特集 ● いよいよ日本も多極化か

「 国民主権政府 」の旗の下 、突き進む韓国の
李在明新政府

新大統領就任2か月で見えてきた変化の兆し

韓国・聖公会大学研究教授 李昤京(リ・リョンギョン)

2025年6月4日に韓国では李在明(イ・ジェミョン)政府が新たに誕生した。2022年に行われた第20代大統領選挙(3月9日投票)による尹錫悦(ユン・ソンニョル)政府の成立からは約3年3か月後のことで、2024年12月3日の尹錫悦ら内乱勢力による不法戒厳宣布と「12・3内乱」からは6か月後だった。本誌40号で書いたように、2024年12月14日に国会が「12・3内乱」で全国民を混沌と衝撃に追い込んだ大統領尹錫悦に対して弾劾訴追案を可決して大統領の職務を停止させた。さらに、今年の4月4日には憲法裁判所の裁判官が全員一致で、「結論、大統領尹錫悦が罷免する」という判断をくだした。6月3日の投票は、1日も気が気でない時間を経ての時期大統領選挙だった。2022年の大統領選挙戦で「共に民主党」の李在明候補は「私は権力が必要なわけではなく、仕事ができる権限が切実に必要です」と述べている。そして、大韓民国の主権者たちは李在明に第21代大統領として仕事ができる権限を与えたのだ。

8月3日で就任2か月を迎える李在明は大統領という権限を使ってどのように仕事をしているのか。李在明政府成立で韓国社会にはどのような変化の兆しが見えているのか。大統領の言葉を軸に紐解いてみよう。

政治ニュースが面白く楽しい

本論に入る前、いまや政治ニュースが楽しい。2024年12月3日から2025年6月3日までの6か月を長く感じたのは、ただ私だけではない。多くの人は昼夜を問わず気がつくとニュースを確認する「内乱不眠症」に苦しんだ。ところが、6月4日からは今日は何があったのか、大統領室のブリーフィングやニュースを確認する。これが李在明政府誕生後一番大きい変化だと言えるのではないか。

6月3日の選挙は現職大統領の弾劾訴追と罷免による異例な選挙だったので新政府に仕事の引き継ぎ期間などなかった。投票の翌日の4日午前2時30分に当選が確定した李在明の任期は6時21分に中央選挙管理委員会の当選議決、そして当選議決通知を受けた直後から公式開始した。したがって、正式な就任式はない。その代わりに略式の就任宣誓式が11時に国会議事堂室内ローテンダーホールで行われた。

就任宣誓の直後に李大統領が足を運んでいた場所についてのニュースから私は、「あ、変わったのか」と感じた。そこは国会の1階、国会清掃労働者と議会防護職員たちのところだ。国会清掃労働者を訪れた李大統領は、「12・3内乱」の時に戒厳軍の侵入を阻止したときにめちゃくちゃになっていた国会を綺麗にしてくださった皆さんと、2023年9月に当時野党「共に民主党」代表として断食をしていた時にずっと色々世話をしてくれた党代表室担当者に感謝を伝えた(『ハンギョレ』2025.06.04)。当時李代表は尹錫悦大統領に「国民の生活と民主主義を破壊したことを謝罪して国政の方向を国民中心へ変えるように」と求めていた。

この訪問は大統領となったからと見せるパフォーマンスなんかではない。国会清掃労働者への気配りが、初めてのことではないのだ。政治家の李在明が2022年8月末に「共に民主党」代表に選ばれて初めて出した指示が「党舎の清掃労働者の休憩室を地下から地上に移転させる」こと(『ハンギョレ』2022.09.23)だった。このような行動は自分の家族史ゆえのことだ。李大統領の母と故人となった妹は清掃労働者で、父はトイレ清掃労働者だった。彼は誰より清掃労働者たちの「現実」を知っている政治家で、清掃労働者は李在明にとって身近な人だ。

