロナ規制に反対して数千人から数万人もの大きなデモが何度か起きている。参加者にはAfD寄りの右翼的な人が多い。彼らは基本法で定められている基本的人権を求めている。そのためデモの禁止に対して差し止めを裁判に訴えて、いくつかの勝利をものにしている。裁判官は、コロナ規制による制限が基本法の人権保障に照らして妥当であるか、ないかを判断しなければならない。

その際、デモ隊がマスクをして、最低間隔を守ると約束すれば、禁止するのは非常に難しい。彼ら以外に飲食店の組合なども、休業指令に対して裁判に訴えて、インシデンス数が低い州では勝訴している。イスラエルのグリーン・パスに見習って、夏にワクチン・パスが発行される動きだが、彼らはワクチンにも反対しているので、このパスは貰えない。

3.選挙の年

2州の選挙においてCDUが敗北

9月にはメルケル首相の16年間に及ぶ長期政権に終止符を打つ総選挙が行われる。今年は6つの州で選挙が予定されていたが、その皮切りに3月14日(日曜日)にバーデン=ビュルテンベルク(BW)州とラインラント=プファルツ(RP)州で投票され、それぞれ与党である緑の党と社民党が再び勝利した。注目すべきはメルケル政権の与党であるキリスト教民主同盟(CDU)党が両州で票数を大きく減らしたことである。

票を伸ばしたのは緑の党だ。BW州首相のクレッチマン氏が選挙直前のインタビューで、今度の選挙の中心スローガンは、「1に気候対策、2に気候対策、3に気候対策」と述べたことが印象的だった。州選挙のレベルで、このようなグローバルなテーマで勝てるのかと不思議に思ったが、それで三期目の政権に向けて圧勝した。ちなみに緑の党のクレッチマン氏が2011年の3月27日の選挙を経て州首相になれたのは、福島第一の大事故があったからである。

社会民主党(社民党、党員数=42万人、連邦議員数=152名)

総選挙に向けていち早く首相候補者を昨年決めた社民党を簡単に見てみよう。ドイツには州が16あるが、 その内7つの州が社民党政権である。キリスト教両政党も同様に7つの州で政権を担当している。緑の党はBW州、左翼党はチューリンゲン州のみである。

党員数や連邦議員数および州首相の数で見れば、社民党の勢力は見劣りするわけではない。さらに社民党の閣僚および州首相はそれぞれ有能で人気もあるが、党として支持率が上がらない。ここ2年間ほどは15%前後から動いていない。首相候補であるショルツ副首相は、財務大臣として一定の評価を受けている。党の停滞の原因は、以前のように労働者階級に支持されなくなったことであろう。

労働市場の改革と社民党の凋落

その始まりは、社民党のシュレーダー首相による2005年の労働市場改革に求められる。その頃は新自由主義の時代でもあった。ドイツは当時欧州の病人と言われるほど、経済状況は悪かった。特に500万人もの大量失業者が大問題であった。そこで同首相は、この問題を解決するために、労働市場の大改革を断行した。その目玉は、長期失業者の数を抜本的に減らすことであった。

それまでドイツでは、通常の短期失業者に加えて、何年間も職を探している長期失業者が200万人以上いた。彼らの多くは、高齢者か構造的な失業者であった。だが、これらの失業者は他の国と違って、ドイツでは最終賃金の50%を失業扶助金として半永久的に受け取ることができたのだ。そこでシュレーダー政権は彼らを生活保護のレベルに格下げする改革を断行した。

この後、社民党は労働者階級から見放されたと言ってもいい。経済界は今でもシュレーダー氏の大改革を高く評価している。社民党の首相が経済界から評価されたのでは、凋落は避けられない。党員数が一時の百万人から、2019年末には40万人に減ったのを見ればわかる。

緑の党首相候補は女性党首ベアボック氏に決まる

緑の党は4月19日の月曜日に、女性党首アンナレーナ・ベアボック氏(40歳)を首相候補にすることを発表した。長い間共同党首のロベルト・ハーベック氏(51歳)が同党の首相候補と見なされていたが、この半年間ほどの間にベアボック氏の評価が高まり、競馬に喩えれば、最終コーナーで追い抜いたと言える。正式には6月の党大会で決定される。

これまで何度かここ数年の緑の党(正式名は同盟90/緑の党、党員=10万人、連邦議員数=67名)の躍進ぶりについて報告してきた。特に2019年のグレタさんによって喚起された気候変動問題がFFF運動として若者層を捉えると、緑の党の躍進ぶりは目覚ましかった。長年10%以下だった支持率が、一時期には27%とCDU/CSUと肩を並べるほどに上昇した。

