特集●米中覇権戦争の行方

緊迫する米中貿易戦争の現局面を読む

新たな冷戦への道を突き進んでいるのか

中国・浙江越秀外国語学院特任教授 平川 均

はじめに

過去四半世紀にわたって劇的に進められてきた経済のグローバル化は、アメリカにおいて自由貿易を敵視するトランプ大統領が誕生することにより大きな壁にぶつかっている。彼はアメリカの膨大な貿易赤字が相手国の「不公正」政策の結果だとして、貿易相手国に対してアメリカの貿易黒字の削減と保護主義的貿易政策の容認を押しつけている。

実際、アメリカの貿易赤字の約半分は中国との貿易から発生しており、両国との間の貿易摩擦は世界第1位と2位の大国による対立であることもあって、これまで多国籍企業がアジア太平洋で張り巡らせてきたサプライ・チェーンに大きく変更を迫っている。しかも、この交渉はトランプ大統領の特異な交渉術により「貿易戦争」と呼ぶにふさわしい内実をもって推移し、その性格も僅か1年程の間に、アメリカの貿易赤字の削減問題からアメリカの軍事上の安全保障問題、さらにハイテク技術の開発に関わる技術覇権問題へと大きく変質し、制裁措置も貿易関連の措置を超えて、様々な領域へ一層の広がりを見せている。

ところで、この貿易戦争は2019年8月に入り、新しい段階に突入したように思われる。本年5月末のトランプ・習首脳会談で合意した「一時休戦」は、7月末の貿易協議の硬直化に業を煮やしたトランプ大統領により、8月1日には全中国製品への制裁関税の9月1日発動が発表され、5日には元の7元を切る下落に対して「為替操作国」の指定へと、新たな攻勢ともいえる対中制裁に突き進んでいる。中国はもちろん農産品購入中止の報復措置を採った。アメリカによるこの制裁が中国の経済、ビジネス界、働く人々に大きな負担を強いることは言うまでもない。もっともその負担の規模を比較しても、現段階ではあまり意味がない。アメリカが被る負担も同様に巨大であり、その耐久性は様々な要素に規定される。事態は目まぐるしく動くにしても、貿易戦争が中長期的に続くと予想する以外にない。なによりも筆者には、こうしたトランプ流「ディール」が中国との交渉で有効性を発揮する水準を超えたように思われる。その帰結はどうなるか。アメリカの求める世界経済と異なるものになるのではないか。

本稿では、トランプ・アメリカ大統領によって始まった米中貿易戦争の経緯を追いながら、その現局面をとらえ、その戦争がどこに向おうとしているのかを考察してみたい。注1

1.アメリカの貿易赤字とトランプ大統領

まず米中貿易戦争の基本構造を図1で見ることから始めよう。これを見ると、2010年代でアメリカの貿易赤字の40%以上が中国との貿易から生まれていることが分かる。2010年には43.1%(2730億ドル)、2018年では48.0%(4195億ドル)で半分近くに達した(US Census Bureau, Top Trading Partners)。

アメリカの対中輸入構造は、最近では機械類及び電気機器などが半分弱を占めるが、紡績用繊維・同製品、雑品も全体の20%強である。中国からの輸入構造は消費財中心から中間財、資本財中心へと移っているのであるが、こうした構造変化はアメリカの伝統的な製造業が競争力を失い、また大企業がオフショアリングを通じて製造拠点を海外に移管し、多国籍化を選択したことと関わる。

だが、2016年のアメリカ大統領選に立ったトランプ候補には、アメリカの貿易赤字は異なったものに見える。彼は選挙期間中のキャンペーンで貿易問題を扱い、彼流の明快さでもって対策を示した。アメリカは中国の「不公正」な貿易のせいで赤字に転落している。アメリカの技術を盗んで成長する中国の製品には45%の関税を課すと。中国は大量の安価な消費財を輸出し、アメリカの貿易赤字の半分を占める。所得格差の拡大するアメリカ社会にあって生活が不安定化し、不満を強める人々には、トランプの主張は真実と映るに違いない。

          図1.クリックにて別窓に拡大表示

トランプのこうした考えを強力に支持したのが、カルフォルニア大学の経済学者ピーター・ナバロである。彼は、“Death by China”の執筆者で、中国が為替操作を行い、知的財産権を侵害し、労働安全基準を劣悪なままにして、環境も保護せず、他国を犠牲にして、国際競争力を得る不公正な貿易国であると主張した。トランプ候補と対中認識を共有する彼は当然にもトランプ陣営の政策アドバイザーとして大統領選に加わり、トランプ大統領が誕生すると、国家通商会議議長に就任した。現在、彼は大統領補佐官(通商担当)として、対中強硬策で大きな役割を果たしている。

トランプ大統領にとってアメリカの貿易赤字は、偉大なアメリカの負けと映る。同時に、それは不公正な貿易の結果以外の何物でもない。「偉大なアメリカの復活」のために関税を武器と考えるトランプ大統領には、TPP加盟は最悪の施策である。2017年1月、大統領に就任すると、公約のTPP離脱を最優先の執務として大統領令に署名した。

