論壇
「ウソと暴力」が壊す人権と民主主義
検証・ SNSと2025参議院選挙
ジャーナリスト 西村 秀樹
既成政党不信。時代が変わった
「自公 衆参過半数割れ」(朝日新聞)、「自公 過半数割れ」(毎日新聞、読売新聞)、「自公大敗、過半数割れ」(日本経済新聞)。これらはいずれも参議院選挙結果を伝える、7月22日付けの全国紙の朝刊一面見出しだ(2025年)。 選挙結果、政党別議席数を見る(カッコ内は3年前の参院選と比較)。既存政党が衰退(または現状維持)に対し、新興政党の躍進が目に付く。政権与党の自民党が39(—13)、公明党が8(—6)と大幅に減らしただけでなく、いわゆるリベラル系の立憲民主党が22(±0)、共産党3(—4)と議席を増やしていない。立民も共産党も自公への批判票の受け皿になっていない。
一方で、国民民主党が17(+13)、参政党が14(+13)と大きく躍進、日本保守党2(+2)、チームみらい1(+1)と新興政党が議席を獲得した。ただし、新興勢力がすべて議席を躍進したかというと、NHK党が0(—1)、再生の道0とふるわない政党もあった。
比例区の票数を調べる。既存政党の退潮傾向はもっと顕著だ。自民党が1281万票と前回に比べマイナス545万票、公明党は521万票で97万票減らした。野党を見ると、国民民主党762万票(+446万票)で野党トップ。参政党に至っては742万票と前回の176万票に比べ実に4.2倍と大幅に増やした。立憲民主党は739万票を獲得、前回に比べ60万票を増やしたものの、全体に投票率がアップしたため、立民の得票率は相対的に下がり、比例区で野党第三党になった。
今回の参院選の投票率は58.51%で、3年前に比べ6.46ポイント上回っている。「物価高対策など身近な話題が争点になり、加えて、政権選択選挙の意味合いが強まったことが、有権者の参院選への関心を高めた」と読売新聞は分析している。
「既成政党不信」と見出しをつけたのは朝日新聞の社説だ(7月22日付け)。論旨を要約する。「既成政党の敗北と言っていい。30年以上にわたる経済の長期停滞の下、鬱積する国民の不満や不信にきちんと向き合わなかったと見られているのではないか」と自公の衰退を分析した。その上で「既成政党に代わって台頭したのが、いずれも結成5年となる国民民主、参政の両党だ。両党には、SNSを駆使した既成政党批判を踏み台に支持を広げる手法が共通する。参政の排外主義的な主張はSNS上で激しい賛否を巻き起こし、対立や分断の芽となる例も少なくない」と新興政党を分析する。
「多党化する日本政治」との見出しは毎日新聞の社説。「自民が衆参両院で少数与党の状況に陥ったのは、1955年の結党以来初めての異常事態だ」。
つまり今度の選挙が歴史的な転換期であり、時代が変わったことを示している。
メディアが変わると社会が変わる
参院選の投開票日から一週間経ち、新聞やテレビが出口調査のデータに基づき、選挙結果の詳細な分析結果を発表した。キーワードはSNS(ソーシャル・ワーキング・メディア)だ。
SNS と有権者の親和性が時代の変化をもたらしたと、NHKの出口調査が教えてくれる。比例区投票先を選ぶ際、「投票で参考にしたメディア」でSNS・動画サイトを選んだパーセンテージは、参政が29%、国民16%、れいわ新選組が11%、保守10%、チームみらいが4%、NHK党が3%と新興政党が並ぶ。一方、既成政党のデータを見てみると、自民7%、維新5%、立民4%、公明3%、共産2%、社民1%と、軒並みSNSとの親和性が薄い。それは政権与党(自公)とリベラル政党(立民・共産・社民)ともトレンドは同じ、既成政党全般の傾向だ。
世代別の政党選考も顕著だ。高齢者は既存政党を選び、若者は新興政党を選ぶ。ANN(テレビ朝日系列)の出口調査によれば、比例区で年齢別投票先は、80歳代以上で自民45%、参政4%。70歳代は自民35%、参政6%、一方で、若年層は、10代、20代、30代で自民12%、国民25%前後、参政24%。
SNSの特徴は、誰もが発信者になれることだ。メディアとは媒体。伝えるのが仕事だ。古典的なメディアは個人と個人をつなぐ。手紙や電話がその代表だ。