当日に李大統領と金恵景(キム・ヘギョン)夫人は、国会清掃労働者たちと分け隔てなく話し合い、労働者たちの要請に応じて記念写真を撮る。後ろの労働者もよく写るよう二人は自然に腰を低くして全員で指ハートを作っている。パフォーマンスではないことは、彼が労働者たちに向き合うこのような姿勢からもわかる。

(大韓民国大統領室HPから引用)

清掃労働者の次に訪れたのは議会防護職員のところだ。そこでは、昨年の12月3日夜中に戒厳軍の国会侵奪を第一線で食い止めてくれた議会防護職員に感謝の思いを伝えた。大統領室は李大統領のこの訪問について「見えないところで韓国の民主主義を守ために黙々と持ち場で最善を尽くしている国会労働者の献身を忘れないという意味」だと説明した(『ハンギョレ』2022.09.23)。労働者一人一人の手を握って見つめ合いながら和気藹々と話し合う李大統領の姿から「すべての国民に仕えるみんなの大統領になる」と言った大統領李在明の意思が滲み出ている。このような微笑むことのできるニュースが楽しい。

李大統領は小学校を出て工場で少年工として働かなければならないほど実家は貧しかった。工場で起きた事故でいまも李在明大統領の左腕に障害が残っている。6月19日にG7サミット=主要7か国首脳会議から帰国する際に李在明大統領は金恵景夫人の方へ傘を傾けて歩き、金恵景夫人は李大統領の左腕をそっと支えていた。そのような二人の姿を見ながら微笑む。

李在明政府は「国民主権政府」

6月4日、私は初めて大統領の就任式というのを生中継で見た。思いのこもった政治家の言葉は聞く人の心に響き、胸を打つ。私はやっと「大統領らしき」、「就任の言葉らしき言葉」を聞いていると実感した。その一部を以下引用して紐解いでみよう。

国民の前でお約束致します。深くて大きな傷の上に希望を咲かせろという厳格な命令と、完全に新しい国を作れというその切実な念願に応答します。今回の大統領選挙で誰を支持したかとは関係なく大統合をしろという大統領のもう一つの意味にしたがい、①すべての国民を統合して仕える「みんなの大統領」になります。(中略)

これから発足する②民主党政権の李在明政府は、正義の統合政府、③柔軟な実用政府になるでしょう。④統合は有能さの指標であり、分裂は無能の結果です。国民の生活を変える実力も意志もない政治勢力のみが権力維持のために国民を味方かどうかで分断させ嫌悪を植え付けるのです。分裂の政治を終わらせた大統領になります。国民統合を動力にして危機を克服します。民生(国民の生活)、経済、安全保障、平和、民主主義など内乱で崩れて失ったものを回復し、持続的に成長発展する社会を作ります。⑤国民が預けた銃剣で国民主権を奪う内乱は、もう二度と繰り返してはいけません。徹底した真相糾明で相応しい責任を問い、再発防止策をしっかり立てます。⑥共存と統合の価値の上にコミュニケーションと会話を復元し、譲歩して妥協する政治を復活させます。(中略)これから進歩の問題はありません。これから保守の問題もありません。ただ国民の問題、大韓民国の問題のみがあるだけです。(中略)⑦いつどこでも国民と意思疎通をして国民の主権意思が日常的に国政に反映できる真の民主共和国を作ります。⑧光の広場に集まった社会大改革の諸課題をぶれることなく推進していきます。(後略)(6月4日就任の言葉から引用、下線とナンバリングは筆者)。

就任の言葉で李在明大統領はまず、金大中・盧武鉉を受け継ぐ②民主党政権として李在明政府を位置付ける。それに相応しく、李大統領は新政府の別称を「国民主権政府」と名付けた。盧武鉉政府の別称「参与政府」以来の別称の復活だ。5月15日の大統領選挙の遊説で李在明候補は新政府の別称についてすでに話している。韓国史上最初の民主政府である金大中政府の「国民政府」と盧武鉉政府の「参与政府」を受け継ぐ政府が誕生するならば別称を何にするか悩んでいると話していたのだ。その彼が大統領になって別称を「国民主権政府」にして、民主党政府を継承するという意味に加えて、「国民に主権がある国」、つまり韓国の憲法第1条の精神を反映した。

