特集 ● いよいよ日本も多極化か

「漂流」始めた米国

パレスチナは誰の物/「差別」は「正義」/米国は「白人の国」

国際問題ジャーナリスト 金子 敦郎

トランプ米大統領の周辺に就任から半年を過ぎた7月後半に入った頃から陰りが生じてきた。米調査会社ギャラップが7月24日発表した同月中旬のトランプ氏支持率調査によると、全体では支持率は37%。就任直後の47%から大きく低下した。トランプ1期目政権の最後の時期の34%に次ぐ低さである。与野党支持層別でみると、支持は共和党89%、民主党2%と真っ向対立通りに大きく分かれ、中間で最大の票を持つ無党派層の支持は29%と1月の46%から大きく落ち込んでいる。

トランプ氏はリベラルな民主主義国家のリーダーとして世界を率いてきた米国を「アメリカ・ファースト」の保守主義と大統領への権力集中を基本理念とする国家に改造すると宣言して再選された。米国でも世界でも、様々な混迷、混乱が生じるのは想定内だが、米国は行き先不明の漂流を始めたように見える。

ノーベル平和賞の“夢”

歴史的快挙?イラン爆撃 イスラエルは敵対的なアラブ諸国に取り囲まれている。密かに核兵器を開発して核保有国になったとみられる。これに対抗してパレスチナを支持するイランも核の平和利用(電力)のためのウラン濃縮の名目で核兵器開発を進めているとみられている。ネタニヤフ首相はイランの核開発施設を破壊しようとイラン爆撃の機会を狙ってきたが、トランプ氏はイランと交渉を続けて、ネタニヤフ氏の武力行使を容認しなかった。

ネタニヤフ氏はしびれを切らせイラン爆撃を強行(6月13日)、怒るかと思われたトランプ氏も一転、後を追って(同21日)爆撃に踏み切り、イラン核施設を完全に破壊したと記者会見で自画自賛。ネタニヤフ氏もトランプ氏周辺もトランプ氏を称え、この歴史的偉業でノーベル平和賞受賞は確実と沸いた。

だが、イランの核開発に当分の間ストップをかけたのか、一時的な損害に終わるのかー米情報各機関や国際原子力機関(IAEA)など専門筋の評価が行ったり来たりする中で、この大喜びはいつかしぼんでしまった。

ウクライナ停戦―プーチンに片思い 自己顕示欲の強いトランプ氏は民主党のバイデン、オバマ、クリントンといった大統領経験者をしばしば攻撃や嘲笑の対象にする。その中で「核なき世界」宣言などでノーベル平和賞を受賞したオバマ氏に対抗心を燃やして、ノーベル平和賞を欲しがっていることは本人が隠していない。

西側世界ではウクライナ戦争はプーチン・ロシアのあからさまな侵略戦争と非難してウクライナを支援してきたが、戦争は長期化して、深刻な情勢になっている。プーチン氏と個人的に良好な関係を持つ自分ならすぐにもウクライナ戦争を停戦・解決に持ち込めると公言、ノーベル平和賞受賞にもつながると思っていたトランプ氏が、苦しい出番を迫られることになった。

「米国ファースト」のプーチン政権と共和党議会はやむなく防衛兵器システムだけでなく、攻撃兵器支援にも応じざるを得なくなったうえ、ロシアから石油やガスなどを輸入する中国やインドなどの第3国に100%の関税をかける制裁発動も持ち出している。だが、今のところはプーチン氏に軽くいなされている感じで、トランプ氏は「プーチン氏に不満」を漏らしている。

行き先不明のパレスチナ紛争

「飢餓はほんとだった」 トランプ政権の再登場でイスラエル占領地、パレスチナ・ガサの悲劇は極限状況になっている。トランプ氏は訪問先の英国で「子どもの一部は本物の飢餓状態にある」と言って欧州諸国などと協力して人道物資がガザに届くよう手を打つと発言した。イスラエルのネタニヤフ氏の言うがまま信じてガザに飢餓なんかないと思っていたのだろうか。驚くべきことだ。

2023年10月ガザの反イスラエル抵抗組織ハマスとの戦闘が始まると、バイデン前米大統領はすぐイスラエルに飛んで「人道危機」を引き起こさないようネタニヤフ氏に警告した。だが事実上無視されて、多数の市民を犠牲にする「ジェノサイド」(民族抹殺)と、国際的な非難を浴びるネタニヤフ氏の強硬な軍事作戦を止めようとはしなかった。 

「トランプ再選」に賭けたネタニヤフ それでもバイデン氏は紛争解決への唯一の道はイスラエルとパレスチナ人の2国家共存と訴え続けて、昨年5〜6月にスラエル軍首脳部の「2国共存」勢力による新政権への移行を後押ししたが、ネタニヤフ氏に潰された(『現代の理論』38号2024・5拙稿)。米国では同年11月バイデン対トランプの大統領選でトランプ有利との見方が広がり始めていた。ネタニヤフ氏は同じ保守強硬派のトランプ再選に期待をかけて政権維持の意欲を強めたと思われる。