15世紀マスメディアが登場する。一つの発信元からメディアを通して多数者に対し情報が発信される。ドイツで活版印刷が発明された。印刷されたバイブル(聖書)が社会を変える。日ごろカソリック教会で神父が話す説教の内容が印刷されたドイツ語のバイブルの記載内容と明らかに異なることを信者は知る。赦免状(犯した罪も教会での献金で赦免される)もバイブルに記載はなかった。敬虔な信者は抗議(プロテスト)する。そのプロテスタン(抗議する人びと)がローマ教会へ叛旗を翻す。宗教戦争が勃発し、たとえばオランダ(プロテスタント)とベルギー(カソリック)のように国家形態にまで変化をもたらした。
20世紀初め、電気通信が発明され普及する。ヒトラー率いるナチス・ドイツの誕生にラジオが大きな役割を果たしたこと、J・F・ケネディがニクソンを破って米国大統領に当選したのにテレビでの見栄えが良く大きな役割を果たしたことは、メディアの教科書のイロハだ。
1990年代半ば、SNSが誕生する。パソコン(パーソナル・コンピュータ)が登場、アップルのハードとか、マイクロソフト社のウィンドウズ95の普及が基礎となって、SNSが登場する。SNSは多数者と多数者が結びつけた。そして言論状況が変化した。
日本では、1999年「2ちゃんねる」が登場、掲示板に歴史修正主義の言説が多数登場し、リベラルは立場のひんしゅくを買うが、多くの知識人は無視を決め込んだ。
「ウソと暴力」が壊す人権と民主主義
とはいえ、SNSは基本的にツール(道具)にすぎない。デジタルメディアそのものが悪魔の道具であるはずがない。オレオレ詐欺のケースを考えよう。大事な虎の子の財産を高齢者が騙し取られた場合、警察は詐欺の道具に使われた電話会社を刑法で罰することはできない。詐欺犯人という人間が悪い。ヒトラーの政権奪取しかり、ラジオが悪魔の道具ではない。ツールを悪用する人間が悪いのだ。
何が言いたいかというと、今度の参院選を含め、ヨーロッパや米国の選挙結果が、従来の選挙の傾向と変化してきた。でも、大事なのは、ツールを使用する人間側、つまりツールのコンテンツこそが重要なのだ。
従来の活字メディア(出版、新聞)、放送メディア(ラジオやテレビ)の場合、現場の記者が書いた原稿がそのままスルーで一般読者に流れるわけではない。新聞ならデスク、校閲など何段階もの事実確認や表現の過不足がチョックされて、紙面になる。放送メディアだって同じだ。電波は国民の共有財産だから、放送内容の公共性、公益性について、常に社内外からの批判にさらされる。一方で、SNSに校閲者はいない。個々人が怒りや妬みで勢いにまかせたナマの文章がそのまま世間に伝わる。だから危うい。
その上、既存のマスメディアに対する一般市民からの信頼が弱まっている。フジテレビにおけるタレントによる女性アナウンサーへの性暴力が内部で問題になった際、報告を受けた当時の編成局長や社長はきちんと対応せず、その問題を起こしたタレントを番組で使い続けた。幹部の頭の中にあったのは、視聴率重視、営業重視という、本来の公益性、公共性のある放送メディアのあり方から大きく外れた姿だった。
アジェンダ・セッティング(議題設定)でもSNS
メディアの教科書には、ウォッチ・ドッグ(権力監視)、アジェンダ・セッティング(議題設定)がメディアの役割だと強調している。
今回の参院選で顕著な傾向が見られた。NHKが公示期間中のX(旧ツイッター、SNSの一種類)上で「選挙に関連した単語の投稿数」を日にち別にグラフにしたところ、「外国人」という単語が7月12日以降、急速に増加している。今回の参院選の重要な争点と思われた物価高対策、消費税からの論点ずらし=アジェンダ・セッティングに参政党が成功したことを示している。
マスメディアの伝統芸だったアジェンダ・セッティングすらSNSにお株を奪われた格好だ。
では、参政党とはどんな政党なのか。「日本人ファースト」が参政党のスローガン。この党への批判が強まっている。社民党から立候補し当選した、ラサール石井(元お笑いタレント)が「人間にファーストもセカンドもない」と至極真っ当な批判をした。
マスメディアとの軋轢も深まった。TBSの報道番組『JNN報道特集』(7月26日放送)は「躍進の参政党“メディア排除”で問われる政党のあり方」を放送、参政党会見で神奈川新聞記者の取材を拒否した問題を取り上げた。端緒は、国会内で開かれた7月22日の会見場。ここで参政党スタッフが神奈川新聞の石橋学記者に対し退場を求めた。スタッフの言い分は「事前登録していない」だったが、石橋が別のメディアの記者に尋ねたが事前登録はしていないという。最後は「警備員を呼ぶ」と言われ、石橋は退出せざるを得なかったと、『JNN報道特集』は伝える。