政治家李在明は「共に民主党」の党員民主主義――党内民主主義を高めるために党の主である権利党員の権利を強化して党代表などの選出に参加できるようにする――によって代表となり、党の大統領候補に選べられた。権利党員とは、一定期間以上党費を払っている党員のことだ。さらに、単なる共に民主党の大統領候補ではなく、野党と市民社会が推す汎国民連合候補ともなった。5つの野党は早期大統領選挙に備えるために2月19日に「‘内乱事態’終息のための円卓会議」を発足させた。そして、5月11日に円卓会議は李在明を単一候補として公式的に支持する。これに戒厳後広場で政権交代を望んだ市民や諸団体が李在明を支持し、彼は連合候補となったのだ。そして、韓国の市民は憲法を踏み躙った尹錫悦の「12・3内乱」を食い止めて、新しい世界を夢見る熱望で政権交代をさせた。その市民も熱望を重く受け止め、②正義の統合政府に①すべく国民が主人である「国民主権政府」を作ると意思表明をしたのだ。

新しいリーダーシップで「国民統合」を導く「柔軟な実用政府」

「国民主権政府」になるため、李在明大統領は進歩・保守を問わず①すべての国民を統合して仕える「みんなの大統領」になると約束する。故盧武鉉大統領が追求した価値と目標が「国民統合」だった。しかし、彼が世を去ってから14年、残念ながら韓国社会は統合どころか分裂と憎悪に飲み込まれそうになっている。とりわけ、12・3戒厳後、「国民の生活を変える実力も意志もない政治勢力のみが権力維持のために国民を味方かどうかで分断させ嫌悪を植え付ける」政治がもたらした結果を韓国の市民は目の当りにした。

その国民を統合するために、李在明大統領は進歩・保守を問わないという。大統領候補の時からに民主党が作る政府は「中道保守」で、「国民の力」は憲政秩序を破壊することに同調する非常識な政党なので、共に民主党は中道保守政権として「右側」を担うべきだと言っていた。大統領李在明が言う③柔軟な実用政府だ。望む目標と結果があり、その結果を出すためには理念に関係なく経験的に証明された最も適切な手段を使うということだろう。

これまで民主党内ではそのような「統合」「実用主義」路線は常に「進歩政党としてのアイデンティティーを捨てること」、「右寄り」だと批判されて党の分裂へ繋がった。しかし、今回李在明大統領は④「統合は有能さの指標であり、分裂は無能の結果」だという。統合のために何かをするのではなく、成果を出すと統合はついてくるものだという、考え方だ。

李在明大統領は「統合」と「実用主義」を国務会議から見せた。任期2日目の5日に早速前任大統領が任命した長官らを出席・陪席させて国務会議を開き、「ぎごちないでしょう」と笑いで場を和ませながら大統領の仕事を始めた。これは現政府の長官・次官などが任命されるまで続いた。懸案が山積している状況でぎごちなさより仕事を優先するという大統領の強い意思の現れだ。市民たちは形式的なことは抜きにして韓国の海苔巻きキムパップを食べながら4時間かけて会議をする大統領と国務委員の写真を見て、自分が投じた一票の政治的有効性を感じる。尹錫悦政府の国務会議は平均40分だったそうだ。

李在明大統領は国務会議の参加者たちに「我々は国民から委任された業務をする代理人」で「公職に就いている間は国民を中心におき各自がすべきことに最善を尽くせば良い」と要請した。農林畜産食品部長官の留任という人事からは「仕事ができる人ならば使う」という、もっと明確に柔軟な実用政府らしさが伺えた。前政権の人物と企業家を内閣に果敢に起用したのは統合の信号だった。