トランプ氏は選挙に勝つと中東担当チームを編成してガザ停戦仲介の準備にはいり、就任前日の1月19日から第1段階の6週間の停戦が実現した。トランプ氏は2月ホワイトハウスにネタニヤフ氏を招いて、ガザは米国が長期的に所有して地中海に面したリゾート地に再開発し、住民は別の地に移住させる構想を説明した。

「住民はいらない」 停戦は第2段階に進むことはなく3月半ばを過ぎて戦闘再開。ネタニヤフ氏はハマスの完全殲滅を目指すと宣言して軍事作戦の規模を拡大するとともに、食料品の搬入はハマスの略奪を許すだけと厳しく制限した。これは意図的に飢餓状態を創り出す口実だったことが、軍内部の告発で明らかにされた。ガザの住民をいなくするということでは、トランプ、ネタニヤフ両氏の目標はかさなっていた。

「差別」はトランプの「正義」

ネタニヤフ批判は「反ユダヤ主義」 ネタニヤフ氏のガザ住民の大量殺害に対して米国でも強い非難が広がった。その先頭に立ったのが学生だった。彼らの主張はネタニヤフ批判だけでなく、イスラエル批判、シオニズム批判、ユダヤ人批判、パレスチナ支持などが混ざり合っていた。トランプ氏はこれらをすべて「反ユダヤ主義」にひとまとめにして、大統領命令で非合法化した。

彼らのデモでキャンパスが埋まった大学に対して、学生管理を怠ったとして補助金の差し止めなどの制裁を加えた。米国リベラリズムの根拠地になっている大学を脅して学生・留学生の入学から教育課程、研究内容まで政府の支配下に収めるのが目的とみられている。

コロンビア大学はこれに屈したが、学問の自由を盾に抵抗したトップ大学とされるハーバード大がその代表として弾圧の生贄にされた。「反ユダヤ主義」は正義ではない。だが、何が正義で何が不正義かを決めるのはトランプ氏で、不正義は抹殺する。数千年も昔の「焚書坑儒」をふと思い出した。

「差別反対」は「逆差別」 トランプ氏はまた、バイデン政権が推進に力を入れていた「LBGTQ」や[DEI]にたいしても「逆差別」という理屈をつけて排除命令を出し、政府機関だけでなく民間の企業や団体・組織もこれに倣うよう威圧している。

米国では1950 年代半ばから70年代にかけて、公民権運動が高揚してあらゆる差別反対・人権擁護の社会的合意が生まれ、これを推進する(民主党ジョンソンの)大統領命令も出された。しかし、これを面白くなく思う勢力も残った。トランプ氏はほぼ半世紀ぶりにその恨みを晴らした。被差別者たちを特別扱いすることを押し付けるのは逆差別という逆転の発想である。

「不法移民追放」で「白人の国」を守る 「不法移民」が増えれば犯罪が増えるというトランプ氏の主張は、治安当局のデータによると事実ではない。この虚構の背後にあるのは中南米や中東、アフリカ、アジアなどからの移民が増えていくと、2040年半ばまでには白人が人口の半数を割り込み、米国は非白人の国になってしまうとの危機感である。

トランプ氏の政治目標の柱は「米国を再び偉大な国」にすることで、英文の頭文字をとって「MAGA」と呼んでいる。これが意味するのは非白人の「不法移民」をまとめて国外追放し、米国を白人の国に戻すということである。明らかな人種差別主義だが、トランプ氏にとっては米国のための正義なのだろう。

新政策強行の「現場」

「政府効率化」という名の大量解雇 民主、共和の2大政党制の米国では、政権が交代するとワシントンの人口は5千人ほど入れ代わる。全ての省庁や各種政府機関の高官から幹部職員がごっそり交代するからだ。今度の政権交代では、幹部だけでなく民主党員やその支持者たちをそっくりトランプ支持者や共和党員に入れ替えるとともに、予算の大幅削減が組み合わされた。

トランプ氏はこの大仕事を電気自動車や宇宙開発の起業家で大富豪のE.マスク氏に丸投げした。政府機関の運営や実務に素人のマスク・チームはあわただしく、数カ月でこれを強行して去っていった。この「政府効率化」の後に残ったのは、トランプ氏に忠実な共和党系要員が乗っ取った政府機関の業務の混乱と、突然ちまたに放り出されて転職に必要な業務記録もいつもらえるかわからないという元国家公務員の失業者たちである。廃止された教育省などを含めて被解雇者の数は数万人に上ると報じられている。

「不法移民」の国外追放―さらなる人手不足へ 米国がより多くの労働力を求め、中南米諸国や中東、アフリカなどの経済発展の遅れや政治の不安定から、この数十年米国への移住希望者の数が急速に増えて、移民受け入れを審査する裁判所体制が追いつかなくなった。仮入国したあと長期にわたって担当判事の入国審査を待たされる間に住み着いてしまう。これがいわゆる「不法移民」。子どもが生まれれば憲法で米国市民になる。民主党はこうした「移民の国」のおおらかさからか、必要な対策に熱心ではなかった。

