特集●

G20サミットと環境問題:姿勢問われる日本

海洋プラスチック対策は一定の成果、気候変動問題は前進なし

京都大学名誉教授 松下 和夫

G20と環境問題

去る6月28日・29日の2日間、大阪でG20サミット(第14回20か国・地域首脳会合)が開催された。直前の6月15日・16日には、軽井沢で「持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会議」が初めて開催されている。G20では海洋プラスチックごみ汚染や気候変動も重要な議題となった。本稿ではG20大阪サミットにおける環境問題の議論について紹介するとともに、日本政府の政策を検証する。

G20はもともと、2008年のリーマンショックを契機に生じた経済・金融危機に対処するため、日本など先進7カ国(G7)に加えて、中国やブラジル、インドといった新興国なども含む国際経済協調のフォーラムとして発足した。

G20メンバー各国の国内総生産(GDP)を合わせると、世界のGDPの8割以上を占め、気候変動の原因となるCO2の排出量も、世界全体の排出量の約8割を占めている。このようにG20メンバーは、気候変動問題に関し、責任も能力も備えた国の集まりである。そのため、G20が協力して気候変動や環境問題の取り組みを強化し、リーダーシップを発揮していくことが望まれる。

このような意味で成果をあげたのは、15年11月のG20首脳会議(トルコ・アンタルヤ)であった。当時の米国オバマ大統領と中国の習近平主席が、2020年以降の地球温暖化対策に関する新しい国際的な枠組み構築に合意し、首脳宣言で「気候変動枠組条約(UNFCCC)の下で全ての締約国に適用可能な議定書,他の法的文書又は法的効力を有する合意された成果を採択するという我々の決意を確認する」とした注1 。G20におけるこのような成果が、同年12月の気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)におけるパリ協定採択に向けた国際的な気運を高めることとなったのである。

ところが現状は、米国のトランプ政権がパリ協定からの離脱を表明し、地球温暖化や環境問題に取り組む国際協調体制は揺らいでいる。そうした中で、日本は議長国として米国の意向とEUなどの姿勢をうかがいつつ、なんとかG20エネルギー・環境閣僚会合の共同声明注2と首脳会議での首脳宣言注3をまとめたのであった。

注目を集めた海洋プラチック汚染問題

今回のG20で注目を集めたのは廃プラスチックによる海洋汚染問題であった。実は昨年のG7サミットでは、日本政府はプラスチックごみの削減に向けた数値目標を盛り込んだ「海洋プラスチック憲章」への署名を米国とともに拒否し国際的な批判を浴びた経緯がある。そのため、G20で改めてこの問題に対する指導力発揮が求められていた。日本政府は5月31日に「プラスチック資源循環戦略」注4 を策定し、国内で適正処理・3R(リデュース、リユース、リサイクル)の率先、国際貢献も強化する姿勢で今回のG20に臨んだ。

現在毎年800万㌧ものプラチックごみが海に捨てられている。これは、重量にしてジャンボジェト機5万機に相当する莫大な量だ注5。さらに、現在既に海には1億5,000万トンものプラスチックごみがあり、2050年にはそれが海にいる魚と同じ量にまで増えると予測されている注6 。プラスチック製のレジ袋などは完全に分解されるまでに非常に長い時間がかかり、いったん海に入ると、環境にとても長い間影響を与える。

また、5mm以下の細かいプラスチックの粒子であるマイクロプラスチックによる影響も懸念されている。これには、歯磨き粉などに混ぜられた小さなプラスチック粒子(マイクロビーズ)が海に放出されたものと、海洋中のプラごみが、長い年月をかけて粉々になり、5㍉以下のマイクロプラスチックとなって残存し続けるものなどがある。日本近海には、世界平均の27倍のマイクロプラスチックが漂っており、ホットスポット(汚染集中地帯)となっている。