ただし、統合だと言って全てを水に流すということではない。嫌悪と差別をなくし正義を実現する正義の統合政府であることが重要だ。それは⑤国民が預けた銃剣で国民主権を奪う内乱は、もう二度と繰り返してはいけない、徹底した真相糾明で相応しい責任を問い、再発防止策をしっかり立てることによって可能である。内乱や権力者による汚職の真相糾明究明と再発防止のために、李大統領は6月5日に国会の本会議を通過して9日に政府へ移送された、いわゆる「3代特別検事法」の公布案を10日に裁可した。大統領室の報道官の説明によれば、10日の2回目に開かれた国務会議で李大統領が内閣構成員全員の意見を充分聞き、審議の過程を経て公布を決定した。

1999年に韓国に導入された特別検事制度(略称、特検)は、正規捜査の主体である検察の高位幹部または正規検察捜査に影響を与えることができる高位公職者が捜査対象になった場合、正規検察による捜査の公正性を期待できないか、捜査が公正に行われたと見なせない時に実施される。今回公布した3代特検法、1)尹錫悦前大統領らの内乱・外患行為の真相糾明特別検事任命等に関する法律(通称、内乱特検法)2)金建希(キム・ゴニ)と明太均(ミョン・テギュン)・建晋(ゴンジン)法師関連国政壟断(ろうだん)及び違法選挙介入事件等真相糾明のための特別検査任命等に関する法律(通称、金建希特検法)3)殉職海兵捜査妨害及び事件隠蔽(いんぺい)等の真相糾明のための特別検事の任命等に関する法律(通称、チェ上等兵特検法)はすべて全政府の国務会議で尹錫悦が拒否権を行使した懸案である。今回の国務会議で異論を述べた国務委員はいたが公式的に反対した委員はいなかったらしい。李在明大統領は、「普通は検察を掌握している政府や為政者に不信感を抱えている野党が権力者の汚職問題等の捜査をするよう作るのが特検法ではないか。ところが今は与党になった民主党が特検法に賛成して野党が反対している。本来とは反対ではないか」という趣旨で法律制定を懸念する国務委員に問い返した。つまり、前政権は自分たちの汚職問題等に対する捜査を阻止するために特検法に反対していたことを再確認したのだ。すると彼ら全員が頷いた(2025.06.12 『KBSニュース』)という。7月末現在3代特検法に基づいてそれぞれ特別検事が任命されて捜査が進められている。

他方、このような国務会議など政府や大統領の動向などについて報道官が毎日定例ブリーフィングを行い、記者との質疑応答が交わされている。政府が記者に対して行う「プレスブリーフィング」は、政府と国民をつなぐ最も重要なコミュニケーションの窓口だ。⑥共存と統合の価値の上にコミュニケーションと会話を復元し、譲歩して妥協する政治を復活と⑦いつどこでも国民と意思疎通をして国民の主権意思が日常的に国政に反映できるよう、政府が動いている。

労働現場を理解して苦痛から目を逸さない鉄道機関士出身の雇用労働部長官

李在明大統領の人事の中でとりわけ世間を驚かしたのは雇用労働部長官だ。李大統領は雇用労働部長官に政治家、官僚、教授ではなく、33年間鉄道労働者として働いている現職の鉄道機関士・金榮訓(キム・ヨンフン)氏を指名した。しかも彼は全国民主労働組合総連盟(略称、民主労総)の元委員長だった。大統領室は「金候補は民主労総委員長を務め、労働者の声を代弁してきた人物」だとし、「労働災害の縮小、黄色い封筒法(労働組合及び動労関係調停法2・3条の改定案)の改定、週4.5日制など、働く人々の権利を強化する役割を果たしてくれると期待する」と指名の背景を説明した(2025.06.24『ハンギョレ』)。