だが、中国との貿易摩擦問題が本格的に始まるのは大統領就任から1年以上を経た2018年3月からである。その遅れは、北朝鮮の核ミサイル問題が優先されたからだろう。北朝鮮問題では交渉に当って、中国の協力を期待できると考えた。あるいは軍事問題が経済に優先するとの判断があったからかもしれない。

ところで周知のように、トランプ大統領は外交交渉を「ディール」と呼ぶ。彼の「ディール」の特徴は、何よりも彼が重要と考えるものはすべて彼自身が最終決定すること、また交渉相手に対しては一方的に持論に基づき要求を呑ませるというものである。手段を選ばず注2、覇権国の優位性を露骨に用いる。それは、国内外を問わずあらゆる課題に対して用いられる彼の対処法である。

国際的には、第2次世界大戦後にアメリカ自身が推進してきた国際条約、多国間主義の国際制度を「アメリカ第1」の2国間主義に置き換え、アメリカとの直接的な「ディール」へと変えつつある。2017年6月には地球温暖化対策のパリ協定からの離脱を発表し、同月以降、世界貿易機関(WTO)の国際紛争を扱う上級委員会の欠員補充も拒否している。8月にはWTOからの脱退にも言及した。

現在、アメリカの拒否でWTOは上級委員7名枠の内4名が欠員し、このままでは2020年に全員が任期を迎え、機能不全に陥る(川瀬剛志「WTOは生き残れるか」日経「経済教室」2019.3.29)。2019年4月には、通常兵器の国際貿易を規制する武器貿易条約からも離脱した。

では、トランプ大統領が中国との間に2018年3月に始めた貿易交渉は、どのような「ディール」なのか。当然にもWTOのルールは無視され、中国との2国間交渉で推し進められる。相手国の報復に対しては倍返しで制裁をエスカレートさせ、またアメリカの覇権を露骨に利用した「脅しのディール」である。

もちろん世界第2の経済大国に成長し、過去の栄光の再現を目指す中国は、トランプの「ディール」を簡単に受け入れない。相応の交渉術をもってトランプ政権に対抗している。次項では貿易戦争の経緯を辿り、その実態を確認しよう。

2.米中貿易戦争の展開

(1)第1次攻勢:対中貿易摩擦の開始から2018年12月の第1次「休戦」へ

トランプ大統領による対中追加関税の発動は2018年7月のいわゆる「第1弾」から9月の「3弾」までエスカレートの一途をたどるが、この「貿易戦争」の「ディール」の開始は、2018年3月である。同月22日に、中国がアメリカの知的財産権を侵害しているとして通商拡大法第301条に基づき約1300品目、500~600億ドルの中国製品に制裁関税の措置をとると発表したことがその始まりである。ところが翌23日には、アメリカの安全保障が脅かされているとして通商拡大法232条を根拠に、西側同盟国を含む主要輸入国に鉄鋼25%、アルミニューム10%の追加関税を課すとの発表が続いた。

主要国はアメリカのこの措置に一斉に反発し、中国も直ちに対抗措置を発表した。中国はもし追加関税が課されるなら、アメリカ産ワイン、ドライフルーツ、豚肉などへ25%の制裁関税を課すというものである。これに対して同年4月2日に米通商代表部(USTR)が1300品目の追加関税の対象を発表した。対象品目は航空機、自動車、産業用ロボットなどの産業機械、半導体などで、中国が2015年に策定した産業政策「中国製造2025」の育成産業を狙い撃ちするものであった。

2日後の4月4日には、中国は301条への対抗措置としてWTO提訴を発表し、アメリカの制裁措置と「同じ強度、同じ規模」の対抗方針を公表し、対象品目に米国産大豆、牛肉、綿花、トウモロコシなど農産品106品目を選んだ。他方、習近平国家主席は同月に開催された博鰲(ボアオ)アジアフォーラムで講演し、自動車外資規制の2022年の撤廃を発表し、易綱人民銀行総裁も外資金融機関への出資規制の緩和と金融市場の開放を2か月後の6月から始めると公表している。

2018年5月初め、ムニューシン財務長官、ロス商務長官のほか、ライトハイザーUSTR代表、ナバロ大統領補佐官らが訪中し米中ハイレベル貿易協議が開かれ、中国側は劉鶴副首相が責任者であった。ロス商務長官は、前月中旬に中国通信機器大手、中興通訊(ZTE)からのアメリカ企業の製品調達の禁止措置をとっており、また政府機関の華為(ファーウェイ)からの製品調達の禁止を検討する中での交渉であった。アメリカは2020年までの対中赤字の削減要求を、それまでの1000億ドルから2000億ドルに倍増した。新聞報道は、「米中交渉 激しい応酬」と伝えている(日経2018.5.5)。

ところが、5月17日~18日にワシントンで開かれた貿易協議は予定より1日遅れではあったが、一転「一時休戦」が成立し、共同声明も出された。トランプ大統領と劉鶴副首相との面会も実現し、ムニューシン財務長官はアメリカのテレビで「貿易戦争は当面保留する」と発言した。劉副首相も米中貿易摩擦の「休戦」を公表した。それが、同月30日になるとナバロ委員長がムニューシン財務長官による米中貿易戦争の「保留」を批判し、トランプ大統領もZTEとファーウェイのアメリカ政府機関による製品の調達を禁止した。500億ドル分の中国製品への追加関税も公表された。