マイクロプラスチックを魚介類がえさと間違えて飲み込むことによる生態系への悪影響、その魚介類を人間が食べることによる健康被害への懸念は、新たな環境リスクである。

世界のプラスチックの年間生産量は過去50年間で20倍に拡大した。海に流入するプラごみの主な発生源となっている国は、中国やインドネシア、フィリピンなどのアジア諸国だが注7、一人当たりのプラスチックごみの廃棄量は、日本が米国に次いで世界第2位である。

日本や欧米の先進国で発生した汚れた廃プラスチックは、資源としてリサイクルするための輸出という名目で、主としてアジア諸国に輸出されている。実際には廃プラチックを受け入れているアジア諸国では処理能力が不十分で、リサイクルされないまま行き場を失って、海に捨てられるというケースが増えている。

このように、拡大し続けるプラスチックごみに、リサイクルや焼却処理、埋め立て処理が追い付かず、適切に処理されないプラスチックや意図的に捨てられるプラスチックの一部が川や海岸から海に入り込む。また、漁業で使われるプラスチック製の網やレジャーでも使われる釣り糸が海に廃棄されると、そのまま海洋プラスチックごみとなる。このため、ポイ捨てをしないことに加え、海洋プラスチックごみの元となるプラスチック、特に「使い捨て用プラスチック」の利用自体を減らしていくことが重要である。

G20のエネルギー・環境閣僚会合では、G20各国が海洋プラスチックごみの削減に向けて自主的な対策を実施し、その取り組みを継続的に報告・共有する 「G20海洋プラスチックごみ対策実施枠組み」 注8という国際的な枠組みを創設するが合意された。

•またG20大阪首脳宣言注9では、「我々は,共通の世界のビジョンとして、『大阪ブルー・オーシャン・ビジョン』を共有し,国際社会の他のメンバーにも共有するよう呼びかける。これは,社会にとってのプラスチックの重要な役割を認識しつつ,改善された廃棄物管理及び革新的な解決策によって,管理を誤ったプラスチックごみの流出を減らすことを含む,包括的なライフサイクルアプローチを通じて,2050 年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指すものである。」とし、具体的な数値目標と達成時期を明記した。

今後はこの目標が達成できるよう、そして確実に海洋ブラごみの減少につながる、実効性の伴う枠組みにしていくことが課題である。

すでに日本政府は、ノルウェーとともに、有害廃棄物の国境を越えた移動を規制するバーゼル条約の改正案を共同提案し、リサイクルしにくい汚れた廃プラスチックも規制対象にするという改正案が、今年5月に採択されている。

これにより、リサイクルに適さないプラスチックごみは同条約が定める有害廃棄物に指定されると同時に、受け入れ国の同意のない輸出も禁止される。締約国はプラスチックごみの発生を最小限に抑え、可能な限り国内で処分することが求められる。

また、日本はごみ収集から処理までの優れたシステムとノウハウを持っているので、日本のノウハウをアジア諸国に伝え、アジア諸国の処理能力を向上させる取り組みも重要である。

最終的には、経済開発協力機構(OECD)が提唱する「拡大生産者責任」(EPR)を、廃プラスチックにも適用することが重要だ。これは、生産者が製品の製造、流通、廃棄まで責任を持ち、使用済み製品の回収やリサイクル、廃棄の費用を負担するという考え方であり、日本では、家電リサイクル法や自動車リサイクル法などにすでに適用されている。

進展のなかったG20での気候変動

一方で気候変動問題は、G20ではどのように気候変動は議論されたのか。

閣僚会合の共同声明と首脳会議での首脳宣言を見る限り、気候変動への緊急性に対する認識や危機意識は極めて乏しく、前回のG20での各国の立場の現状の確認にとどまっている。日本政府が強調した「非連続的イノベーション」(CCS(炭素回収貯留)、CCUS(炭素回収利用貯蔵)等)は、新たな対策を先送りするための口実に使われている。

首脳宣言では、「ブエノスアイレスにおいてパリ協定の不可逆性を確認し、それを実施することを決定した署名国は、完全な実行へのコミットメントを再確認する。米国はパリ協定から脱退するとの決定を再確認する」との内容となっている。この内容は、パリ協定の実現に向けた政治的なモーメンタム(勢い)を高める、というG20に期待された本来の目的からは程遠いものである。気候変動問題の緊急性を訴えた昨年10月「IPCCの1.5℃特別報告」注10(後述)への言及もない。

