特集●コロナに暴かれる人間の愚かさ

ドイツは新コロナにどう対処しているか

ロックダウンから日常生活への復帰でやはり苦労

在ベルリン 福澤 啓臣

ドイツの新型コロナウイルス対策はロックダウン(都市封鎖)も含めて欧米の国々との比較では成功したと評価されている。7月24日現在感染者数20万人、死者数9187人、PCR検査数741万回となっている。封鎖解除後の対応が難しいといわれているが、ドイツは連邦制ゆえの解除の仕方がある。封鎖後、新規感染者の数が500人以下に減り、解除を拡大しながら夏休みを迎えるシナリオだったが、予期しなかったクラスターが数カ所で発生し、静かな夏休みどころではなくなっている。

1.ドイツの新型コロナ危機の経緯

すでに4月末に「ベルリン便り」(本誌22号に緊急掲載)で紹介したが、ドイツの新型コロナ危機の経緯を簡単に振り返ってみよう。1月28日に最初の感染者が報告され、2月になると、コロナウイルスがドイツにも広がりつつあると報道された。北イタリアの悲惨な状況がテレビに生々しく映し出される。 最初のドイツ人死者が出たのは3月9日であった。感染者と死者が爆発的に増え始める。全国のロックダウン-薬局、食料品店、診療所および病院は除く-が3月16日に宣言された。1ヵ月余の我慢と不安の生活を経て、復活祭連休明けの4月19日以降都市封鎖の部分的な解除が恐る恐る始まった。最初に解除になったのは、店舗面積800平米以下の小売店であった。但し、店内では鼻と口を覆うマスクをつけ、最低間隔1.5mを守らせるという条件付きであった。

5月に入り、一つの行政区域-大都市や郡などの自治体と重なる-で7日間に人口10万人あたり50人以上の新規感染者が出たら、その区域を封鎖するという条件が追加された。

6月半ばから飲食店やホテルなどの接客業は感染予防のために客数を減らして営業している。感染者追跡のために客は名前と連絡先を残さないといけない。利益は上がらないが、秋からの通常営業に向けての予行演習とされている。それに客を迎えることで、心理的な落ち込みが防げるメリットもある。トイレに行くときはマスクをしなければならない。

マスク着用義務は、ドイツではなかなか導入されなかった。ドイツ人が顔を覆うマスクに心理的な抵抗を感じるのに加えて、ウイルス学者たちがマスクの効用を最初は疑問視していたこともあった。マスクは、「他の人への感染はだいぶ防げるが、本人の感染を防ぐことはできない」と言われていた。さらに、マスクはドイツ、あるいはEU内ではもう生産されていないので、手に入らないという事情もあった。マスク着用義務が全国に導入されたのは、4月29日になってからである。もっと以前に義務化されていたら、感染者と死者が相当減ったであろうと言われている。

解除が困難とされていた学校では、高学年のクラスから再開されたが、まだ半分の生徒数で授業をしている。教師も教室も足りないので、週2日の授業が多い。残りの生徒は同時双方向型のオンライン授業だ。高年齢の教師は感染後のリスクが高いので、授業は義務ではない。6月後半になって 保育園、幼稚園、小学校も恐る恐る解除された。遅れたのは、小さな子供たちに感染予防のルールを守らせるのは無理だろうという理由であった。子供たちを抱える家族、特に母親に最も負担がかかっていると問題視されていたのだが、行政はなかなか解除に踏み切れなかった。

近接接触が避けられないバーやクラブ、さらに劇場、コンサート、大集会などは解除になっていない。

2.連邦制とロックダウン解除

部分的な解除は業種だけではなく、州によってばらつきがある。ドイツは日本のような中央集権制ではなく、連邦制だからである。外交、国防以外の分野は州政府の管轄下にある。ということは、経済や教育などに連邦政府は通常お金も口も出せない。ただし、ドイツ全体に関係する懸案事項には認められる。今回のコロナ危機はメルケル首相が「ドイツにとって戦後最大の危機である」と宣言したように、全国的な危機なので、16人の州首相もロックダウンの最中は連邦政府と足並みを揃えていた。連邦政府は、緊急予算を計上して、州の同意の下に、お金を州に渡すようになった。