コロナ危機が起きると、現政権への支持が圧倒的に増えたので、緑の党の支持は相対的に減った。ところが今年に入り、現政権のコロナ対策の失敗が重なると、緑の党への支持が再び増えて、CDU/CSUに迫るほどに回復している。 9月の総選挙では社民党と左翼党が健闘して、3党で過半数を獲得するシナリオが考えられる。だから、緑の党からの首相は全くの夢物語ではないのである。

ベアボック氏は指名後の記者会見で、首相に選ばれた暁には、今世紀最大の課題である気候変動と地球温暖化に対応するために、ドイツ社会と経済を変革(グリーン化)すると抱負を語った。

小学校に通っている二女児を抱えながらの最年少の母親首相候補は前代未聞である。同氏は州首相あるいは大臣の経験が全くないので、果たして激務と重圧に耐えられるのかと今から危惧されている。

今回の総選挙の一つの争点として、金持ち層への所得税の引き上げがある。この30年間でドイツも高額所得者への最高税率を56%から42%まで下げている。問題なのは、高額所得がすでに課税所得670万円から始まることである。本来ならこの所得層は中間所得層である。ちなみに日本の場合、課税所得670万円での所得税は20%で、最高税率45%に達するのは、課税所得4000万円以上である。

緑の党と社民党と左翼党は高額所得者への増税を主張している。キリスト教両党は積極的ではない。これまで増税公約で勝てた選挙はないとも言われているが、国民はここ数年金持ち層と貧困層の差がますます広がっていると認識しているので、今回は受け入れられる可能性が高い。さらに緑と赤と赤の連合政権が誕生すれば、最低賃金を現在の時給1120円から1440円に引き上げられるだろう。

与党CDUとCSUは首相候補をラシェット氏に統一

CDUの党首アルミン・ラシェット氏(60歳)とCSUの党首マルクス・ゼーダー氏(54歳)が首相候補の座をめぐってこの二週間激しく争ってきたが、4月20日にラシェット氏が両党の首相候補に決まった。この争いは、代議制民主主義と直接民主主義の争いとも読める。CDUの幹部会(46名)は代議制民主主義の最高議決機関としてラシェット氏を推していたが、両党の下部組織、つまり党員は圧倒的にゼーダー氏を支持していた。もし党員投票になっていたら、ゼーダー氏の勝利は確実であったと言われている。ゼーダー氏にとって有利な情勢は動かないだろうと前日まで伝えられる中、ラシェット氏が逆転勝利したと言える。

CDU(キリスト教民主同盟党、党員=40万人、連邦議員数=200名)とCSU(キリスト教社会同盟党、党員=14万人、連邦議員数=46名)は姉妹党である。前者は本来全国党だが、後者はバイエルン州のみの政党である。両党は合わせて国民政党として社民党政権の20年間を除いて、戦後のドイツ政治を牛耳ってきた。その伝統を受け継いで、メルケル首相は16年間に及ぶ長期政権を維持してきたが、その間難民問題以外に大きな政治危機はなかったし、現在も国民の信頼は盤石と言っていい。同首相の後継者が苦労するのは、目に見えている。その意味で、最近のコロナ政策の失敗は高くつくかもしれない。

追い討ちをかけるように、3月半ばにキリスト教両政党の連邦議員らが、昨年マスクの不足が叫ばれ、ドイツ国内での生産拠点を見つける段階で、自らの選挙区内の工場を紹介した際に、数千万円の謝礼金を受け取ったことがすっぱ抜かれ、スキャンダルに発展した。同議員らは直ちに党を離れ、議員を辞職した。以前から両政党の経済界との癒着が批判されている最中に起きたので、野党及び国民から激しく批判されている。

 

コロナ・ウイルスの第三波で苦しむ最中に、首相の座を射止める可能性のある両勢力の候補者がやっと決まった。 選挙の結果は、コロナ危機がワクチンの広範囲の接種によって、選挙前に収束するのか、あるいは秋にずれ込むのかによって大きく変わってくるだろう。現在の時点で秋の選挙の予想は全く困難であるというか、早すぎる。現在言えるのは、ベアボック氏にとって連邦首相の座は十分射程内にあるということぐらいだろう。

直近の4月21日のアンケートでは、緑の党は28%、CDU/CSUは21%の支持率と、ベアボック氏は幸先良いスタートを切った。

 

ベルリンにて 福澤啓臣 4月22日

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍ら、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて博士号取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」(http://www.kizuna-in-berlin.de)を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonara Nukes Berlin のメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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