もっともZTEのアメリカ企業への取引禁止措置のみは進展をみる。翌6月にアメリカ商務省が、アメリカ企業のZTEとの取引禁止措置を10億ドルの罰金ほかの条件で見直すと発表し、7月13日に取引禁止を解除する。取引禁止措置がZTEを事実上生産停止に追い込み、習主席がトランプ大統領に頼み込むと同時に、その見返りに提示したアメリカから大量の液化天然ガス(LNG)や農産物の購入の「ディール」に大統領が応じたからだと言えそうである(日経2019.5.16)。この措置を例外として、トランプ大統領とアメリカ政府は、次々と規模を拡大させながら中国製品への追加制裁を公表していく。他方、中国はトランプ政権への不信感を強め、報復の追加関税を発表した。

同(2018)年6月15日にトランプ大統領は、1102品目、産業用ロボット、電子部品、自動車など340億ドル分について7月6日に25%の追加関税を課すこと、284品目、160億ドル分については発動の時期を検討していることを発表する。中国商務省は同日夜に「すぐに同じ規模、同じ強さの追加関税措置を出す」と声明を出し、続いてアメリカ産農産物、自動車、エネルギーなど659品目に25%の追加関税を発表する(日経2018.6.16)。これに対して18日、トランプ大統領は、もし報復関税措置をとるならさらに2000億ドル分に10%の追加関税を課すと、USTRに制裁関税の検討を指示した。中国製品の知的財産権の侵害がその理由である。

それにしても「休戦」は10日足らずで終わった。それは何故か。トランプ大統領が北朝鮮の金正恩労働党委員長との首脳会談の話が持ち上がっており、それを優先して一時的な休戦を選択した可能性がある。だがその後、トランプ政権内の対中強硬派の巻き返しが成功したのである。対中強硬派のライトハイザーUSTR代表が追加関税の必要性を繰り返し主張し、ナバロ大統領補佐官もムニューシン財務長官の「一時保留」発言も「都合よく引用されただけ」と無視したことが伝えられている(日経2018.6.20)。こうしてトランプ大統領の「ディール」が覆され、アメリカの対中制裁関税は7月6日の第1弾(340億ドル)から8月22日の第2弾(160億ドル)、9月24日の第3弾(2000億ドル)へ毎月の発動となり、その都度、中国が対抗措置を採ることになった。

その展開を図示したのが図2である。6月には、8月の第2弾の上乗せ関税の発動に当たり、もし中国が報復措置をとればさらに2000億ドル分の輸入品にも上乗せ関税を課すとのトランプ大統領の警告があった。9月の第3弾2000億ドル分の関税上乗せ措置の発動では、2段階で先ず10%の上乗せ関税措置がとられ、その後2019年1月1日から25%に引き上げるとされた。同時に中国が報復措置を採れば、残りの約3000億ドルへ上乗せ関税を拡大すると脅しが付け加えられた。

図2.米中貿易戦争の展開

注:2019年8月3日現在での整理          クリックにて別窓に拡大表示
出所:平川作成。日本経済新聞(2018.9.19)の図を参考にした。

もっともこの間に、中国はアメリカとの交渉妥結に向けて、貿易の自由化を進めている。7月末には、日用品などの1449品目に対して関税を引き下げ、次いで9月末には、同年11月の機械類、紡績品など1585品目の関税引き下げを発表した。11月5日に上海で開催された第1回中国国際輸入博覧会の開幕式で習近平国家主席が14億人の中国市場の一層の開放を約束した。貿易の自由化をアメリカや国際社会にアッピールすることはもちろん、それを通じて国内の産業構造の転換を図ろうとする意図もあったと思われる。

だが、2018年10月に入ると衝撃的な出来事が起こった。同月4日、ペンス副大統領がハドソン研究所で中国全面批判の講演をする。中国は関税、通貨操作、強制的な技術移転、知的財産権の窃盗、産業界の補助金などを行い「自由で公正な貿易」とは相容れない政策を採っている。「中国製造2025」を通じてロボット、バイオ、人工知能などの先端産業の90%の支配を目論み、知的財産を侵害している。チベットや新疆ウイグル自治区では少数民族を弾圧し、新興国には「借金漬け外交」を通じて影響力を強めていると。翌5日にはロス商務長官が、新たなメキシコ・カナダ協定に入れられた中国との貿易協定締結を阻止する、いわゆる「毒薬条項(ポイズンピル)」を、日本やEUの貿易協定にも入れる可能性を示唆した(ニューズウィーク日本語版2018.10.6)。

11月18日、パプアニューギニアで開かれたAPEC首脳会議ではアメリカと中国は互いに非難の応酬が続き、共同声明が出せない事態となった。そして、同月27日にはクドロー国家経済会議(NEC)委員長が記者会見を行い、5日後にアルゼンチン・ブエノスアイレスで行われる首脳会談で合意できなければ制裁を全輸入品に課すと、中国に最大限の圧力をかけた(日経2018.11.28)。