エネルギー・環境閣僚会合の共同声明 では、CCS、CCUSなどの「非連続なイノベーション」が繰り返し強調されているが、CCSやCCUSは、現状ではその実用性・経済性・環境影響とも不確実である。一方で、急速に普及が拡大し、価格の低下している再生可能エネルギーについては、首脳宣言ではほとんど言及がない(唯一米国に関する記述の中にあるのみ) 。

本来IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が求めるイノベーションとは、産業構造や経済システムの根本的な転換、エネルギーや社会システムの見直し、そして価値観の転換など、脱炭素社会に向けた現代文明全般の「これまでにないスケール」でのシステムの変革の実施であり、単にいくつかの技術要素の導入に留まるものではない。

深刻化する気候変動:「IPCC1.5度特別報告」注11が意味するもの

G20では気候変動への緊急性も危機意識も乏しい首脳宣言に終わったが、現実には気候変動はますます深刻化している。その状況を警告したものが、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が昨年10月に発表した「1.5度の地球温暖化」と題した特別報告書である。

パリ協定では、「産業革命前からの世界の平均気温上昇を2度未満に抑える。加えて、平均気温上昇1.5度未満を目指す」としている(第2条1項)が、この特別報告書では、地球の平均気温上昇の2度と1.5度というわずか0.5度の差で温暖化の影響は大きく異なり、このような気温上昇を1.5度未満に抑えるため早急な対策が必要であると警告しているのである。

例えば、熱波に襲われる人の数は1.5度の上昇と比べ2度だと約17億人増える。また生物種の消失も一気に進む。1.5度上昇の場合、昆虫の6%、脊椎動物の4%、植物の8%の種子の生息域が半減するが、2度上昇だと、それが脊椎動物や植物で2倍、昆虫では3倍に増加すると見込んでいる(表1 参照)。報告書によれば現在のペースで地球温暖化が進めば、早ければ2030年にも世界の平均気温が産業革命前と比べて1.5度上昇する可能性が高いという。

温暖化の影響は1.5度の上昇でも大きいが2度になるとさらに深刻になることがわかったため報告書は1.5度未満の抑制が必要であると訴えている。そして温暖化を1.5度に止めることはまだ可能であるが、そのためには社会の全部門でかつてない変革が必要であるとしている。そして、2030年までにCO2排出量を半減し、2050年までに正味ゼロ・エミッションが必要であるとしている。パリ協定では世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低くするという「2度目標」を前提とし、CO2の排出量を50年までに10年と比べて40%から70%削減するとし、実質ゼロの実現は今世紀後半(2050年から2100年)としていた。このため1.5度未満に抑えるためには、CO2削減の相当な前倒しが必要となる。

1.5度目標達成のためには、社会の全部門、とりわけ土地利用、エネルギー、産業、建築、輸送、都市などの分野でかつてない変革が求められる。具体的には、森林破壊を止め数十億本の植林を行うこと、化石燃料の使用を劇的に減らし、2050年までに石炭の利用を段階的に廃止すること、風力・太陽光発電を増やし、持続可能な農業に投資、最新テクノロジーを検討することなどである。

なお、脱炭素社会への移行過程では、気候対策以外の目標との相乗効果を考慮することが重要であり、貧困撲滅、健康被害低減など倫理や衡平性を考慮した持続可能な開発目標(SDGs)の達成は、脱炭素社会のよりよい実現につながる。

(表1)1.5度と2度の場合の影響比較

1.5度2度
熱波に見舞われる世界人口約14%約37%(約17億人増加)
洪水リスクにさらされる世界人口(1976~2005年比) 2倍2.7倍
2100年までの海面上昇(1980~2005年比)26~77cm1.5度に比べさらに10cm高い。影響を受ける人口は最大1億1千万人増加
生物種昆虫の6%、植物の8%、脊椎動物の4%の種の生息域が半減昆虫の18%、植物の16%、脊椎動物の8%の種の生息域が半減
サンゴ 生息域70~90%減少生息域99%減少
北極(夏場の海氷が消失する頻度)100年に1度少なくとも10年に1度
海洋の年間漁獲量150万トン減少少なくとも300万トン以上減少