中国の武漢や北イタリアの悲惨な状況が詳しく伝えられたこともあって、国民も新型コロナの怖さを理解した。その上、政治と学者との信頼関係が築かれ、1ヶ月余の閉鎖期間中は与党も野党も協力し合い、古い言い方だが、挙国一致ともいえる体制が続いた。国民の政府への信頼、ルールを守る国民性、政府の時宜を得た適切な対応、PCR検査網の拡充、医療体制の十分な準備(3万病床)などがうまくかみ合ったのである。結果として、7月24日現在、9187人の死者数というヨーロッパの主な国々と比べて比較的少ない犠牲者で済んでいる。そのため、新型コロナ対策が成功した国としてWHOからも評価されている。

復活祭連休後にロックダウンの部分的な解除が始まると、全国一律的なコロナ対策に綻びが目立つようになる。各州首相が自州のコロナ感染状況に応じて独自の解除をし始めたからだ。南の二州、さらに中部の州は感染者と死者の数が多かったが、東の州などは少なかった。それらの州が率先して解除をしても当然といえば、当然だ。例えば、バルト海に面する州では、ホテルは州政府の許可を得ていち早く営業再開に踏み切った。早い者勝ち競争などと呼ばれるほど、州政府による部分解除がまだら模様のように広がっていった。

全国にまたがる業種の場合は、感染予防のルールを守りながら、いかに活動を再開できるかという封鎖出口計画を、業界団体が行政に提出する方法がとられた。その口火を切ったのは、国民スポーツの雄サッカーだった。選手だけではなく、トレーナー、マッサージ師などはPCR検査を受けて陰性なら、ホテルに缶詰になり、試合に臨む。試合は無観客(幽霊試合ともいう)で、選手はゴールの後も喜びのハグをしてはいけない。その出口プランが提出された時点で、 PCR検査キットの無駄使いだという批判の声が高まったが、メルケル首相も含めてサッカー好きが多いので、ブンデスリーガ再開のゴーサインが出た。そして5月16日にスタートした。

サッカーに続けとばかり、バスケットボール、ホテル、飲食業、理髪業、旅行業などの業界が申請し、部分的に許可されている。売春業界-ドイツでは合法-も出口プランを提出したそうだが、濃厚接触が営業の中心なので、まだ営業再開の許可は下りていない。

3.連邦予算と新型コロナ救済金

ドイツ連邦政府は昨年まで7年間も借金ゼロの連邦予算を誇っていたが、コロナ危機では3月23日に90兆円もの新型コロナ財政パッケージを承認した。コロナ危機による赤字救済予算額がいかに巨大か、2019年の連邦政府の予算規模が43兆円だったことを見れば分かるだろう。ちなみに日本は108兆円、プラス第二次予算32兆円で、総額140兆円になる。

さらに第二弾として、6月4日に景気刺激のために15兆円の追加コロナ予算が、決められた。まず消費者の購買欲を刺激するために消費税を7月1日から今年いっぱい19%から16%に、食料品などは7%から5%に下げた。このため国の減収は約2兆4千億円が見込まれている。

野党が、「これらの巨大な財政赤字は借金として将来、つまり我々の子供たち、孫たちが返却しなければならないから、世代間の不公平だ」と批判すると、ショルツ財務大臣(副首相)は、「その通りだが、我々が現在できるのは、できるだけ早く景気を回復させて、経済成長コースに戻すことである。すると、税収も増えて、早く借金を返すことができる」と答えた。さらに「2008年、9年のリーマンショックの時も、不良債権でつぶれそうになった銀行を救済するために、政府は思い切って巨大な借金(20兆円)をしたが、 2年後には回復し、銀行は借りたお金を短期間で返却できた。同じように、この巨大な借金は一種の先行投資と理解して欲しい」と答えると、批判の声は聞こえなくなった。

4.これまでの救済措置網から漏れた人々への追加対応

政府の時短一時金などの救済措置網が模範的だと評価される中、その網にかからなかった国民も相当いる。基本的に言えるのは、組織されていないグループは後回しにされていることだ。

