特集●米中覇権戦争の行方

トランプの「偉大な国」とは「白人の国」

支持広がらず地盤固めの移民制限強硬策に賭ける再選戦略

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

トランプ米大統領が野党民主党の非白人で女性の4議員に「元の国に帰れ」と迫った発言は、米国を分断する人種差別攻撃と世論の批判を浴び、下院は一部の与党共和党議員も加わって非難決議を採択した。だが、トランプ氏には抑制効果はなく、次の攻撃の矛先を下院政府監視改革委員長の黒人議員や黒人運動指導者へと向けている。同大統領の「差別発言」はこれまでも繰り返されてきたが、最近の発言内容は度を越えている。

トランプ氏は中南米からの難民・移民を締め出す新手の対策を次々に打ち出しており、トランプの固い支持勢力の中西部や南部の低学歴・低所得の白人層はこうした強硬な移民対策を歓迎している。

これらを重ね合わせて、同大統領が「移民問題」を大統領選挙の最大の争点にしようとしているとの見方が米メディアの間に広がっている。下院議長で野党民主党を率いるナンシー・ペロシ氏は、トランプ大統領が「米国を再び偉大な国にする」といってきたのは移民を排除した「白人の米国」にすることだと分かったとして、受けて立つ構えだ。

国境の壁、建設へ

強硬な移民対策はトランプ氏の大統領選挙での公約の柱だった。中南米からの難民の米国への入り口になってきたメキシコとの国境地帯では、移民として受け入れる難民認定の審査が厳格化されたことで、難民の大渋滞が起こっている。難民の一時的な収容施設は不十分で、審査待ちの難民が収容施設にあふれ、幼い子どもが親と長期間引き離されたり、国境の川を渡ろうとした親子がおぼれて死亡したりしていると、メディアでは大きなニュースが連日のように報じられている。

トランプ氏が「元の国に帰れ」と迫った民主党議員(いずれも米国市民で3人は米国生まれ、1人は子どものときに移民)のひとりは最近現地を訪問して、難民は「強制収容所」に入れられた状態だと非難していた。これにトランプ氏がかっとなったようだ。しかし、その怒りを有色人種の、それも女性ばかり4人に向けたことは、同氏の差別意識がどこにあるかをうかがわせるし、選挙戦をにらんで支持者層に強く訴えることを狙った計算づくの発言だったと示唆している。

トランプ氏は最近、中米諸国からの難民に対して、米国にくるまでに経由したメキシコその他の国でまず難民申請を出して、拒否された者に対して米国への難民申請を認めるという規制強化策を持ち出している。途中の国に移住したいという難民がいるとは考えられないから、民主党や人権団体は事実上、中南米からの移民受け入れを拒否するものだと反発している。

トランプ氏は経由国の一つ、グアテマラに圧力をかけて米国への移民希望者を同国内で待機させる協定を結んだ。見返りに米国内の建設業、サービス業で働く労働ビザをグアテマラ人に発給する。グアテマラでは反対が強かったが、新たな関税かけるとか、在米グアテマラ移民の家族への仕送り手数料を取るなどと脅しをかけて協定を飲ませたと報じられている。

メキシコ国境に長大なコンクリートの壁を築いて移民をシャットアウトする計画は民主党に予算の議会通過を阻まれ、トランプ氏は国防予算からの流用を図った。民主党は議会の予算編成権を侵害する憲法違反と主張していたが、最高裁が一部転用を認めた。トランプ氏が2判事の引退後に保守派を送り込んでいたので、5対4で流用容認派が勝った。トランプ氏は勢いずいて、強硬な移民規制をさらに推進するだろう。

白人が多数派を失う日

移民問題が大統領選挙戦の重要なテーマに躍り出てくる理由がある。政府が10年ごとに実施してきた国勢調査から米国の人口構成の動きを下の表で見ればわかる(表の中の「ヒスパニック」は人種別分類ではなく、中南米からのスペイン語系の人たち。この中には少数の白人がいて、「白人」とダブルカウントされているので比率合計は100%超になる)

 年  総人口(人)  白人  黒人  アジア・太平洋系  先住民  ヒスパニック 
19802億265586.4(%)11.61.70.66.4
1990 2億487180.312.12.90.69.0
20002億814275.112.33.70.912.5
20103憶087572.412.65.00.916.3