出典:IPCC SR1SPM1.5&Chapter3よりWWFジャパン作成

既に始まっている脱炭素経済への動き

パリ協定のもと、脱炭素社会への抜本的転換はすでに始まっている。世界の主要国は、省エネルギーの徹底や再生可能エネルギーの大幅な拡大を進め、気候変動対策を生かした経済発展を実現しようとしている。有力企業は、気候変動をビジネスにとってのリスクであると同時にビジネスチャンスとも捉え、先導的取り組みを進めている。

いくつかの欧州やアジアの国々は、原発ゼロ、再生可能エネルギー100%、石炭火力フェーズ・アウト(撤退)などの目標を持っており、それによって、数百万の雇用が生まれ、地域と国全体の両方の経済発展が実現している。世界の多くの国で、いまや再生可能エネルギーは最も安い発電技術となっている。

欧州ではガソリン・ディーゼル車追放のうねりが起こっている。17年の7月にはフランスおよびイギリスが2040年までにガソリン車とディーゼル車の販売禁止を決めた。中国でも2019年から新エネルギー車に転換するための規制が導入されている。

再生可能エネルギーの爆発的普及と価格の低下も続いている。05年末から17年末までに、世界の風力発電導入量は約9倍(59ギガワット《GW》から539GW)、太陽光発電導入量は約79倍(5.1GWから402GW)に拡大した注12

新たな脱炭素ビジネスモデルも世界で拡大している。事業運営を100%再生可能エネルギーで賄うことを目指すことを宣言した企業(RE100)注13は、IKEA(スウェーデン)、ブルームバーグ(アメリカ)など世界全体では190社、日本では18社に上る(日本の参加企業例:リコー、積水ハウス、アスクル、大和ハウス工業、ワタミ、イオン、城南信用金庫、丸井グループ、富士通、エンビプロ・ホールディングス、ソニー、芙蓉総合リース、コープ・サッポロ)(2019年7月28日現在)。さらに自社のみならずサプライヤーや顧客に対しても再生可能エネルギーへの転換を促す動きが出てきている。

科学的根拠に基づくCO2削減目標を推進する国際イニシアティブ「Science Based Targets Initiative(SBTイニシアティブ)注14」の取り組みも広がっている。これは世界の平均気温上昇を2度未満に抑えるために、企業に対して、科学的な知見と整合した削減目標を設定することを推奨するものである。2019年1月7日現在、目標が科学的知見と整合(2度目標と整合)と認定されている企業は163社、コミット企業を含めると507社に達する。SBTに加盟している日本の代表的企業は、第一三共、小松製作所、コニカミノルタ、リコー、ソニーなどである。SBTに加盟することで、イノベーションを促進、規制の不確実性を軽減し、また投資家からの信用を確保し信頼をより得ること、さらに収益率と競争力を改善する、といった効果が期待される。

拡大する脱石炭火力に向けた動き

COP23(2017年12月)の際に発足した石炭排除同盟(PPCA:Powering Past Coal Alliance)のメンバーは、当時の27の国・地方政府・企業(COP23時点)から30か国、22の地方政府、31の企業・団体の計83組織へと拡大している(2019年7月2日現在)。この同盟に加わっている政府は、既設石炭火力の早期フェーズアウト(炭素回収・貯留(CCS)導入まで新規石炭火力建設の停止)を目指し、企業は⽯炭以外の電源調達、金融機関は石炭火力への融資制限を行う。さらに、EU加盟28か国のうち26か国にある電力事業者が、石炭火力発電所を2020年以降は建設しないと約束する同意書に署名している。(表2)は、脱石炭火力年を表明した国の例である。