その最大のグループが女性たち、特に母親たちである。子供を抱えて、仕事もホームオフィスでこなし、家事が押し付けられている。60年代以来勝ち取ってきた女性の権利は一挙に失ってしまったと嘆く女性たちの声が聞こえる。政府は、毎月支給される2万円弱の 子供金とは別に、子供一人あたり3万6千円のボーナスを支給し始めたが、焼け石に水だと批判されている。

文化及び芸術に携わっている人々は、あまり組織されていない上に、主に不定期の仕事をしている。60万円から160万円の一時救済金がオンラインで申し込みができ、4月の段階で支給された。だが活動が長期間復活しなければ、生活保護を受けることになるだろう。200万人以上がこのカテゴリーに該当する。

ドイツには300万人の学生がいる。ドイツの大学はほとんど国立なので、授業料はない。また親の収入がない、あるいは少ない場合は、育英資金が出るので、生活できる。しかし生活費をバイトで賄っている学生も75万人ほどいる。彼らの救済として、遡って5月から8月まで毎月 6万円が支給される。

大学に進学しない若者たちは50万人いるが、彼らはドイツが誇る職業訓練制度下で、6月の学校卒業後、秋から3年間のインターンシップを始める。ところが、コロナ不況によって受け入れ先の企業が、規模縮小するか、倒産してしまうかもしれないのだ 。とにかく、企業サイドが受け入れ数を大幅に制限しているので、これら若者の将来は不安に満ちている。政府は訓練生を受け入れる企業には一人40万円弱の報奨金を出すことにした。

コロナ危機でドイツでは小売業と自営業の3分の1が倒産するだろうといわれている。これらの企業を救済するために7月に入り、アルトマイヤー経済大臣は、「中小企業しのぎ予算」を3兆円計上した。 必要ならば、増額すると言っている。

危機の最中には医療と介護従事者は大変なリスクを冒して、人の命を守ったので、夕方の7時にはたくさんの市民が窓辺で拍手をして感謝した。彼らに政府は12万円から18万円のボーナスを支給したが、賃上げはしなかったので、批判されている。

5.経済の回復は旧型復帰か、新型模索か

一時1180万人に達した時短一時金受給者-手取り額の60%、4ヶ月目から70%、7ヶ月目から80%-が現在は700万人に減っている。失業者は昨年に比べて64万人増え、現在285万人に達している。失業率はコロナ危機前の5%から5.5%に上昇している。秋になって経済の本格的な回復が期待されているが、V字回復するか、底の長いU字回復になるか、現在の時点では予想がつかない。

政府を諮問する経済賢人会-5名の経済学者で構成し、2名が女性-は、今年はコロナ禍のためにマイナス6.9%、第二波が来なければ、2021年は4.1%のプラスに転じるだろうと予想している。2008年と9年のリーマンショックは金融分野のダメージが主だったが、今回の危機は生産、消費という経済の土台が大被害を受けたので、回復どころか、これまで邁進してきた大量生産、大量消費を基幹とする経済体制そのものが崩壊する可能性もあり得ると予想する学者もいる。

地球温暖化阻止を目的とする市民運動は、これまでのグローバル成長路線に大きな疑問符を突きつけてきた。昨年は政府にCO2価格を導入させ、化石燃料に依存した経済体制を変革しつつあったが、今回のコロナ危機でブレーキがかかった。運動回復を目指す緑の党やFFF(「学校サボってデモに行こう」運動)の若者たちは、景気刺激のための支援金配分と温暖化問題の解決策を組み合わせるべきだと要求している。具体的にはCO2の排出量を減らそうとしない企業や産業には支援金を支給しないということだ。

6.社会および学校のデジタル化

コロナ危機とは関係なく、数年前から先進工業国として生き残りをかけた技術改革が進む中、将来の経済発展の鍵を握るといわれているデジタル化で、ドイツは大きく遅れを取っている。携帯が全く通じない、あるいは速いインターネット接続がない地域が結構あるのだ。ドイツの産業は地方の個性的な中小企業が伝統的に大きな役割を果たしてきたが、これらの企業はインターネットの速度が遅いので、競争力を削がれている。高速通信システムの比較では、EU27国の中で真ん中ぐらいに位置している。