注目点は「ヒスパニック」の急速な増加である。ヒスパニック移民の項目が国勢調査に記載されるようになったのは1980年からだ。それ以前の調査には「ヒスパニック」のデータは残されていない。2020年調査ではヒスパニックの比率は20 %に達すると予測されている。アフリカ系(黒人)の人口比率は高いが出生率が低く、ヒスパニックに追い越された。アジア・太平洋系はまだ5%だが、着実に増えており、いずれ黒人を追い越すだろう。ヒスパニックの対極にいるのが「白人」で、これも着実なペースで減少の道をたどっている。

専門家によれば、2040年代の半ばには、白人人口は過半数を割り込むとみられている。21世紀入りして既に20年になろうとしているのだから、そんなに先のことではない。これまで差別する側にいた白人の中に「不安感」あるいは「恐怖感」が生まれていて、それがトランプ支持に駆り立てているのだろう。だが、トランプ氏は「移民反対」だけで、彼らをどこに連れて行こうとしているのかがわからない。

非白人の移民をいくら制限しても、出生率ではヒスパニックやアジア・太平洋系が高いので、「白人の国」に戻すことは不可能だ。「白人主導の国」を目指すとすれば、かつての南アフリカのように、少数派が多数派を武力で支配する人種差別国になってしまう。

トランプ氏ができるのは厳しい移民規制政策によってヒスパニックやアジア・太平洋系の人口増加をできる限り抑え、既に国内にいる1,000万人といわれる,いわゆる不法移民をできる限り摘発して国外追放するなどして、白人が多数派を失う日を少しでも先送りすることしかない。トランプ氏も支持者たちも、それがわかっていないとは思えないが、トランプ氏にとっては、いまは再選の票になるかどうかが関心なのだろう。

「るつぼ」―いまは「サラダボウル」

米国は南北戦争で奴隷制度を終わらせたものの、黒人差別を未だに断ち切れないできた。そこにヒスパニック移民が増加の一途をたどり、さらにアジア系移民も着実に増え、中東世界の混乱がイスラム教徒の移民を押し出している。「ホワイトとブラック」に「ブラウン」(中南米系)や「イエロ-」(アジア系)が加わり、人種問題は多様化し、複雑化した。

米国は「人種のるつぼ」と呼ばれた。「アメリカン・ドリーム」を夢見て米国に来た移民は「アメリカ」というるつぼに入れられ、同化されて米国人になる。だが、この時代はとうに過ぎた。最初に米国にやってきて、開拓し、国を作ったのは英国系移民だった。米国は長らく彼ら「WASP」(白人、アングロ・サクソン、プロテスタント)が支配する国といわれた。その後、欧州からの移民が増え、19世紀半ばにはドイツ、アイルランド、イタリアなどの西欧系、ポーランド、ハンガリーなどの東欧系、ユダヤ人などの移民ラッシュが起こった。メキシコとの戦争でカリフォルニア、テキサスなどを領土におさめ、多数のメキシコ系も加わった。中国、日本、フィリピンなどのアジアや中東からの移民もやってきた。

米国の繁栄とともに移民の流れが勢いを増してきたので、政府は1891年に初めての移民制限法を制定、出身国ごとの人数割り当て、全体の枠設定などいくつかの対策を取った。原則として白人の移民しか認めなかった。

第2次世界大戦は欧州に100万人もの難民を作り出した。超大国となった米国は1948年新しい移民法を制定して、10年間でその半分を受け入れた。トルーマン政権はルーズベルトの大恐慌対策「ニューディール」を引き継ぐ福祉政策「フェアディール」を推進、その中で1952年、議会で移民・国籍法が成立した。同法は人種、性別による差別は禁止、出身国割り当ては修正し、必要な技術者、米国人の親戚,縁者に優先権、アジア系移民の禁止は解除し、年間2,000人に制限―などが主な内容。

次いで1965年、黒人の差別反対運動の高まりが公民権法を成立させたのに沿って、1952年法を改正する移民・帰化法ができた。移民受け入れの条件として出身国、性、人種、先祖を条件にすることを禁止、先着順、米市民、永住権所有者の親戚・縁者(家族再会)、特別な技術及び訓練を受けている者、人道的配慮-が定められ、年間受け入れ数をそれまでの29万人から32万人に拡大した。人数はその後、順次広げられ、現在は80 万人レベルになっている。同法は議会リベラル派や人権団体、宗教界などが推進、南部や中西部の保守派は、移民に「門戸開放」するもので、米国の人種構成を大きく変えると反対した。