12月1日、トランプ・習首脳会談はG20首脳会議に合わせて開かれたが、この会談で貿易戦争は一転「停戦」の合意に至る。ホワイトハウス報道官は、2019年1月1日に予定されていた第3弾の2000億ドル分の中国製品への25%の関税引上げの90日間の留保と、中国のアメリカ製品購入増による貿易不均衡の是正の努力、そしてその間に貿易協議を開催して強制的技術移転、知的財産保護、非関税障壁、サイバー攻撃などでの合意を目指すという内容を発表した。この時期、アメリカ議会もトランプ政権内の対中強硬派の勢いが、ますます強まっていた。それにも拘らず、この合意は成立した。

ただし、合意内容の認識には相違点があった。トランプ大統領の胸の内には一時休戦を行えば、さらなる譲歩を引き出せるとの読みがあったかもしれない。逆に、この間に次々と打ち出す対中制裁のエスカレートに、アメリカ国内への影響を見定める必要が生じたとも考えられる。あるいは制裁のもたらす規模と複雑さに彼自身の心の準備が追付かなかった可能性もないわけではないだろう。

12月3日のツイッターでトランプは、自動車の追加関税引き下げと撤廃に中国が合意したと成果を誇り、中国は同月14日に、米国製自動車・同部品の輸入追加関税を2019年1月1日から3月31日に90日間停止すると発表した(JETROビジネス短信2018.12.5;同12.6)。いずれにせよ、この合意はトランプ「ディール」の第1次攻勢の終わりと考えることができるだろう。以後、協議の中身がいっそう質の異なるものに移っていくからである。トランプ政権は、赤字削減と貿易自由化を超えた目標を目指すことになった。中国は、勝算があってのことと思われるが、貿易削減ではトランプ政権に最大限に譲歩した。それが両国の間の「一時休戦」を成立させたのである。

(2) 第2次攻勢:トランプとアメリカの交渉認識の質的変化

2018年12月1日のトランプ・習首脳会談は貿易戦争の「一時休戦」となった。合意を受けてホワイトハウスの声明は次の主な交渉項目を、技術移転の強制、知的財産の保護、非関税障壁の撤廃、サイバー攻撃などの問題とした。貿易協議のアメリカ側代表団の責任者には対中強硬派のライトハイザーUSTR代表が就いた。協議項目には、上記項目のほかクドローNEC委員長が問題とした「中国製造2025」の産業補助金問題、ナバロ大統領補佐官が問題とする為替操作が加えられ(日経2018.12.9)、対中要求のハードルはいっそう高くなる。

ところで同じ12月1日、カナダ司法省はアメリカ政府の要請を受けてファーウェイの孟晩舟副社長を逮捕していた。アメリカ政府が経済制裁するイランに対し同社が違反したとの嫌疑である。在カナダ中国大使館はこの逮捕に直ちにカナダ政府に抗議し、同氏の釈放を求めている(ブルームバーグ・ニュース2018.12.6)。同月7日には、アメリカ政府が「2020年8月からはファーウェイなど中国ハイテク企業の製品を使用しているだけで(その企業の)米政府との取引禁止の方針を打ち出す」との報道が流れた。それらの製品を使用する企業はすべてアメリカ政府機関に供給ができなくなるとの措置である(日経2018.12.7)。「中国製造2025」の中核企業の製品がターゲットである。

年末の27日には、トランプ大統領が「国家安全上重大な脅威となる可能性」があるとして、アメリカ企業の海外通信機器市場からのファーウェイとZTE製品の調達を禁止する「国際緊急経済権限法」を翌2019年1月にも発動する、とロイターが報じる(Reuters 2019.12.27)。新年1月11日になると米商務省がファーウェイのアメリカ子会社からの中国への技術輸出を不許可とした、とウォールストリートジャーナルも報じる(日経2019.1.12夕刊)。同じ1月29日、司法省はファーウェイを違法金融取引で同社と孟晩舟同社副社長を起訴する。

中国は、2018年12月26日にウェブサイト上で「外商投資法(草案)」の意見募集を翌2019年の2月24日を期限に開始し、3月15日の第13期全国人民代表大会第2回会議で外商投資法を成立させる。同月18日には国務院が「技術輸出入管理条約」及び「中外合資経営起業法実施条例」の技術移転に関連する一部条項を改正する(ジェトロ「中国の対米通商関連政策」注3)。

翌2019年1月には、次官級貿易協議が7日~9日と30日~31日でそれぞれ北京とワシントンで開催される。1月初めの協議で中国は、「エネルギー、農産品、工業品など12分野の輸入拡大を提示」し、一部メディアによれば、対米貿易黒字の6年間の解消さえ提案した。1月末の協議では、知的財産権の保護と構造改革工程表に関わって交渉が行われた。これらの協議で一定の進展があったことは間違いない。