それとデジタル化が非常に遅れているのは、学校である。今回のコロナ危機で子供たちが自宅でオンライン授業を受けざるを得なくなっているが、ラップトップやアイパッドも持ってない生徒も多い上に、そのようなハードを備えていない学校も多いことが判明した。さらに教師側もオンライン授業の訓練も受けていないので、様々な教育ソフトがあるにも関わらず、使いこなせていない。

コロナ危機でオンライン授業やリモート会議が多用され、社会のデジタル化がぐっと進んだ一面、遅れている面も目立った。

7.グローバル化とEUの将来

今回のコロナ危機から言えることは、グローバル化によって世界中に広がったサプライチェーンがアキレス腱だということだ。経済を回復しようにも一国ではままならない。グローバル化の行き過ぎの一例として、薬などの生産を中国やインドに移したことが挙げられている。ドイツで販売されている薬の8割から9割がドイツどころかEU内でも生産されていない。基本的な薬あるいはマスクなどはドイツあるいはEU内で製造すべきだと言う声が聞こえる。

EUのコロナ復興基金90兆円-47兆円支給、43兆円借款-が、EU各国首脳による5日間ものマラソン交渉を経て7月21日にやっと合意に達した。コロナ危機によって甚大な被害を被っているイタリア、フランス、スペインなどの国々が基金による救済を求めている。ドイツ、オランダ、オーストリアは、これらの国は危機以前から悪かった財政赤字の再建計画をきちんと立ててから、救済基金を考えるべきだという理由で反対していた。

ちなみにEU全体における被害の状況は、人口4億5千万人に対して、感染者数150万人、死者数12万人になる。米国は人口3億3千万人で、感染者数284万人、死者数13万人である。

ここで甚大な被害を受けたメンバーへの助けを拒否し、これらの国々のコロナ後の再建がうまくいかなかったら、EUは衰退の道を辿るだろう。連帯か、自国優先かが問われている。ユーロ圏にしてもドイツはEUから最も利益を受けている国である。将来中国の台頭が続き、米国との二大強国に挟まれて、ドイツ一国では全く太刀打ちできない。EUが機能しない限り、ドイツの将来はあり得ないという考えが与党の間でも受け入れられてきている。メルケル首相は当初の拒否から賛成に回り、自党内およびEU内の反対者を説得している。

7月から年末まで半年間ドイツがEU理事会議長国になったが、メルケル首相の手腕が期待されている。復興基金もさることながら、メルケル首相は、「EUは自由民主主義、法治主義、人道主義を守らなければならない」と強く主張している。EU委員長のフォンデアライン氏-去年までメルケル内閣の防衛大臣であった-との女性二人三脚が期待されている。

ただし、ドイツのリーダーシップには、過去の呪縛がつきまとう。70年以上前にナチスドイツがヨーロッパを席巻し、何千万人という人々を殺害した記憶がまだ消え去ってはいないからだ。強いドイツに対しては多くの国が未だもって警戒している。

8.デモと集会禁止

ロックダウンの部分解除後、ドイツの都市ではたくさんのデモが行われている。いくつか拾ってみよう。5月17日の日曜日に南西の大都市シュッツットガルトで世界謀略に反対する1万人のデモがあり、ビル・ゲイツやメルケル首相を槍玉に挙げた。ベルリンでは6月1日にクラブの再開を求めて数千人の若者が運河でボートを浮かべてデモをした。さらに6月7日には、米国のジョージ・フロイドさんの死を悼んで、1万5千人がレイシズムに反対のデモをした。6月14日の日曜日には2万人が 同じ趣旨で9キロメートルのヒューマンチェーンのデモがあった。この場合は、参加者は直接手を結ばないで、テープで2メートルほどの間隔を守った。Fridays for Futureもデモを再開した。

これらのデモは大集会にあたり、本来なら許されないはずだが、デモの主催者が、「デモは基本的人権の行使であり、デモの最中はマスクをして、1.5メートルの最低間隔を守るという条件を守らせるから」と約束してデモの許可を得ている。実際にはマスク着用も最低間隔も守られていない場合が多い。違反がひどい場合には、警察が警告し、それでも従わない場合は、解散させている。ドイツの場合、2000年に制定された感染防止法によって刑罰を含む強制措置が取れる。ベルリンなどでは6千円の罰金が課せられ、リピーターには6万円まで増額される。