同法はその通りに米国への移民を欧州系中心からアジア系、中南米系へと大きく転換させることになった。トランプ政権の「移民反対」をめぐる政治対立はここから始まったといえる。その後、ベトナム・カンボジア戦争、中国の天安門事件、さらに中東や旧ユーゴスラビアの紛争が生み出した難民の多くが、まず米国をめざした。

様々な文化を持った新しい移民たちは同化の「るつぼ」には入らなかった。しかし、彼らが持ってきた多様な文化が混ざり合いながら新しい米国文化を創り出した。米国サラダボウル論である。いろんな楽器が一つのハーモニーをつくりだすというオーケストラ論をとなえる人もいる。米国は多元文化の国へと転身を始めた。米国がインターネット時代をリードしてきた新しい技術は、移民たちが集まる「シリコンバレー」が発信源になっている。

トランプ氏はサラダボウル論もオーケストラ論も拒否して米国を「るつぼ」に戻そうとしていることになる。これは無理な話だ。

固い支持基盤、広がらない支持

トランプ氏が2020年11月の大統領選挙へ向けていち早くキャンペーンに乗り出したのは、追い詰められてのことだ。トランプ氏の世論調査に見る支持率は就任以来、一貫して40%±αを維持している。これは「信者」ともいわれる固い支持層を持っている強みであるが、同時に大統領としての実績を評価しての上積みがないという弱みを示している。

2016選挙のトランプ氏の得票は総投票数の46%でしかなく、敗れたクリントン氏の48%に2%の差をつけられた。実数にすると、300万票弱となる。各州の人口比に応じた大統領選挙人の獲得数を争うという独特の選挙制度による、例外的な辛勝だった。

最近の大統領選挙の票数を見ると、オバマ1期目は53対46、同2期目は51対47、ブッシュ2期目は51対48 。トランプが勝った時の46%で勝った例はない(詳しくは『現代の理論』19号拙稿「トランプに痛撃、再選さらに困難」参照」)。選挙まで1年3カ月あるが、この基礎数字を見る限りトランプ再選は相当に難しいとみる。

相対する民主党は23人もの候補者が名乗り出て、第一段階の絞り込みとして、半分ずつに分けたTV討論会を2回行った。9月に第3回のTV討論会が予定されているだけで、まだ誰が生き残るかの予想がつかない。しかし、ある焦点が浮かび上がっている。   

TV討論でも選挙でもトランプ氏に勝てるのは誰かである。世論調査ではバイデン前副大統領が支持率でもトランプ氏と競った場合でも高い支持を獲得しているが、76歳の高齢への懸念がある。女性候補は勝てるのか。白人がいいのか。少数派(アフリカ系、ヒスパニック系その他)で勝てるのか。GLBTでも勝てるのか。穏健派がいいのか左派がいいのか。白人に比べ投票率が高くない黒人やヒスパニックなど少数派の票を動員できるのは誰か。

停滞するトランプ政策

共和党と民主党の対立が先鋭化して、それぞれの支持層がほとんど固定化している状況の中で、トランプ氏の再選は、これからの1年余りで共和、民主両党の中間層から新たな支持者を獲得して、支持率を50%超にもっていけるにかっている。そのためには移民反対だけではなく、主要な政策で成果を上げることが必要だ。しかしトランプ政策はどれを見ても停滞しており、そこから「サプライズ」が飛び出す可能性は高くはない。

イランの核兵器開発を抑えるための国際合意から一方的に離脱して自ら中東の混乱と危機を作り出し、ペルシャ湾の航行安全を維持するための「有志連合」を呼びかけているが、欧州諸国や中露は「合意維持」を崩さず、めどはついていない。

北朝鮮核問題では対イラン強硬策とは正反対に、金正恩氏と「なれ合い」的な「トップ外交」を繰り返してきた。最近も2週間の間に4回も弾道ミサイルと思われる実射実験を繰り返されても「問題なし」。もともとトランプ氏は外交問題で派手な「成功」を収めるには北朝鮮、と狙いをつけていたようだ。最初のトップ会談が決まった時、ワシントンの識者の間ではトランプ氏が何が何でも「合意」を演出するのではとの懸念が広がっていた。(『現代の理論』デジタル15号拙稿「米朝どちらも『成功』が欲しいい」)。その通りになった。金氏はトランプ氏の「トラの尾」は踏まずに、したたかに主導権を握っている。