同年2月27日にトランプ大統領は対中交渉で「大きな進展」があったとして、翌3月2日に迫った第3弾の25%の上乗せ関税引き上げを再々延期した。他方、中国は3月9日に、王受文中国商務長官が声明を出す。声明は、両首脳が貿易不均衡是正や知的財産権保護などの協議で合意すれば、即座に双方が追加関税を全廃すべきである。前年12月の首脳合意は、「お互いがすべての追加関税を取り消す方向で一致し(ている)」、「あらゆる履行検証の仕組みは双方向、公平、平等でなければならない」とするものである(日経2019.3.10)。その後、3月28日~29日には北京で、4月3日にはワシントンで、ライトハイザーUSTR代表、ムニューシン財務長官と劉鶴副首相らによって貿易協議が行われた。

以上の経緯を辿ると、中国は貿易黒字の削減を認め、知的財産権、「中国製造2025」による補助金問題でも、アメリカの要求を一定程度受け入れた可能性がある。そして、中国の立場は、トランプ・習首脳会談で合意が成立すれば、即座に両国が上乗せ関税を廃止すべき、というものであった。しかし、アメリカ交渉団は中国側の要求を受け入れず、貿易協議は膠着状態に陥った。そして、次節でみるように、5月早々に中国としての立場が伝えられる。それを不満としてトランプ大統領は、再び対中強硬路線に戻る。

2019年5月5日、トランプ大統領は結局、第3弾の2000億ドル分の中国製品に課されていた追加関税10%を、同月10日から25%に引き上げると発表する。その3日後の5月13日には、第4弾の、スマホなど中国製品3000億ドル分に対する最大25%の上乗せ関税を課す正式声明を出す。翌々日の15日にはアメリカ商務省が、ファーウェイへの米国製品の輸出禁止措置を発表し、その翌日に発動された。トランプ大統領も、アメリカ企業による安全保障上脅威のある外国企業からの通信機器の調達を禁止する大統領令に署名した。ファーウェイが事実上のターゲットである。

第4弾の措置に伴いトランプ大統領は、「昨年12月以降、秘密で3回も(習主席と)電話で協議した」と内情を暴露し、同時に6月末に日本で首脳会談を行うことになるだろうと、中国に圧力をかけた(日経2019.5.15、5.16、5.17、5.17夕刊)。6月29日にはG20サミットが大阪で開催されるからである。彼は6月10日には、首脳会談が実現しなければ、直ちに第4弾の追加関税を発動すると再び脅しをかけ、また23日にはアメリカ商務省が、翌日24日付で安全保障上の懸念がある企業リスト(エンティティ・リストLE)に中国スーパーコンピュータ大手曙光信息産業など5社を加え、それらの中国企業のアメリカ製品の輸出禁止措置を採った。

こうして実現した同年6月29日のトランプ・習首脳会談であったが、事実上の2回目の「休戦」の合意となった。第4弾の追加関税は見送られ、ファーウェイへの米国企業との取引禁止措置も曖昧ではあるが解除(緩和)となり、5月から止まっていた貿易協議の再開が約束された(ニューズウィーク2019.6.29)。

何故、トランプ・習首脳会談で「休戦」できたのか。トランプ大統領の「ディール」から説明できる。大統領は中国による農産物の輸入増をひとつの理由に挙げたが、第4弾の実施はアメリカ国内に大きな影響がある。中国製品の4割が消費財であり、低所得層への影響は極めて大きい。またIT業界も大きな影響を受ける。中国の輸出企業もその衝撃を受ける。雇用への影響は甚大だろう。こうして中国が持ち出したのがトランプ・金首脳会談の提案だったのではないか。トランプ・金首脳会談が実現すれば、外交の成果としてトランプ大統領は、彼の支持者にアッピールできる。事実、翌30日にトランプ・金両首脳は南北非武装地帯(DMZ)の板門店で会談し、北朝鮮の非核化協議の再開で合意した。現職のアメリカ大統領として初めて北朝鮮の土を踏んだ。

だが、トランプ政権内の強硬派やアメリカ議会などは、この合意には納得していない。アメリカ議会は同月24日トランプ・習首脳会談を控えて、ファーウェイへの制限緩和に超党派で反対を決議している(ブルームバーグ・ニュース2019.6.24)。貿易戦争の「休戦」とファーウェイへの規制解除の合意があったにもかかわらず、ナバロ大統領補佐官は、ファーウェイ制裁緩和は年10億ドルまでと発言して、事実上、解除に反対した(日経2019.7.3)。

こうして米中貿易戦争は、首脳会談で「休戦」を成立させたものの、7月30日に5月以降3カ月ぶりに上海で行われた閣僚級貿易協議は結局、合意に至らなかった。その2日後8月1日、トランプ大統領はついに9月1日に残り3000億ドルの中国製品へ10%の上乗せ関税を課すと発表するに至るのである。次節で、昨年末以降の貿易戦争が質的に変化したものであったことを論じよう。

3.トランプの「デカプリング」と中国

(1)トランプ大統領とアメリカの対中認識

米中貿易戦争は、協議の内容が当初の中国の貿易自由化とアメリカの貿易赤字の削減から中国の国家制度の改革問題へと変わりつつある。対中協議の展開では、トランプ政権内の強硬派の意見が反映されるようになっている。その象徴的出来事が、既述の2018年10月のペンス副大統領演説である。彼の演説には中国に対する強い不信感がストレートに示されるが、そこにはトランプ大統領の「ディール」を超える認識がある。