ではなぜ石橋は参政党から取材を拒否されたのか。東京新聞は「こちら特報部」(7月26日付け)で参政党の取材拒否について次のように報じた。「石橋記者は、参院選神奈川選挙区に立候補し初当選した参政党の初鹿野裕樹氏らを取材。初鹿野氏が外国人の生活保護に触れた発言について『外国人が優遇されているというデマ』と断じた。抗議に集まった市民を『非国民』と表現した初鹿野氏について『意の沿わない日本人も排除』とするコメントも取り上げた。参政党批判などの記事を3日以降、計18本執筆した」。
新聞労連は参政党の行為を厳しく糾弾する特別決議を25日発表した。東京新聞「こちら特報部」の記事を引用する。「24日に開かれた新聞労連の会合では、神奈川新聞労組から報告があり、選挙中に石橋記者とは別の記者が参政党関係者に取り囲まれ取材できなかったケースや、スタッフとの接触で転倒した事例もあったと明かした。新聞労連は25日、『公党である参政党による報道の萎縮を狙った圧力であり、市民の知る権利を著しく損ねる行為』と抗議する特別決議を発表した。神奈川新聞も既に同党に抗議文を提出している」。
進むメディアの分断、社会の分断
自分に都合のいいメディアの取材なら受けるが、そうでないメディアの取材を受けないというメディアの選別は、公党としてあるまじき行為だ。「表現の自由」「市民の知る権利」を侵害する。
しかし、ここで思い出すのは、米国大統領トランプの行為だ。今年1月の大統領就任以来、次々にワガママな大統領令を発令した。相互関税の話はひとまず置くとして、地名を大統領令で恣意的に変更した。その一つが、メキシコ湾をアメリカ湾に改名した。その改名にAPが従わず、メキシコ湾の表記を続けると、トランプはホワイトハウスでAPを取材から締め出した。APは1846年設立された非営利の通信社、ロイター通信、フランス通信社(AFP)と並ぶ世界三大通信社の一つ。世界中の新聞や放送世からの信頼は厚い。
その世界的な通信社をトランプは取材拒否したのだ。米国大統領が移動するエアフォース・ワンへの搭乗など、いわゆるプール取材からAPへの取材締め出しは継続中だ。
参政党は「メディアの分断」を含めトランプ政治を真似ているのだろうか? トランプ政治の特徴は仮想敵をつくることだ。仮想敵になるのは「フリーライダー」(ただ乗り)。攻撃対象は、例えば移民、性的マイノリティ。米国国内だけにとどまらず、米国の貿易赤字の元凶として、中国はもちろん日本やベトナムなどに対し高い関税を武器として諸外国を脅す。
メディア研究者によると、トランプが使うSNSは人びとに対し「犬笛(いぬぶえ)」の役割を果たすという。犬笛というのは本来、犬の訓練に使われる特殊な笛のこと。人間の耳に聞こえない高周波を出す。それが転じて、政治家が特定の人たちへ暗にメッセージを伝え、反応を引き出す意味に転用された。
トランプの犬笛が炸裂したのが、米国議会襲撃事件だ。トランプは二期目の大統領当選を目指したが、民主党バイデンが当選した。2020年1月6日、米国議会で次期大統領を認定するという、米国民主主義を象徴する儀式当日、トランプは「選挙は盗まれた」とSNSで叫んだ。米国大統領選挙の結果については、各地の訴訟などいろいろ検証された結果、バイデンの当選は確定している。にもかかわらず、トランプはそうした民主主義的な行政、司法の結果を認めない。民主主義社会では、そうしたプロセスを否認する行為をフェイク(ウソ)と断じる。トランプがSNSで叫んだ「選挙は盗まれた」との主張はフェイクだった。その結果、何が起きたか。トランプ支持者は武器を手に米国議会を襲撃、死者4人を数えた。
米国以外でもミニトランプが現れた。韓国の大統領ユン・ソンニョルだ。議会選挙の結果野党が200議席(300議席中)で、予算や法案が議会を通過しない中、昨年(2024年)12月3日、突然戒厳令を発布した。根拠は「(選挙で)不正が行われた」という。ユンの犬笛に応えて、ユンの支持者は戒厳令を糾弾する革新派と対峙した。その後、韓国国会で、ユンの戒厳令は無効となり、弾劾され、大統領を解任された。選挙の不正行為は認定されず、ユンの言い分はフェイクだった。