カリフォルニア州など南部や中西部の農業州では、農産物や果樹園の収穫期に中南米から季節労働力を受け入れてきた。季節ごとに内外から多数の観光が訪れる地域でも同様に、彼らがそのまま定着、米国人になって州の発展を担ってきたと思っていた「不法移民」は少なくない。

トランプ氏が1期目から強化を進めてきた移民関税執行局(ICE)は、今や1万数千人の捜査官が全米で「不法移民」に目を光らせる最大の捜査機関。その捜査網に引っかからないよう身を隠す「不法移民」も多く、米経済にとって人手不足はますます深刻化すると懸念されている。

関税戦争の虚と実 「高い関税を押し付けられ略奪されてきた。関税で米国の復活を目指す」。これはトランプ氏の「フェイク」(でっち上げ)。米国では関税戦争はインフレを招くだけで、ものつくり産業を復活させることにもならないという反対が強かった。その通りに、政府は関税収入が例年の4倍になったと喜んでいる一方、輸入業者からはその関税はおれたちが払わされているのに価格の値上がりで見返りは何もないという不満が広がってきた。これがインフレにつながっていくとなれば深刻な事態だ。

トランプ氏は何を言い出すかわからない、言い出されたら大変だという印象がある。だが、実は強い抵抗に出会った時の変わり身も早い。「関税」でもこぶしを振り上げたものの、強い反発で下げたり、また上げたり、期限を先送りしたり・・・。その様を皮肉る「TACO」という言葉(すぐにビビって止める意の短文の頭文字を並べた)をはやらせている。

しかし、トランプ氏の関税は外交で相手を虐めたり威嚇したりする道具。ブラジルで気心を通じていた極右ボルノサロ前大統領に取って代わったルラ大統領が気に食わないと、米国が貿易黒字を出している同国に対して50%もの関税を吹っ掛けたのが好例だ(ウクライナ戦争の「停戦要求」でプーチン氏への圧力として使っていることは前述)。

「トランプは何者?」

想定外「MAGA」の反抗 トランプ氏は想定外のつまずきにも出くわしている。各界有力者を招いた派手なパーティーを開き、人身売買で集めた未成年女性を仲介することで知られた投資会社経営の富豪エプスタイン氏が性的虐待などで逮捕・起訴され、拘留中の2019年に自殺した(殺されたともいわれる)。親しい友人だったトランプ氏は翌2000年選挙戦で、当選したら事件の捜査・裁判資料を公開すると約束、共和党議会もこれに倣っていた。だが、最近になってトランプ政権・司法省が関係文書の開示拒否に転じたために真相追及を求める世論が沸き上がった。その先頭に立って執拗に公開を要求したのがトランプ氏支持勢力の中核MAGAだった。

狼狽隠せず トランプ氏は「たわごとに騙されている、もうかれらの支持はいらない」と口走ってしまった。いかに動揺したかがわかる。民主党も加わった議会が強制力のある召喚状を求める決議をして、トランプ氏も司法当局も公開を約束せざるをえなくなった。一部メディアは司法長官がトランプ氏に関連文書にトランプ氏の名前が何回も出てくると報告したと報じている。ニューヨーク・タイムズ紙の著名なコラムニストは、エプスタイン氏はイスラエル情報機関員だったとする見方を紹介している。

トランプ氏がなぜ公開の約束を取り消したのか。スキャンダルの全体像は。それとともにMAGAがなぜ執拗に全面公開にこだわっているのかに注目が集まっている。議会は夏季休暇に入ったので注目の議会審議は9月に持ち越され、トランプ氏がそれまでさらし者にされる格好になった。

トランプ氏はエスタブリッシュメント トランプ氏は米国を牛耳ってきた民主党権力の背後には本当の支配階級(エスタブリッシュメント)の「影の政府」があるという陰謀論を掲げてきた。しかし、トランプ氏自身、グローバリズムにとり残された人たちの不満を吸い上げて支持勢力の足場にしてきたとはいえ、不動産業で大金持ちになったファミリー出身。IVリーグと呼ばれる歴史あるエリート大学(ペンシルベニア大学)で学び、フロリダの御殿のような大リゾート施設をビジネスおよび政治の根拠地にする保守派の「エスタブリッシュメント」である。米メディアでは、MAGAはトランプ氏が本当は何者なのかを確かめようとしているとの見方が出ている。(7月31日記)

 

かねこ・あつお

東京大学文学部卒。共同通信サイゴン支局長、ワシントン支局長、国際局長、常務理事歴任。大阪国際大学教授・学長を務める。専攻は米国外交、国際関係論、メディア論。著書に『国際報道最前線』(リベルタ出版)、『世界を不幸にする原爆カード』(明石書店)、『核と反核の70年―恐怖と幻影のゲームの終焉』(リベルタ出版、2015.8)など。現在、カンボジア教育支援基金会長。

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