そうした認識は、先ずアメリカの安全保障にかかわる領域に反映された。今世紀に入って中国は世界第2位の経済大国となると同時に、2013年に就任した習近平国家主席の下、「一帯一路」構想や南シナ海での岩礁埋め立てと軍事施設の建設、国家主席の任期制限撤廃の憲法改正などが続き、中国への警戒感が高まっていた。それが2017年6月に「国家情報法」が施行されて、中国国籍の「いかなる組織も個人も、国の情報活動に協力する義務を有する」(第7条)との条項が規定されると、アメリカはいよいよ安全保障への中国の脅威を確信するようになる(日経2018.12.20)。

同2017年12月に発表された国家安全保障戦略(NSS)は、中国とロシアを「アメリカの国益と価値観に挑戦する『修正主義勢力』」と規定する。翌2018年1月に発表された国家防衛戦略(NDS)は、中国を「近隣国を略奪経済で威圧」し、南シナ海では軍事化するアメリカの「戦略的競争国」になったと断定する。同年6月には、ホワイトハウス貿易製造政策局(OTMP)から報告書「如何に中国の経済的侵略がアメリカおよび世界の技術・知財を脅かしているか」が発表される。

報告書は、中国の技術と知的財産(IP)の発展が国際的な規範やルールから外れた侵略的な方法で達成されており、2015年以降は「中国製造2025」を通じて行われている。それは「アメリカと世界への脅威」だとの認識が示される注4。ちなみに、OTMPはトランプ大統領が2017年4月に発足させた新設の部局であり、ナバロが局長である。報告書は彼の反中国意識が反映されている。

同年8月には、アメリカ議会が「国防権限法」を成立させ、トランプ大統領が署名する。同法は政府がファーウェイとZTEとの取引の禁止を規定するものであった。実際、2018年5月には既に世界中のアメリカ軍基地ではファーウェイ、ZTE製品の販売が禁止されている。こうして世界的な中国の通信情報企業であるファーウェイとZTEへの警戒感が中国政府の不信感と一体化して、対中認識が形成されていく。それがペンス副大統領のハドソン研究所講演である。ペンス副大統領は講演の中で、中国が「中国製造2025」を掲げ、あらゆる手段を通じてアメリカの知的財産を獲得しようとしていると、中国の産業政策を厳しく非難した。

実際、アメリカでは議会が超党派で中国批判を強めており、この点では民主党がトランプ政権と認識を共有する。さらにEUへも認識の共有が広がる。アメリカ外交誌のある論文(「対中強硬派に転じたヨーロッパ」)は、2018年10月のペンス副大統領演説に触れて、ヨーロッパの指導者たちはペンス副大統領のようにタカ派路線を公然とは出さないが、「EUメンバー国は『中国と競争していくには、今や全面的な政策の見直しが必要であり、中国に一方的に市場を開放してきた時代は終わっている』という認識でまとまりを見せている」と書く(『フォーリン・アフェアーズ・リポート』2019, No.5, p.33)。

EUの指導者の多くが中国の「システム」を問題にし始めているというのである。既述の2018年3月の国家主席任期撤廃の憲法改正を報じて、中国が習近平の専制政治に転化したと強い批判を行ったのはイギリスのエコノミスト誌であった(Economist, March 3, 2018;日経2018.3.7)。

こうした対中認識がトランプ政権をして、貿易協議では補助金問題として「中国製造2025」の取り止めの要求へと、企業レベルでは、情報通信技術で先頭を切るファーウェイ、ZTEなどとの取引禁止措置、さらに同社製品を用いた世界の企業からの調達禁止措置へと、より高レベルの対中要求と制裁措置が採られるようになる。ファーウェイは実際、情報通信機器の世界的企業であり、次世代通信技術の5Gの開発で世界のトップ企業であるからである。

だが、ファーウェイとの取引禁止措置は、過去四半世紀にわたって経済のグローバル化の中で構築されてきたアメリカ・中国間のハイテク製品のサプライ・チェーンに分断を強いる。それは「デカプリング」の強制である。「デカプリング」は今世紀初めのアジア経済と主にアメリカ経済との景気変動の連動性の希薄化に関わって用いられた。

だが今回はそれとは異なる。ペンス副大統領講演の中の対中認識、ナバロ大統領補佐官やライトハイザーUSTR代表に見られる対中認識は、貿易協議を赤字の削減に向けた中国の自由化の要求からアメリカと中国のハイテク覇権競争へと次元を異にするものへと変化させたのである。それがアメリカ市場におけるファーウェイ排除となり、世界に広がる。実際、トランプの米中貿易戦争は、グローバルなビジネスのネットワークをアメリカと中国の二つの陣営に分かつ強制へと向かっているのである。

トランプの対中制裁関税第3弾の発動を受けてフィナンシャル・タイムズのコラムニスト、ラナ・フォルーハーは、その措置が「貿易戦争というより冷戦に近い状態が始まる」と指摘していた。ナバロやライトハイザーの考えはトランプとは異なり「中国との経済関係を断ち切ることが長期的には米国の国益にかなうと信じている」からだという(日経2018.10.4)。同年12月初めのトランプ・習首脳会談での「一時的休戦」後の通商協議は確かに質的な違いがある。その要求は中国の妥協を極めて困難なものにし、アメリカによる制裁措置は国家と企業にデカプリングを強制し、また「新冷戦」に向かわせていると言っていい。