国会の聴聞会を経て長官に就任した金長官は7月22日就任日に早速産業安全の現場点検に向かう。7月24日に開かれた就任式では「土地の価値より汗の価値が尊重される社会がまさに李在明政府の労働哲学」と「労働尊重社会の具現化」を最優先課題として掲げた。彼は「人に貴賎がないように、私たちの社会のすべての労働と労働者はそれ自体で尊重されなければならない」と言った。そして、「労働尊重」・「働く権利」・「安全な職場」・「労働基盤成長」など4大政策方向を提示した。「特にハイリスク事業所は専任管理する」と「すぐに産業安全監督人材300人を迅速に増員し、追加増員もスピード感を持って推進する」と明らかにした(2025.07.24『メトロ新聞』)。就任式の最後に職員らが事前に作成した質問紙を長官が直接受け取り答える「コミュニケーションの時間」もあった。個人的な質問から政策への抱負まで様々な質問が出て、金長官は真っ直ぐ正直に答えた。「公務の心配はしばらく忘れて必ず夏の休暇をとってください」という金榮訓長官の言葉に職員も市民も心が温まった。26日にはまた労働現場へ向かう。韓国オプティカルハイテク(株)を訪問して566日間高空篭城(ろうじょう)を続けている金属労組のパク・ジョンへ支部長の雇用承継の要求に耳を傾けて問題解決を約束した。労働現場を理解する雇用労働部長官の歩みと苦痛から目を逸さない雇用労働部長官の真心に労働者たちは期待をかけている。

就任式で金榮訓長官は地下鉄鍾路5街駅の名前に「全泰壱(チョン・テイル)」を併記したいと言っている。全泰壱は韓国の労働運動の象徴となった青年だ。彼はソウル清渓川(チョンゲチョン)にある平和市場で自分を含め、誰よりもつらい環境で働く労働者たちが不当な扱いを受けていることに怒りを感じて労働環境を改善するために労働実態や環境について調査し、これに基づいて労働庁に陳情し、雇用主とも協議を重ねた。しかし、労働環境は一向に改善の兆しが見えなかったため、彼は鍾路5街で「勤労基準法を順守せよ。私たちは機械ではない。労働者を酷使するな。そして、私の死を無駄にするな。」という4つの要求事項を叫びながら、焼身自殺を図り、韓国社会に大きな衝撃を与えた。「次は鍾路5街全泰壱駅です」という車内放送を聞くその日が待ち遠しい。

適切かつ迅速な権限の行使で保守層からも上昇する支持率

李在明大統領も連日各地で国民の声を聴く、⑦いつどこでも国民と意思疎通をして国民の主権意思が日常的に国政に反映できる場を設けている。中でも7月16日に設けられた「記憶と慰め、治癒の対話」懇談会では社会的惨事の遺族に政府を代表して深く頭を下げて謝った。この懇談会は、4・19セウォル号惨事、10・29梨泰院惨事、7・15オソン地下車道惨事、12・29旅客機惨事の遺族を招聘して全ての国民の痛みを国家が最後まで責任を取るという新政府の意志を示す場だった。

 7月16日の「記憶と慰め、治癒の対話」懇談会で深く頭を下げて謝っている李在明大統領(大韓民国大統領室HPから引用)。

少年工出身で1986年に司法試験に合格して人権弁護士として働いた経験、弁護士を経て2010年にソウル近郊の城南市長に当選、京畿道知事なども歴任した李在明大統領の経験が「問題の現場」へ直接向かい、会話で現場を変えている。2022年から3度も労働者が機械に挟まれ死亡事故に追いやられていた韓国SPCグループは、事故が起きるたびに「哀悼、再発防止に総力」と言いながら生産構造を変えなかった。だから、私の周りにはSPCグループ会社の三立製パンの商品を買わない人が少なくない。ところが、7月27日に韓国SPCグループが10月1日から「8時間を超える夜勤」を無くすと電撃発表した。2日前の25日に京畿道始興(シフン)市SPC三立工場で開かれた大統領主催の「産業災害根絶現場労使懇談会」を受けてのことに思われる。懇談会で李在明大統領はSPCグループ会長に自分も産業災害の被害者と言いながら「同じ現場で同じ方式で同じ事故が繰り返されるのは問題がある」「12時間の長時間夜勤こそが死亡事故が続く原因ではないか」と指摘していた(2025.07.27『京響新聞』)。懇談会の現場をまさに産業災害が起きているSPC三立工場にしたことにも、対話の中で鋭く死亡事故の原因を追及している李在明大統領に多くの人が驚いた。