中国に「関税戦争」を仕掛け、追い込んでいるように見えるが、2つの経済大国の経済戦争が長引いて国際経済に影を落とし始めているし、米国内の関連業界や消費者にじわじわと負担がのしかかっている。

米経済は好調と胸を張りながら連邦準備制度(FRB)に禁じ手の政治圧力をかけて、マーケットを喜ばせるための異例の利下げを実施させたが、世界中が悪影響を懸念している。

パリ協定から一方的に離脱し、米国内の火力発電所を生き返らせたり、自動車排気ガス規制の緩和を策したりしているが、カリフォルニア州など14州が連携して自動車業界と独自の排ガス規制の取り組みを始めている。トランプ氏は内外で孤立を深めている。

「ヘイト選挙」への懸念

トランプ時代になって米国では「ヘイト事件」が増加しているという統計が明らかにされている。トランプ氏が非白人の4議員を攻撃した後、北カロライナ州で支持者の集会に出席したところ、「彼らを送り返せ」という大合唱が起こり、トランプ氏はしばらく演説ができなかった。その数日後の7月末、カリフォルニア州で地域のイベント会場で銃撃事件が起こり、3人が殺害された。現場で射殺された銃撃犯は白人至上主義に傾倒した19歳だった。

8月に入るとテキサス州のメキシコ国境に近いエルパソで銃撃事件が起こり、22人が殺害された。エルパソはヒスパニック系が8割を占める町。現場で拘束された21歳の白人男性が犯行直前、インターネットに投稿した長い声明文に「これはヒスパニックの侵略に対する行動だ」とあった。トランプ氏は中南米諸国からの移民の増加を「侵略」と呼んできた。

トランプ氏の日ごろの差別的発言がこうした「ヘイト犯罪」を引き起こしているとのメディアや世論の指摘に、トランプ氏は「重い精神障碍者の犯行」と知らぬふりを決め込もうとしたようだ。しかし、それでは済まないと一転、「人種差別主義と白人至上主義者は非難されるべきだ」「この国に憎悪の居場所はない」と自分に向けられる批判を横取りした。

二つの事件がともにトランプ氏の発言に触発されたヘイト犯行と決めつけることはできないが、無関係とも言い切れまい。トランプ氏は大統領選挙戦が迫るなかで、「差別と分断」に直結する「移民反対」をすえている。民主党は「トランプ再選」「白人の米国」阻止にすべてをかけようとしている。米国では冷戦が終わり、民主、共和両党の対立が深まってきた中で、あらゆる選挙戦がテレビやネットを使ってひたすら相手候補に個人的な中傷攻撃を加える「ネガティブ・キャンペーン」が横行するようになっている。そして「ヘイト銃撃」が続発する中での2020選挙戦は、どんな展開になるのだろう。怖いなと思う。

人種差別―前進と巻き返し

米国は「自由・人権・平等」の独立の理念の上に民主主義のモデル国家を目指してきた。しかし、その背後では人種差別との絶え間ない戦いが続いてきた。共和、民主両党の政治権力交代の背後にはいつも「人種差別問題」があった。この歩みそのものが米国だったともいえる。その歩みは早くはなくても、辛抱強く前に進んできた。だが、人種差別は米国が負っている(人類にとっても)「業」のようなものだから、必ず「巻き返し」が起こった。

南北戦争は黒人奴隷を解放したが抵抗する南部にKKKのような白人至上主義を産み落とし、「ホワイトオンリー」の黒人隔離社会をひろげた。ルーズベルトの「ニューディール」、世界大戦の黒人部隊、公民権運動とベトナム反戦運動、レーガンの「保守革命」、オバマ大統領と党派対立の先鋭化など、米国の歴史を画してきた重要な政治展開は、すべてこの「前進と巻返し」のサイクルでとらえられる。

「人種差別」を挟んで共和党は奴隷解放の党から保守・反移民の白人の党へと、民主党は南部を喪失して白人リベラルと非白人の少数派の連合勢力の党へと、それぞれ立場を入れ替える転身を果たした。初めての黒人大統領の誕生は米国民主主義の勝利と内外で高く評価されたが、不幸にもそれが米国の政党政治を麻痺させ、トランプ政権の登場につながった。

2020年大統領選挙で米国民はどちらの道を選択するのだろうか。

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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