(2)「中国製造2025」と中国

米中貿易戦争は中国の譲歩を引き出してきた。だが、「中国製造2025」の撤回の要求は、中国に単なる撤回で済まない要求となっている。以下、それを確認しよう。

習近平国家主席が政権に就いて以降、確かに中国は積極的な対外政策を打ち出している。それに伴い、脅威論も高まった。だが、中国にとって「中国製造2025」は必ずやり遂げなければならない産業政策である。中国国務院発展研究センターは2013年、世界銀行と共同で報告書『中国2030』を発表し、この報告書において「中所得の罠」を扱った。中所得の罠は新興国が中所得国にまで発展できても先進国になれない国が多く、中国がその罠に陥る可能性があるとする。「罠を避けるためには中国経済の効率性を一層改善させる政策と改革を通じて、過去に近い全要素生産性(TFP)の成長率を維持する」ことが求められる(WB, China 2030, 81)。

中国の成長で今後、労働の貢献度は確実に落ちる。先進国になるには生産性を高める技術革新に頼るしかない。それが産業政策としての「中国製造2025」の立案を導く。「中国製造2025」は重点産業に、次世代情報技術、工作機械、ロボット、航空・宇宙設備、海上エンジニアリング、先端鉄道設備などをあげる。2025年までには製造強国の仲間入りをし、35年には中位の強国となり、建国100年の2049年には製造強国のトップに立つ、との目標を立てる。アメリカには、それが中国の挑戦と映る。

中国の政治経済システムを問題にして、中国に構造改革を迫るアメリカの要求にどう対処するか。2019年3月5日の第13回全人代第2回会議は、政府活動報告で、技術革新や成長には触れたものの、2015年以降毎年言及してきた「中国製造2025」には言及しなかった。日経新聞上海支局長の長岡延隆は、中国がかつての「 韜光 養 晦 」路線に回帰したと書く(日経ビジネス2019.3.5)。

「中国製造2025」での改革でも、国家レベルの補助金の廃止の合意など、一定の譲歩を行っていたとされる。だが、中所得の罠を避けねばならない中国にとって重点産業の育成は必ずやり遂げねばならない課題である。ファーウェイ排除はアメリカによる次世代通信技術に関わる覇権問題であることが明確になるなかで、全面的にそれを放棄することは選択肢にならない。それは豊かな社会への放棄を意味する。しかも、合意が互いに追加関税を全廃するものでなければ、近代中国が味わったものと同じ不平等条約を結んだことになる。 

結局、中国の経済改革に関わる譲歩は最大限受け入れるにしても、それを超える譲歩の要求は受け入れられない。最悪の事態を受入れる覚悟も排除せずに、長期を前提に交渉を続けねばならない。その方針が確定したように思う。

中国は5月3日までに、それまでの貿易交渉で90%方出来上がっていた150ページの合意文書案を105ページに削ってトランプ政権に提示した。ロイターによれば、「中国政府が加えた修正はこれまでの交渉を白紙に戻すような内容」であった。「知的財産・企業秘密の保護、技術の強制移転、競争政策、金融サービス市場へのアクセス、為替操作の各分野で問題解決に向けた法律改正を行うことの約束もほご」にした(ロイター2019.5.9)。

日経新聞も「米中交渉の舞台裏」の解説を載せ、4月後半に習近平国家主席さえ方針の転換を迫られたと指摘する。共産党政権中央にとって不平等条約と解釈されうる合意を認める余地はない。共産党の「核心」である習国家主席であっても、その原則は崩せない(日経2019.5.16)。

習近平主席は5月20日、劉鶴副首相と共に江西省の長征出発地記念園を訪れ、「新長征」を呼びかけ、同省のレアアース企業を視察した。アメリカは電気自動車などの部材などで不可欠なレアアースの8割を中国に頼る。習近平主席は、「レアアースは重要な戦略的資源だ」とアメリカを牽制し始める。

2019年4月12日、日経新聞に呉軍華・日本総研理事の興味深いコメントが載った。ワシントンで再開されたアメリカ・中国貿易協議で、中国が初めて、知的財産権の窃盗や投資企業への技術移転の強要、サイバーハッキングといった問題の存在を認めた、とクドローNEC委員長が語ったとの情報を得ての分析である。呉は、これで「貿易戦争がひとまず終わる日はそう遠くない」。しかし、それは朗報でないという。「短期的には朗報であっても、中長期的にはむしろ世界経済の安定を脅かす禍根を残す」だろうと。中国の「社会主義市場経済」という体制、専制的な政治体制と資本主義の結合が問題なのであって、その解決が遠のくとの認識である(日経2019.4.12)。

呉の認識はトランプ政権内の強硬派の認識に近い。それが米中貿易戦争における第2次攻勢の性格を規定していたのである。その意味で6月29日の一時的休戦合意とその終了は、トランプの「ディール」を葬った。本格的な攻勢、3次攻勢の始まりであるかもしれない。米中貿易戦争は長期の交渉へと移行したのである。その当面の帰結は、グローバル企業が強いられて生まれる米中経済のデカプリングである。