SNSを使ってデマを拡散するミニトランプは、日本国内でも登場した。兵庫県知事選挙で事実に基づかない情報がSNSで拡散した事実をTBSの報道番組『JNN報道特集』は何度も検証している。同様のことは、例えば、安芸高田市長時代の市長・石丸伸二と中国新聞など、あちらこちらで起きている。
なぜ人びとは犬笛に従うのか
本来、今度の参院選の最大の争点は、物価高対策だった(はずだ)。それが外国人問題にアジェンダ・セッテイングがすり替わったことに、参政党や国民民主党のSNSに大きな貢献を果たしたことは、さまざまな報道機関の出口調査から判明した。
では、なぜ、人びとはその論点ずらしに付き従ったのか? 1930年代、ナチスが政権を奪取するプロセスを想起させる。古典的な書籍だが、池田浩士著『ヴァイマル憲法とヒトラー』(岩波現代文庫)を読んだときの襲撃を思い出す。1920年代から30年代、第一次世界大戦で敗戦したドイツは、国家予算の20年分という莫大な賠償金の支払いを欧米に求められた。その結果、経済は不況に、若者層は高い失業率で希望を失った。そうした中、「ドイツを取り戻す」と訴えるヒトラーの主張と、悪いのは金融資本を牛耳るユダヤ人という仮想敵の設定の結果、人びとは熱狂的にナチスに投票した。
重要なのは、ナチスが政権を奪取したのは軍事クーデターの結果ではないことだ。日本でも、非正規雇用という奴隷制度、大企業や富裕層への減税の一方で、庶民層への過大な税金や社会保険の費用、そうした庶民の蓄積された忿懣が今度の歴史的な選挙結果を生んだのではないのか。
参政党の憲法草案「新日本憲法」は、主権在民ではなく天皇主権、基本的人権の条項は欠損、司法制度も欠陥だらけ。そんな、なんちゃって憲法案を有する政党が、野党第二党の票数を獲得し、議席を獲得する。有権者はバカなのか、いえ、そうではないだろう。ナチスドイツを産んだように、参政党を産んだように、有権者に溜まった、それまでの日本政治に対する忿懣やり方のない怒りが今度の選挙結果を産んだのではないだろうか。
SNSはデマを流布することが容易だとか、暴力を容認する傾向があるのはその通り、しかし、SNSはツールだ、問題は使う人だ。最近の総理大臣を見ればわかるが、ずっと世襲議員ばかり。政治とカネの問題に象徴されるように、既存政党に溜まった澱を、新興政党が払拭できるだろうか。むしろ新興政党の底の浅さが垣間見えるばかりだ。
ここで思い出すのは、英国の政治家チャーチルの言葉だ。「民主主義は最悪の政治形態といわれてきた。他に試みられたあらゆる形態を除けば」。特に直接民主主義ではなく、代議員を選挙で選ぶ間接制民主主義の場合、選挙で選ばれた議員の意思と有権者の意思との間に齟齬が生まれることは容易に想像できる。議会でも、結論を導くまでの手順の煩雑さ。少数者の意見を尊重するための配慮。最後は51%がすべてを決定できる多数決原理。などなど、間接制民主主義に危うい点も見られる。けれど、チャーチルの言う通り、一党独裁制など他の権威主義の政体より、まだ欠陥が少ないのではないか。
民主主義では、権力の相互監視が大切だ。行政府だけに権力を集中させず、立法府や司法府が権力を相互にチェックする。そうした権力の相互監視、第四の権力と呼ばれるメディアの権力監視が健全に作用してほしい。ひたすら願うばかりだ。
(文中敬称略)
にしむら・ひでき
1951年名古屋生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日放送に入社し放送記者、主にニュースや報道番組を制作。近畿大学人権問題研究所客員教授、同志社大学と立命館大学で嘱託講師を勤めた。元日本ペンクラブ理事。著作に『北朝鮮抑留〜第十八富士山丸事件の真相』(岩波現代文庫、2004)、『大阪で闘った朝鮮戦争〜吹田枚方事件の青春群像』(岩波書店、2004)、『朝鮮戦争に「参戦」した日本』(三一書房、2019.6。韓国で翻訳出版、2020)、共編著作『テレビ・ドキュメンタリーの真髄』(藤原書店、2021)ほか。
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