(表2)脱石炭火力年を表明した国の例

フランス2021年
スウェーデン2022年
英、オーストリア、伊、アイルランド2025年
フィンランド、蘭2029年
デンマーク、ポルトガル、カナダ、イスラエル2030年

気候変動問題に日本はどう取り組むべきかー世界の動きと逆行する日本

気候変動問題はますます深刻さを増しており、その影響で、今や、豪雨・熱波などの異常気象が日常化しており、抜本的対策が急がれる。

昨年12月にポーランドでの気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)で、国連のグテーレス事務総長は、「優先順位は、野心、野心、野心、野心、そして野心だ」と強調した。野心とは、各国の削減目標などをより高くし、取り組みの強化を図ることを意味する。すなわち脱炭素社会の実現に向けて、経済や社会の仕組みを変え、エネルギーもクリーンな再生可能エネルギーに大胆に転換していくことが求められている。

これは、世界的な潮流であり、例えば、今年5月に行われた、欧州連合(EU)の立法機関に当たる欧州議会選挙で、躍進を遂げたのは、極右政党ではなく、「緑の党」系の環境政党であった。ドイツでは欧州議会選挙では第2党の議席を得、最近の世論調査結果では第1党になったと報じられている。

環境政党の躍進を支えたのは、「グレタ効果」であると言われている(本誌本号福澤論文参照)。スウェーデン人の16歳の少女、グレタ・トゥーンベリさんが昨年8月から一人で毎週金曜日に国会前で座り込みをはじめ、気候変動の危機を訴えた始めたことがきっかけとなり、現在では世界中の若者たちによる抗議活動が広がり、ヨーロッパの選挙での環境政党の支持拡大につながったと見られている。

トゥーンベリさんは国連やヨーロッパ議会でも演説し、「私たちの家(=地球)は、燃えている」と力説している。地球が今、まさに火事であるのに、実現の不確かな非連続的なイノベーションを求めて消火の技術をこれから研究するという日本政府の姿勢は世界の動きに逆行するものである。再生可能エネルギーやエネルギー効率化などすぐにできる実用化された技術や対策はたくさんあり、それらを大規模に早急に実施するための政策を導入すべきである。

日本政府はG20の直前の6月11日に、パリ協定に基づく長期戦略注16 を閣議決定した。長期戦略には、今世紀後半のできるだけ早期に「脱炭素社会」を実現するとの方向性は示したものの、実現への具体的道筋は描けていない。

従来からの2050年までに温室効果ガスを80%削減するという目標は変えず、30年の削減目標は13年比でわずか26%のままである。これは主要国で最低レベルであり、パリ協定の目標達成から求められるレベルとは大きく乖離している。

太陽光や風力などの再生可能エネルギーを主力電源とすることは明記されたものの、CO2の排出量の多い石炭火力発電は「依存度を可能な限り下げる」という表現にとどまり、継続する方針が示されている。これは現在新増設計画がある石炭火力発電25基を容認することにつながりかねない。日本の石炭火力発電は技術が進んでいて相対的に環境負荷が低いとの言説があるが、たとえ最先端の石炭火力発電設備であっても、同等の天然ガス発電の約2倍の量のCO2が排出される。多くの国が石炭火力発電からの撤退に向けて動き出している中、日本だけ逆行することになりかねない。

脱炭素達成の手段として、まだ実現していない技術の将来的な革新(非連続的イノベーション)を重視する一方で、すでにある技術や対策によって直ちにできることを先送りする姿勢が続いている。太陽光や風力など、技術が確立している再生可能エネルギーの導入を後押し加速すべき、意欲的導入目標や導入策も明示されていない。

また、CO2の排出に価格を付けて削減を促す「カーボン・プライシング」(炭素の価格化)は、最も有効な地球温暖化対策であり、日本も本格的に導入すべきであるが、引き続き検討するとの内容にとどまっている。日本で導入している炭素税は、CO2排出量1㌧当たりの税額が289円と、炭素税を導入している他国と比べ著しく低く、CO2排出抑制に効果をあげていない。