9.ウイルス学者と追跡アプリとPCR検査と抗体テスト

コロナ危機の新現象として、ウイルス学者および疫学者が脚光を浴びたことが挙げられる。数人のウイルス学者は公共TV局のトーク番組に引っ張りだこで、毎週のようにテレビに登場していた。彼らはさらに放送局が設けたポッドキャストで、30分から1時間近く解説し、市民からの質問に答えている。まるで大学で有名教授の授業を受けているような気になる。

トーク番組の多くは、放送後も無料の局専用アーカイブで見られるが、500万回などのヒット数が記録されている。ということは、いかにドイツの市民がにわかウイルス学者になり、積極的にコロナウイルスに関する知識を求めているかがわかる。

6月16日にやっとドイツのコロナ追跡アプリが発表された。最初はグーグルとアップルの両者にソフトの開発を依頼していたが、意見が合わなくなり、結局ドイツのソフト大手のSAPとドイツテレコムに委託した。

韓国のようにGPSを使い、個人の位置情報も含めて追跡するアプリは、ドイツの基本的人権と相容れないということで、ブルーツース技術を使い、中央サーバーも使わないアプリになった。本人の名前も使わないし、情報も3週間後には消滅する。

このアプリをダウンロードするかどうかは、全く個人の自由である。7月24日現在1620万人がダウンロードした。このアプリの問題は高齢者がよく使っている古い携帯では機能しないことだ。

ドイツは8年前にロベルト・コッホ感染研究所と連邦防災局がパンデミック対策計画を作成したせいか、危機の最初から医療体制を十分に整え、緊急病床の数にも余裕があった。イタリアやフランスから重症患者を受け入れたほどだ。PCR検査の数も10万人あたり8853回-日本は540回-と多かった。医療及び介護関係者は定期的に受けているが、教育及び保育関係者にも拡大される予定だ。実際には誰でもPCR検査を受けられるようになっている。ただ、シュパーン保健相は、「一回きりの検査はその時の感染状況を示すだけなので、安心してしまわないように」と警告しているが。

4月ごろ話題になった抗体テストは、新型コロナウイルスの免疫が長く続くのかどうかが確認できず、余り話題にならなくなった。ワクチンに関しては、ドイツのある企業がワクチンを開発し、現在治験をしている。政府は同企業に360億円を提供して、開発を助けている。ワクチンができたとしても、一般に出回るのは、来春以降だろうと言われている。さらにそれは、確実に有効ものでなくてはならず、それまでは新型コロナウイルスとの危険な共存を続けざるを得ないだろう。

10.「市民社会」と国家のリバイバル

ロックダウンの最中は政府と国民の間には 、一致団結してコロナに立ち向かうのだという緊張感が漂っていた。ドイツ社会が様変わりしたという印象を受けたほどだ。長い間「市民社会」が反原発運動、地球温暖化阻止運動を通じて、経済界の鼻息を伺う政府の尻を積極的に叩いてきたが、コロナに対しては全く活躍の場がなかった。ロックダウンが解除された後も、息を吹き返したとは言えない。国家のリバイバルと言えるほど、国民の国家に対する依存度が強くなってしまっているからだ。歴史上戦争の時、つまり外敵が現れた時に見られた現象とも言える。

政治家の評価にコロナ対応による変動があった。最も評価の高いのがメルケル首相で、2年前の不評ぶりとは大違いだ。もう一期続投してほしいという声が聞こえる。しかし本人は「16年もやれば十分です」ときっぱりと否定している。次に高いのが、バイエルン州首相のゼーダー氏だ。危機マネージメントの手腕と説明能力が評価されて、バイエルン州首相は絶対連邦首相になれないというジンクスを破りそうなほど人気が高くなっている。昨年はメルケル首相に拮抗するほど人気があった緑の党の党首ハーベック氏は、野党党首なので危機管理能力の発揮の場もなく、ぐっと後退してしまった。