このような「仕事ができる権限」を与えられた李在明大統領と「国民主権政府」に対する評価は高い。韓国の主権者は「12・3内乱」を食い止めるために、新しい民主政府を誕生させるために、という「義務感」で今回の大統領選挙に投票して前回の大統領選の投票率を上回る79.4パーセントの28年ぶりの高い投票率を作り上げた。そして、今は自分の一票で作った「国民主権政府」に「一票の効力感」を感じていることが、就任後上昇して6割台を維持している李在明大統領の国政遂行に対する支持率で表れている。

韓国の世論調査機関「リアルメーター(realmeter)」の7月14日調査発表によると、李大統領国政遂行に対する肯定評価が就任後5週目上昇傾向を続け、64.6%ポイント(p)で就任後最高値を更新した。就任後最初の調査である6月第2週47.7%、第3週49.2%に続いて第4週には50.1%で初めての過半数を超え、7月第1週目は3.8%ポイント上昇した53.9%を記録した。

<李在明大統領の国政支持率 (単位:%)>

6月2週目A6月3週目6月4週目7月1週目7月2週目7月3週目
上手だ58.659.359.762.164.662.2
上手にやっ
ていない
34.233.533.631.430.032.3

   *世論調査結果に基づき、筆者作成

与党「共に民主党」の支持率は3週連続で上昇し、約6年ぶりに最高値を記録したとリアルメーターは伝えた。一方、国民の力支持率は前週より4.5% 下落した24.3% にとどまった(『niftyニュース』2025.07.14)。とりわけ、先月の大統領選挙で李在明大統領への支持が低かった保守層の肯定的な答えも先週より増えているのは目を引く(『時事ウイーク』2025.07.07)。6月3日の大統領選挙の際に李在明への投票率が一番低かった保守基盤の地域大邱・慶尚北道が4.7 %と、世代として投票率が低かった20代が4.8% と70代以上も5.3% で支持率が上昇、理念的に保守だと応えた層においても5.4%と大統領の支持率上がったのだ。

3週目に62.2%へ小幅下がったことについてリアルメーターはカン・ソンウ・イ・ジンスク長官候補の人事聴聞会論争、内乱特検の押収捜査など政治・社会的不安要因、記録的な大雨による災害影響などを原因として挙げた。

就任2か月を迎える李在明大統領は自分に与えられた権限を適切かつ迅速に行使している。無論、「差別禁止法」について消極的な態度を見せていることや検察改革、成長を重視する政策など、まだ評価ができない部分も少なくない。続いている不景気、米国との関税協議、中国と米国との間で関係設定など関税や安全保障の課題が山積している。そのような状況下で就任の言葉で述べている⑧光の広場に集まった社会大改革の諸課題をぶれることなく推進していくという覚悟もいかなる方法と形で実現できるか、見なければならない。それでも成立から2か月とは思えないほど李在明大統領は「国民主権政府」の旗の下、突き進んでいる。このような韓国政府をいつまでも親日か反日かという基準のみで判断しては、日本政府と日本社会は李在明政府と「未来志向の関係」は作れない。

り・りょんぎょん

韓国・聖公会大学研究教授。立教大学平和・コミュニティ研究機構特別任用研究員、非常勤講師を経て現職。2011年2月から韓国国家記録院海外記録調査委員。政治学専攻、現代韓国の人権、済州島と日本をつなぐ生活圏と人の移動などを研究。共著に進藤榮一編著『中国・北朝鮮脅威論を超えて東アジア不戦共同体の構築』(耕文社、2017)、訳書に『草 日本軍「慰安婦」のリビング・ヒストリー』(キム・ジェンドリ・グムスク著、ころから、2020)、『在日韓国人スパイ捏造事件――政治犯11人の再審無罪への道程』(金祜廷著、明石書店、2023)など。

特集/いよいよ日本も多極化か

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