英国のスターン卿及び米国コロンビア大学スティグリッツ教授が共同議長を務める「炭素価格ハイレベル委員会」の報告書注17( 2017年5月29日発表)は、「パリ協定の気温目標に一致する明示的な炭素価格の水準は、2020年までに少なくとも40~80ドル/tCO2、2030年までに50~100ドル/tCO2である」としている。現実には北欧諸国などでは炭素税の税額を高く設定することで、CO2を排出しない製品の普及と開発省エネ技術の開発が促され、新たな経済発展につながっている。

自立分散型エネルギー転換による地域経済再興と脱温暖化

来る9月には国連事務総長主催の気候サミットが開催される。

グテーレス国連事務総長は、G20直後の6月30日にUAEで開催された気候変動会議に出席し、各国政府に対し、2020年までに石炭火力の新設を中止し、今後10年間で温室効果ガス(GHG)排出を45%削減し、化石燃料ベースの経済から再エネ経済へ移行するよう要求した。さらに、9月の国連気候サミットには、2030年までに排出の半減、2050年までにカーボンニュートラル(排出実質ゼロ)を達成するための具体的な計画をもって臨むよう、各国政府に要求した 。

日本政府も直ちに2030年に向けた温室効果ガス排出削減目標を引き上げための準備を進めるべきである。また、石炭火力発電所の新設・途上国石炭事業への公的資金による支援を撤回し、再生可能エネルギーの抜本的拡大策の推進と本格的なカーボン・プライシングの導入を進めるべきである。

現在の日本の「大規模集中・独占・トップダウン型」のエネルギー産業社会は、福島原発事故で明らかになったように、実は脆弱かつ非効率的である。再生可能エネルギーを拡大し、エネルギー効率化を図るとともに、IoT 技術などを活用して、自立した個人や地域を主体とするボトムアップ型のエネルギー産業社会への転換が望まれる。

エネルギー・経済構造を、原発と石炭火力発電を中心とする既存の「大規模集中・独占・トップダウン型」から、原発・石炭火力からの撤退、再生可能エネルギー普及、エネルギー効率化(省エネ)を中心とする「地域小規模・分散ネットワーク・ボトムアップ型」へ転換し、再生可能エネルギーを大幅に拡大することにより、化石燃料やウラン輸入による毎年 20 兆円前後の海外への国富流出を大幅に削減することができる。またエネルギー転換の過程での地域の循環型経済の構築と大幅な投資とによって、国内で新たな雇用を創出し、持続可能な発展を実現し、日本経済の再生へと結びつけることが展望できるのである。

(注1)G20アンタルヤ・サミット 首脳コミュニケ(仮訳)第24項

(注2)G20 持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合閣僚声明(仮訳)

(注3)G20 大阪首脳宣言

(注4)プラスチック資源循環戦略

(注5)WWFJ「海洋プラスチック問題について」

(注6)同上

(注7)環境省 「海洋プラスチックごみ問題について」 (2019年2月)

(注8)G20 海洋プラスチックごみ対策実施組(仮訳)

(注9)G20 大阪首脳宣言

(注10)https://www.ipcc.ch/sr15/

(注11)同上

(注12)「自然エネルギー世界白書2018」、pp38,42

(注13)http://there100.org/

(注14)https://sciencebasedtargets.org/

(注15)https://poweringpastcoal.org/

(注16)「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」

(注17)High-Level Commission on Carbon Prices(2017), ”Report of the High-Level
Commission on Carbon Prices”

まつした・かずお

1948年生まれ。京都大学名誉教授、「T20気候変動・環境タスクフォース」共同議長、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、国際協力機構(JICA)環境ガイドライン異議申立審査役。環境庁(省)、OECD環境局、国連地球サミット等勤務。2001年から13年まで京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)。専門は持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策など。主要著書に、『地球環境学への旅』(文化科学高等研究院)、『環境政策学のすすめ』(丸善)、『環境ガバナンス』(岩波書店)、『環境政治入門』(平凡社)など。

特集・米中覇権戦争の行方

  

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