これらを反映してか、政府与党、特にキリスト教両党への国民の支持は急激に復活し、30%台後半の高支持率になっている。緑の党はFFF運動などがあって、昨年は25%を超えていたが、コロナ危機になってからは、ジリジリと下がり、20%をキープするのが難しそうだ。右翼のAfD党は下がり、10%を切りそうなほどだ。

11.夏休みと秋の通常授業再開

ドイツでは全国一斉の学校の夏休みはなく、州ごとに1週間ずつずらして6月末から9月初めまでの間に6週間の休みをとっている。数週間のバカンスを取るのが普通なので、アウトバーンや宿泊施設が過剰に混まないようにという目的がある。

ドイツ人は大の旅行好きとして知られている。地中海沿岸には毎年数百万人ものドイツ人が押しかけていた。イタリア、フランス、スペインは厳しいロックダウンのおかげで感染者および死者の数は大幅に下がっている。EU内の旅行制限は6月一杯で解除になったので、地中海での海水浴を楽しむことは可能だ。だが、ウイルスへの恐れがあるので、外国に向かうドイツ人家族は多くないだろう。国内の避暑地のホテルやキャンプ場は予約でいっぱいだというニュースも流れている。

夏休みを前にして、特に解除が遅れていた保育園、幼稚園、小学校が人数を減らしてだが、続々と保育と授業を再開している。州によっては8月末に新学年が始まる。新学年では否応なしに間引き授業ではなく、普通の教室で普通の授業をすると発表されている。夏休みには多くのドイツ人が国内外で旅行をするだろうから、ウイルスを持って帰るリスクは高い。

12.クラスターの続発

静かな夏休みどころか、6月に入ってから毎週のごとく数十人単位のクラスターが発生している。とうとう6月17日にはメガ・クラスターが発生してしまった。食肉加工業の大手である「トニエス」社の従業員がPCR検査で、7000人の内1500人が陽性と出て、大スキャンダルになっている。彼らはルーマニアなどからの出稼ぎ労働者で、狭い社宅に沢山押し込まれていた。職場も典型的な三密状態だった。

ギュータースローの工場はただちに閉鎖された。そして、ある地区において過去7日間で10万人あたり50人以上の感染者が出た場合は、再び封鎖されるという規則通り、63万人の住民にロックダウンが再開された。ところが、7月6日にこの地区の封鎖の範囲が広すぎるという高等行政裁判所の判決が出て、感染源を除いて急遽解除された。

ベルリンや他の都市でもクラスターが発生したが、低所得者層の住んでいる密集住宅街に多い。衛生条件も悪く、コロナ規制がきちんと守られているとは言えない一角だ。クラスターが発生した集合住宅は鉄柵で囲まれ、住民が出られないように警官が見張っている。住民たちは人権蹂躙だと警官に物を投げつけたりして、抗議している。

13.秋の日常生活への復帰はいかに?

例年なら夏の間は政治、経済、マスメディアが夏枯れ状態になるが、今年はコロナのせいでどのような夏になるかわからない。新規感染者の数は500人以下と抑えられているが、第二波への恐れは弱まっていない。秋には危機以前の日常生活への復帰が期待されている。学校は通常授業が再開される予定だ。マスク着用及び最低間隔と衛生ルールは引き続き保たれるだろう。

夏休みは始まったばかりだが、英気を養うどころかコロナウイルスにかき回されっぱなしである。EUの議長国として責任もあるから、メルケル首相は夏休みを取るどころではないだろう。ドイツは秋には通常の日常生活へ復帰できるのだろうか。

                 (ベルリンにて。7月25日)

ふくざわ・ひろおみ

1943年生まれ。1967年に渡独し、1974年にベルリン自由大学卒。1976年より同大学の日本学科で教職に就く。主に日本語を教える。教鞭をとる傍、ベルリン国際映画祭を手伝う。さらに国際連詩を日独両国で催す。2003年に同大学にて学位取得。2008年に定年退職。2011年の東日本大震災後、ベルリンでNPO「絆・ベルリン」(http://www.kizuna-in-berlin.de)を立ち上げ、東北で復興支援活動をする。ベルリンのSayonara Nukes Berlin のメンバー。日独両国で反原発と再生エネ普及に取り組んでいる。ベルリン在住。

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