むすびに代えて-米中貿易戦争の行方は新たな冷戦構造か

米中貿易戦争はいまやトランプの「ディール」と対中強硬派の要求が入り混じった中国との貿易協議となった。トランプ政権は中国に最大限の圧力を加えることで、国家主導の経済改造に向けて譲歩を引き出そうとする。他方、中国は体制の構造問題に踏み込むアメリカの要求を拒絶して長期戦、持久戦の構えを確立しつつあるように見える。

実際、2019年7月30日に行われた米中貿易協議は膠着状態のまま終わり、不満を募らせたトランプ大統領は、第4弾の上乗せ関税措置に動いた。中国の持久戦の構えに我慢できず、ツイッターで「大量の農産物の購入を約束したが、買わなかった」と中国を批判し、対中輸入の残り3000億ドル分への10%の関税上乗せを発表した。上乗せ比率は「今後25%かそれ以上もありうる」と言う(Washington Post, Aug.1, 2019)。

評価は分かれるに違いないが、筆者にはトランプ政権が貿易戦争で打つ駒に限界が見え始めているようにみえる。技術覇権競争は、アメリカ企業に止まらず他国の企業へも追随を求めている。だが、そうしたデカプリングを企業に強要しても、アメリカが中国の技術革新を圧しとどめることはできないのではないか。中国では開発のスピードが落ちるにしても、先端技術の独自の開発が進むのではないか。科学技術において中国は、遅れた新興国ではない。既にアメリカと競う段階にある。それを抑えることは極めて難しい。

中国は、既に国内はもちろん海外にアメリカを超える市場がある。アメリカの期待とは裏腹に、中国によるデカプリングの様相さえ見せることになりかねない注5。何よりも、ハイテク企業だけでなく輸入関税の上乗せ措置の負担は、今後アメリカ国内の消費者に降りかかる。中国も同様であるにしても、その負担にアメリカ社会はどこまで耐えられるのだろうか。

ファーウェイ、ZTEなどとの取引禁止措置がどのような影響を国際貿易にもたらすだろうか。アップルがアメリカ政府に求めていた第4弾の上乗せ関税の適用除外申請は却下された。IT機器のサプライ・チェーンは切断されることになろう。中国に生産拠点を置く多くの企業の近隣諸国への移管も「加速」注6がさらに進むだろう。この動きはたとえ米中協議が合意に達しても、もはや止められない。国際貿易の構図は大きく変わる。

移管先ではベトナムのほかタイやインドネシアも注目されている。多国籍企業に留まらず、中国企業でも同じ移管が加速するだろう。ベトナムでは労働力の調達が難しくなっている。

習近平国家主席は、「一帯一路」の路線を一層強力に推し進めるに違いない。また国際社会の歓心を買うために協調路線を選択するだろう。それは東南アジア、ユーラシア、南インド、アフリカとの経済関係を強めることになる。そこに新たな経済のフロンティアが登場するのではないか。

世界はかつての東西冷戦のように分断圧力が増し、新たな冷戦構造が生まれる可能性がますます高まっている。次世代通信技術やハイテク分野ではデカプリングがいっそう進むことになる。そうだとすれば、トランプ路線に追随するだけの選択はありえない。米中の間で新たな国際秩序の構築に向けて努力を傾けるしかない。(8月8日 記)

(注1)筆者は昨年11月、本誌(第17号)の論考「米中貿易戦争はどこに行き着くか」で米中貿易戦争に関する意見を述べた。本稿はその後の展開を受けて、改めて整理したものである。掲載の貿易戦争の展開図では、最新の動きに合せて前回の図を修正・加筆した。

(注2)「核」の脅しがなされていないことが、現状ではせめてもの救いである。

(注3)https://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/us-china/timeline_cn.html

(注4)White House Office of Trade and Manufacturing Policy (OTMP) How China’s Economic Aggression threatens the Technologies and Intellectual Property of the United States and the World. June 2018.

(注5)平川均「米中貿易戦争と『デカプリング』」世界経済評論インパクト、No.1371、2019.5.27。なお、「一帯一路」構想については、平川他編『一帯一路の政治経済学』文真堂、9月(近刊)を参照されたい。

(注6)日本経済新聞社は、世界の主要企業の50社以上が中国生産の他国への移管を進めていると報じている(日経2019.7.18)。

ひらかわ・ひとし

1948年愛知県生まれ。1980年明治大学大学院博士課程単位取得退学。1996年京都大学博士(経済学)。長崎県立大学などを経て2000年より名古屋大学大学院経済学研究科教授、13年名誉教授。同年より国士舘大学21世紀アジア学部教授を経て、19年現在、国士舘大学客員教授、中国・浙江越秀外国語学院東方言語学院特任教授。最近の著書に『一帯一路の政治経済学』(共編著)文真堂、2019年9月(予定)、Innovative ICT Industrial Architecture in East Asia, (Co-editor) Springer, 2017 などがある。

特集・米中覇権戦争の行方

  

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